そのとき、四谷三丁目のモスバーガーで、窓から見える向かいの交差点の、信号が変わるのを、店内で待っていた。
 寒いから、青に変わったら、出ようと思っていたのだ。

 おしるこをコーヒーとともに食し終わり、某ライブハウスにそろそろ向かおうと思っていた矢先だった。
 その日は、3時からの、歌のレッスンピアノのために、そのお店に行くことになっていた。

 普通の地震かな、と思っていると、すぐに揺れは大きくなり、見ると、交差点の信号機が大きく揺らいでおり、車がすべて、改造車のように上下していた。
 モスの店員が、
「外に出て、建物から離れてください!」
 と、叫んでいる。
 
 地面が揺れている!

 そこらの建物の中にいた人たちが、皆、外に出て、上を見ている。
 近くの高層ビルが倒れないか、不安なのだ。
 揺れが、なかなかおさまらないのが、とにかく不気味。

「あー、とうとう、今日がその日か・・」

 呆然として、ライブハウスに向かうが、当然レッスンは中止。
 といっても、余震もあるし、どうせ電車も止まっているだろうから、少し待って、オーナーと店にいた歌手のかたと3人で、新宿駅まで歩くことに。
 
 新宿通りは、駅に向かう人々であふれていた。
 途中、コンビニに寄るが、おにぎりは売り切れ。
 仕方なく、棚に寂しく残っていたおいなりさんと、お菓子、お茶を購入。
 裏通りを歩いていたら、ラーメン屋がやっていて、オーナーにご馳走になった。
 これが、体が暖まって、安心感を生んだ。
 
 その後、二人と別れ、駅の改札まで行くが、JR、小田急線は動いていない。
 このころはまだ、事の重大さを把握していなかったので、何時間か待てば、電車が動くと思っていた。
 その日は、夜、横浜で演奏の予定があったが、だいぶ時間があるし、それまでに電車が動けば、行けるかも、などと考えていた。
 で、駅に近いところで時間をつぶそうと思い、カフェやファーストフード店を回るが、すべて満員。

 再度、駅に戻ると・・・電車は当日中は無理ということがわかる。
 メールや電話も通じない。
 これは・・仕事どころか、家に帰れないかも・・と、一気に不安に。
 駅構内には、早々とそこで一夜を過ごすと決めた人々が、場所を取り、座り込んでいた。
 
 夫とは、意外とCメールが通じたので、お互いの無事は確認してあった。
 そーなると、問題は、どーやって一夜を過ごすか、ということである。
 
 で、近くのビルの、24H営業のまんが喫茶を見つけ、その階まで行ってみたが、満員で、とにかく、一回入れた人は、そこで夜明かしするつもりだろうから、空くはずもなかった。
 
 途方に暮れていたところ、そこで同じように途方に暮れていたY子さんという女性と知り合う。
 お互い一人きりなので、なんとなく一緒に行動することに。
 
 近くのダイニングバーに入れたので、2.5時間まで、といわれたが、そこのカウンターに腰を落ち着けた。
 少し前にラーメンを食べていたし、Y子さんも、おなかはすいていなかったので、ジュースとおつまみだけ注文。
 ワインでも、とも思ったが、その後どーなるかわからなかったので、控えた。

 Y子さんは、少し年下の、とても優しく、かわいいかたで、初めてあったような気がせず、お互いのことを語り合った。
 よく、非常時に知り合った男女が、恋愛関係に発展しやすい、というようなことを聞くが、わかる気がする。
 普通だったら、初対面の人と、私がこんなに打ち解けるはずがない。
 Y子さんが、とても良いかただった、というのもあるし。

 カウンターの頭上には、ワイングラスがたくさんかけてあり、余震のたびに、触れ合って、カラカラと音を立てていた。
 初めは怖かったのだが、そのうちに慣れ、ハンドベルを鳴らしているような気に。

 さて、22時前に店を追い出され、再度、新宿駅に行ってみる。
 Y子さんは、公衆電話をかけに、列に並びに行った。
 私は、小田急線が、本当に動かないか、確認しに行った。
 そこで、Y子さんを待っているつもりだったが、小田急の人が、
「今日はもう、動かない。構内に入らないように」 
 と言うので、避難所である、都庁に移動したんですよ。
 Y子さん、ごめんね。 
 Y子さんは、動き出した大江戸線で帰れる、と言っていたので、大丈夫だと判断した。
 
 都庁にたどりつくと、段ボールを配っていたので受け取り、他の避難者とともに、TVスクリーンの前あたりに陣取る。
 まだ23時くらいで、「本当にここで夜明かし・・?」という感じ。
 幸い、コンビニで調達したお茶も食料もあったし、冬もののコートも着ていたので、寒くなく、トイレもあるので、0時になって、そこで寝る覚悟を決めた。
 段ボールを持って、寄り掛かれる壁際に移動。
 靴を脱ぎ、コンタクトレンズをはずし、眼鏡をかけて寝る前の読書をしていると、館内放送が。

 なんと、小田急線が、運転を再開したというのだ。

 もう0時10分くらいで、駅まで歩いて行って、最終に間に合わなかったら、また都庁まで戻ってこなきゃならないかも、と思うと迷ったのだが、帰りたかったので、歩きだした。

 結局、小田急線の各駅に乗り、家に着いたのは2時30分くらいだった。



 
 今回のことで得た教訓だが、

 ・ケータイを過信しない。肝心なときに、通じない。

 ・ケータイの簡易充電器を持ち歩く。

 ・携帯用ラジオを持ち歩く。

 ・歩きやすい靴で出かける。
 
 
 あと、父母の実家が、目黒と恵比寿にあるのだが、こーゆーときのために、普段少しは交流を持っておくとよいかも。
 親戚づきあいが大嫌いで、もう20年くらい、親戚には会ってないに等しいのだ。
 
 また、常に持っているとよいのは、マスク、カロリーの高い食品、保温ポット、防寒用衣類、レッグウォーマー、濡れティッシュ・・などだが、これらは私は、いつも持ち歩いている。
 
 
 
 
 さて、なんとか家にたどりつき、リビングに入ると、散乱したMDの中で、夫が、床に倒れていた。
「大変!」と思ってよく調べると、酔っ払って床で寝ていただけだった。
 私が都庁に泊ると言ってたので、行きつけのバー、ZENで、「いつも私といてはたのめない好きなもの」を、ここぞとばかりたのんで、すっかり楽しんできたらしい。

 
 
 なにはともあれ、これからいろいろと大変なことになるのだろうが、以前、占い師のMさんが言ってたように、
「絶対生きるぞ」と、強く思って、当分は、がんばるしかないのだろう。