こわい話してもいいですか

日常に潜む恐怖や謎〜ピアニスト蛯名知子の"こわい" 生活

また年明けだよ

また年が明けてしまった。
私の大好きな年末まで、一番遠い時期。
がっくりである。

今年はどういう年かと、色々なサイトで運勢を見たりする。
ものすごーくザックリ言うと、何かと大変なこともあるが、今年のクリスマス、年末は、楽しく迎えられる、とあった。
それを楽しみに、じっと時が過ぎるのを待つことにした。


年明け早々、やばいと思ったことがあった。
連れ合いと、録画してあった洋画を、何気に見ていたときのこと。
ジョディ・フォスター主演で、子供が飛行機の中で、誘拐されるとかいう内容。
始まってすぐ、彼はその映画を見たことがあると主張。
私は、全く、見たことはないと思って見ていた。
すると、彼は、
「子供はあそこにいて、こいつとこいつがグルで、最後はあそこで見つかるんだよ」
などと、見ながら筋を言ってしまうのだ。
見終わってから、私にこっぴどく叱りつけられたのは言うまでもない。
彼は、前に一緒に見たから、また最後まで見ると思わなかったなどと言い、さらにこっぴどく叱られたのだが。

それにしても、私は、全く、見た記憶はなかったのだ。

やばい。
最近、図書館で、前に借りた本をまた借り、途中まで読んでも、それに気づかないこともあるのだ。

思えばあれが始まりだった、などということにならなきゃいいのだが。



そんなわけで、ますます健康に気をつけねば、と、思う年明けであった。

で、最近考えたのだが、健康的な人ではなく、健康な人になりたいという事。

夫は、私から見ると、健康な人だ。
彼は、私のように、「健康になろう」などとはこれっぽっちも考えない。
いつも、食べたいものを食べ、眠くなれば眠る。
例えば、私なら、たまにファストフードやスナック菓子、カップ麺などを食べたくなっても、体に悪いから食べないようにしようと考える。
彼は、それらのものは、まず美味しいと感じないので食べたいとは思わないと言う。
だから、我慢するというストレスがない。
つまり、自らの体の声に従って、体の欲するものを食べており、それがすなわち体にいいものだということなのだ。
私のように、思考を経由してないから、本当の体の声が聞けるというか。

家で作る彼の料理も、塩味がほとんどついていない。
これも、減塩が体に良いからそうしてるのではなく、味付けが薄いほうが、素材の味を味わえ、美味しいから、という理由。

そんなわけで、彼はものすごく健康である。


ふつーに生活していて、体に良いなんて、羨ましい限り。
考える、より、まず感じる。

まあ、私のような知的生物には無理かもな。
つい、考えてしまうから。



って、このテーマも、以前、このブログに書いた気がしてきたんだが!

.....大丈夫か?!

ああ、年末

周知の事と思うが、今のこの季節、すなわち、クリスマスから大晦日にかけての期間が、私が一年で一番好きな季節なのである。

一昨日、お店のママが、
「ああ〜あ、年末で、なんか気ぜわしくて嫌ねえ」
などと、年末好きにはたまらないセリフをつぶやいておった。
普段は、人の集まるところは避けて生きているが、年末感を味わうなら、人混みが一番だな。
デパ地下などに、わざと行ってみる。

先日、付き合いで「大人の恋はまわり道」などという、一人じゃぜーっっったい見ないような映画を、日比谷ミッドタウンで観た。
クリスマスで、イルミネーションも綺麗で、カップルだらけ。
で、その映画なんだが、登場人物はほぼ二人だけで、とにかく、最初から最後まで、ずっと喋っている。
疲れた。
だいたい、日常で、あんなに喋り続けていることなどないから、リアリティを感じない。

と思っていたのだが、昨夜、うちの近所に住んでいるピアニストと、行きつけのバー「ZEN」で、二人だけの忘年会を催したのだが、二人で喋り続け、気がつくと、5時間たっていた。
彼女も、私と同じように、ラインもFBもツイッターもやらない、ガラケー派で、気が合うのだ。
それにしても、5時間とは。

そのせいか、今朝起きたら、喉が痛かった。
これは話し過ぎなのだ、と思いたかったのだが、昨日に限り、R-1を飲んでなかったことに気づいた。

今年の1月、2月は、酷い風邪を引き、参ったことから、冬に入り気をつけていた。
で、二人のミュージシャンが、R-1を飲み続けていると風邪をひかないと言ってたので、数ヶ月飲み続けてきたのに。
それで、昨日までは、周りの人がひどい咳をしていても、全くうつらなかったのに。

これで風邪を引いたら
R-1が効くことの証明になり、
「そんなの、効かないよ」
と言ってた奴等の鼻をあかすことになるが、私は別に、R-1のまわし者ではないので、どーでもよいが。
とにかく、風邪は、引きたくないのだ。

しかし、ああ、喉の痛みが強くなってきた。
どうやら、話し過ぎのせいではないようだ。

...良いお年を(哀)。

今年のマイブーム

あっという間に、師走ではないか。

今年も、一年を振り返る時期になったのだな。

今年のマイブームは、「ブックカフェ」。
実は、今も、新宿の某百貨店の上の方の、ブックカフェでまったりしておるところ。

ブックカフェと銘打ってなくても、近所のコメダなどは、雑誌が豊富で、よく行く。

結局、珈琲とは、お別れはできなかった。
もう、多少、眠れなくなったって、いいもんね。というか、バナナを食べると、睡眠に良い成分が3つも入ってると聞き、毎日一本は食していて、まあまあいい感じ。

前にも書いたが、連れ合いが、珈琲を飲むと、途端に眠くなる体質なんである。
大あくびをして、
「ああ、さっき、珈琲飲んじゃったからなあ」
などと言い、すぐ寝られるし、朝までぐっすりなのだ。
なんとか、彼のような体質になれないものか、と思ってたのだが、無理らしいということが、調べによりわかった。
なんと、カフェイン代謝が良い人と、悪い人がいるというのだ。
カフェイン代謝が良い、彼のような輩は、カフェインで健康になれるタイプで、それは遺伝子で決まってるんだとよ(怒)!


その上、彼は、酒も強く、楽しめるのである。
私なんか、ワイン一杯で、へべれけ状態。
なんて不公平なんだ!


酒といえば、今年は、箱根にある「バーホテル」とやらに行ったなあ。
ホテルのバーではなく、バーホテル。
バーがホテルになっている。
チェックインカウンターが、すでにバーのカウンター。
まだ新しいホテルで、ガラス張りのバーの窓から見る紅葉が美しかった。
温泉もあり、部屋はスタイリッシュで快適。
宿泊代に酒代も含まれているので、この時ほど酒が強かったらな、と悔しかったことはなかった。
でも、まあ、強いと飲みすぎて、体を壊すこともあるだろうから、と自分を納得させたのだった。

それにしても、このホテルには、望むものすべてがあった。
一番良かったのが、プライバシーが完璧に守られてるところ。
部屋のオーディオセットにあった、オリジナルのCDも、センスが良く、くつろげた。
強いて言えば、完璧すぎるところが難点であった。
なんていうか、これから先、もっといいところを探す楽しみがなくなったような。



また、今年は、怖い映画にあまりめぐりあわなかったな、と思う。
というか、自分好みの怖い映画がなかなか見つけられなかった。
先日、「来る」を観たのだ。
途中までは、好みの不気味さがあったのだが...。
えーと、あのワハハ本舗の人、なんて名前だっけ、などと考え始めたら、飽きてきてしまった。
「リング」っぽい日本的な怖さがあり、とっかかりはよかった。
こんなところで、ああ、自分は日本人なのだなあ、と実感したのであった。


そうそう、食べ物も、なんだかんだ言って、和食が一番だな、などと思うようになってきた一年であった。
以前なら、そんなこと言う人って、すげー年寄りみたいと思ってたが、もう自分がそういう年齢になったということだね。笑。


そーいえば、昨日、すっごく久しぶりに、たこ焼きが食べたくなり、買ったら、店員がたこ焼きを渡すときに、
「美味しく食べられますように」
と言った。
お客みんなに言ってるようだ。
私は、毎年、この時期年末ジャンボ宝くじを10枚だけ買うことにしておるが、店員がいつも、
「当たりますように」
と言って宝くじを渡してくれる。
それを思い出し、可笑しくなった。

別れたはずなのに...

また、更新が滞っておりました。

こわい話がないわけではありません。
じつは、本当〜にこわいことがあるのですが、今はここには書かないことにします。




先ほど、SNSをテーマにした映画を観てきた。

先日、S急便を装った詐欺集団からのショートメール、私の携帯にも来たのだ。
荷物があるので、下記のアドレスをクリックして確認しろ、とかいうやつ。
クリックしてしまうと、なんかとんでもないことになるらしい。

ところが、私はiPhoneも使ってるが、そのメールはガラケーのほうに来た。
ガラケーは、メール専用に使っており、それではネットはやらないことにしておる。
迷惑メール対策で。
なので、そこに書かれたアドレスはクリックせずに、詐欺の人にメールを返信したのだった。もちろん、その時は詐欺とは知らずに。
不在時に、何かお届けものを持ってきたのかな、と思い、再配達の依頼をしたのだ。笑。


「荷物は、明日の午前にお願いします。」


詐欺の人も荷物も、来なかったけどね。
もちろん、嘘だから。


私は、目が疲れるし、読書が趣味で、そっちのほうに目の力を残しておきたいので、FB、ツイッター、インスタ、ラインなど一切やらんのだよ。
余計な付き合いも、ストレスの元だし。
メールも、ショートメールが好き。
短くてすむから。
でも、S急便は、ショートメールで連絡などしないらしいから、皆さん、注意しましょう。



ところで、前回、コーヒーとは訣別すると宣言したのだが、やはり、私は意志が弱いのだった。

あれからすぐ、ラテン歌手のHさんから、キューバ土産のコーヒー豆をいただき、飲んでしまった。
それからはもう、坂道を転がるように、毎日、一杯は飲んでいる。

もともと、胃が荒れていると人間ドックで指摘されたのが、今回、コーヒーを止めようと思ったきっかけの一つなんだが、指摘はされたものの、自覚症状はまるでなかったので、やめにくかった。
あと、たまに夜、眠れないことがあったので、眠りの研究をした結果、やはりカフェインは、影響があるということがわかった。

だが、私は、カフェインに勝つ安眠法を、独自に開発したのである。

それは


「寝不足」


これに勝る安眠法は、ないね。

前の晩、どんなに遅く寝ても、早起きする。
辛くても起き、窓を開け、朝日を浴び、朝食を食べる。大豆製品がいいらしい。
なるべく、1日一回は、バナナを食べる。
昼間は、なるべく激しく活動し、体を疲れさせる。
22時以降は、パソコン、スマホはやらない。
興奮する話もしない。
夕飯は、早い時間に軽めで。
入浴は、ぬるめの温度。


こんな感じで過ごせれば、不眠で悩むことはなさそう。まあ、いわゆる、健康的な生活ってやつだ。
そういう年齢にさしかかっているとゆーことだね。
夜遊びは、たまにだけにしよう。



だからね、1日一回の昼間のコーヒータイムは、あっけなく再開したのであった。


話は逸れるが、前に録画しておいた、NHKのAIに聞けとかいう番組を見てたら、AIの集計によると、健康寿命が長い人は、食事や運動に気をつけるより、読書をする人が多いらしい。
特に、図書館に通うのがいいらしい。
というか、図書館に行く人は、他の健康的とされる要素と関連があるらしいのだ。

実は、私も、休みの日は、ほとんど図書館に行く。
家から歩いて20分位なので、ウォーキングを兼ねて。もう、23年位、続いていて、多分、それが、健康の秘訣であろう。
この歳まで大きな病気はしてないし。
ただ、心臓が止まってる、とドックで言われるくらいでさ〜。

もう、さよならだね

暑い。
 大丈夫か、日本。

 暑さで有名になった実家のある館林市、あまり名前を聞かなくなった。

 何故なら、他の地域もみんな暑いから! みんなみんな暑いから!

 蚊も生息できないくらい、暑いんである。


 前回も書いたのだが、この苛酷な暑さに打ち勝つには、十分な睡眠が不可欠である。

 私は、「三年日記」をつけていて、同じ日のことを縦に書き込んでいて、去年のその日、どんな感じかがわかるようになっている。
去年も暑かったが、今年の今頃ほどではなかったらしい。
しかし、バテさ加減は、今年のほうが少ない。

 それは、よく寝ているからに違いない。
 今の私は、良い睡眠を得ることに命をかけていると言っても過言ではないぞ。

 それにしても、三年日記を見ると、去年もその前も、同じようなことばかりしたり思ったりしている。
 ほんとーーに進歩がない。



 三年といえば「3年の星占い」という本が気になっている。

 買うほどではないが、宣伝文句が引っかかる。
 私は水瓶座だが、

「水瓶座の2018年は、本当の人生を取り戻す最初の一歩を踏み出すために、古い武器を手放す」

というようなことが書いてあった。

 なんでも、2020年から2021年にかけて、新しい時間が始まるので、その準備となる今年と来年は、夜明け。

なんとも意味深で、気になるではないか。
 2020年って・・オリンピックにでも出るのか?


で、今年、何か手放したものはないだろうか、と考えてみたところ、今のところ思い当たるものは..,


珈琲、である。


 このブログにも何回か書いたが、珈琲が好きで、20歳くらいから1日も欠かさず飲んできた。
 1日に1、2杯なんだが、何かを始める前とか、シャキッとしたいときとか、食後とかにはなくてはならない愛おしい存在であった。
 美味しい珈琲豆があると聞くと買いに行ったりして、一時はかなり凝っていたっけ。

と書くと、もう珈琲とはさよならしたような口ぶりだが、実はそうなのだ。

 やめてみたら、これが、かなり生活が変わってきた。
 それだけ、支配されていたということである。
 まず、深く眠れるようになり、そのぶん疲れにくくなるので、逆に必要がなくなったというか。
 やめたきっかけは、やはりこの苛酷な夏、眠れないと生き残れそうにないから。
 他にもやめると色々と良いことがあったのだ。



 ただ、好きは好きなので、たまに出先で出されたりしたときは飲んだりするが、例えて言うなら、別れた彼氏にバッタリ会って、まあ、楽しく話はするが、それだけで、また会う約束などはしない、そんな感じ。
好きは好きなんだが。
また、喫茶店で、豆を挽く良い香りを感じたときは、彼(珈琲)との楽しい思い出が蘇ったり。
彼は、「君には俺が必要なんだよ、紅茶とか、緑茶とかじゃ、君は満足できない。必ず俺のところに戻ってくるさ」
 などと言って誘いをかけてくる。
 彼にもいいことろがたくさんあるのはわかっているし。
 以前にも、会うのをやめていた時期もあったが、一回ばったり会ったら、また関係が復活したことが何回かあった。

 しかし、今回は、私は、もう別れを決めたのだ。
 

 
 
 ただ、その「3年の星占い」の言うところの古い武器が、珈琲かどうかは、まだわからない。
 意外と、全く、違ってたりして。

 とにかく、今は、珈琲よ、さよならである。

快眠の条件

 それにしても、暑い。
 というか、湿気がすごい。

 5年くらい前までは、エアコン嫌いで、家では客が来た時以外、全く使わなかった。
 暑いときは汗をかいて、自分で体を冷やすのがばてなくていい、と、このブログにも書いていたと思う。
 エアコンなんてものは、元からないと思え、などと豪語していたな。


 ところが・・。


 今年から寝ている間も、すでにエアコンかけっぱなし。
 26℃の静かめモードで、軽くタオルケットをかけ、寝る。
 これだと、朝までぐっすりである。
 これでわかったことは、夏バテ防止には、まず十分な睡眠が必要だということ。
 暑さというか、湿気があると、寝にくいのだ。
 これだと、中途覚醒もない。
 あと、汗をかきすぎるのも、疲れるようだから、ほどほどに。

 たまに湿気が好きな人もいるが、まれ。
 夫は、6月生まれのせいか、湿気好き。
 生活時間帯が違うので別の部屋で寝ている夫は、どんなに暑くても、エアコンはつけない。
 別の生き物としか思えん。
 彼の場合、仕事等の関係で基本的に寝不足気味なので、暑かろうが寒かろうが、眠れるらしいんだが。


 先日、ちょっと時間ができ、海に行った。
 海沿いの、ペンション風の宿。
 リラックスできる要素に工夫をこらしてあり、とてもよかったんだが、一点だけ、気になったことが。
 波の音が入っているBGMが、ずっと流れていた。
 ギターがつま弾くスローな曲に、波音。
 とても気持ちがよい。
 目の前が海なのだが、意外と本当の波の音は聞こえない。
 
 が、いざ寝ようとすると、それが気になってしまう。
 部屋のBGMは消せるのだが、廊下に流れているのが聞こえてきてしまう。
 音量は大きくはないのだが、他に音がしないと、気になる。
 で、眠れないので、夜中に起きだし、廊下のBGMのスイッチを探しに出た。
 スイッチは、客がいじれるところにはなかった。
 それでもここは執念で、備品が入っている棚を開け、奥のほうに、有線の機械を見つけ出したのだ。
 で、朝まで、その電源を切っておいた。
 幸い、その日の泊り客は他にいなかったのだ。

 睡眠とは、奥深いな、と思う。
 人によると思うが、BGMはどんなに心地よくても、あるとだめだな。
 メロディーを無意識に追ってしまい、眠れない。

 あと、エアコンのタイマーもダメ。
 TVでも誰か言ってたが、タイマーをかけると、タイマーが本当に切れるかどうか、切れるときまで気になって眠れない。バカっぽい。


 そー言えばこの間、最近はエアコンがないと眠れなくなった、と、ご一緒した歌手のかたに話したら、

「それが、トシをとったということなんだよ」

 と言われ・・・。

 その彼も、先日海外旅行から帰ってから、時差ボケが治らず、体調を崩しているといい、前はそんなことはなかったから、トシを感じる、と言っていた。
 適応力が鈍くなったということなのだろうか。
 
 うちの近所の小さな森には、フクロウ(正確にはズク)がいて、毎年、梅雨から初夏の季節になると、夜中にホ〜、ホ〜と鳴く。
 この声を聞くのが、この季節の楽しみなのだが、今年は、あっという間に真夏のような暑さになったせいか、めったに聞けない。
 フクロウも、異常気象についていけない感じで、今年は鳴く隙がなかったようだ。
 つまらない。
 というか、寝るときに、耳をすまして、フクロウの声を無意識に探してしまっている。
 鳴き声を聞かないと、いまいち安心して寝に入れない。
 寝てから鳴いたら惜しいし。

 まあ、その森には1羽しかいないようだから、彼?も、もういいトシなんだろうが、蒸し暑い季節の清涼剤として、私のためにがんばってほしい。
 

 





 

どちらかというと生きてる

久々の更新である。
何故、こんなに滞ったのかというと、ここに書くような、ほどよいこわい話がなかったからに他ならない。

何しろ、ここのところ、色々あって忙しく、いなくなる人が多すぎる。
行方不明とかではなく、この世からいなくなる、という意味。

親戚の叔父、叔母、夫の妹弟、伴奏していた歌手、店のオーナー、昔世話になったバンドマスターなと、ゾクゾク。

そのバンマスの家に、同じバンドにいたギタリストと、御線香をあげに伺った。
私の母と同い年であるそのバンマスのsaxプレイヤーには、本当にお世話になった。
そこでさらに、同時期に、知人のバンドマンが二人亡くなったことを奥様から聞いた。
そのうち一人は、一時期よくご一緒したtpプレイヤー。
少し前には、そのバンド在籍時、ずっと一緒だったギタリストも亡くなっている。
.....どんどん向こうへ行ってしまうではないか。
そういう年代になったということだ。


「あっちで呼んじゃってるのかもね」
「あっちでメンバー集めてバンドの仕事してるかも」
と、奥様としみじみ語り合った。


それを聞いた一緒に行ったギタリストが、

「ってことは、次は俺か?」

と、びびってたので、

「いや、ギターはもう席うまってるから大丈夫でしょ」

と慰めたが、そーするってーと、次はピアノか....

えっ....やばいではないか。



そういえば、心配なことが。

今年は、五年に一度の、大検査祭りの年にあたり、先日人間ドックを受けたんだがね。
受けるたびに、心電図の異常を指摘されており、今回も、再検査の通知が。
24時間ホルター心電図とエコーをやった。
医師が、心臓エコーを見ながら、なんだか悩んでる感じ。

終わると医師が言うには、

「心電図を見ると、心筋梗塞の波形なんだよね。心臓止まってるというか....」

そこで、気を取り直したように、

「でも、生きてるし、まあ、大丈夫」

って...大丈夫なのか、本当に。

「おまえはすでに死んでいる」状態だが、なんか生きてるみたいだから、気にするな、ということか。

これは、15年前に、大検査祭りの年を制定したときから言われてきたことである。
医師に尋ねたら、これからも言われ続けるだろうということであった。

たまにそういう人はいるらしいのだが、誰か、同じようなことを指摘された方がいたら、不安を分かち合いたいので、連絡してほしいものである。


恐怖再び

医者には行かないほうだ。
少々具合が悪くても、自力で治す。
薬も、体に悪いので、極力のまない。

ところか、年明け早々、酷い風邪でダウンした。
いつもなら、咳止めだけ服用して、普段どおりの生活を送るところだが、今回は、食べられなくなった。

私は、どーぉんなに具合が悪くても、食べられなくなることなど、今だかつてなかったのだ。
高熱でも、がつがつ食う。
がつがつ食って、治す。

今回は、その方法が使えず、食べられないことが続いて、動けなくなったのだ。
で、演奏場所に行く途中で、倒れてしまった、

その話を聞いた夫に、無理やり夜間救急病院に連れて行かれた。
その頃には、熱も下がっており、インフルエンザ検査も陰性だった。
血液検査やレントゲンも異常なしだが、とにかく動けない感じで、体に力が入らないので、点滴してもらった。

病院のベッドに横たわっているとき、これと同じようなことが、以前あったなあ、とぼんやり思い出していた。

で、体力を取り戻してから、このブログを読み返してみたら、12年前の2月、やはり高熱で倒れ、夫に夜間救急病院に連れて行かれたとあった。(「サントワマミーの恐怖」)


それで、怖いことに気付いたのだが、今年、私は、大殺界なのだ。
で、その12年前倒れたときも、大殺界!
ぎょえ〜。
そーゆーことは、あまり信じてはいないのだが、そーゆー周期なのかもしれん。

更に、誕生日付近は、やばいと聞いたことがある。
私は、今回、モロ誕生日だった。
誕生日に命を落とす場合もあるそうだ。
恐ろしいことである。

今回は、命拾いしたが、気をつけなければ。
大殺界のときは、変化を求めず、おとなし〜くしてたほうがいいらしい。

しばらくは、そーゆーことなので、じっとしてますから、よろしく。

蟻しかないとき

 また年が明けてしまった。
 大好きな年末まで、一年近くもある。
 それに・・・一月生まれなので、もうすぐ誕生日ではないか。
 まあ、仕方ないか、こればっかりは。
 
 で、この間、近くの警察署へ、免許の更新に行ったときのこと。
 前回、視力に自信がないことを書いたが、そのせいで免許が更新できなかったら・・と不安だったが、とても簡単な検査だったので、軽くクリア。
 人が多いので、どんどんこなしている感じ。
 
 講習後のビデオなんかも、前回の更新時、非常に後味の悪い感じで楽しめたので、楽しみにしていたのだが、今回のはドラマとしてはあっさりしすぎていて、つまらなかった。

 まあ、それはいいのだが。
 免許証ができるのを待っていたら、さきほどの視力検査のところで、70代くらいのおじいさんが、なにやら手間取っているのが目に入った。

検査は、機械の穴を覗き込み、○印の開いている方向を答える簡単なもの。
おじいは、一生懸命、穴を覗き込むのだが、よく見えない様子。
「小さな蟻がいるようにしかみえないんだが」
などと、ブツブツ言っとる。
で、係員が、
「大きな声で」
と促すと、

「蟻!」

と叫んでいた。

「上下右左で答えて下さい」
と係員。

すると、おじいは、
「わかりました」
と答えるも、気をとりなおし、機械をよーく覗き込んだ後、大きな声で、

「蟻‼︎」

係員は、困った様子。
おじいの後ろには、ズラ〜ッと沢山の方々が順番待ち。
とっとと済ませたいところ。
それで、なんと、

「これね、上なんだけど。上に見えないかなあ」
と言い出す始末。
それでも、おじいは、首をかしげておる。

「上だよ、上。これわからないと、更新できないんだよ」
と、おじいを急かす。
が....。
おじいは、一生懸命、目を凝らすが、駄目なよう。
「じゃあ、ちょっと休んで、再度挑戦して」
と係員。

いや、この段階で、運転は無理でしょう、フツー。

おじいは、最後まで
「蟻にしか見えないんだけどな」
と呟いておった。




その後、おじいが免許を更新できたかどうかは、わからない。
しかし、こんな感じで、万が一、更新できてしまうようなら、ちょっと怖い。


 

やるせない年の瀬

 あっという間に年末ではないか。

 今年がどーゆー年だったのかを思いだそうとしても、それが今年のことだったのか、昨年のことだったのか、10年前のことだったのかが、もはや曖昧である。

 明らかに今年やったことといえば、コンタクトレンズを、ハードからソフトに変えたこと。
 このブログを始めたころ、「細胞が死ぬぞ」というタイトルで、ソフトを使い続けると酸素を通さないから目の細胞が死に、一度死ぬともう生き返らない、と眼科医に言われたので、ハードにしている話を書いた。
 ところが、近年、加齢のせいか、ドライアイになり、ハードがつらいことがあり、眼科でソフトを入れたら楽だったのだ。
 で、どの位、細胞が死んでるのか、検査してみたら、意外にまだけっこう生きていることが判明。
 それで、使い始めたのが、アルコンのワンデーの遠近両用のソフト。
 これは、ワンデーの中では、一番酸素を通すらしいから。
 ものすごく、快適。
 
 だが、私の場合、老眼もあるが近視の度合いが半端じゃなく、そのレンズで一番強いものでも、遠くがよく見えない。
 だから、まあ、見えるものだけ見て、なんとか日常を過ごしている。


 ところが・・・・。


 先日、私独自の風邪の初期症状である異常食欲が、私を普段行かない、某天丼のチェーン店へと導いた日のこと。
 メニューをよく見ずに、
「天丼、ください」
と言って、カウンター席に。
 すると、店員の女の子が、
「はい、お天丼ですね」
と言う。
 天丼に「お」をつけるなんて、丁寧なやつだな、と思い、待った。
 しばらくして、男性店員が、天丼をもってきて、
「お天丼です」
と、またもや丁寧語。
 少し不審に思いつつも、食す。
 
 ・・・なんか、小さくね?

と、思ったが、ここでさきほどの話が関係してくるのだが、コンタクトレンズを変え、遠近両用のせいで、小さく見えるのだと思い(遠近法?)、気にせず食べるも、あっという間に完食。

 なんか、食べ応え感から察するに、やっぱり少ないのでは、と思って伝票を見て愕然。
 そこには「小天丼」の文字が。
 「お」ではなく、「こ」だったらしい。
 紛らわしいっ! 「しょう天丼」とか、「天丼のしょう」とか言うんじゃねーのか、フツー?!
 がっつり食べたかった日だけに、納得がいかず、やるせない気持ちで会計。



 また別の日。
 私独自の風邪の初期症状である異常食欲が、私を小田急デパートレストラン街の鰻屋へと導いたときのこと。
 ここは美味しいのだが、うな丼が出てくるのがちょっと遅い。
 すきっ腹に、連れと日本酒を飲んだりして待ち、酔ってしまった。
 で、うな丼を美味しくいただいたところまではよかった(フツーのサイズだったし)。
 風邪には、もっとヴィタミンCを摂らないとな、などと都合のいいことをつぶやきながら、同じ階のフルーツパーラーへ。
 あまおう苺パフェでしっかり栄養補給し、ご満悦で、会計前に私だけトイレに行った。

 ところが。

 トイレから出て、店に戻ると、元の席に連れがいない。荷物やコートもない。
 不審に思って、あたりを見回していたら、お店の人もなんか不審顔。
 ・・・なんと、私は鰻屋に戻っていたのだった。

 
 こーゆーのは、遠近両用のコンタクトレンズのせいか、はたまた酒に酔っていたからなのか。



 いずれにせよ、慌ただしい年の瀬である。
 なんとなく、もう自分を信じられなくなるような、やるせない出来事であった。

 

怖いのがお好き

以前、書いた、喋る空気清浄機だがな、最近、歌も歌うんだよ。

「 🎵プラズマクラスターはシャープだけ〜」

まあ、CMなんだけどさ。
で、「お知らせ」というボタンを押すと、歌うので、ふざけて何回も押し歌わせてたら、五回目くらいに、

「もうええやん!」

......。

絶句してしまった。
しかし、何故、関西弁なんだよ?
この間は、「ふぁ〜あ....」と、あくびしてた。
嘘っぽいんだが、本当なんである。


ところで、上野の森美術館で開催している「怖い絵展」、すげー人気らしい。
私も、平日ならすぐ入れるかと思って行ったら、長蛇の列。
入場に80分かかると言われ、断念。
再度、別の日に、それも前夜、上野のビジネスホテルに宿を取り、開場前に行った。
それでも、既に列が。
結局、おにぎりを食べながら40分並んで、やっと観た。

並んでる人、女性が多い気がした。
申告してないが、怖いものが好きな人は多いのかもしれん。
知り合いの歌手のかたも、怖いのは嫌い、と言ってたのに、怖い絵の画集は持ってると言っていた。
今回の、「怖い絵」のみの展示というコンセプトは、わかりやすく、良いと思う。
この際、「後味の悪い絵展」、「薄気味悪い絵展」、「何故かはわからないがなんとなく嫌な絵展」など、続けて開催してほしい。

「怖い絵展」のメイン作品である、「レディ・ジェーン・グレイの処刑」だが、最初、全く知識がなく、目隠しをされた少女が手を伸ばしている箱のようなものの中に、毒蛇かサソリか何かが入っているのかと思っていたが、解説を読んで、処刑されたあとに首を置く台だとわかった。
残酷だが、蛇やサソリの毒でじわじわ死に追いやられるよりは、どうせ殺されるのなら一瞬で終わったほうがいいかも。
しかし、目隠しというのが、ミソだな。
想像力がかきたてられ、恐怖が倍増。

ゆっくりじっくり観たかったが、とにかく人が多すぎ。
でも、最後の作品までちゃんと観たいと思わせられた展覧会は、珍しかったかも。
怖いものの力って、凄いな。


話は変わるが、久しぶりに映画を観た。
「IT」。キング原作。
殺人ピエロが、その子が怖いと思うものを見せ、恐怖におとし入れていく。
そのピエロが、嫌な目付きなんだが、途中で、誰かに似ているな、と思って考えたら、知り合いのNさんだと判明。
Nさんは、知り合いの70代の女性で、おでこが広く、髪が左右に分かれ縮れており、声に特徴がある。
Nさんは、気さくでいい人である。




本当に怖い消費期限切れのもの

「 ♪ この夏は館林には参りません、過酷な暑さに立ち向かう準備もできたのに...」
( 「想い出のサントロペ」のメロで)


少し前まで、こんな心境であった。
だって、涼しかったじゃん!(怒)

実家のある群馬県館林市に、毎年夏に行くのは、ひとえに日本一を誇る、あの気の狂ったような暑さを味わうためなのだ。
いわば、怖いもの味わいたさ。
それが、一昨日まで、真夏とは思えない涼しさであった。
それも、梅雨のように、優柔不断に降ってみたり、ちょっとやんでみたり!(怒)
本当に、昨今の天気には、うんざりし、帰郷する気も失せたというわけ。
昨日あたりから、また暑くなってはきたが、遅すぎ。
私の過酷な夏に立ち向かう計画が、台無しである。


実は、今年は、もっと早い時期 (前回、更新したころ) に、帰郷するつもりでいた。

行こうとした少し前に、喉がちょっとヒリヒリしたので、久々に風邪をひいたと思い、以前よく使っていた、ブラジル産プロポリス液を、喉にスプレーして寝た。
これをしておくと、大抵、すぐ治るので。

ところが。

翌朝、起きたとき、喉がかなり痛くなっていた。
で、本格的に風邪を引いたと思い、館林行きは取りやめたのだ。
それで、更に、何日か、プロポリスをしっかりスプレーして就寝。
なのに、喉の痛みは日に日にひどくなり、喉の周辺まで痛くなってきた。
それに、熱や鼻水など、風邪の他の症状がない。
不審に思い、プロポリスの容器の裏を見ると....


消費期限が、切れておった。
2年くらい。

ギョエエー。

このせいで、喉の痛みが悪化しておったのだ!
恐ろしいことである。

てゆーか、これくらいで済んで良かった。
消費期限切れの風邪薬で、病気になり、命を落とした人の話も聞いたことがある。
普段、薬はのまないので、期限など気にする機会がないから、注意が必要である。


さらに、先日、私を驚愕させる出来事が。

近くの酒屋で、輸入もののナチュラルチーズを安売りしていた。
色々なチーズが、よりどり三つで千円。
買って、ワインのお供に楽しんだ。
一つ残ったので、冷蔵庫に保存していた。
しばらくして思い出し、その一つの包みを開け、食べようとし、何か違和感を感じた。
「青カビのチーズだっけ?」
いやいやいや、普通のカマンベールだったはず!
自分で青カビチーズにしてしまったのだ。
ギョエエー!
やはり、これだけ湿度が高いと、冷蔵庫もあまりあてにならないということか。

学生のころ、母の実家に下宿していたとき、叔母と住んでいたが、彼女がよく、

「冷蔵庫を過信してはいけない」

と、呪文のように言っていたが、改めて名言だ、と気づかされた、今年の夏であった。

避暑地の猫

こーなったら、この狂ったような暑さを、思いっ切り楽しむしかないんだと思う。

そもそも、私は、夏が大好きなのだ。
だから、一夏中に、夏らしいと思えるすべてのことを、やり終えて、夏を終えたいのだ。

「花火」は、この間、家の二階から見た。
「夏祭り」は、近所のマンション主催の小規模なやつにこっそり参加した。
「海」は、今月末に、行く予定。
「冷やし中華」、今回は、結構早く食した。
「鰻」は、二回食べた。 ちなみに、私は、町田の小田急百貨店のレストラン街にある「双葉」の鰻丼が一番好き。
「枝豆」は、この時期、主食といってもいいくらい、食べる。家の冷蔵庫に沢山常備してあるにも関わらず、居酒屋に飲みに行っても必ず注文してしまう。以前、夏バテして食欲が全くなくなったときでも、枝豆とトウモロコシだけは食べられた。まあ、今は、何があっても食欲が落ちることはなさそうだが。
「スイカ」、自分では買わないが、某店の賄いで何度かいただいた。

好ましくないものでは、「夏風邪」。まさに今、かかっておる。
暑いのは大丈夫だが、湿気が耐えられず、寝るときにエアコンをかけたのがいけなかったらしい。
まあ、これは夏の嫌な風物詩。

ところで、夏らしいもので、肝心な事が抜けているのにお気づきのことと思う。

「怖い話」

このところ、更新が滞っておることでおわかりだと思うが、ないのである。
これといった怖い話が。

毎年、いかにも夏!という感じの怖い映画が上映される時期だと思うのだが、今のところ、見当たらないではないか。これからなんですかね?

仕方ないので、小説新潮の怪奇特集号を買い、読んだりしておる。
(最初の内田百間みたいなのと、帰省する人何人かで高速代を割り勘にし車で高速を飛ばすも、よく知らない人同士で、えっあの方あなたの知り合いじゃないんですか、いや誰誰の紹介で初対面なんだよ..みたいなのが、面白かった)


話は違うが、先日、凄まじい猫同士の闘争現場に遭遇した。
うちの裏に、小さな廃屋があり、その軒下の隙間が日陰になっていて、ここいらの野良猫にとっては最高の避暑地らしく、よくそこで彼らが寝ているのを見ていた。
(うちの周りには、とにかく猫が多い)
子猫のうちは、そこで仲良く3、4匹でくっついて寝ていたが、あっという間に兄弟とは別の部屋を欲しがるくらいに成長、さらに自分のテリトリーを主張するくらいに大人(大猫?)になった。

で、その日は、物凄い唸り声がしたので、家の裏に出てみた。
二匹の大猫が、例の避暑地で、つかみ合いのケンカをしておった。
彼らは野良なので、普段は私が側に行くと、ささっと逃げる態勢を取るのだが、近寄っても気がつかないくらい、白熱しておる。
初めていわゆる猫パンチなるものを間近で見た。
引っ掻いたり蹴り上げたり、噛み付いたりと、なんでもあり。
猫の毛が、そこらに舞っていた。
「ちょっと! もうやめなさいよ!」
と、制裁に入ってみたが、全く効を為さないどころか、おまえは引っ込んでろ的な一瞥を差し向けられただけであった。

避暑地をめぐっての、一対一の真剣勝負、であった。

そのうち、一匹が、軒から宙釣りに!
よくドラマである、腕だけの力でビルの屋上からぶら下がってる状態。
息をのむシーンである。
もう一匹がどうするか、思わず見入ってしまった。
映画なんかだと、上にいるやつが、ぶら下がっているやつを間一髪のところで助けるか、はたまた更に攻撃して落とすか、というところ。
果たして猫は...!?


結果は...非情であった。
ニャンニャンニャン!と、ぶら下がっていた猫を、上にいる猫がぶっ叩いて、下に落としてしまった。
あーーっ、と思ったが....

落っこちたやつは、何とか態勢を整えた。
まあ、猫なんで。
ただ、落ちた方は、明らかに敗北を認めた表情で、すごすごと去って行った。
上に残った猫は、それはもう、荒い息だが勝ち誇った顔。

そのとき、ふと、私はある人のことを思い出したのである。
本当に、ふと、という感じ。
その、勝ったほうの猫の、「どうだ!」と言わんばかりの、マフィアのボスのような凄みのある表情。
以前、このブログにも何度か登場しているTさんにそっくりではないか!

実は、Tさんとはここのところ、ご無沙汰なんである。
彼は、うちの母と同い年のサックスプレイヤーで、昔、とても世話になったが、ご一緒する機会がなくなって、年賀状をいただく程度。
正直、思い出したのも久しぶり。

ところが。


その猫の喧嘩を見た後、ある場所でご一緒したベーシストのKさんが、気になることを口にしたのだ。

「最近、Tさんに会った? 少し前に入院してたんだって。何キロも痩せちゃって...」

なんだかびっくりした。
Tさんって、頑丈そうで、病気なんてしなさそうだったから。
なんの病気だったかは、教えてくれなかったそうだ。

気になる。

虫ならぬ、猫の知らせだったのだろうか。

侮れない山下り

何回も試み、挫折している運動の定着化。
もう、ホント、なんでもいーからやらなきゃ、という時期にきておる。

私など、全日本ガリガリクラブの会員だったのは、はるか遠い昔のことなんだが、夫はいまだに正会員。
とはいえ、先日、人間ドックの際、運動不足を指摘されたようで、何かしなければいけないと思い始めたよう。
で、このあいだ、勝手に「体力作りの日」を設け、手始めに催したのは、近場の「大山」に登る会。


大山には、小田急線で伊勢原まで行き、バスでケーブルカーの駅まで行き、そこから登る。


私は、大山は2度目。
1度目は、20年以上前、両親と三人で来た。
ものすごく急な長い階段があるのだが、両親とは親と子ほどの年の差があるにもかかわらず(当たり前か)、私がすぐにバテていたのに、二人はスタスタと軽々階段を登っていき、そのときの屈辱が記憶に残っておる。

で、今回。
このところ、腹周りの充実を感じ、スクワット等を強化しておったので、意外にも、ラクに登れたのである。まあ、途中、ケーブルカーも、その、使ったんだがね。

で、名物の豆腐等を食べ、買わないが、一応、お土産屋ものぞく。
すると、店に、妙な暖簾が。
「ソメール? いや、ルーメソか?」
「それって何? 美味しいのか?」
と、好奇心がもたげた。
よくよく見ると、「ラーメン」であった。
裏返しになってる上、風に翻っておったのだ。

さて、豆腐ソフトクリームでも食べながら、あとは山を降りるだけだな、と気軽に考えていた。


ところが。


女坂と男坂があり、女坂のほうには、渡る時喋ると災難が降りかかる橋や、触ると目の病が直る岩などの七不思議があるというので、そちらを降りることに。


それが!
とっんでもなく足に優しくない坂であった。
高さも大きさも一定ではない、ゴツゴツした岩だらけの、かなり急な坂で、足を踏みはずそうものなら、転倒し、転げ落ち、頭を打って大変なことになりそう。
人気もない山の中だから、救急車なんか呼べないし、スマホのGPSも、磁場の関係かしらんが、不能状態。
降りだしてすぐ後悔したのだが、また急な坂を登って戻る元気も既になし。
仕方なく、一歩一歩踏みしめて降りる。
すると、ところどころに、「熊目撃」の看板が!
こんな足場の悪いところで熊に出くわしたら....!
私の頭には、熊と絡みあったまま、深い谷底に真っ逆様に落ちていく自分の図が。

喋ってはいけない橋を渡るも、疲労で口などきけん。

やっとの思いで下山。
やはり坂を降りてきた観光客が、
「山登りじゃなく、山下りに来たって感じ」
と呟いていた。



教訓としては、「下りを侮るなかれ」 である。
このぶんじゃ、「体力作りの日」は、今回限りになってしまいそうな危惧を感じておる。

よくしゃべる奴のその後

前回、よくしゃべる空気清浄機を購入した話を書いた。

その後も、朝、スイッチを入れたときから、夜、停止ボタンを押すときまで、何かというと、話しかけられている。

必ず言うのが、
「タンクに水を入れてくださいね」
というやつ。
これは、加湿もできるタイプなので、水を入れないとそれが出来ないと言っているんだが、うちは加湿は別の方法でしているので、こいつには水は入れるつもりはないのだ。

で、水を入れろと言われても、無視していたら、ある日、

「....タンクに水を入れなくて大丈夫かなあ....」

と、つぶやいたのだ。
なんか、ものすごく、人間的で、ちょっと怖かった。

また、夫が夜、1人でいるとき、リビングでため息をついた途端、
「今日も、一日お疲れさまぁ」
などと、絶妙なタイミングで、ねぎらわれたという。

やはり、こちらの様子を伺ってしゃべっているとしか思えん。

この空気清浄機は、店にある中では、割と高額だった。
それでも購入に踏み切ったのは、フィルターを勝手に掃除してくれる、という点に惹かれたのだった。
確かに、たまに、
「フィルター、掃除しておくね♪」
と言って、やってくれてるようだが、こうも喋ると、セルフクリーニングよりも、人間らしく喋る技術を搭載したために高くなったのでは、と思ってしまう。
そんなにフレンドリーでなくてもいいんだけどな。



で、先日のこと。
二階の部屋でくつろいでいたら、階下で、いつものように空気清浄機が何か喋っているのが聞こえた。
通常、二階までは、その音声はあまり聞こえない。
ところが、だんだん、その音量が、大きくなってくるような気がした。
さらに、ガタッ、ガタッと、なにものかが階段を登ってくる気配が。
そして階段のほうから、
「タンクに水を入れてくださいね」
との声が。
一緒にいた夫と顔を見合わせ、
「ち、近いな...」
と彼が言ったのと同時に、部屋の入り口に階段を登り切った空気清浄機の姿が!

「空気の汚れ、綺麗にするね♪」

ぎゃあぁぁーっと、夫と二人で叫んだところで、目が覚めた。

夢だったのだが、あり得そうな感じなんである。


よくしゃべるやつ

家の中を少しは綺麗にしようと思いたち、空気清浄機を買った。

ルンバにしようか迷ったが、ルンバを使うなら、まず片付けなきゃならんな、と思い、空気だけでもきれいにしようと思ったのた。

取説をまだちゃんと読んでないので、初期設定のままだが、これがものすごくよくしゃべるんである。
近頃の家電って、こうも喋るものなのか。

まず、スイッチを入れると、「頑張ります!」と、やる気を表明。
しばらくすると、「イオン、出てるよ^_^」 「空気の汚れ、見つけたよ。きれいにするね^_^」 「きれいになったよ^_^」
と、いちいち報告。
夜、停止ボタンを押すと、 「またねっ^_^」。

で、ある夜、夫と、「なんか、やたらフレンドリーじゃね?」「だね。タメ口だし」
などと話してたのだが、その後、使ったときには、「ありがとうございました。また使って下さい
」 と、言葉使いが丁寧になっていた。
.....こっちの話を聞いているのだろうか。

また、特に言うことがないときなど、
「うーーん、いい空気!」 「今日もお疲れ様ぁー」
などと話しかけてくる。
そのうち、長く使わなかったりしたら、
「なんで使ってくれないんだ」 「僕じゃだめなんですか。ルンバにすればよかった、なんて思ってるんでしょ」
なんて言いかねない。


そういえば、これを買いに、ヨドバシカメラに行ったら、階段脇に、ロボットが設置してあり、1人の中年男性が、サシで話し込んでおった。
何気に聞いていたら、彼らはかなり深い話をしておった。
男性は、恋愛の相談を、ロボットにしていたようなのだ。
恋人が欲しいが、どうしたらよいか、というような。
ロボットが、男性に、血液型や、好みのタイプなどを訊き、男性が答えると、「なるほど、なるほど」と、考えている様子。
で、いろいろ話し、最終的に、男性がいつ頃、彼女ができるかを尋ねたところ、な、なんと、ロボットは、
「残念ながら、今世は無理。あなたのモテ期は来世です」
と言うではないか。

悲しみに打ちひしがれた男性に、ロボットは更に、
「でも、あなたと私、結構気が合うと思いませんか」
などと、あまり慰めにならない言葉で慰めていた。
この際、そのロボットを購入し、毎日お話しして、寂しさを紛らわせよ、ということなのかい。
いっそのこと、家族が欲しい人は、何台か購入して、一緒に暮らしたら、と言うと、夫が、
「いや、それ、すっごく寂しいと思う」
と言った。


先日、弾きに行っている店のママが、
「◯◯さんから夜電話がかかってくると、話し出したら止まらなくて。もう、うなづくだけで疲れちゃって。どうせ聞いてほしいだけなんだから、うなづくだけの機械とかないかしら」
などと、ぼやいていた。
確かに、女同志の長話は、聞いてもらいたいだけのことが多い。
相談といっても、答えは既に出ている場合が多々ある。


まあ、生身だと、「あんたのモテ期は来世」なんてズバッと言って、話を終わらすことはなかなかできないしね。

スパイになってみる

ついこの間、映画「マリアンヌ」 を観に行った。

あ、ネタバレなので、観に行く予定の方は、ここでさようなら。

映画券を貰い、私好みの怖い映画じゃないが、これなら夫も行くだろうと思い、一緒に行った。

結構、良い映画だった。
スパイになるのは、大変だな、と思った。
頭がよく、記憶力があり、演技力はもちろん、運動神経もないと。

一緒に行った夫は、観た映画などに尽く感化されやすい。
映画を観た後、私が何か不都合なことをしたり言ったりすると、
「スパイはそんなことしない」
「スパイはそんなこと言わないよ」

などと、たしなめるのである。

いや、だから、私はスパイじゃないんだから。


まあ、夫婦どちらかが、敵(?)のスパイというのも、夫婦間に緊張感を生んで、いいのかもしれん。
倦怠期の夫婦には、おすすめである。

といっても、そろそろスパイになってみようかな、と思って急になれるものではない。

この映画では、指定された曲を、妻がピアノで弾けなかったから、スパイであることがバレたのであった。
思わぬことでバレるものである。
それさえクリアしていれば、決定的に夫にはバレなかったのに。

うちの夫は、その件に関して、
「スパイなら、ピアノくらい練習しとかないとなっ」
と、手厳しい。
でも、そんなこと言ったら、すべての曲を弾けるようにしておかねばならず、不可能ではないかと思う。
まあ、映画では、指定された曲がフランス国歌だったから、単音ででも
弾いちゃえばよかったのに、と思ったりもするが。
あまりにもヘタで、つっかえつっかえじゃ駄目なんだろうな。
適当にガンガン弾いて、相手に不審がられたら、
「こーゆーアレンジなんだよっ! フリージャズ的なオリジナルのなっ!!」
と強く出るのはどうだろうか。
相手が判断に困るような感じに。


スパイといえば、どこのうちでもやってるように、うちも、家族の間で合言葉を決めている。

「ヤマ」と言ったら、「ネコ」。
「カワ」と言ったら、「ウソ」。

山猫と、かわうそである。
「ヤマ」と言ってみて、「カワ」と返ってきたら、そいつは敵のスパイであるから、玄関のドアを開けてはいけない。
以前、書いたように、たまに夜中などへんな時間に、玄関のベルが鳴ることがあり、そういうときに外にいる者を判断するために使おうと思っているが、まだ使ったことがない。
だって、大抵、機械の誤作動だから。
それに、こーやって、ここで公表したから、新しい合言葉を考えねばならないしな。

今年は何年?

昨年の暮れから、「今年の小ニュース」を書こうと思っているうちに、年が明けてしまっていた。
まあ、ニュースといっても、自転車に乗って転んだことぐらいなんだが。


今年は、身体の老化をちゃんと自覚し、夜遊びを減らし、睡眠をしっかりとりたい。
すでに、体力の限界を感じ、行きつけのバー「Z」にも、前ほど頻繁には行かなくなってきていて、昨年の暮れに久しぶりに行ったとき、店長のKさんに、
「今年はいつまでやってんの?」と訊いたら、
「そんなこと訊いたって、どーせ来ないんでしょっ!」
などと言われてしまった。
で、帰るときに、
「来年はいつから?」
と訊いてみたら、
「だから言ったって来ないんでしょっ!!」
..... なんか、拗ねてるようであった。
だって、まあ、健康第一ですから。



正月早々、夫の姪の結婚式に出席した。
ホテルでの、すごくマトモな、一般的な披露宴であった。
美味しいコース料理の中に、生ハムメロンならぬ生ハムネギがあって、微笑ましかった。
埼玉の深谷だったので、深谷ねぎ。
新郎新婦が、各テーブルをまわる記念撮影のコーナーでは、強制的に猫の耳を着けさせられ、カメラに向かって、「にゃ〜」。
60代くらいのお父さんとかも、耳をつけ、「にゃ〜」。
これも、深谷ならではなのか、と思っていたら、新郎新婦が無類の猫好きだとか。
すっかり、今年は猫年なのだな、と思い込まされた。



その後、初詣に行こうということになり、飽きっぽいので、毎年、違う神社に行くことにしていて、今年は、バスに乗って、「亀が池八幡神社」に。
空いていて、綺麗で良い神社であった。
そこかしこに、亀の絵などがあり、帰るころには、すっかり今年は亀年なのだと思い込まされた。


今年の運勢は、と、いつもここで、占いなど見るところだが、あまりにも昨年から地続き感があって、特に今年だから、とかいうことには、興味がわかなくなっている。
前にも書いたんだが、ずいぶん前に、横浜のライブハウスに来ていた、人相を見るというお客に、「凄く良い人相をしているので、あなたは一生ハッピーだよ」 と言われた。
で、少し前に、都内のシャンソニエに来ていたお客に、また同じことを言われたのだ。
どちらも、確固たる確信を持った言い方だったし、良いことなので、今のところ、それを信じることにしている。



あと、マイブームなのは、茹で卵占い。
卵を茹で、殻を剥く時に、スルッとうまく剥けた日は、当然、ラッキーデーである。
卵の神様に見守られ、穏やかに1日を過ごすことができるでしょう。
ていうか、要するに、これは、自分のその時の精神状態を表しており、イライラして精神が落ち着かない日は、茹で卵も、殻と白身がくっついたり、殻が細かく割れたりして、うまく剥けないのである。
まあ、茹で時間とかにもよるが。
うまく素早く綺麗に剥けた日は、精神的に落ち着いているということである、と勝手に判断をしておる。




占いといえば、先日、電車に乗ろうと、ホームに立っていたら、後ろに並んでいたご婦人二人が、子供の頃の共通の知り合いの話をしていた。
その知り合い、手の指と指の間の、いわゆる?水掻きの部分が、ひとより大きいことで有名だったが、大人になって、前世を占って貰ったら、カッパだった、と片方のご婦人が話していた。もう一人の方も、それを聞き、やっぱり〜、と眉をひそめていて...おもしろかった。




家に帰る途中、近くの川を眺めたら、海に近いわけでもないのに、カモメが沢山いて、鳴き叫んでいた。
シラサギも山ほどいて、会議かなんかを開いていたが、カモメがそれを邪魔しており、小競り合いが勃発している。


やはり、酉年なのであろう。


人間ではない何か

たまにTVで見かける、あるCMのことなんだが。

それを見ると、何故か、ゾーッとする。

不動産屋かなんかのCMで、中に人が入ってるマスコットの人形?が、バスに乗ろうと懸命に走って、転ぶが、なんとか追いつき、バスに乗り込んで...というような、全く、怖いと感じる要素はないCMである。
でも、それを見ると、なんとなーく、ゾクッとするのだった。

自分の記憶に、そのCMと似た場面で、怖いものがあるらしい、と思って、それが何なのか、探って見たところ... 判明した。

「惑星 ソラリス」


タルコフスキー監督の、旧ソ連の古い映画で、子供の頃、家のTVで観た。
その中に、ある怖いシーンがあって、先ほどのCMが、それを思い出させるのだ。

だが、あまり昔のことで、どういった内容か、まるで覚えていなかった。
その問題のシーンのみ、怖かったせいで、朧げに覚えていたらしい。

そう思ったら、確かめたくなり、ネットでググったら、youtubeで全篇観れた。

惑星ソラリスを探索中の宇宙ステーションに、主人公の心理学者が調査のため、派遣される。
そこで、いないはずの人物の出現など、不可解な現象に出会う。
彼の場合は、10年前自殺した妻だったが、宇宙ステーションに滞在しているメンバーにもそれぞれおなじようなことが起こっており、翻弄されていた。
メンバーのうち1人は、自殺していた。
それらの現象は、知性を持つソラリスの海が、人間の心を読んで、作り出している、といったような内容。

全体を通して、重く、不気味で、良かった。
一番、嫌な感じだったのは、最初に、主人公が、ステーションに滞在している学者だかを訪ねて行ったてときの、後ろのハンモックがへんに揺れているところ。
「何か」が絶対いる気配がしてるのに、学者だかが、執拗に隠そうとして。

で、問題の、CMと似ている場面は、一瞬なんだが、いないはずの子供が、とととっとドアから外に、走り出して来るところだった。
驚く主人公からは、すぐ隠されてしまうから、よくわけがわからないので、そこがまた怖かったのだと思う。
何故か、そのシーンだけが、記憶に残っていたのだった。



あらためて観てみると、全く、似てはいない。
強いて言えば、共通点は、人間ではない何かが、転がるように、こちらに向って走ってくる、という感じ、であった。
とにかく、あのCMは、なんか、怖い。


想像の世界に迷いコンダラ・・・

 スタバに来て、苦いクリスマスブレンドを飲んでいる。

 BGMが、もうクリスマスソング。
 昨夜、行ったバーなども、しっとりとしたストリングス系のスローなクリスマス曲が流れていて、ほんとーーーに冬が更けていく感じだった。
 それどころか、デパ地下では、もうおせちの予約受付が。
 写真屋さんの店頭には、年賀状印刷の案内の登り。
 もう、今年も終わったも同然だな。
 よいお年を。



 先日、新聞を読んでいたら、「コンダラ」のことが載っていた。
 
 アニメ 「巨人の星」 を見ていた当時の子供の8割が、主題歌、「♪ 思い込んだら、試練の道を〜・・・」
 の冒頭を、「重いコンダラ」だと思っていたというのである。

 で、彼らは、「コンダラ」とは、主人公の星 飛雄馬が、グラウンドで引っぱって体を鍛えている、重いローラーだと解釈していたという。

 ・・そんな解釈?があったとは、知らなかった。

 その話を、バーで、知り合いにしたところ、

「えっ、コンダラでしょ、子供のころ、校庭になかった?」

 と言うではないか。

「まあ、野球部員じゃないと、知らないかもね」
 と言われ、当惑。

 ネットで調べたら、その思い違いから派生して、整地ローラーのことを、俗称として「コンダラ」と呼んだりするらしいということがわかった。
 なるほど。


 で、私も最近、運動不足なので、コンダラで体を鍛えようかな、などと話しているうちに、、通販で買うなら、まずは初心者用の10Kgのコンダラからで、慣れたら20Kg、30kgと重くしていくといい、などと、話が発展。

 さらに、コンダラにも、いろいろ種類があって、「使いコンダラ」、「ふさぎコンダラ」、「しゃがみコンダラ」、「倒れコンダラ」、「寝コンダラ」・・・など、豊富です(なぜかネガティブなコンダラばかり、思い浮かぶ)。

 現実には、ずいぶん前に、アマゾンで2Kgのダンベルを購入したのだが・・・・本棚の上にオブジェとして飾ってある。


 
 そーいえば、前にもいろいろ書いたが、歌詞の勘違いって、山ほどある。

 以前、書いたと思うが、カンツォーネの「ピノキオへの手紙」 だが、

 「♪ ・・ずるいあの猫や、親切なコオロギや、妖精はどうしているの・・・・」

 のところだが、私は、ずっと「妖精」が、「余生」だと思っていた。

 その曲を聴くたびに、年老いたコオロギが、盆栽を楽しんだり、縁側で将棋を指したりして、穏やかな老後を
過ごしている図を想像していた。


 ずるいあの猫は、歳をとって、性格が丸くなり、農協で畑を借り、野菜でも作っているのだろうか。
 いや、いじわるな姑になって、嫁いびりに精を出しているかもしれんな。



 

 


 
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