
ヒマになったら一番初めに見ようとずっと前から決めていた本です。デザイナーの深沢直人、建築家の後藤武、生態(認知)心理学者の佐々木正人の三人が、多くのリファレンスと共にデザインを考察しています。本文と、その中に登場する単語や人物、概念の詳しい注釈がひとつのページに入り交じりながら書かれているので、わかりやすいのですが、立体的に、重層的に読み進なければならない難しさがあります。
この本は、デザインと言っても、広義的なデザインの意味や、カッコよさげの外観を作るための方法論を取り扱っているわけではありません。どの項も非常に興味深いのですが、主にボクが興味を惹かれたのは下記の4つです。
・アフォーダンス
・アクティブメモリー
・フェノメナルトランスペアレンシー ー虚の透明性ー
・知覚システム
この本がしつこく語りかけてくるのは、「客観性を承知していないとデザインは出来ない」ということです。前半のサーフェイスと光(肌理)と重力による環境の定義と認知の関係に関する考察、アフォーダンスの説明はいわば究極の客観性の提示であり、後半ではそれがいかに実際の建築ーデザインーなどで重大な意味を持って実践されているかを証明していきます。
アフォーダンスとは、簡単に言えば「カタチの持つ意味」であり、アクティブ・メモリーとはアフォーダンスの発現を可能にする人類全員が無自覚に持つ共通見解のことです。
どういうことかと言えば、例えば「椅子」は人間に「座る」という行為をアフォード(もたらす)します。しかし、別にそれは椅子じゃなくても、丁度いい高さのある程度平坦な場所があれば、それが岩であれ切り株であれ階段であれ、座ることはできるし実際私たちはそうしています。私たちは「座る」時に、その対象が「椅子」であるか、また「どういう条件だからここは座れる」とかいったことは考えませんが、無意識的に、瞬間的に「座る」ことはできます。
そして私たちは椅子を机としても使うことも出来るし、折りたたみ式ケータイで開いた本を挟んで本止めに使うこともあります。コップを文鎮として使うこともあれば、鉛筆をサイコロに使うこともあります。それらの行動は常に無意識的であり、その時私たちは無自覚にカタチを読み解き、それで何が可能であるか(アフォーダンシビティ)を理解しています。それは好きだの嫌いだのといった個人の好み、主観とは無関係な世界であり、誰もが持ち得ている客観的感覚です。
「自覚はしていないが、身体は知っている」ということです。この「身体の知」がアクティブメモリーであり、未知なる既知であったわけです。それによってあなたはその場、そのカタチが可能にすることーアフォーダンスーを発見しているのです。ーーーというのが、この本で取り上げられていることのひとつです。
私が深沢直人に注目しているのは、彼がこの「未知なる既知」を顕在化させることがデザインの価値だと言い、まさにそれを実践している希有なデザイナーであるからです。建築は人の誘導や感情を操作を全て空間操作によって実現しなければいけない、いわばアフォーダンシビティのカタマリです。広々と感じて欲しい空間を作ったのに、そこを体験する人に狭く感じられてしまったら意味が無いわけです。建築をする人間は空間ープログラムーが人の行動、心理に及ぼす影響を完全に把握しなければならないという意味で、氏の立ち位置は大いに参考になります。

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