九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。 (筆者は素人なのであまり内容は信用しないでください) 皆さんに少しでも話題を提供できたら幸い。

【書評】これが犯罪? 「ビラ配りで逮捕」を考える

 今回取り上げるのは岩波ブックレットの1冊。このシリーズは内容が簡潔なわりに詳しく、時流に合った話題を提供してくれるので重宝しています。下手な新書を読むよりはこっちを読む方が勉強になるでしょう。

 微罪逮捕とは
 本書で取り上げられているのが「微罪逮捕」の問題です。そもそも微罪逮捕とは、公安がデモ参加者の前でわざと転んで公務執行妨害で逮捕するように、極めて小さな、本来であれば逮捕不要な罪で逮捕しておいて、別件の捜査につなげるというものです。
 本書のタイトルには、ビラ配りでマンションに入ったところ住居侵入で逮捕され、起訴までされたという事例です。他にも、卒業式の直前に政治的な訴えをしたために、卒業式そのものの進行には影響しなかったものの業務妨害で逮捕された事例、部屋を借りる際に、部屋の使用用途の申請に誤りがあったために詐欺罪で逮捕された事例など、警察も暇だなと思われるような事例がいくつも挙げられています。

 選択的な正義
 一応、条文を語義通りに馬鹿正直に解釈すれば、微罪逮捕された事例の中には実際に法に触れると理解できるものもあります。例えば住居侵入は「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入」する行為と条文にあるので、ビラ配りを正当な理由ではないと解釈すれば法律違反とみなすことは可能なのです。
 しかし、問題は警察が他のビラ配りを逮捕していないという事実です。逮捕された人が配っていたビラは、自衛隊のイラク派兵に反対するものでしたが、ビラの内容が右翼的なものであれ、商業的なものであれ行為の本質は変わらないはずなのに、これらの事例では逮捕者は出ていません。
 その他の事例に関しても同様で、主張は違うが行為自体は同じである事例では逮捕者が出ていないという事実は、その行為の違法性が問題だったからではなく、主張の内容が警察にとって問題だったからであると推測するには十分な根拠と言えます。

 公安警察の仕事づくり
 このような微罪逮捕がまかり通る背景に、公安警察が自分たちの存在意義を示すために仕事を作ってると著者は指摘します。
 公安警察は、元々組織犯罪を取り締まる部署ですが、ある時期まではほとんど仕事がなく、左遷先とまで揶揄される状況にありました。
 その状況が変わったのが、オウムによる地下鉄サリン事件です。この事件に恐怖した国民や政府によって
、組織犯罪の取り締まりへの需要が増し、公安警察の地位が向上し、早い話が調子に乗るようになってきました。
 とはいえ、実際に日本では組織犯罪が滅多にないという事実は覆しようがありません。そこで公安はいろいろと情報収集をして、「危ない組織」を洗い出そうと躍起になりました。『警察によれば共産党は危険()団体らしいぞ!』でも指摘したように、共産党もその1つですし、本書で登場する組織もそのターゲットとなったのでしょう。戦前の軍部を思わせるような状況です。

 右翼と仲良し
 公安警察といえば、左翼への弾圧は積極的なのに右翼へのそれはそうでもないという問題もあります。現に本書で取り上げられた事例もすべてが左翼的な主張をする者が逮捕されたものですし、ヘイトスピーチのカウンターの現場でも、レイシストの暴行が見逃されたりといった問題が指摘されています。
 ヘイトスピーチ対策法も成立したことですし、それがなくとも右翼までターゲットにすれば仕事が2倍になって都合がいいようにも思えるのですが、なぜ公安は右翼はあまりターゲットにしないのでしょうが。
 その理由が、本書の中に一水会の顧問である鈴木邦夫氏の発言を引用する形で述べられています。氏曰く、公安は右翼と仲間意識を共有していて、右翼を育てている側面があるというのです。どうしてそういうことになったのかはさっぱりわかりませんが。

 このような問題に立ち向かう最後の砦は、裁判所が令状などの検察の請求をはねのけることですが、本書を見る限りあまり期待はできないようです。とすれば、やはり市民がありもしない犯罪に対する不安に踊らされずに、毅然と社会の中にある衝突を受け入れていくしかないのでしょう。

 内田雅敏(2005). これが犯罪? 「ビラ配りで逮捕」を考える 岩波書店

【書評】犯罪報道

 今回書評するのは岩波ブックレットの1冊。犯罪報道に関しての本で、短く簡潔にまとめられているので初学者にもおすすめの1冊でしょう。

 偏り、溢れる犯罪報道
 本ブログでも、犯罪報道の問題点はたびたび指摘してきました。しかし、大半が加害者・被害者の実名報道とプライバシーの問題に終始していたのも事実です。

 参考記事
 川崎事件における週刊新潮の実名報道に大義はない
 週刊ポスト元少年A報道は正当化できない
 実名報道は「メリットがなければ止めるべき」か「デメリットがなければやるべき」か

 本書で触れられている問題は、どちらかというと犯罪報道の偏在と報じ方に関するものです。
 偏在というのは、つまり報じられる情報が捜査段階のものに殆ど限られ、裁判やその後の処遇がほとんど報じられないということ、あるいは、情報がほとんど警察からの提供であり、容疑者側の主張は顧みられにくいという問題を指しています。
 前者の問題に関しては、表紙の裏にわかりやすい表が載っています。朝日新聞とニューヨークタイムズの犯罪報道の数を比較したものですが違いは歴然です。ニューヨークタイムズはそもそも犯罪報道が朝日新聞の3分の1ほどなのですが、その多くが裁判に関するもので、事件の発生と捜査に関するものそれぞれの2倍ほどの量です。
 一方、朝日新聞は多くが捜査段階の記事であり、その数は発生と裁判のそれぞれ3倍ほどとなっています。

 捜査段階の記事が多さは、警察からの情報提供によって形作られています。著者は、犯罪報道が警察の広報と化していることを指摘しています。警察に批判的なことを書けば情報を得られにくくなるため、当然といえます。
 記事を警察提供の情報で簡単にかけるために、翻って容疑者側にはあまり取材がなされず、警察の言い分ばかりが記事となり発信されていく状況が生れます。もっともこの状況には、身柄を拘束された容疑者には弁護士ですら容易に面会できないという日本の特殊な制度も作用していますが。

 物語と化す報道
 警察広報と化した報道は、一種の読み物としての性質も持つようになります。つまり勧善懲悪、操作の苦労と捜査員の尽力、被害者の悲痛を加害者の残忍性や異常性といったものが全面に出されていきます。
 海外の報道にはそのような現象はあまりないようです。その理由として、海外の報道には公正の観点があるからだと著者は指摘しています。
 裁判官も人であり、また報道されやすい重大事件ほど裁判員裁判の対象となることを考えれば、犯罪捜査報道を盛んにすることは裁判に悪影響があることは論を待ちません。海外ではそのような懸念から、本当に必要と判断できるまで犯罪に関する報道を控えるように報道機関が指針を持ち、興味本位の抑制している背景があります。
 一方日本の報道は、松本サリン事件等の報道被害を生み続け、今の大して前進していないことは去年の川崎事件や元少年Aに関する報道を見れば明らかです。

 とはいえ、責任の全てをマスコミに帰すことはできないでしょう。マスコミの報道傾向は、視聴者がそれを望むからするという、相互作用の関係にあります。マスコミがこのような問題のある報道をするということは、返せば受け手もまた同様の問題を抱えた受け手であるということにほかなりません。

 五十嵐双葉(1991).犯罪報道 岩波書店 

なぜ人は「リンク先」を読まないのか

 本ブログの基本姿勢として、主張は根拠に基づき、それがネット上で閲覧できる場合にはできるだけリンクを張るというものがあります。
 しかしこの姿勢が功を奏することは結構ありません。例えば『男性差別は何処?』『男性差別は何処? その2』でのやり取りでは反論者がリンク先を読んでいないことを露呈していました。また、『新・外国人の犯罪は多いのか検証してみた』は『外国人の犯罪は多いのか検証してみた』がYahoo!に取り上げられ突然拡散したために、より正確でわかりやすい議論をということで書き上げ、記事の最上部にリンクを張ったにもかかわらずほぼ無視されました。
 こちらが情報を示しているのに、それを踏まえずに議論が行われれば進展がないのは当然といえます。

 また何かと話題になりやすいSEALDsも、この不注意の餌食になっていました。
 ちょっとツイートを見れば、あるいは調べてみればすぐわかるように、これはあくまで『学校では教えてくれない選挙のしくみ』という、Yahoo!キッズの記事をシェアしただけで、学校で教えてくれない云々という文言もそのページのタイトルであり、SEALDsのメンバーが加えたものではありません(元のツイートは削除されたようです)。
 と、後にSEALDsのアカウントがアナウンスしているのですが、このツイートにも誤りを認められないみっともない人々がぶら下がる地獄絵図を呈しています。

 なぜ人はリンク先を読まないのか
 なぜこのような初歩的な確認を怠り、人々は恥をさらす羽目になったのでしょうか。これは、情報を精査する際の心理メカニズムによって説明できます。
 心理学では、人はそもそも2つの情報判断方法を持っていると仮定されています。1つが、簡単に素早く情報を判断する「ヒューリスティック」というもの。もう1つが、時間も労力もかかるけど正確に判断できる「アルゴリズム」というものです。
 ある情報に直面すると、通常人はこの2つの判断方略のうちどれか1つを選択し、実行します。もしその情報に興味があり、精査するだけの能力がある場合にはアルゴリズムによって情報そのものの妥当性を判断する「中心ルート」に入ります。一方、たいして興味が無かったり精査するだけの能力がない場合には、情報の妥当性ではない、誰が言っているかといった「周辺的手がかり」を利用してヒューリスティック的に判断する「周辺ルート」に入ります。

 今回の例で考えましょう。もし選挙や政治に興味があり、その情報が正しいか判断しようというやる気(動機づけ)が高い場合や、政治に詳しく情報の真偽の判断をする能力がある場合などは、中心ルートに入るので情報そのものの真偽が確かめられます。なので、SEALDsのツイートをみて、実際に元のツイートを辿ったりリンク先を見たりして、この反論者の発言内容がおかしいことに気がつけるわけです。
 一方、そこまで選挙に興味が無かったり、情報を精査する手段を持たない人々は、周辺ルートに入ります。結果として、「SEALDsならそういうあほなことを言いそうだ」という偏見に彩られた人が見事に釣られたというわけです。

 ついでに:後知恵バイアス
 そういえば、このツイートに対して「こんなこと誰でも知ってるwww」というタイプの反応も多く見られたのですが、 それも甚だ怪しいと言わざるを得ません。
 義務教育は多くの人にとって大昔のことであり、いくら初歩的な知識でも実生活で利用されなかったものは忘却の彼方に飛んでいきます。小学校で学んだことも、案外忘れているものです。
 しかしこのような形で知識を示されれば、人は「ああ忘れてた」というよりも「これくらい覚えてるに決まっている」と反応する方が多いのです。全く何もない状態から思い出すよりも、手掛かりがある状態から思い出す方が容易なのです。
 後知恵バイアスはあくまで、ある出来事の後にそれが予測できた可能性を過大視する現象なので、厳密に言えば今回の事例とは異なりますが、似たようなメカニズムが働いて自分の持っている知識を過大視する現象が起きていることは間違いないでしょう。 
「え―き様の3分犯罪解説」「えーき様と罪人どものCoC」シリーズ投稿中です。http://t.co/5M9KbypdQP 自称アマチュア犯罪学者。ブログで犯罪学についてあれこれ書いております。TRPGだけやってる垢だと思ってると痛い目にあう。
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