T152 薩摩藩の偽金づくり(その3)

明日6月13日、成人学級での講義のために用意した「紙芝居」(後半)

番号は、「その2」からの連番です。

 

7 薩英戦争。薩摩藩が購入した汽船

8 琉球通宝

9 天保通宝(6点)

10  日計表

11   職人一覧

12  絵図

 

今回の発表は、徳永和喜先生(南洲顕彰館館長)による7回連続講義「明治維新の財政」(20151115日から201636日まで)で得た知識を基本としています。

発表につき、5月12日、徳永先生にお会いして、今回の趣旨説明をし、ご了解をいただくとともに、レジュメ案への意見もいただいた。

 
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T151 薩摩藩の偽金づくり(その2)

明日6月13日、成人学級での講義のために用意した「紙芝居」(前半)

 

1 島津氏初代 忠久 1185年に頼朝から島津荘管理の辞令

2 500万両の借金

3 重豪から3代で60人の子ども

4 江戸時代鎖国中に例外的に開いていた4つの窓

5 28代斉彬

6 市来四郎編述「島津斉彬言行録」より2か所(1846/1857

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T150 薩摩藩の偽金づくり(その1)

明日6月13日、成人学級で「薩摩藩の偽金づくり」について話します。本ブログで、その準備段階を記録しておきます。

その1では、
・送付済みのレジュメ
・基本に参考とした本3冊
・関連して読んだ主な本7冊
をアップしました。
冒頭の写真は、「薩摩史ゼミ」(第1回。5月18日)においてこのテーマをプレゼンした時のもの。
「その2」及び「その3」は、当日用に用意した資料【紙芝居】です。

    *                *                *              

2016.06.13
中洲校区成人学級

 

薩摩藩の偽金づくり

 

  薩摩は、島津氏が700年治めてきた

 

  薩摩は武士が多く、財政は赤字

 

 

  薩摩の財源:その1 黒砂糖

 

  薩摩の財源:その2 密貿易  

 

 

  迫る欧米列強と幕府の無策

 

  薩英戦争から討幕へ

 

 

  琉球通宝と天保通宝

 

  アイデアは斉彬・実行は久光

 

  技術:市来四郎(鹿児島)と安田轍藏(江戸)

 

  二分金(慶応年間)

 

 

  材料の銅の確保  「廃仏毀釈」

 

 

※徳永和喜先生(西郷南洲顕彰館館長)の連続講義「明治維新と財政」から。

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T149 町内会の年次総会

今日429日、住んでいる鹿児島市上荒田の町内会総会に出席しました。なんと、鹿児島に来て10年、町内会総会へは初参加です。老人クラブのメンバーから手招きされた席へつく。

 

人口は約6000人という上荒田町。町内会員は、1360人で、今日の出席は102人と報告された。多数の委任状があって総会は成立。

あらかじめ送付済みの式次第に従って10時半から報告と提案が淡々と進行します。

総会は60分。

そのあと来賓挨拶が30分あり、食事に焼酎もでて1時頃散会。

 

冒頭に物故者(18人)と熊本地震への黙祷をしました。

活動内容は例年通りですが、冒頭会長から災害対策が力説され、後半の質疑で公民館への地震保険の加入が提案された。このたびの隣県での災害の影響を深刻に受けとめています。

 

・成人病院の地域プロジェクトの紹介があった(病院事務長)

6月に私が話をする「成人学級」の関係者から挨拶

・会計部長は、私のFBFです。(彼以外には、FBFはいません・・)

 

写真1 宴たけなわ

写真2 小中学校校長4人が挨拶

写真3 鹿児島市交通局長の挨拶。去年、町内に市電の車庫と交通局のビルが移転してきたからです。

写真4 豪華なお昼。会場の1階が中華料理屋です。ビールと焼酎も出ています。

写真5 メンバーの踊り

写真6 「恋心」を唄います。

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T148 残されたテーマ

「毎日が日曜日」状態が1年になろうとしています。入院中の義母97歳の容態次第ですが、生活の基本は義母の見舞いと主介護者である妻の支援です。

 

そのうえで残された時間の過ごし方です。1年間試行錯誤してきましたが、最近は自己流を貫くのが一番という原則で過ごしています。

 

facebookというものに参加して5年近くたちFBF(フェースブックでの友達)も3000人を越えています。ですからそのタイムライン(投稿記事)を読むだけで1日は過ぎていきますね。最近では、居間でiPadを見るときだけにしています。投稿は、デスクトップのパソコンです。

 

テーマとして、絞られてきたのは、写真3枚で示したとおりです。

 

【日本語で話し合う】

 

鹿児島大学への留学生に対する「中級」あるいは「上級」の日本語について支援しています。彼らは基礎の発音・文法・漢字を習得していますが、もう少し日本を知ろうとすれば漢字数を増やし、ヒアリング能力も鍛えねばなりません。こういう視点での支援は少ないようです。私の問題意識は、40歳の頃にドイツに渡るために特訓を受けたドイツ語学習の反省にあります。

 

そこで、大事なのは、

・良いテキストに出会う

・日本語での話し合い手

です。

 

現在、2つのクラスでやっていますが、この文月あや「まごまごたまごはほんとのたまご」(幻冬舎、2015)は、漢字が少なく童話の体裁をとっていますが、認知症や看取りをテーマにした奥深いメッセージがあります。外国人の日本語力の向上に伴い、「教える」のではなく(日本語で)話し合う場になりつつあります。数人の友人に「話し相手」になってもらっていますから、私の苦労は減ってきてむしろ楽しい場に転じています。

 

【介護問題の国際比較】

 

昨年お会いした在宅介護の実務家である藤原るかさん(関東在住)は、介護についての著作もある方で、細かい介護技術的なことはもとより介護保険制度についての政策的な視点も鋭いです。彼女は友人らと13か国の海外の在宅介護職を訪問してそことの比較から日本の現場の課題を適示しています。

 

写真2の本は、昨秋、彼女がカナダで求めて来た「サポートワーカー」といわれる介護職の養成テキストです。1000ページ48章に及ぶ大部なものですが、私がその内容を少しずつ要約してメールで彼女に送付しています。今日まで、32通送っていますが、彼女からの注文を受けながら重点的に理解しようとしています。日本でも、「介護福祉士」創設以降、教科書類が複数刊行されていまし、カナダと日本では背景が大きく違いますが、ヒントになるものは多いと思います。私自身の英語力の維持という点でも意味があるでしょう。

 

【大隅半島の歴史研究】

 

写真3には、手元にある歴史研究書をまとめました。いずれも博士論文をまとめたレベルのものですし、私自身は歴史学の基礎的な素養(古文書の解読)もないのですが、鹿児島に来て10年、初めて、日本の歴史を体感することが出来る気がします。歴史小説はあくまでも小説で著者の世界ですね。

 

左から、

・佐々木 克のは、島津久光あての文書などの基礎作業から幕末を分析。

・秀村のは、大隅半島の一地域(肝付町)の一つの家(守屋家)の古文書を基礎に幕末の社会経済を考察しています。2006年学士院賞・恩賜賞受賞。

・徳永のは、幕末の薩摩の維新の事業の背景にある対外交渉の歴史を考察

・村井編の本は、東アジアとの宗教や交易の交流を専門家が分担執筆しています。

・三木の本は、島津家が、戦国から江戸期の大名へと発展した後を考察しています。

 

私の関心は、鹿児島の歴史を基礎に、日本史の大きな流れを理解すること、さらに、文献や研究の乏しい大隅半島の歴史の概略を学ぶことです。

 

55年前に、東京で、大隅半島出身の女性と出会ったことが、今日では最も深いテーマとなって残りました。

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T147 患者さんは人間です

今日、午後、鹿児島市内上荒田にある「成人病院」の地域プロジェクトで第16回の会合でした。入居している患者、家族、近所の人、スタッフが一緒に話を聞き、音楽を聞きます。

 

今日は、副院長の小斎平智久先生のプレゼンでした。

 

テーマは、写真1にあるように「患者さんは人間です」という一見平凡なメッセージです。

先生は、この病院に赴任された7年ということですが、これまで3回の転機があった。

1回は、胃ろうをつけている患者から胃ろうをはずして口から食事をしてもらう試みにトライしたこと。NHK鹿児島支局の番組で20141月に放映されたものをリンクします(14分)

NHK鹿児島支局2014.1

 

2回は、「上から目線」の反省。そして、最後はこの「患者さんも人間です」の気付きです。これには、週1回この病院に勤務する森田洋之医師の存在が大きい。森田先生は、財政が破たんした北海道の夕張市での実践を「破綻からの奇蹟」という本にまとめています(2015年)。副院長は、最近になって森田先生のメッセージの本質を「患者さんも人間だ」ととらえることができた。(写真2

 

これは、スタッフの自省の中から生まれた(写真3)。

 

現在、この病院では、4つのプロジェクトを立ち上げていて、それぞれスタッフが自発的に行っているという。

 

「地域プロジェクト」は、今日行っているようなプログラムの実施(写真4

「食支援プロジェクト」は、昼食を患者が一堂に会して食べる。医師をはじめとするスタッフも参加しています。(写真5

「その人の世界プロジェクト」(写真6)と「いけんすっか会」(鹿児島弁で「どうするか」の意味をかけている)があります。

その人の世界

 
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T146 新たな転機か?

【転機】

 

昨年夏ごろから、キャリア形成の専門家をチューター役とした読書会に参加していました。

 

テキストは、アメリカの「トランジション」邦訳2014年です。

 

人生の「転機」に関するテキストで、アメリカにおけるキャリア形成のセミナーの実例が盛り込まれています。Facebookでたまたまこの集まりを知ったのですが、畳の部屋で2時間、数名での輪読会です。

ここで、人生の新たな段階を迎えるためには、一度真っ白にする必要があるという考えを学び、私自身が、43歳のときに公務員を辞めて、45歳の時に大学教員となったときの心理をよく説明しているように思われた。当時は、後悔と悲嘆に暮れていたのですが、今にして思えば、その時期が新しい生活への意義ある「転機」と考えられる。

 

この輪読会のチューター役の控えめなそれでいて適切なコメントに導かれて数回参加したのち、しばらく雑用に取りまぎれ参加しなかった。

 

昨日、久しぶりに参加したのですが、トピックスは「始まり」だった。4月に75歳となる私にとっての「始まり」とは?懐疑的な気持ちを抱いて参加した。

 

【親鸞】

これまでも五木寛之のエッセイは読んでいますが、テレビでの対話を聞き、小説「親鸞」を手に取った。新聞に連載されていたもので、全6巻です。今は、第2巻の終わりのほうですが、小説の形で親鸞の自己形成がわかり面白い。

当時の既成宗教への批判も手厳しい。P260,305.

 

そうしたら「仏の発見」という五木と梅原猛の対談を見つけた。

徳間文庫カレッジ、20162月刊。仏教を軸に様々な人物と宗教とを論じています。

若いころ、ぼんやりと、西洋哲学やキリスト教に抱いていた違和感がほぐれてきます。

梅原は、最初は西洋哲学専攻だったが飽きたらずに40歳の頃日本思想に転向した。P29

 

【「生きる意味」】

 

長南瑞生の「生きる意味」(1万年堂出版、20159月)を今日買った。

 

昨日夜の「トランジション」の輪読会で初めて参加された方とfacebook友達となり、この本をテキストとした読書会が開催されていることを知った。来週の日曜日21日です。

 

アメリカのブリッジズの本から、迂回して日本の仏教入門書へ。

長南という人は、学部の専攻は量子統計学という物理学の一部門という。

本書の続きはネットで読んだり相談できるという。

 

何故、「トランジション」の読書会に参加しなおしたか?

昨日夜、その第7章「新たな何かが始まる」(p226以下)を輪読したときには気付かなかったのですが、親鸞を媒介として、私の〈4月からの〉75歳という節目に新たな意味が賦与されそうな気配です。

 

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T145 歴史ものを読む

1月に入り、鹿児島もようやく寒い日々が続いています。

本ブログも更新しないでいますが、facebookには細切れの記事をアップしています。

facebookは、メンバー以外は読めないし、索引機能が弱いので、記録の意味でこのところ読んでいるものを本ブログに並べておきます。

 

写真1には、マンションの南側の部屋のコタツで読んでいる小説や歴史関係のもの。

写真2には、そのコタツの傍に置いている辞書、年表や時刻表などのマニュアル類。

この傍には、iPadを置き、ラジカセもあって暇をつぶせるようになっています。

 

テレビは、このコタツの席からは見られません。天気予報のほかは原則テレビは見ません。最近は、いくつかの歴史物を見ます。

 

【海外情報】

ネットで英語及びドイツ語の情報をフォローしてきましたが、最近はこのことにあまり時間を割きません。

 

【「社会保障」の勉強】

最近、後輩の田中耕太郎氏(山口県立大)の放送大学テキストや権丈善一先生(慶応大学)の論集などを手元に置いていますが、現在は、講義も執筆もないので、文字通り「積読」です。

 

以下、写真1にあるものを紹介します。

 

山岡荘八の「新太平記」全5巻のうち、4巻目に入っています。14世紀の南北朝時代を扱っています。鹿児島における島津氏と肝付氏の抗争を理解するには南北朝時代の対応が必要だという意識で読みだしたのですが、巻が進むにつれ、この時代と現代との共通点を見出しています。

 

池波正太郎の「真田太平記」は、全12巻ありますが、いまはその4巻目に入りました。池波作品は、例の鬼平のシリーズや「剣客商売」など全部読んだのですが、今年のNHKの大河ドラマで真田幸村を取り上げるというので、読み始めたのです。

 

司馬遼太郎「竜馬がゆく」は、全8巻。古本店で見つけたので昨日から読み始めた。先日、文芸春秋の2月号で、この小説(当初、産経新聞に連載された)の誕生のいきさつを読んだのがきっかけですが、下段にあるように、このところ幕末維新ものを読んでいました。

・アーネスト・サトウの回想録上下

・海援隊始末記

を古本市で見つけたのです。

 

「竜馬がゆく」とサトウは若いころに読んだのですが、70を過ぎて、鹿児島の地で読み直すのも格別です。

 

荻生徂徠の「政談」は、尾藤正英の抄訳です。これは、志の輔の落語を聞いて徂徠を思い出したのです。学生時代に丸山眞男の「東洋政治思想史」の講義で聞いていますが今となっては覚えていません。この新訳で江戸時代の思想の現代的な意味を考えることが出来ます。8代将軍吉宗への意見書(1726年)で本人は本書を焼却して欲しいといって亡くなった。

 

右側の「是枝柳右衛門と若き志士たち」は、鹿児島の谷山出身で、肝付町の旧高山地区に住んでいた幕末の志士の伝記で、翌2月に開催予定の「高山歴史研究会」のテーマです。昨日、鹿児島大学中央図書館の2階の伝記コーナーで見つけた。江戸期の高山のことなどがわかります。

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T144 テーマの総合化

 

【専門分野】

 

このブログあるいはfacebookでの私のテーマはまことに多分野です。いったい何が専門なのか?

 

一応、大学の専攻は「法学部政治コース」で、公務員試験は「法律職」で合格。卒業時の単位数は、法律学・政治学・経済学が3分の一ずつでした。若い時は、法律は面白くなかった。

 

30年間、常勤で5つの大学に勤務。最初の4つは、いずれもその大学の必要(大学院の創設とか)に応じたもので、最後の鹿児島は、生活のために志望して勤務した。いずれも大学院担当のいわゆる「マル合」(博士課程指導可能教員)にパスしていたことが幸いした。

 

担当した主要科目は、

・老人福祉論 日本社会事業大学、東京福祉大学、鹿児島国際大学(大学院)

・社会保障論 北海道医療大学、金城大学

・国際福祉論 日本社会事業大学、北海道医療大学、鹿児島国際大学(大学院)

・社会福祉概論 鹿児島国際大学

です。これらの科目は、いずれも20年間の公務員時代の経験・経歴に相当しています。

1人でこれだけの科目を担当した人はいないと思います。

 

【定年後に絞られたテーマ】

 

現在、時間を割いているのは、以下の3つのテーマに絞られています。

 

1 在宅介護職(ホームヘルパー)の国際比較

2 レヴィ・ストロースの人類学の方法論

3 留学生への英語による日本語教室

 

この3つのテーマを統合したものが、「ソーシャルポリシーの日本的特色」です。これを英語で主張・発表していく。

趣味としての歴史研究は、10年前に鹿児島に来てから、明治維新を中心に自己流で学んでいます。特殊研究として、大隅半島の古代、13世紀、16世紀に焦点を当てています。これは、妻の実家が大隅半島の旧家だったことに起因しています。

 

【少人数のゼミ形式で学ぶ】

 

30年間、多くの教室や演習を担当してきましたが、少人数での学びは楽しいですね。

 

1 在宅介護職の国際比較では、関東圏の介護職の人とカナダの教科書を読んでいます。

 離れているのでメールでやりとりします。私から送った仮訳は18通に達しています。

2 レヴィ・ストロースは、鹿児島の大学院生とその先生。私を入れて5人。隔週に行ってきた読書会はすでに22回で、(院生の卒業によって)間もなく終わるかもしれない。

3 留学生は、現在西アフリカから鹿児島大学水産学部に学ぶ院生2人。彼らの公用語はフランス語で、日本語会話は初級レベルを終えているが、読解力はこれから。週1回始めていて次回は第7講です。

 

【時間は残されていないが】

 

この3つのいわば演習による成果を、統合したテーマで、英語で発表していきたいという遠大な目標です。

 

・日本の社会保障の遅れは、「ソーシャルポリシー」的な統合的な視点を欠いてきたこと。

・今後の焦点は、在宅介護職の充足にあり、この視点が特に欠けている。

・政策的には課題が大きいが、実践の現場ではそこそこの水準に達している。このことをレヴィ・ストロースの人類学で学んだ方法によって明らかにする。留学生とのふだんの英語討議での経験を活かす。

 

1990年代、50歳の頃は、機会を得て、OECD(パリ)、北欧、アメリカなどで、日本の高齢者政策を英語で発表してきた(9回の国際会議での発表。幾つかは英語での出版となっている)。この20年、長くサボってきた。

 

この「統合」の部分では、鹿児島では仲間がおらず、ネットやメールでの実績を重ねるよりない。このため、鹿児島で参加してきた国際交流などへの参加は最小限としたい。

 

*写真1 1125日、鹿児島市内。鹿児島大学農場にて。

写真2 1121日、肝付町内、妻の実家の庭にて。

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T143 看護師による看取り報告(2事例)



【看護師の涙】



今日1118日、午後3時から3時半過ぎまで、鹿児島市内上荒田の療養病床S病院の1階エントランスで、地域プログラムがあり、参加しました。



今日で8回目となるこの企画は、週1回あるいは隔週程度の頻度で、毎週水曜日の午後、医療に関する講演やコンサートなどが企画されて、近所の人や、家族、入院患者が参加しています。





今日は、看護師2人によるプレゼンでした。(写真1は、2番目の方のプレゼン。最初の方は、右側に座っておられる)



あらかじめ用意された資料は合計で8ページあり(写真2)、それを読みながらのプレゼンです。それを紙面の関係で要約しながらお伝えします。



【取り戻した家族の絆】

1人目の人は、今年92683歳で亡くなったAさん(93歳)のことです。



70歳で認知症となり、

80歳で肺炎のため急性期病院に入院。認知症が一気に悪化した。



2年前にこのS病院に転院。そのときは、完全に寝たきり状態だったという。

「病院での活動制限が引き起こした寝たきり」だった。



1年前には、日常生活のすべてに介助を要する状態となった。



8月下旬(83歳)には、食事量が減り1年間で6キロやせてしまった。



915日、息子さんたちの判断で胃ろうや鼻腔栄養はせずに水分補給の点滴だけとした。

点滴のために針を刺しなおし、内出血のあとができた。

919日、息子さんたちと話し合い、点滴も中止。「医療行為から離れ、家族のふれあいこそが大事な時間」(主治医)となる。家族が交代で病院に寝泊まりを始めた。



926日、安らかに息を引きとられる。医療器具は一切使わずにまるで自宅のように全員がAさんの方を向いての看取りだった。

「涙ながらも笑顔の有る不思議な雰囲気が最後にあった」



【母が私に教えてくれたこと】



最初にこの看護師のお母さんが3年前にすい臓がんを患い、入院から2か月で亡くなった。63歳。この時の家族としてのくやしさが、発表の事例の伏線となる。



Bさん。91歳男性。

アルツハイマー病で入院。

大声で叫ばれたので、よくきくと「ありがとう」といっていた。このことを家族に伝えると、家族も大変喜ばれ、頻繁に面会にきて話をされた。



肺炎をきっかけに徐々に全身状況が悪化。



Bさんに母の面影を、Bさんの娘さんに看護師自身を重ねていたのではと述懐。



家族が病院に泊まり、Bさんの人生を聞く。

営業マンだったこと。

施設に入所して口の中の出血に気づいてもらえなかったこと。



看取りの時に、スーツを着せてあげた。病衣とは違う凛々しい姿に家族は喜んだ。



Bさんを「1人の患者さん」としてしか見てあげられなかった。「人生の物語」を知ることが出来たら、家族にもっと良い提案をできたのではないか?



今日がたまたま亡くなった(この看護師の)お母さんの月命日だった。



「お母さんありがとう!これからの私をみてね!」



【スタッフの教育】



この病院の副院長は「鹿児島医療介護塾」を介しての友人です。

というよりは、義母97歳の主治医です。



鹿児島に来て10年、鹿児島の事例から医療や介護のことを見聞してきましたが、今日の現役看護師のプレゼンを聞き、満座も涙をこらえきれない様子でしたが、「このようなスタッフがいる限り鹿児島のそして日本の看取りは大丈夫だ」という感を強くしました。







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