こわい話してもいいですか

日常に潜む恐怖や謎〜ピアニスト蛯名知子の"こわい" 生活

勢いが怖い...

全日本ガリガリ倶楽部の皆様、ご無沙汰しております。

皆様においては、日々、少しでも太ろうと、涙ぐましい努力をなさっていることと思います。
私はといいますと、退会してかれこれ四年以上たちました。
このブログによりますと、太る秘法を発見したのは、2011年の3/3。
それが功を奏し、めでたく退会しましたのは、2012年の2/3頃のようです。
それから月日は流れ、2014年の12/2のブログでは、蕎麦屋に行くと、店員から稲荷寿司を勧められ、断り切れずに食べてしまって困るとあります。
そのとき既に、全日本ムチムチ倶楽部、更には全日本ブヨブヨ倶楽部から入会案内がくるかも、と冗談めかして書いていたのです。


ところが、この一年で、それが現実のものとして、迫ってきておるのです。
それも、凄い勢いで。

そう、太る一番の方法は、他でもない、

「健康に年をとる」


ことだったのです。
涙ぐましい努力なんて、いらねーんだよっ!


...すみません、つい感情的になってしまい。

周知のことですが、私の好きなジャンルは、「怖い話と健康」。
このブログでも、独自に開発した健康法を報告し、読者の皆様の体調管理に貢献し続けてまいりました。
私の場合、弱い胃腸を強くするというところに重点を置き、その結果、かなり良くなりました。
ガリガリ倶楽部の会員の皆様ならわかると思いますが、何故、太れないかというと、太ろうとするあまり、いつも必要以上に食べてしまい、そのせいでお腹を壊し、最終的には余計痩せてしまう、という事の繰り返しだからなのです。
ですから、矛盾しているようですが、太るためには、 少食にし、胃腸を休ませる事が大事なのです。

ところが。



その努力が実り、胃腸の調子が良くなった今、どんどん太るようになってきたのです。
少食にしようが、沢山食べようが。

そうは言っても、周りの方々には、
「まだまだ痩せてるじゃねーか!なんだよッ」
と思われているかもしれません。
しかし、ここで問題なのは、現在の体重ではなく、増え方なのです!
それはそれは、恐ろしい勢いなのでございます。

ですから、皆様、くれぐれも、今、結果が出なくても、気落ちなどなさらぬように。
いずれ、時がくれば、わかります。
私の言ったことが、身を以て感じられるときが、かならずや来るでしょう。
その時まで、お元気で。

報告、終わります。

まあ、そういうこともあり、最近は、前なら自転車で行っていたところにも、歩いて行く。
もともと、歩くのは好きである。
家で夕食を済まし、散歩にも行ったりするが、歩いた先に、丁度よくファミレスがある。
夕食は済んでるし、入る目的はしばしの休憩。
連れあいと、ドリンクバーのみを注文。
それが何回か続いたので、彼が、
「きっと店員の間では、俺たち、ドリンクバー夫妻とか呼ばれてるに違いないよ」
などというので、その日はデザートをプラスすることに。
郷ひろみも毎朝食べている、アサイーボール。
アサイーは、以前から気に入っている。

で、若いウェイターに注文。

すると。

「お食事の先にしますか、後にしますか?」
と訊いてくるではないか。

「先でもなく後でもなく、これがお食事であり、すべてなんだよ!」
と言い放ってやった。
ウェイターは納得がいかないような顔をしていたが。

普通のレストランでも、前菜とワインとパンで十分なときってある。
メインをとばしたくなるが、そんなことをしたら今度は「前菜夫妻」などと呼ばれそうである。

ちなみに、夫は、いまだにガリガリ倶楽部の正会員。
ものすごく健康で良く食べるのだが。
謎である。










脳によい安眠法

昨日、演奏後の打ち上げ時に、ある人から訊かれたのだ。

「エビナさんは、ブルーレイ?」

どう答えたら良いものなのか。

ブルーレイとは、TVの一種なのか、システムの名前なのか、はたまたうちのTVに備わっとるものなのか、わからない。
その方は、いつもコンサートの模様をビデオに撮って、DVDにしてくれるのだ。
うちでは、まず、DVDとかは見る機会がない。
どうも、興味が湧かない。
その時間、他のことをやっていたい。





何が言いたいのかというと、私の場合、自分の興味がない事に関しては、凄まじく疎い、という事である。
スポーツなんか、最たるもので、「五郎丸って、名字か名前どっち? ていうか、なんの選手?」
という具合。
あと、朝ドラなんかも、見たことがないので、さっぱりついていけない話題。


先日も、何人かと話していて、ラインをやってるか、という話になった。
私は、ラインもツィッターもフェイスブックもやってない。
やってないから、違いもよくわからない。興味もないし。
まあ、ミュージシャンの中には私のようなタイプもいて、あるベーシストは、
「そーゆーものには、一切、手を出さないことにしている」
と、真剣な表情で言っていた。
多分、何かヤバいこと...不倫とか、してるのに違いないな。
また、某歌手に、ブログはやってるが、と言ったら、
「つぶやいてるのね〜」
と言われたが、それはツィッターでは...?
てな具合に、私よりもひどい人もいた。



なんというか、短い一生、好きなことだけやって、好きな人とだけ関わっていたいのだ。

ただ、いろいろな人と関わるのは、老化防止にはいいらしいのだ。

そう言えば、物忘れには益々、拍車がかかり、口頭で何か言われても、すぐ忘れるので、連絡はなるべくメールにしてもらっている。

また、よく小田急のロマンスカーを利用するのだが、スマホでチケットを購入するも、スマホを閉じた途端、座席番号を忘れそうになる。
だから、座席に着くまで、ずっとその番号をブツブツ繰り返し言っている。
また、連れ合いがいるときは、彼の頭をぐいっと掴み、彼の耳元で、
「A、3、C... A、3、C」
と、呪文のように座席番号を繰り返し、彼の頭にインプット。
これでひと安心。
って、安心でないのは、私の脳だが。



そうなのだ。

健康に関して言えば、一番心配なのは、脳なのだ。
このまま、好きなことだけやって、楽に生きていたら、絶対、早くボケるよな。

ところが。

そんな私の不安を打ち消す情報が!

少し前に、夜、ちゃんと寝られない期間があった。
寝つきが悪かったり、夜中に目が覚めてしまったり、とにかく、眠りの質が悪く、昼間、やたら眠かった。
で、いろいろ調べてみたら、なんと、すごく簡単な方法で、改善できることがわかったのだ。
それは


「横向きに寝る」

それだけ。
早速、試したら、よく眠れるではないか。
なんでも、動物が、寝ている間に敵が襲われそうになったとき、優位なように、横向きに寝るのがベストなように体が出来てるそうなのだ。
人間も、動物だし。
で、なんと、横向きに寝ると、単によく眠れるだけでなく、寝ている間に、脳の中のゴミ(アミロイドとか)が消去され、認知症の予防になるんだと!

オドロキである。

早速、毎晩、やっている。
ああ、もうすぐに眠りたくなってきた。
脳のゴミを早く消去したい!

とりあえず、これで当分は、安泰だ!

彼らの一日

ある作家のエッセーを読んでいたら、「予定を入れないという予定の日」の話が書かれていた。
女は、日々、何かと雑用が多い。
これといった用事ではないが、ちょっとしたやらねばならない事がちょこちょこあり、ほんと〜に何もしなくていい、という日が意外にないものだ。
今日は思いっきり休んだなあ〜、という感じを味わいたい、と常々思っていたので、これは良い案だ、と思い、真似してみた。
誰かから用事が来そうになったら、
「この日は予定が入っております」
と言って断ってみる。
その予定というのは、何も入れないという予定なのだが。
そうしていくと、当然ながら、その日は予定は入らない。

その方法により、ぽっかり空いた日ができたので、直前に旅に出ようと思いついた。
直前だから、何の予備知識も得ず、一泊で行け、新幹線の切符も取りやすいところにした。

そこは、愛知県の温泉地で、川べりにある宿。
ちらっと見たHPによると、全室オーシャンビューならぬリバービューらしいことはわかった。
着いて部屋に案内され、カーテンを開けると、なるほど川が美しいではないか。
ところが、女将が、言ったのである。


「朝、8:45に、餌付けが行われます」

へ? 餌付け?
聞くと、その宿の特徴は、トンビの餌付けらしいのだ。
先に宿に到着していた外人カップルは、リピーターなのか、餌付けのための食パンを一斤持参してきたとのこと。
そう言われてみて外を見ると、上空に、ピーヒョロロと鳴きながら飛んでいる鳥が、何羽か見えた。


さて、翌朝。

「オレ、夢の中で、もう餌付けしちゃったよ」
と、連れが期待に胸膨らませてる様子。


しかし、それは、思ったより優雅なものではなかった。

朝食後、部屋でくつろぎ、何気なくカーテンを開け、外を見て、ぎょっとした。

川の向こう岸の木に、何十羽というトンビが、ズラ〜っと並んで止まっており、全員がこちらを凝視して待機していたのである。

それは、上空をピーヒョロロ、と、のんびり飛んでいた奴らとは、まるで違う生き物のように、獲物を狙う、猛禽類らしさに溢れておった。
それも、物凄い数。
その鋭い視線に圧倒され、カーテンを閉めた。
奴らは、静かにその時を待っているのだった。

複雑な思いでお茶など飲んでいると、外の気配が明らかに変わった瞬間があった。
そっとカーテンを開けてみると。

それまで木に止まっていた何十羽ものトンビが、こちらの宿間近まで飛来して、主人の投げる餌を、我先にと 奪いあっているではないか。
皆、こちらの窓にぶつかりそうになりながら、物凄い速度で飛び交っておる!
川に落ちそうな餌も、急降下してさらっている。

いやはや、凄いショーである。
ヒッチコックの映画さながら。
というか、サファリパーク。
窓すれすれに飛んでいるから、彼らの殺気立った表情までよく見えた。
これでは、リバービューというより、トンビビュー。
なんと、トイレの窓からも、このショーが観覧できるようになっておった。

ところが、10分位たつと、いきなりショーが終わり、また先ほどの木に止まり、待機。
食休みか。

後から知ったが、 泊まった宿だけではなく、その川に面した地区の宿は、みんなトンビの餌付けをやってるらしいのだ。
おそらく、時間を区切って、決めているのだろう。
餌も、たくさん一度にあげると、満足しちゃって動きが鈍くなるから、ひとつの宿でたくさんはあげないんだろうな、などと考察する。

それぞれの宿のショーを順番に終え、暗くなったら寝ぐらに帰っていき、また朝になったら出勤して来るのだろうか、彼らは。
それが彼らの一日、また一生なのだろうか。


それにしても、激しいショーであった。
穏やかで静かな温泉宿に、こんな出し物があるとは、つゆ知らず。
今度は、私が、頭をトンビの足に掴まれ、寝ぐらに連れ去られる夢でも見そうである。










判断が難しい夢判断

とても急いでいた。
どこに行こうとしていたのかは、わからない。
とにかく、自転車に乗って、どこかに向かおうとしていた。
そんな私に、何かが絡みつくように邪魔をしている。

小鬼である。

青鬼で、それも二匹。
わりとかわいい顔をしている。

今年の初夢は、そんな、妙に意味深な夢であった。


年末年始に、夫と自分の実家をハシゴしたのだが、二つの実家の共通点は、寒い、ということである。
いや、冬は、どこでも寒いし、同じ関東なのだから、そうそう気温も大差ないのだろうが、問題は、実家とはいえ、よその家ということである。

つまり、自分ちなら、寒く感じたらどうするかという手段が確立されておるが、よその家だと、やはり気を使い、ぬくぬくとしていられんのだ。
で、寝るときも、風邪をひいたらいかん、と思い、どちらの実家でも、布団を有りったけかけた。
これが、悪夢の原因。

布団が、重い。
重過ぎて、 うなされてしまったようだ。


初夢が、青鬼の夢なんて、最悪....と思って、試しに、今年はどんな災難が待ち受けているのか、夢判断に関するサイトで、調べてみた。


ところが、一言に青鬼の夢と言っても、見た人の性格や、夢を見た印象によって、良い場合とそうでない場合があるらしいのだ。


一般的には、鬼は、トラブルの象徴で、鬼に襲われる夢は、危険が迫っている兆しとあり、やはりな、と落ち込んだ。

しかし、一方で、その鬼の印象が良い場合は、吉夢であり、トラブルにしっかり対応せよ、というメッセージという説も。
更に、鬼の夢は、幸せの予兆であり、仕事運上昇のしるし、なんてことも書いてある。

一体、いーのか、悪いのか、どっちなんだよ。
判断に苦しむ。


また、鬼は鬼でも、赤鬼はダメで、青鬼ならトラブル円満解決、とある。
更に更に、同じ青鬼でも、その青が、綺麗な青ならいいが、くすんだ青だとダメとか。


結局、私の初夢を総合的に判断すると、


青鬼だから、まあいいが、くすんだ青だったからそんなに良くなく、それも小鬼だから大したパワーもないが、二匹だから幸運も二倍、で、かわいい顔をしてたからまあまあ良い、ということだろうか。

しかし、私が自転車に乗ろうとしてるのを、まとわりついて邪魔をしていた、というのは、どーなんだろうね。

あまりいい兆しには思えない気がするんだが。













今年の衝撃10大ニュース!

また、あっという間に、年末である。
この調子だと、あっという間に死んでしまうぞ!
さて、今年の、私なりの10大ニュースである。

今年の初めに、カナブンの夢を見た。
甲虫類の夢を見ると、お金が儲かる、との説があり、このブログにも書き、楽しみにしていたが、特にそう感じる出来事もなく、がっかり。


車に轢かれそうになった。
横断歩道を渡っていたら、左折してきた車が、全く減速せず、ぶつかりそうに。
見ると、60才くらいのおばちゃんが、運転席で、左手でハンドルを操り、右手でスマホを持ち、凝視。
それは、まあ、よくあるかもしれんが、驚いたのは、スマホを持つ手の位置。

遠っ! 老眼のためか、ものすごく顔から離しておった。
そんな彼女には、私など目に入る余地などないのだった。
あれじゃ、運転するので精一杯。
老眼が、日に日にひどくなっていく私も、他人事ではないが。
マジ、怖かった。

演奏しに行ってるお店のお客様に、人相が良い、と言われる。
その方は、人相を見る人で、そーゆーことが、わかるのだそう。
じつは、7年以上前に、別の店で、やはりお客様に、同じことを言われていて、このブログにも書いている。
もっと、具体的な話を聞きたかった。

演奏しに行ってるお店の近くに、ナポリタンが美味しい店があり、たまに行く。
常連になりたくない性格なので、わざとたまにしか行かないようにしている。
ところが、今まで10回は行ってると思うが、毎回、客が、同じメンバー。
というか、私の他に、その二人だけ。
座っている場所も、いつも同じなので、毎回、デジャブを感じる。
不思議な店。

知り合いなどから、やたらフェイスブックをやれ、と言われる。
そんな、たわけたものは、絶対、やらんからな。

演奏しに行ってるお店で、休憩中に、お菓子を出してくれるのだが、その日はシュークリームがどっさりあった。
私は、シュークリームが大好きなんである。プツッと皮を噛んで、中のクリームが、トロッと出てくるのが、たまらんのだ。

ところが。

そのシュークリームには、クリームは入ってなかった。
噛んでも噛んでも皮ばかり。
ていうか、シュークリームではなく、そーゆーお菓子とのこと。
なら最初から言えよっ!(って、誰もシュークリームとは言ってなかったが)
姑息な!
私はな、スイーツは、クリームとチョコのみが好きなんだよっ。

というわけで、ものすごく落ち込んで、次のステージには全く気が入らなかった。
期待しすぎはいかんな。

某店の賄いのチキンパスタに、二回、あたった。
後から思えば、幾つかのチキンが変色していた。
しばらくは、トラウマに。

長年、使っているパソコンが、マダラぼけ状態。
昨日、バーッと虹色のバーコードが出た。
おそらく、人間でいう、お花畑が見えるとかいう、臨死体験をしているのだろう。

近所に、美味しい蕎麦屋が出来、嬉しい。
メニューが少なく、既にすべて食べてしまったが。

50肩は治ったが、瞼にものもらいが。
すぐに治ると思ってたが、なかなか治らない。
若い頃は、あっという間に治ってたがな!
体内の酵素が減ってるんだろうな。
一説には、寝る直前に何か食べると、傷が治りにくいともいう。
あと、一説には、ハゲは胃ガンと結核にならないとか。
また、一説には、薬指の長い男は、出世するとか。
まあ、どーでもいいが、ちゃんと理由があるらしい。


とにかく、色々なところに、老化を感じた一年であった。

クリスマスソングで思い出すあの人

東急ハンズに、来年の手帳を買いに行ったら、クリスマスソングがかかっていて、なんか、愕然としたのである。

いや、考えてみたら、もうそういう時期なんだが、あっと言う間に、冬の気分である。
いつも、ここからが速い。
すぐにクリスマスが来て、大晦日、そして新年である。


ハンズに、クリスマス時期に行くと、色々なパーティーグッズが見れる。
パーティーなんか、まあ、しないだろうけどさ。

で、ふと、思い出したことがある。

20年くらい前、ハンズの パーティーグッズ売り場に、実演販売の男性が来てることがあった。

35歳くらいの真面目そうな男性で、フェレットか何かのぬいぐるみを使って、手品らしきことをして見せていた。
マギー審司とかのパクリのような芸で、ぬいぐるみに紐が付いていて、あたかも生きてるかのように動かすのだった。
彼の芸は、それのみ。それ一筋であった。
で、何故、印象に残ったのかというと、明らかに、いやいややってる感が滲み出てたからだと思う。


「あぁあ、なんで俺、こんな恥ずかしいことやんなきゃならないんだろう。
これを見て、買ってくれる人なんか、いるんだろうか。
早く、こんなこと終わりにしたい。でも、明日は、横浜店でもやらなきゃいけないんだよなあ。そのつぎは、新宿か。で、また町田。なんなんだ、俺の人生って」

とでも思ってるのだろうか。
背広を着て、普通のサラリーマン風なのだが、引きつった笑みを浮かべ、一連の、ぬいぐるみをシュシュッと動かす動作を終えたとき、ものすごく自己嫌悪を感じてるように見受けられた。

たまたま、ハンズに行くと、何回かその現場に出くわすことがあり、曜日によって、行く店舗が来まってるようだった。
また、時間により、休憩に入るらしいこともわかった。



彼を見て学んだことは、芸は恥ずかしがったり、ためらったりしてやってはいけない、やると決めたらとことん、それに没頭しなければならない、ということだ。

今度、彼に会ったら、「そんなんじゃ客の心は掴めんぞ」と、諭してやろうと思ったが、ここ数年、この時期になっても、姿は見ない。

部署が、変わったのだろうか。

気掛かりである。






犬の店

夫がよく行く店に、「犬の店」がある。
私は、行ったことがないが、ペットショップではなく、犬が存在感を示している、居酒屋らしい。
ちゃんとした店名があるとは思うが、彼は、店の名前は全く覚えない人で、犬の店の他にも、
おっちゃんの店、ケンちゃんの店、ラムの店、古くて新しい店、カツオの店、カツオの新しい店等、通称で呼んでる店が色々ある。

ところで、夫は、以前から、異様なほど、犬や猫に好かれる。
他の動物はわからないが、犬と猫は、夫と出会うと、運命の相手に出会ったような顔をする。
近づいてきて、彼の側を離れない。

おそらく、犬や猫に好かれる匂い、フェロモンを発しておるに違いない。
前に、彼の実家に行った際、当時そこで飼っていた猫が、行くとすぐに彼の膝にのり、あまりに陶酔しきった表情をしていたので、びっくりしたこともあったのだ。
なんていうか、あからさまで。


匂いというのは、自分にとって良いパートナーを得るときに、とても重要な働きをするらしい。
以前、テレビ番組で見たのだが、自分と違う匂いのする異性をセクシーと感じ、惹かれるらしいのだ。
つまり、丈夫な子孫を残すためには、多様な免疫が必要で、そのためには、自分とは違う遺伝子を持つパートナーが良いというもの。
その遺伝子を見分けるためには、まず容姿、そして匂いなのだ。

その番組では、だから成田離婚ということが起こる、と言っていた。
それまではわからなかったが、新婚旅行に行き、相手の匂いが駄目だとわかってしまうということだ。
要するに、自分と同じ匂いだと、イマイチ魅力を感じないということなんだろうな。
その遺伝子なら、持ってるし、みたいな。

ということは、犬猫にとって、夫はすばらしい遺伝子を持ってるということなのだろうか。
違う種類の動物でも...OK?


それはそれとして、この間、深夜に、夫と待ち合わせたときのこと。

夫は先に、待ち合わせ場所に着いており、遠くから私の姿を見つけるやいなや、物凄い勢いで、走ってきた。
それも、嬉しそうなので、何か理由があるのか、尋ねたが、特に理由はなく、なんとなくそうしてみたくなったとのこと。

で、それまでどこにいたか訊くと、犬の店で飲んでた、という。
またその日も、犬にからまれ、匂いを嗅がれたのか尋ねると、犬は不在だったという。
少し前から、姿が見えないので、死んだのかも、と言うではないか。


それで、私は、悟ったのである。
前述の、彼の行動は、ご主人様を見つけ、大喜びで駆け寄ってくる飼い犬そっくりであった。
それは、犬の店の犬が、彼に乗り移ったのに違いないと。

出したらいかん!

夏には、いかにも夏、ということがしたくなる。

夏祭りに行ったり、いつもは腹具合が悪くなるから避けている冷たいアイスを食べたりしたくなるのだ。

今年も、夏と言えば海、と思い立ち、お盆に志摩半島の海沿いのまち、浜島に行ったのである。

よかった。
何と言っても、あまり観光化されてないところが、私好みである。
旅館からも、水平線まで見渡せ、海満喫。

さらに気に入ったのが、旅館の近くの海沿いの道が、びん玉ロードと名付けられた通りで、ガラス製のブイが、電灯代わりに並んでいて、日が暮れると灯りがともるようになっている。
夕暮れ時に散歩したが、夕焼けが美しく、時を忘れた。

夜は、都会のように深夜営業の店もなく、静かで、聞こえるのは、波の音だけ。
こういう時間って、必要だ。

まあ、どんな土地でも、必ずバーを探し出す能力を持った夫が、今回も探し出し、そんなところにあるとは思えない洒落たバーには行ったが。

とにかく、2泊の旅だったが、充実していた。



その帰りの新幹線の中で、ちょっとうとうとしていたとき。
いきなり、叫び声が車内に響きわたった。


「出したらいかん出したらいかん出したらいかん!!!」


かなり緊迫した大声に、何事かと、声のするほうを見た。

すると...


親子が、車内の前方の席に並んで座り、ハンバーガーとポテトを食べていた。
お父さんと息子。
お父さんは、30過ぎ、息子は6才くらいか。

察するに、息子が、ハンバーガーを食べる際、包み紙の袋から、バーガーを出そうとしたらしい。
それを見たお父さんが、ものすごい勢いで、注意を促していたらしい。
袋には、多分、「袋から出さずにお食べください」との表示があったはず。
出すと、ソース等がたれるから。
そりゃソースがたれたら一大事!
服が汚れたら、後でお母さんに叱られるっ。
と、そんな状況のようであった。

初めての、息子との二人旅。
お父さんも、まだ幼さが残る、必死な表情で、なんとも微笑ましかった。


にしても....。
何か大事件が勃発したのかと、車内の乗客は思ったに違いない。

夏休みの、旅する親子。

これも、なんとも、夏らしくて、よかったのであった。

で、急に、ハンバーガーが食べたくなり、その後、食べたのである。








去りゆく夏

気がつくと、夏が終わりではないか!

もっともっと、気違いじみた猛暑を味わいたかったのに、あっと言う間であった。

この夏は、いろいろな事があったように思う。

先月、お盆が終わって急に涼しくなったころ、夫の父が亡くなった。
一年半ほど入院していて、高齢なので、いつなにがあってもおかしくはなかったのだが、病院からの連絡で駆けつけたときには、もう息はなく、ああ、人って、本当に亡くなるんだな、と思った。





初めて夫の実家に行ったときのことは、鮮明に覚えている。

埼玉の山奥で、学校の図書館を改造した建物に、夫の両親は住んでいた。
夫の実家といっても、義父が音楽の教師をしていた関係で、30回くらい引越しを繰り返していたので、そこには夫自身はいなかったらしいが。

で、なぜか、生活している所の横にある広い場所に、何十台ものピアノがあった。
私が行ったとき、義父がそこを案内してくれたのだが、電灯が壊れていたらしく、いろいろな色の灯りがついたり消えたりして、まるでディスコのミラーボールの下にいるようだった。
その下で、義父が踊っているように見え、なんともサイケな状況であった。

義父が、入院してるとき、義母が、変なことを言っていた。
そこに義父はいないはずなのに、夜一人で寝ていると、義父のいびきが聞こえるというのだ。
それも、義父が危篤状態になったときに限って聞こえると言っていた。
今から思えば、幻聴だったのだろうと思うが、当時は、義父が、一人で逝くのが寂しいのかな、と夫と話していた。

それにしても、お葬式のとき、お骨を拾ったが、人間、誰でも最後はああなるのだな、と、しみじみ思わされた。
義父は、若い頃、声楽をやっていて、いつか、私の伴奏で歌いたいと言っていたが、かなわなかった。

人間、最後のときは、いつくるかわからないから、やりたいことは、日々やっておかなければならないのだな。
それがなかなか難しいのだが。









消えたっ!?

先日、いつものように、新宿駅から、小田急線に乗り、帰途についていたときのことである。

午後6時過ぎのラッシュ時で、1台待って、座席を確保し、ミステリーを読みながら、帰るつもりであった。
ところが、座って本を広げ、少し読み始めたころ、車両のドア付近から、突然、妙な声がした。

電車は、まだ、発車していなかったが、既に満員で、私の前にもぎっしり人が立っていたので、私からその声の発生場所は、見えなかった。

声からすると 60歳くらいの婦人ではないかと思われたが、
「皆さん、聞いてください! 重要な事をお知らせします」
などといった、前置きから、その方は話し始めた。
当然、その車両に乗っている人たちは、ほぼ全員、注意を払った。
が、その後の話は、何か宗教がらみで大変なことが起こっている、といったようなことで、
今、自分たちに直ぐに関わってくるとは思われない内容であった。
それで、車両内の一瞬の緊張は、溶けて行った。

そうこうしているうちに、電車は発車、声の主は、変わらず、何かを訴え続けていた。
問題は、声の音量。

でかっ!

そのうち、皆、そのうるささに、うんざりしてきた。
私も、ミステリーを読むのを諦めた。
左 隣に座ってた若い女性も、
「これ、ずっと続くのかよ」
と、連れの女性と顔を見合わせていた。
右隣に座っていた中年の女性も、連れの女性と、
「どの人が言ってるの?」
と、眉をひそめて、声のする方を見るが、満員電車なので、その姿も顔さえも見えない状態。

そう、車両内のほとんどの人が、声のする付近を首を伸ばしたりして見るのだが、人が多くて見えないのだ。
とにかく、甲高いうるさい声で、淀みなく訴えているので、
「近くの人が、やめさせてくれないかな」
と、誰もが思っていたと思うのだが、誰も関わりたくないらしく、注意する人もいない感じであった。
迷惑なのだが、よくあれだけ淀みなく喋り続けられるな、と思ったり、でも、いつまで続くのかなあ、とため息をついたり。

ところが!


その終わりの時は、突然、やってきた。

その話の内容の流れとは関係なく、突然、パタッと声がやんで、静けさがやってきた。
皆、いっせいに、声の主のほうを見て、話が終わったのを確認しようとし、同時に、どの人が声の主かを見定めようとした。
「終わったの?」
「ねえ、どの人?」
などと、口々に囁きあい、車両内が騒然。
私も、乗客と乗客の間からそちらを見たが、ごく普通の人しかいないように見えた。
そして、誰かが叫んだのだ。

「消えた」

その声に、さらに車両内、騒然。
そのうちに、次の駅に着き、どっと乗客が降りた。
その中に、それらしき人は見受けられなかったが、そもそも、最初から姿を見ていないのだから、普通の婦人の格好をしていれば、まあ、わからないだろう。
まさか、言いたいことを言い終えたから、消えた、なんてことはないと思うが。

確実に、すぐ近くにいた人はいるはずで、その近くの人が、「消えた」と言ったのなら、超常現象だろうが、それもどの人が言ったのかもわからず仕舞い。

誰も姿を見ていなくて、声だけがみんなに聞こえてたとしたら、それも怖いな。

謎である。



ホコリ高き家

以前にも書いたが、1日に1、2回ほど咳き込むことがあり、その状態が続いていたので、この際、徹底的に、原因をつきとめることにした。


今回かかったのは、小田急相模原にある、国立病院機構相模原病院の、アレルギー科。
実は、今から12年前に、人間ドックを受けた際、ついでにアレルギーテストも受けたのだが、ハウスダストアレルギー、それも、アスペルギルスという真菌に強い反応がある言われたのだが、その権威が、この病院にいるのだ。

で、今回、納得がいくまで調べようと思い、前々から予約をしておいた。
たが、あまりにその事ばかり考えていたら、嫌な夢を見た。
病院に行き、診察を受けようとしていると、係の者?に、
「あなたはこちらへ」
と、他の患者とは別のところへ連れて行かれた。
長く暗い病院の廊下を、案内されるがままに行くと、行き着いたところは、

「アスペルギルス棟」

薄暗い研究室のようなところで、白衣を着た、怖そうな医者が、何人もいて、私を出迎えた。
見るからに、やばい人体実験が何かをされそうな雰囲気。
ちょっと、用事を思い出したふりでもして、逃げてしまおうか、などと思ってるところで、目が覚めた。

ところが、病院に行く日の前の日に、咳は治まってしまった。

何があったかというと、なんと、20年ぶりに、家中の大掃除をしたのであった。
いや、ぶりっていうか、今の家に越して20年なのだから、初めてというのが、正しい。

それからは、全く、咳がでなくなった。
よーするに、ハウスダストアレルギーだと前に言われたことが、ここにきて証明されたのである!

っていうか、そー言われたのなら、とっとと掃除すればよかったのだ。
何のために検査を受けたんだか。

だが、せっかく予約したので、病院には行くことにした。
季節が変わったら、また悪化するかもしれないし。
実は、独身のとき、 この病院の隣にある団地に住んでいた。
だから、小田急相模原、通称オダサガには、親しみがあり、よく通った商店街を懐かしく思いながら歩いた。
病院に着き、まだちょっと時間があったから、トイレに入ったら、大きなムカデに遭遇。
じっと観察していたら、わさわさと一番手前の個室に入っていった。
その後、トイレから出ようとすると、人が入ってきて、手前の個室に入ろうとしたので、そこにはムカデが入っておるぞ、と注意を促してあげた。
その方は、驚き、お礼を言って別の個室に入った。
で、またトイレを出ようとすると、また別の方が入ってきて、手前の個室に入ろうとするではないか。
だからまた、そこにはムカデが入っておるぞ、と教えてあげ、そうやってムカデの番をしていて、なかなかトイレから出られなくなった。
いきものがかりならぬ、ムカデがかり。

さて、診察を受け、喘息かどうかの検査をすることになり、血液検査や、レントゲン撮影の後、薬品を吸い込んで、気道の状態を見る検査をした。
その時、医師に、「今日は、楽になる検査ですからねー」
と、言われ、「今日は」というのが、気になった。

で、案の定、別の日には、「苦しくなる検査」つまり、気道を狭めるとどのくらいで苦しくなるかの検査が待っていた。
さらに、その日までに、痰を採ってこいと言うのだ。
いや、汚い話で恐縮だが、よく道端で、カーッ、ペッとやってるおっちゃんがいるが、どーやったらそんなことができるのか、不思議でならない。

今回、ネットで検索し、出し方を調べ、頭を下にしたり、無理やり咳払いをしたりしていたら、内臓が出そうになって、どーーやっても無理だった。
前述のおっちゃんを町で探し、弟子入りしなきゃならんな、などと考えたが、提出しなくても大丈夫だった。


その後の 「苦しくなる検査」でも、特に苦しくならなかったので、結局、今は症状が出ていないし、治療はしなくてよい、というところに落ち着いた。

ということは、だ。
今まで苦しんできたのは、家のホコリが原因だったというわけだな。
いやあ、掃除って、侮れなんな。
ていうか、掃除しなさすぎ。
そのアスペルギルスの権威の方がテレビで言ってたが、エアコンって、見落としがちなやばいところらしい。
今回は、思いきって、新しいのに変えたのがよかったのかも。
あと、いらない譜面や本も、どっさり捨て、思いがけない断捨離になった。

また、お風呂のカビも掃除したいが、まだやってない。
以前、プロのお掃除屋さんに来てもらい、風呂場を掃除してもらったとき、大変苦労しておったっけ。
死ぬ気でやります、とか言って、重装備で臨んでいた。
あの人、まだあの掃除会社にいるかな、と夫とたまに話す。
おそらく、うちに来た翌日に、辞表を出してやめたか、入院でもしていることであろう。


ケンカの店

新宿の、ケンカの店に来ています。

「L」という、駅近くのカフェバーなんだが、ランチもやっているので、演奏前の腹ごしらえに、よく、利用する。

だから、大抵、1人で入るのだが、ずっと前に、ここで夫と待ち合わせて、大ゲンカをしたことがあり、それ以来、ケンカの店と呼んでいる。

何が原因でケンカになったのか、今では思い出せないのだが、多分、たいしたことが理由ではなかったと思う。
彼とは、独身時代には、そういうことも多々あったが、今は、ほとんど、ケンカはしない。
それなのに、ものすごい剣幕で、言い争った記憶がある。
そもそも、私も夫も、言い争うということは、滅多にしないタイプの人間である。
なんか、そういうことって、面倒に思えるので。

それが、その時は、周りの客が驚き、特に一番近くにいたサラリーマン風の男性が、私を見てビビっていたのを覚えている。



それから2年ほどたったある日、今日のように、演奏前のランチに1人でこの店に来たのだが、その時は、なんと見知らぬおばちゃんから、ケンカをふっかけられたのだ。
そのおばちゃんとは、会ったことも話したこともなかったのに、いきなり私に怒り出したのだ。
なんというか、相手は誰でもよく、とにかく怒りたかったようで。
すごく迷惑だったが、やはりこの店は、ケンカの店なのだなあ、と納得。



そーゆー、「気」みたいなものが、店に充満しとるのかもしれんな。
で、改めて、店を観察してみたが、店員が、ものすっごく忙しそうに動き回っていること、サラダのミニトマトの皮が、異常に硬いことがわかった。

さらに、私が、職業柄気になったのが、BGM。
割と調子のよい、カントリーのような曲が、かかっとる。
毎回、いつ行っても、同じ曲。


ところが。


ズンチャーカ、ズンチャ、ズンチャーカ、ズンチャ、としばらくギター演奏があり、あるところまでいくと、かっなっらっず、ズンチャーカ、ズンチャ、ズ...、 と、いきなり止まり、またすぐ、ンチャーカ、ズンチャ、と続くのだ。

何回も何回も、同じ曲がエンドレスでかけられ、かっなっらっず、同じところで、何秒か止まるのであった。
で、また、何事もなかったかのように、曲は続けられる。

これ、なんていうか、出鼻をくじかれる感じなんである。
自分の中のリズムが乱されて、落ち着かないというかさあ。

まあ、このことが、ケンカの勃発と関係あるかは定かではないが、消化には悪い気がする。


 それで、今日、久しぶりに来てみたら、全面的に改装してあり、シックな店内になっていた。
 BGMも、おしゃれなジャズになっていて、もちろん、へんなところで止まったりしていない。
 いい感じである。
 期待できそうである。
 
 しかし・・。

 ランチセットをたのんだら・・・・サラダのトマトの皮が・・前と変わらず、硬かった。
 それに!
 一度に、お客をたくさん入れたいためか、以前より隣の席との間が、狭くなっているではないか。

 これではいつ隣の客と、ケンカが始まってもおかしくはない。



 やはり、ケンカの店として、頑張っていくのだ、という、さらなる意気込みが感じられた。

宇宙人と父

先日、NHKでやっていた、超常現象ファイルとかいう番組を見ただろうか。
全くもって、ガックリくる企画だったな。
何回かシリーズでやっていたが、宇宙人や、雪男など、私のような者が、ワクワクするような怪しげな現象を取り上げておきながら、そのからくりを解いて、ワクワクさせなくしてしまうのだ。
見れば見るほど、興ざめ。
まあ、解明が目的の番組なんだろうから、仕方ないんだろーけど。

で、その番組で、宇宙人のことをやっていたとき、あることを思いだしたのだ。




あれは、私が、中学生の頃の出来事。
その頃住んでいた、群馬県館林の家から、自転車で15分位のところに、アメリカ人のデヴィッドさん夫妻が住んでいた。
私は、その当時仲の良かった子と、デヴィッド夫人に英会話を習っていて、週1位で夫妻の家に通っていた。
英会話はちっとも上達せず、行きたくなかったが、まあ成り行きで行っていた。

英会話教室は、夜だった。
終わるのが、確か8時くらいだった。
デヴィッド宅から家まで帰るのには、ちょっと辺鄙な場所も通らねばならなかった。

それで、英会話教室が終わる頃、父が迎えに来てくれていた。
健康のためか、安全のためか、父は車には乗らなかったから、自転車で、であった。

そんなある日、私は妙な物体を目撃したのである。

いつものように、英会話教室を出て、父と二人、自転車で家に帰る途中のこと。

辺鄙な道を、自転車をこいで走っていて、ふと、夜空を見上げたら、オーロラのような、ボーッとほの明るい物体が、斜め上に浮かんでいたのだ。

今思うと、かなり大きかった。
いや、大きいか、近かったのだろう。

目を凝らすと、オーロラの上に、人のようなものが見えた。
それは音もなく、フワフワと少しずつ移動していた。
言ってみれば、天女がオーロラに乗っている、という感じ。

私は、後ろにいた父に、
「あれ、何?」
と、指差して、教えたと思う。
ところが、父は、全く、指差したほうは見ず、なんか、怒っているようなんである。

今だったら、とことん、あれが何だったか追求すると思うが、子供だったので、父に促され、家に帰ってしまった。

その時は、あの物体の正体より、父が何故、怒っているのかが、気になっていたのだと思う。

そして、父の怒りは、あの物体と関連があるのかが、今もってわからない。

よく、かぐや姫は、宇宙人だった、ということを聞く。
今、思い出してみると、まさにそういう現象だったように思う。
その後、田舎だから、夜に外に出ている人も少ないせいか、その現象の話題は、全く、出なかった。
気の済むまで、追っかけていけばよかったな、と思う。

それにしても、父が怒っていたのは、何故か。

あの物体に関わると、大変なことになるのがわかっていたので、私の気をそらすためか?
または、オーロラというか、あれが宇宙船だとして、以前さらわれ、かぐや姫すなわち宇宙人に一目惚れをしたが、こっぴどく振られた経験でもあるのか。
かぐや姫が宇宙人だとする説によると、人間とは思えない美しさだというしな。
ていうか、その説によると、人間ではないわけだし。
全然、老いないともいうぞ。

そんな世界を知った父が、現実に失望したのかもしれん。
で、そんな気持ちにさせた、かぐや姫すなわち宇宙人に、怒りを感じていたのかもしれんな。

というようなことを考え、確かめたかったが、父に訊こうにも、なんとなく訊けず....。



今もって、謎である。

なる人ならない人

それにしても、このところ、どこに行っても、花粉症の話で盛り上がっておるな。

私は、多少、たまに目が痒くなるくらいで、いわゆる花粉症ではない。

日頃から、花粉症予防というわけではなく、体にいいと思うことはやっている。

その中でも、サラダには亜麻仁油をかけるとか、ルイボスティーを常飲するとか、プロポリス飴を舐めるとかの健康法は、多分、花粉症予防にもなっているのでは、と思う。

ちょっと気になっても、絶対、薬をのんだり、目薬をさしたりしないこと。

あとは、塩分をとりすぎないこと。
塩分を過剰摂取すると、水分を多く欲し、東洋医学でいう水毒になる。
それが、花粉症などの原因となるらしい。

夫も、知り合った20年前は、立派な花粉症だったが、今はほとんど症状がでない。


ところで、花粉症になぜならないかということを調べていたら、子供の頃の生活が影響しているらしいということがわかった。

キーワードは、「家畜」。

アレルギーには、旧型と新型があり、子供時代に家畜の糞の分解物を吸い込むと、旧型の反応体質になり、花粉には反応しなくなるというではないか。
つまり、新型の抗原抗体体質だと、花粉症になるのだ。
ってーことは、なにかい、私はふるい人間ってことかいっ。

それはいいとして、私が、子供の頃、ペットとして二羽の鶏を飼っていたのは周知のこと。
名前は、コッコとフォッフォといい、 それは可愛がっていたのである。

つまり、家畜の糞や、寄生虫などが、今は周りにないので、免疫系がヒマで、そんなに害のない花粉などに反応してしまうのだ。

ということは、だ。
花粉症予防には、皆、鶏を飼ってみたらどうかな。
牛や、豚は大変だろうから、鶏なら!
私が子供の頃は、縁日の屋台でひよこを売ってて、かくいう私も、屋台のひよこを育てていつの間にか、鶏に成長させたくち。
今は、屋台では見かけないから、養鶏場に行くしかないか。
ひよこが、成長するのを見るのは楽しいぞ。
だんだんトサカがはえ、自我が目覚めてきたときなど。
犬猫じゃ、味わえんぞ、トサカはなっ。
そのうち、人格、じゃなかった、鳥格がはっきりしてきて、それぞれの個性が出てくる。
コッコは、体が引き締まっていて、いつもすましていたが、フォッフォは、太って、どたどたと走っていたな。
 二羽とも、老衰で亡くなるまで、可愛がった。
 そーやって、彼らと密着し、しっかり糞の分解物を吸い込むとよいのだよ。

えっ、そんなことするなら、花粉症になったほうがいい?

まあ、牛糞の肥料で、植物でも育ててみてもいいかもね。


それはそーと、前回、五十肩の話を書いたが、某歌手の方に、家事をしっかりやってないから、なるのだ、とのご指摘を受けた。

便利になって楽になれば、そのぶん、何かが犠牲になるのだ、とおっしゃる。
昔のように、ハタキをかけ、床を雑巾掛けしていれば、そんなものにはならないのだと。
 確かに、わかる気はする。

 よし、みんな、明日から、床をがしがし拭いて、養鶏場にでかけ、糞の分解物を思いっきり吸おう!

 そーいえば、母は五十肩になったが、父がなったとは聞いていない。
 実家の掃除担当は、父だったから・・。

 うちは・・・・掃除担当は、いないからなあ・・。
 


結局、そこか!

昨夜のことだが、演奏後にいつもいただくオードブルを、いつも作ってくれる女性が病欠なので、オーナーが作ったという。
ベーコンや卵などと一緒に、なんだかわからないものがあったので、尋ねると、
「タラの芽」
とのこと。
そうは見えないので、躊躇していたら、オーナーが隣に来て、「どーだ、うまいだろ」などと言って見ているので、食べないわけにはいかず、口に入れたが、食べてもよくわからん味。
すると、彼が言うではないか。
「な? タラの芽みたいな味がするだろ?」
............。



そんなことはともかく、前回に引き続き、何故、風邪をひかなくなったか、という話だが。
先日、新宿駅構内の本屋で、人と待ち合わせてるときに、何気なく手に取った本に、衝撃的なことが書いてあったのだ。

風邪を科学する、という内容の本で、風邪に関して、色々な人体実験をした結果などが、書かれている。
で、 そこには、風邪または風邪の予防のための、普段やってるような事が、ほとんど、効を奏さないということが書かれていた。

で、年取ると、誰でも風邪をひきにくくなるというのだ。
50歳以上の人が風邪をひく回数は、10代の若者の半分なんだと。
年配の人は、それまで何度も風邪にかかっており、多くの風邪ウィルスの抗体に恵まれてるからなんだとッ(怒)。


なんだよ、結局は年取ったということなのかよ!
結局は、そこかい!


若干、むかつきながらもパラパラと飛ばし読みをしていたら、一日にワイン一杯の飲酒は、いいとあった。
これは確かに、実感しておるが。



そーいえば、この間、寒い夜に、行きつけのバーZENでホットの赤ワインのオレンジジュース割りを飲みながら、店長のKさんに50肩になった話をした。
彼とは同い年だと判明していたので、なったか訊いてみたら、上から目線で、なったことはない、と言われたのだ。
悔しかったので、
「私だってね、絶対ならないと思ってたのに、突然、なったんだからねー!
そのうち、腕が上がらなくなって、その1番上の棚のボトルは取れなくなるから、今のうちに全部下ろしといた方がいいよ。じゃないと上にあるリキュールを使うカクテルなんかは作れなくなるから、メニュー変えなきゃならなくなるよっ!」

などと脅しておいた。





今年の人体実験

今年も、あと11ヶ月と少しで終わりである。

つい3日前に、誕生日を迎えたばかり。
一年なんて、あっという間である。
子供がいないので、向いのお宅の飼い犬の成長で、月日の流れを知る。
ご主人に抱かれていたちっちゃな子犬が、今ではヨボヨボの老犬である。

昨年の始めから、50肩らしきものに悩まされてきた。
なんか、やる気を失わせられる症状なんである。
だって、いつもヨガや、ピラティスなど、いい加減なやり方だが、一応やってたから、まわりの方々が50肩になっても、自分はならないと思ってたのだ。
もうガックリだ。
いつもやってる健康法は、一体、なんなんだよ、と意気消沈。

まあ、今はもうそれほど痛くないから、よしとしよう。

ところで、昨年は、ほとんど、風邪をひかなかった。
若い頃は、しょっちゅうひいていたのだ。
で、何が良いのか、読者のみなさんにお教えしよう、特別にな。


インフルエンザの予防接種は、受けない。
噂によると、受けた人が、インフルエンザにかかってるらしい。
私は、子供の頃しか受けたことがない。
一回だけ、大人になってからかかったことがあり、そのときは医者にもかからず、薬も飲まず、自力で 治したので、万が一かかっても、自分で治せる自信があるのだ。

マスクはしない。
万が一、自分が風邪を引いたときのため用に、携帯はしているが、予防のためにはしない。
マスクをすると、守られてる気になり、気が緩む感じがする。
そこに、風邪がつけこむのだな。


ホッとしすぎない。
休みがあると、副交感神経が優位になりすぎ、よく以前は風邪をひいていた。
たとえ休みでも、実は休みではないのでは、と無理矢理思い込むようにし、うかうかしないこと。
これ大事。

カモミールティーとエキナセアティーをいつも持ち歩き、チョコチョコ嚥下。
昨年は、これに緑茶もプラスした。


薬類や、サプリメントは、飲まない。
結局は、これらは体に悪い。

また、最近、笑いヨガというのがはやってるようだ。
笑いは、NK細胞を活性化させるという。
これは、やってみようとも思ったが、わざわざそんなことをしなくても、夜寝る前によくおかしな事を思い出し、笑っていることがあり、興奮して寝付けなくなる。
くれぐれも注意が必要だ。
TVで、熱帯魚屋の方が、魚ヨガとして、魚に話しかけ、笑っているというのをやっていたが.....どーみてもおかしな人である。
まあ、私など、どーみてもおかしな人だと既に思われてるだろーから、どーでもいいが。
あはははは。


以上の事をしっかり念頭に置きながら、読者のみんなも、今年も健康に関する人体実験に精を出して頑張りたまえ。





2015年も、相変わらず

また年が明けた。

大好きな年末まで、一年近く待たねばならない。

今年は、近くの天満宮に、初詣に行った。
例によって、おみくじを引いた。
一昨年と昨年は、大吉だったんだが、今回は、末吉。

末吉って?

調べると、吉の中では、1番良くなく、凶の手前のようである。

ちょっと気落ちしていたら、夫が「吉兄弟の末っ子みたいで、可愛いじゃん」 と、あまり慰めにならない前向きな言葉で、励ましてくれた。
まあ、一昨年も昨年も、やっぱ大吉だからなあ、というほどは良いこともなかったし、宝くじだって当たらなかったんだよっ。
大吉だと後は下がる一方って気もするし、良しとしよう、末吉。

で、星座と干支、六星占術などで今年の運勢を見てみると、皆、今年はいいような感じである。
ところが、すべての占いに、積極的に人間関係を広げよ、みたいなことが書いてあるではないか。
それこそが、私の最大の苦手分野である。
とにかく、人間関係は必要最小限にしたい習性で、1人が大好きなんである。
一対一で話すのはいいが、みんなと当たり障りのない会話をするのが嫌なのだ。
だから、飲み会などは、大抵、宇宙人が家に来るからなどと言って断ることにしている。
年末のテレビで、ゆんゆんゆん、と唱えれば
宇宙人が来るってやってたしな。
まあ、ストレスがあまりたまらない程度に人間とはつきあっていきたいものだ。
少しのストレスは、健康にいいらしいからな。


ところで、このブログで、十年くらい前に、甲虫類の夢を見ると、金運がアップするという話を書いた。
実は、去年の正月に、ゴキブリの夢を見たのだ。
夫に話すと、
「ゴキブリは....どうなんだろね」
と、首をかしげたので、
「ゴキブリだって、甲虫だよ!ゴキブリを嫌うのは、人間の勝手な都合なんだからさあ!」
と、叱りつけたのを覚えている。
が、しかし。
期待したが、 とくに金運アップ感は、なかった。

で、今年。

年が明けてすぐ、甲虫類の夢を見た。

家の、リビングにある、ライティングデスクの上のカナブンが入っている箱が、どさっと床に落ち、カナブンがゾロゾロ出てくる夢である。
もちろん、実際にはそんな箱はないのだが、夢では、その箱で、カナブンを飼っていたようだ。

朝、早速、夫に話すと、
「箱が床に落ちて、というのが、どうも良くない感じ」などと言うのだ。
いいじゃねーか!甲虫類の夢なんだからっ、と叱りつけたのは言うまでもない。
が、やはり宝くじは当たらなかった。
夢占いの本によると、カブトムシなど、大きな甲虫がベストらしい。
まあ、仕方ないね。


今年の抱負は、引き続き、よく歩き、健康に気をつけることかな。
相変わらず、マイペースで行きます。
ゆんゆんゆん…


アキレスと亀、とイタチ?

そもそも、真冬に、バスが二時間に一本しか来ない、山の中にある酒造などに行ったのが、間違いであった。
夫が、「そうだ、酒造に行こう」と、京都に行くような感じで言うもんで、つい、つきあってしまった。
以前行った酒造は、レストランなども併設してあって、レジャーとして行っても楽しめたのだが、今回伺った所は、酒を作り、販売しているという、純然たる酒造だった。

行った途端、後悔。

寒い。

ストーブもなく、体を暖めるものは、試飲用の酒のみ。
それが、あまりの寒さに、飲んでも飲んでも、酔うのに、暖かくならん。
すぐ帰りたくなったが、足がない。
夫が、車で酒を買いに来た客に取り入って、どこかまで乗せて貰おうとしていたが、ヒッチハイクでとんでもない事件に巻き込まれる小説を読んだことがあるので、やめろ、と目で合図。

店の人に泣きつくも、あたりには他に店もないし、歩くしかないよ、と冷たくあしらわれ、じっとしているよりはいいだろう、と、バスの停留所を、幾つかまで歩くことにした。

しかし、寒い。
ほんと〜に何も無い。
高速道路拡張の工事が行われている、殺伐とした山道を、ひたすら次の停留所まで歩く。

停留所に着き、バスの時刻表を見ると、まだまだバスは来そうもない。
で、また次の停留所まで歩く、という繰り返し。

ふと、前日に読んだ、ロス・ マクドナルドの「さむけ」にも出てきた、アキレスと亀の話を思い出した。
足の早いアキレスと、のろい亀が競走する。
アキレスには、亀の少し後から出発するというハンデを与えるが、アキレスが亀のいた地点まで行った時には、亀は常に少し 先に行ってるので、永遠にアキレスは亀に追いつけない、という話。
亀のいた地点、に行かねばならないのがポイントか。
バスがアキレス、私たちが亀だとすると、永遠にバスは私たちに追いつけないことになる。
いや、実際は、うかうかしとると、途中で追い越されるはずだが。

で、そんな話を夫にしていたら、彼が突然言った。

「アキレスと亀と、イタチ?」

へ? イタチ?

さらに、
「アキレスと亀の話は、知ってるけど、イタチの立ち位置は?審判?」
などと言う。
北風が吹きすさんでいたから、お互いの声が、聞き取りにくいのだ、
八甲田山にでも来た感じ。

「イタチは出てこないよ、亀の、いた地点!」
と、あきれつつ、ひたすら歩いていたら、な、なんと、駅前通りに出て、別の路線のバスに乗れた。

やはり、乗ろうと思っていたバスは私らに追いつけなかったのだ。
いや、バスは、私らを追っていたわけではないが。


ところで、シャンソン歌手の方が歌う、「辻馬車」という歌があるが、歌詞に、
「追いついたけど、馬車の下敷き」というくだりがある。
常々、謎だったんだが、馬車の後ろから追いかけ、追いついたのに、何故、馬車に轢かれるのだ?
馬が、バックしたのだろうか?

あと、「御者にチップを」というセリフ、私はずっと、「業者にチップを」だと思っていた。
馬車を手配する、会社の。

そのテのことって、私においては、沢山あるような気がする。

久しぶりに沢山歩いたから、翌日、身体中が痛かった。

よし、来年は、とにかく、よく歩く年にしよう。






稲荷なしで?

演奏をしに行ってる店の近くに、気軽に入れる蕎麦屋を見つけ、最近訪れるようになった。

ところが。

「山かけそば、ください」
などと、注文すると、 何故か、
「稲荷はどうしますか?」
と、訊いてくるではないか。
稲荷寿司は、好物の部類である。
「じゃ、稲荷も」
と、つい、そのつもりではなかったのに、頼んでしまう。
炭水化物の重ね食いだな、と思いつつも、いただいた。

その後も、その蕎麦屋に行き、蕎麦を注文すると、「稲荷は?」
と、訊かれるのである。
後ろ髪を引かれつつ、断ろうとすると、
「稲荷なしで?」
と、こちらの気持ちを見透かすかのように訊いてくる。
さらに、スタンプカードも渡され、何回か行くと、稲荷寿司を一個進呈、とあるではないか。
で、今日こそは、蕎麦のみにするぞ、と強い意志を持って、暖簾をくぐるのだが、つい、気がつくと稲荷を頬張っておる今日この頃なのだ。



さて、そろそろ、今年の目標でもたてようかな、と思っていたところ、なんと 気がついたら、12月に突入しておった。

今年の元旦に引いたおみくじは、大吉だったが、「改め変えて、良い運です」と書いてあった。
いったい、何を改めたらいいのか、考えているうちに、ここまで来てしまった。
いや、改めたほうがいいことは、たくさんあるのだが。
夕べも、行きつけのBAR、「z」で、店長と 「大物俳優の死から考える自分の年齢における未成長な自分」について、遅くまで語りあってしまい、早く寝られる日は、とっとと帰って寝た方が体に良いんだがな、と後悔。
まあ、改めた方が良い生活習慣は、多々ある。


先日、ちょっと驚いたことがあった。
このブログでも、過去二回くらい、コーヒー断ちについて書いたことがあった。
いずれも、挫折。
何かを始めるときに、やる気を出すのに必要だ、と感じてしまうのが、挫折の原因だ。

ところが、コーヒーについての記事をいろいろ読んでいたら、コーヒーを飲んでスッキリするのは、カフェイン中毒からくるカフェイン依存性の人が、たんに禁断症状を和らげているだけだ、というものだった。
つまり、カフェイン依存性でない人は、コーヒーを飲まなくても常にスッキリしているのであり、依存性の人がコーヒーをのんでスッキリした感があるのは、その状態に戻っただけだということ。

それが本当かは、わからないが、試しにまた絶ってみた。

確かに、スッキリしたような気がする。
あの南雲医師も、手術時に手が震えるから、とコーヒーは飲まないという。
私は、もとから1日二杯くらいしか飲んでなかったが、それをやめたら、夜よく眠れるようになった。
最初は、日中、眠かったが、夜良く眠れるなら、逆に日中眠くなくなるはずで、そうなのかも、と思い、しばらくやめている。


あとは、いろいろと、体調が、改善された感がある。
多分、食べ物の吸収が良くなるのでは。


ただ.... 。

全日本ガリガリクラブは少し前に脱会したのは周知のことだが、コーヒーを断ち続けると、全日本ムチムチクラブ、更には全日本ブヨブヨクラブから、入会案内がくるかもしれんな。



だからね、もう、私に稲荷は勧めないで欲しいんだが!



子猫のトラウマ

映画などを見て、怖いと感じるには、ある程度内容が身近なものである必要があるのでは、と思う。
だから、ゾンビやドラキュラのようなホラーには、全く興味がわかない。
もっとも、いつも挨拶をかわしている隣の家の奥さんが、実はドラキュラだった、というようなものなら、まあ許す。
そういう意味で、少し前に観た、「FORMA」という映画は、良かった。
現実の事件って、こういうふうな流れで起こるんだろーな、と思わせられた。

ところで、うちの二階の窓から隣の家の軒下が良く見えるのだが、そこにいつも子猫が4匹、身を寄せあっていた。
野良猫が、子供を産んでしまったのだ。
つぶらな瞳でこちらを見ている様子が非常に可愛らしく、朝、起きて、窓越しに彼等を見るのが楽しみになっていた。
子猫のほうも、くつろぎつつも、こちらの様子が気になっていたようだった。

ところが、ある時、夫が、猫を見ているだけでは飽き足らず、いきなり窓を空け、猫のほうに向かって身を乗り出して、屋根の上に出て驚かそうとしたのだ。
私は、この時、現場にはいなかったのだが、彼が言うには、猫たちはそれはそれはぶったまげて、蜘蛛の子を散らすように逃げたという。
おそらく、猫たちにとって、うちの窓はテレビスクリーンのようなもので、よもや、そこから自分たちの世界に人間が這い出てくるとは思ってもみなかったのだろう。
そう、猫たちにとって、彼は、「リング」の貞子みたいなもので、いきなり恐怖が現実味を帯びたのだ。

それ以来、しばらくは、猫たちは軒下に寄り付かなくなり、私の楽しみが、一つ減った感じ。

だいぶたってから、ふと、軒下を見たら、また猫たちが集っていたことがあった。
良かった、また帰ってきた、と思い、しばし窓をはさんで、猫たちと見つめ合った。

ところが。

何の気なしに、窓枠に手をかけた瞬間、だーッと、猫たちは散り散りに逃げていった。
また、窓から人間が這い出てくると思ったらしい。

完璧に、トラウマになっとった。
それ以来、猫たちの姿は、そこから消えた。
猫たちの間では、このことは都市伝説として、語り継がれているのに違いない。


そーいえば、夫は、髪の長い女が嫌いである。
それが、貞子の影響か、過去に髪の長い女にひどい目に合わされたことがあるからなのかは、定かではない。
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