昨日放送されたクローズアップ現代+『なぜ起きた?弁護士への大量懲戒請求』を録画で見ました。今回はその感想です。

 反省はだれのために
 番組が取り上げたのは、ネットで話題になっていた弁護士への大量懲戒請求です。朝鮮学校への補助金を求める声明を日弁連が出したことに反応しての動きですが、実際には名前から在日コリアンと推定されるだけで声明には関わっていない弁護士、あるいは単に従来からネット右翼に批判的だったというだけの無関係な弁護士へ懲戒請求が扇動されました。
 弁護士の懲戒請求は逐一弁明をしなければならないものであり、大量に送付されればいい加減なものでも対処に時間がとられ損害が発生します。そういう事情もあって、懲戒請求をされた弁護士が逆に請求をした人に和解を求める、さもなくば訴えるという事態になっていました。

 番組ではこのような請求をした人を取材し、その声を聴いていました。中には請求によって数十万円の和解金を払うこととなり、請求をしたことを後悔しているという声もありました。

 しかし、これは番組の取り上げ方の問題でもあるのですが、彼らの「反省」や「後悔」は一様に軽く、せいぜい大金を払う羽目になったことを後悔している程度で、自分の行為が人種差別に加担しているという認識が見られませんでした。

 そもそも、この騒動の発端となった日弁連の声明は、数ある外国人学校のうち朝鮮学校のみが法的根拠もなく補助金の対象から外されているという差別的政策を背景としています。そのような背景の説明なしにこの問題を報じれば「言いたいことはわかるけどやりすぎたよね」程度の認識しかされないでしょう。やり方の程度以前に、主張そのものが差別的であり、懲戒請求者はその差別的な主張が実際の言動として現れたのだと認識しなければいけません。

 ネットの仕組みも一因だけど
 番組では、このような現象が起こる原因として「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」といったネットの技術的背景、「脱抑制」や「集団極性」といった心理学的な概念も挙げています。もちろんそのようなものが一因となっていることは間違いありませんが、そのような技術を原因ととらえ、今回の問題をある種価値中立な現象、つまりどんなところにも噴出する現象の一類型とみなすことは妥当でしょうか。

 前述のとおり、今回の問題は差別と密接に関係しています。今回の問題は集団によって意見が過激になったとか抑制が働かなかったというよりは、過激になった先に差別があったとか、抑制が効かなくなる原因が差別だったと考えるべきものです。このような現象が価値中立な現象であれば、理屈の上ではこの現象で傷つく可能性はどんな人にもありますが、実際には傷ついているのは専らマイノリティです。
 先日放送されたNHKドラマ『フェイクニュース』でも、炎上の果てに待っていたのは「反日暴力女記者」という烙印でした。

 煽られているのは「対立」なのか
 またこの番組に限らず、この手の問題を「対立を煽る」と表現する向きがありますが、そのような姿勢にも疑問があります。ここで煽られているのは対立なのでしょうか?

 例えば、ある選挙で候補が二人いて、その勢力の争いにネットが絡んで激化していくという状態ならば「対立を煽る」と表現できるでしょう。しかし実際は、一方の候補が人権を軽視しデマをばらまくという態度をとっていて、もう一方がそれに反発するという状態です。あるいは今回の問題では、人種差別を背景とした運動を起こす側と、それに反対する側という対立構造がありました。

 このような場合、「対立を煽る」といった双方がイデオロギー的に違えど価値的に同等であるかのような表現は適当ではありません。明らかに煽られているのは対立などではなく、差別です。もちろん、差別に反対する側も煽られる中で穏当ではない域に達することはあるでしょうが、しかしその背景にはそもそも差別が煽られているということがあり、それさえなければ対立などというものは起きていないのです。

 今回の番組は、弁護士への大量懲戒という問題を取り上げた点には意義がありましたが、その内容は尻切れトンボともいうべきものでした。公共放送であれば明確に差別を否定する態度を貫いてほしいのですが、今のNHKには過大な望みでしょうか。