2017年07月14日

515号系統 武田総合病院・京都市老人保養センター前 ゆき

515号系統 醍醐コミュニティバス 
武田総合病院・京都市老人保養センター前 ゆき

94日目
17:21 小栗栖
17:38 地下鉄石田駅前                     200円


 小栗栖地区の小高い丘に小栗栖八幡宮があります。小さな神社ではありますが、創建は清和天皇の御代、貞観4年(864年)と伝わり、古く由緒ある神社であります。また、この丘の周辺には小栗栖の地侍であった飯田氏の館があったとされます。

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             小高い丘にある小栗栖八幡宮。



 小栗栖八幡宮にお参りした後は道案内に従って明智藪という場所に行ってみようと思います。住宅地の中をぶらぶらと。

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           道案内に従って明智藪を目指します。



 民家の間の道は次第に細くなっていきます。怪しい旅人を咎めて忠実なる番犬がワンワンと吠え出します。犬に理由を説明しようが、道を尋ねようが全く意味がないので困っていたところ飼い主のおばちゃんが現れます。犬は吠えるのをやめます。


 こうすけ        「こんにちは。明智藪に行こうと思うのですが、ここをまっすぐ行けばいいのですか?」

 おばちゃん      「そう、そう。もう少しすると石碑がありますわ。その少し奥にくぼんだ場所があって、そこが明智藪と言われる所やけどねぇ。なんにもあらへんよ。」

 こうすけ        「おおきに。」


 言われた通り少しばかり進むと石碑があります。


 明智藪とは山崎の戦いに敗れた明智光秀が闇夜に乗じ居城のあった琵琶湖畔の坂本城へ落ち延びる途中に命を落とした場所であります。それは天正10年(1582年)6月の出来事でした。

 光秀は落武者狩りに襲われたと伝わりますが、石碑に書かれた説明によりますと織田信長の臣下であった飯田氏一党により襲撃されたとあります。

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                 明智藪の石碑。



 石碑からさらに進むとおばちゃんが教えてくれた通り少しばかりくぼんだ場所があって、荒れた竹藪が広がります。明智光秀はここで最期を遂げたのでしょう。

 落武者狩りによるものか、飯田氏一党によるものか、明智光秀がどのような最期を遂げたのか詳しくは分かりませんが、同様に、光秀がなぜ主君信長を討ったのかも歴史の謎であります。光秀自身の野望のためか、信長への怨恨によるものか、信長の振る舞いを許すことができない正義感か、あるいは他の黒幕がいたのか、本能寺の変をめぐる謎は奥深いものです。ただ謎は謎として、今はここで明智光秀が最期を遂げたというおそらく事実であろうことに思いを馳せます。光を隠した曇り空は寡黙であります。

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             明智光秀が最期を遂げた場所。



 しばらく明智光秀を偲ぶものの、落武者狩りならぬ蚊の大群が容赦なく襲ってきます。こりゃかなわぬと退散。来た道を引き返しバス停に戻ります。


 ちなみに明智藪と呼ばれる場所は2か所ありまして、一つは今さっき訪ねた明智光秀最期の地。もう一つは京都府福知山市にある光秀が竹を植えて築いた由良川の堤防。全く性格の異なる二つの明智藪、福知山の明智藪には3年前この旅の41日目で訪ねております(209号系統参照)。


 次は醍醐コミュニティバスに乗ります。バス停の時刻表によりますと黄色のラインカラーをもつ1号路線のバスは一時間おきに運行されているようです。蚊に咬まれた箇所をかきかきしつつバスを待ちます。

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       醍醐コミュニティバス1号路線は一時間おきの運行。



 地域の足である醍醐コミュニティバスは住宅地の中の狭い道を縫うように進んでいきます。坂道を登って団地を一回り、次々と停まっていくバス停で買い物袋を手にしたお客さんが順次バスを降りていきます。

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         住宅地の中の狭い道を縫うように進みます。



 広い道に出たバスは進路を北東に変えスピードをあげますが右折して再び団地の中に入っていきます。「はなぶさ保育園前」というバス停を過ぎるとバスは山科川を渡ります。方角から察するに川の向こうに霞んで見えるのは本日登った醍醐山(512号系統・513号系統参照)でしょうか。

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           山科川を渡る醍醐コミュニティバス。



 山科川を渡ったバスは外環状線との交差点に至ります。ここを右折するとすぐに「地下鉄石田駅前」バス停です。ここでバスを降りて外環状線を南へ進むバスを見送ります。「こうすけの路線バスの旅」94日目はここで終えることにします。

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        外環状線を南に去っていく醍醐コミュニティバス。


 バスを降りると寡黙な曇り空からポツリポツリと雨粒が落ちてきます。


 時は今 雨が下たる 五月哉            明智光秀 ※注1


 どうして明智光秀は織田信長を討ったのだろう、明智藪で奥深く感じたもののバスに揺られて忘れていた歴史の謎が再び思い起こされます。

 凛として気品のある桔梗の花は6月中旬の梅雨時期に開花するそうです。雨が下たる五月の頃は桔梗の花が今にも咲くぞといわんばかりにその力をみなぎらせている時なのでしょう。桔梗の花は夏を過ぎて初秋まで咲き続けるそうですが、昔、夏を迎えるまでもなく竹藪の中で散ってしまった桔梗の花もあったのでした。



※注1 本能寺の変の前、光秀が京都の愛宕神社で開催した連歌会、いわゆる愛宕百韻での光秀の発句。「時」は「土岐」、「雨が下たる」を「天が下知る」と解釈して、土岐氏の一族である光秀が天下を治めるという意思表示だという説があります。

 




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kousuke0217 at 23:14コメント(0) |  

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