井上浩二のブログ:現在(いま)を考える

株式会社ケーティーコンサルティング株式会社シンスター の代表取締役井上浩二が、ビジネスに関して日々考えていることを発信。

株式会社シンスターでは、人材育成に関するコラムを発信しています。是非こちらもご覧ください。

2014年07月

誰の背中を見ていますか?

日経新聞の2面に「迫真」というコーナーがあるのですが、皆さんは読まれていますか?1週間特定のテーマを追いかける連載記事なのですが、時に現場に深く入り込んだ取材があるので、私は結構楽しみに読む週が多くあるように思います。随分前になりますが、シャープが特集された時には、鴻海(ホンハイ)精密工業の方々がシャープの事をどう見ているか(日本人は決断が遅い/しない、責任が不明確など)といったことをインタビューの生声で伝えていたり、サムソンの会長が2000年代中盤を振り返って「シャープが液晶コンビナートで自社技術をブラックボックス化しようとしたので勝負できると思った。もし、シャープが自社技術を中国企業などに提供してして、高品質の液晶を安く作ったら、勝負のしようがなかった」とコメントしている事が紹介されていてたりして、非常に興味深く読んだことを憶えています。(多くの日本企業がとる自前主義の戦略、その戦略をシャープがとったから勝機を見いだせたなんて、かなり奥深いコメントだと思いませんか?
先週は、「プロ経営者の戦い」と題して、最近外部から大企業のトップに招かれた方々(サントリーの新浪氏ベネッセの原田氏など)の活動が報じられていました。毎日違う方の事を紹介していたので、あまり突っ込んだ内容になっていないように思えたのが少々残念だったのですが、プロ経営者の発言などが紹介されていたので、興味深く読みました。その中で、4人目に紹介されたLIXILの藤森氏の回はちょっと引っ掛かることがありました。今後活躍が期待される女性社員の議論の場を遠巻きに見ている男性役員陣に「もっと中に入って議論しろ」と仰ったり、「日本人が海外に適応するように変われ」と繰り返し話されていることなどは、流石!と思って読んでいたのですが・・・

「『俺の背中を見ろ』という日本の指導法は海外で通用しない」

この一言を読んだ時に、私としては「そうかなぁ?」なんて思ってしまいました。皆さんは、どう思われますか?

日本でも通用しなくなっている?
『上司の背中を見て成長しろ!』、最近聞かなくなったフレーズですねぇ。これは、そもそも日本でも通用しなくなってきているように思うのですが。上の立場の人たちからは、「最近の若者は、すぐに『それは教えてもらってませんから』なんて言う。昔は見て盗むのが当たり前だったのに・・・」なんて愚痴をたまに耳にします。実力主義などの弊害ですかねぇ。「こうやらなかったのが悪い」と指摘された時に、「はい、分かりました」なんて答えてしまったら、そのやり方を自分が身に付けていなかった責任を認めたことになってしまう。評価される側からすると、不条理なレベルでこのような評価をされるのは避けたいところ。そうなると、『教わっていない』は自分を守る大事な言い分ですからね。そういう時代では、部下を育てるには相手と教える内容によってコーチングとティーチングをうまく使い分け、相手に分かるように指導していかないといけない、という事になるのでしょうか・・・何だか、つまらなくありません?確かにそうなのでしょうけど、私は何だか窮屈に感じます。もっと伸び伸びとやる方が良いと思うのですが・・・

盗む側にも工夫が必要
自分が成長したいのだったら、本なんかを読んで勉強するのも良いですけど、目の前に出来る人がいたらその人から盗んじゃった方が楽だと私は思います。但し、盗むのがそんなに簡単じゃない。そりゃそうですよね。出来る人には、その人なりの経験と、その経験に裏打ちされた考え方がある。そこまで盗まないと、自分で再現できない。そこを盗むには・・・どんな方法がありますかね?
簡単な方法は、その人に聞くですかね。ただ、相手も忙しいし、こちらに分かるように伝えてくれるとは限らない。大事なのは、相手に鬱陶しがられずに、機会があるごとに細目に聞くことなのでしょうね。「さっき、何故あの質問をしたのですか?」とか、「何故AでなくBを選んだんですか?」とか。色々な行動にその方の思考が反映されているわけですから、分からなかった都度、相手の負担にならないように上手く聞いていくと、その人の根底にあるベースが分かってくるのではないかと思うのですが、如何でしょうか?
時間はかかるが必ず自分のものになるやり方は、猿真似でしょうか。口癖から始まり、その人をとにかく真似してみる。その人が言いそうな事、やりそうな事を真似してみると・・・最初は結構失敗します。そりゃそうですよね。猿真似ですから。でも、失敗すると何故失敗したかを考えられる。自分の考えのどこが足りなかったのかを見つめ直すことができる。正にそういう部分が、猿真似した人が持っている部分ですね。その部分に自分で気付くことができたら、それは自分のものになる。
ま、やり方は色々あると思うのですが、下の立場としては「出来る人の背中を見る」、「出来る人から盗む」という強かさはとても大事なのではないかと個人的には思います。如何ですか?皆さんは、最近誰か身近な他人から何か『盗み』ましたか?そもそも、誰かの背中を意識してみていますか?

背中を見られる側は?
一方、背中を見られる側はどうでしょう?時に、「部長みたいにはなりたくないですね」なんて悲しい声を若い人から聞くことがあります。上と下の板挟みにあって、汲々としている上司の姿。それを見て、自分はああはなりたくないなんて事なのでしょうか。高度経済成長の時代は、市場が伸びているので一生懸命やると(やるだけで?)成功する確率が多かったように思います。一生懸命さが業績に、そしてその人のキャリアアップに連動する。そうだと、下から見ていても「あの人格好良いなぁ。」なんて思えることが多いのだと思います。しかし、超成熟の現代は、これが以前よりも難しくなってきている。そんな中、元気のない姿を部下に見せてしまう。そうなると・・・

「背中を見たい人がいない」

なんて事になってしまうのでしょうか。素敵な人も、一杯いるんですけどね。こんな状態を打破するためには、やはり見られる側が襟を正さないといけないですよね。辛いことがあっても、簡単に表に見せない。難しいことも簡単に諦めない。仕事でそんな風にやりたくなければ、当たり前の仕事はしっかりとした上で、プライベートを楽しむ姿を見せる。あらゆる面でとはいかないので、やはりどこかの分野で部下が敬意や憧れを持つようなことを実践し、姿で示さないといけないですよね。部下が人間像として目指したいと思ってくるような事を行動で示さない限り、『背中を見ろ!』なんて言えないわけですから。私も年齢的には、大分見られる側になってきているので、自分自身周りからそう思ってもらえるように頑張らなくては、と思わずにはいられません。そうしないと、本当に『俺の背中を見ろ!』が生み出していた好循環、日本の良き文化がなくなってしまいますからね。

最後に、ちょっと蛇足ですが、皆さんは「海外は違う」とどれぐらいお考えですか?藤森氏は、日商岩井、GEを経てLIXIL社長になられたそうで、私よりもずっと海外経験豊富な大先輩。そのご経験の中からの「海外では通用しない」的な発言が多くあり、それは色々な事実に裏付けされているのだと思います。しかし、個人的にはそんなに海外、外人だからって日本と違わないことも多々あり、その方が多いのではないかと思います。本当に仲良くなれば「あ・うん」の呼吸も通じるし、日本人より仁義に熱い方もいるし。殊更、『海外は違う、日本流は通用しない』を強調しすぎるのもどうかなぁと思うのですが・・・勿論、表面的な違いで誤解を生まないように注意する必要はありますがね。皆さんは、どう思われますか?

どんな時に『年』を感じますか?

明日は海の日、子供たちは夏休み突入ですね。約1か月半のお休み、良いなぁ。そんなに長い休み、社会人になってしまうと、引退しないとなかなか取れないですよね。夏休みは、幼かった頃は果てしなく続くように感じたことを思い出します。朝起きてから1日がとても長く、今時分だったら夜のオールスターゲームが始まるのが待ち遠しくて、待ち遠しく・・・1週間後の旅行なんて、待っても待ってもなかなか来ない。しかし、だんだん時が経つにつれて時間に関する感覚が変わりますよね。私にとっては、1年があっという間に感じる年になりました。それが、どんどん加速化する。最近は、1時間が10分ぐらいにしか感じない。年をとったんですねぇ。

隔世の感を感じさせる出来事が『年』を感じさせる
こういうの、『自分時計』とでも言うんですかねぇ。時計の針の進み方がどんどん早くなる。先を見る時間軸が伸びるからそう感じるようになる、なんて良く言われますね。一方、世の中で起こっている出来事で『年』を感じることもありませんか?先週報道されたIBMとAppleの提携、私にとっては正にそんな出来事でした。PCやIAサーバといったユーザーに近い、ハードとしての技術レベルも汎用化してきている事業をレノボに売却し、最近はソフトビジネスに移行しているIBMが、ビジネスソリューションを展開する上でiPhone、iPadを持つAppleと提携する。ジョブズ亡き後、イノベーションが生まれていないとも言われるAppleが、B2B市場における成長を目指してIBMと提携する。確かに、両者にとってメリットのある話なのでしょうね。やはりジョブズがいなかった時ですが、Wintelに対抗する目的で両社はAIM連合を組んで技術協力をしていったこともありましたが、今回はその時とはレベルが違うように思います。ビジネスモデルを変えていこうとするIBMと成長戦略が以前のように描けないAppleが、ガッツリ組んで中長期的な成長戦略を描こうという提携のように見えます。
1984年にAppleがMacintoshを世に送り出した時、ジョブズは「Big Blue(=IBM)はコンピューター業界を、そして情報化時代を支配しようとしている。」と断言し、IBMはその支配を阻止しようとするAppleに銃口を突き付けていると言いました。そして、『コンピューターユーザーを洗脳する独裁者IBM 』 v.s. 『それを打ち砕く解放者Apple』という構図を、ジョージ・オーウェルの小説『1984』になぞらえてCM化しました。なかなか、衝撃的なCMでしたよね。

(上記ビデオでは、IBMのコンピュータにフラストレーションをビジネスユーザーがPCを壊すシーンがあるのですが・・・オフィスにハンマーや電ノコがあるのも面白いし、役者さんの表情も素晴らしい。良い気晴らしに良いですよ。
この戦いの構図をジョブズが世に伝えてから30年、両社がガッツリタッグを組む。どうです?隔世の感あり、『年』を感じませんか?先日、ちょっと調べ物をしていて、他にも「これもそうだよな」なんて感じる記事を目にしました。それは、アルセロール・ミタルと新日鉄住金が提携して北米の自動車業界向け製鉄事業を拡大しているというニュースです。国家は鉄なり、という言葉に表されているように、鉄事業は国策とのつながりが深い。その結果、以前は各国の製鉄業者は友好な関係を保ちながら、互いに協力していた。そのルールを変え、敵対的買収も行って2000年代にビジネスを成長させたのがアルセロール・ミタルですよね。当時、新日鉄も買収されるリスクがあると考え、様々な買収防止策を講じたものです。(ミタルは、官僚化していて生産性も高くない新日鉄を買収する気は全くなかったようですが。)リーマンショックで描いていた成長戦略が崩れたミタルは苦戦を強いられていたので、新たな打ち手を考えていたのは分かるのですが・・・北米自動車業界での鉄鋼供給で先んじ、生産性でも上回るポスコが今の新日鉄住金にとっての競合なのも分かりますが・・・まさか両社が提携し、共同出資してビジネスを進めるとは、環境変化の速さ、時の流れを感じませんか?

変化がないと『年』を感じ難くなる?
要は、変化が時の流れ、『年』を感じさせるのかな、なんて考えてみると、変化が少ないとなかなか年を感じないのかな、なんて考えちゃいますよね。前にも書いたと思いますが、日本人の高齢者と比較すると、欧米の高齢者の方が考え方や行動が若かったりすると思いませんか?NYのタイムズスクェアに行くと、ちょっとお店とかは変わっていますが、その場所全体が醸し出す雰囲気は数十年前とあまり変わらない。地方都市も、何か資源でも見つかって新たな開発がない限り、何十年もあまり変わらない。一方、日本は敗戦から高度経済成長の中で、どんどん環境が変わってきた。(90年ぐらいからは、変化が少なくなってきていますが。)この変化の違いが与えた影響の差、それが先の違いを生み出している大きな要因の一つのように個人的には思います。そう考えると、ちょっと考えちゃうことがありますよね。疲れが抜けない、小さい文字が見えなくなる・・・日々の生活で段々年を感じる事もありますよね。走ったり、ボールを投げたり・・・運動をしてみると自分のイメージ通りに体が動かない。そんな時にも年を感じますね。一方、ビジネスマンとしての精神年齢は、AppleとIBMの提携の意味、その変化を感じなければ、あるいは身の回りで起こっているビジネス上の変化を感じなければ、あまり年をとらない、穿った見方をすると新入社員の時の幼稚さとあまり変わらない、なんて事になるのかな?年をとりすぎるのも良くないけど、適切に年齢は重ねていった方が良いように思います。ビジネスに関わる人間としては、そのためには世の中の様々な出来事にアンテナを立て、その変化を自分で感じないといけないのかもしれませんね。

皆さんは、どう思われますか?どんな時に『年』を感じますか?適切に年を重ねていますか?

視線が短くなっていませんか?

「視野が狭い・広い」は、ビジネスで良く使われる言葉ですよね。視野は、広い方が良い。一方、「視線が短い・長い」はどうでしょう?あまり聞かないかもしれませね。しかし、「長い視線を持つ」ことも非常に重要なのだと思います。

どれだけの時間軸で物事を考えるか
今年も遂に半年が終わり、もう後半。4月から新たな期が始まった企業は、第1四半期が早くも終了。期初に立てた今期の戦略の実行・進捗状況は如何ですか?このところ、戦略立案と実行をコンサルしているいくつかの企業で、だ1四半期のレビューを行っているのですが・・・なかなか思ったようには上手く行きませんよね。勿論上手く行っている事もあるのですが、上手く行っていない事をレビューしていると、共通の課題が出てきます。それは、打ち手が「今々」だけを見て打たれている事。特に、進捗が芳しくないとそうなる。
先日、ある企業でこんな会話がありました。

「現状の梃入れ策として、プロモーションの強化を図ろうと思います。」
「どんなプロモーション?」
「業績が伸びているA社がこんなプロモーションをやっているのですが、それが好評なので、当社も対抗してどうようの・・・」
「それやったらコンバージョン率はどれぐらいになるの?」
「・・・」
「そもそも、当社のターゲットに訴求力があるの?」
「・・・」
「その打ち手が、3Q、4Qにどうつながるの?結果として、今期目標は達成できるの?どう積みあがるの?」
「・・・」

皆さん、どう思われますか?あり勝ちですよね。そもそも今期の戦略は何を考えて策定したのか?例えば、3年後にありたい姿を考え、そこに行きつくためには今期どのような状態を作り上げたいのかを考え、そのために1Qからどのような事にどう取り組むかを考えたはず。その際には、当然市場や競合がどう変化するかを分析した上で様々な施策を策定したはず。大事なことは、その際立てた仮説と現状のギャップを分析し、どの分析が不十分だったかをしっかりと分析し、今期目標、更には3年後の目標を達成するために必要なアジャストをすることですよね。現場で起こっている「今々」だけを見て、対処療法的に、あるいは思い付き的発想で自転車操業に陥るような事は可能な限り避けるべき。ま、これが理屈なのですが・・・難しいですよね。
もう皆さんお気づきの通り、「視野を長く持ち続ける」ことが大事。先の目標、先の変化を常に見ながら、足元を見るようにしないといけない。下を向いていてはまっすぐ歩けるはずがない。顔を上げて、先を見て、足元も注意しながら歩かなければいけない。喩で言うとこういう事ですね。しかし、実践は難しいですが。

実践してきた人の言葉は響く
先週、こんな事を考えてたいのですが、そんな時に7&Iの鈴木敏文会長のインタビュー記事を目にしました。その中で、「セブンイレブンが変化し続けた要因は何ですか。」と問われると、

「何も難しいことではない。変化を見続けてきただけだ。」

と、サラッと仰っています。格好いいなぁ。セブンイレブンと言うと、このインタビューでも紹介されているように、POSデータの分析による単品管理を実現し、小売りを科学して成長してきた企業として有名ですよね。しかし、鈴木会長は「データは単なる過去」、「仮説を検証する道具に過ぎない」と言い切ります。以前、どこかで語っておられるのを聞いたのですが、「社員がPOSデータを分析して、市場のニーズがどうだこうだと言ってくる。そんなんじゃダメなんですよ。市場全体でうちに来て買い物して下さっている方々は何パーセントだと思いますか?いらして頂けていない方々の方が多い。もっと、本当の市場を自分の目で見て、今のニーズ、そして今後の変化を捉えていかなければいけないのです。」何て事も仰っていました。その通りですね。長い視線を持ち、今後の変化に対して仮説を立てる。それを実践し、結果をデータで検証しながら必要なアジャストをする。この連続なのですよね。やっぱり、これを実践し続けて成功した方の言葉は、心に響きますよね。

コンビニだけでなく、小売の金融業界進出も成功させた鈴木会長は、こんな事も仰っています。

「不遜な言い方だが、その発想はいいよってみんなに考えてもらわない方がいい。反対された方が可能性は大きい。そうすれば成功できるのは1人なのだから。」

格好良い。「不遜な言い方だが・・・」なんて、言い回しの腰の低さも素敵です。自分も、もっと長い視線を持ち続けて考えられるように切磋琢磨しなくては、なんて思わずにはいられませんでした。

7&Iのように、長い視線を持ち続けて成長している企業は、日本には沢山あると思います。その中の1社、コニカミノルタも素晴らしい企業ではないかと思います。私がITメディアエグゼクティブで非定期?に書き続けているコラム、「海外進出企業に学ぶこれからの戦い方」では、今回そんな話を書いてみました。

第13回: エッジの効いた弱者の戦略で戦う コニカミノルタ
キャノン、リコー、ゼロックス、自社の倍以上の規模を持ち、体力も市場での認知度もある競合と戦って、如何にグローバルで競争優位を築くか。コニカミノルタは、エッジの効いた差異化戦略で強力なライバルと互角以上の戦いをしている。

こんな事を書いてみました。「良いね」を押してくれている方が思っている以上に多く、個人的には驚くと同時に、とても嬉しく思っています。皆さんも、お時間があれば、是非ご笑読下さい。感想なんかももらえると、書いた本人としてはとても嬉しいのですが。宜しくお願いします。

楽な選択してませんか?

ローソン会長からサントリー会長に転身する新浪剛史氏のインタビューが、先日日経に掲載されていたのを目にしました。3年も前から佐治会長兼社長に口説かれていたんですね。色々と考える事があったのだと思います。どんな心境なのだろうと勝手な思いを馳せながら読んでいたのですが、その中でちょっと引っ掛かる部分がありました。

「正直、もっと楽な道もあったと思う。ローソンに残ることも、外資系企業なども考えられた。」

この言葉、皆さんはどのように思われますか?

厳しい選択とは?
新浪氏は、サントリー社長を受ける心境を「自信もあるが怖さもある」と語り、その後で先のように話しています。売上高5,000億弱のローソンに対して、2兆を超えるサントリー、規模が違いますよね。当然のことながら、社員や取引先、社会に対しての責任範囲も広がる。大きく重くなった直接的な責任の下で、自分の経験のない業界、ビジネスでの洞察力が求められる、意思決定が求められる。他にもいろいろあるともいますが、そのような事から「怖さ」があることは十分に理解できるのですが・・・この決断と比較して、「ローソンに残る、外資に行く」は楽な選択なのかなぁ?と考えてしまいました。皆さんは、どう思われますか?
勿論、どっちが楽かを判断するのは人の主観ですから、新浪氏の勝手ですよね。私ごときがとやかく言えることじゃない。でも、個人的にはどちらも違った意味で、しかし同じレベルで怖いし、大変な事なんじゃないかなぁと思ったりしてしまいました。また、ちょっと見方を変えると、特にローソンに残ることは転身するよりも、実は厳しい選択なんじゃないかとも思います。ここまでローソンを立て直して成長させてきた新浪氏ですから、周囲の目は今後も成長させて当り前みたいな見方をすることも多々ある。ちょっと躓いただけで、「正念場」とか、「これまでか!?」なんて心無い中傷をするマスコミもあったりする。「やって当り前」なんて思われる中で、周囲の期待以上のパフォーマンスを出し続けるのは非常に厳しいですよね。そういう意味では、ローソンに残るのも全く楽な選択には私には思えないのですが。一方、環境が変われば周囲の目も多少優しくなる場合がある。失敗しても、言い訳が効く場合もある。そういう意味では、サントリーへの転身の方がある意味楽な選択?なんて非常に穿った見方もできなくはないですよね。
ま、私の考えなんてどうでも良いと思うのですが、何が厳しい選択か、楽な選択か、それを決めるのは自分しかいない。ご自身の判断で、ビジネスマンとして最後のチャレンジをより厳しいと判断した世界に求めた新浪氏は、素晴らしい方なのだと思います。お会いしたことはありませんが、「自信も怖さもある」と正直に吐露したり、

43歳でローソン社長になり、会社が潰れそうななかで、すべて自分でやってきた。その頃のトラウマがあって、みんなで一緒にやることが、どうしてもできない。後半は独裁者になっていたし、そこに危機感を感じていた

なんて、自分の悪いところ、弱いところを自ら分析して、正そうとする。きっと素敵な方なんだろうなぁ、なんて思いました。

易きに流れないようにするには
こんな事を考えながら、じゃ、自分はどうなんだろう?なんて考えちゃいました。してますよね、楽な選択。私なんかも、普段の仕事でも「この程度の情報はしっかり自分で咀嚼して考えよう」なんて思っていても、自分に甘い。気分転換と自分に言い訳しながら休んじゃったりして、読もうと思っていたものも十分に目を通せず、「ま、そこまで突き詰めなくても・・・」なんて考え、可もなし不可もなしレベルで仕事をしていることが多々あるように思います。会社の取り組みにしたって、同じような側面がある。もっと、自分に厳しく、易きに流れないようにしなくては・・・と多々思うのですが、なかなか出来ない。どうしたら良いのかな?なんて考えちゃいますよね。皆さんは、如何ですか?
そんな事を考えている時に、STAP細胞の実在検証実験に小保方氏が参加するなんてニュースを目にしました。この問題、研究不正、論文のコピペ・・・色々と話題を作ってくれましたが、そこから大学生や研究者のレポートや論文のコピペ問題、その不正を診断するソフトなんかへも話しが広がりましたね。(最近は、面白いツールがあるんですね。SCIgen(サイジェン)と言って、コンピュータサイエンスのレポートを、著名な方の公表されている論文からランダムに情報をとってきて、図入りの適当な論文を作ってくれる。また、それが専門誌に採用されてしまうこともあるとか。時間のある時に除いてみると、面白いですよ。)小保方氏の行為の真偽は分かりませんが、報道を見ていると色々な大学や研究機関で同様の問題が発生しているのが実態のようですね。この行為、正に易きに流れることの典型ですよね。自分で考えることを止め、人の成果を盗んでいるわけです。ただ、ネットに流れている情報を使うことにあまり罪の意識を感じない。そんな行為を自ら諌めるにはどうしたら良いか?簡単ですよね。
ちょっと大袈裟に言えば、

・何のためにこの論文を書いているのか?
・自分の貴重な人生の大事な時間を、何故これに投資するのか?


を考える事ではないかと個人的には思います。これは、仕事でも同じこと。自分は、何のために今のこの仕事に取り組んでいるのか、自分の貴重な時間を投資してまでこの仕事をするのは何故か、を考えないといけないのですよね。頂く報酬に対して、報酬に見合う成果を出すのは当たり前。易きに流れない、楽な選択をしないためには、

・何のために取り組むのか?

という、自分にとっての意味を考える事が重要なんではないでしょうか。自分が大事だったら、先を見ていたら、自ずとより厳しい選択をする。自分にこの問いを適宜問いかけられたらいいんでしょうね。難しいですが。

全然話が違いますが、先週は集団的自衛権の閣議決定なんてこともありましたね。米国政府、特に米国防総省は「歴史的な新たな取り組み」と高く評価しているようです。国民を守る、政府にとっては最も大事な事ですよね。とても日本のためだけとは思えないのですが、同盟国である米国が払っている人的・金銭的負担をシェアして行かなければいけない事も分かります。しかし、その答えが集団的自衛権なのかなぁ?目先の損得とか、自分の名誉とかで、今の政治家が「楽な選択」をしているように見えて仕方がない。平和主義国家を貫いたやり方は、他にももっとあるように思うのですが・・・皆さんは、どう思われますか?
livedoor プロフィール

Koji

美味しい食べ物とお酒をこよなく愛すコンサルタントです。戦略立案とBPR、及びこれを実現するためのITなどに関するコンサルティングを提供しています。また、ビジネスリーダーを育成するシンスターで企業研修などの講師も務めています。
株式会社ケーティーコンサルティング、株式会社シンスター代表取締役

Blog Ranking
人気ブログランキングへ
amazon.com
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Archives
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ