上荒田日記

鹿児島市上荒田在住の年金生活者です。

T452 乱読を集約へ

私はそのつど関心あるテーマを乱読しています。

退職後、特定のテーマの縛りが無くなって一層激しくなった。

 

最近、Facebookを利用してこれらの乱読してきた本をグループごとにまとめて紹介することを始めた。

 

その第1期は、経済に関するもの6冊です。(写真1

成熟した経済、国際経済の中での日本の立ち位置を歴史的な視点から、また広い視野で見直したいと思った。

 

2期として、「心」に関するテーマです。(写真2

これは、第1期の経済の流れとも重なっていますが、たまたま秋学期から鹿児島大学の「陽明学入門」を受講し始めたことで関心が強まった。

 

3期として、今日から取り組んでいるのは「16世紀」です。(写真3

プレーヤーとしては、信長・秀吉・家康を軸に島津義弘。

現在は幕末維新の頃とよく似た国際経済の状況ですが、さらにはこの16世紀とも類似した環境にあると思います。

 

始めたばかりですが、

・毎回6冊を取り上げる

6冊を通して言えることは何か?

11冊のペースで、1週間に1シリーズとする。

 

4期としては、「西郷隆盛」を

また、若いころからのテーマである「社会政策」関連のものも幾つかの小テーマで展開したい。

大分後になる見込みですが、鹿児島の友人からの問題提起で、

・「心学」の系譜

・「サードプレイス」という場

・西田幾多郎の現代的な意味

などにも挑んでみたい。

 

幾つかのテーマ群の重なりから見えてくるものがはっきりするだろう。


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T451 第6講 11月9日

朱子から王陽明へ発展するが、その間に陸象山がいる。

年代的に確認すると、

朱子  1130年-1200

陸象山 1139年―1192

王陽明 1472年-1529

 

朱子と陸象山は、北宋の同時代で、正確には、陸象山は朱子より後に生まれ、先に亡くなった。

王陽明は、明の時代であり、朱子及び陸象山双方から300年以上後代の人だ。

 

朱子の思想を陸象山と対比すると、陸象山の思想は「心即理」というもので、朱子が心を「性」と「情」とに分けて考え、「性」のみを「理」つまり天から与えられた正しい姿とした(性即理)のに対して、心を「性」と「情」、「天理」や「人欲」に分割して考えることに反対した。「心」全体を「理」、つまり「心即理」とした。

「即」は、「すなわち」の意味で、

朱子の「性即理」に対して

陸象山の「心即理」と対比できる。

 

王陽明は、陸象山の思想を知らずに「心即理」の思想に達し、そのあとで先の時代に陸象山も同様な思想に達していたことを知った。

 

陸象山は朱子と同時代人であり、実際2人は2度直接会って意見交換をしていると伝わる。陸象山の方が、朱子のように自説を流布するのに執着せず、朱子より先に亡くなったことが彼の思想が朱子や後代の王陽明よりも知られなかった理由かと考えられる。

 

王陽明の思想の詳しい内容は次回以降に委ねるが、王陽明が波乱の人生を送ったことが彼の思想を生んだことだけを強調しておきたい。

 

朱子学は中国および江戸時代の日本に官学として栄えたがその「性即理」論が現代においてももつ危険性のような側面がある。


T450 義弘公没後400年記念バスツワー(写真)

11月3日、義弘公没後400年記念バスツアーに参加した。

写真を6葉アップします。


1 飯野城址

2 物見曲輪から。

3 木崎原古戦場跡首塚

4 勝栗神社

5 精矛神社

6 トークショー(鹿児島市内)

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T449 小説と中国の古典

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川越宗一「天地に燦たり」(文藝春秋、2018)を読んだ。

16世紀末、薩摩の樺山久高(大野久高)を主人公に、朝鮮・琉球を舞台に展開される。

 

論語などの中国古典をしばしば引用しています。

眼に着いた箇所をメモします。

冒頭数字は、ページ数です。

 

12 天地万物の存在も運行もすべては「理」により統べられる。

13 人ニシテ礼ナケレバ、能ク言(モノイ)フト雖モ亦禽獣ノ心ナラズヤ。『礼記』

46 「四端」惻隠、羞悪、辞譲、是非。

48 聖人にも学べばなれる(程伊川)

101 偃武修文『書経』武具を伏せて用いず。

137 『孟子』の覇と王

155 『大学』まことに日に新たに、日々に新たに,また日に新たなれ。

168 儒学は生きる者のための学だ。

169 俺の王はいわば俺だ。

191 学びて時にこれを習う。また悦ばしからずや。『論語』

251 礼は望んで学びに行くもので、しいて教えるものではない。『礼記』

275 敬があればこそ、礼が成る。

 

最後のページ348

「人が天地の間で尽くした思いや営みは、決して砕けず、褪せぬ煌めきを生むのではないか。

天地に燦たる煌めきを・・」

ここから本書のタイトルが生まれている。

 

この本は、113日、「義弘公没後400年記念企画ツアー」のトークショーで知った。

4日に本屋で求め、6日には読了した。

 

日本・朝鮮・沖縄・中国と、今日の日本が置かれた地政学的な課題と重なった。

この秋受講中(鹿児島大学生涯講座)「陽明学入門」で教わったばかりの中国哲学のエッセンスが盛り込まれていて偶然ながら深い印象を残した。


T448 第5講 朱子と陸象山

これまで儒学の基本を学んできたが、今回は朱子学について、つまり王陽明の登場までの朱熹(朱子)及び陸象山について概要を知る。

 

宋学とは、北宋の時代の周濂渓から程明道、程伊川、張横渠などの思想を指す。

宋学最大の思想家で儒学を体系的にまとめたのは朱子で、西暦1130年から1200年の人物である。

 

朱子は、人間の心を「性」と「情」とに分け、この「性」を人間が天から与えられた本当の心、つまり「理」と考えた。「情」は、「理」ではない。つまり、「性」のみが「理」なので、この朱子の思想を「性即理」説という。

 

「性」とは、内容的には、仁・義・礼・智・信の「五常」であって、「未発」であり、「静」であり、「体」である。

 

「体」と「用」とを対比すると、

体 理 形而上 道 未発 中 静 性 

用 気 形而下 器 巳発 和 動 情

 

と対応している。「性」に対する「情」は、「理」ではない。

 

朱子の「性即理」に対して、陸象山は、「心即理」という考えである。

陸象山は、朱子のように心を「性」や「情」、「天理」や「人欲」に分けて考えることに反対して、「心」全体を「理」とした。つまり、「心即理」である。

 

宋学の思想家程伊川は、朱子に影響を与え、程明道は陸象山に影響を与えた。

(程伊川は弟で、程明道は兄である)


T447 第4講 孟子と荀子

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前講に続き、儒学の基本的な流れを追っている。

 

孟子

 

孟子は軍事力・武力によって領土を拡大するというのではなく、人民の支持を得ることで天下を治めるべきだと説いた。

 

孟子が説いた思想の中で、日本には馴染まなかったものは、「天命説」である。

これは、指導者は民意によって天命を受けてその地位につくという考え方である。日本には、この「易姓革命」論がなかった。日本では「革命」が起こらず「維新」が起こったのはそもそも日本には「易姓革命」思想が無かったからだ。

 

荀子

 

荀子は「人の性は悪なり、その善なるものは偽なり」(『性悪論』と述べた。荀子の善悪は相対的なもので、出発点(本性)は悪でも後天的な学問によって聖人になっていけるという考え方だ。

 

孟子は、人間個々人、人間存在というものの本質に光を当てたのに対し、荀子は、その人間の集合体の社会の現実、世の中での実際の人間の振る舞いに焦点を当てた。

 

次講では、朱子学に入る。


T446 第3講

1019日、「陽明学入門」第3講を聞いた。

儒学の基礎から朱子学に及び、さらに陽明学へと発展する道筋を順次説明しています。

その要点は、以下の通りです。

 

儒教は宗教的側面があるが、儒学には宗教的側面はなく、日本に伝わったのは儒学である。

孔子は、「人の世も分かっていないのに、ましてや死後の世界はわからない」としている。

 

「四書」とは、「論語」「大学」「中庸」「孟子」を言う。

原文を読み、解釈本はそのあとで読む。ハウツーものは薦めない。「論語読みの論語知らず」

 

「論語」は、孔子と弟子の言行録。

16世紀に翻訳されてフランスで読まれた。フランス革命に影響を与えた。儒学の中の「易姓革命」の部分の影響がフランス革命に及んだ。

 

「大学」は、大人のための政治原論である。

「明明徳」「親民」「止於至善」の3綱領と、

「格物」「到知」「誠意」「正心」「修身」「斎家」「治国」「平天下」の8条目を含む。

 

「新民」と「親民」の違い。(「新民」は大久保的、「親民」は西郷的と言えようか)

 

「格」を「至る」の意味とするのは朱子学で、「正す」意味とするのが陽明学である。

 

四書の中では、「大学」を最初に読み、「中庸」は最後に読むべきものとされている。

 

「孟子」の思想は「性善説」で、人間は生まれながらにして善であるという考え方だ。

陽明学もこの性善説の流れをくむ。

四端(したん)とは、「惻隠」「羞悪」「辞譲」「是非」を言う。

「惻隠」が仁、「羞悪」が義、「辞譲」が礼、「是非」が智に対応する。

 


T445 第2講 日本の陽明学

2講は、105日でした。

受講生は減って16名でした。

 

前半は、溝口雄三「二つの陽明学」の主要点を学ぶ。

・三島由紀夫は、自らの有限の生を断つことによって永遠の生を獲得する道を選んだ。

・実際に中国に生まれた陽明学に比べると、余りに日本化されていた。

・王陽明37歳の気づき:物事の道理は物事に備わっているのではなく、判断主体である自分の心のうちにある。

・王陽明46歳「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」

・陽明50歳から56歳は、陽明学が完成した時期「ただ本を読むことではなく、体験をもって心理に到達すること」を特質とする学だった。

 

陽明学は日本へは朱子学と同時並行して流入した。このため、その対立を歴史的な目でとらえることはできなかった。

 

後半は、第2講レジュメに即して、中国における儒学の基本に触れた。

・孔子、孟子、荀子。

・五常:仁、義、礼、智、信。

・諸子百家

・修己治人

 

詳しくは、次回以降に。


T444 「伝習録」に向かう

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今日108日午前、西郷南洲顕彰館(写真1。今日午前)を見学。

島流しにあったとき読んでいた四書五経の本の他に王陽明「伝習録」4冊(上中下補)があった。

 

西郷は、佐藤一斎の「言志四録」を熟読したと言われるが、その佐藤一斎は公的には朱子学を講じながらも陽明学を信奉したという。

 

先週105日から鹿児島大学の生涯学習講座として公開されている「陽明学入門」(吉田健一准教授)を受講しはじめた。参考文献の紹介もあったが、まだ入り口で、中国の儒学の歴史から朱子学の理解を経て「伝習録」のエッセンスに向かうとみられる。

 

島田虔次「朱子学と陽明学」(岩波新書、1967.写真2)は、吉田先生の文献にあげられていた。その第3章「陽明学の成立・展開」p119-159を先に読んだ。

 

「伝習録」のテキスト及び解釈本は多数あり、吉田先生のも参考に揃えつつある。

山田準他訳注の岩波文庫本(1936年。写真3)は、上中下巻全部を収めている。

脚注はあるが、初歩には難しい。

 

吉田公平による解説は、タチバナ教養文庫、1995年。(写真4)平易ですが、内容は下巻を対象としている。

 

岡田武彦による王陽明上下は、明徳出版社。1989年及び1991年刊。

「シリーズ陽明学・全35巻」の第2巻及び第3巻(写真5)。

20巻 中江藤樹

24  佐藤一斎

25  大塩中斎(平八郎)

28  山田方谷

31  西郷隆盛

32  吉田松陰

33  高杉晋作

と続いている。(28は、この時点では未完)

 

写真6は、南洲墓地の中央にある西郷の墓(今日午前)。


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T443 思想遍歴も終盤へ

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【源流】

田舎から東京に出てきて大学の寮生活。駒場寮での1年半で膨大な思想の波に埋まった。

東京の学生は高校生の頃からマルクス・レーニンを読んでいた時代です。

教室で聞いた授業で記憶に残るものはほとんどないが、寮生活の中で、当時の最新の思想と対峙した。マルクス・エンゲルス・毛沢東・レーニンはもちろん、サルトル、マルクーゼ、グラムシなどが「はやり」でした。アメリカの経済学・社会学・心理学なども、ガルブレイス、ミルズ、フロムなどは最低限だった。そのような頭でっかちの時代が源流にある。

駒場寮の写真は画像検索です。(現在は解体されている)

 

【政治コース】

学部は、法学部でも法学の必修の少ない「政治コース」に進む。丸山真男が盛んに読まれた時代です。写真2は、2017年に刊行された古い時代の丸山の「日本政治思想史」の講義録を講義ノートなどによる校訂してを経て刊行された。この2冊の出版を記念したシンポジウムが今年6月、本郷の31番教室で行われた。訓詁学的な雰囲気にはなじめず、中途で退席した。

 

【西田哲学】

西田幾多郎の故郷であり最初の任地でもある金沢。ここに、30代には県庁職員として、60代には私立大学の教員として、合計5年住んだ。当時は、特に意識したわけではなく、鈴木大拙、西田幾多郎、暁烏敏などの生家の近所を通って通勤した日々です。鹿児島に来て、だいぶたった最近、西郷との関連で西田幾多郎を手に取った。「善の研究」が1911年に刊行され、100周年ということで、「アジアの中の日本哲学」が論じられていることを知った(写真3)。

 

【西郷隆盛】

西郷のことは、12年前に鹿児島に越してきたときから西郷が市民生活の中に溶け込んでいるという印象を持っていた。この2年程のことですが、「南洲哲学研究会」など鹿児島の市井の人々が西郷を学び追体験しようとしている様に触れるようになった。西郷に関する研究が国際的レベルに及びつつあることも知った(写真4)。

 

【心学】

同時に、この2年間、心理学的な、あるいはスピリチュアルなアプローチとともに、倫理的・道徳的な色彩をも持つ学び・実践のグループとも知り合うようになった(写真5)。

 

【陽明学】

昨日、105日、鹿児島大学の教養科目である「陽明学入門」第1講を聞く。王陽明の原典にかえって基礎から学ぶ機会を持てたことを喜んでいます。

この講義(全15回)を聞きながら、鹿児島で良心的な日々を送っている各世代から学びながら60年に迫るわが思想の旅も終盤へと向かいます(写真6)。


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