今回は三橋貴明という、知る人ぞ知るヘイト本生成者の著書です。基本ヘイト本というのは政治関連の棚に置かれることが多いのですが。やつのものは経済の棚に置かれていた分探しにくかったです。
 さて、本書のほとんどは経済について書かれたものですし、私は経済学者ではないのでその部分の批評は餅屋に任せましょう。私は、外国人犯罪について書かれた第2章後半のみを取り上げます。まぁ、ここのでたらめ具合がわかればほかの部分も信頼できねぇなと判断するに十分でしょうし。

 比べるとこ、そこ?
 まず氏は、来日外国人のデータは公開されているのに在日外国人のそれは公開されていないのは不可解だとぶち上げます。大体において背後に何らかの陰謀を感じされるような書き方がなされるのですが、あくまで警視庁のデータは業務統計なので、十中八九業務上必要を感じられなかったので計上していないというだけの話だと思います。来日外国人は窃盗団など特異な犯罪もありましょうが、在日外国人となるとそういうものもなさそうですし。
 その後氏の議論は、犯罪者の国別の割合へと移っていきます。まず来日外国人の割合を見て、ベトナム人と中国人が多いこと、それは外国人実習生の多さと関連するのだろうと述べています。ここまではまぁいいでしょう。
 しかし次に、三橋は何をトチ狂ったのか「来日外国人の犯罪者数」と「在留外国人の数」を使用し犯罪率を計算し、日本人よりも明らかに多いなどと言い始めます。これは統計に詳しくない者でも、真面目に読んでいるのであればおやと不信感を覚えるべきところです。
 法務省の在留外国人統計には、以下のように統計の対象が定義されています。
(2)統計の対象
 ア 在留外国人
   中長期在留者(注)及び特別永住者
 イ 総在留外国人
   在留外国人及び入管法の在留資格をもって我が国に在留する外国人のうち,次の(ア)から(エ)までのいずれかにあてはまる者
 (ア)「3月」以下の在留期間が決定された者
 (イ)「短期滞在」の在留資格が決定された者
 (ウ)「外交」又は「公用」の在留資格が決定された者
 (エ)(ア)から(ウ)までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された,亜東関係協会の本邦の事務所若しくは駐日パレスチナ総代表部の職員又はその家族)
 (注)中長期在留者
 入管法上の在留資格をもって我が国に在留する外国人のうち,次の(ア)から(エ)までのいずれにもあてはまらない者です。また,次の(オ)及び(カ)に該当する者も中長期在留者にはあたりません。
 (ア)「3月」以下の在留期間が決定された者
 (イ)「短期滞在」の在留資格が決定された者
 (ウ)「外交」又は「公用」の在留資格が決定された者
 (エ)(ア)から(ウ)までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された,亜東関係協会の本邦の事務所若しくは駐日パレスチナ総代表部の職員又はその家族)
 (オ)特別永住者
 (カ)在留資格を有しない人
 法務省在留外国人統計
 一方、警察の資料では以下のように定義されています。
 本資料中の「来日外国人」とは、我が国に存在する外国人のうち、いわゆる定着居住者(永住者、永住者の配偶者等及び特別永住者)、在日米軍関係者及び在留資格不明者を除いた外国人をいう。
 外国人犯罪の検挙状況 警視庁
 つまり、在留外国人は永住者を含む一方で来日外国人は永住者を含まないという定義の混乱が見られるわけです。しかも議論の流れでは、永住が前提とされている日本人と比較をしているわけで、状況の全く違う来日外国人の犯罪と比較することに意味はありません。
無題3

 三橋のように外国人犯罪が多いと主張したいのであれば、在日外国人による犯罪率を出すべきでしょう。しかし、『新・外国人の犯罪は多いのか検証してみた』で論証したようにそもそも日本人との犯罪率の差はほぼありません。ちなみに、数字を見ればわかる通り来日外国人の犯罪率はさらに低く、どうやって計算した結果日本人より高くなったのかは今となっては謎です。おそらく依拠する数字が違うのでしょうが……。あるいはこちらの計算が検挙人員に依拠するからでしょうか?

 伝統芸能:母数がわからない
 議論の核心であるはずの在日外国人の犯罪については、三橋はどこかで見たことのある下手を打っています。それは「在日外国人の犯罪では在日韓国・朝鮮人が一番多い!」というものです。これに対しては一言で話が済みます。元々日本に多いから。以上。
 どこかで見た議論であるのは当然で、本書でも明確に述べられているようにこのデータは坂東忠信が青林堂から出している『在日特権と犯罪』に依拠するからです。リンク先ではそのデマを叩いていますが、これもまた資源の無駄遣いといえるデマ本です。著者と出版社とタイトルで察するべきです。また同様の内容に関しては『中国人が多いなら中国人犯罪者も多いのは当然』『JAPANISM29号・坂東記事を批判する(続・中国人が多いなら中国人犯罪者も多いのは当然)』の方が詳しいかもしれません。
 しかし奇怪なのは、三橋は来日外国人の犯罪に対しては「実習生が多いから」と、おそらく妥当であろう推測をしているにもかかわらず、在日外国人の犯罪となるとそれがスコンと抜けてしまうことです。ベトナム人へヘイトをばらまく気はないので理由を真面目に考えたが、在日コリアンにはヘイトをばらまきたいので飛びついたということでしょう。
 ちなみに、三橋は外国人犯罪のせいで日本の治安がやばいということを言いたげな書き方をしていますが、そのような事実もありません。というか外国人犯罪の割合の少なさは三橋の出したデータでわかることなので、彼はそんなことを書いていて自分で疑問に思わないのでしょうか。

 なぜ特別永住者は強制退去にならないのか
 三橋の議論は、在日コリアンが犯罪を犯しても強制退去にならないのはおかしい、在日特権だという実に月並みなネトウヨの議論で幕を閉じます。しかしこれは、そもそもなぜ在日コリアンに特別永住権が存在するのかという歴史的経緯を無視した議論になっています。
 この点に関しては反「嫌韓」FQA(仮)がわかりやすく解説しているので、必要な部分を引用しましょう。
 終戦後日本政府は朝鮮人・台湾人について、講和条約を結ぶまでは「日本国籍を保持するもの」とする、と規定していました。しかし1945年12月に改正された選挙法には「戸籍法の適用を受けない者(朝鮮人・台湾人)の選挙権および被選挙権は当面の間停止する」という条項が加えられました。翌年の1946年には女性にも参政権が認められた戦後初の普通選挙が実施されましたが、この選挙から朝鮮人・台湾人は排除されました。
 1947年には外国人登録令が施行され、朝鮮人は「日本国籍を保持しているが、当分の間、外国人とみなす」とされました。これにより外国人登録していない朝鮮人が日本に入国することは禁じられ(そのため一旦朝鮮半島に帰った朝鮮人―繰り返しになりますがこの時点では「日本国籍を保持」しています―が再び日本に入国するためには密航という手段を取らざるを得なかったのです)、違反者は退去強制処分も含めた刑罰が科されることになりました。
(中略)
 そして1952年にサンフランシスコ講和条約発効に伴い、在日朝鮮人は正式に日本国籍から「離脱」し(させられ)ました。これにより、在日朝鮮人は日本における法的地位がいっそう不安定になったばかりか、日本国籍保持者として保障されるべき権利も喪失します。たとえば日本人の戦没者遺族や戦傷病者に支給される給付金や恩給には「国籍条項」があり、旧植民地出身者には適用されませんでした。こうした例には枚挙に暇がありません。
 特別永住は在日特権だ?-反「嫌韓」FQA(仮)
 在日コリアンは元来日本人として扱われていたわけで、日本人が強制退去にならないのと同じように彼らも強制退去にならないというだけの話なのです。
 裏を返せば、そもそも日本政府が最初の段階で国籍選択権をばしっと与えていれば特別永住者という存在は生まれることはなかったでしょう。犯罪を犯しても強制退去にならない外国人が憎ければ、半端な政策をした政府にまずは恨み言を言うべきであり在日コリアンへそれを向けるのは筋違いです。もっとも、その場合でも永住権のある外国人を強制退去させていいのかという議論にはなるでしょうが。

 かくして、坂東のデマが坂東と三橋のデマになり、いずれネトウヨ界では有名な「いろいろな資料で裏付けされた」デマとなるのでしょう。ネトウヨの中ではデマは主張と読み替えられます。これが有名な言論ロンダリングというものです。