じゅりっぺ

ダイワハウスのコマーシャル

休みの日はというか特に今日は暇だった。貧乏でも暇はあるぞと。

とういうどうでもいい話はおいといてDルームのCm見てて思った事。
「ドーベルマンを9頭ください。」
犬の数え方って「匹」じゃないのか?とふと疑問が生じた。

で、ネットで調べたら人間が抱え上げられる犬なら「匹」で抱え上げられない犬なら「頭」と数えるという説明をしてるところがあった(犬に限った使い分けではないらしい)。ふ~んそうかと思う反面、だとしたら樹里ちゃんは重くて持てないから「頭」でいいけど店員さんは男だから抱き上げられるだろうドーベルマンが大人しくしてれば。だったら店員さんは「匹」と呼称すべきということになるのか?
つまり「9頭ください。」で「いや9匹はちょっと・・・。」という会話が生じてもおかしくはないというか、個々の体力差によって同じものでも言い回しが食い違いがあってもそれはおかしくないということになるのだろうか。

まあお客さんの立場になってものを見るのが商売というものだからしてお客さんが「頭」と言えば店員さんもそれに合わせて「頭」と返すのが当然なんだけど。

しかしながらこの「匹」と「頭」の使い分けは明快な正解の定義というものではないらしいがそれにしても曖昧なもんだなということを知った。

そういう意味からしたらこのCmでお客が「頭」店員が「匹」を使って会話したらどっちなんだよという問題提起に繋がったかもなとふと思った。まあ広告したい趣旨とはだいぶ横道にそれてはしまうが。

しっかしこんな事考えるくらいホント今日は暇。

江 第28話

このドラマのように秀吉は本当に三成ばかりを重用したんだろうか。まあこのドラマに限らず最近視るドラマは大抵この形を成しているけど。

なんでもかんでもみんな石田三成がやるよ
重箱の隅からボワッと因縁ねつ造登場
いつだって迷わない三成は悪い人
そんなの常識~んん?

ってか。命ぜられて渋々という画柄だけど、人の一面しか描いていない風に思えてくる白黒くっきりの描き方だよな。三成の領国経営は優れていたとなんかで読んだことあるけどそういった面は無しだものな。もっとも秀吉の方がそういう意味では軽薄にすら映ってしまっていて最大の被害者だろうけど。
これじゃあ関ヶ原で勝って無事成敗でざまあみさらせって図式にでもするのかしらんって思えちゃうな。穿ち過ぎか。

ま、そんなことはさておき、大分役と実年齢とが重なってきたせいなのか表情に無理(作為)がなくなってきた風にに映るな。抑えなくて済むようになったというか。その効能はというと目力というか目の表情が増してきた感じがする。脇差のど元突きつけて覚悟のほどを見せるシーンが印象に残った。

この後は駄目亭主に嫁いで女房はつらいよってか。そうなるとますます空想歴史ドラマの面目躍如となるな。

生命保険Cm の 樹里ちゃん

コマーシャルではしほりんをよく見かけ、あまり樹里ちゃんを見かけることは無かったのだが。
ここのところにきてよく見かけるようになった。
お酒のCmは夜連呼の如くよく見かけるところであり、そこへきて今度はオリックス生命のCmを見かけるようになった。とはいってもそうはお目にかかれていないが。

「わからない」編。HPで動画が視れるけど1種類。自分が見たのは2種類。
どちらも、どっちがどっち?というものを提示してそれを見較べるも分からない樹里ちゃんの図というものであるが、じゃあ正解は?という提示は無い。つまり分からないまま終わるという趣向。こういう世の中だからこそ分かり易い当社の商品をというもので訴えるものははっきりしてる。
問題提示して答え無しで、ならばHPで答え出してるのかというとそうでもない。
ほとんど気にならないところだが唯一蟻のCGと本物、どっちがCG?というのについてはもう少しはっきりして欲しかったな。

どっちが高価?というものにて「分かんないなあ」という表情と言い回しが「上野樹里」独特感があって好いと思えるところ。

江 第26話 の 樹里ちゃん

この回は特に書く事無いかな。なら書くなって?ごもっとも。

終わりに我が子を見やりて涙するはなんの涙なんでしょね。

子に夫の面影を見つけて夫を想い涙したのか。
我が子の将来を憂いて涙したのか。
自身の運命が子にも類が及んだのかと申し訳なく涙したのか。
さあこれよりは明るく生きようぞ(過去との決別のため)との涙流しおさめとしたものなのか。

まあ単純に面影に涙したということで他は勘繰り過ぎなんだろうかな。

お話しの流れについては、秀吉の憔悴の中での独白は淀殿が聴くべきものだろう。それがなんで江なんだろ。
秀次に対するイメージが自分が抱いてたのとは随分違うもんだな。痴れ者と切れ者じゃ大違いだもんな。これが本当の姿であったなら改めなくちゃというところだけど、このドラマに信ぴょう性は無いからなあ。でもウィキとかで検索して調べたら全くの創作という訳でもなさそうで・・・っていちいちこんなめんどくさい事しなくちゃいけない大河ドラマは・・・めんどくさいなあ。これはフィクションですと断ってくれてたら楽なんだけどなあ。

江 第25話 の 樹里ちゃん

利休(石坂さん)とのシーンはいい表情してたなあ。ジョゼ虎での喫茶店でのシーンを思い出されるくらいに印象に残る。
石坂さんの迫力に応じたのか石坂さんが樹里ちゃんに応じたのかは素人には分からないけど、打てば響くが本領発揮という感じはするな。(アップの応酬だったんで別々に撮ったのかもしれないけど。)
なにはともあれ、この回は満喫したぞえ。

んで、お話しの方。死んでいった人達の想いをどんどん受け継いでいくというが江の勤めといった感がするところ。人生は重きを背負いてと家康公はのたまいけるが、どんどん重荷が増していくみたいだなや。
それにつけても石田三成に全て悪役事を押し付けてるドラマだなあ。秀長さえ存命であればと歴史のもしもをいつも感じるけど、それと同じもしもを考えるにしても三成さえいなければと思わせるのはどうかと思うぞ。

それと「詫びる」と「謝る」。これがどう違うのかをもう少し表して欲しかったよなあ。「頭を下げる」に言い換えて誤魔化してたような気がする。言葉の彩の問題じゃなく人がどう示すと「詫びる」と「謝る」の違いになるのか。それを指し示して欲しかったな。
普通なドラマの感想はこちらで書いてます
http://kechonkechon8.blog.shinobi.jp/

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