編集後記++

れっつねがてぃぶしんきんぐ☆

久々に読み返した記念に

こんな恥ずかしい未熟だった日々の日記をを消すこともできずときどき読み返しては更新してしまう人間だからこそ、今の僕があるのでしょうね。こんにちは、お久しぶりです。

最近はようやく少しずつ自分の生き方に自信が持てるようになってきて、夜更かしする日はあっても、眠れない夜はなくなりました。読み返すまでリアルな実感としては忘れていたけれど、ここにたくさん記事が残っている時期はこの短い人生経験の中ではいちばん苦しかった時期で、特に専門に進んでからは先は見えないし、哲学で食っていく覚悟はできてないし、友達はいないしで本当につらかった。そんな時期を支えてくれた皆さんには本当に感謝の言葉もありません。あからさまに病んでなかったり、憂鬱な気分になる頻度が下がっただけで、さびしいと死んじゃうめんどくさいおっさんに向けてひた走っていることは今も変わりませんけれども。

哲学を語ってるふうなところは、今読むといかにもいかにもめんどくさい背伸びした素人という感じですごく恥ずかしいですね。でも消してしまえないくらいには自分が好きなので残しておきます。今でも正しいと思えることも少しずつは含まれてるし。

ここに何度も書いている、人生の価値みたいなものを何とか救いたいというプロジェクトは、なんとか忘れずにやっていきたいと今でも思っています。ただ最近は、価値がないということは少なくとも証明できない、くらいに弱めたところで勝負せざるを得ないかもしれないと思い始めてもいます。

あと今月は生まれて初めてバイトじゃないお給料がもらえる記念すべき月だったりもします。

なんか〆のコメントみたいになってしまいましたが、気が向いたら書くしこのブログの今後については未定です。本格的に書きたくなったら移転するかもしれないですが、その予定もいまのところないです。

それでは、また会う日まで。今でも見てくれる人がいたら、感謝の気持ちをこめつつ。

ハーバーマス

『イデオロギーとしての技術と科学』よんでるけどおもしろいね、中長期的につきあうことになるかもという感じ。
後期ヘーゲル解釈は間違ってるとおもうけど。

デイヴィドソンとか心の哲学あたりで言う合理性概念とハーバーマスの合理性概念つき合わせたら何か出てこないかなあと期待。
そのあたりで仕事してそうな人といえばブランダムということになるわけだが…。

なつかぜ

なんか手足の関節が痛いと思ってたら、
昨日の午後から熱出してしまいまして。
したいときに勉強できるのって幸せなんだなあ、と、
失って初めてわかる的なかんじで噛みしめたりしておりました。

微妙に風邪流行ってるっぽいのでみなさんもお気をつけて。

日記:110724

ひさびさですがただの日記。続けるかも。すぐ飽きるかも。そして面白いことはたぶん書かないよ。

・24時間テレビ1時間見てしまった。ダウンタウンやらめちゃイケの全盛期には斬新だった芸人いじめも、なんかもはや伝統芸能だね。逆に言うと飽きられつつあるのは否めない。

・スターウォーズエピソード3のオーディオコメンタール見た。ルーカスの民主主義礼賛にイラク戦争のこととか考えてしまう。

・今日は30ページしか読書してないひどい。

・ともだちと夕飯たべた。

元気です

ちょっと遅れましたが、
こちらでしかつながってない方もいるのでご報告。

机に積み上げてた本が部屋じゅうに散乱してるのと
不精なので節電が大変なほかは被害ないです。
みなさんもお気をつけて。

いきてます

しかしなんというか、
哲学のことはわざわざ書かなくてもアウトプットできてるし、
マニアックな内容について適当なこと書くと
検索に引っかかることに気づいてしまったし、
単なる日記のために毎日PCをつける気にもならないし、
それ以前に日常を赤裸々に綴れるほどの若さは失ってしまったし、
かといって読める程度にコミカルに再構成する筆力もないし、
ということで、
ここに何を書いたらいいんだか分からなくなってる状態なので
滞っております。

過去ログを読むと恥ずかしく感じるくらい、
ここにいっぱい書いてたあのころからは時が経ったんだな、
とも思うけれど、
やっぱりここにあるのは全部自分だって自信持って言えるし
消したいとかは思わない。
なんて言ちゃったりするところは何も変わってないつもり。

さしあたり生存報告まで。

23さいに

なってしまいました。

報告

大学院合格しましたです。
ゴールじゃなくてスタートラインですけれども。

現在地をまとめてみる。

いい加減進路をどうにかせねばならないのですがね。
とりあえず整理しよう。

現時点で、これからの人生で格闘すべきと思われる課題は3つ。

(1)自分にとっての哲学的な問いは何か。それを、どう扱うか。

(2)ごく平凡な愛情の渇望

(3)現実的な、経済的自立

(3)は説明不要ですね。いい加減22も後半ですよ。
仮に大学院に進むとしたらそれはモラトリアムの延長ではなく、
積極的な選択だと言い切れる自信はある。
しかし、経済的に完全に自立できるのがいつになるか全く分からなくなる。

(2)もそんなに異常なことは言ってないはず。
これについては一番楽観的に捕らえていて、
どこにいってもそれなりに辛いことも楽しいこともあるだろう、
少なくともその気があれば見つけたり作り出したりできるだろう、
と考えている。

やっぱり問題は(1)。
哲学的としか言えない問いへの衝動を、
社会的にはほぼ無価値と思われている、でも切実な問いを、
どう扱うのか。
基本的なスタンスは3月に書いた記事とほぼ変わっていない。

編集後記++ : 久々に「非・鬱」なまじめぶん - livedoor Blog(ブログ)

少なくともまっすぐその延長線上にある。
あまり変わってないけど、切実なのでもう一度問い直してみる。
(ここからは長くなるので格納しておきます。)

続きを読む

ここ以外の場所なら

山に行きたい。海でもいいな。
レポートもあるし行けるわけないけど。


そこまで考えて、
たったの2年前には、海の日だからと海に行けたのだ、
なんて気付いてしまったり。





戻りたいわけではなく。
むしろ抜け出したいのだと。
いつだって一人で勝手に取り残されて。

周りを引き留める勇気も、前進する勇気もないから、当然の帰結。

それでも正しく、
少なくともここに書いてもいいだろうと思えるぐらいには正しく、
「思い出」に出来ていることを、
どこかで誇っていたりもする。






ちなみに元気ですよ。小説読んでて考えただけ。
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