本書は、遺伝研究の知見を中心に、従来考えられてきたことを覆すような最新科学の成果を紹介しているものです。犯罪についてのみ記述された本ではありませんが、章が割かれていますし、心理学的にも看過できない誤りがみられるので指摘しておくべきでしょう。
 なお、本書は随所で「タブーを打ち破る!」的な、言ってしまえば手あかのついた宣伝方略を多用しているわけですが、内容自体は別に目新しいものはなく、最新の科学の知見の動向を多少なりにでも知っていれば普通に知っているか、予想がつくレベルの話ばかりです。

 遺伝率70%なら環境には意味がないか
 本書は特に、遺伝の効力の強さを喧伝することに終始しています。著者自身は否定していますが、どうしてもそれは決定論的にならざるを得ません。
 しかし、根本的に著者は遺伝のしくみについて勘違いをしています。
 例えば、著者は体重の遺伝率が74%であることなどを捉えて、環境による影響が極めて少ないということをしきりに論じています。確かに、体重の遺伝率が74%で環境が26%と聞けば、素直にそう解釈するでしょう。
 しかしその考え方は、遺伝研究においては最新のものではありません。実は環境閾値説というものが、遺伝研究では提唱されているのです。
 これは、いくら遺伝率が高くても環境が十分に整っていないとそれが発現しないという理論です。例えば、体重では、いくら太りやすい家系だったとしても、太るための栄養を手に入れることが出来なければ太ることが出来ないということです。よくよく考えてみれば当たり前ですが。
 なお、環境閾値説では、環境がいいとポジティブな遺伝的要素が発現しやすくなり、悪いとネガティブな要素が発現しやすくなるとざっくりまとめている場合があります。

 レイプは進化の賜物か
 進化心理学の知見にも触れ、例えばレイプが進化の過程で残った適応的な行動であると論じています。しかし、この主張にもいくつか疑問点があります。
 1つは、レイプ犯の少なくない数が、レイプ時に性行為を完遂できないという問題です。これはあくまで見知らぬ者同士のレイプに中心的な話でしょうが、レイプが遺伝子をより多く残す戦略だとすればこの事実とはかみ合いません。
 もう1つは、これは進化心理学の知見全般に言えることですが、反証可能性がないという問題があります。「今も残っている機能には意味があったのだろう」ということは非常にもっともらしいのですが、裏を返せば「今残っている機能にも意味はなかった」とか「意味があったけど残らなかった機能がある」ことは証明が極めて難しいか、あるいは不可能です。純粋な意味で「悪魔の証明」となっているのです。

 第5章丸パクリ問題
 本書の第5章「反社会的人間はどのように生まれるか」は、拙稿『』で紹介した本が元となっています。
 元となっているというか、その本に書いてあることを丸写しして最後に申し訳程度に著者の見解を数行書き足したようになっています。
 これは、あくまで従属的でありメインは著者の記述であるとする引用のルールに沿うものなのか疑問があります。一応、第5章だけでなく本書全体を見れば、様々な本の記述を再構成したという意味で、引用かどうかはさておきパクリにはならないという理屈なんでしょうけど。

 少なくとも簡単に言えることは、新潮新書+煽りすぎなタイトルな時点で信憑性を察するべきですし、ご丁寧にも参考文献は書いてあるので本書ではなく原典に当たるべきだということです。

 橘 玲(2016). 言ってはいけない 残酷すぎる真実 新潮社