靖国神社で発生した爆発事件に関して、前回記事『(特定の)外国人排斥を煽る産経の靖国神社報道の異常さ』では産経新聞が一人先走り、外国人の関与を仄めかす記事をいくつも配信していたことを批判しました。が、ここに来て衝撃のニュースが流れることになります。
 【ソウル聯合ニュース】日本の警察当局が、東京の靖国神社の公衆トイレで爆発音が発生した事件に韓国籍の男が関わった疑いがあるとする日本メディアの報道を否定したことが3日、分かった。
 韓国警察庁関係者は同日、聯合ニュースの取材に「今回の事件を捜査している日本の警視庁の責任者と電話で話したが、『なぜこんな記事が出たのか困惑している』というのが日本側の公式な立場だ」と伝えた。
 同関係者によると、この警視庁の責任者は容疑者はまだ特定されていないため、現段階では韓国警察と共同で捜査する計画はないと強調したという。
 靖国爆発音 「韓国人関与報道を警視庁が否定」=韓国警察-聯合ニュース
 韓国の警察には、韓国人の関与を否定する情報が流れたそうですが一方で、
 東京都千代田区九段北の靖国神社の公衆トイレで11月23日、爆発音がした事件で、韓国籍の男が関与した疑いがあることが2日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁公安部は、男が宿泊した可能性がある千代田区内のホテルを家宅捜索したが、男は事件直後の11月末に出国しており、さらに裏付けを進めている。
  韓国籍の男関与か ホテル捜索も事件直後に出国-産経新聞
 産経新聞では韓国人の関与を確定づけるような報道がなされました。ネット上では前者は3日の昼に、後者は同日の朝に配信されており、産経報道を受けて聯合ニュースが確認に走ったのだと思われます。

 どっちなのさ
 結局どっちが正しいのでしょうか。
 他の報道を見てみると、朝日新聞は1日遅れの4日に産経の後を追うように報道(不審人物は韓国人 靖国爆発音、当日に帰国-朝日新聞)、毎日新聞は3日に関与したと思われる男が韓国に出国したということだけを報じ(靖国神社爆発音:映像の男、韓国へ出国…事件前に入国-毎日新聞)、5日に韓国人関与の疑いを報じ(靖国神社爆発音:防犯カメラの不審な男、27歳韓国人 2日前入国、事件当日出国-毎日新聞)ています。読売新聞は3日に報じて(靖国トイレ爆発音、防犯カメラの男は韓国人か-読売新聞)います。
 左派系新聞が裏取や、報ずるかの判断をしている間に保守系新聞が報道、その後を追ったということでしょうか。ざっと見た限り、聯合ニュースの報道と並列して報じている新聞はなく、韓国人の関与の疑いという部分が独り歩きしている印象です。
 このような情報の食い違いが生じた理由は不明ですが、日本では記者の取材に答えるという形で情報が流れ、韓国では警察が責任者に確認するという形をとったことが大きいのではないでしょうか。韓国警察に、韓国人の関与があると言えば当然捜査協力の話になるわけですが、まだ容疑者も特定されていないただの疑いの段階でそこまで踏み入って話すということは考えにくいですし。
 韓国人男の関与というのも靖国神社にいた男と似た人物がホテルにいた→爆発物のパーツにもハングルがあった→その男は韓国に出国したという何重にも綱渡りの憶測でしかなく、このような段階で韓国警察に「おたくの国の人が関係してるかもしれないんですよ」などと話せば捜査能力の欠如を疑われるのが関の山でしょう。
 くどいようですが、未だ容疑者の特定にすら至っていない状態でこの有様です。このような報道姿勢は、特定国の外国人に対する憎悪を煽るということで、実際に犯人が韓国人かどうかに関わらず問題があります。

 熱を帯びる産経報道
 しかしそんな問題意識はどこ吹く風なのか、産経新聞はバンバン飛ばし記事を流します。
 男は日中、人出の多い神社を歩き回り、ハングルが記された電池を遺留するなど身元判明につながりかねない行動をした疑いがある。公安部は組織性のない「ローンウルフ(一匹おおかみ)」型の人物だったとみており、警察関係者は「過激なテロリストだけでなく、ローンウルフも脅威になりうる」と強調する。
 世界各国はテロに及ぶ恐れのある危険人物などの動向に注意を払うが、ローンウルフは過激主張などに一方的に感化され、暴発するまで潜在化する傾向が強いとされる。来日する多くの外国人すべての動きを把握するのは難しく、「目立たない『普通』の人物であれば対策はより困難」(捜査関係者)だ。
 不審男、早期浮上も出国許す 「ローンウルフ型」 水際対策に課題-産経新聞
 と報じ、組織に属する者以外の外国人によるテロリズムの脅威を煽りますが、そんなことを言ったら日本人だって安全ではないでしょう。フランスの11月のテロでも、犯人の多くはフランスで生まれ育った者でした。こいつも危ないあいつも危ないというだけの報道にどれほど意味があるのかは疑問です。
 靖国神社で爆発音がした事件で、関与した疑いのある韓国人の男について、警視庁公安部は過激派組織などには関わりのない20~30代とみている。垣間見えるのは、靖国神社への強い執着と反日意識。「インターネットなどの情報に感化され、日本の象徴的な場所を狙ったのではないか」(捜査関係者)との見方も強まっている。
 関与疑いの韓国人男 垣間見える靖国への執着と反日意識 ネット駆使して周到準備か-産経新聞
 とも書きますが、現在進行形で靖国への異様な執着と共に反韓を煽っている産経新聞が言えた義理でもないでしょう。
 韓国事情に詳しい、ジャーナリストの室谷克実氏は「韓国政府は『容疑者を引き渡さない』と判断するのではないか。日本政府は、韓国への『ビザなし入国』を見直すべきだ」と語っている。
  朴槿恵政権、男の身柄引き渡すか? 「政府は韓国への“ビザなし入国”を見直すべきだ」-産経新聞
 そして日韓国交断絶を主張するネトウヨをも彷彿とさせる意見を専門家から取り付ける始末です。『悪韓論』や『呆韓論』といった偏見と憎悪丸出しの著作が豊富な人物を「韓国事情に詳しい」と評価するのも噴飯ものですが、ローンウルフ型は水際対策が難しいという話ではなかったんでしょうか。(新・外国人の犯罪は多いのか検証してみたも参照のこと)

 韓国の警戒も当然か
 あんまりにも日本の報道状態が酷いものだからか、ついに
 【ソウル聯合ニュース】東京都内の靖国神社敷地内の公衆トイレで先月23日に爆発音がした事件が韓国人による犯行の可能性が出ていることを受け、韓国外交部は4日、海外旅行の安全情報などを伝える領事コールセンターのホームページに告知文を掲載し、日本に居住しているか、訪問する予定の国民に対し、靖国神社や日本の右翼団体の集会に近づかないよう呼びかけた。
(中略)
  同部の趙俊赫(チョ・ジュンヒョク)報道官は3日の定例会見で、「日本の関係当局の調査を見守りたい」として、「事件の被疑者が特定されていないと理解しており、日本政府から調査結果の通報や協力要請を受けていない」と明らかにした。
 靖国爆発音 韓国人関与可能性で「神社接近自制を」=韓国政府-聯合ニュース
 という風に韓国外交部が警戒を呼びかける事態に陥っています。報道のせいで外交部が自国民に警戒を呼びかけるとか、これは先進国として中々恥ずかしい状態であるようにも思えます。
 しかし報道が特定の国の外国人に対する憎悪を煽り、悲劇を招いた事例というのは日本に限らず枚挙にいとまがないので、当然の警戒とも言えます。
 靖国神社で爆発音がした事件で、すでに出国した韓国人の男の関与が浮上した。容疑が固まれば日韓犯罪人引き渡し条約に基づく身柄の引き渡しの要請など、国境を超えた捜査が始まる。ただ、韓国司法当局が容疑者引き渡しの例外となる「政治犯」と認定すれば、日本側に打つ手はない。捜査には日韓関係も影響するとみられ、行方は予断を許さない状況だ。
 「捜査共助要請も含め、日本は法と証拠に基づいて適正に捜査を進めていく」。菅義偉官房長官は3日の記者会見で、韓国側に情報提供や身柄の引き渡しを求める考えを示した。
 韓国当局が「政治犯」と認定すれば日本側に打つ手なし-産経新聞
 また、仮に犯人が韓国人だったとして、政治犯として処理されるのではないかという懸念もありますが、報道が率先して憎悪を煽りまくるような国で容疑者がきちんとした取り調べや裁判を受けられると考えるのは楽観的にすぎますし、韓国政府がこの犯人に有利な処置をとるとしたら恐らく理由の大きな部分を産経報道が占めるのではないかとも思います。
 ちなみに、上掲の引用記事ではいかにも官房長官が、今回の事件に対して積極的に韓国に捜査協力を求める考えを示したかのように報じていますが、実際に首相官邸の公開した会見の動画(2分45秒ごろから)を見ると、あくまで一般論として言っているのであり、今回の事件に関するコメントは差し控えています。こういう姑息な歪曲報道をしながら、よく他の新聞社に文句を言えたもんだと思いますが。

 ともかく、今回の事件の報道に関しては産経新聞に限らず報道姿勢を一度自省してほしいというのが率直な感想です。容疑者の特定すらされていないうちから、外国人への憎悪を煽るのが新聞の使命だというのなら、仕方ありませんが。