この件です。瀬川氏の主張は当該のツイート群を読んでいただくとして、私は氏やその他本作に批判的な人々の主張におおむね賛同しています。
 本作は「少女と彼女を誘拐した犯人が恋愛関係に陥る」というあらすじです。私はTwitterでの発表当時に読んだばかりでpixivにある分をすべては読んでいないのですが、このあらすじだけを理解するだけで批判には十分でしょう。皆さんも読む必要はないです。
 本作は明らかに当該事件の被害者への二次加害であるセカンドレイプ(このような事件一般に少なからず性的な要素がある以上このような表現を使いますが)であるといえます。その理由を順にあげていきましょう。

 「実際の事件がモデルではない」は苦しい言い訳
 本作は昨年3月に埼玉で発覚した女子中学生誘拐事件を参照して作られています(本ブログでも『※同意があっても未成年者と同棲すると(大抵)捕まります』や『女子中学生誘拐監禁事件についてあれこれ』で取り上げました)。それは本作がTwitter上に投稿されたのが事件報道の直後であったことや、当時Twitterに溢れていた「被害者にも加害者に対する恋愛感情があった」という戯言をなぞっていることからも明らかです。
 しかし、作者の「モデルにしていない」という一言のみを根拠にこの事実を否定せんとするむきがあります。
 実際の事件、特に本件のようなデリケートな事件を発覚直後に作品に利用し、それを宣言することは通常躊躇われることです。ですので、作者が「違う」と主張してもそれは体面上そう言わざるを得ないためになされたものであるという疑義をもって受け止められるべきでしょう。要は、信用できない苦しい言い訳であるということです。
 本作の発表が事件発覚以前、あるいはだいぶ時間が経ってからならばこの主張にも一定の信憑性があるでしょうが。

 本作がセカンドレイプである理由
 本作がセカンドレイプである理由は極めて単純で、被害者と加害者のあり得ない恋愛関係を勘繰り、被害者が加害者の元に留まったのは被害者の自由意志であるという解釈を流布することで被害者の被害性を毀損するからです。強姦被害者に向かって「抵抗しなかったじゃん」と言うようなものですね。
 しかし、被害者の協力なしに加害者との長期間に及ぶ共同生活は成立しないと主張する往生際の悪い人がいるかもしれません。その点についても簡単に解説しましょう。
 ストックホルム症候群という現象があります。これは誘拐や立てこもりなどで人質となった被害者が加害者に好意を寄せ、積極的に協力するようになる現象です。このような現象が起こるのは、被害者が自身の生殺与奪を握っている加害者の機嫌を取り、自分への脅威を減じようとするための行動があるとき好意に原因帰属されてしまうためです。人の脳は「嫌いな相手に親切にしている」といった不協和状態を嫌うために、「実は相手のことを好きだったのだ」という認識を作り出してこれを解決することが往々にしてあります。
 故に本件でも被害者が加害者に協力していたとしても何ら不思議はありませんし、そのような行為が存在することは被害者が加害者に好意を抱いていたと解釈する理由にはなりません。もし仮に被害者の口から加害者への好意が語られたとしても、それは鵜呑みにすべき性質のものではありません。

 創作中でも正しくあるべきか
 もう1つあり得そうな反論が、創作なんだからいいじゃないかというものです。創作だからという理由で批判を回避できるはずもないのですが、それは置いておくとしましょう。
 確かに創作の中では犯罪は盛んに取り上げられています。最たる例は殺人です。中には「殺人犯にも相応の理由があった」という筋のものもあるでしょう。ではなぜ、殺人を扱うようなものは批判されず本作が批判されるのでしょうか。
 それはひとえに、周囲の認識に差があるためです。殺人事件に対して多くの人々は、いくら理由があっても許されないという態度をとっています。なので、創作中で「殺人犯にも相応の理由があった」などと言ってもそれはお話の中だけと解釈されます。
 しかし本件のような誘拐事件では、Twitterでみられるように少なくない人々が「被害者にもそういう意思があったのでは」という勘繰りを働かせています。そのような状況下では、創作中の筋ですら偏見の強化、再生産に利用されます。そのため、フィクションであってもその振る舞いには一定の配慮が求められます。

 まあ、作者が正々堂々「この事件にはこんな解釈があるんだ!」と世に問うというのであれば、その精神は認められます(ぼこぼこに叩きのめされるだろうことには違いがありませんが)。しかし作者は姑息にも、本件が作品のベースにあることすら明言せず、一方では本件を連想させる設定を使用するという手段に出ています。
 創作者ならせめて、批判を真正面から受け止めるくらいの意識が欲しいものですね。