多様体の存立平面

Kindleで読書する

1月に五木寛之の小説「親鸞 完結編」上下巻を読んでから、遡って「親鸞」上下巻、そして「親鸞 激動編」上下巻の6冊を一気に読んだ。親鸞完結編以外は紙の本でも読んでいたが、今回はKindleで読む。この小説はよくできたエンターテイメントだけれども、奥の深い宗教哲学書とも読み取れるすさまじい小説であった。70歳後半から80歳にかけて五木寛之が全力で書いた代表作である。さすがに完結編は老人小説の趣があるが、その前半の4冊は若き日の親鸞と中年の親鸞を描いていて楽しい。それにしてもこれは一つの宗教哲学書として読み解くのが正しいのだと思う。正直なところ、まだこの6冊の感想を書く力が僕にはない。ハイライトの部分(マーカーを引いた)を読み返しながら、すごいなあとつぶやく日々である。参考までに吉本隆明の「現代に生きる親鸞」の講演をiPhoneで聞く。それでも、なかなか、親鸞についての言葉が出てこない。生きるとは何か、死とは何か、浄土とは何か。

歎異抄第三章「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。しかるを世の人つねにいわく、「悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」。この条、一旦そのいわれあるに似たれども、本願他力の意趣に背けり。」

この考えが親鸞の本質であるが、この考えを受容することは本当に難しい。時代の制約と背景を考えなければならない。だから、親鸞について書くにはもう少し時間がほしい。

大島弓子の「綿の国星」がKindleで半額で購入した。1978年から1987年にかけて白泉社の「LaLa」に不定期で連載された傑作漫画である。山岸凉子「日出処の天子」と共にLaLa1980年代の代表作だ。40年経っても色あせない。大島弓子の漫画は時に哲学的であり、時に純文学であった。説明するまでもなくチビ猫の視点で描かれる世界は斬新で驚きである。漫画家としての画力は大島は天才的である。思考と感受性が40年前にタイムスリップするのも楽しい。すごい時代があったものだ。

夏の間に漫画をKindleで30冊ほど読んだので、秋は本格的に読書。新刊から古典まで、何とか今年中に読んでみたい。現在購入の本の99%はKindle電子本である。紙の本は本屋さんで立ち読みするだけ。読むには圧倒的に電子本が便利で身体に良い。

・「シャドー・ストーカー(上・下)」(文春文庫)、ジェフリー・ディーヴァー (著)、池田真紀子 (翻訳)
・「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(上・下)」(河出書房新社)、 ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳)
・「組織戦略の考え方 ―企業経営の健全性のために 」 (ちくま新書) 、沼上幹 (著)
・「生き方」(サンマーク出版)、稲盛和夫 (著)
・「読書について」(光文社古典新訳文庫) 、ショーペンハウアー (著), 鈴木 芳子 (翻訳)・「人間アレルギー―なぜ「あの人」を嫌いになるのか」(新潮社)、岡田尊司 (著)

寒くなってきた。大阪には秋がない。暑いと思っていたら、すぐに寒くなって冬が来る。短い秋を読書へのスイッチといつも考えている。

ずいぶん本や漫画を読んだけれど発信はしなかった。理由は別にない。なんとなく面倒だっただけかな。それと今年は体調が悪くてなかなか読書にも集中できなかったことも事実だ。これからの季節、がんばって読みながら発信もしたい。

そういや紙の本は1年ぐらい買っていない。今や読書は99%、Kindleに頼っている。  
新鮮さより目の健康の方が大事なので。

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Kindleでの読書報告がちょっと止まっていた。小説や漫画以外にも社会科学や精神医療、新書に文庫といろいろ読んできた。諸事情がありこのブログは停止状態だったので、少し動かしてみたい。

電子書籍の更地」と「きんどるどうでしょう」というサイトでKindleのセール情報が入ってくる。電子書籍は2割引、3割引、更には5割引、9割引なんてものもある。安いとついつい買ってしまう。

この半年でKindleで読んだ漫画のタイトルだけを記す。「ゴールデンカムイ」「東京タラレバ娘」「数学ガール」「かくかくしかじか」「僕だけがいない街」「波よ聞いて」「恋は雨上がりのように」「聲の形」「ブルージャイアント」等など。まあまあ定評のある漫画は押さえている。

夏の暑いときは小説に限る。司馬遼太郎の主要な小説がようやくKindleになってきた。2割引か5割引で購入。「峠」「功名が辻」「北斗の人」「菜の花の沖」「世に棲む日日」「竜馬がゆく」と読んできた。何十年かぶりの司馬再読である。やっぱり、おもしろい。若いときの読書の印象とは違って、大人の読み方ができる本である。

次回はもう少し内容に踏み込んでKindle読書の成果を書いていきたい。

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