今週末あたりからいろいろありすぎでどれから手を付ければいいのかわからない感じになりつつあるのですが、とりあえずツッコミを入れるべき間抜けな反応が出尽くしたものから順番に触れていこうと思います。
 というわけで、今回は沖縄で起きた元米兵による殺人事件です。
 沖縄県うるま市の女性会社員(20)が遺体で見つかった事件で、遺体の骨に複数の傷があったことが23日、捜査関係者への取材で分かった。死体遺棄容疑で逮捕された元米海兵隊員で軍属のシンザト・ケネス・フランクリン容疑者(32)は「刃物で刺して殺害した」と供述している。沖縄県警は、シンザト容疑者が女性を複数回刺したことを示す痕跡とみて、殺人容疑での立件に向け捜査している。
 遺体の骨に複数の傷 殺人容疑での立件視野-産経新聞
 沖縄で事件が起きるたびに同じことを繰り返し言うのも馬鹿らしいのですが、言っておかないわけにもいかないので。

 沖縄県民と比較する意味は
 早速湧いて出ていたのが、米兵の犯罪率と沖縄県民の犯罪率を比較してみせるという抗弁の方法です。
 しかし実際には、『沖縄と米兵のレイプ』で過去に琉球新報が指摘した記事を引用したように、基地の外にいる時間が限られ、かつ地位協定によってまともに逮捕されない状態にある米兵との犯罪率を直接比較しても意味がありません。
 加えて言えば、人間がそこにいる以上米兵による犯罪も多少なりとも起こりうるのだから、1つの犯罪をもって基地を否定するのはおかしいという反論もありますが、これも的外れです。少なくとも反対派にとっては望まない施設に紐づいてやってきた連中によって起こされた犯罪は、基地さえなければ1件として起こらなかった出来事であり、本来なかったはずの被害を受けたという意味では多寡は問題ではありません。それを抜きにしても、地位協定によって裁かれないことを正当化するものではありません。

 だから性欲は関係ないってば
 今回の件を受けて、橋下元市長が鬼の首を取ったように大はしゃぎしているのも目につきました。
 こいつが同じ沖縄での事件を受けて同様の失言をしたのが3年前だそうで、試しにこのブログの3年前を遡ってみると、その件に関しての記事はありませんでした。それで思い出したんですが、一度作って休止していたこのブログを、リニューアルして犯罪学ブログとして再出発しようと決意した理由が、実はその事件だったんですね。
 当時は橋下絶頂期。彼が犯罪学の基礎中の基礎にももとるような間抜けな発言をしても批判するのはごく少数で、取り巻きがそうだそうだとはやし立てるのにこっちが腹を立てたんだと記憶しています。3年経って同じところに着地したと思うと、感慨深いような、1ミリも成長していない世論に呆れるような複雑な気持ちです。

 性欲が性犯罪の唯一の原因でないことはもう今更改めて指摘しません。だいたい、本当に風俗で性犯罪がなくなるなら性風俗が実質解禁状態の日本で性犯罪が起こるわけないでしょう。今回の事件の容疑者が妻帯者であることも、性欲だけが事件の原因でないいい証拠です。
 そして、仮に風俗が性犯罪防止に活用できるとしても、そもそも風俗に従事する者を性暴力の受け皿として言い訳がありません。性暴力はどこで誰にやっても性暴力であることに変わりがありません。

 ヘイトスピーチとも関係がない
 この橋下、この事件をもって米軍を問題視するのがヘイトスピーチだともぬかしています。同様の指摘は他でも見られたのですが、当然的外れです。
 確かに、1度の事件でその組織の体質に原因を帰属するのは、誤った推論と言えるでしょう。しかし今回問題とされているのは、米軍という1つの組織が、大した再発防止策もなく同様の事件を延々と起こし続け、かつそれがろくに裁かれないという状況です。組織の体質に原因の一部を求めるのは推論としては実に真っ当ですし、彼らがアメリカ人だから問題となっているわけではありません。
 さらに、「米軍出ていけ」といった発言はあくまで米軍という組織、権威に対する反対運動であり、アメリカ人に対する排斥ではありません。米軍に関係のないアメリカ人も出ていけと言い出せば問題ですが、実際にはそうはなっていません。このことからも米軍への反対運動がヘイトスピーチとは異なるものは明らかです。

 「同胞女性を守れ」が性犯罪を招く
 小林よしのりによる、このような記事も見受けられました。
 「偏見」と言われても構わんが、誰も幸せにはならないし、あまりに多くの不幸をばらまき過ぎだ。
 被害者の女性を写真で見たが、いかにも性質のよさそうな笑顔の素敵な人ではないか。
 一体なんで命を奪われなければならないのか?
 被害者の親や、恋人がどれだけ悲しむのか?
 その野獣男の妻も、さらに子供も、今後苦しみ続けねばならなくなるだろう。
(中略)
 こういう残酷な事件はこれで終わりにはなるまい。
 また必ず起こる。
 だからこそ、米軍基地を沖縄に集中させておくことは、いや、日本列島に他国の軍隊を駐留させたままでいることは、我々本土の者たちの堕落であり、罪悪なのだ!
 同胞の女性を守れない日本の男たちは恥ずかしいと思わないのだろうか?
 同胞女性を守れない日本人男性-BLOGOS
 記事中にある、容疑者家族へのバッシングがくそであることは言うまでもないのであえて捨て置きます。ここでは、彼の文章の端々から読み取れる、問題への理解のなさです。
 引用部分上部では「被害者の女性を写真で見たが、いかにも性質のよさそうな笑顔の素敵な人ではないか」などと書かれています。こういう文章を見ると、「では彼が被害者のことを性質のよさそうと思わなかったらどうだろうか」などと考えてしまいます。例えば被害者が水商売の女性だったら、彼は今回と同様に憤ったのだろうかと思えてなりません。
 これは何も邪推ではありません。容疑者の妻であるというだけの理由で、「しかしよくこんな男と結婚した日本人女性がいたものだ」 などと「同胞女性」をバッシングできる人間が、どのような人物であれ被害者であるという理由だけで同情してくれると考える方がむしろ楽観的にすぎるというべきでしょう。
 そもそも、私に言わせればこの文脈でいうところの「同胞」や「守る」という言葉が、まず人々を自分の味方と敵、守る価値のあるものとないものに切り分けることを前提とした言葉にしか聞こえないのですが。

 また、引用部分の最後には、この問題の根となっている思想も見えています。「同胞の女性を守れない日本の男たちは恥ずかしいと思わないのだろうか?」に代表されるような、男が女を守るという思想です。
 現在、国連PKOでは隊員による難民女性への性犯罪が問題視されています。例えばAPFの『PKO要員の性犯罪多発、生活のため関係持つ女性も 中央アフリカ』などが報じています。
 このような事件の背景には、隊員の「難民女性を守ってやっている」という意識もあるのではないかと推測できます。実際に、犯罪心理学では、性犯罪者が女性蔑視的な視点を持っていることが明らかになっています。
 重要なのは、崇高な任務を帯びているはずの国連PKOですらこの様だということです。「同胞女性を守れ」などというパターナリズムに基づいて自衛隊を強化し、米軍と取って変わったところで、加害者が米兵から自衛隊員に変わるだけでしょう。

 沖縄と米軍はどうあるべきか
 ここまで、米軍の駐留に対して否定的な見解ばかり述べてきましたが、元来私は米軍基地を全て日本から排すべきとは考えていません。今は政府の手綱の握り方があまりにもへたくそでデメリットばかり目立っていますが、確かに、米軍がいてくれることのメリットはそれなりにあるのです。
 しかし、沖縄に偏重した基地負担と地位協定は改善する必要があります。そもそも、本当に沖縄に基地が必要だと思っていれば、地元とうまくやるためにも、負担を減らし不正はきちんと裁くことで反発を軽減するのは必須のことのはずなのですが、なぜか賛成派に限って両方とも消極的なのは全く持って理解に苦しみます。