井上浩二のブログ:現在(いま)を考える

株式会社ケーティーコンサルティング株式会社シンスター の代表取締役井上浩二が、ビジネスに関して日々考えていることを発信。

株式会社シンスターでは、人材育成に関するコラムを発信しています。是非こちらもご覧ください。

2011年04月

柔軟に対応できますか?

皆さんは、朝の時間はどう過ごされていますか?私は、家を出る前はテレビのニュースを見て、電車の中では新聞を読んで仕事に行くと言うのがいつもの流れです。テレビのニュースは、NHKの「おはよう日本」。民法のニュースもたまには見るのですが、どうもCMと芸能ニュースがうるさくて。しかし、最近どうもNHKのニュースを見ていては駄目なんじゃないか、新聞だけにした方が有効に時間を使えるのではないだろうかと思い始めました。皆さんは、どう思われますか?

震災のニュース”だけ”で良いのか?
リビアの問題は手詰まり感があり、シリアでは大規模なデモが発生するなど、中東問題も長期混迷化が避けられないようですね。こうなると、ガソリン価格の高騰から数年前と同様の原燃料高は今後避けられないかもしれませんね。タイで3月末に起こった大雨・洪水の影響などもあり、エビの価格が上がる恐れなどもあるそうです。また、日本を代表する企業であるトヨタの生産回復は11月から12月ぐらいにずれ込むそうです。物価の上昇、原発問題の長期化に加え日本の主要企業の業績悪化が重なり、今年後半の経済情勢はかなり厳しくなるかもしれません。このような環境下で、個々人、および個々の企業はどのような備えをすべきか、しっかり考える必要があると思います。このような情報を広く正しく伝える事が、『公共放送』であるNHKの報道の使命だと思うのですが・・・ご存知のように現在のNHKの朝のニュースは殆どの時間を震災の情報に費やしています。西日本で起こっている事すら殆ど伝えていない。国技の相撲の問題はどうなっているのでしょう?実際の放送を見てみると、例えば朝7時から8時の間では最初の40分ぐらいを震災のニュース、そして何故かスポーツ、ちょっと事件系のニュースをやって天気予報。『公共放送』の報道として、これで良いのでしょうか?私は、大いに疑問です。

個人的な提案
テレビの良さは、当然のことながら画像。しゃべっている人の表情や現場の様子を見る事で、字や音、写真だけよりもより多くの情報を提供する事ができる。そう考えると、やはりテレビのニュースも見たいなぁと言うのが、私の本音です。では、どうすればいいのか?ただ単に、震災のニュースの枠を縮めれば良いのか?震災の現場や避難されている方々の生の声も聞きたいと言うニーズも必要性もある事は理解できます。そんな事を考えながら(?)土曜日に松井とイチローの試合をBS1で見ていると、試合終了まで放送するために途中から先日まで使われていたBS2に放送が切り替わりました。あの帯域は、まだNHKが保有しているのですね。私はこの辺は詳しくないのですが、NHKは地上デジタルとBSでどれだけの枠を持っているのでしょう?地上デジタルで2チャンネル、BSで3or4チャンネル?よく分からないのですが複数チャネルを持っているのは事実。そうすると、まず地上デジタル(アナログも一緒に)の2つのチャネルの番組編成を大きく入れ替えてはどうでしょうか?朝、勿論子供番組も3チャンネルで放映した方が良いのでしょうが、このような事態なのですから、朝と夜は大人向けの報道を中心に、チャンネルを分けて必要な情報を提供する。また、BS視聴可能世帯数も約1,500万世帯あるわけですから、BSも有効に活用して必要な報道が行えるようにすれば良い。高校野球の時には、あんなに柔軟に番組編成を調整できるのですから、出来ないわけないですよね。是非、このような事も考えて、『公共放送』として適切な対応を取ってもらいたいと個人的には思います。

普段から考えている事で、臨機応変、柔軟な対応が可能になる
このような柔軟な対応、これはどなたでも、どの企業でも求められる事だと思います。その時の状況に合わせて、必要な対応をとる。しかし、あんなに高学歴の方を数多く採用している(と勝手に思っている)NHKも東電もそういう対応はなかなかできないようです。何故かなぁと考えてみると、

・そもそもは普段から有事にどんな対応オプションがあるかを考えているか
・実際に事が起きた時に冷静にどのような対応がベストなのかを考え、行動する力を付けているか

の2つのどちらか、あるいは両方に課題があるのだと思います。今のNHKの朝の番組編成を見ていると、目の前で起こっている大きな問題にだけ引っ張られて、『公共放送』の本来の目的を忘れてしまっているようにさえ見えるのは私だけでしょうか?政府と変わらないですよね。(ま、国の一機関と見れば仕方ないのですかね。)実は、このような対応の難しさは普段のビジネスの現場でもよく目にします。お客様と色々と議論していると、事を上手く進めるための工夫が必要な時に思考停止状態に陥っていて柔軟な対応をとってもらえずに苦労している話も良くお聞きします。私自身も、こうならないように注意するように心がけないと。

最後に、ちょっとお礼を。橋本さん、前回のブログへのコメント、ありがとうございます。嬉しかったですよ。

人の振り見て・・・

このところ、少し余震の数が減ってきたようですね。つい1-2週間ぐらい前は、yahooの地震情報を見ると1ページ目に表示される履歴が殆どその日の余震で一杯になっていましたが、今は4日分ぐらい表示されていますね。しかし、スマトラ沖地震でも最大の余震は3カ月後に来たそうなので、まだまだ予断は許せませんね。皆さん、油断はしないようにしましょうね。企業としても油断せずに備えておくことが必要なのだと思いますが、その備えの話で先週ちょっと気になる記事がありました。NTTコミュニケーションが提供する在宅勤務支援サービスに対する問い合わせが急増していると言う記事です。震災前までは、データ流出を警戒するなどして在宅勤務の導入に二の足を踏む企業も多かったが、今後の余震や夏場の計画停電に備え、経費増になるにも拘らず「業種を問わず、すぐにでも導入したいという希望が多い」という事だそうです。皆さんは、このような動きをどう思われますか?

企業経営も見直す良い機会

このような備えは、確かに今後の事を考えれば今手を打っておくべき事ですね。震災後、リスクマネジメントの観点からこのような施策を検討する事は非常に良い事だとは思います。しかし、よく考えてみれば、「在宅勤務」の議論はかなり前から広く行われていましたよね。しかし、これまでは多くの企業がなかなか実行に移していなかった。ところが、今回の震災と計画停電と言う非常事態が発生して真剣に検討した結果、実施に向けた準備を開始した訳です。今回の取り組みの趣旨はリスク回避ですが、そもそも在宅勤務は「生産性の向上」や「ワークライフバランス」の観点から議論されていました。しかし、その議論ではなかなか腰を上げない企業が多かった。つまり、この観点では真剣に検討していなかった可能性が大ですね。技術的にも、コスト的にも随分前から実現可能だったにも関わらず。このような事象を目にすると、これまでと違う働き方や業務形態を導入する事で、日本企業は本当はもっと生産性を高める事が出来るのかもしれませんね。例えば、同じような技術の応用で実現可能なのがバーチャルコールセンター。現在のIP網を使ってCTIを組めば、物理的にコールセンターを1か所で構築しなくとも、各家庭でオペレーターに電話業務をしてもらってコールセンターを組むことが出来ます。海外では多くの取り組みがあるのですが、残念ながら日本ではまだまだ取り組みが少ないですね。今回の震災を機に、このような取り組みも日本でどんどん進めるべきではないでしょうか。
私としては、このようなニュースを聞いて、私自身もこれまで考えてはいたが真剣に検討していなかった事が多いのではないか、理由もなく躊躇していた事もあるのではないかと言う自省をしました。最近起こっている事を、自分の鏡として見てみると、非常に考える事が多いのではないかと思います。人の振り見て・・・ではないですが、同じ過ちを繰り返さないように考えながら色々な事象を見ておくべきですね。

リーダーには「鳥の目」が必要

震災後の日本政府や東電の対応には、本当に目を覆いたくなるような稚拙な対応が多いように思われるのですが、これも反面教師として見てみると色々と考えさせられます。先週、福島原発の事故をレベル7に引き上げたのは皆さんご存知の通りですが、政府は県知事へも事前に知らせずに発表したようですね。県知事にも知らせないのですから、当然海外へも事前に通知や相談も殆どしていなかったのでしょう。海外各国からも対応の遅さや連絡・情報開示のお粗末さに避難が多く寄せられていますね。

また、震災対応を優先するのは分かるのですが、今後の日本の中長期的な戦略を考えて行く上で非常に重要なTPPの判断も先送りされたようです。東北地方を中心とした農業・畜産業へのインパクトを見直す必要は勿論ありますが、他にも日本を支えている産業は数多くあるわけですから、日本だけ立ち止まっているわけにはいかないと思うのですが。残念ながら、現在の日本の政治家は自分の目の前のことしか見えていないのかも知れませんね。何か大きな決断・決定をする際には、影響を及ぼす内・外の関係者に事前に相談する、知らせると言った基本的な事も出来ておらず、国を司るに足る長期的な視点を持って必要な取り組みを行えるように人を配置する事もできていない。これでは、国と言う大きな組織を動かすリーダーとしては余りにも力不足としか言いようがないですね。リーダーは勿論実行力を求められますが、その行為が正しいかどうかを客観的にみる力、鳥のように高所から全体を見渡して方向性を確認する力も必要なのです。
これまでの菅政権の動きを見て、改めて自分も「鳥の目」を持ち、全体感を持った上でリーダーシップを発揮できるようにならなければと思った次第です。一方、菅政権に一つだけ望むとすれば、もう1ヶ月も経っているのですから、これからは「想定外」だけは勘弁してもらいたいということでしょうか。

三度目の「奇跡」はあると思いますか?

皆さん、お花見はしましたか?震災の状況、被災されている方々の事を考えるとそんな気にもならないし、そんな事をしている場合でもないと言うのが、常識的な考えですよね。確かにその通りなのですが、先週岩手県の日本酒「南部美人」の蔵元がユーチューブにアップした動画が話題を集めましたね。ご覧になった方も多いのではないでしょうか?

被災地の方から「お花見をして下さい!」と言われると、被害の少ない関東地方の我々としては、このような状況下でお花見をすることの罪悪感が少し軽減されますよね。私は、この動画を見て当主が今後の東北地方の経済問題を「二次災害」と明確に仰っているところが素敵です。正に、その通りだと思います。放射能の問題など、まだ解決していない事がありますが、短絡的な私は「よーし、今後は出来るだけ東北地方のものを買おう」などと最近の思いを再確認しました。皆さんは、この動画を見てどんな感想をもたれましたか?
震災はとても大きな傷跡を日本に残しましたが、いつまでも現状に立ち止まってはいられない。復興に向け何をすべきか、個々人もしっかり考えて行動して行かなければなりませんね。そのような状況下で、先週ホンダが発表した「2、3カ月内に四輪をフル生産に戻す」と言う方針は、非常に勇気づけられますね。写真のように、R&Dセンターは非常に大きな損傷を負ったようですが、3月28日から開発業務を再開し、今年度の開発目標は変えずに取り組むとの事。日本を代表する企業の強さを改めて感じますね。素晴らしい!
ホンダR&Dセンター被災状況ホンダR&Dセンター被災状況
読売オンラインより転載
「震災後の日本に復興」、これは今誰もが考えているテーマだと思いますが、日経では震災前から日本の復興に関して「三度目の奇跡」と言う連載を掲載しています。(読まれている方も多いですよね。)皆さんは、今回の震災からの復興も含め、この「タイトル」をどう思いますか?「奇跡」の意味を辞書で調べてみると、「常識で考えては起こりえない、不思議な出来事・現象」(大辞泉)となっています。日本の復興は、常識で考えては起こり得ないようなものなのでしょうか?もし復興したら、世界中が「信じられない!」と驚くような事なのでしょうか?皆さんは、どう思いますか?

歴史のアナロジーで考えてみると・・・

このシリーズでは、過去二度に渡って日本が起こした「奇跡」と対比して日本が三度奇跡を起こすために何が必要かを様々な角度から書いています。言うまでもないと思いますが、一度目の奇跡は明治維新とその後の日本の発展、二度目の奇跡は第二次大戦後の復興です。我々もちょっと歴史的な観点から考えてみましょう。日本は、欧米列強も目を見張る変革を明治維新後に起こすわけですが、この時の日本は「欧米列強の脅威」にさらされていたのは言うまでもありません。この事を、国民はどう捉えていたのでしょう?その状況をちゃんと理解していたのは、本当に一部の国民にすぎません。多くの国民は、危機を知らずに従来通りの生活を送っていた。(今のように、情報が素早く伝達される事はなかったですからね。)このような状況で国を変えるためには、強力なリーダーシップを持ったリーダーが必要なわけですが、これもご存じのように数多くの志を持った方々がリーダーシップを発揮し、倒幕から新政府の樹立、強い日本を創るための取り組みを行って行きました。この史実から考えると、今日本に必要なのは強いリーダーシップですね。高い志を持ち、私利私欲を捨てて(言い過ぎかな?)日本のために尽くすリーダーが必要なわけですが、・・・今の日本の政治家では無理ですよねぇ。とても期待できない。そうするとやはり「奇跡」なのかなぁ?
第二の奇跡である「第二次大戦での敗戦後の復興」はどうでしょうか?敗戦後にも、勿論優秀なリーダーが数多く輩出されたと思いますが、私は最も重要なポイントは「廃墟」となった日本の都市を目にし、親戚知人が戦死し、自らの生活も保障されないと言う共通の経験を多くの国民が共有し、多くの方がこの生活から脱したいと言う強い意思を持って事態に立ち向かったと言う事だと思います。何とかして日本を復興させよう、安全な暮らしを取り戻そうと言うベクトルを共有し、個々人が復興のために苦労を厭わずに努力したお陰で、今の日本があるのだと私は思います。このような史実を前に考えてみると、今回の震災での多くの方々の善意ある行動、素早い復旧に向けた活動などは、日本人には具体的に危機を実感した時に起こす卓越した行動力がある事を証明しているようにも思います。前述したホンダに代表される日本の強い企業力、色々なエピソードとともに共有されている多くの支援活動、全て日本国民が持つ強さなのだと思います。このアナロジーで考えると、今の日本の危機を如何に具体的に共有するか、それを如何に行動に結びつけるかが、今後の日本の復興に向けて非常に重要なポイントなのではないかと思います。

変革に必要なのは「見える化」と実感

本当に人を、組織を、そして国を動かすためには、まず今ある危機を「見える化」することが非常に重要なのです。現在、少子高齢化の問題や環境問題など色々と報道されていますが、全国民にその危機のレベルがどの程度なのかを分かり易く伝えているようには私には思えません。政治家や行政の怠慢ですね。これは、企業活動でも同じ事。倒産寸前になって会社の状況を社員に知らせても遅いのです。危機を感知した段階から、如何に分かりやすく伝えるかに経営者はもっと意識を払うべきですね。そして、それを実感してもらう。そのためには、ある程度の痛みも共有すべきです。国のレベルで言えば、例えば増税、企業レベルでは極端には減給。痛みを共有する事で、実感が持てます。これ抜きでは、「ま、そうは言っても大丈夫じゃないの?」などと構える人が出てしまう。(そう思う人が出てしまってもしょうがないほどある意味「豊か」な事が今の日本の弱みでもありますね。)そして、この痛みの共有と同時に必ずやらなければいけない事が、この危機を乗り越えるための具体策の提示乗り越えた後のビジョンですね。「この危機を乗り越えられるだろう」と言う実感も持たないと、前に進むモチベーションなど起きないですよね。今の日本で経済的な成長を実演するためには、具体的にはどのような手段があるでしょうか?例えばですが、眠っている力の活用などはとても意味のある打ち手だと個人的には思います。非常に優秀な女性が数多く家庭にいる。能力も意欲もあるのに、その力を発揮できていない方も多い(と思っています)。ネットなどが普及した今だからこそ可能な就業形態、そのような人材を採用する企業への支援なども含めて、具体的に戦力化の方策本来なら国が打ち出すべきではないでしょうか?元気なシニアの方々も同様。まだまだ隠居するには早い、勿体ない方々が沢山いらっしゃいますよね。その戦力化の方策も重要だと思います。ま、これは一例ですが、今の日本が実行可能で有効な打ち手は多々あると思います。そのうち手を打つためには、勿論国レベルの強いリーダーシップがあれば良いですが、なくても各企業や団体で実行可能だと思います。痛みを共有しつつ、危機を乗り越える具体的な方策を打ち出す。そうすれば、日本の復興は「奇跡」ではなく、常識的な取り組みで実現できる事なのだと私は思っていますが、皆さんは如何思われますか?

さて、最後にちょっと告知です。ITメディアエグゼクティブで連載しているコラムの第3回をアップしました。お時間のある時にご覧下さい。

「ゆとり」のある生活を送っていますか?

震災から3週間が経ち、日に日に明らかになって行く被害の大きさには驚きを隠せません。被災された皆さんのご苦労・ご心労も増すばかりで、本当に心が痛みます。原発の問題も含め、出来る限り早い事態の好転を祈らずにはいられません。一方、みずほ銀行のシステム障害の話や先日処分が報道された大相撲の八百長問題など、普段なら新聞の一面を賑わすような話が霞んでしまっていますよね。ある意味、このような事件に関わっている方々にとっては、世間の注目を浴びずに助かっているようにも思いますが。このような状況で、先週中学校と一部高校の教科書検定の話も報道されていました。「脱ゆとり教育がテーマです。この話は、今後の日本を作っていく人材育成に大きくかかわる事であり、とても大事な事だと思ったので、今回はこの話から私が考えた事を書きますね。

創造力を育成するためには何が必要なのか?

今回の教科書検定では、ずいぶんと教科書が厚くなったようですね。特に、理科と数学。2000年度と比べると、各々78%63%のページ増だそうです。(ページ数が増えれば良いと言う訳ではないと思いますが。)「イオン」や「2次方程式の解の公式」など、ゆとり教育で高校に先送りされた内容が数多く復活したとの事。いやぁ、この数年間の「ゆとり教育」とは、一体何だったのでしょう?この間の教育を受けて育った世代が気の毒に思われて仕方ありません。「ゆとり教育」とは、そもそも知識重視の詰め込み型教育から経験重視の創造力育成型への転換を狙って実施されたと私は理解しています。そして、経験を積むためには時間的余裕が必要との事から週5日制を導入し、その時間短縮のために教科書で取り扱う内容も薄くなった。しかし、その結果として毎日夜遅くまで、あるいは夏休みなどの多くの時間を塾通いに費やす子供達が増えた。何だか、ちっとも「ゆとり」を生み出していないですよね。逆に、「ゆとり」がなくなっているようにも思えますが。子供達がそのような努力をしても、学力の国際比較では順位が落ちて行くと言う問題が起こり、今回の「脱ゆとり教育」⇒「教科書で取り扱う内容の充実」になったのでしょう。しかし、扱う内容が増えても週休5日制は手を入れない。こんな事で、本当に本来の目的を達成できるのでしょうか?文科省含め、制度の変更に関わる方々にはもっとよく考えてもらいたいものです。
ところで、本来の目的である「創造力育成」のためには、どのような施策が必要だと皆さんは思いますか?色々な施策があると思うのですが、私は指導者(先生)のレベルアップが非常に重要な施策なのではないかと思っています。
私は、学生としてはあまり褒められた生活を送っていたわけではないのですが、高校の時にとても良い世界史の先生に恵まれ、その先生の話は良く聞いていました。その先生の授業では、教科書には書いていない色々逸話などを盛り込んでお話してくれたのですが、フランス革命の授業の時、「18世紀後半のヨーロッパでは、市民生活はフランスよりもドイツの方がよほど過酷だったのです。しかし、ドイツでは革命は起こらず、フランスで革命が起こった。何故だと思いますか?」と言う問いをされました。皆さんは、何故だと思いますか?その時の授業では、『18世紀ドイツは封建制度を徹底的に強め、フランスのように自由を認めて行くような統治を行わなかった。経済状況が悪くなると、その封建制度をより一層厳格なものとした。一方、フランスは市民の自由を認める方向に動いた。一旦認めてしまうと、それを引き締め直すのは難しい。そしてフランス革命へと繋がって行った。』と言うようなポイントをお話し頂きました。勿論、ドイツの封建性が如何に厳しかったかなどの逸話も加えて。言うまでもないと思いますが、これはソ連の崩壊に対して北朝鮮が何故崩壊しないかにも繋がる話ですよね。また、ネットで様々な国の情報が入ってくる中東で今起こっている問題にもある意味通じる。私は、この授業で歴史は繰り返される、あるいは環境変化に対する結果の必然と言うような考え方を教えてもらった気がしています。当然のことながら、この教えは今でも私が何かを考える際のヒントになっています。
そもそも、創造力とは何でしょうか?特に、ビジネスの世界で。やみくもに「突飛な」事を考える事ではないですよね。基本的な知識は持った上で、周囲の事実を正しく評価し、分析する。その上で、今どのような事が必要かを考える。そこで重要な事は、何もかも全てが新しい必要はない。従来の考えややり方、製品などに何か一つでも大事な付加価値が加わっていれば、これまでにない新しいものになる。このような創造力を付けるためには、「考えるヒント」が必要なのだと思います。そう言うヒント、考え方を子供のころから身につけ、これを使った「考える癖」を付けるための教育を行うためには、当然のことながら指導者のレベルが高くなければいけない。強制的に丸暗記させて、それを覚えたら評価するようなテストばかりをやるような先生ではだめなのでしょうね。ちなみに、先にご紹介した先生は、テストに年号の穴埋めなどは殆ど出しませんでした。殆どが論述で、歴史上の事象が起こった理由やその功罪の評価などを書かせるものでした。

自分の基準を持ち、工夫する力を身につける事が必要

ここまで、先日気になった「脱ゆとり教育」のための教科書検定の話から考えた事を書いてきましたが、最後に本題の真の「ゆとり」に関して書いておこうと思います。そもそも、「ゆとり」とは何なのでしょうか?皆さんは、今ゆとりのある生活を送っていますか?きっと答えは様々だと思います。同じような生活を送っていても、ゆとりがあると言う人もいれば、ないと言う人もいると思います。つまり、ゆとりのあるなしを決めるのは自分であって、他人ではありません。そう考えると、大事なのは自分なりの基準を持ち、その基準に照らし合わせてゆとりがあると思える生活を送れるように自分で工夫できるようになる事ではないでしょうか?(勿論、過酷な労働を強いるような、過労死の問題を引き起こすような会社は論外であり、そのような経営者の下で働いている方は自分の工夫以前に会社の環境を変えるか会社を変える必要がありますね。)では、その基準とは何なのか?これも人によって異なると思います。経済的ゆとりなのか、時間的ゆとりなのか、その両方か?ゆとりを日々単位で考えるのか、1週間か、1ヶ月か、1年か、それ以上か?毎日時間的にも経済的にもゆとりを持ってとなると、経済的と言うのがどれぐらいかにもよりますが、かなり有能な人でないと難しそうですね。恐らく年をとるとともに、長期的な観点も持ちながら、3カ月から1年ぐらいの期間で工夫する力が出来てくるのだと思います。このような工夫をするためには、当然のことながらビジネスを考える力を磨く必要がある。上手く磨けば自分なりにはより「ゆとり」を持った生活が送れるでしょうし、そうでなければいつまで経っても人から与えられた枠でゆとりがないと”思う"生活を"強いられているような気がする"のではないでしょうか?勿論、会社は会社で、制度などで出来る限り社員の生活を充実したものにできる工夫をして行く必要がありますが、「ゆとり」の基準が個人にある限り、個人でその基準を満たすように工夫して行く必要があるのだと思います。(個人的な話だけでなく、組織に働きかけて組織でのやり方を変えるのもこの工夫の一つです。)その工夫をする力を磨き続けるためにも、大学までの教育制度はしっかりしたものであって欲しいものです。
livedoor プロフィール

Koji

美味しい食べ物とお酒をこよなく愛すコンサルタントです。戦略立案とBPR、及びこれを実現するためのITなどに関するコンサルティングを提供しています。また、ビジネスリーダーを育成するシンスターで企業研修などの講師も務めています。
株式会社ケーティーコンサルティング、株式会社シンスター代表取締役

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