72年前の沖縄戦で、「集団自決(強制集団死)」が起き、85人が犠牲になった読谷村波平のチビチリガマで、入り口や内部の遺品が壊されるなど何者かによって荒らされていることが12日、分かった。遺族からの証言聞き取りや平和学習などを続ける知花昌一さんが同日午前11時ごろ、荒らされているのを確認した。
 ガマの入り口の看板は近くのせせらぎを超えて十数メートル先に投げ捨てられ、平和学習で訪れた中高校生による千羽鶴は半分ほどが地面に放り出されていた。
 ガマの中には遺骨や石油、水を入れたビンなど遺品が残る。ビンの多くが割られ、入れ歯や小銭を載せていた陶器も割られ、周囲に飛び散っていた。また、惨劇を詠んだ彫刻家金城実さんの歌碑が書かれた看板も引き抜かれていた。
 チビチリガマ荒らされる 沖縄戦「集団自決」の壕 遺品など破壊-沖縄タイムス
 これの話です。

 ヘイトクライムの可能性
 沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ前で、普天間飛行場の辺野古移設工事に抗議する男女2人がひき逃げされた事件で、県警は25日、那覇市の男性会社員(18)を自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)と道路交通法違反(ひき逃げ)の疑いで逮捕し、発表した。「人をひいたとは思わなかった」と否認しているという。
 辺野古の米軍基地前でひき逃げ 容疑の18歳会社員逮捕-朝日新聞
 沖縄では、8月にも辺野古で基地建設反対の活動に参加している人がひき逃げされるという事件が起こっていました。警察の調べでは思想的な背景はないということになっていますが、建設現場の警備で大量の警察官がいたにもかかわらず「ひき逃げ」になってしまったこととか、反対活動へのある種暴力的な妨害へ警察が碌に対応してこなかったことととか、あるいはアメリカでのカウンターへ自動車が突っ込むという事件(白人の犯罪は「テロ」と呼ばないけど、モロッコ人の犯罪はテロというのな参照)とタイミングが被ったことなどからあまり信用されていません。
 ひき逃げ犯の動機はさておくにしても、ネット上の反応を見る限り「プロ市民の当たり屋行為のせいで~」という文脈で受容されていることが見て取れます。少なくとも、極右やネトウヨと呼ばれる属性の人々の間では沖縄における基地反対派へ差別的な視線が向けられていることは間違いありませんし、それが沖縄全体へ拡張していることを危惧するのは当然でしょう。
 そのような背景のもとで起きた事件であるために、この事件がヘイトクライムであると危惧するのもまた当然の話です。

 チビチリガマと集団強制死
 しかし、沖縄へ差別的な視線を向ける人々というのは、時には「基地反対派が部外者である」という無理筋な理論を立ててまで基地への賛否で沖縄県民を峻別し、反対派を差別するという手法をとってきた集団でもあります。ゆえに、ある種沖縄全体で起きた悲劇の象徴ともいえるチビチリガマ、その慰霊の場所を荒らすという行為と極右による差別的な視線とがうまく合致しないと考える人もいるかもしれません。
 ですがチビチリガマで起きたことを詳らかにすれば、今回の事件と沖縄への差別という2つの物事は結び付くのです。
 これはおそらく周知の事実でしょうが、沖縄における「集団自決」には当時の日本軍による強制性の要素がありました。またチビチリガマのあった読谷村史にはそのような要素は出てきませんが、一方で「敵軍の捕虜になるくらいなら死ぬべきだ」という臣民教育によって投降という選択肢を奪われていたことがわかります。このような狭義あるいは広義の強制性をとらえるために、沖縄での「集団自決」を強制集団死と呼ぶ見方もあります。
 来春から使われる高校日本史教科書で、山川出版が日本史Bの「詳説日本史 改訂版」で沖縄戦「集団自決(強制集団死)」に関する記述を復活させたことが30日分かった。同教科書は、主に普通科高校などが使う日本史Bの中でシェア6割を占めるが、2007年度以降に供給された本からは記述がなくなり、沖縄戦体験者らが復活を求めていた。
 ことし9月5日に山川出版が訂正申請し、10月3日に文部科学省が承認した。
 記述が復活したのは、沖縄戦に関するコラム。検定に通った段階では「(略)島民を巻き込んでの激しい地上戦となり、おびただしい数の犠牲者を出し、6月23日、組織的な戦闘は終了した」との表現で「集団自決」への言及はなかったが、変更後は「(略)島民を巻き込んでの激しい地上戦となり、『集団自決』に追い込まれた人びとも含めおびただしい数の犠牲者を出し、6月23日、組織的な戦闘は終了した」と修正された。
 「9・29県民大会決議を実現させる会」は同社に対し、日本軍による「集団自決」や住民虐殺について追記するようこれまで繰り返し求めており、8月にも文書を送付していた。
 「集団自決」を巡っては、06年度の検定で、日本軍による「強制」との記述が認められなくなった。一方、山川出版はこれに先立ち、05年度検定に申請した本から自主的に記述をなくしていた。
 教科書に沖縄戦「集団自決」 10年ぶり復活 日本史最大手の山川出版-沖縄タイムス
 しかし第一次安倍政権下では、歴史教科書に集団自決の強制性を記述することが認められなくなり、今に至ってもその状態は多くの教科書で続いています。沖縄の市民を直接あるいは間接に死に追いやったという事実は、当時の日本軍を悪く言われたくない一心でふるまう人々のメンタリティからすれば到底認めがたいものなのでしょう。別段リンクはありませんが、検索すると集団強制死が嘘であったという主張をするページは山のように見つかります。「実は偉大だった帝国軍人」「保証金目当ての偽証」というストーリーとともに語られているあたり、彼らの戦略はどこへ行っても同じようです。
 このような背景を考慮すると、集団強制死の象徴たるチビチリガマの否定という犯罪において、集団強制死を否定したがる極右が煽られたという可能性が現実味を帯びてくるのです。

 卑劣な切断処理
 しかし当のネトウヨ・極右界隈がそのことを認めるはずもなく、むしろ切断処理にいそしむ光景が見て取れます。これもまた特にリンクを張ったりはしませんが、保守速報などでは事件を在日朝鮮人のせいにするレスが大量につくなど地獄の様相を呈しています。自身が煽ったために起きた事件でまた差別を煽るという、マッチポンプというべき事態です。
 沖縄における事件は、上掲のひき逃げ事件しかり、あるいは米軍による強姦事件しかり(沖縄・米兵の性犯罪もセカンドレイプの対象になる国参照)にみられるように、事件そのものの差別性もさることながらその二次的な反応に露骨にみられる差別性が特徴の1つです。

 政府は声明を出すべきだが……
 むろん、今回の事件が差別に端を発したものであるというのはあくまで危惧であり、可能性の話でしかありません。捕まえてみればただの馬鹿がいたずらでやったということもあり得るでしょう(もっとも、警察がそう発表したからといって信用できるのかという話でもありますが)。
 しかし、今まで見てきたようにヘイトクライムである可能性が現に存在しており、事件への反応には明確に差別の色を見ることができる現状を鑑みれば、これ以上差別が広がらないように政府が公式にでも非公式にでも声明を出し、差別は認められないということを確認すべきです。
 ですが政府にはそのような働きを期待することができません。まず第一に、上掲の教科書検定でも上がっているようにこのような差別の種をまき育ててきたのはほかでもない政府、とりわけ安倍政権であったからです。また相模原で起きた障碍者大量殺人という明確なヘイトクライムにもだんまりを決め込み、土人発言は差別ではないなどと宣う政府である以上、差別を積極的に煽らないだけまだいい方というお粗末な状態です。
 であればこそ、我々のような小市民が少しでも声を上げて、抜けてしまった日本社会の底を埋めていくしかないのでしょう。不毛な戦いですが。