2019年02月08日

フランク・ロビンソン氏が死去

【パークシティー(米ユタ州)共同】米大リーグ史上初の黒人監督で、米国野球殿堂入りしている歴代10位の586本塁打の名選手フランク・ロビンソン氏が7日、カリフォルニア州の自宅で死去したと大リーグ機構が発表した。83歳だった。

1956年にレッズでメジャーデビュー。すぐに大活躍し、38本塁打をマークして新人王に輝いた。その後も安定した成績を残し続け、1960〜62年にはOPSでリーグトップである。しかし65年にチームの会長にののしられたことに怒り、オリオールズに移籍。ここで打率.316、49本塁打、122打点で三冠王となり、チームもワールドシリーズを制して、自身最良のシーズンとなった。そしてMVPを獲得し、史上初めて両リーグでMVPを獲得した選手となった。ただ不思議なことに、打撃主要タイトルを獲得したのはこの年だけ。
力が落ちてくるとドジャース、エンゼルスと移籍し、インディアンスでは兼任監督となり、黒人として史上初めての監督に就任した。76年限りで引退。通算成績は2808試合、2943安打、586本塁打、1812打点、.294。

その後も監督として3球団で指揮をとり、89年には最優秀監督となっている。
黒人として道を切り開いたという意味では、同名のジャッキー・ロビンソンが有名だ。しかし選手に比べると、監督になる難易度はより高い。選手はいってみれば自分のプレーで周りを黙らせることができるが、監督は周りに動いてもらう仕事である。ジャッキーはパイオニアではあったが、選手としては飛びぬけた実績を挙げたわけではない。フランクは選手として最高の栄誉を極め、そして監督になった。

現に選手に見下されることもあったというが、計4球団で、しかも現役時代から監督に推されたというあたり、人格的な評価も相当高かったのだろう。
メジャーでは珍しい、選手としても監督としても成功を収めた野球人だった。



ktu2003 at 09:32コメント(0)プロ野球  

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