2006年12月19日
皆既大作戦
2006年12月15日
別の旅に
2006年11月10日
薬と生理食塩水(点滴)とヨーグルトが主食
2006年10月28日
日記らしく
やっと 日時が追い付きました。これを書き込んでいる時点で約一ヶ月半の修行とリハを終え現在公演中 劇団SET本公演舞台「ナンバダ ワールドダンシング」 も めでたく明日 千秋楽というとこです。またいろんなはなしは後々書いていこうと思いますが 今回 今まで見えなかったものが見えるようになり 見えていたものが またよりよく見え とても 有意義な経験を日々たくさんさせていただいております。で 一昨日は 小倉さんの誕生日という事で リハーサル中に劇団員 ダンサー全員でおめでとうサプライズ ダンスでとてもほのぼの 自分は癒し癒されの日でした。お誕生日おめでとうございます!!で 今日は我が国の首相 アベさんが来られてました。 びっくり。
毎日本当にいろんな事がありすぎて 書き込めないのですが また明日もがんばれ美しい日本と自分。すいません、。
2006年10月26日
さよならリハーサルスタジオ
2006年10月25日
新横浜駅大混雑発 お好み焼き ショー ものまね経由 トンボ帰り直リハスタ行き
2006年10月24日
自分を裏切る
2006年10月20日
撮影
2006年10月19日
2006年10月18日
日記ぽく 書いてみせると
2006年10月16日
九 十一
あの日は 家への帰り道 歌舞伎町 で仕事帰りのホスト達や酔っぱらいのサラリーマン達や浮浪の民 に 混ざって 汚い何かの店のショーケース内のテレビで流れるニュースを観て 直立不動精神解放心の身スタイルでそこに立ち尽くしました。あまりにリアルなその<超大国の象徴>が崩れ落ちる様子に 平和な日々など 当たり前でない現実を痛感させられ 踊りをやる事 生きる事に ついて たくさん考えました(この半年後 バックパック一つ アメリカに約二ヶ月程行きましたが 空港での出入国の手続きやその他テロの影響でとても大変だった事を思い出します)。その後はご存知 大国の政治は保守派が先導すぐ後ろにぴったり我が国。<テロの根絶><中東の民主化>もう五年程たったけどはて現在の状況は?
今まで踊りをやっていたおかげでいろんな国籍の人種と出会う事があります。もちろん全ての人達がとは言えませんが多くの型をまずは理解し合いながら共通する想いや感覚さえあれば言葉や人種 宗教や政治など何の関係も無く飛び越え多くの人間と一瞬でも解り合う事が出来る事をおそらくはたくさんの人が感じた事があるように自分も踊りから気付かせてもらいました。別に無理に踊りとこういったはなしを繋げるつもりはありませんが 世界のどこかで大きな混乱が有った時などニュースや新聞を見る度にいつもその事を思います(一位が二位がとかこのステップがとかも良いのですがいろんな人の踊りを通したそういういろんな人のお話とかも観たり聞いたり読んでみたりしたいものですってあんまり 関係無いすもんね、)。
今年はそのテロの事も映画になったりしてますが この日本で 年末の特番での衝撃映像のみにならない様に願いながら 何故そういう手段をテロリスト等が選択しなければならなかったのかという事<権力>や<情報操作>の事 罪無き子達が爆弾よけながら遊びつつも怨念を積み重ねている事e.t.c 勿論 自分は知も力も金も才も無く 無力で偉そうな事しか言えん偽善弱虫野郎 ではありますが せめて忘れずに 忘れずに 考えていこうと 思っています。
(関係無いかもしれないけど 関係有る 九月十一日)
2006年10月12日
昼休みは廊下でバトルの時代
今年は何度か ダンススタジオの発表会にゲストとして参加させていただいたのですが普段 レッスンやスタジオとの関わりのない自分にとって 生きるか死ぬか的カチコチブレイキング界ばかり見てきたせいもあり スタジオの発表会の雰囲気はとても新鮮(スタジオによっては色々違うでしょうが)です。それにしても毎度子供がとても多い事にビックリ。ある場所で帰り際
親御さん「お前等 何かフリーズ習ってこい」
娘ダンサー達 「私たち こんなのしか できないの」
と 目の前では飛んだり跳ねたりあんな形でとまってはこんな形から肘に落としたりとかみたいな女の子が五 六人。
「 僕はそんなのできないの。」と自分。すげぇす。でもホント楽しそう。
もちろん今更感じてるわけでは無いのですが自分が踊りを始めた頃は 子供でストリートダンスをやっていたり習っているだけですごい珍しかったのですがそれも昔ばなし 今の子供達にとって僕(等) が習っていた ソフトボール 剣道 バスケ そろばん 習字 などなど習い事の中の一つに普通にストリートダンスがある時代なんだと改めて思いつつも自分にはとても縁の無い世界ですが 楽しそうな子供達 孫の晴れ舞台に喜ぶじいちゃん ばぁちゃん 必死に娘を探すとうちゃん 息子の名を叫ぶかぁちゃん ステージからみえる みなさんの表情にこころ洗われつつ 大事なものをたくさん思い出しまするー。
(画像は髪の毛がとても長いMG氏八月某日)
2006年10月10日
雑魚の戯言
北朝鮮のミサイル発射 レバノン イスラエル周辺の 荒れる中東情勢、、、 ホント他人事ではないですが ヒップホップやその他カウンターカルチャーがどうとかに 関係無く たくさんの 音楽家や画描き いろんなアーティストと呼ばれる 人達は 個々にそして互いに手を取り合い 平和への願い 訴え などの思いを 作品や活動に こめます。過去に 混乱するボスニアでライブを行った日本人MC(<ドロッピンアウト>また別の機会に、) や <分離壁>を築き そこにパレスチナ人を押し込んだイスラエルで その壁を越える様子を撮影 記録する事で反人種隔離政策を訴える ウサギ頭のラビット(LOVE IT)君 みたいに (もちろん現地行って何かやりゃあ 良いわけじゃないですが) 同じ地球上に生きる<人間>そして <日本人>として ビーボーイングや踊りでも そういう人達と繋がり意義の有る濃い事できたらなぁとか 考えたりしながら
日々 生命維持活動しつつも スレチガイな<バトル>しかないのその世界に 明るい未来は感じても 曇り空ばかり で 日が照らない みたいな 一時期を一周してきてちょっと過ぎたけど歳はとれなずまた繰り返す みたいな感じで 先に 書いたような事とは いま はまだ無縁なのかなとか、、
思っていたら あーそういえば 自分自身が 一番 無縁だったと 大体からして 何もしてないのに何様なんだと そんな自分の有り様に部屋のすみで 泣いて笑ってこらえて カオス。 はやくやめないと はやくはじめないと 。 紫色の灯り(オーロラパレット)の中に 静かに静かに潰れていきます、。
(ついこの前の八月十五日)
2006年09月20日
次はいつ 会えるとかね
2006年09月07日
コウスケZINE第三部
休日。 精神的再再出発の九月 恵比須界隈独身デートは やすらぎ求め 代々木公園でちりんチリン。そろそろ遠ざかりすぎるのをやめても 自分との距離感覚はやはり大事に緩く たまに 厳しく。
踊りを通して 見えた自分を追っかけ ゆっくり 旅は途中 道中走らず静かに歩く都内潜伏精進の日々は勝負の結果の為にあらず。
恋人達や太鼓叩きに住人 犬とかランナーだったりそれぞれ気ままに自分も独りのんびり芝生の上でごろりん、<生きる>活力ごちそうさまです。さあ明日も そのまた明後日も。
ここ最近体調悪く 重いブログしか 書けず コメント頂いた方々 返信できずに本当に すいませんです、。 またたまになんとなく 懸命に書いていきますので どうぞ勘弁願います、。 (みどり優しき代々木公園にて)
2006年07月17日
ありがとう
先週 自分を 支え続けてくれた ひと が他界しました。存在が当たり前過ぎて その愛情に応える事も いつも胸にあった 感謝の意を これっぽっちも伝える事もかたちにする事も できず 本当に悔やんでも悔やみきれません。
しかしながら 競争事を嫌いながらも これと言って何のとりえも無い自分をいろんな意味で 育んで いつも導いていただき とても幸福であった事 いのち 続くかぎり自分を探求し 見返り無く ひと を想いやる 姿や教え たくさんの思い出 は 絶対に忘れず そして 受け継ぎ 伝えていくことが なによりも供養に なると思っています。
今となっては 信じる事ができなくなってきている自分自身もあと少しの踊りも また その 姿 を思い出し できるだけ良い方向 へ 自分なりに 考えて 一日一日を大事に 生きていこうと 思います。
さて 何から 始めようかな。
2006年07月03日
考えすぎは体に悪いと
2006年06月25日
セロトニン伝達レベル低下
2006年06月21日
のびのびと
先日 自分の所属するクルー <キングアーク>が UKビーボーイチャンピォンシップ九州予選大会に参加 無事に 日本予選大会 に出場できる事になりました。今回 それぞれの理由でカズヒロさん アーキーさん 自分の三人は参加できませんでしたが 残りのクルーメンバーみんなが頑張ってくれました。自分は 今更ながら 念が壊れはじめそうで 殻 から出れないのですが 若いクルーメンバー達の各々の活躍や今回のような事は やはり自分にとってもすごく嬉しい事です。
決勝大会でも 自分達に負けないよう頑張ってほしいと思います。 そして 結果は別としてこの経験から 生きてくうえでの大事な <何か> を 各々見い出してほしいです
と つよく つよく 思うは 自身に不信 矛盾に病 アホウな自分(笑え)。 (六月某日)
2006年05月05日
遠くから眺めて
早稲田大学のダンスサークル <W U B> の春の新歓イベントで 久々にワセダブレイカーズとしてショーに参加してきました。 個人的な考え方の違いからここ一 二年ぐらい殆んどワセダとしての活動はしていない自分ですが やはり皆 集まると(チャオ氏 クー氏 欠場) とても楽しくも緊張します。個人的には直接無関係ではありますが 伝統のあるこのサークル 年々 大きくなっており 学生の踊り手達が 渋谷の某クラブを満員にしている様子に 田舎者の自分は只 圧倒されます、。
学生時代の思い出があまりない自分にとって 楽しそうに踊って 必死に仲間や先輩を応援している学生達が少しうらやましい限り。少しでも生きてくうえで役に立つ何かを踊りから学びとる事ができる事 願っております とか 書いときながら 結局 若さに希望に満ち満ちた明るい未来人達に嫉妬してしまう 初老の社廃人二年生の自分 幸せの青い鳥はまだまだ見付かりません。 (四月某日)











