口永良部島 第2部

口永良部島上陸!

新岳の火口付近からは火山ガスは出ているようですが、見た目も音もとても静かで、
1年前の噴火は想像できませんでした。

新岳16,6,17,1賀茂川
【口永良部島の新岳】

島民の多くは、港に近い本村集落に暮していますが、
島を車で回ると、土石流で流れてきたと思われる岩がゴロゴロ転がっていたり、
道の端が崩れ落ちていて通るのをためらうような場所もたくさんありました。

道路16,6,17,2賀茂川

道路316,6,17,3賀茂川
【豪雨により被害を受けた道路】  

噴火による被害だけでなく、島民が避難して島に人がいなかった、
去年の梅雨と台風の豪雨による被害です。

島民が帰島した後も、口永良部島の避難警戒レベルは5(避難)が継続され、
火口から最大2.5キロの範囲では立ち入りが規制されていました。

その中には2つの集落があり、3軒の民宿があります。
我が家へ帰れない島民がいるとともに、復旧工事で訪れる作業員のために必要な民宿が
足りない現状にもどかしい思いがしました。

しかし、このブログを書いている途中で、口永良部島の噴火警戒レベル3への引き下げ、
そして立ち入り規制も火口から2キロの範囲に縮小というニュースが入ってきました!

島民が待ち望んでいた知らせに、私も心からうれしく思いました。

静かで、ゆっくりとした時間を感じられ、島民の皆さんが笑顔で優しく包んでくれる島、口永良部島。
島に咲くツツジは淡いピンク色の可憐な花でした。

つつじ16,6,17,4賀茂川
【ツツジ】

島民が全員、我が家へ帰る日ももうすぐ。

本当の意味での復興がこれから始まります。

また、笑顔あふれる口永良部島を訪れたいです。

口永良部島と夕陽16,6,17,5賀茂川
【口永良部島と夕陽】






口永良部島 第1部

5月に3回、口永良部島を訪ねました。

去年5月29日に新岳が噴火し、全島民が避難しました。
噴火、避難から1ヵ月後、避難先の屋久島から、当時の番組で生中継しました。
避難している島民の方の言葉には、先が見えない今後への不安がにじみ、
私たちは今後も見守っていかなければならないと感じたのでした。

永田浜から216,6,16,1賀茂川
【屋久島の永田浜から 中央のうっすらと見える島影が口永良部島】

それから7カ月、島民は帰島しました。
願いが叶った反面、島での生活は思うように元には戻らないことを記者から聞き、
島を訪れ取材をしたいと思っていました。

そんな矢先、噴火から1年が経つ口永良部島の特集をすると聞いて手を挙げました。


鹿児島から屋久島まで高速船で2時間、屋久島から口永良部島はフェリーで1時間40分。

フェリー太陽16,6,16,2賀茂川
【口永良部島に運航中のフェリー太陽】

去年の中継では、屋久島の永田浜から島影が見えたのですが、
フェリーで進んでもなかなか口永良部島は姿を見せてくれませんでした。
ようやく口永良部島を確認したのは、屋久島を出て1時間ほど経ってから。
思っていたよりもずっと大きくて、ずっしりと重みを感じる島でした。

口永良部島16,6,16,3賀茂川
【眼前に迫る口永良部島】


さぁ、いよいよ上陸!

島にはどんな風景があるのでしょうか?

続きは第2部で!





この1年・・・

鹿児島で暮らすようになって1年。
この1年は特に早く過ぎたように感じる。


妹と母が鹿児島に遊びに来て、指宿へ・・・
3人で温泉なんて何年振りかしら?
おそらく3人だけの旅、20年以上行ってないよね・・・


3人で見た朝の太陽、きれいだったね。

指宿の朝陽16,4,20,1賀茂川
【指宿の朝陽】


母は「私はもう長くない・・・」とよく口にするけど
妹とはしゃぐ姿は、まだまだ元気でホッとしました。
後姿だけれど娘も歳を重ねましたよ・・・

母と妹16,4,20,2賀茂川
【母と妹】


鏡を見るたびに妹とよく似てきたことを実感する今日この頃。
姉妹なんだね。


また、3人で温泉に行こうね!
義弟には申し訳ないけれど・・・(笑)