魔女っ子わいゆめのメンヘラ☆ホイホイ

9/17-18

祭りというものにはつくづく縁がない。
私は小学生の頃、地元の祭りに参加することが家庭で禁じられていた。(宗教の理由などではなく、ここに書くのはややこしすぎるし極めて個人的でデリケートな理由だった。)
それでも、祭りの次の日にみんなの話題についていけなくてつらいから、などと母を説得して2回ほど参加させてもらったことがあるけれど、あまり覚えていない。お祭りは不良が盛り上がるものだと無意識に思い込み、罪悪感が拭い去れなかった。
その頃から、ワイワイ盛り上がっている集団の中で、どこか客観的で冷めた目を自分自身に向けてしまう私が生まれた。
盛り上がり方がわからない!!
中学高校の文化祭や体育祭や合唱祭はどれも、悔しい思い出や腹立たしい思い出や屈折した感情まみれで、今さら思い出したくもない。

今池祭りは、不特定多数の人が参加する地域の祭りへの、私の苦手意識を克服してくれた、すごく素敵なお祭りです。
サポートではありますが、ステージでライブさせてもらえることが決定した時は、とてもびっくりして嬉しくて、ひたすら興奮していました。
しかし、そのドキドキは叶うことなく、台風でわたしのサポートするバンドのライブ中止と縮小運営が決定した日曜日は、今池の空気を吸うのすらつらくて悔しくて、結局、祭り自体に行けませんでした。誰も悪くないし残念なのは主催含め自分だけではないから、尚更気持ちの行き場がなかった。
月曜日の昼、宇宙で1番好きなバンドのコピバンをする(という遊びの)ために、スタジオで今池に行きました。その流れでそのままコンビニでビールを買い、お祭りで遊んでたら、やっぱり最高に楽しくて、悔しさや寂しさなんてどうでもよくなるほどでした。そして2日経った今でもまだ、「祭りのあと」の気分で、再び寂しさを感じています。でもそこにはもう、行き場のない悔しさなんていないんだ。
そういえば、今池祭りの前々日の夜、私は出張先の岩手で偶然ローカルなお祭りに遭遇して、懐かしいような暖かいような、喉の奥の方が変にこそばゆい感覚に苛まれたとかナントカ。

そして、お祭りではないけど、私はお祭りと同じワクワクした気持ちで、9/30は最高に遊ぶ。最高。


あの子がフラペチーノ飲んでる間にわたしは痩せる
あの子が〆のラーメン食べてる間にわたしは少しだけ可愛くなる

9/11
24時間前、正確には25時間前まで台湾にいたことが嘘みたいな感覚で退勤をして、目指すは新栄デイトライブ。ハブとマングースのライブだ。
CDで聞いていた、YouTubeを見ていた、得三のフロアで聞いていた、ズボンズとの対バンだった。
今まで色々なバンドをやらせてもらって初めて、脳みそが自由な状態でライブができたと思う。
自分のことを嘲笑していたもう一人の自分は、いつの間にかどこかに行ってしまった。バイバイ。
モニターから返ってきたのは、栄のカラオケ店でも場末のスナックでも、プレゼンの授業でも見つけられなかった私の声でした。
共演のバンドの感想を書いていましたが、野暮ったすぎて消しました。始まる前から夢みたいで、告知もどうやったらいいかわからなかったくせにね。


私は音楽をしていて死にたいほどつらくて何が何だかわからなくて怒鳴ったり泣きじゃくったり暴力的な気持ちになったりしたことがあるから、私を不幸にした音楽は、魔法なんかじゃないのかもしれない。でも、思っても見なかった憧れに少しだけ触れることのできる、語彙を超えた瞬間を生まれて初めて味わったのも音楽なので、魔法なのかもしれない。

誰一人完璧に正しい人間なんていないので、それぞれが宗教を作って自分の国家を守っている。
どの神様が一番強いか勝負する少年漫画みたいな世界の反対側のページは美しく儚く生々しくギラギラと尖ってキラキラと輝きを帯びる少女漫画だった。
少なくとも、私の国家ではホイミは魔法だよ。

タバコよりもツイッターをやめる方が難しいし、ツイッターよりもお酒をやめる方が難しいし、お酒よりもバンドをやめる方が難しい。でも、バンドが一番、あっけなく壊すことができる。


8/26
生まれて初めて、人前でギターを弾きながら自分の歌を歌いました。
その空間にいた人たちは皆本当に本当に海のように心が広くて、私に否定の言葉を投げつける人などは一人もいませんでした。
29年間で初めてエレアコという代物を触り、弾けないギターで覚束ないコードを押さえようとしている間、目線は空中で、滝のような汗に溺れていました。
歌った曲は、「ねこちゃん」「うさぎふわふわ」「かお」

ここ半年の私は特に、いわゆるバンドマンの人に必要な精神が欠如している気がする。
音楽をしている人たちと一緒に飲んで、どういう音楽を聞いているか聞かれたときに、自信をもって即答することができなくなってしまった。
心と体がバラバラに乖離して、自分でさえも自分を捕まえることができず、何の説得力も生み出せなくなってしまったので、だからこそ音楽をやっている。沈黙は金雄弁は銀、きっと黙った方がいい。

バンドマンという肩書はもういりませんが、弾き語りの翌朝目が覚めた時、枕元の3DSよりも先に、もう二度と弾くまいと思っていたエレキギターに手を伸ばしたので、音楽をやめることは当分ないんだと思います。でも、それが義務になってしまった時、わたしには本当に何もなくなる。正直なところ、今まさに、全てがなくなるか、かろうじて何かがあるか、瀬戸際を感じている。

全部を肯定してあげたいくせに、一番得意な科目は国語だった。
五択の隙間から零れ落ちてしまう思想。
無限に蠢いている 可能性 という生き物は、マークシートの上で呼吸ができない。
論理のかけらもないくせに、あれから10年経って、科学者を気取っているよ。

あの時、恋人の車で聞いたサザンと、まつエクをしている間に店で流れていたスピッツとCoccoがすごく良かったことを、伝えればよかったのかもしれない。 

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