こういう経緯があって、実際に記事を見ました。

 この件に関するセカンドレイプ的な記事はかつても『被告側代理人の弁護士の『伊藤詩織著 「Black Box」 が「妄想」である理由』が妄想である理由』などで取り上げていて、そこで「この手の記事は自分の頭の中だけにある『普通の被害者像』を想定し、そこから外れたら叩くだけのもの」と結論が出ています。この記事もその例にもれません。

 性犯罪被害に明るくない人は、「普通はこうだ!でも実際はそうなっていないからおかしい!」と自信満々に宣言されるとそうかもしれないと思ってしまうのでしょう。しかし、彼らの「普通はこうだ!」は実際のところ、彼らの頭の中にだけある「普通」であって、種々の犯罪学研究がそのイメージと実態がかけ離れていることを指摘しています。

 被害者が合理的に動くはずという妄想
 今回の記事の書き手である小川榮太郎は、危機的状況に陥った被害者がなぜか全く合理的な行動をとるはずだと規定し、そうでないことを理由に今回の事件がでっち上げであると主張しています。その最たるものが、記事中にある「シャワールームには内線があったのに、それを使わなかった」という趣旨の指摘です。

 当然ながら、パニック状態にある人は合理的な行動をとりません。彼は「細かいところは覚えているのに、電話に気づかないのはおかしい」と指摘しますが、その細かいところというのは明らかに事件後の反芻によって精緻化された記憶であって、事件当時の精神状態を反映するものではありません。

 また、氏は被害後のメールも取り上げて不自然だと主張しますが、これはすでに散々指摘しているのでスルーでいいでしょう。性犯罪を取り上げるならば、被害者が被害直後に、被害がなかったかのように振舞おうとすることくらいは理解すべきです。

 もっとも、このような反論にさほど意味がないのも事実です。どうせ、今回の事件で被害者が合理的に立ち回ったらそのことが「疑わしい証拠」としてやり玉に挙げられるのが目に見えているからです。

 「被害者が自分で酔った」という執拗な主張
 また、記事の冒頭では、レイプドラッグを使われたのではという被害者の主張を事細かに検証し、否定しようと試みています。もっともこの検証自体は、店員の証言を鵜呑みにすることでしか成立しておらず、うまくいっているとはいいがたいのですが、問題はそこではありません。

 というのも、レイプドラッグを使用しようが、被害者が自ら酩酊しようが、意識のない被害者と性行為に及んだという事実は変わりないからです。もちろん前者のほうがより悪辣でしょうし、法廷での扱いも変わってくるかもしれませんが、少なくとも事態の根幹としてはさほど大差ありません。

 というか、『月刊Hanada12月号山口手記のおためごかし』でも指摘したように、前後不覚の被害者と性行為を行ったこと自体は加害者側がはっきり認めているんですけどね。

 どうもこのあたりのことからわかるように、極右論壇のお歴々は「向こうが勝手に酔っぱらったらそれに乗じてレイプしてもセーフ」くらいに考えているのではないでしょうか。普通にアウトです。

 係争中の事件を一方的に断ずる不可解
 本件は、上で引用したように被告側の代理人弁護士が変なブログ記事を書いたり、今回のように月刊誌に一方的な記事が出たりと不可解なことが起こっています。

 まともな感覚のあるメディアなら、係争中の事件について一方的な見解を乗せることはないでしょう。つまり月刊Hanadaはまともではないということです。端からわかっていたことですが。

 そして身内を庇う手段も、「普通の被害者」を勝手に作り出して、そこからはみ出ていると叩くという独りよがりな行為を繰り返すだけの、品性にもオリジナリティにも欠けるものばかりです。
 このような記事を掲載する雑誌を読む価値はありません。立ち読みで十分ですね。
[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

Black Box [ 伊藤 詩織 ]
価格:1512円(税込、送料無料) (2019/9/4時点)