今回はNNNドキュメントとして放送された内容を1冊にまとめたストーカー関連の本をご紹介。正直言って、学術的な側面からストーカーを検討した研究は日本で不足しているのが実情です。ドキュメントは現実を知る手掛かりにはなりますが、体系的に理解するには適してるとは言えず、今回も3つのタイプの加害者を取り上げていますがどれも多かれ少なかれ恋愛感情を基盤としたものであり、恋愛感情とは関係なく付きまとうタイプやスターストーカーはフォローされていません。

 「わからない」恐怖
 本書の内容を分かりにくくしているのは、ストーカー加害者の主張の支離滅裂さ、困難さにも原因があるでしょう。

 本書では交際相手を脅迫したとして有罪になった女性、職場の同僚に繰り返しプロポーズして検挙された男性、ネットで知り合った相手へ付きまとった女性の3名が取り上げられています。ストーカー加害者としての進度が低いこともあって、最後の1人の主張はまだわからなくもないという範疇ですが、前者2名の主張は繰り返し読んでも理解に苦しむところがあります。

 最もわかりやすいのは2番目に登場する男性でしょう。彼は「3か月に1度くらいのペースでプロポーズするのはストーカーにならないだろう」と考え、実行して捕まっています。される側からすれば、繰り返されようが1回だけだろうが、その気のない人からのプロポーズは迷惑で、場合によっては脅威でしょう。

 とはいえ、著者はストーカー被害の凄惨なイメージ(当時はストーカー殺人が繰り返し報道されていた)から「この程度で訴えられるのか」と疑問に思ったようです。まぁ、ストーカーの典型的なパターンである「大量の連絡」や「不快なものの送付」といった行動がみられていなかったため、妥当な疑問であるとはいえましょう。

 ただ、インタビューを続けるうちに著者は被害者の心情を理解します。この加害者には通常の論理というか、社会的な合意のようなものが通用しないのです。
 彼は実際に検挙され、刑事裁判で有罪になったにもかかわらず未だに、きちんとプロポーズすれば相手は自分の気持ちを理解してくれて結婚できると信じ込んでいるようです。そんな見込みがあれはふつう逮捕されないのであり得ない話ですが、しかし彼はそう思い込んだままなのです。

 著者はこのことに気づいたとき、恐怖を覚えたと記録しています。そして、被害者が警察に訴え出た理由もわかったと。

 我々は普通、論理という社会的に共通のルールの上に立って生活しています。こうされたらこう感じるとか、こういうときは人は大抵こう反応するといった大枠での推測と合意があるからこそ、人々は問題なく交流して生活しています。

 ここに、論理が一切通用しない人物が投入されるとえらいことになります。なにせ論理は通じませんから、説得は不可能です。そのくせ下手に言葉が通じるので向こうはこちらの言ったことをかってに解釈します。このような状況は、カウンセラーのような特殊技能を持った人でないと解決不可能でしょう。

 ストーカーとの境界線
 私は、別にストーカーが極端な異常者であるといいたいわけではありません。むしろ、彼らと我々の境界線は想像以上にあいまいと言うべきでしょう。このブログの過去記事を読んでもらえば想像の付くことですが、たいていの人は多かれ少なかれ簡単な論理すら通用しません。それでも彼らが生活に困っていないのは、その程度が弱いとか、対人場面まで影響していないからといった理由があるにすぎません。

 もし、この論理の通じなさがより強くなり、恋愛に広がればストーカーのいっちょ出来上がりというわけです。そして、人は感情的に高ぶると論理的な思考が難しくなりますから、恋愛場面というのはそういう状況におあつらえ向きであると言えましょう。

 本書の後半ではストーカーリスクのアセスメントの話が出てきており、そこではストーカーを招きやすい被害者の特徴についても語られています。それによれば「母性が強い」や「きっぱり断れない」といった特徴が危険なようです。

 論理が通じないといっても、きっぱりと拒絶する行為にはそれ以外の解釈可能性が低く、故にストーカー的な人でも拒絶されたと考えるほかないのかもしれません。一般人にできる対策といえば、これくらいなものでしょう。

 田淵俊彦・NNNドキュメント取材班 (2016). ストーカー加害者 私から、逃げてください 河出書房新社