九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。

ストーカー

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【書評】「ストーカー」は何を考えているか

 今回は珍しく最近出たばっかの本を紹介します。
 著者は長年NPOでストーカーの被害者や加害者と向き合ってきた方です。とはいっても専門教育を受けたわけでも、その手の研究をしているわけではないですし、レーベルも新潮新書という、過去私が読んだ印象としていい加減なことを書くことも多い気がするところからの出版だったので、内容の妥当性が低いんじゃないかと心配していましたが、そんなことはなかったようで安心しました。少なくとも私が見た限りですが。

 本書で取り上げられているストーカーの全てが、ミューレンの類型でいえば「拒絶型」つまり被害者の元パートナーがストーカーになるタイプのものです。著者は「破恋型」と呼んでいました。このタイプは特に攻撃性が強いので早く対処をしないと危険です。

 本書の価値は、なんといってもストーカーのリアルな様子が見て取れることでしょう。専門書では、ストーカーの様子は書かれても、何をカウンセラーに言ったかまでは書かれることが少ないので、ストーカーの様子を実感をもって理解することは難しいです。その点本書はカウンセラーと加害者のやり取りも書かれているので、ケーススタディーとして非常に参考になり、ストーカーの心理の理解を助けます。ただ、すべてのストーカーがこうであると考えるのは禁物でしょう。

 著者も触れていることですが、現在の日本のストーカー規制法は問題を多く含んでいます。
 まずその刑期の短さでしょう。著者は加害者が反省するために厳罰化が必要としていますが私はこの意見に賛同しかねます。本書の例のように、ストーカーはたいていの場合自分が悪いと思っていません。「ストーカー病」とでも言うべきこの症状をある程度治療するまで、ストーカーに反省を促すことは不可能なのです。私は厳罰化には賛成ですが、その理由は「刑期を伸ばすことで治療に専念できる状態をつくることが出来る」からです。そういう意味では刑期の長期化といった方が正確かもしれません。ストーカーが起訴されても罰金や執行猶予で済まされてしまう現状ではストーカーに治療を受けさせることは難しいです。刑が長期になれば、刑期の短縮や執行猶予と引き換えに治療やカウンセリングを受けさせることが可能になります。この取り組みは実際にアメリカで行われており、これをきっかけにストーキング行為から抜け出すストーカーも少なくないそうです。
 問題点の2つ目は、条文ある「連続」の不明確さです。ストーカー 規制法では“電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールを送信すること。”を禁じていますが、具体的にどの程度メールをすれば連続か決まってはいません。著者によれば「10分に1回なければ1日100回あってもダメ」と言われた例や、「1日100回が2か月以上続かないとだめ」などと言われたケースがあるそうです。確かに、連続の定義が不明確なことで、このような屁理屈を許すことになっているかもしれませんが、では明確に回数などを定めたらどうなるでしょう?十中八九、ストーカーはそれを下回る回数のメールしかしてこなくなります。屁理屈をこねて動かない警察なら、それを理由に動かないことは充分に考えられます。そういった状況が想像されるので、少なくとも回数による明確化は避けるべきでしょう。私としては「連続して」の代わりに「不安や危機感を催させる回数や頻度」という言い回しをすることを提案します。実際にストーカー規制法の中には「不快又は嫌悪の情を催させるような物」や「その性的羞恥心を害する文書」といった表現が登場するので可能だとは思います。
 3つ目の問題点は対応できる公的機関が警察署だけであるという点です。私はこの部分では著者に賛同します。ストーカー規制法でも、DV防止法のように保護命令が出せる方がよいと思います。 

 最後に、ストーカーの被害を相談されたら、速やかに被害者と専門家を接続することを私は勧めます。この手の問題は素人が下手に介入するとろくなことにならないと相場が決まっていると思うからです。
 そしてなにより、ストーカーに関する知識をつけて被害者バッシングに加担するような愚かな真似はしないようにしてほしいです。三鷹事件でもありましたが、まだまだ世間一般にはストーカーの正しい知識が普及していないように思います。ストーカーに関する書籍はあまりなく、一般の人が手に取りにくいのが現状でした。あくまでカウンセラーの経験の一側面をつたえるものとはいえ、手に取りやすい本が出現したということは本当に価値のあることだと思います。 

小早川明子(2014). 「ストーカー」は何を考えているか 新潮社

産経新聞「ストーカー論」への反論

今回は産経新聞が5回にわたって連載した特集「ストーカー論」への自分なりの反応をしたいと思います。といっても産経は性犯罪に関してはいい意味で保守らしからぬ取材ぶりなのであまり言うことはないのですが、それでも反論すべきだろうという記述が散見されましたのでやります。記事自体には以下のリンクからどうぞ。

  メール強要15分に1回、行動報告しないと職場に怒号電話のストーカーに「猶予判決」…“束縛地獄”怯え切る被害者、軽すぎる日本のストーカー罰則-産経新聞

 1.応報刑論的厳罰化主張
 まずは連載第一回の最後の最後にあった記述「罰則を犯罪抑止効果だけでなく、悪行の「応報」としても考える重要な視点に行き着く。」に注目しました。応報という言葉が出てくることからもわかるようにこの記事では罰則に加害者への抑止効果に加え応報という機能を期待していることがわかります。確かに応報刑論という言葉が存在するように刑罰には「やっちゃいけないことをしたことに対する罰」としての機能が少なからずありますし、目的刑論の立場をとってもこの機能自体は全否定することはできません。しかし刑罰の機能を応報中心に考えることには私は反対です。というのも、そもそも「どの程度の罪に対してどの程度の罰がいいのか」ということを誰が決めるのかという疑問があるからです。もし民意が丁度いい応報の基準を決めるなら罰則は際限なく重くなるのではないかという危惧もあります。また刑罰の「犯罪者の更生」という目的がないがしろにされれば「罰則は十分与えたけどそのせいで全然更生せずに再犯しました」という本末転倒な状態になるのではないかとも考えられます。「この罪に対しては罰が軽い気がするけど再犯しなかった」という方がよほどいいでしょう。無論、後述するように罰を軽減すれば更生するという単純な構造でもないのですが。
 実を言うと私はストーカーに対する厳罰化に賛成しています。なぜならストーカーには治療が必要であり、それを行うにはある程度まとまった期間を必要とするからです。刑期長ければアメリカの様に減刑や執行猶予と引き換えに治療を受けさせるという選択肢も生まれます。少なくとも何もせずに執行猶予を与えることには何も意味がありません。

 2.「加害者の人権を尊重」=「被害者の人権をないがしろに」か
 第2回では被害者に加害者の情報が開示されず、被害者が不安を抱えたまま暮らしているという話題でした。開示されない理由は「加害者のプライバシーに関わるから」。これを受けて産経新聞は「被害者の人権よりも加害者の人権を重んじる姿勢」という風な表現をしました。確かに被害者が情報を求めているのに加害者のプライバシーを盾にそれを拒むというのは釈然としないかもしれません。しかしだからといって「加害者の人権を尊重」=「被害者の人権をないがしろに」という図式を持ち出すのは性急だと思います。そもそもこの構図は多くの誤解をはらんでいます。
 まず第一に被害者の人権と加害者の人権はトレードオフではないということです。今回の例のように衝突する場面もあるでしょうが本来両方尊重するという姿勢であるべきですし、それは可能です。
 このような誤解の背景には刑事裁判が加害者VS被害者だと勘違いされていることがあるかもしれません。本来は刑事裁判は被告人VS検察つまり国家なので被告人は弱い立場に立たされることになります。そこで被告人の人権の尊重をという主張が発生するのですが刑事裁判の図式を加害者VS被害者だと勘違いしている人には被害者より加害者を尊重しているように見えるのでしょう。そうして生まれた誤解が様々なところで猛威を振るっているという状況があると思います。さらにいえば被告人=加害者ではないのですが、99%の有罪率を誇る日本ですから、そういう誤解もあると思います。 
 なお、私はストーカーに関しては加害者の情報を被害者に提供することに反対ではありません。情報の性質上、やたらめったに言いふらされる類のものではないでしょうし、加害者の更生を阻害する可能性は低いと思われるからです。
 あとどうでもいいことですが、第1回と第2回は主張の方向性的に同じ人が書いている気がします。

 5.ストーカーに治療を受けさせるのは人権侵害か
 一気に飛んで第5回、ここでは治療によるストーカーの更生を紹介していました。私としてもこの流れがもっと広がればと思っているのですが、ここに反対意見が紹介されています。精神科医の発言ですが「ストーカーを精神疾患扱いして治療を強制するのは人権侵害だ。規制の強化は予防拘禁に繋がる」といった趣旨のことを言っていました。はたしてストーカーに治療を強制することは人権侵害なのでしょうか。
 確かに精神疾患の治療を強制することは慎重であるべきです。同性愛などの多数派に受け入れられない嗜好が病気扱いされていた、またされている事実がある以上このことは自明であると思います。しかしストーカーに関しては明確に被害者が存在しその人へ明らかな人権侵害が行われています。それを放置することはできないでしょう。現在の日本でのストーカーの定義は極めて慎重であり、これに基づけば加害に到る前の段階の者をとっ捕まえて治療させるといったことは起こりにくく、予防拘禁はできないとも思えます。
 またストーカー自身もその症状に苦しんでいるという視点も抜けていると思います。一人の人間に執着しつけまわすのは多大な労力を必要とします。必然的にストーカーの生活は崩壊します。そういったストーカーを治療し被害者への執着を取り除くことはなによりストーカーを救うことになります。このことはストーカー治療の権威ポール・ミューレンも主張していることです。
 精神疾患の多くは患者に病気であるという自覚がなく、その場合当然自発的に治療を受けるということがありません。他者に危害を加える程度になったらある程度の強制力を用いて治療を受けさせる必要もあるかと思います。

性犯罪に気を付けるべきは若い女性だけか

入学やら就職やらで生活環境が一変する今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。今回は「若い女性だけじゃなくて、みんな性犯罪被害にあう可能性あるよ?」という話です。

 増える高齢者ストーカー

 高齢ストーカー、10年間で4倍増 退職や妻との死別… 競争世代「孤独」が引き金か-mns産経ニュース

 こんな記事を書く気になったのはこの記事を読んだからです。 この記事によると60代以上のストーカーが10年前の約4倍に増えているそうです。まあ高齢者自体増えてますし、ストーカー自体も10年前に比べて格段に被害が訴えやすくなってるという背景もあるのでしょうが、犯罪全体が減少傾向にあるなかで4倍という数字。少なくとも増えていること自体は確かなようです。
 さて、突然ですが皆さんは性犯罪被害を受ける可能性があるのが若い女性だけだと思っていませんか?年配の女性とか、男性が被害も受けることがあるということはあまり意識されていないように感じます。女性の年齢をあげつらって「自意識過剰乙www」とか書き込む者もまとめサイトを見る限りありますし、まして男性は被害を受けても強姦罪が適応されませんから世間一般では意識されてないでしょう。しかし現実は非情なもので、うら若き乙女でなくても性犯罪被害の危険は降りかかってくるのです。

 男性にも、年配の女性にも
 男性が性犯罪被害に遭う例などあげれば枚挙に暇がないのですが、一番有名なものを一つ挙げればジョン・ウェイ・ゲイシーによる連続殺人でしょう。快楽殺人は性欲が一種の引き金になっているので性犯罪とくくって論じても問題ないでしょう。被害者が最終的に死ぬかどうかの違いです。たぶん。ゲイシーが殺したのは33名の『少年』です。言わずもがなゲイシーは男性です。この手の事件は前回の記事でも紹介したFBI心理分析官シリーズではお馴染みで、ああまたゲイバーで被害者漁ったのかみたいな感じにすらなります。
 年配の女性が被害に遭った例では確か過去の記憶から自分の母親と同じくらいの年齢の女性を強姦した事件があったはずです(肝心の事件自体がどこに記述してあるかわからなくなってしまったが)。強姦は男性の性欲が抑えきれなくなって起こるという認識が支配的ですが、実際は性欲の他に様々な意図や感情が引き金となります。中には自分の力を確認するために強姦をはたらく者もおり、力を誇示する対象はその人によるのでこの事件のように年配の女性がターゲットになるケースも皆無ではありません。

 こういう例えは性犯罪者の実情を正確に表しているか不明なのであまり大々的に広めたくはないのですが、性犯罪被害を若い女性だけでなく誰もが受ける可能性があることを直感的に理解できそうな表現をしましょう。
 犯罪者でない我々一般人には様々な性嗜好があります。一時話題になったB専や熟女好きというのが典型でしょうか。他にも同性愛者や両性愛者など様々です。ここで考えてほしいのは「一般人には様々な性嗜好を持つ人がいるのだから、犯罪者も同じように様々な性嗜好を持つ人がいるだろう」ということです。我々と犯罪者を隔てるのは犯罪を犯したか否かということだけであり、それ以外はあまり差はありません。我々には多様な性嗜好があるのに、犯罪者は若い女性が好みな奴ばかりっていうのもおかしな話じゃありませんか?

 補足しておけば、性犯罪は性欲のみが引き金になるわけではなく、ターゲットの決定も犯行のしやすさ等の要素が絡み合って行われると考えられますが。

えーき様の3分犯罪解説第4講投稿しました

 そういうことです。
 今回取り上げたのは「桶川ストーカー事件」。個人的に胸糞悪い事件ベスト5の一角です。あと4つは決めてないですが。
 内容が内容なので茶番はフェードアウトしてますが仕方ないね。

 ストーカーについて知りたい人はポール・E・ミューレン他著『ストーカーの心理―治療と問題の解決に向けて』を読むことをおすすめしますが、これはたぶん手に入れることが難しいので、越智啓太著『ケースで学ぶ犯罪心理学』のストーカーの章を読むほうが手軽だと思います。

 ちなみにこれは先日投稿した「えーき様と罪人どものCoC」を意識してます。そちらにも興味を持っていただけたら幸いです。





 

被害者の非?

 今週の土曜日に満を持して犯罪学解説動画の第1講を投稿しようというときに、ある事件が起きました。
 市川女性刺殺:八丈島で元交際相手確保…「刺した」認める―毎日jp
 この事件は一種のストーカー殺人事件と言っていいでしょう。ほかにも見方はあるかもしれませんが、今回の話題の本質ではないので細かい分析等はしません。この記事内では「拒絶型」ストーカーによる殺人として話を進めます。
 この事件自体というよりは、周りの反応が今回私が動画を作り始めた理由に非常に関係があります。その事件に対する反応の中で、もっとも象徴的だったのが以下のツイートでしょう。 
  
  要するに「被害者にも非はあった」という発言ですが、これは2つの視点から大きな誤りだといえます。1つは「ストーカー被害は防げるか」という視点、もう1つは「犯罪被害者の非とは何か」という視点です。前者から順を追って説明します。

 ストーカー被害は防げるか 
 このツイートは「被害者の配慮しだいで加害者がストーカーになるのを防げる」という趣旨だと解して差し支えないと思いますが、これは大きな誤りです。 何故なら、そんなもんでストーカー化を回避できるならそもそもストーカーにはならないからです。ストーカーの原動力は単なる激昂や怒りではありません。今回の「拒絶型」とよばれるストーカーの場合には、ストーキングの背景に嫉妬や独占欲があったり、被害者の苦痛に無頓着といったある種一方づいた考え方があります。アメリカではストーカー治療は専門の精神科医が行いますが、これはストーカーは病人であるという発想に基づいているのでしょう。このこともストーカーの原動力は単なる激昂や怒りではないことを示しています。
 さて、この手のニュースが報道されると必ずと言っていいほど「なぜ被害者は加害者のストーカーめいた性格に気づかなかったのか」という批判がなされますが、これも無茶な話でしょう。「この人、思ってたより〇〇だ」と、他者の意外性に驚かされた経験は誰にでもあると思います。人間の本質とは複雑なもので、ちょっと相手を知った程度でストーカーになるかどうかわかるのならそれこそ犯罪学者はお払い箱です。 
 以上の理由から、ストーカーというのはかなり防ぐのが難しい犯罪です。ストーカーの種類によっては、一目見ただけの人をストーキングするパターンもあるので、一生の間にストーキング被害に遭うかどうかは運次第というしかない側面もあります。

 犯罪被害者の「非」とは
 私は犯罪被害者に「非」などないと考えています。理由は以下の2つです。
 1つ目に、仮に犯罪被害に遭うリスクを高める行動をとることは、犯罪被害に遭うことを容認することではないということです。上述のようなニュースに際して、「被害者にも非があった」という批判は、非常に残念ながらよく聞きます。ではそもそも彼らの言う「非」とは何なのでしょうか。彼らの意見で「非」として取り上げられやすいのは、「女性が夜に1人で暗い道を歩いていた」とか、「派手で露出の多い格好をしていた」などでしょうか。少なくとも多くの意見の共通点として「犯罪被害に遭うリスクを上げる(と発言者は考えている)もの」という面が見い出せます。しかし、例え夜道を1人で歩こうが、派手な格好をしようがそんなもの人の勝手です。それは犯罪者がその人を狙うことを正当化するものではありません。女性が扇情的な格好をすることは、性犯罪被害に遭わない権利を放棄するものではありません。
 2つ目に、どんな行動でも被害者の非とすることは可能だからです。究極的には「被害者がそこにいたこと」も被害者の非として扱えます。極端だと思われる人もいるでしょうが、しかしこれはイラクで起こった人質事件の際に自己責任論が巻き起こったことを考えればありえない話ではありません。このような状況で、犯罪学者が分析を行うならともかく、私たち一般人が被害者の非について考察することは不毛だといえます。どんなことも非と扱える以上、何が非で何が非ではないかなんて議論に決着はつきません。
 もっとも、事件の中には正当防衛だったり、加害者に同情せざるを得ないようなものもありますが、そういったものは例外的でしょう。例外を一般化して語ることは慎まなければなりません。

 動画を作り始めた訳
 私が動画を作り始めたのは、以上に示したような勘違いや偏見からくる、被害者を蔑視する世の中の(と書くといささか大言壮語だが)態度を少しでもましにしたいと考えたからです。この態度は、犯罪について正しい知識を持つことで緩和されると考えています。当然私は非専門家なので、限界はあるのですが、犯罪学という学問への入り口にくらいなれるだろうし、非専門家だからこそ動画という砕けた媒体でブラックなジョークを交えつつ解説することも可能でしょう。
 そんな思いで作成した動画は土曜日午前零時に公開予定です。 (動画編集ソフトの不具合のせいでできませんでした。犯罪学解説ではなく事件そのものを解説する動画を作ることになりました。こっちもいずれやりますが。)

新たなストーカー対策導入へ

 最近動画の編集ばかりでこっちがお留守になってました。その動画も、一通り出来上がったものを見て、面白くないなぁとか、わかりにくいなあとか、その他諸事情とかいろいろあって投稿をためらった次第です。いや、むずかしい。第一回でストーカーを取り上げる予定でしたが、先にテロについてやることに決めました。

 さて、そのストーカーですが、警視庁がストーカー対策に新たな技術を導入するそうです。
 新たなストーカー対策導入へ 警察庁-NHKニュース

 内容としては、ストーカーの危険度のチェックシートを導入するというものです。ストーカー被害の訴えは、警視庁のHPによれば平成24年には前年と比べ大きく上昇しており、これからもストーカーという犯罪の社会的認知が進めば増加する可能性があります。しかし警察の人員にも当然限りがあり、この手の事件にさける人手も限られてきます。このチェックシートの導入でより危険性の高いものに重点的に、効率的に対処できればさばける件数も増え、被害者の安全もより守られることになります。むろん、警察がストーカーの危険性を軽視して最悪の結果にいたることを防ぐこともできます。

 ローゼンフェルドという人の分析によれば、ストーカーに人格障害薬物中毒、前科、暴力歴、被害者に対する脅迫がある場合は危険性が高くなる傾向にあるようです。また、被害者と親密な関係にあった場合や精神疾患がある場合も同様のようです。(越智啓太著
ケースで学ぶ犯罪心理学より)

 最後の部分に関して誤解のないように 言っておくと、犯罪率に関していえば精神疾患を持った人はそうでない人よりも低いです。これは精神疾患のなかに鬱病のような無気力になる症状のあるものが含まれるためと、精神病者に対しては周りの人が注意を配る(犯罪を犯しそうならなおさらでしょう)ため、犯罪を犯しにくい環境にあるためではないかと思います。ローゼンフェルドの分析では、ストーカーが最終的に傷害や殺人にいたったケースが対象なので、無気力症状のある病気が恐らく含まれていないと考えられ、故にこのような結果になるのだとおもいます。

 ストーカー規制法の改正もあって、徐々にですがストーカー対策が整ってきたように感じます。一方でまだまだこの手の事件に対する偏見は少なからずあるようにも思います。そのような偏見を払拭するためにも、動画シリーズを早く始めたいです(最初と繋がった……か?) 

ストーカー事件の希望

逗子ストーカー事件からもう一年が経過したようですね。
 
<逗子ストーカー事件1年>被害者夢つづる 夫の元へ手紙

正直な話、実生活が忙しかったこともありこの事件についてはあんまりよく知らないんですよ……。
しかし、別にこの手の事件解決の希望がないわけじゃないんですよ。 少し前ですが読売新聞にこんな記事が。
 
ストーカー、治療でも予防へ…警察庁が方針転換

ようするにこれからは治療を取り入れていこうということなんですよ。これに関してはポール・ミューレン著の
ストーカーの心理―治療と問題の解決に向けてという本が非常に参考になるので紹介しておきますね。著者はストーカー治療に実績のある人ですよ。もっとも、すでにアメリカで取り入れられているものを、日本は今ようやく始めようというわけなので、遅いなあという印象はぬぐえません。
日本は事前に法整備をせずに、センセーショナルな事件が起こってからあわててわーと立法するのが常なので、その体質も変える必要があるでしょう。悲劇的な事件を引きずったまま法律を作るのは、理性的な視点が欠落しかねないですし。無駄に刑を重くしたり、犯罪憎しで拡大解釈がいくらでも可能な法律の誕生を許す可能性もあるでしょう。犯罪について考えるときに、感情的になることはもっとも避けないといけないことです。 

犯罪心理学者(途上)、アマ小説家、動画投稿者。カクヨム『アラフォー刑事と犯罪学者』ニコニコ動画『えーき様の3分犯罪解説』犯罪学ブログ『九段新報』など。TRPGシナリオなどにも手を出す。
E-mailアドレス
kudan9newbridge@gmail.com
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