井上浩二のブログ:現在(いま)を考える

株式会社ケーティーコンサルティング株式会社シンスター の代表取締役井上浩二が、ビジネスに関して日々考えていることを発信。

株式会社シンスターでは、人材育成に関するコラムを発信しています。是非こちらもご覧ください。

2014年01月

ポジティブに考えていますか?

前回のブログでNYにたどり着いたところまで書きましたが、NYでは友人宅で思い出話や家族の話、今の仕事や今後の協業に関してなど、楽しく話して、食べて、飲んで・・・本当に楽しいひと時を過ごしました。素敵な思い出を作ってさぁ帰国、という時に思わぬことが起こりました。家内が右大腿骨を骨折し、救急車で搬送、緊急手術と言う大変な目に合ってしまったのです。(術後の経過はとても順調で、今は一安心。だから、こんな風に書けるんですけどね。)私は、以前アメリカで暮らしていた時にも医者にかかることはなく、アメリカの病院は初めて。ここでも、私は本当に貴重な体験をしました。

ERって、米国の医療従事者って・・・
ERと言うと、多くの人はあの有名なアメリカのテレビドラマを思い出すのではないでしょうか?
 
働く人たちに緊張感があって、皆が患者の治療に一心不乱。経験の浅いドクターも、持てる力を最大限に発揮して、患者と家族に尽くす。これは、幻想です。全くとは言わないけど、かなりのんびりした、結構いい加減なところです。(生死にかかわる患者が搬送された時には違うのかもしれませんが。)私は、早朝から夜まで、2つの病院のERにいたのですが、その限りではテレビとは全く違いました。点滴がずれてビープがなり続けても、こっちが呼びに行くまで看護婦は来ない。ナースステーションでは、そこにいるドクターも看護婦も、結構世間話に花を咲かせ、のんびりやっている。若い学生あがりのドクターが多いのはテレビの通りですが、この人たちがまたいい加減。何かを聞いて分からないと、偉いドクターに確認すると言っただけで全く戻ってこない。後から確かめると、聞きにもいっていない。CTで検査後に手術内容を説明すると言っておきながら、何も説明せずに勝手に手術を始めようとする。CTの画像を見せて説明して欲しいと言ったら、患者と家族、病院関係者でごった返しているナースステーションのカウンター越しに適当なモニターでレントゲン写真を写し、よく見せもせずに早口で言いたい事だけ言う。全くひどいところです。
術後の入院期間にも、色々と興味深い経験をしました。まず、アメリカの病院はうるさく、騒がしい。日本では、病院は静かにするところと言うのが常識ですが、病院で働いている人も大声で話しながら、機器の搬送もひっきりなしに大きな音を立ててやる。病室もテレビを大音量でつけ、大声で話す。看護婦に「少し静かにしてもらえないか」と頼んだら、そんなことできないと言う。また、看護婦はそれぞれ自分の担当の患者が決まっており、担当看護婦が見当たらない時に周りの看護婦に相談すると、「私の担当じゃないから」となかなか相手にならない。日勤と夜勤は、殆どちゃんと引継ぎをしない。まぁ、これでよく成り立つなぁと感心しました。日本だったら、これまた大変な事になっているなぁと思わざるを得ません。
しかも、医療費はべらぼうに高い!金額は書きませんが、日本とは1桁違います。こんなにレベルが低くて、この価格には本当に驚かされました。

ものは考えよう
家内が大怪我をした時には、私も本当に参りました。一瞬、「来るんじゃなかった・・・」なんて思いも。しかし、よくよく考えて見ると、そんなに悪いことばかりじゃない。家内の手術を担当して下さったドクターはとても良い方で、手術の内容から術後の対応もきちんと分かり易く説明して下さり、術後の対応もとても丁寧にして下さいました。沢山いるドクターの中から、信頼できるドクターに「たまたま」担当頂けたと言う感じです。また、家内は大怪我をしてしまいましたが、「たまたま」NYの友人宅に滞在中だったのも不幸中の幸い。米国の医療機関とその仕組みなんて、私は全く知らなかったですから、友人が色々と教えてくれて本当に助かりました。また、病院に詰める時も、友人宅で息子の面倒を見てれたので、私も安心して看護に専念できました。そして、退院後は、友人が家内が飛行機に乗れるまでの面倒を見てくれているので、これまた安心して私は一足先に帰国することができました。ラッキーですよね。本当に。家内の術後の経過も本当に順調で、友人、そしてドクターに感謝、感謝です。
前回のブログでマイアミ空港に36時間いた話を書きましたが、それにも実は後日談が。私は、4日の夜にNYにラッキーにも着くことができたのですが、翌朝JFKではデルタ航空機が滑走路で事故を起こし、空港が10時間以上に渡って閉鎖されました。その結果、更に2500便が欠航に。病院で、たまたま私と同様に3日の朝からマイアミ空港にいた方に会ったので話を聞くと・・・その方は結局7日になってバスで10時間ほど他の都市に移動し、8日のフライトで何とか帰り着いたとか。本当にお気の毒でした。それからすると、私は「たまたま」良いCutomer Service Managerに出会うことができ、「運よく」NYに行くことができたわけです。本当にラッキーとしか言いようがない!
家内の怪我も、考えようによっては足で良かった。頭を打っていたら、こんなどころの騒ぎじゃないですね。物事は捉えよう。今回の旅行では色々あったけど、本当に運が良かった。だから、こんな風にブログも書いていられる。ポジティブに捉えるべきですよね。どんな苦境にあっても、そう考えると物事が違って見えてくるんじゃないでしょうか。プライベートでも仕事でも、なかなか上手く行かなくて苦しい時もありますが、捉えようによっては良い側面が必ずあるはず。それを軸に考えれば、物事は違って見える。私は、年初からこんなについているのだから、今年は本当に良い年になりそう!今年は楽しみだなぁ、なんて本当に思っています。常にポジティブシンキング、今年の私のポリシーです。

ルールを正しく運用していますか?

今年頭からの米国北東部の寒波、物凄かったんですね。数十年ぶりとか。ニューヨークでも死者も多数出て、体感温度はマイナス26度、飛行機も3日の午後2時時点でなんと2351便が欠航したそうです。(その後、更に被害は拡大するのですが・・・)なんて、これが他人事でなく、私もその渦中におりました。3日午前7時発、マイアミ-JFKの飛行機に乗るはずだったのですが、これが当然キャンセル。現地で3日の午後から次第にJFK便も飛ぶようになったのですが・・・

不透明な運用ルールって・・・
我々一家は、やむを得ずスタンバイリストに載せてもらい、乗ることができる便を待つことになったわけです。最初は、とにかくスタンバイの申請をして、出発便のロビーに行って待っていました。大勢の方がおり、我々よりも前の日から空港にいてスタンバイになっている方も多いので、順番が回ってこないのは当然。致し方なしですね。でも、「運が良ければ乗れる」というような事を飛行機会社の方が言うので、お昼からその日の最終便まで、スタンバイリストを更新しながら、ロビーを転々としました。「ま、明日には乗れるでしょう。こんな経験も、後から振り返れば楽しい思い出。折角だから楽しもう!」なんて家族に言い、翌日の朝一番の便で行けることを楽しみにその日は飛行場で一夜を明かしました。で、次の日になってみると・・・朝1便、2便、3便・・・全く乗れない。スタンバイリストを見ていると、一度順番が上がっても、次の便では順番が下がっている。私は、当然キャンセルになった便の順番通りにスタンバイリストが作成されていると思っていたのですが・・・これが違うんですね。優先のルールがあるそうで、マイアミ空港を経由して飛ぶスケジュールの方が優先されるそうです。つまり、我々より後の便でキャンセルにあっても、どこかよその空港から来て、乗り継いでNYに行く人が優先されると言うことで、その人たちがスタンバイリストに乗ると我々の順番が下がる。そんな馬鹿な・・・なんて思ったってしょうがないですよね。じゃ、そういう人たちがあとどれぐらいいるのか教えてくれと言っても、「そんな事はわからない」の一点張り。それじゃ、こっちはやってられないですよねぇ。いつごろ乗れるかの見当もつかないのですから。じゃ、1日ホテルでゆっくりして、翌日からもう一度って考えたんですけど、これもダメ。スタンバイリストを飛行場で更新し続けないと、リストから一旦排除され、順番は最後に回されるとか。(本当かなぁ?)
しかし、よく見ると、それ以外にも優先順位を決めるルールがあるようです。それは座席のクラス。実は、家族で私だけファーストクラスで、家内と息子はプレミアムエコノミー。家族3人で必ず一緒に行くと伝えてあったのですが、誰か頭の悪い方がスタンバイリストを更新する際に操作を間違ったのでしょうね。突然、私だけリストのトップに表示されたわけです。で、順番が回ってきたので、家族と一緒にと事情を説明してもそれは受け入れない。結局、またずっと後ろに回されてしまいました。私としては、私がファーストクラスで優先順位を最後にしてもらっていいので、エコノミーの家族と3人で一緒になるようにして欲しいと言っても、スタッフは全く聞く耳持たず。自分にとっての例外処理は一切やらないと言った状況でした。ま、彼らには与えられたルールがあるのでしょうが、外からは全く見えない。で、それをルール通りにやる。日本でこれやったら・・・大変な事が起こるでしょうね。

マニュアルに従うにも、運用の仕方が・・・

他にも、面白い体験をしました。マイアミ空港で寝る前に一服したく、一旦外に出ました。時刻は23:20ぐらいだったかな。で、中に戻ろうとすると、セキュリティで止められました。持っていたのが翌日のスタンバイリスト。24時を過ぎないと入れないというのです。中で家族が待っているから、あまり戻らないと心配すると言っても”NO."の一言。他にもやらなければならない事が沢山あってそうするのであれば、多少理解もできるのですが、他にすることは何もなし。暇でプラプラしているのです。上司に聞きに行ってと頼んでも、"NO."の一言。どうなっているのでしょうねぇ?
びっくりした体験は、他にも。話は全然違って、昨年末にマイアミで見に行ったドルフィンズ対ジェッツの最終戦。テロ防止だと思うのですが、バッグなどは持ち込めない。透明のビニール袋をもらって、持って行きたいものだけ持って行くシステムになっていました。私と家内はそれで対応したのですが、息子にかってあげたドーナッツは紙袋に入っており、そのまま手に持っていたのです。それを持って入ろうとしたら、受付のスタッフは「それは、持ち込めない。ここで捨てて下さい。」と言うではないですか。袋の中を見せても「捨てろ!」の一点張り。子供のおやつですよ。おやつ。
他にも色々と経験したのですが、米国で以前よりも更に目立ったのは、マニュアルの順守、状況を考えない、自分の仕事と決められたこと以外はしない人が増えた事。(私の眼には、ですが。)単純にした方が効率は上がりますが、効果としてはどうなのでしょうねぇ。状況による違いなどを加味しないマニュアル、それってそもそも良いのかなぁ、と疑わざるを得ませんでした。

どこにでも、良い男、良い女がいる
しかし、どこにでもちゃんとした良い人はいるものです。アメフト場では、近くで見ていた一般の女性が大声でスーパーバイザーを呼んでくれました。呼ばれて来たスーパーバイザーは、笑顔で私の息子に、
「何持ってるの?ドーナッツ?自分の分かい?パパとママのもあるの?おじさんの分もあるかな?どれ、中見せて。良いよ、ゲームを楽しんでね。」
と、そのスタッフが「そんな・・・」って顔しているのを横目で制しながら、持ち込みを許可してくれました。
飛行場では・・・このまま地上スタッフと話をしていてもラチが明かないと思い、権限のありそうな人を探してみました。すると、あるカウンターでCustomer Service Managerのバッチを付けている男性を発見。これまでの状況を説明し、絶対に家族3人でないといけない旨を伝えると、
「OK.分かったよ。君はファーストだし、優先順位はもっと高いから順番をあげるよ。」
「私だけでなく、家族3人共ですよ。」
「分かっているよ。3人一緒に動かすよ。」
「ありがとう。で、何番目になるの?」
「次のスタンバイリストで確認してみて」
と、ウィンクするのです。とにかく順位が上がったのだったら良しと思い、御礼を言って次の便のロビーに行ってみました。すると・・・なんと順位はトップに。その前は40番目ぐらいだったのに。権限もあるのかもしれませんが、やっぱり心ある人はどこにでもいるのですね。我々は、4日の夜、無事にNYのJFKに着くことができました。

NY到着後は、友人と会い、つかの間の再会を楽しんで帰路に就く予定だったのですが・・・その後、思いもよらぬ事を経験することとなりました。その話は、また次回に書きますね。お楽しみに。

想定外の事にどう対処しますか?

皆さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
本当は、昨日第1回を書くはずだったのですが・・・休暇先の米国で色々な事があり、帰国が遅れて昨日帰ってきたので、1日遅れとなってしまいました。どんな事があったかって?詳しくは、来週以降に書きますね。休暇後半で、本当に思ってもいなかったことに遭遇し、私としても色々と勉強にもなりました。皆さんに面白く伝えられるように書こうと思いますので、請うご期待!

で、新年第1回は、ITメディアエグゼクティブで連載しているコラムの最新のものが先週掲載されましたので、転載しますね。今回は日立の鉄道事業の事を書いてみました。

持てる力を現地で立証することで先進国市場を攻略 日立鉄道事業

グローバル化、海外進出というと成長性の高い新興国に目が向きがちである。しかし、現存するマーケット規模から考えると、先進国をターゲットとしてビジネスを展開することも1つの重要なオプションとなる。

 日立製作所は、2012年7月英国の都市間高速鉄道車両置き換え計画(IEP:Intercity Express Programme)事業で車両270両を追加受注した。この結果、IEPにおける日立の総受注額は約8800億円となった。日立が、英国鉄道市場に進出してから15年、初受注から10年の快挙と言える。日立の鉄道事業が英国に進出した1999年には、その海外売上高比率は1%に過ぎなかった。しかし、2012年度には26%を達成し、15年度には60%、16年度には65%という目標を掲げている。独シーメンス、仏アルストム、加ボンバルディアというグローバル3強の寡占であった英国鉄道市場において、日立はいかにしてこのような成功を収め、今後の高い目標を設定しているのであろうか?

先進国をターゲットに海外に進出することの意味と難しさ

 日立鉄道事業の海外進出は、先進国市場攻略の1つの成功モデルを示したという意味で、その意義が大きいと言える。多くの日本企業が、海外進出を検討する際に今後の成長性を考えて新興国をターゲットとするが、既存マーケットの規模から考えると先進国も重要なターゲットとなるのである。先進国市場では、マーケットが製品やサービスを熟知しており、新たなビジネスを創り上げる時に必要な「教育」コストを抑えることができる。但し、既存プレーヤーに対して明確に差異化できるポイント、「強み」を持っていなければならない。「超」成熟といわれる日本市場に90年代の半ばに進出したスターバックス、2000年以降のイケアやH&Mといった企業の成功は、この好例と言える。逆もしかりで、昨年のコラムで取り上げたニトリやダイソー、良品計画などの米国進出も、同様の考え方に基づく戦略と言えるだろう。

 1990年代後半の日本の鉄道車両業界は、市場の成熟に伴い非常に厳しい状況にあった。そのような状況下で、グローバルレベルで4割以上の規模を占める欧州市場に日立は目を向けたのである。その中でも、国内に鉄道車両メーカーが存在せず、民営化後に鉄道事故が多発し、日本鉄道業界の安全性や正確性の高さに英国政府、鉄道業界が着目するという追い風が吹いていたことも背中を押し、日立は英国市場をターゲットにした。日本での厳しい競争下で磨き上げた経済性、安全性、快適性などに秀でたアルミ合金製次世代車両システムである「A-Train(AはAdvanced、Amenity、Ability、Aluminumの意)」を武器に、競争力のある価格を提示できれば参入可能との読みがあったようである。しかしながら、グローバル3強が支配する市場への参入は容易ではなく、日立は2回に渡り大きな入札案件で失注することになる。

現地での技術力の証明とビジネスを推進するための現地化の実行

 進出から3年、相応の投資にも関わらず結果が伴わなかったのだから、この時点で参入を諦めるというオプションもあったが、日立は2度の失敗から得た教訓を元に戦略を変更して辛抱強くビジネスを継続した。その変更の重要なポイントは以下の2点にあったと言えるだろう。

 第1のポイントは、日立の持つ技術力の現地での証明である。英国の鉄道の歴史は日本よりずっと古く、インフラが日本とは異なる。日立の実績は日本の新しいインフラでのものであり、英国では日立の車両は「ペーパートレイン」と揶揄されていた。注)そこで、英国で使い古された車両に日立製のインバータ駆動装置を始めとする主回路機器を組み込み、「V-Train(VはVerification、Victoryの意)」と称して2002年より2年半に渡り実装試験を行った。

 V-Trainは、英国の異なる鉄道インフラで無事故・無故障で走行し、日立製車両の品質と安全性を立証することになり、2004年のClass395と呼ばれる案件の初受注に大きく貢献するのである。更に、このClass395は2009年の営業開始後に日立の技術力の高さを証明するという好循環を生んでいる。2009年、10年に欧州が大雪に見舞われた際、ユーロスターを始めとする他社の車両は運行停止となったが、Class395は運行を継続し、運行停止となった車両の救援にも使用されたのである。

では、続きはITメディアのサイトでどうぞ。

本年もよろしくお願いします。

livedoor プロフィール

Koji

美味しい食べ物とお酒をこよなく愛すコンサルタントです。戦略立案とBPR、及びこれを実現するためのITなどに関するコンサルティングを提供しています。また、ビジネスリーダーを育成するシンスターで企業研修などの講師も務めています。
株式会社ケーティーコンサルティング、株式会社シンスター代表取締役

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