2017年07月26日

2017年7月26日(水) 流派

 居合いには、いろいろと流派があります。
「無双直伝英信流及び夢想神伝流が多数を占める。次いで伯耆流、田宮流、無外流等が多い」
 「Wikipedia」には、こうありました。
 居合いに興味があるという知り合いから、何を基準に、流派を決めたらいいのかと聞かれましたが、しっかりと答えられませんでした。私が、今の流派を選んだのは、「縁」というしかありません。トレーニング仲間の上司の方が、たまたま、この流派で修行をされていて、その方に導かれるまま、入門しました。違う人に出会っていたら、違う流派を選んでいたことでしょう。
 今、私が稽古しているのは、「土佐直伝英信流」という流派なのですが、「Wikipedia」にある「無双直伝英信流」とは違います。この二つは、お互いに牽制し合っているようなところがあるように、新参者の私には思われました。
 あるとき、私が「私が稽古をしている『土佐直伝英信流』は『無双直伝英信流』から分かれた流派で・・・」などと記載したら、「土佐直伝英信流」のある先輩の方から、「違います。無双の方が、全国展開しすぎて、きちんとした教えをしていないので、初心に戻る意味合いから、本来、『英信流』は土佐発祥のものであるのは当然なのだが、あえて『土佐直伝』として、新たに独立して・・・」とおっしゃいました。
 「高邁な思想」については、「ごもっとも」と拝聴いたします。しかし、一緒に稽古をしていた人たちが、もとの組織とは別の名前の組織を立ち上げたのですから、現象的には「別れた流派」としても、間違いはないはずです。新政党を立ち上げた、政治家の記者会見みたいだと、ある空手の先輩に言われてしまいました。
 私自身は、あまり組織というものに拘泥するつもりはありません。組織の分裂は、空手の世界で、いろいろと見てきました。はっきり言って、嫌いでした。「高邁な思想」はなく、「俺が、俺が」の自己主張、金銭面での利権が見え隠れしているように思ったからです。組織を振りかざす人も苦手です。淡々と、日々の修行を続けたいものだと思うだけです。

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2017年07月25日

2017年7月25日(火)2 新宿西口「菊川」

 今日は、「土用の丑の日」です。正確に言うと、「夏の土用の丑の日」ですね。「土用」は、春夏秋冬、年に4回あります。立春、立夏、立秋、立冬の直前の18日間を、「土用」といい、これに十二支を振っていくので、18日のうちで、丑の日が、1回だけの年と、2回ある年とがあります。
 今年の夏の土用には、丑の日が2回あります。今日は、その1回目です。次は、8月6日(日)です。
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 次があるからと、油断していると、何かの用事が入って、機会を逃してしまうことがあります。休診日の今日、午後5時過ぎの、いつもの夕食より、かなり早めの時間帯に、新宿にやってきました。
 新宿駅西口から徒歩5分、「菊川」に入ります。創業50年なのだそうです。うなぎとご飯が二層になった、「中入れ」という鰻重を頼みます。昔ながらの手仕事で、伝統の味を守っていると、お店の案内にありました。美味しくいただきました。
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 早めに出てきて、正解でした。あ店を出ると、お店の前には、20人ほどの行列ができていました。

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2017年7月25日(火)1 地名をつけた店名

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 FACEBOOKに、知人がシェアしたネットの記事からの情報です。地名の入った店名を持ち、今や全国展開している店舗か、実はその発祥が、その地名の場所ではなかったのだという話がありました。意外なものを書き出してみます。
「丸亀製麺」 兵庫県加古川市
 私自身は、香川県の出身です。丸亀市は、私の出身地と、遠からぬところにあります。私が学生時代には、その存在すらも知らなかった「丸亀製麺」に、東京で出会えたことには驚きました。しかし、その親会社が兵庫県にあったのには、さらに驚きました。
「築地銀だこ」 群馬県新田郡笠懸町
「鎌倉パスタ」 岡山県岡山市
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「博多天神」 東京都新宿区
 新宿の1号店には、何度も、足を運びました。「とんこつラーメン」の本場で、「博多ラーメン」ということなのでしょうが、「天神」の由来である「水鏡天満宮」は、「博多」とは離れた場所にあり、地元の人たちは、決して「博多」と「天神」をくっつけて呼ばないとのことでした。
「お好み焼道とん堀」 東京都福生市
 道頓堀と福生なんて、まったくつながりませんよね。驚いてしまいます。人は、離れた場所の地名に、郷愁や旅情を感じるということでしょうか。

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2017年07月24日

2017年7月24日(月)2 結果として・・・

 診察終了後、築地4丁目の「築地社会教育会館」に移動します。ここの第一洋室で、居合いの稽古です。
「最初から通して稽古する場合は、一本一本、ゆっくりとやってください」
 指導者の先生がおっしゃいます。その日、その日で課題を決めて、「今日は『立て膝』」、「今日は『奥居合い立業之部』」という感じで、限られた課題を稽古する方法もあると、先生がおっしゃいます。なかなか、身についた習慣というものは、崩すと気持ち悪いものでしょうね。
 「立て膝」の「霞」の二本目の足運びについて、「頭と胸で、前の相手を押すイメージを持つといい」とおっしゃいます。それによって、自然と左足が前に送り出され、近付いた両足が離れるように、自然と右足が前に出るのが理想だと理解しました。足を運ぶのが先ではなく、結果として、足が前に進むということですね。いろいろな解釈、説明があります。
 「両詰(りょうづめ)」の、刀を抜いた姿勢について、まだ腰を引いた状態でいるようにとおっしゃいます。身体の「貯め」を意識するようにということでしょうね。
 いい稽古ができました。ありがとうございました。

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2017年7月24日(月)1 「有朋自遠方来不亦楽」

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 昼前、診察中のクリニックに、イタリア人柔道家、ニコラ・マグロ氏がいらっしゃいました。手には、イタリアのワイン、「キャンティ・クラシコ(Chianti Classico)」を携えています。重めのコクのあるワインで、イタリアのワインの中で、私の一番好きなものです。
 かつて、講道館でケガをしたマグロ氏を、クリニックで治療したのが、われわれの出会いでした。毎年、柔道の修行のために、日本にいらっしゃるマグロ氏、義理堅く、毎回、クリニックを訪ねてきてくださいます。
 旅行中に、講道館でケガをした外国人の場合、日本の保険を持っていることはありません。日本円の持ち合わせがなかったり、帰国直前だったりと、支払いが困難な状況も、多々あります。
「It's OK. No need to pay. We are Judo friends(いいよ、いいよ。お金はいらないよ。柔道の友だちなんだから・・・)」
 そんな場合、私がよく言う台詞(せりふ)です。
 ここで、義理堅い国民が、イタリア人、アメリカ人、タイ人でした。
 義理堅くない、つまり、受けた親切を、さも当然のことのように、何の言葉もないのが、・・・、・・・、・・・、まあ、私も見返りは求めていないですし、ナショナリティーではなくてパーソナリティーの要素もあるでしょうから、ここで国名を挙げるのは、やめておきましょう。
「有朋自遠方来不亦楽(友あり、遠方より来たる。また楽しからずや)」
 10人のうち、1人だけでも、マグロ氏のような人がいらっしゃったら、私の苦労は報われます。

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2017年07月23日

2017年7月23日(日) 渋谷道玄坂「麗郷」

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 昼過ぎ、渋谷にやってきました。駅から徒歩数分、台湾料理の店、「麗郷(レイキョウ)」に入ります。
 ネットの情報によると、このお店は、夜には混むので、予約が望ましいとありました。しかし、予約は10人以上からとのことでした。
 台湾好きの友人と、いつか来たいと話していたお店ですが、とりあえず、今日は下見にやってきました。
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 15時頃に、お店に着きました。ランチの時間帯を過ぎ、お店は空いていました。
 まずは、「煙腸」、「肉員」を肴に、生ビールを飲みます。
 「煙腸」、腸詰めのスモークですね。香ばしく、癖になってしまいそうです。
 「肉員」、「バーワン」と読むようです。台湾料理の代表的な一品のようです。
 映画の「千と千尋の神隠し」で、千尋の両親が、引越しの途中で迷い込んだ無人の街で、大皿に山積みになった料理を、ガツガツと食べるシーンがありますが、その料理の一つが、この「肉員」だと言われています。これも、宮崎駿監督ご本人の証言はなく、類推に過ぎないようですが、このあたりも、映画の舞台が「九份」だという説と同じですね。
 鶏肉、タケノコ、ニンニクなどの野菜がたっぷりと入った餡が、サツマイモのでんぷんでできた、ぷるぷるの皮に包まれています。さらに、甘辛いタレがかかっています。
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 台湾料理の定番、「海蜆」を頼みます。生のシジミを、紹興酒や醤油を使ったタレに漬け、生姜などで味付けをしたものですね。ほとんど生に近いシジミを想像していたのですが、こちらのシジミは、火が通った状態ですね。
 今まで食べたことのある、台湾料理のシジミは、タレが透明でした。このお店のタレは、味噌を使っているのか、褐色に濁っています。このタレが美味しくて、ライスを頼み、タレの最後の一滴までいただきました。
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 最後に、「紅焼海参」を頼みました。ナマコの煮物ですね。
 このタレも美味しくて、ライスをお替りしてしまいます。
 よく、「中国では、料理を少し残すのがマナーだ」と言われたりします。この理由として、お皿が空になったら、「まだ足りないのか」と思われて、追加して出してくれるからというのと、残り物が、招いてくれた家庭の使用人の食事になるからという、2つの説を聞いたことがあります。これも、映画の話と同様に、根拠のないことかもしれません。
 いずれにせよ、お店の人に、「腹を空かせた、食い意地の張った日本人」という印象を与えてしまったかもしれませんね(笑)。

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2017年07月22日

2017年7月22日(土)2 岡林信康「山谷ブルース」

 「一歩」のカウンターで飲んでいるときに、たまたま流れていたのが、岡林信康氏の歌でした。岡林氏というと、私の記憶にあるのが、何と言っても「山谷ブルース」です。
 仕事帰りの駅のホームで、缶の芋焼酎を片手に、この歌の最初のフレーズを、よく口ずさんだものです(笑)。
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‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
山谷ブルース
 作詞 岡林信康
 作曲 岡林信康
 
今日の仕事はつらかった
あとは焼酎をあおるだけ
どうせ どうせ山谷のドヤ住まい
ほかにやる事ありゃしねえ
 
一人酒場で 飲む酒に
かえらぬ昔が 懐かしい
泣いて泣いて みたってなんになる
今じゃ山谷が ふるさとよ
 
工事終われば それっきり
お払い箱の おれ達さ
いいさ いいさ 山谷の立ちん坊
世間うらんで なんになる
 
人は山谷を 悪く言う
だけど俺達 いなくなりゃ
ビルも ビルも道路も出来ゃしねえ
誰も解っちゃ くれねえか
 
だけど俺達ゃ 泣かないぜ
働く俺達の 世の中が
きっときっと 来るさそのうちに
その日にゃ泣こうぜ うれし泣き
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 ネットで調べてみました。
 岡林氏、1946年7月、滋賀県の教会の家庭に生まれました。お父様は、牧師だったとのことです。岡林氏ご自身も、同志社大学神学部に進学しました。在学中に、社会主義運動とギターに出会い、その後の方向性が決まります。
 社会的弱者に向ける目と反骨精神は、そんな出自から来ているのでしょうか。
 久しぶりに、この歌をしっかりと歌ってみたいと思い、この一曲のために、帰りにカラオケに寄ってました。

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2017年7月22日(土)1 新宿ゴールデン街「一歩」

 診察終了後、都営大江戸線で、東新宿に向かいます。そこから徒歩10分ほど、歌舞伎町1丁目、新宿ゴールデン街の一角にある、「一歩」にやってきました。
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 先日、文芸愛好者の会、「スペッキヲ」の会の二次会で、このお店にやってきました。そのときに、「スペッキヲ」の過去のバックナンバーを欲しがっている方がいらっしゃると聞きました。自宅に余分がありましたので、今日は、それをお持ちしました。
 「一歩」、「いっぽ」ではなく、「いちふ」と読みます。ママさんの将棋好きが高じて、1988年に始まった「将棋酒場」とのことです。店の奥のテーブルには、将棋盤があり、来店したお客さんが、飲みながら、将棋を指していることもあります。
 私自身は、将棋をやったことは、ほとんどありません。子供のころ、4歳上の兄と将棋を指し、圧倒的な実力の差に、楽しさを感じることなく、ギブアップしてしまいました。以来、将棋盤を見るのも嫌になって、40年以上が経過しました。
 ただ、以前、所属していた空手道場の稽古仲間に、プロの棋士の方がいらっしゃいました。私が始めた、ビジネスマン向けのクラスに賛同して、ほとんど毎回、参加してくださった小野修一八段でした。残念ながら、2008年、虚血性心疾患により、49歳の若さで亡くなられました。
 また、かつて共同通信社からの依頼で記事を書いていたときの担当者が、津江章二氏でした。ボクシング観戦と将棋を趣味とされているとのことでした。アマチュア棋士として、将棋の記者として、プロ棋士の間でも有名な方のようでした。
 いろいろと、縁がつながり、驚きました。
 オリオンビール、沖縄の焼酎を飲みながら、沖縄出身のママさん、女流棋士のお客さんと、いろいろとお話しが盛り上がりました。

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2017年07月21日

2017年7月21日(金) 本郷3丁目「桂園」

 今日は、午後からの診療です。
 診察終了後、講道館に移動しました。今日は、暑中稽古の最終日のようです。「終了証」を手にした世界の柔道家たちが、道場の正面、嘉納治五郎師範の写真の前で、記念撮影をしています。
 いつもの稽古相手、ベテランの黒帯の男性と、「打ち込み」に続いて、「乱取り」をしました。その後、アメリカ人のジェレミー・ヤング氏と「乱取り」をしました。
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 稽古終了後、南保徳双先生に飲みに誘われました。定例の「南保会」です。クリニックの少し先にある、「桂園」で飲むことが多いのですが、今日は人数が多く、手狭なため、本郷三丁目の同名の系列店に予約を入れているとのことでした。クリニックに戻り、柔道着を洗濯機に放り込んだ後、本郷3丁目まで歩いて移動しました。
 ニラ卵、砂肝炒め、焼き餃子、牛肉とニンニク芽炒め、豆苗炒めなど、美味しい料理が次から次へと運ばれます。稽古の後なので、ビールが進みます。
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 アメリカ、カナダ、香港、ボリビアといった国々から、暑中稽古にあわせて来日している柔道家たちと、乾杯です。
 出席者のうち、約半数が、クリニックの利用者でした(笑)。

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2017年07月20日

2017年7月20日(木) 「パパ・ドブレ」

 かつて「海の日」は、7月20日でした。奇しくもその日は、ブルース・リーの命日でもあります。ある年のこの日、たまたま香港にいた私は、地元の友人に、「今日はブルース・リーの命日で、日本では祭日なんだ」と冗談を言ったことがあります。
 しかしその後、2003年に「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」、いわゆる「ハッピーマンデー法案」が制定されて以来、「海の日」は「7月の第三月曜日」となりました。7月20日が祝日になるのは、7月が水曜日で始まるときだけです。
 診察終、築地4丁目の「築地社会教育会館」に移動します。今日はここの第一洋室で、居合いの稽古です。
 仕事の締めが遅くなり、私が到着したのは、7時45分くらいでした。稽古をされていたのは、先輩がお一人だけでした。それも稽古を終えられて、ちょうど最後の「刀礼」をされているところでした。今日は、指導者の先生が、所用でお休みだとのことでした。この先輩が帰られた後は、正真正銘の一人稽古になります。
 袴に着替え、「正座」の形、「立て膝」の形、「奥居合い居業之部」、「奥居合い立業之部」と、続けて稽古をしていきます。歩幅を大きくして、腰が高くならないよう、窓ガラスに映る自分の頭の高さが上下しないように心掛けます。
 今日は、右肘の具合いもいくらか良くなり、木刀ではなく、久しぶりに模擬刀で稽古をしてみました。重さが違うので、「納刀」の際、鯉口の脇に刀を持ってくる高さに、いくらかの狂いが生じてしまいます。
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 梅雨も明けました。稽古の後、一人で飲みにいくことにしました。お馴染みの、「The Bar 草間 GINZA」に寄り道です。
 まずは、「オイルサーディン」を肴に、このお店の定番、「ギムレット」を飲みました。
 続いて、「いぶりがっか」に「パルメザンチーズ」を載せた肴を頼みます。今月のお勧めのカクテルから何か一品と思いましたが、「シンガポールスリング」、「ピムズNo.1」、「モヒート」と、飲んだことのあるカクテルばかりでした。
「モヒートの気分なのですが、もう少し、甘くないものを・・・」
 草間氏に、そうお願いしてみました。
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「『パパ・ドブレ』はいかがでしょう」
 ヘミングウェイが好んだカクテルなのだそうです。「パパ」とは、ヘミングウェイの愛称です。「ドブレ(doble)」とは、スペイン語で「ダブル」という意味 のようです。ラム酒、グレープフルーツジュースにクラッシュドアイスを入れたカクテル、「パパ・ダイキリ」の、ラム酒を2倍にしたカクテルということらしいです。
 「マラスキーノ」という、チェリーのリキュールが少しだけ入っていますが、糖尿病だったヘミングウェイのために、シロップや砂糖は入れないのだそうです。
 頭にガツンと来るカクテルでした。今日は2杯でやめておきます。

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2017年07月19日

2017年7月19日(水) 連休明け

 今日は、若林加奈子さんの誕生日です。昼休み、「Café Mickey’s」のケーキでお祝いしました。
 連休明けで、慌しい外来でした。
 診察終了後、クリニックに残り、いろいろなところからの問い合わせ、連絡に答えます。
 気象庁は今日、関東甲信、東海、近畿、中国地方の梅雨明けを発表したのだそうですね。いよいよ、本格的な夏ですね。
 今日は休肝日にしました。

koyamaclinic at 23:32|PermalinkComments(0)医療 

2017年07月18日

2017年7月18日(火)3 台湾備忘録

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 今回の旅で気付いたのは、日本の企業の看板が以前にも増して、街中に見られるようになったことでした。ちょっと思い出しただけでも、「ユニクロ」、「吉野家」、「大戸屋」、「モスバーガー」、「ダイソー」、「ファミリーマート」、「一風堂」、「くら寿司」、「モーモーパラダイス」もありました。「モーモーパラダイス」は、日本で3店舗なのに、台湾では10店舗あるとか・・・。
 ホテルの近くに、日本食レストランが入っている、「五鉄・秋葉原」というショッピングモールがありました。この「秋葉原」の読み方が、中国語読みでもなく、正式な日本語読みの「アキハバラ」でもなく、「Wutu Akiba」となっているのには笑ってしまいました。
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 台湾旅行は、今回で5回目でした。記録を見ると、過去に行ったのは、大学卒業の年の1985年4月、1987年8月、2012年7月、2014年7月でした。
 それぞれの旅で、私自身の台湾に対する印象も変わってきました。今回、台湾と日本の歴史について、調べてみることにしました。
 日本と台湾の交易は、日本の戦国時代からあったようです。しかし、晴れた日にはお互いの島影の見える琉球とは、もっと早くから交流があったと思われます。
 その後、鎖国の時代となり、直接の交易はなくなります。
 日清戦争後の1895年、「日清講和条約」により、清国が台湾・澎湖諸島を日本に割譲しました。その直後に、台湾人らによる台湾民主国の建国宣言がなされ、日本軍との武装闘争がありましたが、日本軍に制圧されます。
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 その後の、植民地統治が始まります。歴代の台湾総督は、土地改革、上下水道などのインフラの整備、アヘン中毒患者の撲滅、学校教育の普及、製糖業などの産業の育成を図りました。烏山頭ダム建設に貢献した八田与一氏など、今でも台湾の人達が敬意を払う人も、この時期に活躍しています。
 後に李登輝総統は、「日本が残したものは大きい。批判する一方で科学的な観点から評価しないと歴史を理解することはできない」と話しています。
 1945年8月、日本の敗戦により、166000人の軍人を含む488000人の日本人が、台湾を後にしました。台湾に進駐した中国国民党が、台湾を支配することになります。
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 その後、中国大陸では、国民党を破った中国共産党によって、1949年10月1日に、中華人民共和国が建国されました。破れた国民党は、台湾に中華民国政府を立ち上げます。大陸の中華人民共和国との交戦状態は続いているとして、戒厳令を敷きます。
 この戒厳令は、1987年7月15日まで続きます。確か、私が最初に台湾に行った1985年には、夜の12時を過ぎての外出はできず、ホテルで大人しくしていたと記憶しています。1949年から1987年まで、38年間の戒厳令は、世界最長だとか・・・。
 1951年9月、サンフランシスコ平和条約が締結され、日本は台湾および澎湖諸島での権利を放棄します。その後、1952年4月に、日本と台湾との間で、日華平和条約が締結され、日本と台湾との国交が回復しました。その際に、蒋介石総は、「以徳報怨」の言葉とともに、日本に対する損害賠償請求権を放棄しました。
 その後しばらくは、台湾との良好な関係は続くかと思われましたが、1971年に中華人民共和国が国際連合の常任理事国となり、1972年のニクソン訪中、田中角栄訪中を経て、日本と台湾は、国交を断絶することになりました。
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 1987年7月に、戒厳令は中止となりました。しかし、中華人民共和国と中華民国の間は緊張状態にあったようで、同年の8月に台湾を訪れた際に、電車のドアに、「間諜」、つまりスパイについての情報は、警察に伝えるようにという貼り紙があることに気付きました。電車の中にも、軍服を着た若者の集団が乗っていたりして、「『平和ボケ』の日本とは違うんだ」という印象を持った覚えがあります。
 国交は断絶したとは言え、民間レベルでの交流は続いています。1999年9月の台湾大地震、2011年3月の東日本大震災など、救援隊を派遣したり、義捐金を送ったりという活動もありました。
 「尖閣諸島」、台湾名では「釣魚台」の問題もありますが、おおむね、両国の関係は良好なように思えます。「中華民国」、「台湾」を、国家とするか地域とするかの問題があるためか、いまだに正式な国交がないというのは驚きです。「国交」とは何なのか、その定義を知りたいと思いました。
 後に「公益財団法人日本台湾交流協会」と名称を変えた、「公益財団法人交流協会」が、2016年に台湾で行った世論調査で、「もっとも好きな国」として日本を挙げた台湾人が56%となったと報告されました。それまでの調査で過去最高だそうです。ちなみに、2位は中国で6%、3位はアメリカで5%だとのことでした。
 李登輝元総統など、徳のある政治家がいてくれたことが、日本には幸いだったと思えてなりません。

koyamaclinic at 23:51|PermalinkComments(4)旅行 

2017年7月18日(火)2 帰国

 12時にホテルをチェックアウトし、12時15分の、旅行会社のスタッフのピックアップを待ちます。
 その後、いくつかの別のホテルのピックアップがあり、それから高速に乗り、「台湾桃園空港(Taoyuan International Airport)」に着いたのが、14時30分を過ぎていました。乗る予定の便が、16時10分発のチャイナエアライン106便(CI106)ですから、2時間前で、14時10分には着いていないとなどと心配するのですが、そのあたり、台湾はおおらかです。ガイドさんが、ちょこちょこっとチェックインカウンターのスタッフに話をして、われわれは列に並びます。
 行きも2時間遅れですが、帰りの便も、40分ほど遅れました。
 機内では、ビールと赤ワインを飲み、映画で時間を過ごします。「クリード チャンプを継ぐ男(CREED)」の続きを観ました。
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 2015年の映画なので、少々、語ってもいいですよね。これから観ようと思われる方は、ネタバレになるので、ここから数行は、読み飛ばしてください。
 相手のパンチで左の眼瞼を腫らした挑戦者クリードのドクターチェックの場面で、右眼をふさいで、顔の前で指を立て、「指は何本だ」という質問をします。もう左眼は完全にふさがっているのですが、セコンドのロッキーが、クリードの首筋を叩いて、リングドクターの立てた指の本数を教える場面がありました。選手の安全を考えるべきセコンドとしては、許せない行為ですが、まあ映画のフィクションということで笑い飛ばしましょう。「あしたのジョー」の中の、斎藤清作選手、後のタコ八郎氏のネタのことを思い出しました。時代錯誤ですね。
 続いて、ジャッキー・チェンの「レイルロード・タイガー(Railroad Tigers)」を観ました。こちらは、成田に着く前にタイムオーバーでした。

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2017年7月18日(火)1 「華山市場」

 三連休の最終日です。
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 昨夜のオプショナルツアーのガイドさんに、「朝市」でお勧めはないかと尋ねたところ、「華山市場」というところを紹介されました。建物の中にあるそうです。1階には衣料品や土産品などを売るお店が並び、2階は フードコートになっているのだそうです。フードコートは、朝の5時から、21時までやっているとのことでした。
 地下鉄の「善導寺(シャンダオスー)」の出口を出て、すぐのところにあるとのことでした。「善導寺」というと、「台北駅」の隣の駅です。朝の散歩を兼ねて、歩いていくことにしました。
 8時過ぎに来ましたが、2階へと続く階段の下には、歩道にまで、すでに行列が出来ています。
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 「阜杭豆漿(フーハンドゥジャン)」という、朝粥のお店に入りました。行列のできる、有名店のようです。
 まずは定番のメニューだという、「鹹豆漿(シェンドウジャン)」とお握りを頼みました。豆乳のお粥に、玉子を入れたもののようです。お粥の表面が、ぶくぶくと泡立っています。
 スープのクルトンのように、揚げた麩が、小さくカットされて、お粥の上に載っています。
 連日、お酒を飲んでいる胃袋には、癒しのようなメニューでした。
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 それに、玉子焼きをパンにはさんだ「厚餅夾蛋(ホウピンジャータン)」を追加してました。これにも、棒状の揚げた麩が入っています。
 お腹一杯になりました。

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2017年07月17日

2017年7月17日(月)2 九份

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 16時15分、オプショナルツアーの集合場所、土産物品店入口にやってきました。「九份(ジォウフェン)」の観光を予約しています。
 台湾市内から、バスで40分ほどで、「九份」に到着します。「九份」、台湾北部の港町、「基隆(キールン)」市の近郊にあります。「開墾した土地の持分を9人で分けたもの」という意味なのだそうです。
 高台から、暮れゆく「基隆」の街の夜景、「基隆湾」の景色を、しばし眺めます。
 19世紀末に、金の採掘によって栄えた街なのだそうです。日本統治時代に、その最盛期を迎えます。しかし、第二次世界大戦後に、金の採掘量が減り、1971年に金鉱が閉山になってからは、急速に衰退しました。
 しかし、1989年に、この村を舞台にした映画、「非情城市(A City of Sadness)」が大ヒットしました。日本統治時代の面影を残す建物や、路地や石段のある、どこか懐かしい風景により、観光地として、一躍、注目を浴びることとなりました。
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 中国式のお茶を飲ませてくれる「茶芸館」が並んでいます。「茶芸館」、旧字体で「茶藝館」と書いた方が、風情がありますね。
 夕方になり、提灯に灯りがともると、さらに情緒が増してきます。
 夕方になり、提灯に灯りがともると、さらに情緒が増してきます。
 その中の一軒、「阿妹茶酒館(アーメイツァージョウグワン)」に入ってみます。
 宮崎駿監督の、「千と千尋の神隠し」の舞台は、ここをモデルにしたのではないかという話もありましたが、それは確かな情報ではなく、特定の場所を想定したのではないとのことでした。様々な地域の印象が、部分的に取り入れられているのでしょう。有名な観光地ですから、心象風景として、宮崎監督の心の中に残っていたのだろうとするぐらいが、謙虚でいいのでしょうが・・・(笑)。
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 1人分、300元を払って、温かい烏龍茶のセットを頼み、ティータイムにします。
 ポットと、カップを、まずはお湯を注いで温めます。カップは、香りを楽しむ細長いカップ、実際にお茶を飲む平たいカップと2種類あります。
 最初にポットに茶葉を2匙ほど入れ、それにお湯を注ぎますが、そのお茶は捨ててしまいます。
 その次に、やはり茶葉を2匙ほど入れ、30秒ほど待ちます。まずは細長いカップにお茶を注ぎます。そのカップに、平たいカップをかぶせ、両者をひっくり返します。そこで細長いカップを持ち上げ、それでお茶の香りを楽しみます。その後、平たいカップでお茶を飲みます。
 ポットに残ったお茶は、片口の容器にポットを逆さにして突っ込み、注ぎ込みます。あとは、片口からカップにお茶を注ぎます。
 ポットに残った茶葉には、またお湯を注ぎます。同じ茶葉で、5回ほど、お湯を注いでお茶を楽しむことができるとのことでした。
 海が見渡せる席に通してもらいましたので、お茶を飲みながら、しばし暮れてゆく港町の風景を楽しみました。
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 「九份」観光の後、バスで「饒河街夜市(ラオフージエイェスー)」という夜市に戻りました。昨夜の「士林夜市(シーリンイェスー)」に次ぐ、台北で2番目の規模の夜市なのだそうです。
 長さ400メートルほどの通りに、食べ物の屋台の他に、衣料品や、土産物店、マッサージ店などが並んでいます。ツアーでの自由時間が40分だとのことでしたので、とりあえず、端から端まで歩いてみました。人ごみを掻き分けて歩くので、時間に遅れないかと、ちょっと冷や冷やしてしまいました。
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 この夜市の名物は、「胡椒餅」だと、ガイドさんが教えてくれました。
 通りの入口に、この屋台があったので、列に並んでみました。前に7〜8人ほど並んでいましたが、回転がいいので、3分ほどで買うことができました。
 
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 豚の挽き肉、ネギなどの野菜を、インド料理のナンの生地で包み、イタリア料理のピザのように、窯の縁に貼り付けて、焼き上げます。
 1個50元、日本円で200円ほどです。袋から、八角の香りが立ち登っています。
 
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 ホテルに戻って、夜食に食べました。冷えてしまうと、皮も硬くなり、あまり美味しくはありません。やはり、買ったその場で食べればよかったと後悔します。

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2017年7月17日(月)1 「続・食在台北」

 今日は「海の日」で休日です。三連休の2日目です。
 昨夜、「士林夜市」を歩き回り、ホテルに帰ったのが、夜の10時過ぎでした。撮った写真を整理したり、ブログの文章をまとめたりして、眠りについたのが1時を過ぎていました。目覚まし時計をセットせずに、昨日は眠りにつきました。
 ノックの音で目を覚ましました。ベッドメイクのスタッフでした。10時半でした。9時間ほど、ぐっすり眠ったことになります。
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 急いで身仕度を調えて、とりあえず外出します。朝食をとるために、「雙連朝市(Shuanglian Market)」に向かいました。300メートルほどの通りの片側に、衣料品、日用雑貨、食べ物のお店が並んでいます。
 小さなテーブルが、たった一つだけの屋台がありました。地元の人と思しき女性が一人で食事をしていました。その女性が、立ち上がり、お金を払おうとしているところでした。そこに座らせてもらうことにしました。
 手書きのメニューに、「素飯50元」、「素面50元」とあります。「面」は「麺」でしょうが、麺は太く、日本の「そうめん」ではなさそうです(笑)。
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 具だくさんです。カボチャ、揚げ豆腐、ニンジンなどが、ごろごろ入っています。健康的ですね。これで50元、日本円で200円、感激です。
 台湾の屋台やお店で、お酒を飲めるところは少数派のようです。
 コンビニで買って、バッグに忍ばせておいた「台湾啤酒」を引っ張り出しました。缶を左右に振って、屋台の女将に「いいですか」と聞いてみます。
「オーケー、オーケー」
 女将が笑って答えてくれます。このあたり、台湾の屋台はおおらかです。堂々と「持ち込み」です(笑)。
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 通りを曲がった路地に、「魯肉飯(ルーローファン)」のお店がありました。お店の名前を示す看板に、「建国」とありました。
 一品料理のメニューに、「猪肝」、「猪心」とあったので、一緒に頼んでみました。
「乞我一瓶啤酒(ゲイウォーイーピンピージョー)」
 ビールを飲みたいと思ったので、片言の中国語で、試しに頼んでみました。
 ここも、メニューの中には、アルコール類はありませんでした。「オーケー、オーケー」と、お店の大将が冷蔵庫の中から、缶入りの「台湾啤酒」を出してくれました。それだけでなく、ピーナッツを出してくれて、「これはサービス」と言ってくれます。
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「Japanese?」
 料理の手が空いた大将が、近くにやってきて、こう尋ねました。
 片言の中国語で、「リーベンレン(日本人)です」と答えます。
「お母さん、日本人・・・」
 すると大将は、自分の顔を指して、片言の日本語でそう言います。店の奥から、ビニールに包まれた白黒写真を出して、見せてくれました。和服を着て中央に座った女性が、少女の頃のお母様で、その後ろの男性が、お祖父様だとおっしゃいます。
 昨日も、お祖父様が日本で働いていたと、大阪城の前で記念撮影した白黒の写真を見せてもらいました。
 今日もまた、同じようなことがありました。今日は忘れずに、写真を撮らせてもらいます。
 朝鮮半島、台湾、中国の一部を日本が統治していて、台湾にいた日本人と、朝鮮半島にいた日本人と、その性格や行動など、特別に何かが違っていたのでしょうか。私もそうとは思えません。受け取る側の立場、その後の政治的姿勢、そちらの方が、大きく関わっていると思います。
 ケント・ギルバート氏の「日本覚醒」でも書かれていましたが、日本人は自虐的な歴史観は捨てるべきで、もっと自信を持って生きていけばいいのだと、この笑顔も教えてくれているようです。
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 今日の夕方からのオプショナルツアーの集合時間まで、まだまだ時間があります。
 「台北101」に行ってみることにしました。地下5階、地上101階、高さ509.2メートルのこの建物、正式な名前を、「台北国際金融大楼」といいます。2007年に、ドバイの「ブルジュ・ハリーファ」が完成するまで、世界一の高さでした。
 全面ガラス張りの建築ですが、緑色が基調となっており、伝統的な宝塔と竹の節がイメージされたデザインになっています。
 まわりに高い建物がないと、多くの場所から見ることができます。台北のランドマークですね。
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 「春村文物館(ジュアンツンウェンウーグァン)」という、中国の昔の暮らしを再現した博物館があるということなので、寄ってみましたが、残念ながら、月曜は休館日でした。歩き回って、喉が渇いてきました。博物館の敷地の中にある、「好・丘(ハオ・チョウ)」というカフェで一休みすることにしました。
 メニューに、「Classical Beer」とあるビールを頼んでみました。ラベルには、「経典啤酒」とありました。アルコール度数8パーセントです。ベルギービールで言うところの、ダブルですね。ラベルの下に記された英語の名前に、「Abbey Beer」とあります。「Abbey」とは、「修道院」のことのようですから、「トラピストビール」みたいなものでしょうか(笑)。
 酵母の香りがする、黒ビールでした。最後、ビールが少しだけ残ったところで、瓶をぐるぐる回して、瓶の底に沈んだ酵母をかき混ぜて、グラスに注いでみました。濃厚な味わいを楽しみます。

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2017年07月16日

2017年7月16日(日)2 「食在台北(食は台北に在り)」

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 今日からの宿、「台北凱撤大飯店(Caesar Park Hotel Taipei)」に到着し、荷物を置いた後、近くを散歩することにします。「台北駅」といえば、日本でいえば「東京駅」のような感覚でしょうが、その前の通りを渡ってすぐのところにあるホテルの裏側に、わずか2本か3本入った裏通りが、こんな趣のある路地になっているなんて、誰が想像するでしょうか。
 地元の人の生活が見えてくるような、裏通りの探検です。ウキウキしてしまいます。
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 路地に並ぶ店の一軒、「大立温州大餛飩」というお店に入りました。地元で働く人が、ランチのために入るようなお店です。
 「叉焼蛋炒飯」と「羊肉乾拌麺」を頼んでみました。素朴な味でした。
「日本人ですか」
 お店の大将が、片言の日本語で尋ねてきます。
「リーベン・ライトゥ(日本から来ました)」
 私も片言の中国語でそう答えると、大将は店の奥から、一冊のアルバムを持ってきました。ご家族の古いアルバムでした。中の一枚の白黒写真を指しながら、片言の英語で「お祖父さんが、若い頃、大阪にいたころの写真だ」とおっしゃいます。大阪城と思われるお城の前に立つ、凛々しい青年の写真でした。
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 今、読んでいる、ケント・ギルバート氏の「日本覚醒」に、戦後の日本人は、GHQのWGIP(War Guilt Information Program)、つまり戦争責任の罪悪感を刷り込む宣伝計画によって、自虐的思考を植えつけられたとありました。委縮した日本人に、「南京大虐殺」、「従軍慰安婦」といった「物理的に不可能」なことを突き付けてきたのが、中国人と韓国人でした。それをしなかったのが、台湾人でした。
 韓国を旅して、現地の人と接したときに、「本音では好きだけど、建前では好きだと言えない」といった、日本、日本人に対するちょっと捻れた感情を垣間見ることがありました。しかし、ここでは、本音でも建前でも、われわれへの好意を表わしてくれます。これは、日本人としては、嬉しいことですね。
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 明日の夕方から、オプショナルツアーを予約しています。その集合場所は、ホテルから少し離れたところです。下見を兼ねて、ホテルの「台北車站(Taipei Main Station)」から、地下鉄で1つ先の「中山(Zhongshan)」まで、歩いてみます。
 場所を確かめた後、「中山」駅から「剣潭(Jiantan)」駅まで、地下鉄で移動します。
 切符の自動販売機で、20NTD(New Taiwan dollar)分の切符を買います。青いプラスチック製のコインが出てきます。これを改札機にかざして、駅の中に入ります。
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 「剣潭」駅から徒歩数分、「士林(Shilin)夜市」にやってきました。
 「士林夜市」は、台北にいくつかある「夜市(Night Market)」のうちの一つで、規模としては、台湾最大なのだそうです。100年以上の歴史があるとのことでした。
 多くの人でにぎわっています。食べ物の屋台の他に、衣料品、射的などのゲームの屋台もあります。
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 たくさんの人が並び、その前を通るのも難しいほどの屋台もあります。「大雞排」という、鶏のモモ肉を平らにして、直径20センチほどの円盤状にして揚げたものが人気のようでした。
 食べ物の屋台だけでも、焼鳥など鶏料理の屋台、豚料理の屋台、魚介類の屋台、果物の屋台など、いろいろあって、目移りしてしまいます。楽しいですね。
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 とりあえず、一軒の台湾料理のお店に入りました。
 まずは「台湾啤酒(台湾ビール)」を頼み、あとはメニューの漢字を見ながら、「青菜蚵仔湯(牡蠣のスープ)」、「天婦羅(魚のすり身)」、「鮮蝦捲(エビのすり身)」、「九層塔螺肉(ツブ貝とバジルの炒め物)」を頼みます。
 台湾の料理は、素朴な味で、何を食べても当たり外れがありませんね。
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 発酵させた豆腐、「臭豆腐」を油で揚げている屋台がありました。揚げると、臭みは減り、食べやすくなります。
 屋台の前を通ると、思わず「うっ」とするような臭さに、一瞬たじろいでしまいますが、「毒食わば皿まで」と、一皿、注文してみます。
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 これで20元、日本円で80円です。
 確かに臭いですが、「クサヤ」の干物より臭くはありません(笑)。
 辛いタレをつけて食べます。病みつきになってしまいます。

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2017年7月16日(日)1 日本脱出

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 三連休の1日目です。朝の7時に、成田空港第2ターミナルにやってきました。
 空港で、とりあえず、現地での移動や、今日の食事で必要と思われるお金を両替します。1台湾ドル(NTD:New Taiwan Dollar)が4.24円ということで、1万円が2300NTDになりました。
 「チャイナ・エアライン」のカウンターで、チェックインをすませます。
 9時25分発の、チャイナ・エアライン107便(CI107)に乗り、台北に向かいます。機内整備の遅れとかで、結局、出発が2時間ほど遅れてしまいました。
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 機内では、ビールと赤ワインを飲み、映画で時間を過ごします。まずは「続・深夜食堂」を観ました。新宿界隈にあると思われる、夜中の12時から朝の7時頃まで営業している料理屋が舞台です。店の名前は分かりませんでした。軒に下がった提灯には、黒い毛筆の書体で、「めし」とだけ記されています。
 「焼肉定食」、「焼うどん」、「豚汁定食」と題された、3つのストーリーからなる、オムニバス仕立ての映画でした。
 続いて、「CREED」を観ました。「ロッキー」、「ロッキー2」で、ロッキー・バルボアと闘い、「ロッキー3」で、リングの上で亡くなるアポロ・クリードの息子が主人公です。
 いやぁ、引っ張りますねぇ(笑)。こちらは途中でタイムアップです。
 現地時間で12時10分の予定だった到着時間が、台北の「台湾桃園空港」に、実際に到着したのは14時過ぎでした。
 現地の旅行会社スタッフの出迎えを受け、今日から2晩の宿、台北駅前の「凱撒大飯店(Caesar Park Taipei)」に移動します。
 過去の旅行の記録を見直していて、2012年7月に台北に来たときに、同じホテルに泊まっていることが分かりました。記憶にはありませんでした(苦笑)。

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2017年07月15日

2017年7月15日(土)2 ケント・ギルバード「日本覚醒」

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 通勤の行き帰りで、ケント・ギルバード(Kent Sidney Gilbert)氏の書いた「日本覚醒」(宝島文庫)を読んでいます。
 日本人の自虐的思考は、GHQのWGIP(War Guilt Information Program)、つまり日本人に戦争責任の罪悪感を刷り込む宣伝計画によるものである、それにつけこんだ中国と韓国のでっち上げが「南京大虐殺」と「従軍慰安婦」だというのが、この本の主な論点のようです。
 この本を読みながら、2つのことを思い出しました。
 第二次世界大戦後、アメリカに亡命したユダヤ人は、ドイツ国内で、何十万人ものユダヤ人がガス室で殺されたと告発しました。しかし、アウシュビッツなどに残っていた収容所や、ガス室とされた設備の規模からして、そこで24時間365日、フルに稼動したとして、何十万人も処理することは、「物理的に不可能」だっただろうとの報告でした。「南京大虐殺」にしても、先方の挙げる数字は、当時の人口からして、「物理的に不可能」な数字だとも聞きます。
 何事も、100パーセントのことはないし、0パーセントのことはないと思っています。真実は、その中間にあるのでしょうね。
 かつて韓国人の友人と、「従軍慰安婦」について、話したことがあります。
「日本軍が村から若い女性を、強制的に連れて行こうとしたときに、父親とか夫とか、男たちは何をしてたの」
 ちょっと意地悪な質問でしたが、長年の疑問をぶつけてみました。
「若い男は兵隊にとられていただろうし、日本の軍人は銃を持っていただろうし・・・」
 銃は持っていたとしても、その後の暴動のことを考えて、不用意に高価な弾丸を使うことはなかったでしょう。
「日本の敗戦後、無法の限りを働くアメリカ兵を、空手を使ってこらしめて、ついにGHQからお尋ね者になって、山籠りをしなければならなくなった空手家がいたんだよ」
 どこまでが真実で、どこからがフィクションかは分かりませんが、日本には、そんな反骨のヒーロー像があります。
「韓国の男ってさ、負けず嫌いで、カッコ悪いことは嫌いじゃない。たまたま柔道で、私の技が入ったりしたら、その後、こてんぱんに投げつけようとするじゃない。そんな、負けん気の強い韓国人が、『慰安婦像』とか『少女像』って変じゃないの。それより、日本軍兵士を急襲して、韓国女性を救出した兵役前の弟とかが、ヒーローになってもいいじゃないの。『少女像』じゃなくって、姉を救出しようとして命を落とした、悲劇のヒーローの『少年像』があってもいいんじゃないの」
 何事も、100パーセントのことはなく、0パーセントのこともなく、真実はその中間にあるのでしょうね。

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2017年7月15日(土)1 「暑中稽古」

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 講道館では、7月13日より、「暑中稽古」が始まっています。
 暑中稽古は、1896(明治29)年に、講道館が発案して世に広まった伝統の行事だとのことです。身体を鍛え、やり抜く心を養うため、暑い時期を選んで、当初は30日間にわたって行われていたそうです。今は、10日間となってしまいました。
 平日は午後4時から8時、土曜日は午後4時から7時30分、日曜と祝日は午後4時から6時までの時間帯で、稽古が行われます。
 平日と土曜日は、午後6時と午後7時に、日曜と祝日は、午後4時30分と午後6時に点呼が行われ、そのどちらかに道場にいれば、その日の出席となります。
 稽古の時間帯は、普段の稽古と変わりがないので、私自身は、あまり「暑中稽古」には魅力を感じません。診察が延びてしまったり、勉強会や居合いの稽古などがあったりと、他の用事に邪魔をされてしまうこともあるでしょう。しかし、朝の5時30分から7時30分までの「寒稽古」は、用事に邪魔をされることはありません。もっとも、勤務医時代だったら、夜勤や日当直があり、皆勤は無理だったでしょうね。
 診察終了後、講道館に移動しました。柔道着に着替えて、大道場に上がります。大道場には、世界から柔道家が集まっています。2年前に、私が額の傷を縫ったというイタリア人に声を掛けられます。いろいろな人を診察してきたので、申し訳ないのですが、記憶にありません。香港から来て、膝を診察した女性とも、1年ぶりの再会です。アメリカ人のジェレミー・ヤング氏が声を掛けてくれました。彼も、2年ぶりぐらいでしょうか。スイス人のトゥルーディーさんも、暑中稽古と形の研修で、来日されています。
 先日、「street beer」をご一緒した、アメリカ人のロバート・ゴンザレス氏と、「打ち込み」に続いて「乱取り」をしました。その後、日本人の若者と「乱取り」をしました。
 明日から、当クリニックは三連休となります。クリニックに戻り、柔道着を洗濯し、それを干してから、帰宅の途につきます。本当は、世界の柔道仲間と、稽古の後に軽く飲みたかったのですが・・・。

koyamaclinic at 23:26|PermalinkComments(0)柔道