九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。 (筆者は素人なのであまり内容は信用しないでください) 皆さんに少しでも話題を提供できたら幸い。

賭博とカジノ法案について

 先日、カジノを一部解禁するIR法案が衆議院を通過し、問題となっています。
 カジノを含む統合型リゾート(IR)の整備を政府に促す議員立法「カジノ解禁法案」が6日午後の衆院本会議で、自民党や日本維新の会などの賛成多数で可決され、衆院を通過した。慎重論が根強い公明党は自主投票とし、与党内の対応が割れる異例の展開になった。
 カジノ法案、衆院通過 民進など退席、公明自主投票-朝日新聞
 ところで、賭博というのは元来刑法に規定のある犯罪なんですよね。しかし今まで、このブログでは触れたことがありませんでした。なので、今回はその辺をまとめておこうと思います。

 IR法案の問題点
 賭博そのものの話に移る前に、今回通過した法案の問題点をまとめておこうと思います。
 十分に時間をかけて議論すべきものであるにもかかわらず、与野党合意のないなか、わずか6時間の審議で強行採決です。議員立法をこのようなやり方で可決させることは、私の知る限り今までにないことです。いろいろと経緯のあるものを、これだけ数の力で押し切っていくということを強く懸念するものです。
 しかも、法案の中身は極めて問題のあるものだと思っています。
 本来であれば、カジノは刑法の「賭博罪」に該当します。懲役刑です。その賭博罪にあたらない、つまり違法性が阻却(そきゃく)されるということが、どういう中身で違法性が阻却されることが可能になるのかということの議論が全くなされていません。
(中略)
 どうやって違法性を阻却するだけの公益性を担保するか、その本質的な議論もないまま、つまり、違法ではないカジノがあり得るということについて、法案の中に何の担保もせずに、中身の詰めを政府に丸投げしたまま、カジノ法案を出すというのは、極めておかしな話だと思います。
  カジノ法案─これで賭博罪の例外を認めれば、立法府として禍根を残す-岡田かつや  TALK-ABOUT
 とは言っても、その問題点は民進党の岡田氏が簡潔にまとめています。要するに、拙速な委員会・議会運営と中身のなさの2点が問題となっているのです。
 賭博は本来、刑法185条から187条「賭博及び富くじに関する罪」に違反する犯罪です。競馬や宝くじは掛け金の多くが公共事業に使われるという公益性から、ゲームセンターやパチンコは得られる景品が金銭ではないという面からそれぞれ違法性を阻却されているにすぎません。しかし今回の法案では、なぜ違法性が阻却されるか明らかになっていません(6時間で明らかにしろというのが無理な話だけど)。

 ちなみに、カジノ法案への批判に対し、いつものように反論が沸いていますが
・対案がない→法律の体をなしていない法案に反対するのに対案は不要。そもそも「観光立国のためになんか観光地を作らないと」という問題意識を共有しているとも限らない。
・ギャンブル依存症対策が進む→カジノを作らないと進まないというものではない。
・ IR議連を作ったのは民進党→目的が同じだとしても拙速な成立に反対することは論理的に矛盾しない。
・パチンコこそ問題→今はカジノの話をしてるんじゃ。
 と、論の体をなしていません。
 もっとも、カジノを作ったところでそれが観光資源になるとは到底思えません。今更マカオに勝てるわけがないので。

 パチンコはどうなの
 さて、カジノ法案の話題になるとバカの1つ覚えのように「パチンコが云々」と言いたてる人が湧いて出てきます。パチンコが景品を現金にしないために違法性を阻却しているという話は先に述べましたが、現実としてはその景品を換金する店が近くにあり、結局現金を景品としているのと変わりがないという問題があるようです(私はパチンコをやらないのでよくわかりませんが)。
 そういえば昔、パチンコ経験のない某漫画家が毎週パチンコを打ってそれを漫画にするという、パチンコ業界らしきサイト主催の連載企画を読んでいたことがあるのですが、その際も勝ち負けの結果は「〇円」というような表し方をしていました。それを考えると、もはや隠す気がないと言えるのでしょう。
 レイシストに人気のある陰謀論の1つが、在日コリアンがパチンコ業界に多く、故にこのような不正が見逃されるというものです。現在のパチンコ業界に在日コリアンがどの程度関わっているかは不明ですが、歴史的な経緯を見る限り関係があるのは少なからず事実のようです。
 しかし、どのようなメカニズムによるものであれ、パチンコにおける不正が見逃されていることを「在日特権」であるかのように表現するのは少々無理があります。というのも、このような不正がまかり通るためには、司法や行政といった機関がそれを何らかの形で見逃す必要があり、そしてそれらの機関に務める公務員には、原則として日本国籍を有する日本国民しかなれないからです。つまりこれらの問題は、在日コリアンの問題というよりは、概して日本人自身の問題であると表現するほうがより正確なのです。

【書評】ルポ京都朝鮮学校襲撃事件 <ヘイトクライム>に抗して

 今回の書評は、京都朝鮮学校をレイシスト集団の在特会が襲撃した事件の克明なルポタージュである1冊。本書は、あの醜悪極まりない事件を記録すると同時に、なぜそのような事件が起きたのか背景の一面を明らかにし、かつ朝鮮学校に向けられてきた有形無形の批判(あるいはそれ以下のもの)に反論する情報を備えたものとなっています。

 京都朝鮮学校の歩み
 今回の事件の背景というか、在特会による正当化の理由には、京都朝鮮第一初級学校が近くの公園を運動場として使用していたという「事実」があります。この使用自体は、厳密に法を適用すれば黒とも断ずることのできる行為だったわけですが、京都市と地元自治会との三者間の合意によるものであったことや、市内の小中学校にも公園を運動場として使用していたケースがあることを考えれば、デモまで行って告発すべきほどの悪行ではないと言えるでしょう。もっとも、在特会の主張が仮に全面的に正しかったとしても、行為の正当化にはならないわけですが。
 京都朝鮮第一初級学校が運動場を持たないのは、学校の変遷とも関わりがあります。この少し入り組んだ変遷を平たく説明すると「当事者の努力によって学習機会を獲得するたびに、日本政府や自治体の横やりによってそれを失っていった」歴史と言えます。無論この横やりは、差別的な発想に基づくものであり、何らかの合理的な理由を持ったものではありませんでした。
 朝鮮学校の変遷を読む限り、これらの排斥は政府の都合と同時に、戦後まもなくを「知らない」世代である私から見て不可解極まりないほどの、朝鮮人「のみ」に対する忌避感情に動機づけられているという印象を受けます。他の民族的ルーツを持つ学校では、このような排斥が起きたという話を聞いたことはありませんし、全くないということはないのでしょうが、朝鮮学校ほど苛烈ではないのはやはり不可解に思えます。朝鮮学校と同程度にレイシストから反感を集めているとすれば、あとはアイヌ教育があげられるでしょうが、なぜその2つが激しい攻撃にさらされる一方で他の民族教育はそうではないのか、その違いがどこにあるのかはわかりません。

 泥酔者の群が吐瀉物を吐き散らしながら行進したとしても、この醜悪さの足元にも及ばないだろう
 というのは、著者が朝鮮学校に対するヘイトデモを表現した一文です。かなりきつい表現でしょうが、むしろレイシストに対する評価としては甘いとすらいえるかもしれません。
 レイシストの気味悪さは、動機がよくわからないという部分にも掛かっていると思います。本書の後半では、裁判に現れたレイシストたちの、あまりにも軽い態度も克明に描かれています。平均程度の良心を持っているのであれば、いくら集団極性化したとしても子供のいる学校で罵詈雑言を吐くような真似をしないでしょうし、民事とはいえ裁判所に引っ立てられてもなおその態度を崩さないという状況にはならないでしょう。
 犯罪者の動機というのはおおむねシンプルで、「かっとなってやった」「先の見通しが出来ない」「営利目的だった」のどれかに他者への共感性の低下という要因が組み合わさっているというのが私の解釈なのですが、レイシストの場合どれにも当てはまりません。在特会の中心メンバーあたりになると、ヘイトクライムが「営利目的」を帯びてくる(左派市民活動を「プロ市民」と罵る一方で自分が「プロ市民」になっている、このような倒錯は彼らの主張では日常茶飯事です)のでしょうが、そこまでいくまでは営利目的ではなかったはずで、何が彼らにそこまでさせるのかは本当になぞというしかありません。
 加えて、会話が成立しないというのも彼らの気味悪さに拍車をかけています。私もこれは経験済みですが、ネットではなく直にこの感覚を味わった関係者の恐怖はとてつもないものだったでしょう。本書では、朝鮮学校が地域の住民と信頼関係を築き、その土地に居場所を作っていったことも描かれていますが、そのような対話はレイシストには成立しえないのです。
 しかし1つだけはっきりしているのは、彼らの行動は日本社会が蒔いた種を収穫したに過ぎないということです。我々は石原慎太郎に投票し、外国人犯罪を伝える報道に「コワイね」と反応し、世論調査で「自民党を支持」と答えるたびに1つずつその種をまいているのです。そして、無関心と傍観で水をやり、時に告発者を逆に潰すことで「雑草」を取り、収穫にこぎつけるのです。その収穫物が海を渡り日本という国のイメージを決定づけている間に、また畑をせっせと耕しているというわけです。

 本書が伝えることは、民族教育の権利とかレイシズムが地域に残す爪痕とかいろいろあるのですが、第一にはこの事件があったという事実そのものであるかもしれません。それこそレイシストの物言いに近くなってしまうのかもしれませんが、この事件は「ほとんど報道されませんでした」。精々、最後の判決が出た時に産経を除く(本書には本当に「『産経新聞』を除き」と書いてあるので、不覚にも笑ってしまったのですが)各社が報じたくらいです。かくして、事件そのものが忘れ去られ、また歴史は繰り返すというわけです。
 本書は、そのような忘却にも抗するものですし、それを通して我々の中にある無関心にも抗していると言えるでしょう。

 中村一成(2014). ルポ京都朝鮮学校襲撃事件 <ヘイトクライム>に抗して 岩波書店

【書評】「よい子」が人を殺す ~なぜ「家庭内殺人」「無差別殺人」が続発するのか

 今回は教育評論家である通称「尾木ママ」の1冊。といっても、読んでいる間じゅうずっと「これ書評する意味あるかなぁ」などと考えていましたが。結論から言えば、中身が無いんですよね。数多の事例を引いてきて、こういう原因があったかもしれないと書いてはいるんですが、原因というある種断定のしようがないものに対して表面的に語られても「そういう原因もあるかもねぇ」としか反応できないので。

 統計の存在意義を破壊する
 昔はよく、統計を読まずに「子供による凶悪犯罪が~」という論調の本がありました。しかし最近は、流石に読者に統計が周知され、犯罪の数そのものが増えているという虚偽をはっきりと書くものは少なくなってきました。そのかわり、もはや統計の存在意義を粉砕しているとしか思えないアクロバティックな論理で自身の主張を正当化するケースが散見されます。
 「数は増えていないが凶悪になっている」という話ならまだいいのです。この主張も専門家による分析で否定されていますが、ありえなくはないからです。本書はそのような論理的な立場はとらずに、「統計では急増しているわけではない」が「恐怖感は増大している」「急増感がある」というふわっとした言及だけで、統計的な事実の一切をスルーしています。この時点で、本書の内容が信用ならないと断言してしまって構わないと思います。

 特別な事件を読み解く意義
 これは本書に限った話ではないのですが、私はそもそも日本における「無差別殺人」や「家庭内殺人」の極端な事例を読み解き、そこから日本社会全体の問題点を論ずる営みにどれだけの妥当性があるのかという疑問があります。犯罪は人間の起こすことであり、日本だけでも1億人以上いる人間には平均からとてつもなく逸脱した者が存在し得ることを考えれば、犯罪にも平均から逸脱した、不可解な事例が存在するのも不思議なことではありません。それらの事例はあくまで極端なものであり、それをどうにかして読み解いたところで果たして平均的な日本社会に適応できるものなのでしょうか。
 無論、極端な事件によって注目を浴び、表面化する問題というのはあります。しかし、それはあくまで表面化したきっかけが事件だったというだけであり、事件を読み解いたために論ずることが可能になったという話ではありません。

 良い子の定義
 本書の大きな問題点は、よい子の犯罪を大々的に取り上げているにもかかわらず、何をもってよい子であるとみなすのかという定義は一切なされていないことです。本書の記述を読む限り、小中高あたりで欠席日数が少ないこととかがその根拠として挙げられているようですが……それでも事件の前くらいには「よい子」でなくなっている事例もあったりするので、定義次第では「よい子」が人を殺すという命題そのものが崩れそうです。一番の売りがこの程度の論理武装でいいのでしょうか。
 ちなみに、いわゆるいきなり型と言われる、前科のない少年による凶悪犯罪が増えているという根拠もないはずです。

 本書は他に、「カプセル家族」などという目新しい言葉を用いていますが、要するに社会的な繋がりが家族以外に稀薄であり、ソーシャルキャピタルの不足という観点から読み解くことができる問題です。これは前回の書評『【書評】犯罪の世間学』でも論じました。
 犯罪というのは所詮逸脱行動でしかなく、それが反映するのは精々社会の一側面でしかありません。それを自分の主張の根拠に都合よく使うのはいかがなものかと思いますが、そういう論調の本はなくなりませんね。

 尾木直樹(2008). 「よい子」が人を殺す ~なぜ「家庭内殺人」「無差別殺人」が続発するのか 青灯社
「え―き様の3分犯罪解説」「えーき様と罪人どものCoC」シリーズ投稿中です。http://t.co/5M9KbypdQP 自称アマチュア犯罪学者。ブログで犯罪学についてあれこれ書いております。TRPGだけやってる垢だと思ってると痛い目にあう。
E-mailアドレス
kudan9newbridge@gmail.com
メッセージ

名前
メール
本文
記事検索
アクセスカウンター
  • 累計:

  • ライブドアブログ