2006年06月22日

宮本直樹さんを捜しています!その1

宮本直樹さんの事件を風化させない為に協力願います!

特定失踪者宮本直樹さん

http://www.tokioinfo.co.jp/kazoku/ken_m/m020320.html家族探しのページ

兄である、剛志さんと、お母様には国民大集会でお会いして、何か協力できたらと申し出たのですが、小生如きに何が出来る訳でもないのですが、微力ながら自らのページにて呼びかけたく思いました。

宮本直樹さん失踪事件の全容

上記、家族探しのページにて詳細を御覧頂けたら幸いです。

顔写真を御覧頂けたら判りますが、凄く二枚目な男性です。今風に言うならば、なんですか「イケメン」ですよね。好青年の印象。

本題である失踪事件の全容について、現在知り得る部分のみ以下に記させて頂きます。

宮本直樹 2002年3月3日に失踪

失踪場所 東九フェリー船内にて

身長178 体重65 スポーツマンタイプで明るい性格でマメなタイプ

失踪日前後の行動

2002年2月28日の18時までに東九フェリーに予約が入るが本人の携帯、自宅の電話からの予約ではない。フェリー会社によると本人が予約したか定かで無いとの事。

同日の夜、彼女とインド料理を食べに行く。(記念写真を撮影)この記念写真について誤解を招きそうなので一言書き加えるなら、以前に検索して探し出した店であり、楽しみにしていた事から記念に撮影したと思われる。

同店での彼女との会話で旅行する話、悩み事など一言も話さず、普段と変わっている様子は感じられなかった。

2002年3月3日15時頃、父に「今日は夕飯はいらない」と母に伝えてと言って外出。以後、消息が不明。

同日18時30分頃に、東京港フェリー乗り場に到着。本人直筆の申し込み書には片道切符を申し込んだ事が確認される。

フェリーであるが、直樹さんは車、バイクと共に乗船したのではなく、本人一人だけの乗船であった。一般的には飛行機を利用するが、バイトを辞めた矢先であり、金銭的な理由で飛行機、新幹線は避けたのかもしれないが、高速バスの方が安く便利に利用できるので高速バスでなく、何故、船舶を利用したのか疑問である。

19時10分フェリー出港する。メール、パケット使用料が、この時間まで課金されている。「くちなし」が確認した処、東京港から出る時間は通話が可能との事。時間にして約2時間程度。即ち、21時頃には電波が届かない状態になる。

2002年3月4日兄の剛志さんが電話するが留守番電話になっている。この時にメッセージを入れている。

「くちなし」が確認した処、メッセージセンターが受付て預かる事なら可能である事が判明。電源が入っているか、電波状態は問題なくセンターで預かる事はできるそうです。

午前、フェリーが徳島港に到着する。

到着後、直ぐ徳島港を出港して新門司港を目指す

「くちなし」が確認した処、新門司港までの切符で途中下船、即ち徳島港で下船する事は可能であり、下船の際もそうだが本人と断定はできないそうである。

注意)徳島港で切符の回収を怠っていた可能性が以前に乗船した方からの証言で明らかになる。この問題は、乗船客と下船客の人数を把握する必要がある為に義務つけられた確認作業である。船のバランス等を保つ、乗客の安全確認の意味を含まれている作業。「くちなし」の調査に対して口を濁す場面が見られた。この件に関して電話などでは埒があかなく東京港でなく、現地を訪れて説明を求める必要があると考えている。被害者家族の意向もあるので勝手な行動は起こせないが、船舶運行会社の管理責任はある。

同日午前 船内アナウンスにて、新門司港到着後の交通機関が早朝の為なくタクシーなどを利用する方は申し込む様にアナウンスされるが、直樹さんは申し込まず。

同日、昼頃、彼女がメールするが返信はなかった。通常なら即返信している。

2002年3月5日5時頃に新門司港到着

直樹さんが不明の状態で本人の所持品のも残される。

バック、本三冊(健康食品に関する本)デジカメ、セータ風の上着、下着、洗面用具。

財布は、2階の貴重品入れに保管されている。現金21000円とクレジットカード三枚、ビデオカード、メモ。

注意)財布の中から発見されたメモであるが、本人の字ではなく、フェリー会社は通常メモを渡す事などない。アナウンスで変更事項は伝えるとの確認を得た。

同日、船舶運行会社から家族の元に連絡がいき、失踪事件が明るみに出る。

船舶運行会社は船室に残された状態のまま荷物(遺留品)の撮影をおこなっており捜査に支障をきたすことはないと思われる。

新門司港での下船客の確認に怠った形跡は認められるが、新門司港に到着したのは早朝5時であり、下船客も疎らな状態であり、直樹さんの身体的特徴から目撃者が存在しない事が不思議である。

新門司港からの交通手段はタクシーであるが、当日は全て予約配車であり予約していない直樹さんが乗車できるタクシーは存在しなかった。

即ち、直樹さんが、新門司港で下船した可能性はない。また、直樹さんが新門司港、若しくはその周辺、及び九州方面へ行く目的も考えられない。友人、知人、親戚が存在する事もないとは、兄である剛志さんの証言。

上記から推測して、「くちなし」は徳島港で下船した可能性と、始めから本人が乗船していない可能性の両面に絞り今後考えていく。

宮本直樹さんを捜しています!その2へ続く

同胞救出!奪還せよ!くちなし拝

 

 

 



kuchinashi_tou at 00:05│Comments(2)TrackBack(0)拉致被害者 

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この記事へのコメント

1. Posted by 蘆澤正文   2016年10月18日 09:04
失踪当時、所蔵していた会社を代表して足取りをご家族と協力し調査しました。毎日新聞支局の調査では、船内で宮本君を見かけた人はいないのにベットには読みかけの本が残されていたとのこと、徳島港で降りていない確認は徳島に住む小生の義兄が確認しました。門司海上保安局ともやり取りしましたが、不思議なことですとのこと。後日直樹君の本棚を見せていただきました。その本棚の裏の壁との間に、読み古した北朝鮮に関する本が落ちていて、びっくりいたしました。彼がフェリー置き場に行く前に、新大久保の友達(総連系の)に会っていたことも確認しています。
所属していた会社の友人とは「帰って来たら、飲もう」と約束!
船に乗っていた確認ができない。飛び込んだ形跡もない、関わりあった関係者がその後姿を消した!?
拉致の可能性ありますが、
 正義感の人一倍強かった宮本直樹君を探しています。
2. Posted by a   2016年12月21日 00:32

降りた形跡がないとのことですが、
フェリーには車も載せることが出来るわけで
誰かの車に乗って(乗せられて)下船した可能性もあると思う。

東九フェリー 運賃
http://www.otf.jp/fee.html


>読み古した北朝鮮に関する本が落ちていて、びっくりいたしました。彼がフェリー置き場に行く前に、新大久保の友達(総連系の)に会っていたことも確認しています。

宮本。。

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