九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。

デマ

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今更ながら、「ラッスンゴレライ」が反日に見えてしまう心理学的理由

 いやはや、私としては軽い冗談として昔のトンデモ話を出したつもりだったのですが、マジモンが引っ掛かりました。ネットは恐ろしいところですね。
 しかし改めて調べてみると、この「ラッスンゴレライ反日説」とでも言うべき言説は意外と手が込んでいます。なぜラッスンゴレライとそのネタを考案した8.6秒バズーカーが「反日」と呼ばれているか調べてみると、以下のようにまとめられます。
・「8.6」は原爆が投下された8月6日を意味する。
・ポーズが広島にある「原爆の子の像」にそっくり。
・ラッスンゴレライはアメリカが爆弾を投下する命令として使う「落寸号令雷」。
・ラッスンゴレライはLess than Gorilla(ゴリラ以下)とも聞こえる。
・キャビア、フォアグラ、トリュフ、スパイダー・フラッシュ・ローリングサンダーにも意味がある!
 などなど。1つ1つはこじつけ臭くても、これだけたくさんあるとつい信じてしまいそうな量です。よくも集めに集めたりという感じです。ほかにもいろいろありますがとりあえずラッスンゴレライに直に関係しそうなところだけまとめておきました。

 かなり無理やりなこじつけ
 まず、万が一このブログを読んで「やっぱりラッスンゴレライは反日やったんや!」と世界の真実に気付く人が出るという事故を防ぐために、まずこれらの説がでたらめであることを指摘しておきましょう。もっとも後述するように、あまりすっきり否定できない面もあるのですが。
 まあ、8割、9割・・・いや、100人いたら99人がネタだと思ってるこの「落寸号令雷」問題。
 僕は元ネタは、ゲームなんじゃないかと思ってます。
 昔、「落寸号令雷」でグーグル検索すると「雷帝戦の大号令」とか「雷軍神の大号令」というワードが検索候補としてひっかかってきました。
 なんでも「ブレイブフロンティア」というゲームがあって、そのゲームに出てくる技の名前みたいです。
 だから、そのゲームしてる人が「あ・・雷帝戦の大号令って、ラッスンゴレライに音が似てるな」と思って、「落寸号令雷」って漢字を当てたんじゃないですかね?
 それを、8.6秒がたまたま8月6日と数字が合ったんで、「やばい、これやっぱりそうだよ!!」って、みんなネタで言い出したことだと思うんですけどね。
 まあ、この騒動に呆れた人のひとりが「そもそも落寸号令雷なんて言葉ないから」というスレを立てたりもしてるんですが、その後もいろんな検証がされていて、まったく不毛という言葉以外、見つからない感じですが、ついでなんで紹介しておきます。
 落寸号令雷【ラッスンゴレライ】の真相をわりとマジメに考察する-鈴木太郎の思うこと
 まずラッスンゴレライ=落寸号令雷説ですが、そもそも落寸号令雷という言葉が存在しないのではないかという指摘をしている人がいます。そもそもなんでアメリカの命令が日本語やねんという話でもありますが。
 まぁ仮に、落寸号令雷(スンゴライ)とラッスンゴレライでは、赤字にしたところが被っているだけであり、仮に落寸号令雷の訛った言い方だったとしても不自然な変形であることは否めません。これでは「ラッスンゴレライにいくつかの音を足すと落寸号令雷になる。だからこれは反日の暗号だったんだよ!」ΩΩΩ<なっ、なんだってー!の世界です。

 ちなみに、ラッスンゴレライがLess than Gorillaに聞こえるというのは厚切りジェイソンが言い出したことらしいのですが、グーグルに喋らせると普通に「レスザンゴリラ」に聞こえます。アクセントの位置も全然違いますし。ここから派生して、ラッスンゴレライはListen Gorillaであり、これは韓国人が「聞けニホンザル!」と罵倒する言葉なのだという話も出てきますが、日本人を罵倒したいならゴリラではなくモンキーというべきところでしょう。
ラッスンゴレライ仮説集
仮説1→"Razz’ing God Light" 意味: 神の光だ、あざ笑ってやる
仮説2→"Less than gorilla" 意味: ゴリラ以下
仮説 3→"Lusting God laid light " 意味 : ヤハウェは渇望し、裁きの光を下した。 (旧約聖書19章) ちなみにこの言葉は当時の原爆投下の号令と一致。
仮説4→"Lesson gorilla"意味 : 聞け、猿
仮説5→"Lesson go ray of light"意味 : 日本人は学習しろ。原爆の光線を忘れるな!
仮説6→"Listen! go retry!"意味 : 同胞達よ!あの爆撃をもう一度!
仮説7→"Let soon go re light "(8.6 bazooka)意味 : 8月6日の爆撃をすぐにもう一度!
仮説8→"Rat soon go rewrite"意味 : ネズミは、すぐに書き替える。つまり、ネズミ(日本人)は歴史をすぐに捏造する。
仮説9→"Wrath of god led lightning "意味 : 神の怒りにより稲妻は導かれた。
仮説10→"Lesson! go retry!"意味 : エノラゲイが原爆投下をリトライ(エノラゲイは広島に8.6に原爆を投下した爆撃機の名前)
仮説11→"Let soon go relight "意味 : すぐに閃光(衝撃波)が来るぞ。
 落寸号令雷【ラッスンゴレライ】の真相をわりとマジメに考察する-鈴木太郎の思うこと
 なお上で引用したサイトによると、ラッスンゴレライにはほかにもこれだけの仮説があり、とにかく英語に聞こえることだけはよくわかったという感じです。
 キャビア、フォアグラ、トリュフ、スパイダー・フラッシュ・ローリングサンダー。 
 言い方とか聞いてるとなんか必殺技名っぽいこのセリフ。実は1つ1つに意味があったと言われてる。
 キャビア→→チョウザメの卵→→リトルボーイ
 フォアグラ→→太らせたアヒルの肝臓→→ファットマン
 トリュフ→→きのこ
 スパイダー→→蜘蛛→→雲
 フラッシュ→→閃光→→ピカ
 ローリングサンダー→→轟く雷鳴→→ドン
 8.6秒バズーカーの反日疑惑をまとめ、検証した結果。-TPAI
 キャビア、フォアグラ、トリュフ、スパイダー・フラッシュ・ローリングサンダーに関しては上にあるような意味があると主張されているのですが、やはり無理があります。キャビアとフォラグラのくだりに関してはよく考えたものだというべきですが、残念ながらマンでもボーイでもないという粗がありますから。あくまで卵と鳥の肝臓だ。

 証拠の採用基準
 このようなトンデモを、なぜ人は信じてしまうのでしょうか。
 ポイントは、証拠を採用する基準は人や状況によって恣意的にいくらでも変化しうるということです。例えば、刑事裁判では「疑わしきは被告人の利益に」という厳しい基準が用いられます。一方で大学が学生に行う処分では「50%を超える程度で確からしい」という優越で構わないという話を『』でしたと思います。
 これらはシステム上要請された基準ですが、それとは別に人は「この程度なら証拠として採用しよう」という基準のようなものがあると考えていいでしょう。ある人はネットに書いてあることをコロッと信じるし、別の人は新聞を複数読まないと簡単には信じないみたいなことです。

 そしてこれらの基準は、話題によっても変化すると考えるべきです。問題はそのことをなかなか自覚できないことなのですが。
 例えば証拠能力を100点満点で評価するとして、普段は60点くらいを基準にしているのに、自分の信じたい主張を裏付ける証拠には40点の基準にして、信じたくない証拠は90点を基準にするということは頻繁に起こります。
 「キャビア、フォアグラ、トリュフ、スパイダー・フラッシュ・ローリングサンダー」の解釈に関しては、よくできているので40点を与えるとしても、しかし普通に考えれば証拠として採用するにはあまりにも心もとないものでしかありません。しかしこの話題に関して最初から「30点くらいでいいや」と思っていれば問題なく自説を補強する証拠になるのです。
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 ポーズが似ているという話に関しても、手を上に広げるポーズ自体さほど珍しいものではないのでこれを言い出すと結構な人が反日になってしまいます。グリコも反日でしょうか。また向かって右の人のポーズが長崎の平和の像に似ているという話もあるのですが、これは左手を横へ伸ばしている点が共通しているだけで、右手の形は全然違います。これも20点くらいの証拠能力でしょうが、しかし20点でいいと思っている人には立派な証拠です。

 肯定的検証方略と確証バイアス
 さて、心理学には肯定的検証方略だとか確証バイアスという言葉があります。これは要するに「人は仮説を検証しようとすると、その仮説を裏付ける証拠ばかり集めようとする」という傾向のことで、ラッスンゴレライに関してはまさにそれが機能しているというべきでしょう。

 上で、ラッスンゴレライには11もの仮説があるという話をしました。11もあったら1つくらいそれらしく聞こえるもので、信じたい人はそこから1つ都合のいいものを選んで、ほかのそれらしくないものは無視すればいいという使い方できます。本来、1つの言葉がここまで複数の英語を意味することはありえず、これだけ説が乱立すること自体がこの説のいい加減さを示しているのですが、そこは都合よく無視です。

 また確証バイアスには「否定的な証拠を無視する」という特徴もあり、これがラッスンゴレライに対するでたらめを助長しています。
 ラッスンゴレライのこじつけをすべて信じるとしても、それはあくまでネタのごく一部に対するものであり、彼らの言動のうち「反日的なもの」の割合はそうではないものよりもかなり少ないはずです。しかしながら確証バイアスに囚われてあらかじめ「ラッスンゴレライ反日説」を信じ込んだ状態になると、それ以外のものが見えなくなってしまいます。
 「韓国人による凶悪犯が!」と事例を羅列するけど、そのその側にある大量の日本人による犯罪が見えていない、みたいなことです。

 冷静に考えると、こんなくだらないデマに時間を割く必要性があったのが微妙になってくるのですが、改めて調べてみると8.6秒バズーカーはこの騒動でかなり被害を被っているみたいですし、騒動から3年もたってまだマジで信じている人がいることを考えるとやっぱり逐一指摘しておくのは大切なのでしょう。

【書評】火星からの侵略 パニックの心理学的研究

 今回は社会心理学の古典……が著者の息子による解説を加えて新装されたもの。アメリカで放送されたとあるラジオ番組が一大パニックを引き起こした……という話は聞いたことがあるのでは。時期が第二次世界大戦以前ということもあって方法論的には不足もありますが、パニックに惑わされる人々の条件をよく描いています。

 どんな人がパニックに陥ったのか
 著者はパニックに陥った人にインタビューを試み、その人たちにある程度共通する特徴を見出しました。著者はそれを被暗示性という言葉でまとめています。いわゆる催眠療法の分野で使われる被暗示性とは異なりますが、要するに情報を受け取ってそのまま鵜呑みにしてしまう特徴のことでしょうか。
 この被暗示性を構成するのは7つの特徴で、中には運命論や信仰心、教会への出席頻度など同じような概念を扱っているものもあります。しかし中でも重要な要素は今でも利用できるでしょう。
 それは不安定性です。著者の調査では収入が少ない人のほうが火星人の襲来を信じたようです。もちろん学歴との関係はあるでしょうが、それ以外にも、仕事についておらず明日の暮らしもわからないという人のほうが火星人襲来を信じる傾向にあるようです。一般に、過大なストレスは認知機能に悪影響を与えるといわれているので、この主張にもうなずけます。

 またこのラジオドラマを、多くの人が「恐怖にかられた知人や隣人に教えられて途中から聞いた」という状況も影響しているようです。番組を最初から聞いていればもちろんフィクションだとわかったはずであり、実際に最初から聞いている人のほうがきちんと作り話だと信じているというデータもあります。しかし途中からではその番組がドラマだという情報もありません。また番組では宇宙人による毒ガス攻撃のくだりもあるのですが、途中から聞いた人の中には宇宙人の部分は知らずに、毒ガスの部分だけを聞いてパニックに陥った人もいたようです。ラジオは新聞のような媒体と異なり、聞いた端から情報が消えてしまうという特徴があり、それが悪く働いたのでしょう。
 また、知人が怖がり尋常でない様子でやってきて教えたという状況は見逃せません。普通、人はなにか特別なことでもない限り怖がりません。裏を返せば人が怖がっているという状況は何か恐ろしいことが確かに存在するという合図として働く可能性があります。そのような人に教えられてドラマを聞けば、真実だと信じる方向へ判断が偏る可能性は十分あるでしょう。

 もう1つ、信仰心と関連して興味深いのは、敬虔なキリスト教徒による事態の解釈の仕方です。著者がインタビューを行った人の中にも信仰に篤い人がいたのですが、その人は火星人襲来というラジオドラマを聞くとそれを神による最後の審判であると解釈し、そこから新しい情報を収集することを放棄して祈りを捧げ始めたというのです。重要なのは火星人襲来という突拍子もない状況を、自分に理解できるもの、かつ自分の望むものに変換して理解することで現実を捻じ曲げてしまったということです。

 火星人襲来を現代人は笑えるか
 火星人襲来に大騒ぎしたのは1938年。日本はまだ大日本帝国を名乗っていたころです。そんな昔の事例が、今に役立つでしょうか。
 実は当時にも、パニックに陥った人は知的に劣る人だとかなんとか、雑な推測を述べる社会学者や心理学者はいたようです。しかし実は、そうではない。教育を受けた人でも条件が重なればこのような荒唐無稽なデマを信じてしまうのだということを著者は描き出しています。

 本書の事例を現代の日本に置き換えてみれば明白です。現代では生活の不安定性が高まっています。それは否応なく、新規で緊急性の高い情報へ対処する余裕を人々から失わせることになるでしょう。それを抜きにしても、被災すれば余裕なんて吹き飛びますし、周りの人も不安そうに情報交換します。そのような中で、真剣な表情で話される情報を理性に基づいて否定するのはなかなか難しいことです。
 被災せずとも、デマをばらまく人々はいます。意図的に行う者は置いておくとしても、その意味不明なデマを頭から信じ込んでしまっている人も少なくない数います。それは明確な情報が手に入らない中で、自分の頭の中にあるシナリオにそぐうように現実を歪曲し、あるいは他者の作り上げたストーリーに乗っかることで信じたい世界を思い描いてしまう人間の特徴に原因があります。

 このような現状を打開するにはどうしたらいいでしょうか。被災地の人々にデマを検証する余力はありません。被災地の外にいる余裕のある人たちが、デマに1つ1つ対処していかなければいけないでしょう。本来であれば政府が本腰を入れて取り組むべき段階にも来ているはずですけど。

 ハドリー・キャントリル (2018). 火星からの侵略 パニックの心理学的研究 金剛出版

【書評】歴史修正主義とサブカルチャー 90年代保守言説のメディア文化

 今回は犯罪とは直に関係あるわけじゃありませんが、今後を考えると押さえておいた方がいいかなぁと思って読んだ一冊。大当たりでした。
 本書は歴史修正主義の普及を社会学、とりわけメディア文化の視点から読み解いたものです。私は社会学の専門ではありませんし、ましてやメディア文化とかさっぱりなので今回は偏った読みになることは承知の上で気になったところをまとめ、自身の興味につなげて発展させる読みをしようと思います。全般的に本書を知りたい人はぜひ手に入れましょう。いい本です。

 ゲームのルールが違う
 歴史修正主義者とは基本、話が通じません。この理由に関してはかつての議論でも「バカだから」「アホだから」みたいな理由が考えられていましたし、それ自体は一因かもしれませんが、著者は「ゲームのルールが違う」という点を取り上げます。
 これは本書で初めて知ったことですが、歴史修正主義者は「歴史をディベート」することに熱心です。実際歴史ディベートなるものを題材として著作も多く出版されています。著者によれば、ディベートは歴史学的な通説と怪しげな新説を対等な舞台に並列し、かつ「もっともらしさ」という学問ではありえない基準で勝敗を決します。そして本の中では仮想的に歴史修正側が通説側を「論破」することで読者に快感を与え自分たちに正義あり!と盛り立てていきます。確かに、『犯罪学と嫌韓流 その交点』で書いたことがありますが、かつて読んだ『マンガ嫌韓流』は論敵を思いきり醜く愚かに描くことでネトウヨ側が勝利するという構図でした。もっとも私はその露骨さにある意味助けられネトウヨにならずに済んだわけですが。

 通常、歴史学者や私を含むその成果を重んじる立場の人たちは、学術的なあるいは論理的なルールに則って歴史的事実の立証を試みます。資料を読み解き証言を聞き集め、そのすべてを総合した先に映し出されるものが歴史的事実です。しかし歴史修正主義者は、そのようなルールで動いていません。彼らは歴史を学問として立証される事実ではなく解釈の問題であり「民族の物語」であると規定します(やたら彼らが「歴史の授業で日本を誇れるように」と意味不明な文言をうわ言のように言っていた理由がわかりました)。そしてそれを説得するためにディベートの手法、つまりもっともらしく主張し、手数を叩きこむ手法を用います。
 このブログに寄せられるネトウヨと思しき人たちの議論に関して、常々「コピペっぽい」「いくら同じようなことを主張しているとはいえ、言い回しが似すぎじゃないか」とか考えていましたが、これもディベートというタームで読み解けます。歴史ディベートの書籍には「こう言われたらこう言い返せ」式のマニュアル本のようなものがあり、ディベートそのものが機械化しているようです。本来ディベートは、教育的には知的なものだと位置づけられていたはずですが、これでは知的退廃もいいところです。

 小林よしのりの罪は重い
 安倍政権の長期化が確固たるものとなり、ネトウヨが増殖を続ける昨今、小林よしのりが左派っぽくふるまうことが目に付いていました。おめーがネトウヨ作ったくせに何良識派ぶってんだこいつはとか思っていましたが、実際(幸いなことに!)ネトウヨ文化には疎いのであまり云々することもできず苦々しく思っているだけでした。
 しかし本書を読んだ後なら自信をもって「小林よしのりはネトウヨの製造物責任を取れ!」と声を大にして言うことができます。

 本書では小林よしのりがSAPIOで連載している『新ゴーマニズム宣言』の発展を扱っています。そこを読むと、いかに彼がネトウヨの製造と普及に「貢献」してきたかがわかります。
 詳しい解説はそれこそ本書に譲りますが、小林は読者を煽りその熱を利用してゴー宣を発展させていきました。なるほど、読者の「あっ、俺作者に見てもらえている」観を利用すると読者の熱量が上がっていくというのは、私は作者読者の両面で経験則的に知っていることですが、これを意図的にうまく利用するというのはかなり難しい。ある意味では小林の手法というのは、著者曰く既に登場していた論壇誌の手法の後追いだったとしても「天才的」だと、渋々認めざるを得ないところです。
 だからこそ、今まさに小林がネトウヨを否定し、自身が良識的な保守(なんてものがあればの話ですが)であるかのように装うことは厳しく非難する必要がありますし、左派も「保守の理解も得られているパフォーマンス」に小林を安易に使うことはやめるべきです。

 我々はネトウヨとどのように「ゲーム」すべきか
 本書の最後は、歴史修正主義者との議論に際しては彼らの「知」のあり方を熟議すべきだと論じています。ここは本書唯一の不満点です。著者はその直前で「彼らの主張にどのような真実もない」と結論していますし、そもそも本書の議論はまさに彼らの知のあり方の熟議の1つであったはずです。であれば、困難な課題でありつつもそのような知のあり方を受けてどのような対策がなされるべきか方向性くらいは示してしかるべきではなかったでしょうか。

 では改めて、歴史修正主義者やネトウヨたちと対峙するために我々は何をすべきでしょうか。彼らの「ゲームのルール」に則り、そのうえで叩きのめすべきでしょうか。これは日本中の知性を結集すれば可能に見えます。しかしそもそも、彼らのルールは彼らに有利な「傾斜」が存在することを意識しなければいけません。
 最大の傾斜は感情です。人はふつう不快よりも快を求めるものです。「あの戦争で我々は加害者だった」よりも「被害者で解放者だった」を、「日本は差別の蔓延する国だ」よりも「日本スゴイ」を求めるものです。当然、私だって気持ちいい方が好きですから、気を抜けばそっちへ転がる危険性はあります。
 それを関連する強固な傾斜が、人間は各々を平等で差のないものであるというよりは内と外に分かれるものだと認識する習性です。そして内側を贔屓する習性もあります。最小集団実験のように、意味のない集団にすら贔屓が生じます。人間は必ず習性通りに動くものではありませんが、これもまた気を抜けばそちらへ転がることを意味します。
 そして最後に、向こうはこちらと違っていくらでも嘘をつけるという傾斜があります。同じルールに則るといってもここだけは譲れない一線です。例えばこちらが「この資料からこういうことがわかる」と言って、向こうが苦し紛れに「その資料は日付が間違っているぞ」と言ったとしましょう。これは5秒で考えた出鱈目ですが、事実を重んじるこちらは一応確認しないといけません。そしてその指摘が当たらないことを説明しなければいけません。それをささっと10分で済ませたとしても、その間に向こうのデマは1000RTとかいっているわけです。しかも向こうは、こちらの説明を「わからないふりをする」こともできます。これは重大な傾斜になります。

 このような傾斜がある以上、彼らの主張は絶えず批判しなければいけないとしても「ゲーム」をしてはいけません。方法があるとすれば、トップダウンで主張を叩き潰すくらいです。つまり政府が何度も繰り返し「差別はいけない」とか「かつての加害を忘れない」とか言うことです。いまはむしろ差別と虚偽を是認するかのような言説が政府でもまかり通っているので酷い状況になっているとも言えます。
 いまの現状で、まともな人権感覚と歴史認識を持つ責任者を政府に立てるのは絶望的に見えるかもしれませんが、そこまで不可能なことでもないと思います。きっかけは何でもいいのです。フランスでは死刑廃止が主要な論点ではなかったものの、政権を取った人々は死刑廃止を推し進めました。そのように、経済だとかの別のきっかけで立った人たちが人権感覚や歴史認識をまともな方向へ引っ張り戻す可能性はあります。
 もっとも、この方法も抑制策にすぎません。ドイツですらそうであったように、歴史修正主義が再噴出する可能性は否定できないのです。

ICAN事務局長が「我々が歴史の正しい側にいることを忘れてはならない」と言ったというのはおそらくデマだろう


 これの件ですね。
 
 on the right side of history
 動画中で「我々が歴史の正しい側にいることを忘れてはならない」と訳された部分が反発を呼んでますが、おそらく誤訳だろうと思います。
 この部分をよく聞いてみると、ここはon the right side of historyと言っているように聞こえます。これはリンク先の辞書のページを参照してもらえばわかるように、「歴史の流れに乗っている」くらいの意味で「我こそ絶対正義なり!」ほど強烈な意味ではなさそうです。
 多分、というのは私のリスニング能力が微妙なので本当にそう言っているかは保証しかねるからです。あくまで私にはそう聞こえるという話ですし、この文なら誤訳とも整合性が取れると思います。

 ついでにICANがらみのあれこれを
・安部首相にわざと断られる日程で面会を打診したんだ!
→これは当初事務局長の来日日程が16日までと誤って発表されていたことと、首相の欧州歴訪が18日までと予定されていたことから生じているのでしょう。実際には事務局長は18日まで滞在し首相は17日に帰ってきているので日程上は会うことは不可能ではなかった。
 断られたことをアピール材料にしようとしているという憶測もあるが、誰にでも起こるであろう面会拒否が組織のアピールになるとは到底思えず(会えるほうが活動実績になる)、また日本の核廃絶への非協力的な態度は知れ渡っているのでこんな細かいことでアピールする必要があるとは思えない。まぁあくまで事務局長の来日日程で会えたらいいなくらいであまり期待はしていなかった可能性はあるだろうけど。
・事務局長の出身国が条約に参加してない!
 ある目標に向かって活動している組織のトップの出身国がその目標と反していることは特に問題にはならない。逆に何が問題になると思ったのかは不明。
・こんな語訳もあったらしく
 昨年のノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長(35)は15日、広島市で開かれた若者との対話集会で講演し、核兵器禁止条約に参加しない日本政府を「(核廃絶を求める)合理的な国際社会から足を踏み外した」と批判した。
 集会には学生や被爆者ら約340人が参加した。フィン氏は、被爆国の日本が条約に反対していることに「広島、長崎以外で同じ過ちが繰り返されていいと思っているのではないか」と指摘。「被爆地と日本政府の隔たりは大きく、埋める必要がある」と訴えた。
 ICAN事務局長が広島で講演-共同通信

 核兵器に対する考え方はいろいろあるでしょうが、ほとんど集団パニックの様相を呈しており論理的な反論が皆目見当たらないのは実に興味深い現象でしょう。

九段新報プレゼンツ #総選挙に役立つ本

 衆議院総選挙が告示されたので、今回は特別編。来る総選挙に向けて役に立つ本をピックアップしていきます。ただし犯罪学ブログという立場上、そっち方面へ分野が偏ることになりますのでそこはあしからず。
 また取り上げた本の中には、今すぐ候補者選びに役立つというものは少ないかもしれません。しかし短期的に役立つ知識ばかりが知識ではなく、貯め込んでおき忘れたころに火を噴くようなものもまた知識です。そのような長期的な観点からも、書籍を選んでいきます。
 なおリンクは本ブログの書評記事に通じています。また取り上げるものはすべて私が読んだことのあるものに限ります。

 安倍政権が何に立脚しているか
 中村一成(2014). ルポ京都朝鮮学校襲撃事件 <ヘイトクライム>に抗して 岩波書店
 高 史明(2015). レイシズムを解剖する 在日コリアンへの偏見とインターネット 勁草書房
 まず挙げるのはレイシズム、とりわけ排外主義にかかわるものを取り上げた2冊です。
 いうまでもなく、安倍政権の根幹にある要素の1つが排外主義です。『差別主義者は無限の証明を要求する』でも取り上げましたが、朝鮮学校に対する補助金排除の政策が代表的です。まぁこれは自民党だけの問題ではないのですが、終戦後から長年政権を担当してきた自民党に最も大きな責任があることは間違いありません。
 そして長期政権がそのような姿勢をとるということは、それを支持する人々の思想を反映しているためであろうと考えられます。そのような排外主義の行き着く先、不寛容と差別を放置する社会が表出するほんの一部が表れているのがこの2冊です。
 気鋭の社会心理学者である高氏による著作は、インターネットとヘイトスピーチという密接にかかわる二者の分析へ先鞭をつけるものです。ネット上での選挙運動も盛んになった今だからこそ目を通すべき一冊でしょう。
 中村氏による著作は岩波ブックレットであり、手に取りやすく読みやすくなっています。在特会による朝鮮学校襲撃事件は、野蛮な側面のヘイトクライムが日本においてピークだった頃に発生した事件でした。カウンターが盛んになった現在ではこのように露骨な事件もなりを潜めつつありますが、一方で政権に就く権力者による丁寧な側面のヘイトスピーチはかえって目立つようになりました。麻生による「武装難民銃殺」が最たる例でしょう。排外主義の行き着く先を、気分が悪くなるほど精巧なタッチで描いています。
 なおヘイトスピーチに関しては以下の2冊も読みやすく参考になります。
 師岡康子 (2013). ヘイト・スピーチとは何か 岩波書店
 安田浩一 (2012). ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて 講談社

 角田由紀子 (2013). 性と法律――変わったこと、変えたいこと 岩波書店
 牧野雅子 (2013). 刑事司法とジェンダー インパクト出版会
 安倍政権がもう1つ立脚するのは女性蔑視的な視点です。まぁこれだって自民党の責任だけじゃないんですけど(以下略)。これは非嫡出子に対する差別的な制度を裁判所に是正するように判決された際の反応であるとか、夫婦別姓制度に対する態度から推し測れるものです。また自民党の今回の公認候補の男女比率からもわかります。
 さて、そこで取り上げるのはとりわけ性犯罪を規制する法律について考察された角田氏の著作です。先ごろ改正された強姦罪が実は性的自由を保護法益とせずに、夫の妻に対する貞操権を保護していたのではないかという主張には説得力があります。
 制度上の性差別もさることながら、排外主義の項でも指摘したように意識の上での差別もその放置は社会に重大な問題を表出させます。その1つを取り上げたのが牧野氏による著作です。これは知人の逮捕を契機として、警察が容疑者と「協働」し「性欲が抑えられなかった故の性犯罪」というレイプ神話を再生産していく過程が描かれています。むろんそれは神話であって事実とは異なるのですが、性差別を是とする警察組織の中ではそれが事実とされてしまい、それが桶川ストーカー事件にみられるような様々な齟齬を生み出す一因となっているのです。
 ジェンダーに関して全く前知識がないという場合には、以下の著作が非常に役に立ちます。
 加藤秀一 (2017). はじめてのジェンダー論 有斐閣
 また社会的な性差別の別の側面を把握するためには以下の著作をお勧めします。
 仁藤夢乃(2014).女子高生の裏社会  「関係性の貧困」に生きる少女たち 光文社

 芹沢一也(2006). ホラーハウス社会 法を犯した「少年」と「異常者」たち 講談社
 芹沢一也(2005). 狂気と犯罪 なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか 講談社
 もう1つ、精神障害者に対する姿勢も取り上げておきましょう。なぜなら、理由はよくわかりませんが安倍首相と日本精神科病院協会が非常に懇意で、晋精会なんて講演会もあるくらいです。マジで理由はよくわかりませんが、日本精神科病院協会は世界の潮流に反し長期入院を推し進めるような方針をとり、悪名高き神喪失者等医療観察法を支持する組織です。故に、日本における精神障害者に対する政策の問題は自民党というよりも安倍首相にダイレクトに帰属される面があります。
 上掲2冊はこのような方針、政策の問題点を平易に理解することのできるものです。

 疑いの力を味方につける
 浜井浩一・芹沢一也. (2006) 犯罪不安社会 誰もが「不審者」? 光文社
 荻上チキ・浜井浩一 (2016).  新・犯罪論 「犯罪減少社会」でこれからすべきこと 現代人文社
 森達也(2015). 「テロに屈するな!」に屈するな 岩波書店
 民主主義国家において権力の監視は主権者たる国民へ課せられた義務であり、その行使は健全な政治を推し進める原動力でもあります。そのためには、政府や権力の一挙手一投足を批判的かつ懐疑的に見つめる必要があります。
 権力が民衆を騙そうとするとき、まず行うのは虚偽の流布による恐慌の誘発でしょうか。とりわけ犯罪という要素はこの目論見に都合よくつかわれる場合の多いものです。しかし浜井氏による2冊は犯罪がもはや民衆にとって脅威とは考えにくいことを端的に示しています。同時に、政府の行う政策がいかに根拠に基づかないか、そしてどのようにエビデンスベースの政策論議を進めていくべきかを考えるうえでも役に立ちます。
 政府が恐怖を煽ろうとするとき、かつての石原慎太郎の「三国人発言」のように犯罪を利用することもありますが、実際にはテロというより限定されたキーワードを利用する場合が多くあります。そのような欺瞞に対抗するヒントを森氏の著作は与えてくれるでしょう。実際に日本では、余計なことさえしなければテロの脅威はさほどでもないのですが、それでも緊急事態条項や強力な防護策が求められる現状もあります。それが本当に役に立つのかという視点も必要ですが、そもそも必要なのかという疑いにも立脚することを忘れるべきではありません。

 浅野健一 (2004). 新版犯罪報道の犯罪 新風舎
 ネットの一部の層では、マスコミが政府を嫌い偏向報道をしているということが「定説」と化していますが、実際には真逆の様相です。いまやマスコミの幹部が首相と会食し、政府の主張を批判抜きで垂れ流す状態です。というか、幹部と会食しておきながらばかすかバッシングされているのだとしたらどんだけ首相根回し下手なんだよという話になりますが。
 浅野氏の著作は、直接的ではないもののこうしたマスメディアが権力とねんごろになった結果の弊害を存分に描き出しています。警察権力と密接に結びつくことでスクープを得ようとする刑事記者の姿は、国会に張り付き議員のご機嫌を取って独自の情報を得ようとする政治部の記者に重なることでしょう。

 荻上チキ (2011). 検証 東日本大震災の流言・デマ 光文社
 ネットのデマという分野では、この一冊がダイレクトに響くでしょう。疑う力といっても、それが明後日の方向へ向かっては意味がありません。本書は東日本大震災に関するものですが荻上氏が指摘するようにデマはパターンを繰り返します。ゆえに事例が異なるデマでもその情報を理解することはデマへ対抗するワクチンとなるのです。

 坂井豊貴 (2013). 社会的選択理論への招待 : 投票と多数決の科学 日本評論社
 最後は、選挙の構造自体を疑おうというものです。小選挙区制が与党有利に働いているのではないかという指摘もありますが、ここではより大枠の仕組みへ疑問を投げかける一冊を提示します。
 一番だけへ票を投じるのではなく、順位を投じることでより細やかな民意を反映しようとするボルダルールを本書では提唱しています。詳しくは『多数決は意思決定手法の欠陥製品であるという話』で取り上げましたが、重要なのは選挙のルールの根幹すら疑うという徹底した懐疑主義的な姿勢です。口を開けて権力の言いなりになるのは簡単ですが、民主主義国家に生きる主権者であれば常に権力は批判的に見つめるものなのです。
 なお同内容の書籍(といってもこればかりは私も読んでいないのですが)に、以下のものがあります。こちらは新書なので入手も容易で読みやすいでしょう。
 坂井豊貴 (2013). 多数決を疑う――社会的選択理論とは何か 岩波書店

 というわけでざっと紹介しました。これらの本を読んでもすぐに選挙に役立つというわけでもありませんが、ここにある知見を下地とすることは必ず政治を論じるうえで役に立つはずです。

【書評】今や世界5位 「移民受け入れ大国」日本の末路: 「移民政策のトリレンマ」が自由と安全を破壊する

今回は三橋貴明という、知る人ぞ知るヘイト本生成者の著書です。基本ヘイト本というのは政治関連の棚に置かれることが多いのですが。やつのものは経済の棚に置かれていた分探しにくかったです。
 さて、本書のほとんどは経済について書かれたものですし、私は経済学者ではないのでその部分の批評は餅屋に任せましょう。私は、外国人犯罪について書かれた第2章後半のみを取り上げます。まぁ、ここのでたらめ具合がわかればほかの部分も信頼できねぇなと判断するに十分でしょうし。

 比べるとこ、そこ?
 まず氏は、来日外国人のデータは公開されているのに在日外国人のそれは公開されていないのは不可解だとぶち上げます。大体において背後に何らかの陰謀を感じされるような書き方がなされるのですが、あくまで警視庁のデータは業務統計なので、十中八九業務上必要を感じられなかったので計上していないというだけの話だと思います。来日外国人は窃盗団など特異な犯罪もありましょうが、在日外国人となるとそういうものもなさそうですし。
 その後氏の議論は、犯罪者の国別の割合へと移っていきます。まず来日外国人の割合を見て、ベトナム人と中国人が多いこと、それは外国人実習生の多さと関連するのだろうと述べています。ここまではまぁいいでしょう。
 しかし次に、三橋は何をトチ狂ったのか「来日外国人の犯罪者数」と「在留外国人の数」を使用し犯罪率を計算し、日本人よりも明らかに多いなどと言い始めます。これは統計に詳しくない者でも、真面目に読んでいるのであればおやと不信感を覚えるべきところです。
 法務省の在留外国人統計には、以下のように統計の対象が定義されています。
(2)統計の対象
 ア 在留外国人
   中長期在留者(注)及び特別永住者
 イ 総在留外国人
   在留外国人及び入管法の在留資格をもって我が国に在留する外国人のうち,次の(ア)から(エ)までのいずれかにあてはまる者
 (ア)「3月」以下の在留期間が決定された者
 (イ)「短期滞在」の在留資格が決定された者
 (ウ)「外交」又は「公用」の在留資格が決定された者
 (エ)(ア)から(ウ)までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された,亜東関係協会の本邦の事務所若しくは駐日パレスチナ総代表部の職員又はその家族)
 (注)中長期在留者
 入管法上の在留資格をもって我が国に在留する外国人のうち,次の(ア)から(エ)までのいずれにもあてはまらない者です。また,次の(オ)及び(カ)に該当する者も中長期在留者にはあたりません。
 (ア)「3月」以下の在留期間が決定された者
 (イ)「短期滞在」の在留資格が決定された者
 (ウ)「外交」又は「公用」の在留資格が決定された者
 (エ)(ア)から(ウ)までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された,亜東関係協会の本邦の事務所若しくは駐日パレスチナ総代表部の職員又はその家族)
 (オ)特別永住者
 (カ)在留資格を有しない人
 法務省在留外国人統計
 一方、警察の資料では以下のように定義されています。
 本資料中の「来日外国人」とは、我が国に存在する外国人のうち、いわゆる定着居住者(永住者、永住者の配偶者等及び特別永住者)、在日米軍関係者及び在留資格不明者を除いた外国人をいう。
 外国人犯罪の検挙状況 警視庁
 つまり、在留外国人は永住者を含む一方で来日外国人は永住者を含まないという定義の混乱が見られるわけです。しかも議論の流れでは、永住が前提とされている日本人と比較をしているわけで、状況の全く違う来日外国人の犯罪と比較することに意味はありません。
無題3

 三橋のように外国人犯罪が多いと主張したいのであれば、在日外国人による犯罪率を出すべきでしょう。しかし、『新・外国人の犯罪は多いのか検証してみた』で論証したようにそもそも日本人との犯罪率の差はほぼありません。ちなみに、数字を見ればわかる通り来日外国人の犯罪率はさらに低く、どうやって計算した結果日本人より高くなったのかは今となっては謎です。おそらく依拠する数字が違うのでしょうが……。あるいはこちらの計算が検挙人員に依拠するからでしょうか?

 伝統芸能:母数がわからない
 議論の核心であるはずの在日外国人の犯罪については、三橋はどこかで見たことのある下手を打っています。それは「在日外国人の犯罪では在日韓国・朝鮮人が一番多い!」というものです。これに対しては一言で話が済みます。元々日本に多いから。以上。
 どこかで見た議論であるのは当然で、本書でも明確に述べられているようにこのデータは坂東忠信が青林堂から出している『在日特権と犯罪』に依拠するからです。リンク先ではそのデマを叩いていますが、これもまた資源の無駄遣いといえるデマ本です。著者と出版社とタイトルで察するべきです。また同様の内容に関しては『中国人が多いなら中国人犯罪者も多いのは当然』『JAPANISM29号・坂東記事を批判する(続・中国人が多いなら中国人犯罪者も多いのは当然)』の方が詳しいかもしれません。
 しかし奇怪なのは、三橋は来日外国人の犯罪に対しては「実習生が多いから」と、おそらく妥当であろう推測をしているにもかかわらず、在日外国人の犯罪となるとそれがスコンと抜けてしまうことです。ベトナム人へヘイトをばらまく気はないので理由を真面目に考えたが、在日コリアンにはヘイトをばらまきたいので飛びついたということでしょう。
 ちなみに、三橋は外国人犯罪のせいで日本の治安がやばいということを言いたげな書き方をしていますが、そのような事実もありません。というか外国人犯罪の割合の少なさは三橋の出したデータでわかることなので、彼はそんなことを書いていて自分で疑問に思わないのでしょうか。

 なぜ特別永住者は強制退去にならないのか
 三橋の議論は、在日コリアンが犯罪を犯しても強制退去にならないのはおかしい、在日特権だという実に月並みなネトウヨの議論で幕を閉じます。しかしこれは、そもそもなぜ在日コリアンに特別永住権が存在するのかという歴史的経緯を無視した議論になっています。
 この点に関しては反「嫌韓」FQA(仮)がわかりやすく解説しているので、必要な部分を引用しましょう。
 終戦後日本政府は朝鮮人・台湾人について、講和条約を結ぶまでは「日本国籍を保持するもの」とする、と規定していました。しかし1945年12月に改正された選挙法には「戸籍法の適用を受けない者(朝鮮人・台湾人)の選挙権および被選挙権は当面の間停止する」という条項が加えられました。翌年の1946年には女性にも参政権が認められた戦後初の普通選挙が実施されましたが、この選挙から朝鮮人・台湾人は排除されました。
 1947年には外国人登録令が施行され、朝鮮人は「日本国籍を保持しているが、当分の間、外国人とみなす」とされました。これにより外国人登録していない朝鮮人が日本に入国することは禁じられ(そのため一旦朝鮮半島に帰った朝鮮人―繰り返しになりますがこの時点では「日本国籍を保持」しています―が再び日本に入国するためには密航という手段を取らざるを得なかったのです)、違反者は退去強制処分も含めた刑罰が科されることになりました。
(中略)
 そして1952年にサンフランシスコ講和条約発効に伴い、在日朝鮮人は正式に日本国籍から「離脱」し(させられ)ました。これにより、在日朝鮮人は日本における法的地位がいっそう不安定になったばかりか、日本国籍保持者として保障されるべき権利も喪失します。たとえば日本人の戦没者遺族や戦傷病者に支給される給付金や恩給には「国籍条項」があり、旧植民地出身者には適用されませんでした。こうした例には枚挙に暇がありません。
 特別永住は在日特権だ?-反「嫌韓」FQA(仮)
 在日コリアンは元来日本人として扱われていたわけで、日本人が強制退去にならないのと同じように彼らも強制退去にならないというだけの話なのです。
 裏を返せば、そもそも日本政府が最初の段階で国籍選択権をばしっと与えていれば特別永住者という存在は生まれることはなかったでしょう。犯罪を犯しても強制退去にならない外国人が憎ければ、半端な政策をした政府にまずは恨み言を言うべきであり在日コリアンへそれを向けるのは筋違いです。もっとも、その場合でも永住権のある外国人を強制退去させていいのかという議論にはなるでしょうが。

 かくして、坂東のデマが坂東と三橋のデマになり、いずれネトウヨ界では有名な「いろいろな資料で裏付けされた」デマとなるのでしょう。ネトウヨの中ではデマは主張と読み替えられます。これが有名な言論ロンダリングというものです。

心理学デマもう2題 俺たちの麻生とディプロマミル

 流行でしょうか。それとも何かもっともらしいことを言うとき、人は素人レベルの心理学の認識を使いたがるのでしょうか。

 俺たちの麻生はオタクの味方か
 麻生太郎財務相は22日、大ヒットして社会現象となっているスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO(ゴー)」に関し「海外での例を見ると、精神科医が対処できなかったオタク、自宅引きこもりが全部外に出てポケモンをするようになった」と発言した。
 23日から中国で開かれる20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に出席するのを前に、成田空港で記者団に語った。人々が積極的に外出するようになる効用を説く趣旨とみられるが、ゲームに熱中している人へのやゆとも受け止められる可能性がある。
 麻生氏「引きこもりが外に出た」 ポケモンGOで発言-共同通信
 この件に関しては、いつも通りオタクの無理筋な擁護がみられますが、発言をよく読むとゲームに熱中している人というよりは言及している人すべてを揶揄している感じになっています。本当にありがとうございました。
 それはさておいて、この発言が問題なのは、記事中には書かれていないのですが、その後「よって精神科医よりも漫画の方が効果がある」と発言していることです。精神科医の治療を軽視しているのか、引きこもりの症状を軽視しているのかは不明ですが、どのみち問題でしょう。
 確かに、引きこもりの治療にポケモンGOが利用できる可能性はあります。というのも、引きこもりの原因はいくつかありますが、そのうち1つは「外に出ることと嫌なことが結びついている」ということにあります。こういうのを専門用語で「外出と嫌悪刺激に連合がある」という風な言い方をします。
 故に、治療ではこの連合を解く、つまり「外に出ても大して嫌なことは起こらない」ことをクライアントに学習させるのですが、理屈で言えば「予測される悪いことを上回るほどいいことが予測される」場合にも、この連合は解かれるかもしれません。少なくとも、外に出ない以上は連合を解くことはできないので、いいきっかけにはなるででしょう。
 しかし、この方法も万能ではありません。ポケモンに興味のある人にしか効きませんし、ポケモンの魅力が嫌悪刺激を下回ればやはり意味がありません。連合が出来ているうちに外に出て嫌なことがあれば、その連合が強化されるだけですし、やはり専門家の介入は必須です。
 こう見ると、麻生氏の発言は、引きこもりがゲームの魅力程度で解決できる問題だと考えていることに問題があると言えるでしょう。日本において引きこもり問題は重要な課題ですが、閣僚レベルがこの程度の認識では解決はまだ遠いでしょう。

 ディプロマミル心理学者のトンデモ理論
 脳梗塞といえば中高年以上の病と思いがちだが、最近20、30代に増えているという。テレビ東京アナウンサーの大橋未歩(発症時34)など、30代前半の発症例も珍しくないが、ここ数年、ゆとり世代の脳梗塞患者が目立つというのだ。
(中略)
 20代半ば~後半のゆとり世代がなぜ突然死するのか。心理学博士の鈴木丈織氏が言う。
 「ゆとり世代の特徴として、親に甘やかされてきたこと、学校の規則も緩く伸び伸び育てられてきました。ストレス耐性が身に付かなかったのです。社会に出て、上下関係や厳しい規則を持った上司、先輩とのやりとり、存在そのものがストレスになっています。同僚と比較されたり、失敗をとがめられるたびに血管の萎縮を加速させているのです」
 ストレスは、睡眠不足や偏食、過食を引き起こす。これもリスクを高める。「甘えじゃないか」と思っても、倒れられては困る。
 「ゆとり世代は、運動会などで競争を避けてきたことからも、比較された経験がありません。営業成績を同僚と比べられるのは、ストレスになる。精神論を説くのはもっての外です。逆に、競争していないから実力以上のことを望むため、仕事を頼むとき、『山田くんにならできると思うから任せるよ。困ったときは僕がバックアップするから』と委ねる姿勢が大事です」(鈴木丈織氏)
 患者数は10年で5割増 ゆとり世代で「突然死」急増のナゼ-日刊ゲンダイ
 わざわざ突っ込む必要のないくらいの文章ですが、一応。
 まず、ゆとり世代がストレスに慣れていないという指摘自体が事実に反します。確かに学校の規則は昔に比べてゆるい部分もありますが、あくまで異常な統制が廃されたにすぎません。競争に関しても、運動会での手をつないでゴールは都市伝説にすぎず、受験・就職競争は苛烈さを増すばかりです。結局のところ、世代によって違うのは受けやすストレスの種類くらいで、耐性があるかどうかは人によるのでしょう。ゆとり世代にとっては、このような記事の存在が大きなストレスです。
 脳梗塞の原因も、ストレスだけではありません。よしんばストレス耐性の低い人がいたとして、脳梗塞になるほどのストレスを受ける環境ははっきり言って異常です。ここで言及されている上司の気遣いも普通のレベルのものですし、こんなのでストレスがたまる上司の下にいる部下はさぞかし大変だろうと思いますね。

 ところで、この心理学博士鈴木某なる人物ですが、まっとうな心理学教育を受けたか怪しいところがあります。
 そもそも真っ当な教育を受けた人間がこのような主張を展開するのがおかしな話ですが、それはさておいて、鈴木氏が心理学の博士号を取得したのはUCユニオン大学というところです。ここ、どうも学位を金で売るディプロマミルで有名な大学のようです。
 なにも根拠のない話ではありません。鈴木氏の経歴を見ると1974年に東大法学部→1978年にセントトーマス大で医学博士号を取得→1982年UCユニオン大学で研究論文で心理学博士号を取得となっています。ディプロマミルは一般的に、(論文を称する)作文と金を事務所に送ることで学位を与えるという手口を取りますから、この「研究論文で」という部分は怪しさ満点です。
 また、法学のしかも学部レベルの教育を受けていない人間がたった4年でいきなり精神医学の博士号を取得できるとは思えません。医学部卒でももう少し時間がかかるでしょうし、心理学部卒が心理学で博士号を取得のもやはりもっと時間がかかります。医学博士からたった4年で心理学の博士号というのも不可能でしょう。
 ちなみに、その1年後に第7回世界精神医学学会ウィーン大会において発表云々とありますが、発表自体は学会員なら誰でもできるので、彼の理論が正しいことの証明にはなりません。論文にはならないレベルの理論に箔をつけるときによく使われる手口です。
 さらにさらに、NPO法人アティスカウンセリング協会、旧親学研究会を主宰し、理事を務めてもいます。『都知事候補たちのトンデモ心理学』でも指摘したことですが、まともな心理学者ならこんなものを推進するはずがありません。よくよく調べてみると、あっちの親学とこっちの親学は違うものみたいなんですが、トンデモな点では大差なさそうですね。

 心理学は専門的な分野のはずなんですが、いかんせん誰にでも心はあるので、みんな揃って分かった気になりがちです。そのために、知りもしないのに何かを言おうとするいっちょかみオジサンが大量に現れることになりますが、皆さんはこんなものに惑わされることなく、無視しましょう。

病名診断をスティグマに使うのはなぜクソか @netgeek_0915 さんへ

 という発言をしておいて、また都知事選の話をするのは忸怩たる思いがあるのですが、やはり看過できない問題が噴出しているので記事を書くことになりました。
 それは、候補の1人である鳥越俊太郎氏に対する、認知症疑惑に関してです。

 ちなみに、今回タイトルに@netgeek_0915とネットギークのTwitterアカウントのIDを張り付けているのですが、こうするとこの記事のタイトルを含むツイートをしたり、RTしたりすると通知が向こうへ行きます(切ってるかもしれないけど)。まともに抗議しても聞くとは思えないので変化球です。
 個人のアカウントにやるのはとんでもない嫌がらせですが、企業のアカウント相手ならこの限りではないでしょう。それでも主義に反するなら、その部分は削除するといいです。

 診断していないのに
 高須クリニックの高須克弥院長が都知事選に出馬している鳥越俊太郎氏を認知症と判断し、病院に行くことを勧めている。
 以前より噂されていた鳥越氏の認知症疑惑。医者が発言したことでほぼ確信に変わった。
 (中略)
 高須院長の一連の投稿は一般人に対する発言であれば問題かもしれないが、今回は都知事に立候補している鳥越氏ということで、公共性から考えても認知症だと言ってのけるのは大きな社会的意義があったといえる。
 【速報】高須クリニックの高須院長が鳥越俊太郎を認知症と判断-netgeek
 ネットギークが、高須氏が鳥越氏を認知症だと判断したと報じています。が、記事の中で高須氏が述べているように、認知症の診断には専用のテストが用いられるので、直接会うことなく判断することは不可能であるはずです。
 病名というのは、一般的にスティグマとして機能します。それゆえ、医師は根拠なくそのスティグマを他人に付与することは避けるべきなのですが、高須氏はそんなことお構いなしなのでしょう。
 無論、高須グループが認知症ケアをやっていることはなんの言い訳にもなりません。直接対峙していない医師による診断で確信に変わる疑惑など存在しえません。
 根拠のないスティグマを張り付けるような発言にどのような公益性があるのかさっぱりわかりませんが、ネットギークには私に見えていない公益性が見えているのでしょう。

 実際、認知症なのか
 では実際、鳥越氏は認知症なのでしょうか。当然、私には判断はできませんが、少なくとも取り沙汰されている「証拠」なるものが取るに足らないものであることは指摘できます。
 上掲記事では、字がまともに書けないと指摘されていましたが、張り付けられている画像の字はヘタながら読める程度のものです。あれなら私の方がへたくそでしょう。第一、字の巧拙は脳機能以外の要因の影響を受けるものですし、認知症に一切関係がありません。
 また、「矛盾した発言やおかしな行動」も証拠として挙げられていましたが、もしそうであれば、多くの政治家は認知症の疑いを向けられることになるでしょう。現に小池百合子氏は、鳥越氏を病み上がりと表現したことを否定したあとに言い訳したりと支離滅裂な言動がみられていますが、彼女を認知症だと疑っている人は見たことがありません。
 都知事選に出馬している鳥越俊太郎氏が2010年のインタビューで、70歳になった自分がボケてまずい状態になっていると告白していたことが分かった。
 テレビ朝日公式動画。ボケのエピソードを語ったうえでそれを老人力だと総括している。
 内容はTSUTAYAで同じDVDを「おっ面白そうだな!」と思って何度も何度も買ってしまい、さらに内容は全く覚えていないので何度でも楽しんで観られるというもの。
 「買って帰ると自分の棚にすでにあって、『ありゃ~』ってなる。1回や2回じゃないよ。何回もある。これは完全にボケだなぁって。でも頭から観ると全然覚えていないからまた楽しめる。だからね、老人になるって悪いことじゃないと思う。楽しめるんだもん。同じものを。これ、すごい老人力ですね」
 鳥越俊太郎氏はさらに言葉を続ける。
 「老人になっていいのは嫌なことがあってもすぐ忘れられること。人間ですから嫌な奴に会うとかありますよね。だから忘れて毎日楽しく暮らせる。まぁ楽しいことも忘れてしまいますけど」
 結局全て忘れるということではないか。一度観た作品に気づかないということはうっかりミスで誰でもしてしまうかもしれないが、何度も、しかも内容を全く覚えていないとなると症状は深刻だ。鳥越氏はこの時点で70歳、今は76歳なので症状はさらに悪化しているはずだ。
 【衝撃】鳥越俊太郎、ボケていることを2010年にカミングアウトしていた-netgeek
 また、鳥越氏自身が語ったボケのエピソードも、認知症と呼ぶレベルのものではありません。同じ本やDVDを買ってしまうのは蔵書家あるあるですし、内容を覚えていないこともあるあるです。人間の脳は、繰り返し見たものを記憶するのは得意ですが、一度だけ見たものを記憶するようにはできていません。映画の内容を覚えていないのも不思議ではありません。
 上掲記事後半部の「自分で自分を論破して」 いると指摘している部分も、わかりにくいものの特別論理に破城はなく、指摘の方こそ意味不明になっていますし、その下の動画の発言も「一般に言われているような脅威はないが、万が一があるので自衛隊は必要」という筋の通った発言な上、鳥越氏も誤解されやすいと思ったのか念を押すように丁寧に主張しているために意図がわかりやすい部分であり、どこが矛盾しているのかわかりません。
 ネットギーク編集部に平均レベルの読解力がないことははっきりとわかりましたが。

 ちなみに、どうなると認知症
 有名な認知症検査に長谷川式というものがあります。ここで行う検査の内容は、現在地や年月日の認識を尋ねる、単純な引き算、野菜の名前をたくさん出すといったもので、主にクライアントの認知能力を確かめるものです。
 また、これが出来ないと日常生活に困るだろうというレベルに設定されており、正常の知能があればだれでも正解できるものです。高須氏が100点をとれるのも当たり前です。
 鳥越氏の言動を見る限り、氏を認知症であると疑う人はおそらく認知症患者に接したことのない人なのでしょう。症状の進行度によりますが、本当に認知症なら喋る内容をある程度は覚えていないといけない演説はまず不可能で、相手の質問を記憶しながら答えを考えるインタビューのような受け答えも困難でしょう。

 認知症だから知事は不可能か
 認知症は自覚症状がなかったり、本人が病気とまでは思っていない場合が多いので鳥越俊太郎氏には悪意は一切なく、ただ純粋に政治をよくしたいという思いで行動しているものと思われる。問題はそんな鳥越氏を担ぎ上げた野党だ。認知症患者を都知事にするなど前代未聞。絶対に阻止しなければならない。
 【速報】高須クリニックの高須院長が鳥越俊太郎を認知症と判断-netgeek
 と記事は締めくくっていますが、ネットギークは大きな勘違いをしています。それは、そもそも認知症だからと言って知事をしてはならないというルールはどこにもないということです。
 無論、そんな知事じゃいやだという人もいるでしょうが、それなら別の人に投票すればいいだけの話です。被選挙権があればだれでも立候補出来、当選する可能性がある、それが良くも悪くも民主主義国家における選挙というものです。
 また、鳥越氏がガン患者であり、体力的に知事は不可能であるという声もあります。氏は既に完治しており、患者ではなくサバイバー、しかも小池氏が表現するような病み上がりというには完治から時間が十分経っていますが、体力に不安があるという有権者もいるでしょう。それならば別の人に入れればいい話です。逆に言えば、そのような大病を経験した人が行政にいることに意味を感じる人は彼に投票すればいいでしょう。
 ちなみにネットギークはこの件に関しても的外れな記事を書いていますが、
 テレビ番組に出演した鳥越俊太郎氏がライバルである小池百合子氏に噛み付いて口論になる場面が放送された。現在、鳥越氏のいちゃもんのつけ方がひどいと非難されている。
 (中略)
 激怒する鳥越俊太郎氏に対してさらりとした口調で端的に反論する小池百合子氏。冒頭は「記憶にない」という発言の後に証拠が提示されたことで小池氏不利と思われたが、鳥越氏が冷静さを失って暴走してしまうことで戦局は変わった。実際に一連のやりとりを見ていた人たちは鳥越氏が勝手に妄想を膨らませていちゃもんをつけているという印象を得ていた。
 小池氏の当初の発言の趣旨「病み上がりの体力面に心配のある人に激務な都知事が務まるのか?」という現実的な問題提起に対して、鳥越氏は「一度がんになったら何もできないと言っている。差別だ」と解釈して食って掛かったのはやはりずれている。
 【放送事故】鳥越俊太郎が小池百合子に「がんサバイバーに対する差別だ」と突然キレ始める-netgeek
 手術がつい最近ならまだしも、最後の手術から10年近い年月が経っているにもかかわらず「病み上がり」と表現されれば、サバイバーへの偏見であると解釈するのは妥当でしょう。このやりとりを見ていて「鳥越氏が勝手に妄想を膨らませていちゃもんをつけているという印象を得ていた」人は、人並みの読解力のないネットギーク編集部くらいなものでしょうね。

 それはさておいて、架空の診断でネガキャンをすることは断じて避けられなければなりませんし、病気だからと言って候補にふさわしくないとはいえません。ダイバー・シティ(ダイバーシティではない)を掲げる癖に韓国学校の建設に反対するような候補よりも、大病を経験した候補の方が弱者にやさしい都政を実行してくれると考えるのも、また1つの判断です。 

セカンドレイプ(というか単なるバッシングというか)乱舞警報

 暗澹とした気分になるような情報が最近連続して入ってきてしまっていますね。

 女子高生の妊娠に対するバッシング
 1つは、妊娠した女子高生に対するバッシングです。
 確かに、若すぎる妊娠や出産は身体経済両面でデメリットが多く、社会的にもあまり推奨はされていません。しかし、本来は年齢に限らず子供を産み育てる権利を人々は持つはずで、周囲にとやかく言われる筋合いはないはずです。
 また、学校は生徒に十分な教育を施す義務があり、その際生徒個々人の事情は最大限酌んでしかるべきでしょう。少なくとも今回の事例でいえば、体育の実技を簡単なレポートに切り替える程度で対処できることであり、また従来も病気などで実技に参加できない生徒にはそのように対処していたはずでしょう。それをせずに参加か退学かを選択させるのは学校側の怠慢に他ならないのですが、なぜこの副校長が新聞記事にあるように当たり前のような面をできるのか理解に苦しみます。
 しかも副校長は、府民の理解などという不確かなものを持ち出して自身の責任をぼかすという卑劣さを見せています。しかし、上掲のような反応が2万RT以上されてしまう現状を考えると、副校長は本気でそう考えているのかもしれません。
 さらに暗い気分にさせられるのは、このようなバッシングを行う人物が、女子高生を妊娠させた男を同じようにバッシングしているところは一切目にしないということです。妊娠は1人ではできないという単純な事実も、彼らの前には無意味なのでしょう。
 とりあえず、高校は誤りを認めたようでよかったですが。

 AV女優の権利問題
 あまり詳しくフォローしていないのですが、ある元AV女優が出演を強要されたとして被害を告発したという事件もありました。
 女性をアダルトビデオ(AV)の撮影に派遣していたとして、警視庁が都内のプロダクション元社長らを労働者派遣法違反(有害業務就業目的派遣)の疑いで逮捕した。モデルへの憧れを巧みに利用したこの種の勧誘は多い。無理やり出演させられたある二十代の女性が「私のように巻き込まれる女性をもう出したくない」と本紙の取材に体験を語った。
 バイト感覚で登録 「AV」記載なく 出演強要された被害女性が証言-東京新聞
 その告発者は、既に現役でなく複数人での告発だったようですが、特定の女優が告発者だと実名を挙げられ、バッシングに晒されているようです。
 別にAV業界に限った話ではないのですが、内部の不正を暴露した人間を裏切者であるが如くにバッシングするということは、巡り巡って自身が所属する組織の不正に直面し不利益を被った時の対策手段を減らしていることになるのですが、バッシングしている人にはそのような意識は全くないのでしょう。
 被害を告発しただけでこのようなバッシングに晒されるののであれば、今後誰も被害の告発などしないのが必定であり、それは自分自身にも言えることです。
 百本以上出演しておいて、今更騙されたというのがおかしいという意見もありましたが、寝言は寝て言えと断じてよいでしょう。今更ではなく、今になってやっと被害を訴えることが出来たのだと解釈すべきです。その点に関しては、ヒューマンライツナウの伊藤弁護士のブログに詳しいです。
 今あふれている批判には、様々なものがありますが、
「そのAV女優さんたちが強要されているように、まったく見えなかった」というものがあるようです。また何年にもわたり、多数の出演を繰り返してきたことを理由に、「強制なんてありえるの?」という意見もあるようです。
 しかし、長期間DVがあっても逃げ出せずにむしろ幸せな結婚生活を懸命に装う人、長期間にわたって会社でセクハラにあっても会社をやめられない人、親から虐待され続けているが施設に逃げ込めない人は、社会のあちこちに存在するのではないでしょうか。
 力を失い、孤立し、抜け出せない、装って自分までも騙し耐えてきた方がいるかもしれない。そういう人たちの気持ちは理解できなくても、せめて、「そういう女性たちがいるかもしれない」その可能性だけでも思いやっていただけること、できないでしょうか? 
 最近、東京新聞で取り上げられたAV強要の被害者のインタビューもやはり、5年で100回以上出演したという話でした。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016061490135710.html
そこにはこんなことが書かれています。。
「誰にも相談できないまま、この状況を招いたのは自分の至らなさのせいだと思い「私さえ我慢すれば」と追い込まれていった。「撮影は次第に過激になった。両手足を縛られ、複数人の男性を相手にした。「自分を守るには、心を閉ざして、忘れるしかない」
そして
「支配され続けることで心が壊れた」
AV強要でなくても、同じように長いこと、DVやセクハラ境遇に置かれて、だれにも相談せずに逃げ出せずにいる人たち、自分さえ我慢すればと笑顔でいることで、なんとかなる、そう耐えている人が、あなたの周囲にもいるかもしれません。
その表面的な笑顔をみたこと、そういう態度でいたことを責めたてることが、問題の根本の解決の役にたつのでしょうか。
 皆様へのお願い・AVプロダクション関連逮捕報道とその余波を受けて-人権は国境を越えて-弁護士伊藤和子のダイアリー
 二次元への表現規制に反対する御仁の口癖は、「そんなことよりも実際の被害を防げ」ですが、今回の事例に際しなにか声を上げたという話は全く聞きません。このこともしっかりと記憶に留められるべきです。
 若い女性がアダルトビデオ(AV)に出演を強要されたという被害が大きく注目をあつめるなか、女優たちの権利を守ろうとする新たな動きが起きている。元AV女優で、作家の川奈まり子さん呼びかけで、女優のための団体が7月に設立される予定だ。
 元AV女優・川奈まり子さんが「女優の権利保護」の新団体設立へ-弁護士ドットコム
 ちなみに、今回の事件を受けて業界も権利団体を設立したそうですが、代表が監督兼社長夫人という、どっからどう見ても制作側の人間なので実行可能に不安しかありません。それを抜きにしても素人に労働問題を解決するのは困難でしょうし、弁護士会や適切な団体を挟んだほうがいいでしょう。

 街頭インタビューはやらせなのか
 このツイート自体、書いてあるようなレベルの想像もできない馬鹿のたわごとなのですが、問題はそこではありません。ぶら下がっているリプライの酷さです。
 顔がアッチの民族っぽいだのなんだのと在日コリアンへのヘイトスピーチで彩られています。マスコミ嫌いのネトウヨには、マスコミの偏向報道が在日コリアンの仕業だという根拠のない妄想が支配的なので、このような発想になるのでしょう。
 仮にやらせだったとしても、このようなヘイトスピーチを垂れ流す正当性にはなりませんし、やらせだったとしたらそれは紛れもなく日本人の仕業でしょうよ。

 と、どこまで知性と品性が下劣なんだと思うような事例ばかりですが、唯一の希望はこのような事例の多くは世の中がよくなる過程で出てきているということです。女子高生の妊娠の件も、新聞は一貫して応援調でしたし、文科省も学校を批判していました。AV女優の件も被害が告発され、警察が動いています。
 願わくば、古い価値観はさっさと一掃されてこの国がもう少しましになってくれればいいのですが。 

【熊本地震】「在日コリアンが犯罪を……」デマにご注意を

 熊本で震度7の地震がありましたね。私はそうと言われるまで気がつかなかった程度の距離に住んでいるので、特に何かあったわけではないのですが。
 そんな状況なので、私個人に出来ることはほとんどないのですが、取り急ぎ、それこそゴキブリか何かのごとく震災直後に大量発生した、「在日コリアンや外国人が犯罪を」というデマについての注意喚起をしておきたいと思います。

 ※関連過去記事
 デマ情報に感染しないためのライフハック

 やっぱり現れたデマ
 このデマ自体は東日本大震災から、さらに遡れば戦前の関東大震災にも登場していた、ある意味では伝統的で由緒正しいデマです。
 つまりこのデマに踊らされる人は93年前から頭の中が進歩していないというわけなのですが、そんな人が大勢見られてしまいました。
 試しに今Twitterをざっと検索しただけで、
 などなど、苦労せずに大量に見つかります(もっとも、それ以上に電波ちっくなツイートも大量に見つかるわけですけど)。
 また、『熊本の地震直後からtwitterを埋め尽くした「朝鮮人に気をつけろ」への吐き気-いち在日朝鮮人kinchanのかなり不定期更新日記
 言うまでもなく、あらゆる災害の被災地において在日コリアンや外国人のものに限らず、犯罪が増加したという報告はありません。

 Twitterで通報するには
 こういった差別扇動の害悪ツイートに対しては、Twitter社が率先して対策してほしいのですが、SNSの運営というのはこの手の対策には腰が重いのが常なので、こちらから働きかける必要があります。
 Twitterでの通報は簡単で、当該ツイートの右下にある「・・・」のアイコンをクリックし「報告」を選択→「攻撃的または迷惑なツイートです。」 を選択し次へ→「嫌がらせや暴力行為に巻き込まれている」を選択し次へ→「その他の方」を選択し次へ→「脅迫、暴力や身体的危害」か「無礼、または不快な行為」を選択し次へ→お好みに応じてブロックまたはミュートを選択するか、何もせずに「完了」をクリックしておしまいです。
 簡単なのでニコニコかYouTubeの動画でも見ながらやったらいいと思います。この手の報告は数が多くなって初めて有効に効きますから、少しでも協力していただけたらと思います。

 もし本当に犯罪を見かけたら
 もしあなたが被災地にいて、犯人が何人かはともかく本当に犯罪を見かけてしまった場合はどうすればいいでしょうか。
 それは当然、警察に通報し対応してもらうか、指示を仰ぐべきです。自分で対処しようとは考えない方がよいでしょう。危険ですし、犯人に対して攻撃すればそれが不法行為とみなされる場合もあるからです。
 同様の理由で、被災地における自警団結成などもお勧めできません。パトロールをしてほしいならまずは警察に要請すべきですし、特に自警団は取り締まりが行き過ぎる場合もあります。現に関東大震災における朝鮮人虐殺の多くは、こうした行き過ぎた自警団の取り締まりによってなされています。

 在日や外国人だけの問題ではない
 関東大震災時における朝鮮人虐殺を捏造とする、周回遅れのデマを信じている人は『関東大震災における朝鮮人虐殺――なぜ流言は広まり、虐殺に繋がっていったのか 加藤直樹×山田昭次×荻上チキ-SYNODOS』や『「朝鮮人虐殺はなかった」はなぜデタラメか』をまずは読みましょう。
 そこを読めば自ずとわかるように、この問題は単に在日コリアンや外国人が被害を受けるというだけではないことがわかるでしょう。
 1つはデマを真に受けた人々が暴行や殺人といった罪を犯してしまう危険。もう1つは在日コリアンや中国人に誤認された日本人が殺されるという危険です。
 特に後者の問題は重大です。日本人の安全のために流布した情報とそれによる活動が、日本人を殺したという愚か極まりない出来事なのですから。
犯罪心理学者(途上)、アマ小説家。カクヨム『アラフォー刑事と犯罪学者』『生徒会の相談役』『車椅子探偵とデスゲームな高校』犯罪学ブログ『九段新報』など。質問はhttps://t.co/jBpEHGhrd9へ
E-mailアドレス
kudan9newbridge@gmail.com
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