2013年09月03日

やはり最後〜映画「風立ちぬ」〜

風たちぬ










この作品の事前情報を聞いたときに、「これで本当に終わりかもしれない」と思った。そして、先月下旬に作品を観たときに、「これで終わりだな」と思った。だから、宮崎駿監督が引退を決意したというニュースにまったく驚かなかった。

「ハウル」「ポニョ」と、まったく出来が良くなかった。もう一度彼は、開き直って好きな空・飛行機を軸に作品を作ればいいのに、と思っていた。その通りにしてきたからいささか驚いた。ならばまたいい作品を観られるかもしれない、と期待したのである。

初めて、実在の人物と、はっきりとした時代背景を軸に物語がつくられた。
モデルはゼロ戦の設計者・堀越二郎。そこに、小説家堀辰雄の「風立ちぬ」「菜穂子」の物語をミックスし、二郎とヒロイン・菜穂子の恋を描く。それは、今まで監督が描いてきたファンタジーではなかった。東日本大震災以降、「今までのようにはファンタジーを描けなくなった」という彼の発言は重要だが、その意味はもう少し考えないといけない。

物語は堀越二郎の少年時代から始まる。空に憧れ、飛行機に夢をかける。学生時代の1923年、関東大震災に遭遇する。その時に出会った少女・菜穂子と、10年後に軽井沢で再会するのである。二郎は名古屋で就職し、軍用機の設計に携わっていた。2人は恋に落ち、婚約するが、菜穂子は結核を病み、療養生活を送る。二郎はその間、ひたすら仕事に打ち込む。

ある日菜穂子は療養所を抜け出し、二郎に会いに来る。一緒に暮らすために。二郎は菜穂子と結婚し、愛を交わしながら新型戦闘機の設計に取り組む。その設計が完成したとき、菜穂子は自ら療養所に戻っていく。

堀越二郎という人物を描きながら、それは宮崎駿自身にしか見えなかった。きわめて作家性の強い作品だった。空・飛行機、そして美少女は常に宮崎アニメの軸であり、好きなものであった。それを惜しげもなく示す。シーンはやや細切れ感があり、説明も少ない。やたら主人公はじめ人物がタバコを吸う。二郎と菜穂子は何度もキスをし、愛を交わす。宮崎アニメでは過去になかったこと。人々が宮崎アニメに何を期待するか、ということに対してまったく頓着していない。

主人公・二郎の声をアニメーター・庵野秀明がやったというのもまったく象徴的で、その棒読みが宮崎駿自身にしか聞こえないのである。二郎は激動の大正・昭和時代を、ひたすら自分の好きな飛行機を作り続けることと、菜穂子との恋を軸にして過ごしていく。それはある意味で時代に背を向けていて、結果的にゼロ戦という「作品」を作ってしまう。それが、中韓あたりからは「戦争美化」として批判される部分となった。あるいはタバコを吸いまくる描写が、禁煙団体からクレームがつくほどになった。そういう賛否両論が入り乱れることも、これまでの宮崎作品にはあまりなかった。でも彼はそれを描いたのである。

作品の中でその矛盾は、わかりやすい形で示されている。結核の末期の妻と一緒に過ごすこと。人殺しの道具としての飛行機を作り続けること。時代の批判者としてドイツ人が出てくるが、二郎は顕著な反応を示さない。何かをメッセージとして訴えることはないのである。ゼロ戦は敗北し、日本も敗れる。菜穂子は死ぬ。それだけである。ただ、好きなものを、作り続けることができた。そのことを、「ありがとう」と二郎は感謝する。

「創造的でいられるのは10年」というセリフがある。その10年は作品上では、1930〜40年代ということだが、宮崎監督にとってはいつだったのだろうか。今は、そうではない。監督自身がそう考えているような気がする。好きなアニメを存分に作ることができた。だから「ありがとう」なのだと解釈すると、腑に落ちる。

私はこの作品を名作とも、傑作とも思わない。ただ、宮崎監督の気持ちがすごく表現されていると思ったし、この作品が最後なら納得できる。何かを表現したり、作り出したりする人間が、こういう形で作品を作り、締めくくれることほど幸せなことはない。

宮崎監督は、長編アニメ映画製作を引退する、と伝えられているだけで、他の手段での表現はなお続けるかもしれない。あるいは気が変わって、ということもあるかもしれない。ただどちらにしろ、彼の中では大きな何かが終わったのは間違いない。

ktu2003 at 19:56コメント(0)トラックバック(1)書評・映画評  

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1. 『風立ちぬ』  [ こねたみっくす ]   2013年09月08日 22:57
人が見る夢は儚い。でもだからこそ美しい。 これは『コクリコ坂から』以上に大人の映画。しかも宮崎吾郎監督のような若造が描く懐かしさではなく、宮崎駿監督のように実体験を反 ...

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