こわい話してもいいですか

日常に潜む恐怖や謎〜ピアニスト蛯名知子の"こわい" 生活

怖いのがお好き

以前、書いた、喋る空気清浄機だがな、最近、歌も歌うんだよ。

「 🎵プラズマクラスターはシャープだけ〜」

まあ、CMなんだけどさ。
で、「お知らせ」というボタンを押すと、歌うので、ふざけて何回も押し歌わせてたら、五回目くらいに、

「もうええやん!」

......。

絶句してしまった。
しかし、何故、関西弁なんだよ?
この間は、「ふぁ〜あ....」と、あくびしてた。
嘘っぽいんだが、本当なんである。


ところで、上野の森美術館で開催している「怖い絵展」、すげー人気らしい。
私も、平日ならすぐ入れるかと思って行ったら、長蛇の列。
入場に80分かかると言われ、断念。
再度、別の日に、それも前夜、上野のビジネスホテルに宿を取り、開場前に行った。
それでも、既に列が。
結局、おにぎりを食べながら40分並んで、やっと観た。

並んでる人、女性が多い気がした。
申告してないが、怖いものが好きな人は多いのかもしれん。
知り合いの歌手のかたも、怖いのは嫌い、と言ってたのに、怖い絵の画集は持ってると言っていた。
今回の、「怖い絵」のみの展示というコンセプトは、わかりやすく、良いと思う。
この際、「後味の悪い絵展」、「薄気味悪い絵展」、「何故かはわからないがなんとなく嫌な絵展」など、続けて開催してほしい。

「怖い絵展」のメイン作品である、「レディ・ジェーン・グレイの処刑」だが、最初、全く知識がなく、目隠しをされた少女が手を伸ばしている箱のようなものの中に、毒蛇かサソリか何かが入っているのかと思っていたが、解説を読んで、処刑されたあとに首を置く台だとわかった。
残酷だが、蛇やサソリの毒でじわじわ死に追いやられるよりは、どうせ殺されるのなら一瞬で終わったほうがいいかも。
しかし、目隠しというのが、ミソだな。
想像力がかきたてられ、恐怖が倍増。

ゆっくりじっくり観たかったが、とにかく人が多すぎ。
でも、最後の作品までちゃんと観たいと思わせられた展覧会は、珍しかったかも。
怖いものの力って、凄いな。


話は変わるが、久しぶりに映画を観た。
「IT」。キング原作。
殺人ピエロが、その子が怖いと思うものを見せ、恐怖におとし入れていく。
そのピエロが、嫌な目付きなんだが、途中で、誰かに似ているな、と思って考えたら、知り合いのNさんだと判明。
Nさんは、知り合いの70代の女性で、おでこが広く、髪が左右に分かれ縮れており、声に特徴がある。
Nさんは、気さくでいい人である。




本当に怖い消費期限切れのもの

「 ♪ この夏は館林には参りません、過酷な暑さに立ち向かう準備もできたのに...」
( 「想い出のサントロペ」のメロで)


少し前まで、こんな心境であった。
だって、涼しかったじゃん!(怒)

実家のある群馬県館林市に、毎年夏に行くのは、ひとえに日本一を誇る、あの気の狂ったような暑さを味わうためなのだ。
いわば、怖いもの味わいたさ。
それが、一昨日まで、真夏とは思えない涼しさであった。
それも、梅雨のように、優柔不断に降ってみたり、ちょっとやんでみたり!(怒)
本当に、昨今の天気には、うんざりし、帰郷する気も失せたというわけ。
昨日あたりから、また暑くなってはきたが、遅すぎ。
私の過酷な夏に立ち向かう計画が、台無しである。


実は、今年は、もっと早い時期 (前回、更新したころ) に、帰郷するつもりでいた。

行こうとした少し前に、喉がちょっとヒリヒリしたので、久々に風邪をひいたと思い、以前よく使っていた、ブラジル産プロポリス液を、喉にスプレーして寝た。
これをしておくと、大抵、すぐ治るので。

ところが。

翌朝、起きたとき、喉がかなり痛くなっていた。
で、本格的に風邪を引いたと思い、館林行きは取りやめたのだ。
それで、更に、何日か、プロポリスをしっかりスプレーして就寝。
なのに、喉の痛みは日に日にひどくなり、喉の周辺まで痛くなってきた。
それに、熱や鼻水など、風邪の他の症状がない。
不審に思い、プロポリスの容器の裏を見ると....


消費期限が、切れておった。
2年くらい。

ギョエエー。

このせいで、喉の痛みが悪化しておったのだ!
恐ろしいことである。

てゆーか、これくらいで済んで良かった。
消費期限切れの風邪薬で、病気になり、命を落とした人の話も聞いたことがある。
普段、薬はのまないので、期限など気にする機会がないから、注意が必要である。


さらに、先日、私を驚愕させる出来事が。

近くの酒屋で、輸入もののナチュラルチーズを安売りしていた。
色々なチーズが、よりどり三つで千円。
買って、ワインのお供に楽しんだ。
一つ残ったので、冷蔵庫に保存していた。
しばらくして思い出し、その一つの包みを開け、食べようとし、何か違和感を感じた。
「青カビのチーズだっけ?」
いやいやいや、普通のカマンベールだったはず!
自分で青カビチーズにしてしまったのだ。
ギョエエー!
やはり、これだけ湿度が高いと、冷蔵庫もあまりあてにならないということか。

学生のころ、母の実家に下宿していたとき、叔母と住んでいたが、彼女がよく、

「冷蔵庫を過信してはいけない」

と、呪文のように言っていたが、改めて名言だ、と気づかされた、今年の夏であった。

避暑地の猫

こーなったら、この狂ったような暑さを、思いっ切り楽しむしかないんだと思う。

そもそも、私は、夏が大好きなのだ。
だから、一夏中に、夏らしいと思えるすべてのことを、やり終えて、夏を終えたいのだ。

「花火」は、この間、家の二階から見た。
「夏祭り」は、近所のマンション主催の小規模なやつにこっそり参加した。
「海」は、今月末に、行く予定。
「冷やし中華」、今回は、結構早く食した。
「鰻」は、二回食べた。 ちなみに、私は、町田の小田急百貨店のレストラン街にある「双葉」の鰻丼が一番好き。
「枝豆」は、この時期、主食といってもいいくらい、食べる。家の冷蔵庫に沢山常備してあるにも関わらず、居酒屋に飲みに行っても必ず注文してしまう。以前、夏バテして食欲が全くなくなったときでも、枝豆とトウモロコシだけは食べられた。まあ、今は、何があっても食欲が落ちることはなさそうだが。
「スイカ」、自分では買わないが、某店の賄いで何度かいただいた。

好ましくないものでは、「夏風邪」。まさに今、かかっておる。
暑いのは大丈夫だが、湿気が耐えられず、寝るときにエアコンをかけたのがいけなかったらしい。
まあ、これは夏の嫌な風物詩。

ところで、夏らしいもので、肝心な事が抜けているのにお気づきのことと思う。

「怖い話」

このところ、更新が滞っておることでおわかりだと思うが、ないのである。
これといった怖い話が。

毎年、いかにも夏!という感じの怖い映画が上映される時期だと思うのだが、今のところ、見当たらないではないか。これからなんですかね?

仕方ないので、小説新潮の怪奇特集号を買い、読んだりしておる。
(最初の内田百間みたいなのと、帰省する人何人かで高速代を割り勘にし車で高速を飛ばすも、よく知らない人同士で、えっあの方あなたの知り合いじゃないんですか、いや誰誰の紹介で初対面なんだよ..みたいなのが、面白かった)


話は違うが、先日、凄まじい猫同士の闘争現場に遭遇した。
うちの裏に、小さな廃屋があり、その軒下の隙間が日陰になっていて、ここいらの野良猫にとっては最高の避暑地らしく、よくそこで彼らが寝ているのを見ていた。
(うちの周りには、とにかく猫が多い)
子猫のうちは、そこで仲良く3、4匹でくっついて寝ていたが、あっという間に兄弟とは別の部屋を欲しがるくらいに成長、さらに自分のテリトリーを主張するくらいに大人(大猫?)になった。

で、その日は、物凄い唸り声がしたので、家の裏に出てみた。
二匹の大猫が、例の避暑地で、つかみ合いのケンカをしておった。
彼らは野良なので、普段は私が側に行くと、ささっと逃げる態勢を取るのだが、近寄っても気がつかないくらい、白熱しておる。
初めていわゆる猫パンチなるものを間近で見た。
引っ掻いたり蹴り上げたり、噛み付いたりと、なんでもあり。
猫の毛が、そこらに舞っていた。
「ちょっと! もうやめなさいよ!」
と、制裁に入ってみたが、全く効を為さないどころか、おまえは引っ込んでろ的な一瞥を差し向けられただけであった。

避暑地をめぐっての、一対一の真剣勝負、であった。

そのうち、一匹が、軒から宙釣りに!
よくドラマである、腕だけの力でビルの屋上からぶら下がってる状態。
息をのむシーンである。
もう一匹がどうするか、思わず見入ってしまった。
映画なんかだと、上にいるやつが、ぶら下がっているやつを間一髪のところで助けるか、はたまた更に攻撃して落とすか、というところ。
果たして猫は...!?


結果は...非情であった。
ニャンニャンニャン!と、ぶら下がっていた猫を、上にいる猫がぶっ叩いて、下に落としてしまった。
あーーっ、と思ったが....

落っこちたやつは、何とか態勢を整えた。
まあ、猫なんで。
ただ、落ちた方は、明らかに敗北を認めた表情で、すごすごと去って行った。
上に残った猫は、それはもう、荒い息だが勝ち誇った顔。

そのとき、ふと、私はある人のことを思い出したのである。
本当に、ふと、という感じ。
その、勝ったほうの猫の、「どうだ!」と言わんばかりの、マフィアのボスのような凄みのある表情。
以前、このブログにも何度か登場しているTさんにそっくりではないか!

実は、Tさんとはここのところ、ご無沙汰なんである。
彼は、うちの母と同い年のサックスプレイヤーで、昔、とても世話になったが、ご一緒する機会がなくなって、年賀状をいただく程度。
正直、思い出したのも久しぶり。

ところが。


その猫の喧嘩を見た後、ある場所でご一緒したベーシストのKさんが、気になることを口にしたのだ。

「最近、Tさんに会った? 少し前に入院してたんだって。何キロも痩せちゃって...」

なんだかびっくりした。
Tさんって、頑丈そうで、病気なんてしなさそうだったから。
なんの病気だったかは、教えてくれなかったそうだ。

気になる。

虫ならぬ、猫の知らせだったのだろうか。

侮れない山下り

何回も試み、挫折している運動の定着化。
もう、ホント、なんでもいーからやらなきゃ、という時期にきておる。

私など、全日本ガリガリクラブの会員だったのは、はるか遠い昔のことなんだが、夫はいまだに正会員。
とはいえ、先日、人間ドックの際、運動不足を指摘されたようで、何かしなければいけないと思い始めたよう。
で、このあいだ、勝手に「体力作りの日」を設け、手始めに催したのは、近場の「大山」に登る会。


大山には、小田急線で伊勢原まで行き、バスでケーブルカーの駅まで行き、そこから登る。


私は、大山は2度目。
1度目は、20年以上前、両親と三人で来た。
ものすごく急な長い階段があるのだが、両親とは親と子ほどの年の差があるにもかかわらず(当たり前か)、私がすぐにバテていたのに、二人はスタスタと軽々階段を登っていき、そのときの屈辱が記憶に残っておる。

で、今回。
このところ、腹周りの充実を感じ、スクワット等を強化しておったので、意外にも、ラクに登れたのである。まあ、途中、ケーブルカーも、その、使ったんだがね。

で、名物の豆腐等を食べ、買わないが、一応、お土産屋ものぞく。
すると、店に、妙な暖簾が。
「ソメール? いや、ルーメソか?」
「それって何? 美味しいのか?」
と、好奇心がもたげた。
よくよく見ると、「ラーメン」であった。
裏返しになってる上、風に翻っておったのだ。

さて、豆腐ソフトクリームでも食べながら、あとは山を降りるだけだな、と気軽に考えていた。


ところが。


女坂と男坂があり、女坂のほうには、渡る時喋ると災難が降りかかる橋や、触ると目の病が直る岩などの七不思議があるというので、そちらを降りることに。


それが!
とっんでもなく足に優しくない坂であった。
高さも大きさも一定ではない、ゴツゴツした岩だらけの、かなり急な坂で、足を踏みはずそうものなら、転倒し、転げ落ち、頭を打って大変なことになりそう。
人気もない山の中だから、救急車なんか呼べないし、スマホのGPSも、磁場の関係かしらんが、不能状態。
降りだしてすぐ後悔したのだが、また急な坂を登って戻る元気も既になし。
仕方なく、一歩一歩踏みしめて降りる。
すると、ところどころに、「熊目撃」の看板が!
こんな足場の悪いところで熊に出くわしたら....!
私の頭には、熊と絡みあったまま、深い谷底に真っ逆様に落ちていく自分の図が。

喋ってはいけない橋を渡るも、疲労で口などきけん。

やっとの思いで下山。
やはり坂を降りてきた観光客が、
「山登りじゃなく、山下りに来たって感じ」
と呟いていた。



教訓としては、「下りを侮るなかれ」 である。
このぶんじゃ、「体力作りの日」は、今回限りになってしまいそうな危惧を感じておる。

よくしゃべる奴のその後

前回、よくしゃべる空気清浄機を購入した話を書いた。

その後も、朝、スイッチを入れたときから、夜、停止ボタンを押すときまで、何かというと、話しかけられている。

必ず言うのが、
「タンクに水を入れてくださいね」
というやつ。
これは、加湿もできるタイプなので、水を入れないとそれが出来ないと言っているんだが、うちは加湿は別の方法でしているので、こいつには水は入れるつもりはないのだ。

で、水を入れろと言われても、無視していたら、ある日、

「....タンクに水を入れなくて大丈夫かなあ....」

と、つぶやいたのだ。
なんか、ものすごく、人間的で、ちょっと怖かった。

また、夫が夜、1人でいるとき、リビングでため息をついた途端、
「今日も、一日お疲れさまぁ」
などと、絶妙なタイミングで、ねぎらわれたという。

やはり、こちらの様子を伺ってしゃべっているとしか思えん。

この空気清浄機は、店にある中では、割と高額だった。
それでも購入に踏み切ったのは、フィルターを勝手に掃除してくれる、という点に惹かれたのだった。
確かに、たまに、
「フィルター、掃除しておくね♪」
と言って、やってくれてるようだが、こうも喋ると、セルフクリーニングよりも、人間らしく喋る技術を搭載したために高くなったのでは、と思ってしまう。
そんなにフレンドリーでなくてもいいんだけどな。



で、先日のこと。
二階の部屋でくつろいでいたら、階下で、いつものように空気清浄機が何か喋っているのが聞こえた。
通常、二階までは、その音声はあまり聞こえない。
ところが、だんだん、その音量が、大きくなってくるような気がした。
さらに、ガタッ、ガタッと、なにものかが階段を登ってくる気配が。
そして階段のほうから、
「タンクに水を入れてくださいね」
との声が。
一緒にいた夫と顔を見合わせ、
「ち、近いな...」
と彼が言ったのと同時に、部屋の入り口に階段を登り切った空気清浄機の姿が!

「空気の汚れ、綺麗にするね♪」

ぎゃあぁぁーっと、夫と二人で叫んだところで、目が覚めた。

夢だったのだが、あり得そうな感じなんである。


よくしゃべるやつ

家の中を少しは綺麗にしようと思いたち、空気清浄機を買った。

ルンバにしようか迷ったが、ルンバを使うなら、まず片付けなきゃならんな、と思い、空気だけでもきれいにしようと思ったのた。

取説をまだちゃんと読んでないので、初期設定のままだが、これがものすごくよくしゃべるんである。
近頃の家電って、こうも喋るものなのか。

まず、スイッチを入れると、「頑張ります!」と、やる気を表明。
しばらくすると、「イオン、出てるよ^_^」 「空気の汚れ、見つけたよ。きれいにするね^_^」 「きれいになったよ^_^」
と、いちいち報告。
夜、停止ボタンを押すと、 「またねっ^_^」。

で、ある夜、夫と、「なんか、やたらフレンドリーじゃね?」「だね。タメ口だし」
などと話してたのだが、その後、使ったときには、「ありがとうございました。また使って下さい
」 と、言葉使いが丁寧になっていた。
.....こっちの話を聞いているのだろうか。

また、特に言うことがないときなど、
「うーーん、いい空気!」 「今日もお疲れ様ぁー」
などと話しかけてくる。
そのうち、長く使わなかったりしたら、
「なんで使ってくれないんだ」 「僕じゃだめなんですか。ルンバにすればよかった、なんて思ってるんでしょ」
なんて言いかねない。


そういえば、これを買いに、ヨドバシカメラに行ったら、階段脇に、ロボットが設置してあり、1人の中年男性が、サシで話し込んでおった。
何気に聞いていたら、彼らはかなり深い話をしておった。
男性は、恋愛の相談を、ロボットにしていたようなのだ。
恋人が欲しいが、どうしたらよいか、というような。
ロボットが、男性に、血液型や、好みのタイプなどを訊き、男性が答えると、「なるほど、なるほど」と、考えている様子。
で、いろいろ話し、最終的に、男性がいつ頃、彼女ができるかを尋ねたところ、な、なんと、ロボットは、
「残念ながら、今世は無理。あなたのモテ期は来世です」
と言うではないか。

悲しみに打ちひしがれた男性に、ロボットは更に、
「でも、あなたと私、結構気が合うと思いませんか」
などと、あまり慰めにならない言葉で慰めていた。
この際、そのロボットを購入し、毎日お話しして、寂しさを紛らわせよ、ということなのかい。
いっそのこと、家族が欲しい人は、何台か購入して、一緒に暮らしたら、と言うと、夫が、
「いや、それ、すっごく寂しいと思う」
と言った。


先日、弾きに行っている店のママが、
「◯◯さんから夜電話がかかってくると、話し出したら止まらなくて。もう、うなづくだけで疲れちゃって。どうせ聞いてほしいだけなんだから、うなづくだけの機械とかないかしら」
などと、ぼやいていた。
確かに、女同志の長話は、聞いてもらいたいだけのことが多い。
相談といっても、答えは既に出ている場合が多々ある。


まあ、生身だと、「あんたのモテ期は来世」なんてズバッと言って、話を終わらすことはなかなかできないしね。

スパイになってみる

ついこの間、映画「マリアンヌ」 を観に行った。

あ、ネタバレなので、観に行く予定の方は、ここでさようなら。

映画券を貰い、私好みの怖い映画じゃないが、これなら夫も行くだろうと思い、一緒に行った。

結構、良い映画だった。
スパイになるのは、大変だな、と思った。
頭がよく、記憶力があり、演技力はもちろん、運動神経もないと。

一緒に行った夫は、観た映画などに尽く感化されやすい。
映画を観た後、私が何か不都合なことをしたり言ったりすると、
「スパイはそんなことしない」
「スパイはそんなこと言わないよ」

などと、たしなめるのである。

いや、だから、私はスパイじゃないんだから。


まあ、夫婦どちらかが、敵(?)のスパイというのも、夫婦間に緊張感を生んで、いいのかもしれん。
倦怠期の夫婦には、おすすめである。

といっても、そろそろスパイになってみようかな、と思って急になれるものではない。

この映画では、指定された曲を、妻がピアノで弾けなかったから、スパイであることがバレたのであった。
思わぬことでバレるものである。
それさえクリアしていれば、決定的に夫にはバレなかったのに。

うちの夫は、その件に関して、
「スパイなら、ピアノくらい練習しとかないとなっ」
と、手厳しい。
でも、そんなこと言ったら、すべての曲を弾けるようにしておかねばならず、不可能ではないかと思う。
まあ、映画では、指定された曲がフランス国歌だったから、単音ででも
弾いちゃえばよかったのに、と思ったりもするが。
あまりにもヘタで、つっかえつっかえじゃ駄目なんだろうな。
適当にガンガン弾いて、相手に不審がられたら、
「こーゆーアレンジなんだよっ! フリージャズ的なオリジナルのなっ!!」
と強く出るのはどうだろうか。
相手が判断に困るような感じに。


スパイといえば、どこのうちでもやってるように、うちも、家族の間で合言葉を決めている。

「ヤマ」と言ったら、「ネコ」。
「カワ」と言ったら、「ウソ」。

山猫と、かわうそである。
「ヤマ」と言ってみて、「カワ」と返ってきたら、そいつは敵のスパイであるから、玄関のドアを開けてはいけない。
以前、書いたように、たまに夜中などへんな時間に、玄関のベルが鳴ることがあり、そういうときに外にいる者を判断するために使おうと思っているが、まだ使ったことがない。
だって、大抵、機械の誤作動だから。
それに、こーやって、ここで公表したから、新しい合言葉を考えねばならないしな。

今年は何年?

昨年の暮れから、「今年の小ニュース」を書こうと思っているうちに、年が明けてしまっていた。
まあ、ニュースといっても、自転車に乗って転んだことぐらいなんだが。


今年は、身体の老化をちゃんと自覚し、夜遊びを減らし、睡眠をしっかりとりたい。
すでに、体力の限界を感じ、行きつけのバー「Z」にも、前ほど頻繁には行かなくなってきていて、昨年の暮れに久しぶりに行ったとき、店長のKさんに、
「今年はいつまでやってんの?」と訊いたら、
「そんなこと訊いたって、どーせ来ないんでしょっ!」
などと言われてしまった。
で、帰るときに、
「来年はいつから?」
と訊いてみたら、
「だから言ったって来ないんでしょっ!!」
..... なんか、拗ねてるようであった。
だって、まあ、健康第一ですから。



正月早々、夫の姪の結婚式に出席した。
ホテルでの、すごくマトモな、一般的な披露宴であった。
美味しいコース料理の中に、生ハムメロンならぬ生ハムネギがあって、微笑ましかった。
埼玉の深谷だったので、深谷ねぎ。
新郎新婦が、各テーブルをまわる記念撮影のコーナーでは、強制的に猫の耳を着けさせられ、カメラに向かって、「にゃ〜」。
60代くらいのお父さんとかも、耳をつけ、「にゃ〜」。
これも、深谷ならではなのか、と思っていたら、新郎新婦が無類の猫好きだとか。
すっかり、今年は猫年なのだな、と思い込まされた。



その後、初詣に行こうということになり、飽きっぽいので、毎年、違う神社に行くことにしていて、今年は、バスに乗って、「亀が池八幡神社」に。
空いていて、綺麗で良い神社であった。
そこかしこに、亀の絵などがあり、帰るころには、すっかり今年は亀年なのだと思い込まされた。


今年の運勢は、と、いつもここで、占いなど見るところだが、あまりにも昨年から地続き感があって、特に今年だから、とかいうことには、興味がわかなくなっている。
前にも書いたんだが、ずいぶん前に、横浜のライブハウスに来ていた、人相を見るというお客に、「凄く良い人相をしているので、あなたは一生ハッピーだよ」 と言われた。
で、少し前に、都内のシャンソニエに来ていたお客に、また同じことを言われたのだ。
どちらも、確固たる確信を持った言い方だったし、良いことなので、今のところ、それを信じることにしている。



あと、マイブームなのは、茹で卵占い。
卵を茹で、殻を剥く時に、スルッとうまく剥けた日は、当然、ラッキーデーである。
卵の神様に見守られ、穏やかに1日を過ごすことができるでしょう。
ていうか、要するに、これは、自分のその時の精神状態を表しており、イライラして精神が落ち着かない日は、茹で卵も、殻と白身がくっついたり、殻が細かく割れたりして、うまく剥けないのである。
まあ、茹で時間とかにもよるが。
うまく素早く綺麗に剥けた日は、精神的に落ち着いているということである、と勝手に判断をしておる。




占いといえば、先日、電車に乗ろうと、ホームに立っていたら、後ろに並んでいたご婦人二人が、子供の頃の共通の知り合いの話をしていた。
その知り合い、手の指と指の間の、いわゆる?水掻きの部分が、ひとより大きいことで有名だったが、大人になって、前世を占って貰ったら、カッパだった、と片方のご婦人が話していた。もう一人の方も、それを聞き、やっぱり〜、と眉をひそめていて...おもしろかった。




家に帰る途中、近くの川を眺めたら、海に近いわけでもないのに、カモメが沢山いて、鳴き叫んでいた。
シラサギも山ほどいて、会議かなんかを開いていたが、カモメがそれを邪魔しており、小競り合いが勃発している。


やはり、酉年なのであろう。


人間ではない何か

たまにTVで見かける、あるCMのことなんだが。

それを見ると、何故か、ゾーッとする。

不動産屋かなんかのCMで、中に人が入ってるマスコットの人形?が、バスに乗ろうと懸命に走って、転ぶが、なんとか追いつき、バスに乗り込んで...というような、全く、怖いと感じる要素はないCMである。
でも、それを見ると、なんとなーく、ゾクッとするのだった。

自分の記憶に、そのCMと似た場面で、怖いものがあるらしい、と思って、それが何なのか、探って見たところ... 判明した。

「惑星 ソラリス」


タルコフスキー監督の、旧ソ連の古い映画で、子供の頃、家のTVで観た。
その中に、ある怖いシーンがあって、先ほどのCMが、それを思い出させるのだ。

だが、あまり昔のことで、どういった内容か、まるで覚えていなかった。
その問題のシーンのみ、怖かったせいで、朧げに覚えていたらしい。

そう思ったら、確かめたくなり、ネットでググったら、youtubeで全篇観れた。

惑星ソラリスを探索中の宇宙ステーションに、主人公の心理学者が調査のため、派遣される。
そこで、いないはずの人物の出現など、不可解な現象に出会う。
彼の場合は、10年前自殺した妻だったが、宇宙ステーションに滞在しているメンバーにもそれぞれおなじようなことが起こっており、翻弄されていた。
メンバーのうち1人は、自殺していた。
それらの現象は、知性を持つソラリスの海が、人間の心を読んで、作り出している、といったような内容。

全体を通して、重く、不気味で、良かった。
一番、嫌な感じだったのは、最初に、主人公が、ステーションに滞在している学者だかを訪ねて行ったてときの、後ろのハンモックがへんに揺れているところ。
「何か」が絶対いる気配がしてるのに、学者だかが、執拗に隠そうとして。

で、問題の、CMと似ている場面は、一瞬なんだが、いないはずの子供が、とととっとドアから外に、走り出して来るところだった。
驚く主人公からは、すぐ隠されてしまうから、よくわけがわからないので、そこがまた怖かったのだと思う。
何故か、そのシーンだけが、記憶に残っていたのだった。



あらためて観てみると、全く、似てはいない。
強いて言えば、共通点は、人間ではない何かが、転がるように、こちらに向って走ってくる、という感じ、であった。
とにかく、あのCMは、なんか、怖い。


想像の世界に迷いコンダラ・・・

 スタバに来て、苦いクリスマスブレンドを飲んでいる。

 BGMが、もうクリスマスソング。
 昨夜、行ったバーなども、しっとりとしたストリングス系のスローなクリスマス曲が流れていて、ほんとーーーに冬が更けていく感じだった。
 それどころか、デパ地下では、もうおせちの予約受付が。
 写真屋さんの店頭には、年賀状印刷の案内の登り。
 もう、今年も終わったも同然だな。
 よいお年を。



 先日、新聞を読んでいたら、「コンダラ」のことが載っていた。
 
 アニメ 「巨人の星」 を見ていた当時の子供の8割が、主題歌、「♪ 思い込んだら、試練の道を〜・・・」
 の冒頭を、「重いコンダラ」だと思っていたというのである。

 で、彼らは、「コンダラ」とは、主人公の星 飛雄馬が、グラウンドで引っぱって体を鍛えている、重いローラーだと解釈していたという。

 ・・そんな解釈?があったとは、知らなかった。

 その話を、バーで、知り合いにしたところ、

「えっ、コンダラでしょ、子供のころ、校庭になかった?」

 と言うではないか。

「まあ、野球部員じゃないと、知らないかもね」
 と言われ、当惑。

 ネットで調べたら、その思い違いから派生して、整地ローラーのことを、俗称として「コンダラ」と呼んだりするらしいということがわかった。
 なるほど。


 で、私も最近、運動不足なので、コンダラで体を鍛えようかな、などと話しているうちに、、通販で買うなら、まずは初心者用の10Kgのコンダラからで、慣れたら20Kg、30kgと重くしていくといい、などと、話が発展。

 さらに、コンダラにも、いろいろ種類があって、「使いコンダラ」、「ふさぎコンダラ」、「しゃがみコンダラ」、「倒れコンダラ」、「寝コンダラ」・・・など、豊富です(なぜかネガティブなコンダラばかり、思い浮かぶ)。

 現実には、ずいぶん前に、アマゾンで2Kgのダンベルを購入したのだが・・・・本棚の上にオブジェとして飾ってある。


 
 そーいえば、前にもいろいろ書いたが、歌詞の勘違いって、山ほどある。

 以前、書いたと思うが、カンツォーネの「ピノキオへの手紙」 だが、

 「♪ ・・ずるいあの猫や、親切なコオロギや、妖精はどうしているの・・・・」

 のところだが、私は、ずっと「妖精」が、「余生」だと思っていた。

 その曲を聴くたびに、年老いたコオロギが、盆栽を楽しんだり、縁側で将棋を指したりして、穏やかな老後を
過ごしている図を想像していた。


 ずるいあの猫は、歳をとって、性格が丸くなり、農協で畑を借り、野菜でも作っているのだろうか。
 いや、いじわるな姑になって、嫁いびりに精を出しているかもしれんな。



 

 


 

もう一つの世界

 モノがよく無くなる時期があった。

その中でも、寝室にあった時計が無くなったのは、不思議だった。
小さな目覚まし用のもので、いくら探しても出てこなかった。 

前に書いたが、そういうのは異次元の世界に行ってしまったという説があり、そういう現象を「ふんがも」というのだそうだ。
 だとすると、戻ってくることもあるそうだが、まだ行ってしまったままだ。
 時計だから、いかにも異次元っぽいではないか。

 ただ、知り合いの女性から、彼女が一人暮らしをしているとき、外出して帰宅すると、置き時計の場所が変わっていて、気味悪がっていたが、結局、アパートの大家が部屋に入っていた、という怖い話を聞いたことがある。
 ふんがもより嫌だな。



 ところで、私は、外出時に、いつも大きなバッグを持ち歩くので有名なんである。 
 ちょっと出かけるんでも、2、3泊旅行にでも行く出で立ち。

 これは、震災時に、新宿で足止めをくらい、その時の教訓で、そういうことになった。
 歩きやすい靴、携帯電話の充電器、その替えの電池、予備のコンタクトレンズ、携帯ラジオ、非常食・・・・。
 とにかく、毎日、それらの持ち運びで、くたくた。
 なんか、エベレスト登頂に備え、足に重りをつけて歩いて鍛えている、三浦雄一郎のよう。


 ところが。

 少し前から、その大バッグに入れたはずの、歯磨きセットやら、タオルやら、筆記用具やらが、何故か次々となくなっていっているのに気付いた。
 「?」 と思いながらも、どこかで出して忘れたのだと思い、新たな歯磨きセットなどを購入し、補充し、また大バッグに入れる。
 で、重い重い大バッグを抱え、毎日、くたびれ果てていたのだが・・・・ある日、すごいことが判明したのである。


 大バッグの内側の、裏地に穴が開いていた。

 で、裏地と、外側の生地の間に空間ができており、そこに、なななななんと、なくなったと思っていた、前の歯磨きセットなどの小物たちが、皆、入っていたのである。
 つまり、そのバッグには、通常のものとは別の、もう一つの世界があって、そこで私の前からいなくなったものたちが、ひっそりと暮らしていたのである。
 ぎょえぇえええええ〜。
 重いわけである。



 それはそーと、時計の話の戻るが、うちには時計が多い。
 各部屋に、二個以上ある。
 それは、壊れても捨てず、新しいものを買って一緒に、置いてるから。
 だから、割合からいうと、現実の時間と合っているものは、少ない。

 キッチンの食器棚には、二つの時計が並んでおり、微妙に違った時を刻んでいる。
 どちらも、本当の時間は指してはいない。
 というか、大幅にずれている。 

 ここのところ、私よりもキッチンにいる率が高い夫に、何故そーゆー時計を二つ並べて置いておくのか、尋ねたところ、

 「時計を信用しないように訓練するため」

 という答えが。

 いやもう、ずいぶん、訓練できたと思う。

憂鬱な映画

ここのところ、結構、憂鬱である。

天気が、いまいちである。
台風のせいか、雨が、降ったり止んだり。
湿気が多く、かといって、エアコンをつけると、寒い。
今朝なんか、一瞬、ガスストーブつけたんだよ。

天気に左右されるのは、年をとった証拠らしい。
そういえば、若い頃は、雨の日が意外に好きだった。
それを知って、ますます憂鬱になる。

先日、祝日に、映画を観に行った。
いつも、映画館に行くのは、平日のレディスデーなどが多い。
それに、私が好むマイナーな映画は、大抵、すいていて、隣の席には誰もいない。
今回は、一般的な映画だった。

それで、ちょっと頭にきたことが。

上映時間の少し前に行くと、隣の席には、40歳くらいの女性が座っていた。
1人らしいので、おしゃべりなどしないからよかったと思ったのだが、本編の映画が始まる前、彼女はポップコーンを食べていた。
本編の映画が始まれば、食べるのをやめると思ってたのだが...甘かった。
映画は、シリアスもので、最初、殺人現場のシーンから。
なんと、隣の女は、更に激しく、ポップコーンを口に運んでいた。
殺人事件で昂奮したのかしらんが、がつがつと食べている。
その手の動きが、どーしても視界に入ってくる!
また、ポップコーンで喉が渇くらしく、合間にぐびぐびドリンクも。

.....映画に、没頭できん!
てゆーか、血みどろの映像を見ながら、よく飲み食いできるな、と思う。
仕方ないので、彼女側に、自分の手でパーティションを作り、彼女の動きが視界に入らないようにして観た。
だが、腕がすぐ疲れ、やはり没頭できんのだ。
睨みつけたりしても、一向に食べるのをやめない。
私も、ポップコーンが大好きで、止まらないのはわかるんだが、自宅のリビングじゃないんだからさあ。

15分位我慢したが、やはり限界を感じ、二つ前の席が空いていたので、移動。

ほっとしたのも束の間、その隣にも、新たな曲者が。

老夫婦が座っていたのだが、しばらくすると、ぴんぽろりーん、と大きな着信音が。
じいさんのほうが、悪びれずに携帯電話を取り出し、画面を見始める。
.....明るいんだよっ、画面が!

またもや映画に集中できん。

そのうち、今度は、ばあさんのほうが、なんとタブレットを取り出し、画面を見ているではないか。
更に明るく、ますます集中できん。

少したって、じいさんが立ち上がり、トイレに行き、また帰ってきた。
で、また携帯をぱかっと開け、画面を確認。



ほんとーにイライラした。
やはり、休日にメジャーな映画を見ると、こーゆーリスクを伴うということを、思い知らされたのであった。


実は、それより少し前に、「ティエリー・トグルドーの憂鬱」という仏映画を観たが、これがそういう意味でも凄く良かった。

平日の昼間で、お客も、なんか、憂鬱そーな人ばかり。
ポップコーンを食べそうなポップな人など、1人もいない感じ。
映画の内容も、とにかく、ずーっと憂鬱な雰囲気で、かといって凄い悲しいわけでもなく、ひたすら憂鬱な日常なのだ。
主人公を演じた男優は、カンヌの主演男優賞をもらったらしいが、まさに演じているというより、その人そのものといった感があり、そーゆー憂鬱な人なのだ、と思わされるほどであった。

主人公は、失業した50代の男で、仕事上で色々な問題が起こる。
再就職したスーパーでの仕事は、万引きを見つける仕事だが、店員の不正も見つかり、それにより、ベテランの店員が自殺...


で、最後まで、とにかく、救いようがなく憂鬱なのが、とても良かった。
なかなか、普通はここまでとことん憂鬱を描ききれないのでは、と思った。
大抵は、映画って、何か事件が起こったり、感動的なことがあったり、涙をさそうような出来事が起こったりするんだが。
そーゆーことは起こらず、描かれているのはあくまでも普通の日常であり、それが憂鬱なのだ。

でも、人は、生きている限り、憂鬱なことは沢山あるのだと思う。
それが何か大きな事件とかではなく、なんとなくやり切れないことが、普通にあるのが人生なのだ。

そういう、あまり映画にならなさそうな 題材を淡々と描いていて、逆に心に残ったのであった。
















沼の日

今、私の住んでる地域、避難勧告が出てるらしいんだよ。
台風9号。
氾濫水域に達した川と、土砂崩れが起こるかもしれない崖に挟まれているのが我が家。
お昼ごろから、スマホに、避難しろ、との勧告メールが、じゃんじゃんきている。
GPSがあるから避難してないのがばれてるということなのか?

だけどねー、言っちゃなんだが、避難場所が、遠いんだよ。
苦手な坂を登らねばならないのだ。
避難しろ、と言われても、色々準備に手間取るなあ。
手間取ってる間に、二階の窓から川を見ると、もう今にも溢れそう。
先ほどから、NHKで、うちの前が何回も映され、パトロールカーみたいなのが止まっているのがわかったぞ。
その車で避難場所まで運んでくれるんなら避難してもやぶさかではないんだが。
まあ、二階にいれば、流されても生き延びられるであろう。
流されたら、ブログは突然、中断するから、そのつもりで。

で、川、ではなく、沼の話なんだが。

今年の沼の日は、山の日の翌日とした。
勝手に制定したのだが、海の日や山の日があるなら、川や湖は黙ってはいないだろうし、そーなったら沼だって....。

何故、山の日の翌日にしたかというと、山の日から翌日にかけて、群馬県の実家に遊びに行ったからであり、実家は、城沼という大きな沼の近くなのだ。
隣接するつつじヶ丘公園は名所であり、実家に行くと、そのあたりはよく散歩に行く。
私が子供の頃は、今のように綺麗に整備されておらず、時期によっては、お化け屋敷も出店していた。

沼の日にちなんで、というわけではないが、今回、初めて父が話してくれたのだが、昔、男の子が、その沼に落ちる事故があったそうだ。
沼底は、泥状で、ズブズブと体が埋まって、助からなかったとか。
あと、その後、自殺した人もあったというではないか。
沼って、川や湖よりも、なんとなく暗いイメージがあるのは、何故だろう。
水が、停滞してる感がある。

ところで、夏休みの恒例行事となっている、暑さ日本一を争う館林と熊谷巡り。
確か、私のつけている三年日記によると、一昨年もそうだったようなのだが、実家のある館林は、夏は死ぬほど暑いのに、何故か、私が訪れたときだけ、天気が悪かったせいか、涼しかったのだ。
気が狂うほどの暑さを期待して行ったのに、がっかりだ。
その後、長野県の戸隠に行ったのだが、途中立ち寄った熊谷も、それほど暑くはなかった。

一番暑かったのは、長野駅であった。
そう実家の母にメールしたら、返信はなく、長野などに負けたことに怒っているのが、感じられた。




戸隠高原には、幼いころ、父の会社の保養所のロッジがあり、何回か行ったのだが、思い出は、ほとんどない。
私は、 子供の頃、旅行に行くと、必ずと言っていいほど、熱を出し、宿で寝込んで旅を終えていたからなのだ。
今回は、もちろん、そんなことはなく、戸隠神社にも行き、おみくじを引いたら、大吉で、いいことばかり書いてあった。
今のところ、兆しはないんだが。
それどころか、旅から帰ったら、夏風邪をひき、チャージしたばかりのSuicaを失くし、ついでに駐輪場のカードも失くし....結構、へこんでるんだよね。

これで、川が氾濫し、流され、山が崩れて、土砂の下敷きになったら、笑うしかないね。









たのんではいけなかったメニュー

昨日のことである。
演奏の合間に、歌手の方と訪れた「K」という喫茶店でのこと。
カフェというよりは、昔からある喫茶店という風情。
いつもは、一人でその近所にある「G」という店に行くことが多く、昨日もそちらに行くつもりだったのだが、休みだったのだ。

最近、自分は、以前よりもブヨブヨ度が増している気がして、しっかりするために、たんぱく質を多めに摂りたいと思っていたので、ミートソーススパゲティーを注文することにした。

ただ、メニューの書き方に、若干の不安を感じた。

それは、メニューのミートソーススパゲティーの上に、ナポリタンがあったのだが、ナポリタンの字が、赤く大きく強調されておったことである。
ミートソースは、それに比べて目立たないように細字で薄く書かれていた。
それを見て、「私のことは放っておいてくれ」的な感じを受けた。
こーゆーやな予感というのは、大抵、当たるものである。
が、前記の理由から、無防にも、ミートソースの注文を強行してしまった。

注文を聞くと、店のおばちゃんは、一瞬、躊躇したかのようだったが、すぐに気を取り直し、明るく承知した。


で、大丈夫かな、と思ったが、やはり、考えが甘かった。
歌手のHさんのカレーとともに、運ばれてきたスパゲティーには、ナス、ズッキーニ、マッシュルームが乗っていたが、肉の姿がない。
「ええっと...」
どーしたものか、と戸惑っていると、パッと、私の膝にタオルの様なものが広げられた。
「ソースがはねるからね」
と、タオルをかけてくれたおばちゃんが親切そうに言う。
いや、問題はそこじゃないのだが。
「あの...」
と言いかけると、頼んでないのだが、私たち二人にメロンが。
「....あ、ありがとうございます」
一応、お礼を言い、肉抜きミートソースを食べる。
固形の肉は入ってないが、肉の味はするような気はする。
そーゆーことで自分を納得させる。
しばらくすると、また頼んでないトーストとジャムが。
「スパゲティーが少ないかもしれないからねぇ」
と、おばちゃんが元気よく言う。

いや、スパゲティーが少ないわけではなく...と思ったが、お礼を言う。
こんなにサービスされては、肉、入ってねーじゃん、などとはとても言えまい。
そーゆー戦略か?

そういえば、蕎麦屋に「ぬき」というのがあるが、それの仲間か。
いや、それなら麺がなくて、肉はあるはず。
それに、肉がないからといって、トーストを出されても、炭水化物の重ね食いではないか。
肉がない、とは言わず、スパゲティーが少ないから、と言ってしまうのも、よくわからん。

で、食後にコーヒーを頂いた。
メニューに、凄く美味しい、と書かれてあったのだ。
で、これは確かに美味しかった。

不思議な店であった。

座ると危険

って、ペンキ塗りたての椅子のことではない。

先日、「座り過ぎが病を生む」 という話をTVでやっていたのを見たのだ。
正確に言うと、座ること自体ではなく、座り続けることが、相当、体に悪い、ということらしい。

たまたま、その番組を見た翌日に、久々に来客があった。
で、部屋に招き入れ、椅子を勧めたが、もじもじして座らない。
訊けば、彼女もその番組を見たと言う。
いや、だから、座り続けなければいいんだから、と言っても、少しでも座ると死ぬ、とでも思ってるようなんである。
高齢なので、立ち続けて疲れ、座らずに直接、横になられても困るんだがな。
まあ、そんなことはなかったがね。

要するに、長く座り続けると、体の代謝や、血流に悪影響を及ぼすというようなことをやっていたのだが、そのせいで、脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病になったりするらしい。
さらに、米国の研究で、1時間座り続けるごとに、22分ずつ、余命が短くなるんだと!
私...余命残ってないかも。
座り過ぎは、喫煙に匹敵するほど、健康に悪いとも。
やべー!
こーやって、新宿の喫茶店で、座ってブログなんか書いてる間も、刻一刻と余命は縮まってんだよな。
今日は、最寄り駅まで、いつも自転車で行くところを、健康のために歩いてきたんだが、運動しても座り続けたら駄目なんだってよ。

それにさ....。

うちは、ついこの間、リクライニングチェアを買ったばかりなんだよっ!
全室洋間なので、椅子に座る以外は、立つか、ベッドで寝るしかないし。


てゆーか、ピアニストって、やばいよな、そーゆー意味じゃ。
立って弾くのも落ち着かないし。

結局、どーしたらいいかというと、1時間座っていたらその間に一回、五分くらい立つと大丈夫らしい。
それなら、できるかも。

家で座ってTVを見るときは、CMになったら立つ。

電車で座ったら、途中で席を譲る。(最初から座るなよ)

トイレも洋式だが、便座に座らずに中腰で。(腰にわるそー。ま、そんな長時間かけないが)

ピアノを弾き続けなければならないときは、ある程度時間がたったら、気分が盛り上がったふりをして、立ってしまおう。
で、五分たったら、また盛り下がって、座る。
不自然だろーがなんだろーが、命には変えられんからなっ。
あ、あと、座ってても、足首を上げ下げするだけでもいいらしいので、弾きながらこっそり上げ下げしたり。

そういえば、私の場合、電車に乗っている時間が長いので、必ず座るんだが、降りたとき、足がじんじんしているときがある!
これって、もしかしたら余命が縮んでるって証拠?!
ぎょえぇぇ。



.....恐ろしいことである。

あ、もう1時間も座ってお茶してる!







ボタンを押したのは誰?

いやはや、梅雨明け前だというのに、凄い暑さである。
梅雨の湿気もあるから、結構、辛いっす。

このブログでは、以前、エアコンなどとゆーシロモノは、夏、体調を崩す元であり、私は、自分の気化熱で体温を調節するから、一切、使わん、と豪語していたのだ。

ところが...。

昨日、家で譜面を書いていたら、頭痛が。
頭に手をやると、沸騰でもしているかのように熱いではないか。
そうか、こうやって、屋内での熱中症というものは起きるのだなあ、と納得。
で、考えたのが、手ぬぐいをバンダナ状にし、中にドライアイスを入れるというもの。
これは、気持ちよくて良い。

が、待てよ。
うちにもエアコンというものが、あるんではないか。
思い出し、使ってみる。

いかんいかんいかん!

一度、この快適さを知ってしまうと、毎日使うことになってしまう。
でも、まあ、昼間はよい。
問題は、寝ている間。
夕べ、人生最初の、就寝時エアコン使用を、始めてしまった。
ドライで、風量最小で、29℃。

ああ、なんでもっと早く使わなかったのだ?!
快適であった。
日本の夏は、もはや、気化熱だけでは対応できないレベルなのだなあ、と実感。
良かった、死ぬ前に気づいて。



ところで、一昨日、ちょっと不思議なことがあった。

以前、このブログに書いたが、近所のアパートの住人が、夜中に洗濯機を回し、その音で眠れなくて困った話。
その後、その住人は引っ越し、一件落着だった。
ところが、同じアパートの別の住人で、たまに夜中、洗濯機を回す方がいて、大家さんに注意して貰っておさまっていたが、一昨日の夜、久しぶりに、寝ようとしたら、例の振動がしたのである。

またかよ〜、と思いつつ、読書をして終わるのを待っていようとしたら、アパートのドアが開く音がし、すぐに、ドアをコンコン叩く音が。
洗濯をしている人の隣の部屋の人が、注意しに行ったようで、何回か、コンコン叩く音がした。
何故、隣の部屋の人だと思ったかというと、ドアを開けた音の直後に、ドアを叩く音がしたから。

しかし、洗濯をしている人は、出てこないようだった。

その後、洗濯機の音は、ぴたっとやんだ。
注意しに行った人が、停止ボタンを押したと思われる。
そのアパートは、各ドアの外に洗濯機が設置されているのだ。
その夜は、洗濯機の音はやんだままだったから、安眠できた。


ところが。


翌朝、アパートのほうを見ると、洗濯機を回していた住人の階には、他に住人はいないということがわかった。
洗濯機が設置されているのは、洗濯機を回していた人の部屋だけだったのだ。
というのは、そのアパートは、部屋の外のドアの横に、洗濯機を設置するようになっており、その側が、うちの寝室の方を向いている。
だから、ドアの横に洗濯機がない部屋には、入居者はいないはずで、うちからはそれが一目瞭然なのだ。
考えてみたら、その階の他の部屋に人が出入りしているのは、見たことがなかったし。


では、一体、注意しに行った人は、誰だったのだろう?



ドアが開く音と、洗濯をしている人の部屋のドアを叩く音だけが聞こえ、話し声はしなかった。
洗濯している人が、出てこなかったからなんだが。


まあ、私の味方には違いないだろうが。

あまりにも安眠を強く願った私自身の生霊とか?
生霊でも、洗濯機の停止ボタンなんかを押せるものなのか?

この夏の研究課題にしようと思う。

変わりゆく地域

映画「クリーピー 偽りの隣人」 観た。

なかなか嫌な雰囲気が全編を貫いていて、良かった。
現代は、隣に住んでいる方がどんな人なのか、ともするとわかりにくい世の中である。
かくいう私も、隣近所とは、ほとんど付き合いがないと言ってもよい。
もちろん、近所の道端で会えば、挨拶はする。
が、例えば全く違う場所で見かけても、誰だかわからないかも。
向かいのおじさんなど、飼い犬と一緒じゃないとわからないな。
隣の人も、家族構成からして不明。
夫は、3人だというが、私は2人だと思う。
だが、何れにせよ、近所の方達は、全く干渉してこないので、非常に暮らしやすい。
知り合いに、新居を構えた後、隣に困った人が住んでいることが判明し、途方に暮れている人もいるのだ。
まあ、近所の方達のほうが、私のことを怪しいやつだと感じ、近づかないようにしているのかもしれないが。

そんなわけで、東京のはずれのこの辺りは、なかなか快適な住み心地なのだが、今年、ちょっと、ショックな事があったのだ。


毎年、梅雨に入った今ぐらいの時期に、毎晩楽しみにしていることがあった、

フクロウの鳴く声を聞くことである。

家の近くに、一ヶ所、木がこんもりと茂っているところがあり、そこにいるらしく、この時期、ホーッ、ホーッ、と聞こえてくるのが常であった。
姿は見たことはなく、厳密に言うとフクロウではなく、ミミズクとかかもしれないが、夜中、静かにしていると、家の中にいても聞ける。
ああ、また今年もそんな季節か、と思い、感慨にふけるのが好きだったのだ。

なのに。

今年は、ぱったり、聞こえてこない。
今日こそは、と思い、その辺りを通っても、全く聞こえない。
毎年、鳴いていたのも一羽だったから、その一羽が死んでしまったか何かなのだろう。
本当〜に、つまらない。


考えてみると、フクロウだけでなく、以前、私が、ホームベーカリーの音と間違えた、低い声で鳴くウシガエルも、今はいないのだ。
20年前に越したばかりのころは、確か、カッコウやキツツキだっていたのだ。

そーいえば、近所の川に、亀が沢山いたが、今は全く見ない。
以前は、大雨の翌朝、川に亀を見に行き、甲羅干しをしている亀を数えて遊んだものだった。
あ、ハクビシンも、たまに、てけてけ歩いてるのを見かけたが、今はいないようだ。

本当〜に、つまらなくなったものだ。


ちなみに、夫の実家は、埼玉の山奥なのだが、そこには、フクロウはもとより、キジや鹿、挙句の果てには、二階の窓から猿が入ってきたりするんだと。

それを聞き、すぐさま、夫に命じた。
「今度、実家に行ったら、フクロウを捕まえてくるのだ!
必ず、つがいでなっ!」

なんとか、うっとーしい梅雨を乗り切るための、ささやかな楽しみを、なんとしてでも、復活させたいのだ。

しかし、たいていの私の願いを聞き入れる夫も、「それはちょっと...」 と、口ごもっていた。



















勢いが怖い...

全日本ガリガリ倶楽部の皆様、ご無沙汰しております。

皆様においては、日々、少しでも太ろうと、涙ぐましい努力をなさっていることと思います。
私はといいますと、退会してかれこれ四年以上たちました。
このブログによりますと、太る秘法を発見したのは、2011年の3/3。
それが功を奏し、めでたく退会しましたのは、2012年の2/3頃のようです。
それから月日は流れ、2014年の12/2のブログでは、蕎麦屋に行くと、店員から稲荷寿司を勧められ、断り切れずに食べてしまって困るとあります。
そのとき既に、全日本ムチムチ倶楽部、更には全日本ブヨブヨ倶楽部から入会案内がくるかも、と冗談めかして書いていたのです。


ところが、この一年で、それが現実のものとして、迫ってきておるのです。
それも、凄い勢いで。

そう、太る一番の方法は、他でもない、

「健康に年をとる」


ことだったのです。
涙ぐましい努力なんて、いらねーんだよっ!


...すみません、つい感情的になってしまい。

周知のことですが、私の好きなジャンルは、「怖い話と健康」。
このブログでも、独自に開発した健康法を報告し、読者の皆様の体調管理に貢献し続けてまいりました。
私の場合、弱い胃腸を強くするというところに重点を置き、その結果、かなり良くなりました。
ガリガリ倶楽部の会員の皆様ならわかると思いますが、何故、太れないかというと、太ろうとするあまり、いつも必要以上に食べてしまい、そのせいでお腹を壊し、最終的には余計痩せてしまう、という事の繰り返しだからなのです。
ですから、矛盾しているようですが、太るためには、 少食にし、胃腸を休ませる事が大事なのです。

ところが。



その努力が実り、胃腸の調子が良くなった今、どんどん太るようになってきたのです。
少食にしようが、沢山食べようが。

そうは言っても、周りの方々には、
「まだまだ痩せてるじゃねーか!なんだよッ」
と思われているかもしれません。
しかし、ここで問題なのは、現在の体重ではなく、増え方なのです!
それはそれは、恐ろしい勢いなのでございます。

ですから、皆様、くれぐれも、今、結果が出なくても、気落ちなどなさらぬように。
いずれ、時がくれば、わかります。
私の言ったことが、身を以て感じられるときが、かならずや来るでしょう。
その時まで、お元気で。

報告、終わります。

まあ、そういうこともあり、最近は、前なら自転車で行っていたところにも、歩いて行く。
もともと、歩くのは好きである。
家で夕食を済まし、散歩にも行ったりするが、歩いた先に、丁度よくファミレスがある。
夕食は済んでるし、入る目的はしばしの休憩。
連れあいと、ドリンクバーのみを注文。
それが何回か続いたので、彼が、
「きっと店員の間では、俺たち、ドリンクバー夫妻とか呼ばれてるに違いないよ」
などというので、その日はデザートをプラスすることに。
郷ひろみも毎朝食べている、アサイーボール。
アサイーは、以前から気に入っている。

で、若いウェイターに注文。

すると。

「お食事の先にしますか、後にしますか?」
と訊いてくるではないか。

「先でもなく後でもなく、これがお食事であり、すべてなんだよ!」
と言い放ってやった。
ウェイターは納得がいかないような顔をしていたが。

普通のレストランでも、前菜とワインとパンで十分なときってある。
メインをとばしたくなるが、そんなことをしたら今度は「前菜夫妻」などと呼ばれそうである。

ちなみに、夫は、いまだにガリガリ倶楽部の正会員。
ものすごく健康で良く食べるのだが。
謎である。










脳によい安眠法

昨日、演奏後の打ち上げ時に、ある人から訊かれたのだ。

「エビナさんは、ブルーレイ?」

どう答えたら良いものなのか。

ブルーレイとは、TVの一種なのか、システムの名前なのか、はたまたうちのTVに備わっとるものなのか、わからない。
その方は、いつもコンサートの模様をビデオに撮って、DVDにしてくれるのだ。
うちでは、まず、DVDとかは見る機会がない。
どうも、興味が湧かない。
その時間、他のことをやっていたい。





何が言いたいのかというと、私の場合、自分の興味がない事に関しては、凄まじく疎い、という事である。
スポーツなんか、最たるもので、「五郎丸って、名字か名前どっち? ていうか、なんの選手?」
という具合。
あと、朝ドラなんかも、見たことがないので、さっぱりついていけない話題。


先日も、何人かと話していて、ラインをやってるか、という話になった。
私は、ラインもツィッターもフェイスブックもやってない。
やってないから、違いもよくわからない。興味もないし。
まあ、ミュージシャンの中には私のようなタイプもいて、あるベーシストは、
「そーゆーものには、一切、手を出さないことにしている」
と、真剣な表情で言っていた。
多分、何かヤバいこと...不倫とか、してるのに違いないな。
また、某歌手に、ブログはやってるが、と言ったら、
「つぶやいてるのね〜」
と言われたが、それはツィッターでは...?
てな具合に、私よりもひどい人もいた。



なんというか、短い一生、好きなことだけやって、好きな人とだけ関わっていたいのだ。

ただ、いろいろな人と関わるのは、老化防止にはいいらしいのだ。

そう言えば、物忘れには益々、拍車がかかり、口頭で何か言われても、すぐ忘れるので、連絡はなるべくメールにしてもらっている。

また、よく小田急のロマンスカーを利用するのだが、スマホでチケットを購入するも、スマホを閉じた途端、座席番号を忘れそうになる。
だから、座席に着くまで、ずっとその番号をブツブツ繰り返し言っている。
また、連れ合いがいるときは、彼の頭をぐいっと掴み、彼の耳元で、
「A、3、C... A、3、C」
と、呪文のように座席番号を繰り返し、彼の頭にインプット。
これでひと安心。
って、安心でないのは、私の脳だが。



そうなのだ。

健康に関して言えば、一番心配なのは、脳なのだ。
このまま、好きなことだけやって、楽に生きていたら、絶対、早くボケるよな。

ところが。

そんな私の不安を打ち消す情報が!

少し前に、夜、ちゃんと寝られない期間があった。
寝つきが悪かったり、夜中に目が覚めてしまったり、とにかく、眠りの質が悪く、昼間、やたら眠かった。
で、いろいろ調べてみたら、なんと、すごく簡単な方法で、改善できることがわかったのだ。
それは


「横向きに寝る」

それだけ。
早速、試したら、よく眠れるではないか。
なんでも、動物が、寝ている間に敵が襲われそうになったとき、優位なように、横向きに寝るのがベストなように体が出来てるそうなのだ。
人間も、動物だし。
で、なんと、横向きに寝ると、単によく眠れるだけでなく、寝ている間に、脳の中のゴミ(アミロイドとか)が消去され、認知症の予防になるんだと!

オドロキである。

早速、毎晩、やっている。
ああ、もうすぐに眠りたくなってきた。
脳のゴミを早く消去したい!

とりあえず、これで当分は、安泰だ!

彼らの一日

ある作家のエッセーを読んでいたら、「予定を入れないという予定の日」の話が書かれていた。
女は、日々、何かと雑用が多い。
これといった用事ではないが、ちょっとしたやらねばならない事がちょこちょこあり、ほんと〜に何もしなくていい、という日が意外にないものだ。
今日は思いっきり休んだなあ〜、という感じを味わいたい、と常々思っていたので、これは良い案だ、と思い、真似してみた。
誰かから用事が来そうになったら、
「この日は予定が入っております」
と言って断ってみる。
その予定というのは、何も入れないという予定なのだが。
そうしていくと、当然ながら、その日は予定は入らない。

その方法により、ぽっかり空いた日ができたので、直前に旅に出ようと思いついた。
直前だから、何の予備知識も得ず、一泊で行け、新幹線の切符も取りやすいところにした。

そこは、愛知県の温泉地で、川べりにある宿。
ちらっと見たHPによると、全室オーシャンビューならぬリバービューらしいことはわかった。
着いて部屋に案内され、カーテンを開けると、なるほど川が美しいではないか。
ところが、女将が、言ったのである。


「朝、8:45に、餌付けが行われます」

へ? 餌付け?
聞くと、その宿の特徴は、トンビの餌付けらしいのだ。
先に宿に到着していた外人カップルは、リピーターなのか、餌付けのための食パンを一斤持参してきたとのこと。
そう言われてみて外を見ると、上空に、ピーヒョロロと鳴きながら飛んでいる鳥が、何羽か見えた。


さて、翌朝。

「オレ、夢の中で、もう餌付けしちゃったよ」
と、連れが期待に胸膨らませてる様子。


しかし、それは、思ったより優雅なものではなかった。

朝食後、部屋でくつろぎ、何気なくカーテンを開け、外を見て、ぎょっとした。

川の向こう岸の木に、何十羽というトンビが、ズラ〜っと並んで止まっており、全員がこちらを凝視して待機していたのである。

それは、上空をピーヒョロロ、と、のんびり飛んでいた奴らとは、まるで違う生き物のように、獲物を狙う、猛禽類らしさに溢れておった。
それも、物凄い数。
その鋭い視線に圧倒され、カーテンを閉めた。
奴らは、静かにその時を待っているのだった。

複雑な思いでお茶など飲んでいると、外の気配が明らかに変わった瞬間があった。
そっとカーテンを開けてみると。

それまで木に止まっていた何十羽ものトンビが、こちらの宿間近まで飛来して、主人の投げる餌を、我先にと 奪いあっているではないか。
皆、こちらの窓にぶつかりそうになりながら、物凄い速度で飛び交っておる!
川に落ちそうな餌も、急降下してさらっている。

いやはや、凄いショーである。
ヒッチコックの映画さながら。
というか、サファリパーク。
窓すれすれに飛んでいるから、彼らの殺気立った表情までよく見えた。
これでは、リバービューというより、トンビビュー。
なんと、トイレの窓からも、このショーが観覧できるようになっておった。

ところが、10分位たつと、いきなりショーが終わり、また先ほどの木に止まり、待機。
食休みか。

後から知ったが、 泊まった宿だけではなく、その川に面した地区の宿は、みんなトンビの餌付けをやってるらしいのだ。
おそらく、時間を区切って、決めているのだろう。
餌も、たくさん一度にあげると、満足しちゃって動きが鈍くなるから、ひとつの宿でたくさんはあげないんだろうな、などと考察する。

それぞれの宿のショーを順番に終え、暗くなったら寝ぐらに帰っていき、また朝になったら出勤して来るのだろうか、彼らは。
それが彼らの一日、また一生なのだろうか。


それにしても、激しいショーであった。
穏やかで静かな温泉宿に、こんな出し物があるとは、つゆ知らず。
今度は、私が、頭をトンビの足に掴まれ、寝ぐらに連れ去られる夢でも見そうである。










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