九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。

名誉毀損

欲しいものリストを公開しています。
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詳しくは以下の記事をご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/kudan9/archives/55214570.html

自民党に「ネットの誹謗中傷対策」を任せられない沢山の理由

 高市総務相は26日の記者会見で、SNSで誹謗中傷を受けていた女子プロレスラーの木村花さん(22)が23日に死去したことに関し、ネット上の発信者の特定を容易にし、悪意のある投稿を抑止するため制度改正を検討する意向を示した。年内に改正案を取りまとめる方針で「スピード感を持って対応したい」と強調した。
 ネット発信者特定へ制度改正検討 木村花さん死去で総務相が意向-共同通信
 この件です。
 はっきり言って、自民党がこの法案に手を付けるとやばいことにしかならなさそうです。その理由は枚挙に暇がありませんが、とりあえずぱっと思いつくものだけを書き連ねておきましょう。

座長が高市"電波停止"早苗

 自民党は26日、インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷対策を検討するプロジェクトチーム(PT)の初会合を開いた。会員制交流サイト(SNS)で誹謗中傷を受けていた女子プロレスラーの木村花さんが23日に死去したことを受けた対応。悪意のある投稿を抑止するための議員立法を今国会で提出することを目指す。
(中略)
 PT座長を務める三原じゅん子女性局長は会合後、「ネット上の匿名での誹謗中傷は無法地帯といっても過言ではない。厳罰化や犯罪であるという位置付けをしていかないといけない」と記者団に語った。今後PTでは、被害者や有識者からヒアリングなどを実施し、検討を進める。
 自民がネット上の誹謗中傷対策に着手-産経新聞
 まず、この対策が胡散臭い最大の理由は、主導権を握る座長が高市早苗であるということです。
 表現規制問題に関心がある方は聞いたことがあるでしょうが、高市早苗はかつて以下のような発言をしています。
 高市早苗総務相は8日の衆院予算委員会で、放送局が「政治的に公平であること」と定めた放送法の違反を繰り返した場合、電波法に基づき電波停止を命じる可能性に言及した。電波停止に関し「行政が何度要請しても、全く改善しない放送局に何の対応もしないとは約束できない。将来にわたり可能性が全くないとは言えない」と述べた。
 高市総務相「放送法違反続けば電波停止の可能性も」-産経新聞
 与党の政治家、しかも実際に電波停止を行える可能性のある立場である総務大臣が、放送の自由を大きく委縮させうるこのような発言を軽々に行うことは、彼女が表現の自由について厳密に考えていないことの証左です。

自民党が意欲的=碌でもない政策

 そもそも、最近の自民党のふるまいを見れば、彼らが意欲的であることそれ自体が、その政策が碌でもない形になることを予感させます。

 象徴的な例は、やはり検察庁法改正法案でしょう。違法な解釈変更で1人の検察官の定年を無視し、あとからそれを合法化する改正案を「束ね法案」の形で提出し、多くの妥当な法案に紛れ込ませて成立させようとしました。そもそも「あとから合法にするために改正する」などという動き自体が、定年延長のための解釈変更が違法だったことを自白するものなのですが。

 この改正案は市民の強い反対にあり、頓挫しました。その後、違法賭博が明らかになると内閣は前例のない軽度な処分でことを済ませ、その処分の決定プロセスすら正直に説明せず、挙句束ね法案自体をすべて潰すという逆ギレ的な対応に乗り出しました。公務員の定年延長すらまともにできない内閣に、よりセンシティブなネット対策などできるはずもありません。

 それ以外にも、自民党が意欲的な法案はすべて碌でもないと言っても過言ではない有様です。西日本豪雨のときは被災地そっちのけでカジノ関連の法案を審議しました。コロナ禍の現在でも、農家が自分で種子を採取できなくなる種苗法改正案や監視社会を促進するスーパーシティ法案に力を入れています。

 一方、必要な対策を放置するのも自民党政権の常です。まったく役に立たないカビに汚染されたマスクですら、届いたのは市場にマスクが流通し始めたころです。給付金はたったの10万円ですが、それすらまだ届いていません。

 こんな政権が意欲的である時点で、対策の動機を疑わない人間はお人よしすぎでしょう。

実際まともな対策ができていない

 もちろん、ここまで述べた推測(といってもほぼ過去の事実を並べただけですが)だけではなく、直接的に、誹謗中傷対策の類で自民党が碌な仕事をしていないという事実もあります。

 そう、ヘイトスピーチ対策です。

 詳しくは『ヘイトスピーチ規制の理念法すらまともに作れないのか』で述べましたが、自民党はヘイトスピーチを、すでに国連などで広く使われている定義ではなく、「本邦外出身者」などという珍妙な言葉を使って定義しました。

 第二条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。
 本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律

 ここで「本邦外出身者」は、以上のように定義されています。
 実際の運用はともかく、この定義では「本邦外出身」ではないアイヌ、沖縄県民、部落出身者に対する、いままさに起きているヘイトスピーチが規制から除外される恐れが出てきます。また、あくまで出身地域に焦点を置いているので、出身とは関係ない各種障害のある人、セクシャルマイノリティ、セックスワーカーなどの職業といった要素に対する差別にも対抗できません。

 何より、『適法に居住するもの』という文言が見過ごせません。日本にもいわゆる「違法入国者」がいますが、多くは母国にいられない難民であったり、諸般の事情でビザが切れても帰れない人たちです。彼らは犯罪者であるというより、「日本によって違法のレッテルを張られた」人たちです。

 そして、仮に許可のない滞在は違法であり、違法入国者は凶悪な犯罪者であるという非現実的な主張を100%受け入れるとしても、上に引用したような差別的な取り扱いが認められるわけではありません。このような差別(ヘイト"スピーチ"ではないにせよ)を、ヘイトスピーチ規制法は「適法に居住」していないという理由で素通りします。

 もちろん、実際の運用はもう少し弾力的かもしれません。しかし、硬直的な運用によって本来救済されるべき人々を排除できる余地のある定義を持ち出したという時点で、この法案に主導的にかかわった自民党議員たちの罪は重いと言わざるを得ないでしょう。

誹謗中傷と批判の区別がつかない人々

 最後に、この法案を主導しようとしている自民党議員の多くが、批判と誹謗中傷の区別が曖昧であることを挙げておきます。そんな彼らに誹謗中傷対策をやらせたら、十中八九批判を弾圧する結果に終わるでしょう。
EY9ED8iUEAApNwH

 トップバッターは三原じゅん子です。これは引用した画像からすでに明らかであるといえます。同様の勘違いは菅官房長官や柴山前文部大臣も犯していました。

 河野太郎は、自身のTwitterアカウントで自らが大臣を務める省庁の活動を公表する一方で、簡単な批判に対してもブロックで対抗するという運用を行ってきました。直接リプライせずともエゴサしてブロックする徹底ぶりです(その割にブロックされてないですけど、私)。彼も誹謗中傷と批判の区別がついていない可能性があります。

 自民党の誹謗中傷(というか差別)クイーンといえば、やはり杉田水脈でしょう。彼女は「生産性」発言によって雑誌ひとつを潰す「功績」を挙げましたが、自民党は何のお咎めもなしです。彼女の差別発言は枚挙に暇がありませんが、やはり放置されています。自民党という組織自体が、差別と批判の区別が曖昧かもしれません。

 杉田水脈の発言については以下の記事を参考にしてください。
 杉田水脈の『LGBT発言』とその擁護が酷すぎる 前提確認&月刊Hanada編
 杉田水脈の『LGBT発言』とその擁護が酷すぎる 藤岡&小川の双頭編
 杉田水脈の『LGBT発言』とその擁護が酷すぎる その他と新潮社のクズさについて編
 政治問題なのに「政治利用するな」とはこれ如何に 【記事評】黙殺され続けるLGBT当事者の本音(月刊Hanada2019年3月号)
 自民党の石破茂幹事長は2日付の自身のブログで、特定秘密保護法案に反対する市民デモについて先月29日付のブログで書き込んだ「テロ行為と本質においてあまり変わらない」との批判を撤回し、「本来あるべき民主主義の手法とは異なる」と訂正した。
 石破氏は2日付のブログで「整然と行われるデモや集会は、いかなる主張であっても民主主義にとって望ましい」との認識を示し、「自民党の責任者として行き届かなかった点があり、おわび申し上げる」と陳謝した。
 ただ、「一般の人々に畏怖の念を与え、市民の平穏を妨げるような大音量で自己の主張を述べるような手法は、本来あるべき民主主義とは相いれない」とも指摘した。
 石破氏は先月29日付のブログで、国会周辺で連日繰り広げられる特定秘密保護法案への反対デモを引き合いに、「主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」と批判していた。
 石破氏「反対デモはテロ」発言撤回、「本来あるべき民主主義の手法とは異なる」-産経新聞
 安倍首相に批判的であるために持ち上げられることも多い石破茂も、実は同様です。民主的な市民活動を「テロ」呼ばわりし、訂正したものの、「本来あるべき民主主義」は俺が決めるといわんばかりの内容です。

 こうしてみると、自民党議員が全体的に、本来政治家が慎重に扱わなければならない「言葉」に対する認識が雑であると言うべきでしょう。そんな人たちに「対策」の主導権を握らせてはいけません。

痴漢被害者が誤った者を加害者だと主張しても、十中八九名誉毀損にはならないだろう

 痴漢に間違われ、女性に「触られた!」と声をあげられた時の対処法として、「名刺を渡してその場を立ち去る」「駅事務所に連れていかれる前にとにかく逃げる」などのテクニックが昨今知られているが、必ずしも有効ではない。だったら何が有効なのか。
「身に覚えがないのに『痴漢です!』といわれた時には、その場で『名誉毀損で告訴します』とはっきり伝えることをおすすめします」
 と語るのは、最高検検事を務めた日比谷ステーション法律事務所の粂原研二・弁護士である。
 刑法230条には、<公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役もしくは禁固、または50万円以下の罰金に処する>とある。車内、あるいは駅のホームという不特定多数の前で痴漢呼ばわりすることは「名誉毀損」に当たるというわけだ。
 粂原氏によると、具体的な対処法は以下の通りだ。
 女性に痴漢呼ばわりされたら、車内で「何をいってるんですか。私は何もしてません。人違いです」と何度も繰り返し主張する。これは後で「当初は弁明しなかったじゃないか」といわれないようにするためだ。
 それから慌てずにホームに降りる。重要なのはスマートフォンなどを使ってやりとりを録音することだ。「名誉毀損行為があったこと」と「終始否定し続けていたこと」を証拠化するためである。録音は自己防衛行為なので、秘密で行なってよい。
「女性は『お尻を触った』『胸を触った』と騒ぐでしょう。それに対して『やめてください。どういう根拠で犯人だというのですか。名誉毀損で告訴します』とはっきり宣言します。
 違うと主張しているのにその後も痴漢呼ばわりされれば、それは『故意に』名誉を毀損しているということになり、名誉毀損の主張を支える材料になります。『犯人だ』とする理由を聞くことも大切です。
 周囲に最低2人以上の人がいて、やりとりを聞いていることを確認しておきましょう。できれば女性の了解を得て、現場の写真や動画を撮りましょう。冷静にそこまですれば、女性側が『間違ったかな』と気付く可能性が高い」(粂原氏)
(中略)
 それでも不幸にして逮捕されたら、「名誉毀損です。女性も逮捕してください」「私だけ逮捕されるのは納得できない。弁護士を呼んでください」と訴え続けること。起訴され裁判になった場合に、そうして主張し続けていたことや録音などが無実を証明する材料になる。徹頭徹尾、自分の主張を曲げないことが大切だ。
 もちろん、この方法が有効なのはあくまでも身に覚えがない場合である。
「本当は痴漢しているのに名誉毀損で告訴すると、条例違反または強制わいせつ罪に問われるのはもちろん、刑法172条の虚偽告訴罪になり、3か月以上10年以下の懲役という重い罪になります」(粂原氏)
 痴漢冤罪「名誉棄損で告訴すると伝えることが有効」と弁護士-NEWSポストセブン

 これの件です。
 すでにツイートでも指摘していますが、詳しく見ていきましょう。

 名誉毀損の免責要件
 『【書評】名誉毀損 表現の自由をめぐる攻防』で触れたことですが、まず名誉毀損とはどういう罪なのか確認しましょう。
 名誉毀損とは、ずばりその人の名誉を傷つける言説をばらまくことです。故に、名誉毀損であるかどうかを議論するときには、その内容が真実であるかどうかは実はあまり関係がありません。その言説が名誉を傷つけるかどうかが大事です。

 とはいえ、本当に名誉を傷つけるというだけで全ての言説を取り締まっていては、表現の自由が死にます。なので名誉毀損は「こういう時にはセーフ」という免責要件があります。その要件は
①事実の公共性
②目的の公益性
③事実の真実性 または真実と信じるに足る相当性
 の3つです。これをすべて満たしていれば名誉毀損にはなりません。
 つまり、大ウソをついて誰かを貶めれば当然名誉毀損ですし、仮に真実だったとしても極めてプライベートなことを暴露しても名誉毀損になるでしょう。
 裏を返せば、公的な疑惑を暴くような場合には、それが誰かの名誉を貶めたとしても名誉毀損にはなりません。

 痴漢の告発は名誉毀損足りえるか
 では、今回話題になったような「痴漢被害にあった!」という主張は名誉毀損になるのでしょうか。
 まず、このような事例にもいくつかパターンがあることをはっきりさせておきましょう。つまり「痴漢にあった!」には以下のような場合があります。

①被害者が意図してでっち上げた場合。
②被害者は加害者が加害をしたと思っているが、実は人違いだった場合。
③被害者は加害者が加害をしたと思っていて、それが真実である場合。

 ①のパターンが名誉毀損になることは争いがないでしょう。事実の真実性がないわけですから。また③が名誉毀損になりえないことも当然です。単に正しいことを言っているだけなので。むしろ加害者が名誉毀損で被害者を告訴した場合、虚偽告訴罪に問われることとなるでしょう。

 問題は②の場合です。しかし私の見解では、この場合も名誉毀損にはならないと思います。
 なぜなら、名誉毀損は免責要件において、単に事実の真実性ではなく、真実と信じるに足る相当性でもいいと言っているからです。これはある個人が、怠慢と言われない程度にしっかり検証してもなお事実を誤認する可能性は残り、そのような場合まで名誉毀損で裁くことに合理性がないので存在する規定でしょう。

 痴漢で考えれば、例えば満員電車のなかで背後から体を触られたという場合、まず犯人を後ろ手で確保してから痴漢だと周囲に応援を求めることが考えられます。この場合、情況的にまず振り返って犯人を確認して……ということは困難であるため、このようなときに人を取り違えたとしても真実と信じるに足る相当性は認められるのではないかと思います。

 もちろんケースバイケースという側面はありますが、そもそも現行犯で痴漢を捕まえようというところまでいっているわけですから、被害者はある程度確信があって犯人を指摘しているのでしょう。そのような場合には、あまりにも杜撰な犯人の推定が行われるとは思えないので、一般的には相当性は認められると考えられます。

 ちなみに、自明だと思われたので指摘しませんでしたが、犯罪被害を受けていてその加害者がこの人物であるという表明は当然、事実の公共性と目的の公益性を満たすと思われます。

 つまり、少なくとも被害者がはっきりと被害を受けているとわかっている場面においては、まず名誉毀損は成立しないので、そのことであまりビビる必要はないということです。

 少し話はそれますが、現行犯逮捕の状況、とりわけ性犯罪において、あまり被害者に真実性の検証義務を負わせるべきではないということも言えます。例えば、向き合った状態で被害にあい、少し顔を上げたら犯人かどうか判別できたかもしれないという状況も考えられます。しかしこのような状態で、実際に顔を上げて加害者を直視することは裁判官が想定するよりも心理的負荷が高く、被害に直面している被害者に要求すべきではない水準であると考えられます。本来、その者が真犯人であるかの検証は警察や検察が責任を負うべきであり、ここに厳格な検証を要求することは合理的ではありません。

 「刑事告訴をちらつかせろ!」の意味
 結局のところ、名誉毀損の刑事告訴をちらつかせることにはあまり意味がありません。しかしながら、あまり法律に詳しくない人が被害者であった場合、刑事告訴という言葉の重みにひるんで加害者である疑いのあるものを逃がしてしまうかもしれません。

 このような戦法は被害者を恫喝することで告発を妨げるものであり、確かに男性の側に立てばある程度「有効」なのかもしれませんが、しかし痴漢全般を解決しようとするのであればむしろ逆効果と言わざるを得ません。

 今では駅に微物検査用のキットもあることですし、よほど無能な警察でなければ痴漢冤罪で逮捕、有罪ということは考えられません。もちろん全くあり得ないというわけではありませんが、その責任はあくまで無能な行政と司法にあるのであって、その場で犯人を取り押さえた被害者にないことは明白です。

 このような「対処法」の提案は、冤罪の責任を被害者に擦り付けることでもあり、弁護士という立場の人間が言うべきことでは到底ありません。

名誉毀損の判決にはいくつか段階があることすら理解できない右派論壇

 極右雑誌として名高い『月刊Will』2019年1月号に、櫻井よしこ氏による『元朝日・植村隆との裁判 勝訴報告』と銘打たれた記事が掲載されています。今回はその件です。

 そもそも植村対桜井裁判とは何なのか
 記事そのものに触れる前に、この裁判がそもそもどのようなものだったのかを確認しておきましょう。
 桜井よしこ氏は右派論壇で有名なジャーナリスト。氏は戦時中の日本が行った従軍慰安婦問題に関して、これが朝日新聞の捏造であり、この捏造記事のために日本の名誉が傷つけられたと主張していました。
 『朝日新聞』は2014年8月5、6日に「慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます」という報道の点検記事を掲載しました。「吉田清治氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」とし、また「慰安婦と挺身隊の混同がみられた」ことも認めました。
 この点検記事に対して、『読売新聞』や『産経新聞』などの全国紙や多くの週刊誌・月刊誌をはじめとするメディア、さらには政府自民党などの政治勢力が、〈吉田証言はウソ→強制連行はなかった→慰安婦問題は朝日によるねつ造→国際社会にウソを広めた〉という単純な図式で、『朝日新聞』攻撃と、日本軍「慰安婦」問題そのものがねつ造だという異常なまでのキャンペーンを展開しています。
 そもそも吉田証言が日本軍「慰安婦」問題の火付け役だったという認識がまちがいです。吉田さんの問題の著書『私の戦争犯罪』は一九八三年に出版されています。当時、中曽根内閣で、元日本軍将兵らの加害証言が出はじめていましたが、「慰安婦」問題は、とくに社会問題にはなりませんでした。「慰安婦」問題が大きな社会問題、さらには国際問題になったのは、1991年8月に韓国でさんが、元「慰安婦」として名乗り出たことでした。そして同年12月に金さんを含む三人の元「慰安婦」の女性たちが韓国人の元軍人・軍属たちとともに日本政府を相手取って賠償を要求する訴訟を起こしました。このことが多くの良心的な日本の人々に大きな衝撃を与えました。衝撃を受けた一人が吉見義明さんで、吉見さんは金さんの証言を聞いてから改めて防衛研究所図書館に通い関連文書を探し、それを1992年1月に発表しました。これによって「民間の業者」が勝手に連れて歩いただけだという日本政府の言い訳が完全に否定され、日本政府は日本軍の関与を認めざるを得なくなり、日本の国家としての責任が追及されるようになります。
(中略)
 日本軍「慰安婦」問題の研究も実質的にここからはじまりますが、その時に吉田清治証言をどう考えるのかが問題になります。この点は、信頼できる証言としては扱えないというのが研究者の共通の理解となりました。
 当然、吉見義明さんの『従軍慰安婦』(岩波新書、1995年)でも吉田証言はまったく使っていませんし、「河野談話」作成にあたって吉田証言には依拠しなかったことも明らかにされています。ですから、今回の『朝日新聞』の点検を理由に「河野談話」見直しを要求するのはまったくの筋違いと言えるでしょう。
 多くの元日本軍「慰安婦」の女性たちの証言、さらには元日本軍将兵の証言や戦記・回想録、日本軍や政府の数多くの公文書などにもとづいて研究が行なわれ、日本軍「慰安婦」制度の全体構造とそのなかでの女性たちの被害実態が解明されてきました。それらの成果はさまざまな出版物、講演会などで市民に広げられ、元日本軍「慰安婦」の方たちの日本政府を相手取った訴訟においても活用されてきました。
 3-5 『朝日新聞』の誤報で「慰安婦」問題がねつ造されたの?-FIHGT FOR JUSTICE
 しかし実際には、朝日新聞が誤って報じたのは吉田証言の真実性、そして慰安婦と当時の挺身隊の混同という程度の話であり、慰安婦の存在の証明そのものにさほど影響しない要素ばかりでした。そしてそのような誤りは朝日新聞に限らず、朝日批判の急先鋒だった産経新聞もばっちり行っていることがすでに明らかになっています。

 このような背景のなか、桜井氏は植村氏が作成にかかわった記事の中で、慰安婦と挺身隊を混同したことや、証言を聞いた元慰安婦の証言の食い違いを理由に記事を捏造であると繰り返し主張していました。そのため、植村氏は桜井氏のほか西岡力氏や記事を掲載した文藝春秋に対して名誉毀損の訴えを起こしていました。

 勝訴とは言うものの……
 対桜井の裁判自体は、被告の桜井氏の勝訴となり、植村氏は控訴をする構えとなっています。そこで桜井氏のWillに掲載された『勝訴報告』に繋がるというわけです。
 しかし勝訴といっても、その内実は桜井氏の主張をぼろくそに叩くものでした。現に『勝訴報告』の中でも「桜井氏に真実と信じるに足る理由があったと認定された」というような判決が引用されています。

 ここで振り返っておく必要があるのは、名誉毀損に違法性が生じる条件です。『【書評】名誉毀損 表現の自由をめぐる攻防』でまとめたように、名誉毀損では事実の公共性、目的の公益性、そして事実の真実性か真実と信じるに足る相当性の3つが認定されれば違法ではないということになります。
 この相当性というのは「間違ってるのはその通りだけど、これなら真実だと思ってもしょうがないよね」みたいな話で、例えば警察発表を報じたらその発表が間違ってたみたいなときに認定されます(科の判例ではこれでも認められないときはあるけど)。

 つまり「真実と信じるに足る理由があったと認定された」というのは、捏造という桜井氏の主張それ自体は間違っていたということを認定したのとほとんど同じ事です。ジャーナリストとしては「損害賠償を払わなくていいから助かった!」となっても、「私が正しいと証明されたんだ!」と胸を張れるような状況ではないことは確かです。
 櫻井氏が間違いを認めたのはこういうことだ。
 月刊「WiLL」2014年4月号(ワック発行)、「朝日は日本の進路を誤らせる」との寄稿の中で、櫻井氏は「(慰安婦名乗り出の金学順氏の)訴状には、14歳の時、継父によって40円で売られたこと、3年後、17歳で再び継父によって北支の鉄壁鎮というところに連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている」「植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊と結びつけて報じた」と書き、植村氏を非難した。しかし、訴状には「継父によって40円で売られた」という記述はない。「人身売買」と断定できる証拠もない。なぜ、訴状にないことを持ち出して、人身売買説を主張したのか。誤った記述を繰り返した真意は明かされなかったが、世論形成に大きな影響力をもつジャーナリスト櫻井氏は、植村氏の記事を否定し、意図的な虚偽報道つまり捏造と決めつけたのである。
 川上弁護士は、櫻井氏がWiLLの記事と同じ「訴状に40円で売られたと書かれている」という間違いを、産経新聞2014年3月3日付朝刊1面のコラム「真実ゆがめる朝日新聞」、月刊「正論」2014年11月号への寄稿でも繰り返したことを指摘。さらに、出演したテレビでも「BSフジ プライムニュース」2014年8月5日放送分と読売テレビ「やしきたかじんのそこまでいって委員会」2014年9月放送分で、同じ間違いを重ねたことを、番組の発言起こしを証拠提出して明らかにした。これらの言説が、植村氏や朝日新聞の記事への不信感を植え付け、その結果、ピークに向かっていた植村バッシングに火をつけ、油を注いだ構図が浮かび上がった。
(中略)
 櫻井氏が間違いを認めたのはこれだけではなかった。「週刊ダイヤモンド」2014年10月18日号。「植村氏が、捏造ではないと言うのなら、証拠となるテープを出せばよい。そうでもない限り、捏造だと言われても仕方がない」と櫻井氏は書き、その根拠として、「(金学順さんは)私の知る限り、一度も、自分は挺身隊だったとは語っていない」「彼女は植村氏にだけ挺身隊だったと言ったのか」「他の多くの場面で彼女は一度も挺身隊だと言っていないことから考えて、この可能性は非常に低い」と断定している。
 この記者会見は1991年8月14日に行われた。韓国の国内メディア向けに行われたので、朝日新聞はじめ日本の各紙は出席していない。植村氏も出席していない。しかし、記者会見で金学順さんはチョンシンデ(韓国語で「挺身隊」)をはっきりと口にしている。それは、韓国の有力紙「東亜日報」「京郷新聞」「朝鮮日報」の見出しや記事本文にはっきりと書かれている。
 櫻井氏はこの点について「これを報じたハンギョレ新聞等を確認した」と述べている。たしかにハンギョレ新聞には「挺身隊」の語句は見当たらない。しかし、そのことだけをもって断定するのは牽強付会に過ぎるだろう。川上弁護士は、韓国3紙の記事反訳文をひとつずつ示し、櫻井氏の間違いを指摘した。櫻井氏は、間違いを認めた。櫻井氏の取材と執筆には基本的な確認作業が欠落していることが明らかになった。

櫻井氏の22年前の大ウソ
 川上弁護士は最後に、櫻井氏の大ウソ事件について質問した。
 1996年、横浜市教育委員会主催の講演会で櫻井氏は「福島瑞穂弁護士に、慰安婦問題は、秦郁彦さんの本を読んでもっと勉強しなさいと言った。福島さんは考えとくわ、と言った」という趣旨のことを語った。ところが、これは事実無根のウソだった。櫻井氏は後に、福島氏には謝罪の電話をし、福島氏は雑誌で経緯を明らかにしているという。
「なかったことを講演で話した。この会話は事実ではないですね」
「福島さんには2、3回謝罪しました。反省しています」
「まるっきりウソじゃないですか」
「朝日新聞が書いたこともまるっきりのウソでしょう」
 最後は重苦しい問答となった。こうして、70分に及んだ櫻井氏の尋問は終わった。櫻井弁護団からの補強尋問はなかった。裁判長からの補足質問もなかった。
 櫻井よしこ氏が自身のウソを認める!「捏造決めつけ」記述にも重大な誤り-植村裁判を支える市民の会
 現に、裁判では桜井氏側の誤りが厳しく糾弾されています。
 桜井氏の勝訴は、裁判所が「でも真実だと信じるのは仕方なかったよね」と認定してくれたから、要は大目に見られたという程度のことでしかありません。あくまで氏の主張自体はダメダメだったことは明らかになったはずなのです。

 「相当性」を理解できない右派論壇
 ジャーナリストという職業についているにもかかわらず、名誉毀損裁判にまつわる重要な概念である相当性を理解せず、この勝訴を自身の主張が認められたかのように扱ってしまうという桜井氏の在り方は一見異様です。しかしこれは右派論壇の伝統でもあります。
 安倍総理が2月27日予算委員会で「私は菅直人元総理から名誉毀損で訴えられたが、地裁、高裁、最高裁でも完全勝利した。完全に勝利したんですよ」と言及したメルマガ訴訟ついて、どのような内容の勝訴だったのか、地裁、高裁、最高裁の各判決文を入手しましたので、PDFで公開します。
 安倍総理のメルマガ訴訟、菅元総理に「完全勝利」?〜荻上チキが判決文を読む【音声配信&判決文の全文をPDF掲載】
 というのも、かつて安倍晋三首相も野党時代にメールマガジンで、当時の首相だった菅直人氏が東日本大震災の対応において東電に原発への海水注入を止める命令を下したというデマを流布した件で名誉毀損だと訴えられた裁判において、判決では「相当性」を認められただけで事実認定に関しては否定されたにもかかわらず「完全に勝利」などと主張しているからです(詳しくはリンク先の音声配信解説を参照)。
 大ボスの振る舞いがこのザマなので、桜井氏の振る舞いもある意味ではやむを得ないでしょう。

 言論人は言論で戦うべきか
 さて、桜井氏はこの『勝訴報告』記事の中で「もう法廷での戦いはやめて、言論人なら言論で」という趣旨のことを述べています。
 確かに、原則的にはそうでしょう。しかし本件に関しては2つの点であてはまりません。
 この週刊文春の記事で、日本の大学教授として若者たちを教育したいという私の夢は実現を目前にして、打ち砕かれました。そして、激しい「植村捏造バッシング」が巻きおこったのです。「慰安婦捏造の元朝日記者」「反日捏造工作員」「売国奴」「日本の敵 植村家 死ね」など、ネットに無数の誹謗中傷、脅し文句を書き込まれました。自宅の電話や携帯電話にかかってくる嫌がらせの電話に怯え、週刊誌記者たちによるプライバシー侵害にもさらされました。私自身への殺害予告だけでなく、「娘を殺す」という脅迫状まで送られてきました。殺害予告をした犯人は捕まっておらず、恐怖は続いています。いまでも札幌の自宅に戻ると、郵便配達のピンポンの音にもビクビクしてしまいます。週刊文春の記事によって、私たち家族が自由に平穏に暮らす権利を奪われたのです。そして、家族はバラバラの生活を余儀なくされました。私は日本の大学での職を失い、一年契約の客員教授として韓国で働いています。
 神戸松蔭との契約が解消になった後、週刊文春は、私が札幌の北星学園大学の非常勤講師をしていることについても、書き立てました。このため、北星にも、植村をやめさせないなら爆破するとか学生を殺すなどという脅迫状が来たり、抗議の電話やメールが殺到したりしました。このため、北星は2年間で約5千万円の警備関連費用を使うことを強いられました。学生たちや教職員も深い精神的な苦痛を受けました。北星も「植村捏造バッシング」の被害者になったのです。
 「植村捏造バッシング」は様々な被害をもたらした巨大な言論弾圧、人権侵害事件だ-植村裁判を支える市民の会
 1つは、言論とは全く関係のない側面で原告の植村氏やその関係者に被害が生じているということです。この被害の主因となったのは明らかに、桜井氏をはじめとする右派論壇による事実に基づかないバッシングであり、この被害を賠償することを求めるには言論ではなく法廷へ持ち込む必要があります。

 もう1つは、言論で戦えるのはあくまで言論を理解できる相手に限られるということです。きっちりと議論のできる相手を無視して法廷論争へ持ち込めば批判も当然でしょうが、桜井氏はそういう相手ではありません。本件の判決の曲解もさることながら、すでに法廷で否定された「事実」を繰り返し流布する相手には言論で対抗する術はありません。
 平たく言えば、すでにゲームのルールが違うのです。

 法律として名誉毀損であり弁償が必要かどうかという判断と、事実そのものの判断がどうかという話は別物であるということをまずは把握しなければなりません。現状の法律に関してそれすらできていない右派論壇が、戦時中のことに関して正確に論じられるかどうか、その答えは明らかです。

【書評】名誉毀損 表現の自由をめぐる攻防

 今回はちょっといままでに取り上げたことのなかった話題、名誉毀損について書かれた一冊です。

 名誉毀損の免責三要件
 さて、名誉毀損には民事と刑事の2つが存在しますが、刑事で争われることはほどんどないのでこの違いはあまり重要ではありません。重要なのは、名誉毀損がどういうときに成立するかです。
 名誉毀損はその表現が事実であろうとなかろうと同様に成立することが知られています。でもこれでは表現の自由が危ない!ということで「こういうときには免責します」という要件があります。それが
①事実の公共性
②目的の公益性
③事実の真実性 または真実と信じるに足る相当性
 の三要件です。公益性と公共性は実際のところ、あまり議論にならない印象です。③の真実性も、白黒はっきりつきやすいものです。なので問題は、「信じるに足る相当性」とは何かという問題になります。
 もちろん、理屈はわかります。後々の調査や捜査でそのとき真実であると考えられていた事柄が覆ったときにまで名誉毀損を認めていては何も表現ができなくなります。本当に正しい真実が不可知であり、種々の証拠からそれを類するほかない以上真実には一定の不確実性が付きまとい、それに対して全て責任を取ることはできません。そのため、当時真実であると考えるに足りる相当の根拠があれば名誉毀損を免責することは表現の自由を守ることに繋がります。
 しかし判例上、この相当性はかなり厳しく考えられて来ました。例えば本書で取り上げられている判例では、警察の公式ではない発表や、逮捕の現場を取材して記事を書いたものの後の捜査で無罪が明らかになった事件について名誉毀損を認めています。著者によればどうも、公式発表があった場合でそれを参照しなかったときは名誉毀損が認められやすい傾向があるようです。しかしこのような運用は、名誉毀損を避けるためにマスメディアが公式発表を横流しするような報道をするようになった一因ではないかと著者は指摘しています。

 現実的悪意の法理
 現状に利用されている、相当性の基準は不明確で厳しく、表現の自由を守るための防壁になりえていません。そこで著者が提案するのが、現実的悪意の法理の導入です。
 これは平たく言えば、「その報道が対象の名誉を毀損するという意図のもと行われたか、毀損したって構うものかという認識のもと行われた」とみなせれば名誉毀損に当たるとするものです。法学的に言えば「故意または重過失」の基準ということです。この基準は民法で広く使われているので、基準はより明確になると著者は論じています。
 確かに、名誉を毀損してやるという意志があればNGという基準は法律の素人にもわかりやすいものです。ちゃんと取材して書いたはずなのに相当性を認められなくて名誉毀損と断じられてしまったという不公平感も解消されそうです。

 本書はとにかく取り上げられる判例が膨大で、法学に慣れていない人間には読み解くのが大変な印象ですが、表現の自由を考えるときにはぜひ押さえておきたい論点であろうと思います。

 山田隆司 (2009). 名誉毀損 表現の自由をめぐる攻防 岩波書店
犯罪心理学者(途上)、アマ小説家。カクヨム『アラフォー刑事と犯罪学者』『生徒会の相談役』『車椅子探偵とデスゲームな高校』犯罪学ブログ『九段新報』など。質問はhttps://t.co/jBpEHGhrd9へ
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