2013年04月15日

三国連太郎さん死去

三国「飢餓海峡」から「釣りバカ日誌」まで幅広く味わいのある演技を見せた俳優の三国連太郎(みくに・れんたろう、本名佐藤政雄〈さとう・まさお〉)さんが14日午前9時18分、急性呼吸不全のため死去した。90歳だった。(朝日新聞)
その芸歴は、戦後映画史そのものといっても過言ではない。


波乱の人生である。母親は奉公先の軍人に手を付けられ追い出された。育ての父は被差別部落の出身だったが、関係は良好だった。むしろ、実母との関係がよくなかったという。徴兵忌避を企てたとき、九州から手紙を送ったらそれを通報されたことなどが原因だそうだ。中国や朝鮮半島にも足跡がある。復員後は各地を、職を転々とする生活をしていたところに、スカウトされる。デビュー作の役名が、そのまま芸名となった。

当初は二枚目としてデビューしたが、間もなく性格俳優としての実力を見せていくことになる。「異母兄弟」では老いた役をやるために上の歯を抜いた。暴行シーンでは本気で殴ることから、女優からおそれられたともいう。「切腹」では主人公を問いつめる武士の役、「飢餓海峡」では逃亡する犯人の役を演じ、いずれも代表作となった。後年は「利休」「息子」など、重厚な芸術家・父親役で評価された。
娯楽作品も多い。「犬神家の一族」「セーラー服と機関銃」「野生の証明」などの角川映画に顔を出し、そして「釣りバカ日誌」の社長・スーさん役で幅広い人気を集めた。

奇行もあった。大恋愛に発展した太地喜和子とは、数か月の同棲のあとに突然失踪。監督として大作をつくろうとして失敗、海外を放浪していたこともある。息子の佐藤浩市との確執は知られているが、後年は共演し、その演技を評価するなど、和解していた。

役者バカといわれる人は、彼をもって最後になるのではないか。それは単に人としての能力だけではなくて、20世紀前半の日本が歩んだ波乱をも背負ったからであろう。
このところ、日本の芸能界をいろどった名優が、次々と旅立っている。本物の俳優が少なくなる。彼の存在感は、その中でも際立っていた。合掌。

ktu2003 at 18:55コメント(0)トラックバック(4)訃報  

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4. 三國連太郎のすべて  [ Re:play ]   2014年10月01日 18:52
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