井上浩二のブログ:現在(いま)を考える

株式会社ケーティーコンサルティング、株式会社シンスター の代表取締役井上浩二が、ビジネスに関して日々考えていることを発信。

株式会社シンスターでは、人材育成に関するコラムを発信しています。是非こちらもご覧ください。

2015年12月

夢が夢で止まっていませんか?

皆さん、クリスマスはどのように過ごされましたか?私は、家族でシンガポールに来ており、クリスマスは子供を連れてユニバーサルスタジオに行ってきました。(日本のUSJには、行ったことがないのですが・・・)そこで、夕食を食べようとレストランを探していると・・・
KT'S Grill
何と、私の会社、KT Consultingの名を冠したレストランを発見、ちょっと嬉しくなって家族とここで夕食をとる事にしました。(当然の事ですが、私の会社とは何の関係もありません。)
実は、私は30歳の頃から、いつかは飲食業、出来ればリストランテ・バールのようなお店をやりたいという夢を持っているのですが・・・いつまでたっても夢のままで止まっているんですよね。50歳を過ぎ、人生もビジネスのキャリアも折り返し点を過ぎた身としては、このままではこれは本当に『夢』で終わってしまうなぁ、なんて事を考え始めてしまいました。

夢を夢で終わらせないために
何でそんなお店をやりたいかというと、勿論自分自身がこよなく美味しい食事とワインを愛しているから。それに、美味しいものを食べている時の人の嬉しそうな顔を見るのが好きだから。プロの方々からは、「飲食業、そんなに甘くないぞ!」と怒られそうですが、自分なりに考えはあるのです。多くの美味しいレストランは、お客様一人一人の注文に応える形で料理を作るので、美味しいけど値段が高い。だったら、ある程度の量を一度に作って提供すれば、もっと値段を安くできるのでは?例えば、翌日のランチ、ディナーメニューの目玉と提供する時間をネットなどで公開し、その時間に来て頂ければ破格の値段で美味しいものが食べられる。食材は、その時仕入れられる最善のものを使うので、来てみたら公開されているもの以外にも驚きの料理が用意されていたりする。そんなお店を作れたら・・・何年こんな事を考え、そこで止まっているのでしょうね。
素人料理を時々振舞って満足しているぐらいだからダメなんですよね。前回のブログでも書きましたが、『行動』しないと。自分の人生で『やりたい』と思ったことがあるのだから、それを実現するための行動を起こすべきなんですよね。
・開業に幾らかかるか
・シェフやスタッフはどのように集めるか
・出店地をどこにするか
・・・
ちゃんと調べ、必要な方々を巻き込み、いつまでに実現するかを決めて、一歩ずつ実現に向けて取り組まなければ、いつまでたっても夢は夢のままですからね。一方、こういう事を考えてみると、『これが本当に自分がやりたいことか?』、『他にもっとやりたい事があるんじゃないか?』なんて事も考えますよね。それも、非常に良い事なのだと思います。時間もお金も限りがあるわけですから、それをどこに使うかをしっかり考えてみる。そこで、もし『本当に取り組みたい事はこれだ』ということが分かれば、それを優先すれば良い。捨て難い夢もあるかもしれないけれど、それを捨てる、置いておく、時には忘れることも重要だと思います。どっちつかずで取り組んでいると何も実現できなくなってしまうかも知れませんからね。しかし、余力があるのであれば、行動に移すべき。そうすれば、いつかは夢を実現できる。私も、段々とこんな事を考える年になって来ました。正月は、時にはゆっくりこんな事を考えて過ごすのも良いかも知れませんね。皆さんも、如何ですか?

さて、今回は今年最後のブログです。駄文を読んで頂いた皆様、本当にありがとうございました。来年は、正月はブログもお休みして、10日から再開しようと思います。シンガポール、マレーシアで体験して色々と考えさせられることがあったので、そんな話から書こうかなと思っています。
では、来年もどうぞ宜しくお願いします。来年が、皆様にとって素晴らしい年となりますように!

やり残したことはありませんか?

さぁ、今年も残すところあと10日ほど。1年あっという間ですね。今年やろうと思っていたこと、皆さんはしっかりやりきれましたか?私は、かなり積み残しちゃったなぁ。読もう/読まなければいけない本が読めていない、メタボ脱出に向けた日々の運動はちっともやっていない、あるお客様と約束した執筆活動に殆ど手を付けていない、すっかりダメになってしまっている英語力のブラッシュアップは何もしていない・・・いやぁ、お恥ずかしい限り。やろうと思っていたのに、結局は出来ていない。こういう事は繰り返したくないですよね。今年こそは・・・と毎年思うのですが、何でこんな風になっちゃうんでしょうね?

優先順位と意志、モチベーション
自分に言い訳してはいけないと思いつつ、何で出来ないのかなぁと考えてみると、まずはやろうと思っていたことよりも優先順位の高いことでやらなければならない事が出てきてしまうというのが、理由の一つとしてありますよね。仕事でも、プライベートでも、その時やらなければならない事が出てくると、当然後回しにすることが出てくる。「やれたらいいなぁ。」ぐらいのレベルで考えているもの(やる意志の弱いもの)は、その際当然後回しにする。で、いつの間にか時間が過ぎ・・・やろうと思っていたことへのモチベーションもダウンする。で、自分に都合の良い言い訳が出てくる。「ま、時間が出来たらやれば良いや。」そんな事の繰り返しですよね。勿論、そもそももっと強い意志を持たなければいけないのだとは思いますが、人間そんなに強くない。じゃ、どうしたら・・・という事で、これまでの反省も踏まえて、私は来年に向けてこんな事をやってみようかと考えてみました。

行動と工夫、そして行動
人間、どうしても何かやろうとすると、どうやると良いかなぁなんて事を考えがちですよね。で、何だか迷っているうちに時間が過ぎ・・・まず、これを止めようと思います。やると決めたことは、まず行動する。運動でも、読書でも、何でもやろうと思ったことはまず行動!そして行動を始めてから、それをしっかりとやりきるための方法を考える。何を気にしているかというと、結局やらない/やり切らない事って、多くの場合は自分にとって苦手であったり、あまり好きでないことですよね。それをやりきるためには・・・アメ or/and ムチですね。私のような怠惰な性格の人間には、ムチの方が効きますね。例えば、やらなかった週は週末の食卓でワインは飲まないとか。これは、私にとってはかなり厳しい。徹底すれば、かなりの効果ですね。そして、これが非常に重要な事だと思うのですが、何か対処しなければならない事が出てきて、優先順位を変えなければならなくなった時。往々にしてある事は、自分に言い訳してやっていたことを中断する。これ、中断するから良くないのですよね。まずは、工夫をして継続することが大事。時間を短縮(例えばランニングの時間を半分にする)したり、やり方を変えたり(読書をする時間、例えば寝る前とかに変える)すれば、続けられることも多いはず。そして、やむを得ず中断する場合には、必ずいつから再開するかを決め、守らなかったら・・・言うまでもなく自分に「ムチ」ですね。個人的ですが、やろうと思っている事が習慣化すると、やらないと気持ち悪くなるし、そもそもやる事が気持ちよく/楽しくなると思うんですよね。そこまで持って行くことが大事なんじゃないかと思う訳です。そのためには、ぐちゃぐちゃ考えずにまず行動、そして工夫してやり続ける、そんな風にやったら良いのではないかと思っているのですが・・・、皆さんどう思われますか?

無駄を極力省く
それからもう一つ、無駄に時間を使わない、これは絶対にやろうと思っています。ビジネスでは、何のためにやっているか分からない無駄な会議、議論何かも良くありますよね。国レベルでは、今年は本当は東日本の復興やオリンピックの準備、高齢化対策や税金の問題、沖縄の基地問題・・・もっと色々とやらなければいけないことがあるのに、政治とカネの問題やくだらない野党の再編など、物凄く無駄な事に時間を使っていてますよね。個人レベルではどうかというと、どうでもいいテレビ番組を見てしまったり、そこまでやらなくても良いと周りから言われるところに変に拘って何かを整理したり、やはり結構ムダに費やしてしまった時間がある。勿論、全ての無駄を省くことが必ずしも是ではないし、そう言う遊びがあるから新たな発見があったり、思いついたりすることもある。しかし、時間は有限なわけですから、あまりにも無駄だったと後から後悔するような時間の使い方はしないように心掛けたいものです。そうすることで、もっと余裕をもって本来やろうと思っていたことが出来るかもしれない。難しい事ですが、常にこんな事を意識して過ごそうかと思っています。

さて、さて、こんな事を考えていても、どこまで実行できるのかな?分からないですが、来年は年初に1年で取り組みたい事をしっかり考えて、出来るだけやり残さないようにしたいと思っています。年末になって、自分に言い訳するような事がないようにしたい、そんな事を考えながら来年の抱負を年末までにちょっと考えようかな。その前に、後僅かばかりでも、今年のうちにやっておくべきことを出来る限りやっておくことの方が大事かな。

もう少しゆっくり生きても良いと思いませんか?

皆さんは、学生生活の中でいつが一番楽しかったですか?私は、どの時代も楽しかったのですが、今思い出すと毎日学校に行くのが一番楽しかったのは、高校の時のように思います。仲のいい友達と会い、いろんな話をし、雀荘やゲームセンター、バッティングセンターで飽きることなく遊び・・・そんな日々が思い出されます。私にとってはそれが高校だったのですが、先日カドカワ(KADOKAWA DOWANGO)が新設した”N高”なるもののニュースを読み、こんな『生き急ぐ』ような高校創って良いのかなぁ?なんて疑問に思ってしまいました。キャッチフレーズ?は、「普通の高校生になって、将来どうするの?」。そして、その特徴は、
・基本はネットでの学習
・通学などの手間が無いので、自分の好きな事を好きなだけ学べる
・外部教育機関(予備校?専門学校、大学)との連携により、専門性の高いことを学べる
・カドカワのビジネスを活かして、著名人を呼んでの講義が受けられる
何てところでしょうか。15歳から、将来の職業を睨んで専門性を高める高校なのでしょうが・・・皆さんは、どう思われますか?

人としての成長に必要なことは?
色んな高校があって良いと思うのですが、この”N高”の特徴を読むと、流石にこれは止めた方が良いと個人的には思います。特に、ネット中心で通学しないという方針が私個人としてはとても賛同できないところです。年5日のスクーリングがある、ネットでのコミュニケーションを取れるように仕組みを用意している、いつでも行って良い場所が全国に3カ所ある、という話なのでしょうが、これで本当に人として必要な人間力のようなものが育まれるのでしょうか?私個人の経験では、休み時間の他愛もない遊びや話しでも、対面だからこそできるコミュニケーションが沢山あったと思います。毎日、放課後に何して遊ぶかを考えるのも、結局同じような遊びにしかならないのですが、それでも色々と皆で工夫するのは楽しかった。夏休みや冬休みに向けては、一緒に海やスキーなどに行く計画を一生懸命練ったのも忘れられない。時には、友人の悩みを聞き、皆でどうしたらいいかを議論したこともあります。場所が新大久保で風紀があまり良くないところだったので、友人が道端で変な人に絡まれたのを皆で助けあって脱出したこともありました。大人から見ればとてもくだらない事なのですが、普段の生活の中で何か面白いこと、新しいことを企画したり、その企画を通すために皆で協力して大人を説得したり、他人の相談を聞いてアドバイスしたりする力が沢山身に着いたように思います。また、小学校、中学校ほど子供でもないのですが、当然のことながらまだ義務教育を受けている子供の時に、性格や将来に対する考えの異なる者同士が、時に対立し、時に一つの事に向けて協力する、そんな中での交渉力やリーダーシップなんかも、『自然に』体験し、身に着けて行ったように思います。その大事な時を、「ネットで、無駄な通学を省き、やりたい事だけ・・・」何て掲げる高校を大人が作ってしまって良いのでしょうかねぇ?

無駄な勉強って何でしょう?
高校生から、自分で将来の職を決め、そのために必要な事を学ぶ、そう言う場を提供すること自体は良い事なのだと思います。でも、そう言う場で教えることは、所詮表面的なテクニックですよね。こんな事を言ったら『古臭い!』と怒られそうですが、高校で教わる自然科学や日本の古典、世界史や日本史などには、社会人が持つべき常識と人生で様々に応用できる基本的な考え方がたくさん詰まっているように思います。また、指導者にも寄りますが、それまであまり興味を持てなかった分野に新たな発見があり、それが好きになる事もある。私にとっては世界史がそうでした。歴史と言うと、ただ年号や人の名を『暗記しろ』と教えるところもあるようですが、私の高校の先生は違いました。今でもよく覚えている話が沢山あるのですが、例えば「フランス革命は何故フランスで起こったのか」何て話ですね。当時は、ドイツの方が余程経済状況は悪く、国民は苦境に喘いでおり、状況としてはドイツで革命が起きても何らおかしくなかったそうです。しかし、ドイツは支配者が国民を監督する制度を弱めることはなかった。一方、フランスはその手を緩めていて、国民が『自由』などを議論することを容認していた。その結果として・・・なんて話を熱っぽく先生が語って下さいました。何かが起こるには起こるだけの理由があり、起こらないには起こらないだけの理由がある、そんな事を教えて頂いたように思います。これは、政治だけでなく文化や経済にでも同じことですし、現在起こっている事を考える際にも応用できる考え方だと思います。(例えば、最近のアラブの春や北朝鮮のやり方、中国の動きなどを考える際にも、とても役立つ考え方だと思います。)歴史から学ぶことは多いのだなぁとその時初めて教わり、これが大学で西洋史学科に進学する一つのきっかけになったように思います。こういう、それまで知らなかったことに目覚めさせ、新たな興味を引出し、将来の進むべき道の多さに気付かせる、高校にはそんな役割もあるのではないでしょうか?こんな観点からは、正直『無駄な勉強なんてない』と個人的には思います。そもそも、役に立つ事なんて、やっている時には分からず、後になってから分かる事の方が多いのですから。「やりたい事だけ、やりたいだけ」なんて、正直言ってもっと大人になってからやれば良いことだと思うのですけどねぇ。

最近の世の中は、兎に角スピードが大事。ネットの普及に伴い、情報は瞬く間に世界を駆け巡る。更に、情報を解析するITの能力も格段にアップ。その結果、様々なものの進化のスピードが上がり、それを活用した新たな商品やビジネス手法もあっという間に世界の裏側にまで伝わる。だからこそ、その変化に対応できるスピードが求められる。ビジネスの世界で良く聞く話ですし、私もそう思います。ですが、だからと言って皆が「生き急ぐ」ような文化を作る必要はないのでしょうか?人生って、色んな事を学び、体験することで豊かになると私は思っています。それを実感できる大事な時期を、将来の生活のためと言って最初から狭めるようなものを大人が作っては・・・今見えている社会のウォンツ、そして企業の収益、それだけでこんな事やって良いのでしょうかねぇ。

AI(コンピュータ)は、人間を凌駕するのか?

最近、AI(Artificial Intelligence:人工知能)の記事を良く目にしますね。自動運転車やIoTを使っての工場での工程制御、はたまたコールセンターでの対応など、様々な領域でAIの活用が試行され、段々現実のものとなってきているようです。AIと言うと、私は2001年に公開されたスピルバーグ監督のA.I.なんかを思い出してしまうのですが、感情を持ったロボットにまで進化するには、まだまだ時間がかかりそうですね。しかし、ビジネスの世界では結構いい線まで来ているようです。先週、日経に『AIが読む政策と株価 追加緩和10月見送り「的中」』なんて記事が掲載されていました。AIが人間を凌駕する日、そんな日が来るのでしょうか?皆さんは、どう思いますか?

過去の情報からの判断では敵わない?
この記事では、10月30日の日銀の金融政策決定会合に向け、大勢のエコノミストが追加緩和を事前に予想していたが実際には見送られ、これを予測していたAIの能力の高さに注目が集まっていると紹介されていました。これを開発したのは野村証券とのことですが、開発したエコノミストは、

「企業物価や商品市況の下落など緩和を予見するヒントは日銀の文書に入っていたが、エコノミストは消費者物価ばかりに目を奪われていた。AIはこうした先入観にとらわれない」

と語っているとの事。予測には、金融経済月報などA4サイズで約2400ページ分に及ぶ膨大な文書をAIで解析しているとのことなので、これは限られた時間の中で人間が行うのはかなりハードルの高い技ですね。そう考えると、今後はAIの方が色々な場面で人間よりもより正確な判断ができるのかも?なんて思ってしまいますよね。
しかし、この話し、個人的にはいくつか引っ掛かります。まず第一に、日銀の政策判断は人間が行っているという事。野村のAIが予測したのは人間がした判断であり、それを人間のエコノミストよりコンピュータの方が的確に予測できたとなると・・・予測したエコノミストの方々があまりにも視野が狭かった?日銀の方々は過去の慣例に従ってしか考えていない?それとも、予測したエコノミストの方々は自分達が「こうなって欲しい」という自分の意見の方に重きを置いている?・・・なんて色々と考えてしまいますね。こんな事考えると、AIが勝っているというよりも、もしかしたら人間が手抜きをした結果?なんて事も考えてしまうのですが。そしてもう一つ、こちらが非常に重要だと思うのですが、これが本当に正しい意思決定だったのか?という事。今回は、AIは日銀がどう意思決定をするかを予測しただけなのかもしれませんが、これに基づいてAIに判断させたら今回の日銀と同じ意思決定をするという事になりますよね。それが、本当に良かったかどうかは先になってみないと分からない。『エコノミストは消費者物価ばかりに目を奪われていた』とありますが、実は消費者物価にもっと重きを置いて考えた方が今回は良かったのかもしれません。(そうかどうかは、全く分かりませんが。)その時の肌感覚、そういうパラメーターは今のところAIにはありませんからね。勘だけを頼ってはいけないのですが、『なんだか嫌な予感がする』、『小さなことだけどどうも気になる』なんていうほぼ根拠のない第六感に頼ること、皆さんもありませんか?過去のデータを、既存の法則に則って解析する力は、恐らく既に人間はコンピュータには敵わないでしょう。しかし、コンピュータの持つ情報は全て人間がインプットしたもの。そこからしか判断が出来ない訳ですから、全てがAIにとってかわられる時代は永遠に来ないのだと個人的には思います。(人間が、自ら考えることを放棄すれば別ですが。)ただ、最近は認知して学習し、進化するAI、Cognitive Computingなんていうものもどんどん研究されていますね。IBMが世に送り出しているWatsonがその代表格でしょうか。人間も、うかうかしていると、いつの日か本当にAIに多くを代替されてしまうのかもしれませんね。


人間の『勘』や偶然との融合が、社会の進化を加速する
このようなAIの進歩は止められない、今後どんどん進むのでしょうね。そうなると、人間としてはこういう『道具』を如何にうまく活用して、人間だからこそ出来ることに注力するかが大事になるように思います。過去のデータを既存の法則で分析し、分かりやすい形で出してもらうのはコンピュータに任せる。そこから出てきたものに、人間だからこそ考えられること、適用できる事を追加し、より良い意思決定をして行くことが大事なのでしょう。恐らく、自動運転なんかは、高速道路など運行上の厳しいルールが既にある特定路線なんかでは、AIも活用して普及させていった方が良い。しかし、何が起こるか分からない一般道では、コンピュータの補佐を受けて人間がコントロールするからこそ安全な社会を実現した方が良いのかもしれません。新たなものを生み出す世界では、コンピュータが割り出した予測に、人間の勘や偶然を如何に織り込むかが大事なのかもしれない。色々な発明で、よく『偶然』という言葉を耳にしますよね。たまたま配合を間違ってしまったら・・・そこにヒントがあったとか。こういう偶然を生む機会を無くさず、その偶然をコンピュータの分析結果に織り込む、そんな事が人間には求められるのでしょうね。それ以前に、そもそもどんなものがあったら良いかの発想は、勿論人間だからこそ出てくる部分が多いように思いますが。
何れにせよ、AIが進歩し、これを武器に出来たら、社会はよりスピーディーに良くなっていくのだと思います。このような仕組み、コントロールするやり方を作って行くこと、これはこれからの我々のチャレンジなのかも知れませんね。
livedoor プロフィール

Koji

美味しい食べ物とお酒をこよなく愛すコンサルタントです。戦略立案とBPR、及びこれを実現するためのITなどに関するコンサルティングを提供しています。また、ビジネスリーダーを育成するシンスターで企業研修などの講師も務めています。
株式会社ケーティーコンサルティング、株式会社シンスター代表取締役

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