犯罪心理学をやっていると、ありがちな誤解というのもなんとなく見えてきます。以前『【2022年版】なぜ性犯罪統計を国ごとに比較することは意味が薄いのか』で指摘したような、国ごとに性犯罪の認知件数を並べて比較としてしまうのは、まさにそれでしょう。

 そしてTwitterを見ていて、別種の誤解を見つけました。それがこれです。


 元々の議論は、女性が男性から(犯罪)被害を受けているというものです。そうした主張への反論として挙げられがちなのは、実は犯罪被害者の多くが男性であるということです。そのことを示すことで、反論者は女性が弱い立場にあるという主張が間違いであると示そうと試みます。同時に、ともすれば、女性こそ男性を攻撃しているのだと言わんばかりに犬笛を吹くものすらいます。

 もちろん、この議論は誤りです。そのことを今回は説明していきつつ、根強いデマを撲滅することを試みます。

加害者の大多数は男

 なぜ、被害者に男性が多いことをもって、女性が弱い立場にあることを否定できないのでしょうか。それは、加害者の大多数もまた男だからです。

 具体的な数字を見る前に、理屈の話をしましょう。そもそも、犯罪を持ち出して女性の立場の弱さを強調する議論は、男→女という矢印の被害を想定しています。言い換えれば、ある性別が別の性別に攻撃を加えるという事例を抜き出し、女→男が男→女より多いことをもって、2つの性別にある立場の差異を指摘する議論です。

 セクシャルマイノリティを考えなれば、加害者と被害者の性別の組み合わせは4通りあります。しかし、男→男や女→女という方向性は、性別の差異を考える役には立たないので捨て去られます。

 そして、これらか見るように、男が被害者となる犯罪については、女→男より圧倒的に男→男という関係のほうが多いのです。ですから、単に男の被害者数だけを取り出して論じることに意味はありません。

 さて、では具体的な数字を見ていきましょう。数字は全て『令和3年度版犯罪白書』からです。まずは加害者の男女比から。ここでは刑法犯の検挙人員を使います(検挙されないと加害者の性別はわからないため)。
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 検挙人員に占める女性の割合は21.3%です。後の計算のため、とりあえず約20%としておきましょう。犯罪者の男女比はどんな国でもだいたいこのくらいだそうです。

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 次に被害者です。引用したツイートの示す図ではわかりにくいので、具体的な数字から計算することにしましょう。こちらは刑法犯の認知件数を使うこととします。

 刑法犯の全被害者は38万1185人です。そのうち女性は13万5229人です。つまり、被害者に占める女性の割合は35.6%です。話を簡単にするために、約35%とします。

日本がもしも200人の村で、半分が犯罪者だったなら

 我々が考えるべきなのは、加害者と被害者の性別の組み合わせが、それぞれどれくらいの数になるかです。そこで、話を分かりやすくするため、日本がもしも200人の村で、半分の100人が犯罪者だったとしましょう。もう半分は被害者です。地獄みたいな村ですが、諦めてください。

 加害者100人のうち、男は80人です。女は残りの20人となります。一方、被害者は65名が男、35名が女です。ここで仮に、被害者の性別が、被害者のプールから完全にランダムに決定されると仮定しましょう。つまり、100人の中からくじ引きでえいやっと、特定の加害者のターゲットになる不幸な人を決めるとします。そうすれば、性別の組み合わせは以下の通りになるはずです。

 男→男 52
 男→女 28
 女→男 13
 女→女 7


 全てを足すと100になること、特定の性別が加害者になる事例、あるいは被害者になる事例を足すと正しい数字になることを確認してください。例えば男が加害者になる事例は80あり、被害者になる事例は65になっているはずです。

 ここで、男→女の事例が28、女→男の事例が13であることに注目してください。ここでの事例は、そのまま日本における犯罪の組み合わせの割合を示しています。ですから、日本においては、男が女に加害する事例は、その逆の倍くらい起こっていることがわかります。

 もっとも、これは加害者が被害者の性別をランダムに決定するという、かなり仮想的な状況における理論値であることには留意してください。おそらく、女性が自分より屈強である可能性のある男性を標的にする可能性は低くく、男性がよりか弱い女性を標的にする可能性は高いと思われるので、実際はさらに差が広がると考えられます。

犯罪ごとの差異など

 ところで、ここまでの試算はあくまでざっくりとしたものでした。ですから、全ての犯罪を一緒くたにして計算したことに色々と疑念が湧いてきます。

 例えば窃盗です。その財産の持ち主と直に顔を合わせない窃盗の場合、加害者は被害者の情報を一切(おそらく)一切知りません。そのため、仮に男→女という方向性があったとして、それは男が殊更女性を選んで攻撃していることを示しているとは限りません。

 逆に、傷害や暴行など、特殊な事例を除けば対面しなければ不可能な犯罪の場合、加害者は被害者を選んでいるとも解釈できます。この場合、男→女という方向性は、そのまま男が女性を選んで攻撃していると解釈できそうです。

 というわけで、犯罪ごとに検討してみましょう。先ほどの被害者数の表に戻ってください。まずは対面するだろう犯罪の代表例として暴行と傷害を扱います。この犯罪の被害者のうち女性が占める割合は、それぞれ約45%と約38%です。

 一方、加害者に占める女性の割合は14%と9%です。

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 (ちなみに、被害者数と検挙人員は一致しません。1人が複数の被害者を生むこともあれば、複数の加害者が1人の被害者を攻撃することもあるからです。また、検挙率は100%になり得ないので、被害者は生んでいるが逮捕されていない加害者も存在します。しかし、割合を計算し、先ほどのように「日本がもし200人の村だったら」形式で計算すればこの問題は回避できます。)

 先ほどと同様の計算を行うと、以下のような結果になります。

 暴行
 男→男 47%
 男→女 39%
 女→男 8%
 女→女 6%

 傷害
 男→男 56%
 男→女 34%
 女→男 6%
 女→女 3%

 傷害の合計が100%にならないのは四捨五入のせいです。ともあれ、対面することが想定される犯罪では、加害と被害のジェンダーバイアスがより強くなることが示唆されています。

 では、対面しない犯罪として窃盗を取り上げてみましょう(窃盗をそう解釈することに争いがありそうですが、ここはとりあえずということで)。窃盗被害者に占める女性の割合は約32%であり、加害者では31%です。このため、計算の結果は以下の通りになります。

 窃盗
 男→男 47%
 男→女 22%
 女→男 21%
 女→女 10%

 驚くべきことに、加害と被害のジェンダーバイアスが消失しました。やはり、加害者が被害者の性別を選べないことが関係しているのでしょうか。

 ところで、これは余談ですが、仮に窃盗が完全に非対面の犯罪だとすれば、それでもなお被害者の割合が男性側に偏るのは、これはこれで家父長制的なジェンダーバイアスの影響があるのではないかとも考えられます。例えば侵入盗において、家族の共同の所有物が盗まれた際、警察が被害を統計に登録する際に、とりあえず家長(的)である男性が被害者としてみなされるという偏りはあり得そうです。まぁ、この辺の手続きがどうなっているのかはわからないので、推測の域を出ませんが。

 というわけで、統計をいろいろいじって計算してみました。もちろん、これは仮想的な計算であり、加害者と被害者の性別の組み合わせを直接まとめた統計があればそれに敵うものではありません。しかし、そういったデータがおそらく存在しない以上、このような計算によって偏見や誤解を解消するのは重要でしょう。

 とりあえず少なくとも、男性が女性に比べて攻撃にあいやすいのはあくまで男性同士の被害が多いためだと思われること、女性が男性を攻撃しているためではなさそうなことはわかると言っていいでしょう。