永山佑子さんの「届かない場所」展に行ってきました。会場は中村拓志さんの展覧会と同じ新宿のOZONE。



このように天井高が低いテントを張って、その上部に造花、造花一つずつから下部につり下がる重り。


テントの下の空間は様々な高さにまるで空気のように重りが充填され、その隙間を縫うように特定のルートを歩くことができます。雨が降っているときに時間を止めたような(MATRIX REVORUTIONS)、身体の周りがサブスタンス(物質)で満たされた空間性があったと思います。それは重りを吊す糸がほとんど見えなかったり、重りの形状に依るのかもしれません。


いろんなカワイイ家具が置いてありますが、重りに阻まれてその近くに行くことはできない。テントの上にわずかに陰る花と同様、おぼろに認識することはできるが行くことはできない、まさに「届かない場所」。

ポエティックではありますが、そういう空間性が具体的にどんな豊かさを生むのかというのは、ちょっとわかりませんでした。また、その表現の仕方が非常にリテラルかつ展覧会でなければ実現できないもので(実際に重りが充満した居室を作るわけにはいかないでしょう、それがどんなに魅力的な空間だったとしても)、もしそれをもって「これこそが私の理想の空間性です」と言うのなら、これは危ういことだと思います。


「意味性の操作」自体は興味がある空間のつくりかたなので、それがどのレベルの実効性を伴って建ち現れるのかは、今後永山さんの実作を見ることで明らかになってくるだろうと期待します。