井上浩二のブログ:現在(いま)を考える

株式会社ケーティーコンサルティング株式会社シンスター の代表取締役井上浩二が、ビジネスに関して日々考えていることを発信。

株式会社シンスターでは、人材育成に関するコラムを発信しています。是非こちらもご覧ください。

2015年08月

成熟社会の未来は?

先日、日本生命が三井生命を買収して子会社化すると言う大きな報道がありましたね。皆さんご存知かもしれませんが、生命保険業界では保険契約高・契約数ともずっと減少し続け、漸く最近契約数は下げ止まって少々増加傾向と言う状況です。少子高齢化を迎えている日本には、まだまだ生命保険会社の数は多すぎるのかもしれませんね。銀行も。人口も減少トレンドが続く中、今後の日本社会はどんな風になって行くのでしょうね?

変化に対応することが重要
保険業界で言えば、以前は死亡リスクに対応することがある意味大事だったわけですが、今は生存リスクに対応することが主流になっていますね。長生きしてしまうわけですから。それで、医療保険や貯蓄性の保険が伸びている。それでも、市場は縮小して行くので、それに対応するためには・・・なんてことが声高に議論がされています。そうなのかなぁ?人口面では確かにそうですが、実質GDPは以前のような成長率はありませんが、まだ伸びていますよね。(横這いになりつつはありますが。)
実質GDP推移つまり、お金の規模的には別に縮小はしていない訳です。そうなると、ここで考えないといけない事は・・・

・一人のお客様により多くの商品やサービスを買って頂く
・できるだけ単価(利益?)の高い商品やサービスを買って頂く
・まだ買ってくれていないお客様に買って頂く


と言うような事になるのでしょうね。これを実現するためには、どうしたら良いか。ちょっと脱線しますが、10年後の日本って凄い社会だと思いませんか?だって、人口比で75歳の方々が最も多くを占めるんですから。最大ボリュームゾーンが75歳の社会と言う訳です。その方々に買って頂ける商品やサービスはどんなものなのかを考えないといけない。一方、未来を背負って立つ若年層は少子のトレンドで人数的には減って行くわけですから、当然奪い合いになる。また、若者はまだそんなに稼いでいないし、貯蓄も少ないわけですから、本当に必要性を感じるものだけにしかお金を使わない/使えない。しかも、限定された金額で。これは、当然ボリュームゾーンが求めるものとは違うものが多い。ま、市場全体では所謂『ニーズの多様化が更に進む』と言うことでしょうか。こういう変化に対応する事、大きな市場に一律のものをドーンと出すではなく、市場ごとのニーズに対応する肌理細やかさが求められるのでしょうね。保険で言えば、例えば最近流行の登山をする、あるいはマリンスポーツを楽しむ、そんな時にスポット少額で入れるような保険が必要なのかもしれない。若者に対してもそうですが、ご高齢の方にはこういうリスクに対する備えは物凄く大事ですよね。個人市場だけでなく、法人市場も色々と変化がある。グローバル化に基づく海外展開、日本ばかりでなく世界レベルでの異常気象、進化し続けるITに対するセキュリティの脅威、こういう様々な変化がもたらすリスクの多様化に対応することが求められる。変化して行く社会でのマーケットへの対応力、そういう力が企業の成長を左右するのかもしれませんね。

業界No.1の意味は?
色々な報道を見ていると、どうやら日本生命は第一生命に首位の座を奪われたことが大変ショックだったようで、今回の買収も首位返り咲きへの思いの強さが背景と言う説明も良く目にします。ふむ?これ、皆さんはどう思います?規模の経済ももちろん大事なのですが、上記のように変化への肌理細やかな対応力が求められるとすると、業界No1.ということがどれだけ意味を持つのかなぁ、と私は疑問に感じます。ある特定市場、または商品でNo.1になる事は非常に重要だと思うのですが、会社全体の規模がNo.1であることは、必ずしも必要ないのではないかと思う訳です。(ま、ジャンルごとにNo.1になり、その総計が業界No.1だったと言うのであれば、とてもハッピーですけどね。)大企業の競争、そこで行われるM&Aとかを見ていると、その巧拙の差が今後はもっとはっきり見えてくるのかもしれませんね。規模だけを追って図体が大きくなり、行動が遅くなれば変化への対応力も落ちる。そうなると、一時お金で買った規模は、ちょっとしたら直ぐにまた追い抜かれてしまうかも知れない。よくリーン経営なんてことが言われたりもしますが、その業界で『筋肉質』になるという事がどういう事なのかも、しっかり考えないといけないのでしょうね。

PBの歴史が意味することは?

小売業のプライベートブランド、PBと言ったら皆さんはどのようなイメージを持たれますか?最近だったら、セブンプレミアムに代表される高付加価値商品を思い浮かべる人も多くなっていますが、ちょっと前だったら「安かろう、悪かろう」というイメージを持っていた人も多かったのでは。先日の日経では、セブンイレブンがサントリー外しでキリン、日本コカと組んでPB展開なんて記事が大きく取り上げられていました。今や、メーカーのトップ企業が自ら望んで小売業と組んでPBを「出させて頂く」時代になっている。時代の変化は早い、本当に変われば変わるものですよねぇ。

何が軸でエコシステムは作られる?
最近、色々な企業で戦略の議論をしていると、良く出てくるキーワードの一つが「エコシステム」。複数の企業が連携して経済圏を作り上げる、今後はそういうオープンなモデルを模索していかないと言う話ですね。そういう観点から、PBの変遷の歴史なんかを見てみると、今後の世の中の展開に一つの仮説を持てるような気がします。食品業界でのPBの歴史は、日本では1960年にまで遡るようですね。今は亡きダイエーが発売した、「ダイエーみかん」という缶詰が最初だそうです。当時の日本は、今のような飽食の時代ではなかったことは皆さんご存じの通り。多くの人に美味しいものを食べてもらいたい、そのための流通網を作りたい、そういう高邁な精神から始まったのでしょうね。そして、80年代の円高の影響を受けて、安さで競争優位力を構築しようとする小売業がPBを展開する。この時代のイメージが、「安かろう、悪かろう」ですかね。バブルがはじけた90年代になると、イオンの「トップバリュー」に代表される、「安くても、品質はNBと変わらない(勝る?)」と謳われる商品が出てくる。これを可能としたのは、言うまでもなく生産技術の進歩なんでしょうね。小さなメーカーでも、小売業と組んで製品を作り込むことで、相応の品質のものを生産コストを押さえて作れるようになった。そして、長引く不況の中でPBのレベルはどんどん向上し、NBメーカーが無視できないレベルにまでになる。で、リーマンショックが起こる。消費者の財布の紐が固くなる。舌も肥えている。市場も、本当の成熟期を迎える。当然のことながら、品質の上がったPBに消費者の関心も高まる。低利益率に苦しむ日本のメーカーは、背に腹は代えられないので小売と組むようになる。そして、2007年に1兆6,382億円だったPB市場は、2015年にはなんと倍の3兆1,752億円になるという予測が出される程に成長する。小売企業は、当然のように「消費者の求めるもの」として、価格を押さえながらも品質の良いものを出す。更には、消費者のニーズを読み切れず、勇気を持って新たな付加価値を提案できないメーカーに代わって、NBよりも値段が高くても消費者が求める商品を・・・ということでプレミアム商品何かが出てくる。
このような変遷を見ていると、今後はこのようなエコシステムが『顧客をグリップしている』小売業を中心に作られて行くように個人的には思います。つまり、「顧客基盤」が軸となり、これを有し、顧客にリーチでき、対話できる、つまりはニーズを掴める、そういう力を有した企業が軸となっていくように見えます。大手で言えば、もちろんセブン・アンド・アイやイオンが「顧客基盤」の観点から競争優位力が持っていますね。しかし、日本全国で見れば、セグメント毎にもっと小さな企業でも軸となり得る企業は多数あると思います。一方で、顧客との距離が遠いメーカーは、ますます軸とはなり得なくなるリスクがありますね。そこをひっくり返せるのか?そのためにどのような取り組みをすればいいのか、その努力を怠ると本来のメーカーの存在意義はどんどん薄れてしまうかもしれませんね。

結局は「情報」を握っているところが軸になる?
小売のPBのようなビジネスで考えると、分かり易く言えば「顧客基盤」を握る事が鍵となるのでしょうね。その基盤を大きく握るため、ナナコやワオンのような自社通貨を使って「経済圏」を確立する。そして、その中に顧客を囲い込む。このような戦略で、あらゆる消費者ビジネスの軸となろうとしている企業の競争が現在繰り広げられているように見えます。(楽天ポイントなんかも同じですね。)この戦いの本質は、結局は「情報」を握る事ですね。顧客の行動、その裏にあるニーズを如何に掴むかが、現在の競争のパラダイム。これは、法人向けのビジネスでも同様ですね。所謂ビッグデータを如何に握るか。自動車業界も道路の情報から自動車の走行状況から得られるデータを如何に握るか、それを基にビジネスを如何につくるかで、AppleやGoogle、そしてUberなどのIT企業が競争のルールを変えようと進出してきている。Google Glass何かも、法人ビジネスで人間の視野に入るものをどうハンドリングするか、そのデータをどう活用するかに向かっている。Industy4.0なども、軸は情報。企業が持つ情報を如何に連携させるか、それを握ってどう活用するかが鍵になっている。つまりは、情報を握って正しく活用できる企業が様々なエコシステムの軸、中心となって行くように見えます。こういう戦いの中で、これから数年の戦略の巧拙がその後の展開での企業の競争優位力を大きく変えてしまうのでしょうね。様々な企業が今後どのような取り組みをするかと同時に、その取り組みによって社会がどう変わって行くかも、興味津々といったところですね。

さて、話は全然違うのですが、このようにスピーディーに変わって行く社会の中で、先日ほのぼのとした体験をしました。家で家族とBBQをやっていたら、野生の??の子供がひょっこり参戦して来ました。??と書いているのは、その正体が私には分からないから。家内は、頭の形や模様、しっぽの短さから「アナグマ」だと言うのですが、ネットに出ている写真からタヌキじゃないのかなぁと私は思っています。どなたか、見て分かる方がいらっしゃったら教えて頂けると嬉しいなぁ。
来訪者1来訪者2





センチなのかもしれませんが、何でも便利に変われば良いというものじゃなく、自然が残り、情報に振り回されないゆったりと時間の流れる社会であり続ける所もあって良いのではないかなぁ、と個人的には思います。この小動物との触れ合いが、ちょっとその気持ちを強くさせてくれるほのぼのとしたひと時でした。

厳しい道を選べますか?

皆さん、お盆は如何お過ごしですか?久しぶりに帰郷し、ゆっくり過ごされた方も多いのではないでしょうか?私は・・・残念ながら仕事でした。ただ、内容はとてもエキサイティング。 あるグローバル企業が、世界中からディレクターを集まて中計を実行するための施策を2泊3日で議論する会議があったのですが、そのファシリテーターを務めて来ました。テーマは、Transformation。激しい環境変化に対応できる企業となるため、如何に変革を実行するか。海外のディレクターからは、現地マーケットで何が起こっているかなども聞くことができ、そのような中でどうグローバルに戦っていくか、とても楽しい議論をすることが出来ました。

敢えて居心地の良さを捨てる

Transformation、最近この言葉をビジョンに掲げる企業、増えてますね。変革と言うからには、これまでの延長線上での取り組みでは足りない。どうすべきか?そんな事を良く議論するのですが、先日ホールディング制に移行することを発表したグーグルのラリー・ペイジのコメントは、一つの重要な要素を的確に表現していたのでとても印象に残りました。

 「革命的なアイデアが新たな成長市場を生み出すテクノロジー業界で存在感を保つには、居心地の良い状態からあえて抜け出す必要がある」。

凄いですねぇ、この発想。なかなか出来ることではないと思います。敢えて居心地のいい状態から抜け出すんですよ。あまり居心地のいい状態にいた事のない私には、良く分からない感覚でもあるのですが、昨年の売上高が上場した04年の21倍、純利益は36倍となっている状況で、その「居心地の良さ」を捨てるというのは、凡人には出来ないかも知れないですね。しかし、Transformation、変革を行おうという企業には、こういう発想が必要なのだと思います。どうしたら、このような発想を持てるのでしょうね?

しっかりとした「自己」を持つ
まず大事な事は、何と言っても目標ですね。
・未来の「ありたい姿」をどう描くか
によって、持つ意識や行動は変わってくる。今の延長線上で達成できる、ちょっと頑張れば実現できる姿を描いては、こんな発想は持ち得ないですね。しかし、この「ありたい姿」の描き方が難しい。当然環境が変化するわけですから、そこに仮説を持たないといけない。その変化に対して、どう対応してどのような姿になっているか、今の自己を変革すれば達成できる姿を描かないといけないわけですね。一方、とんでもないマジックでも使わない限り絶対に達成できない姿を描いても全く意味がない。ありたい姿をどれぐらいのスパンで考えるのかにもよりますが、5年後ぐらいで考えるのであれば、やはり自らの今の力を客観的に評価した上で、考え方ややり方をゼロベースで見直して取り組んだら達成できる姿を描く必要があるわけです。
次に大事な事は、ありたい姿を描く時でも、その姿を実現するために取り組んでいる事を評価する時でも、
・絶対評価を行う自分の軸を持つ
ことだと思います。絶対評価 vs. 相対評価、皆さんは普段どちらの尺度で評価をしていますか?勿論、ケースバイケースと言うところはありますが、大事な事は「絶対評価」ですね。ちょっと脱線しますが、先日気になったことでこんなこともありました。戦後70年の節目での安倍首相の談話が、随分と議論されていたことは皆さんご存知ですよね。特に、「植民地支配」とか、「お詫び」とかを盛り込むか、盛り込まないかの議論。首相の私的諮問機関「21世紀構想懇談会」も、「侵略」という言葉をどうするか随分と議論していたようです。(個人的には、大事なお金を使って何やってんだろう?と思っていますが)盛り込むことに反対した人たちは、こんな事を言っていたそうです。

16人の委員のうち2人は、他国が同様の行為をしていたなかで日本の行為だけを侵略と断定するのは抵抗があるなどの理由で「侵略」の使用に異議を唱えていた。

情けないですねぇ。本当に。大そう立派な方々が議論されておられると思うのですが、「他国が同様の行為をしていたから・・・」という評価をするのは如何なものでしょう?過去の歴史に真摯に向き合う、その中で日本としてどういう見解をもっているかを伝えるものなのですよね?だとしたら、他国がどうこうではない。自らの行為を、自らがどう考えているか、つまり相対評価ではなく、絶対評価で自らの考えを伝えるべきではないでしょうか。ま、反面教師的に思えてならなかったので脱線したわけですが、大事なのは自らの軸でしっかりと評価する事だと思います。その軸とは、言うまでもなく目標=ありたい姿ですね。これを行うためには、先に書いた目標をしっかりと建てることと、それを軸に据え続ける「強さ」が必要なのでしょう。(私のように弱い人間には、かなりハードルが高いですねぇ。

Transformation、企業でも個人でもこれに取り組もうとされている方が沢山いらっしゃると思います。是非、新年、強さを持って進めて下さいね。来月で今期が終わる私の会社でも、会社の皆とそんな事でも議論してみようかな。皆に嫌がられそうな気もしますが。

環境に良い事してますか?

この暑いのに、喫茶店のドアが開けっ放し。金曜日のお昼、お客様のところに行った時、ちょっと早かったので涼もうと思って近くのプロントに立ち寄った時の事です。「何か、特別な仕掛けがあるのかなぁ?」と思って入ってみると・・・「空調機故障のため、本日は冷房が入りません」とのこと。レジの女性にも、「宜しいですか?」と丁寧に聞かれたものですから、「大丈夫ですよ。」と顔では、心はとなりながら、アイスコーヒーを頼みました。しかし、冷房が入っていないにも関わらず、店内はほぼ満員。席に座って冷たいアイスコーヒーを喉に流し込みながらメールをチェックしてみると、意外と涼しい。冷房が効いていない事なんて、そんなに気にならない感じでした。いやぁ、日陰で冷たいものを口に含んで一休み、そんな時は冷房かけなくても結構心地よいものなんですね。猛暑を招いている地球温暖化、その歯止めに少しでも貢献するために冷房の使用を少し控えるのも良いんじゃないかなぁ、なんて思った次第です。

色々な貢献の仕方がある
そんな時思い出したのが、前の日に読んだ新聞の記事。ナビタイムがアプリでポイントサービス「ナビタイムマイレージ」を始めるとの事なのですが、渋滞回避ルートを選ぶほど高いポイントを得られるそうです。これ、良いですねぇ。ポイントは、楽天EdyやTポイント、航空会社のマイレージとも交換できるそうです。運転手はフラストレーション少なく運転でき、目的地にも早く着ける(かも)、更には渋滞緩和と無駄なガソリン消費の抑制という社会貢献にも繋がる。こういう取り組みは、何らかの形で国も援助すべきじゃないかなぁ、と個人的には思いました。そう言えば、最近はテレマティクス保険と言って、急ブレーキや急発進、不要な加速をしないなど、運転の安全性に応じて保険料が変わる自動車保険なんかも漸く世の中に出て来ていますよね。ここに、もう一つ環境貢献度も評価に入れて保険料に反映すれば良いと思いませんか?何でそうしないのだろう?日産自動車と国が組んで、制限速度で走ると赤信号に引っ掛からない、車列が通り過ぎるまで柔軟に信号の時間を調整できるようにする、なんて取り組みも行われていますよね。国としては、色々な取り組みをちゃんと評価して、フェアに支援を行うべきでは、なんて思ったりしちゃいます。ただ、こんな取組を見ていると、企業が市場に新たな付加価値を出す、それも社会に貢献して、というやり方が色々あるんだなぁと考えさせられます。買い手の満足度を上げることばかりでなく、環境への貢献も同時に出来る、そんな社会の要請に応えるやり方をどんどん世の中に送り出せると素敵な社会が実現できるかもしれませんよね。

環境負荷に応じた課金体系も必要

そんなこと考えていると、やっぱり負荷をかけている人がより多くのお金を払い、負荷を減らそうとしている人は安くなるような仕組みも必要なんだろうなぁ、なんて思います。例えば、電力料金。IoTの進化、普及で色々な事が出来るようになると思います。今は、使用電力量だけで料金が決まっていますが、「何に使ったのか」で料金を変動させることができるように早くなると良いですね。例えば、使用電力量が高くても、自宅介護で治療設備などで多くの電力を使っている人は、社会保険の観点も加味して電力料金を下げるようにした方が良いですよね。一方、若者が通常の家電製品などで多くの電気を消費している場合は、単価を上げるべきですね。ただ、それだと「払うから良いだろ!」てな事になるので、もう少し工夫が必要かもしれませんね。例えば、前月比、前週比、あるいは前年同月比で、電力消費量がどう変化しているかなんていう数字も料金に反映できると面白いかもしれない。必ずしも努力でない場合もありますが、使用電力量を減らそうと努力している人に報いるという考え方もあっても良いと思います。一方、どんどん使用電力量が増えている人は、単価が上がって行くとか・・・利用者負担、つまり環境に負荷をかけている人が、あるいは負荷を下げようとしていない人が、より多くの負担をするような仕組みができると、もっと多くの人が環境意識を持って生活を変えてくれるんじゃないかなぁ、なんて個人的には思います。

蛇足ですが、喫煙者である私は、たばこの税金の使途が気になって仕方ありません。最近は、健康問題を軸にたばこ税増税の議論がなされて来ていると思いますが、一般歳入なので使途は決められていませんよね。健康問題、社会保険の問題から増税するのであれば、その対応にこの税金は使うべきだと思うのですが・・・利用者負担の考え方の導入には、その負担のために支払われたお金をどう使うかをしっかり管理できないといけない。そのやり方の多くは、政治家と官僚によって決められることになるのでしょうね。無駄な国会運営に多額のお金を使っている方々では、とても正しい使い方は決められないだろうと思ってしまうのは、私だけですかね?

正しく「チャレンジ」していますか?

東芝の不正会計問題、大きく取り上げられていますね。
・上司の意向に逆らえない企業風土
・「チャレンジ」という”綺麗な”名目の基に部下に掛けられていた上司の過度なプレッシャー
・当期利益至上主義の評価制度
・・・
色々とその原因が議論されていますが、皆さんはどんな風に考えていらっしゃいますか?

結果に対する責任の取り方と経営者としての「そもそもの素養」
「鶴の一声」、良く聞く言葉ですよねぇ。上司の意向に逆らえない企業風土、蔓延っている会社は数多ありますね。また、経営者の事を「雲の上の人」なんて表現されていることも多々あります。そんな企業でも、多くの経営者は「これぞ良かれ」と考えて戦略、戦術を立て、実行しようとしているのだと思います。しかし、その真意が社員に伝わらない、伝える努力を怠っている。一方、社員もその意味を理解しようと経営者に素朴な疑問をぶつけたり、議論したりしない。両社の距離が遠い、それは日本ばかりでなくどこの企業にも多かれ少なかれ見られる現象だと私は思います。ま、どのような企業文化であっても、Role & Responsibilityはしっかり全うしないといけないわけで、ビジネスの結果に対しての責任は全て経営者が取らないといけないですね。そうなっていれば、改善はしなくてはいけないものの、企業としては回って行きます。しかし、現実は・・・社員が思ったように動かなかった、出来ると思っていたことがスキル不足で出来なかった・・・なんて事を平気で社員に言う経営者も数多いるようです。全て経営者の責任なのに。そもそも、経営環境の変化を読み取る力が不足し、適切な目標となっていなかったのであれば、それこそ経営者の責任です。こういう事を潔く自らの責任として認める方と、他責にする方に分かれるんですよね。後者の方は、そもそも経営者に何てなってはいけない方です。東芝の場合、どうだったのでしょうね?更に悪いことに、「やってはいけない」こともやっている。会計原則を知らないでやったというのならまだしも(それを知らずに経営者にはなってはいけないですが・・・)、不正と分かっていて部下に指示している。経営者以前に、人間として間違っている。何でこのような方が、日本を代表する企業の経営者になってしまったのでしょうね?しかも、何代にも渡って。素晴らしい経験と知識をお持ちの方々が集まって、第三者委員会として293ページにも及ぶレポートが作成されましたね。(暇な人はちょっと読んでみると、うちにも「ある、ある」が見つかって、面白いかも。)その第7章に原因の分析、第8章に再発防止策(提言)が書かれているのですが、私にはあまりピンときませんでした。ガバナンスですか・・・勿論、経営者の企業運営を継続的に監視する仕組みも必要でしょう。しかし、東芝の場合、そもそもは経営者の基本的な素養がない方が経営者になっているところに問題がある。その経営者が、「正しくないチャレンジを強要した」ことで今回の問題が発生している。そうなると、現経営者の資質再点検、今後の経営者を選ぶ手法の明確化こそ大事だと私は思うのですが・・・皆さんは如何思われますか?

正しいチャレンジとは?
今回の事件で、「チャレンジ」という言葉とそのやり方の問題が色々と議論されていますね。私も、事件発覚から色々な企業の方と話をしているのですが、「当社でも同じように『チャレンジ』させられてるなぁ」とか、「プレッシャーの掛け方は、同じようにブラック企業」なんて話を耳にしました。ま、経営者が東芝程ひどくないというところが救いなのでしょう。要は、多くの企業でそもそも目標設定のやり方に問題があるのだと、私個人は考えています。よく、『PDCA』を回せ!とか、「当社は『PDCA』が回っていない!」なんて号令や嘆きを経営者の方々からお聞きすることもあるのですが、目標を正しく設定できていなければ、回るはずがない。チャレンジすべき目標って、どうやって設定したら良いのでしょう?ほぼ間違いなく達成できる事は、目標ではないですね。一方、どうやっても達成できなものも、目標としてはいけない。(誰も目標と思わないか、報われない努力をして疲弊するかのどちらかが顛末です。)『適度なストレッチ』により実現できるレベル、それが目標として設定されるべきですね。この『適度』が、難しい。今の能力を見極め、それがどこまで伸びるかを考える。更には、市場や競合の動きも含めた経営環境を考える。変化する環境に対して、自らの能力を高めてこういうやり方をすればこの目標は到達できるはず、という仮説を如何に立てるかが重要なわけです。それを、トップだけでやるわけでも、下からの積み上げだけでやるわけでもなく、両者で議論して納得のいく目標を設定する。これが、正しいチャレンジなのだと思います。この議論の過程で、両者の距離も縮まる、互いの認識を共有できるような仕組みが必要なのでしょう。また、一方で一旦立てた目標を絶対に変えないというのも良くない。安易に下げたり、上げたりしてはいけませんが、経営環境は変化するわけですし、自分達の能力の見極めだって完全にはできない。目標を立てた時の仮説と現実とのギャップを見極めるのがPDCAのCですね。で、対策を立てて取り組めば目標をまだ実現できると考えれば、そうやれば良い。目標達成は無理だという事になれば、目標を変えるべき。そして、常にストレッチを意識してチャレンジする。ま、私が考える『正しいチャレンジ』とは、概念で言えばこんな感じです。言うまでもなく、その実行はかなり大変。大変だからこそ、こういう仕組みをしっかり回せる企業は強くなる。社員全員参加型でこういう仕組みを作れば、東芝みたいな会社も減るんじゃないかと思うのですが・・・
livedoor プロフィール

Koji

美味しい食べ物とお酒をこよなく愛すコンサルタントです。戦略立案とBPR、及びこれを実現するためのITなどに関するコンサルティングを提供しています。また、ビジネスリーダーを育成するシンスターで企業研修などの講師も務めています。
株式会社ケーティーコンサルティング、株式会社シンスター代表取締役

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