T194 谷山電停前「さくら咲く」は、1周年

昨夜、私の喜寿(数えで77歳)を祝って友人と出かけたのは、我が家から市電で20分ほどの谷山電停前の「さくら咲く」です。 昨年3月28日にオープンしている。ネット友達から記事で読んではいた。 月替わりの『お膳』が2500円です。 その内容を、以下に写真で紹介します。 お酒は、お祝いというので桜の花びら入りの日本酒をいただく。 乾杯用に瓶ビール。 新潟の酒。 隣の席のお客さんから白ワインをいただく。
1 メニュー。
2 南蛮漬け。
3 鳥刺し
4 菜の花のポテトサラダ
5 御造り
6 白ワインをいただく(隣のお客さんからおごり)

7 唐揚げ
8 サプライズで、メニューにないぶり大根。(友人が特注していた)
9 春のみぞれ煮
10 桜島の灰干しの焼き魚
11 茶碗蒸し
12 お茶漬け+つぼ漬け

店の雰囲気が良く、トイレまで細やかな気遣いがされています。

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T193 私のキャンパス

総括表です。

 

(自分が学んだキャンパス)

1 東大駒場 初めてのキャンパス。学生寮にも住んだ。

2 東大本郷 31番教室と25番教室。安田講堂、図書館。

 

(非常勤で講義を担当したキャンパス)

3 法政大学 市ヶ谷 社会保障論

4 埼玉大学政策科学研究科 浦和 社会保障論

5 東京都保育総合学院 大泉学園 介護福祉士養成コースで「老人福祉論」

6 明治学院大学横浜キャンパス 戸塚駅 国際福祉論

 

(初めての勤務校)

7 日本社会事業大学 原宿校舎

8 〃  清瀬校舎

 

(北海道)

9 北海道医療大学 当別キャンパス

10  〃       あいの里キャンパス 夜間の「高齢者福祉論」(大学院)

 

(金沢)

11 金城大学 松任市、現在は白山市

 

(群馬)

12 東京福祉大学 伊勢崎 本部は池袋

 大学院(通信制) 通信制の夏期スクーリング(老人福祉論)

 

(鹿児島)

13 鹿児島国際大学 常勤6年+非常勤3年 大学院&介護福祉コース

14 鹿児島県立短大 非常勤4年間 社会福祉論

 

15 鹿児島大学 生涯学習の学生として。

 

【補遺】

16 石川県保健学院 (のちに石川県立看護大学へ) 県庁勤務の傍ら「社会保障論」を担当した。

17 ミシガン大学 夏季2週間の「老年学研修」のスタッフとして5年間

18  ボン大学 在独日本大使館の広報担当として「日本の夕べ」などの活動

 

このほかに、単発の講義・講演・発表がありますが、省略します。

 

 

T192 春先に7軒巡って

1今日は、鹿児島市内は春先の風の強い1日です。


朝食用のパンがきれたので、市電に乗り、デパートのドイツパンを半斤買った。陳列台が模様替えしていて戸惑った。1.5センチに切ってもらう。334円。










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市電で鹿児島中央駅に戻り、朝市にある野菜専門店で「赤玉ねぎ」を買う。我が家の朝食のサラダの材料で、近所のスーパには売っていない。前回までは北海道産でしたが、これはアメリカ産とあり、5個で324円。










3いったん、家へ戻り、鹿児島大学のキャンパスへ向かう。

最初に、借りていた本を返す。

次いで、書店へ行き本を注文した。
洋書なので、どこか「センター」に照会するという。
少し頼りないがやむを得ない。社会人学生なので割引期待です。







4お昼は、幾つかの案を考えていた。とくに、3月1日オープンの餃子屋を覗くと、お昼はまだだという。

結局、いきつけのKLEEの定食に。

今日は「エビピラフ」にコーヒーがついて500円です。

美味しいし、クラシックが流れていて静かです。

和服の女性が入ってきて同じ定食を食べていた。ママの知り合いらしく2人でおしゃべりしていた。






5懸案になっていたのは、靴の底がすり減っているので手当が必要でした。

毎日8000歩はこれで歩いているのでさもありなんです。

今日は、これまでの(鹿児島中央駅近くの)店ではなく、鴨池イオン(旧ダイエー)にある修理店に持って行った。

早く、安く、簡単。
出来上がりを見ないと即断はできないが、これからここで良さそうです。



6鴨池イオンの靴修繕やさんを遠方から撮った。


このほか、

・今日発売予定の「新潮4月号」をJUNKU堂で探したがまだ入荷していなかった。

・地元のスーパー「タイヨー上荒田店」の2階で、歯ブラシと液体歯磨きを買った。







T191 高山郷士河俣正幹の遺品  

鹿児島県高山郷(現在・肝付町)の郷士河俣家は、江戸時代「六ヶ所日高家」(家内の実家)に次ぐ石高があり、主に警備・警察関係の仕事をしていた。

 

その幕末期の「河俣正幹」の書いた日記については、先に紹介していますが、225日、その子孫である河俣栄子さんのご厚意で遺品の現物を写真に撮った。

 

以下、6点の写真をアップします。

 

1 着用していたシルクハット

2 ロンドンに注文して作った。

3 戊辰戦争に従軍した時の慶応4年の日記(オリジナルと写本)

4 維新後、宮崎へ旅行した時の日記(オリジナルと写本)

5 維新後。「典獄」(刑務所長)を勤めていた時の帽子と着用した写真。

6 戊辰戦争時の旗。「三番隊付」の文字が見えます。

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T190 一人でワインを

最近、近所にオープンしたワインバーへよく行きます。

 

今夕、17時オープンと同時に18時半ごろまでいました。

 

以下、6枚の写真で流れをお話しします。

 

1 鹿児島市内上荒田のみずほ通り、平野エンジェルクリニックの右隣に昨年末オープンした「ニッケルの足」入口

 

2 最初に、ボルドーの赤ワインを。

 

3 つまみに野菜を炒めたもの。

 

4 ブルゴーニュの白ワイン。黄色い色です。

 

5 ホタテのマリネ〈半分の量でお願いした〉

 

6 ワインの産地をフランスワイン地図のようなもので確認。

 

マスターは、静かな人柄ですが、ワインには造詣が深くいろいろ教わりながら飲みます。

普段、買い物の際のレジでのやり取り以外は話すこともない年齢なので酔った勢いで若いころの話などしました。

 
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T189 河俣仲太夫の居宅

今日、21日、鹿児島県立図書館(写真1)ロビーで展示中(写真2)の江戸末期の島津藩の城下の絵図を見学に行った。

 

展示物の写真撮影は禁止されていますが、遠景の鑑賞風景を写しました。(写真3

 

そこで、江戸初期の高山麓(旧高山町、現在の肝付町)の郷士である河俣家から鹿児島城士となっていた河俣仲太夫〈延宝3年­1675生まれ〉の居宅を絵図の中に見つけた。

 

その作業の段取り・経過を書いておきます。

 

【六ヶ所日高家と河俣家】

 

大隅半島を長く治めて来た肝付氏が島津氏の軍門に下って、肝付氏の治世下の中心都市であった高山へ島津から最初に派遣されたのは河俣家だった。次いで、日高家が入る。

 

江戸時代、この地域の上級郷士は19家あったが、石高で1番多いのは日高家であり、2番目が河俣だった。その格付けのせいか、江戸期を通じて両家は通婚関係にあった。

(私の妻は、この日高家の子孫です)

 

【仲太夫】

 

秀村選三九州大学名誉教授が校訂した「守屋舎人日帖」第11巻(1991年刊)の後半に高山郷の主な郷士の系図が掲載されている。そのうち、河俣家の部分を見てみよう。〈同書392ページ以下。写真4

 

江戸期の実質初代となる河俣家偕(1630-1700)の次男正芳の別名に「仲太夫」がある。

正芳の項の末尾に「鹿児島士ト成」とある点に注目しました。

 

その理由については、まだわかりませんが、絵図にあるだろうか?

 

【福昌寺の近くか?】

 

河俣家の幕末期の人に河俣政幹(1850-1929)がある。

19歳の時に戊辰戦争に従軍した。その時の記録「軍旅日記」(写真5)が残されている。

 

冒頭部分に「福昌寺」の河俣の家に帰る・・という趣旨の記述がある(写真6)。

 

【大竜小学校のプールあたり】

 

大きな絵図からどのように「河俣仲太夫」を見つけるか?

幸い、塩満&友野「鹿児島城下絵図散歩」(高城書房、2004)に、詳しい索引があって、

253坪を現在の鹿児島市内「大竜町11番地の東(大竜小学校のプ-ルあたり」を与えられていて、天保13年当時に208坪を維持していたとある。〈同書、130ページ〉

 

「福昌寺」の近くで、かつ、「大竜小学校」(江戸時代は大龍寺)の近くを探して、島津云々とある家々の中に「河俣仲太夫・253坪」を発見した。(その地図の34

 
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T188 76歳以降のテーマは絞られてきたか?

私は、20年の公務員生活を経て、30年大学教員をして、いまは年金生活です。

4月には、76歳。

 

私の大学時代の科目は、

「国際福祉論」

「高齢者福祉論」

「社会保障論」あるいは「社会福祉概論」

の3つに整理されます。

いずれも公務員時代の経験を伝える主旨のもので研究的なものではなかった。

 

現在、特定の組織やグループとして活動しているものはありませんが、幾つかの小さな仕事について上記の科目を念頭にしいて分類すれば以下の3つのテーマに分かれます。

 

1 日本文化の国際的な位置・多文化の共生

2 介護政策、特に末期における介護の在り方

3 鹿児島の歴史から見た日本史

 

1 について、1214日、鹿児島大学のS先生の「多文化共生」の講義で、私が運営している小さな日本語クラスのことを報告して、聴講学生からの手ごたえをえました。

 

2 について、昨日115日、鹿児島市郊外のディサービス「だんらん」をお借りして数名の勉強会でプレゼンしました。義母の介護など当事者の立場を経験はしていますが、介護現場の経験がないためかでうまく問題を整理できなかった。

 

3 について、少人数の月例歴史勉強会と、隔月開催の高山(肝付町)歴史研究会に関係しています。

 

3つのテーマは、深いところで関連しているのでは?という私の問題意識は十分整理しきれませんが、3兎を同時に追えません。

1の「国際」と3の「歴史」の接点として、

「鹿児島を訪問する海外のお客様に英語で鹿児島の歴史を(観光案内的に)説明する」

というテーマとすれば重なり合います。

 

30歳の頃、金沢市に住んで知的興奮を味わったのも加賀藩の歴史と文化を国際社会へプレゼンするということだったと45年過ぎて述懐しています。

T187 療養病床に歯科がやってきた

義母986ケ月。

 

大隅半島肝付町に住んでいた。認知症が進んでいた。要介護度5

20152月、胸部の痛みを訴え、鹿屋市内の有料老人ホームから急性期病棟に入院。

2ケ月近く点滴だけの生活をおくる。

 

20153月鹿児島市内の療養病床に転院した。

20159月の記事をリンクします。

 

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ここは、食事関係のスタッフが工夫してくれて介護食を用意、順次固くしていった。

劇的な変化は、歯科の往診が入り、入れ歯の調整が可能となってからです。

よく食べるようになり表情にも活気が戻る。

 

今夜、その歯科チームが(隔週間隔)診療に来室するというので私も見舞いがてら行きました。

 

5枚の写真。

 

1 今夜の夕食も完食

2 歯科医師1名+歯科衛生士2名のチームが来訪

3 歯科医師のT先生が口腔内を点検。異常はなく良好な状態とのこと。

4 夕食後の歯磨きを歯科衛生士にしてもらう。

5 毎回の診察記録が残されています。

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T186 河俣政幹  

河俣政幹1850-1928は、鹿児島県高山町〈現在は、肝付町〉に幕末から明治の激動期を生きた。

 

私の妻古瀬〈旧姓日高)マル1942- の父方の祖母の父に相当します。

今回、政幹の孫にあたる河俣栄子さんから資料をお借りしたので、記録にとどめます。

 

以下、写真を6枚アップします。

 

1 河俣家は、江戸時代、高山郷では日高家(妻の実家)に次ぐ石高の家で、主にこの地域の警察機能を担っていたという。写真は、秀村選三九州大学名誉教授の「幕末期薩摩藩の農業と社会」(創文社、2004p65に掲載されている石高表です。

1番下に、日高家318石,河俣家156石とあります。

 

2 幕末から明治にかけて、高山郷でも動きがあった。

「高山郷土誌」(高山町、1966年版)p371には、「河俣嘉一郎」が西南戦争への参加を呼び掛けたとある。嘉一郎は、政幹の兄である。

 

3及び4 政幹が、戊辰戦争に従軍した時の日記を活字にしたもの。表紙と、冒頭部分。

日高吾平校注。原文が関連資料とともに栄子宅に保管されている。

 

5及び6 明治になって、典獄(刑務所長)をしていた時の日記。表紙と、内容の例示。もとになった文書が栄子宅に保管されている。

 

大隅史談会の年報「大隅」には、政幹の孫である日高幹子による投稿が掲載されているが、その概要を私の旧ブログ「薩摩藩高山郷」で紹介しています(K0389  201111月)。

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T185 島津氏に敗れた人達

1119日午後、高山歴史研究会は肝付町塚崎にある供養塔と墓の清掃をしました。

この研究会は、20135月に第1回を開き、通算19回目になります。文化センターなどで研究発表をしていますが、今回は、墓の清掃・整備をしたのです。

 

2か所の整備・清掃を行いました。

 

スポット1は、肝付兼弘の供養塔です。4代兼員(かねかず)の3男。

この供養塔は,正徳5年〈1715年〉に建てられている。

場所は、16世紀に島津氏と肝付氏との激しい戦いがあった野崎城(塚崎城)の跡地です。

 

スポット2は、垂水を治めていた伊地知重興の墓です。

肝付・伊地知・根占の連合軍と島津との戦いで連合軍は敗れた(1580年)。

 

伊地知の墓は垂水にはなく、娘が肝付家に嫁に来ていた関係でここにあると考えられる。

長く放置されたままであったが、海ヶ倉善道氏による20年に及ぶ発掘・整備作業により今日の姿となった。

 

以上の2か所については、きもつき情報局のサイトが海ヶ倉氏の現場解説を収録しています。

 

肝付兼弘の供養塔

 

伊地知重興の墓

 

以下、写真を4枚。

 

1 スポット1での集合写真

2 スポット2での集合写真

3 スポット2へのアプローチの草取りをする女性軍

4 作業終了後の反省会

5 「大隅」57号(大隅史談会、2014年)の竹之井敏稿冒頭部分。

 
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