九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。

名誉毀損

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名誉毀損の判決にはいくつか段階があることすら理解できない右派論壇

 極右雑誌として名高い『月刊Will』2019年1月号に、櫻井よしこ氏による『元朝日・植村隆との裁判 勝訴報告』と銘打たれた記事が掲載されています。今回はその件です。

 そもそも植村対桜井裁判とは何なのか
 記事そのものに触れる前に、この裁判がそもそもどのようなものだったのかを確認しておきましょう。
 桜井よしこ氏は右派論壇で有名なジャーナリスト。氏は戦時中の日本が行った従軍慰安婦問題に関して、これが朝日新聞の捏造であり、この捏造記事のために日本の名誉が傷つけられたと主張していました。
 『朝日新聞』は2014年8月5、6日に「慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます」という報道の点検記事を掲載しました。「吉田清治氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」とし、また「慰安婦と挺身隊の混同がみられた」ことも認めました。
 この点検記事に対して、『読売新聞』や『産経新聞』などの全国紙や多くの週刊誌・月刊誌をはじめとするメディア、さらには政府自民党などの政治勢力が、〈吉田証言はウソ→強制連行はなかった→慰安婦問題は朝日によるねつ造→国際社会にウソを広めた〉という単純な図式で、『朝日新聞』攻撃と、日本軍「慰安婦」問題そのものがねつ造だという異常なまでのキャンペーンを展開しています。
 そもそも吉田証言が日本軍「慰安婦」問題の火付け役だったという認識がまちがいです。吉田さんの問題の著書『私の戦争犯罪』は一九八三年に出版されています。当時、中曽根内閣で、元日本軍将兵らの加害証言が出はじめていましたが、「慰安婦」問題は、とくに社会問題にはなりませんでした。「慰安婦」問題が大きな社会問題、さらには国際問題になったのは、1991年8月に韓国でさんが、元「慰安婦」として名乗り出たことでした。そして同年12月に金さんを含む三人の元「慰安婦」の女性たちが韓国人の元軍人・軍属たちとともに日本政府を相手取って賠償を要求する訴訟を起こしました。このことが多くの良心的な日本の人々に大きな衝撃を与えました。衝撃を受けた一人が吉見義明さんで、吉見さんは金さんの証言を聞いてから改めて防衛研究所図書館に通い関連文書を探し、それを1992年1月に発表しました。これによって「民間の業者」が勝手に連れて歩いただけだという日本政府の言い訳が完全に否定され、日本政府は日本軍の関与を認めざるを得なくなり、日本の国家としての責任が追及されるようになります。
(中略)
 日本軍「慰安婦」問題の研究も実質的にここからはじまりますが、その時に吉田清治証言をどう考えるのかが問題になります。この点は、信頼できる証言としては扱えないというのが研究者の共通の理解となりました。
 当然、吉見義明さんの『従軍慰安婦』(岩波新書、1995年)でも吉田証言はまったく使っていませんし、「河野談話」作成にあたって吉田証言には依拠しなかったことも明らかにされています。ですから、今回の『朝日新聞』の点検を理由に「河野談話」見直しを要求するのはまったくの筋違いと言えるでしょう。
 多くの元日本軍「慰安婦」の女性たちの証言、さらには元日本軍将兵の証言や戦記・回想録、日本軍や政府の数多くの公文書などにもとづいて研究が行なわれ、日本軍「慰安婦」制度の全体構造とそのなかでの女性たちの被害実態が解明されてきました。それらの成果はさまざまな出版物、講演会などで市民に広げられ、元日本軍「慰安婦」の方たちの日本政府を相手取った訴訟においても活用されてきました。
 3-5 『朝日新聞』の誤報で「慰安婦」問題がねつ造されたの?-FIHGT FOR JUSTICE
 しかし実際には、朝日新聞が誤って報じたのは吉田証言の真実性、そして慰安婦と当時の挺身隊の混同という程度の話であり、慰安婦の存在の証明そのものにさほど影響しない要素ばかりでした。そしてそのような誤りは朝日新聞に限らず、朝日批判の急先鋒だった産経新聞もばっちり行っていることがすでに明らかになっています。

 このような背景のなか、桜井氏は植村氏が作成にかかわった記事の中で、慰安婦と挺身隊を混同したことや、証言を聞いた元慰安婦の証言の食い違いを理由に記事を捏造であると繰り返し主張していました。そのため、植村氏は桜井氏のほか西岡力氏や記事を掲載した文藝春秋に対して名誉毀損の訴えを起こしていました。

 勝訴とは言うものの……
 対桜井の裁判自体は、被告の桜井氏の勝訴となり、植村氏は控訴をする構えとなっています。そこで桜井氏のWillに掲載された『勝訴報告』に繋がるというわけです。
 しかし勝訴といっても、その内実は桜井氏の主張をぼろくそに叩くものでした。現に『勝訴報告』の中でも「桜井氏に真実と信じるに足る理由があったと認定された」というような判決が引用されています。

 ここで振り返っておく必要があるのは、名誉毀損に違法性が生じる条件です。『【書評】名誉毀損 表現の自由をめぐる攻防』でまとめたように、名誉毀損では事実の公共性、目的の公益性、そして事実の真実性か真実と信じるに足る相当性の3つが認定されれば違法ではないということになります。
 この相当性というのは「間違ってるのはその通りだけど、これなら真実だと思ってもしょうがないよね」みたいな話で、例えば警察発表を報じたらその発表が間違ってたみたいなときに認定されます(科の判例ではこれでも認められないときはあるけど)。

 つまり「真実と信じるに足る理由があったと認定された」というのは、捏造という桜井氏の主張それ自体は間違っていたということを認定したのとほとんど同じ事です。ジャーナリストとしては「損害賠償を払わなくていいから助かった!」となっても、「私が正しいと証明されたんだ!」と胸を張れるような状況ではないことは確かです。
 櫻井氏が間違いを認めたのはこういうことだ。
 月刊「WiLL」2014年4月号(ワック発行)、「朝日は日本の進路を誤らせる」との寄稿の中で、櫻井氏は「(慰安婦名乗り出の金学順氏の)訴状には、14歳の時、継父によって40円で売られたこと、3年後、17歳で再び継父によって北支の鉄壁鎮というところに連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている」「植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊と結びつけて報じた」と書き、植村氏を非難した。しかし、訴状には「継父によって40円で売られた」という記述はない。「人身売買」と断定できる証拠もない。なぜ、訴状にないことを持ち出して、人身売買説を主張したのか。誤った記述を繰り返した真意は明かされなかったが、世論形成に大きな影響力をもつジャーナリスト櫻井氏は、植村氏の記事を否定し、意図的な虚偽報道つまり捏造と決めつけたのである。
 川上弁護士は、櫻井氏がWiLLの記事と同じ「訴状に40円で売られたと書かれている」という間違いを、産経新聞2014年3月3日付朝刊1面のコラム「真実ゆがめる朝日新聞」、月刊「正論」2014年11月号への寄稿でも繰り返したことを指摘。さらに、出演したテレビでも「BSフジ プライムニュース」2014年8月5日放送分と読売テレビ「やしきたかじんのそこまでいって委員会」2014年9月放送分で、同じ間違いを重ねたことを、番組の発言起こしを証拠提出して明らかにした。これらの言説が、植村氏や朝日新聞の記事への不信感を植え付け、その結果、ピークに向かっていた植村バッシングに火をつけ、油を注いだ構図が浮かび上がった。
(中略)
 櫻井氏が間違いを認めたのはこれだけではなかった。「週刊ダイヤモンド」2014年10月18日号。「植村氏が、捏造ではないと言うのなら、証拠となるテープを出せばよい。そうでもない限り、捏造だと言われても仕方がない」と櫻井氏は書き、その根拠として、「(金学順さんは)私の知る限り、一度も、自分は挺身隊だったとは語っていない」「彼女は植村氏にだけ挺身隊だったと言ったのか」「他の多くの場面で彼女は一度も挺身隊だと言っていないことから考えて、この可能性は非常に低い」と断定している。
 この記者会見は1991年8月14日に行われた。韓国の国内メディア向けに行われたので、朝日新聞はじめ日本の各紙は出席していない。植村氏も出席していない。しかし、記者会見で金学順さんはチョンシンデ(韓国語で「挺身隊」)をはっきりと口にしている。それは、韓国の有力紙「東亜日報」「京郷新聞」「朝鮮日報」の見出しや記事本文にはっきりと書かれている。
 櫻井氏はこの点について「これを報じたハンギョレ新聞等を確認した」と述べている。たしかにハンギョレ新聞には「挺身隊」の語句は見当たらない。しかし、そのことだけをもって断定するのは牽強付会に過ぎるだろう。川上弁護士は、韓国3紙の記事反訳文をひとつずつ示し、櫻井氏の間違いを指摘した。櫻井氏は、間違いを認めた。櫻井氏の取材と執筆には基本的な確認作業が欠落していることが明らかになった。

櫻井氏の22年前の大ウソ
 川上弁護士は最後に、櫻井氏の大ウソ事件について質問した。
 1996年、横浜市教育委員会主催の講演会で櫻井氏は「福島瑞穂弁護士に、慰安婦問題は、秦郁彦さんの本を読んでもっと勉強しなさいと言った。福島さんは考えとくわ、と言った」という趣旨のことを語った。ところが、これは事実無根のウソだった。櫻井氏は後に、福島氏には謝罪の電話をし、福島氏は雑誌で経緯を明らかにしているという。
「なかったことを講演で話した。この会話は事実ではないですね」
「福島さんには2、3回謝罪しました。反省しています」
「まるっきりウソじゃないですか」
「朝日新聞が書いたこともまるっきりのウソでしょう」
 最後は重苦しい問答となった。こうして、70分に及んだ櫻井氏の尋問は終わった。櫻井弁護団からの補強尋問はなかった。裁判長からの補足質問もなかった。
 櫻井よしこ氏が自身のウソを認める!「捏造決めつけ」記述にも重大な誤り-植村裁判を支える市民の会
 現に、裁判では桜井氏側の誤りが厳しく糾弾されています。
 桜井氏の勝訴は、裁判所が「でも真実だと信じるのは仕方なかったよね」と認定してくれたから、要は大目に見られたという程度のことでしかありません。あくまで氏の主張自体はダメダメだったことは明らかになったはずなのです。

 「相当性」を理解できない右派論壇
 ジャーナリストという職業についているにもかかわらず、名誉毀損裁判にまつわる重要な概念である相当性を理解せず、この勝訴を自身の主張が認められたかのように扱ってしまうという桜井氏の在り方は一見異様です。しかしこれは右派論壇の伝統でもあります。
 安倍総理が2月27日予算委員会で「私は菅直人元総理から名誉毀損で訴えられたが、地裁、高裁、最高裁でも完全勝利した。完全に勝利したんですよ」と言及したメルマガ訴訟ついて、どのような内容の勝訴だったのか、地裁、高裁、最高裁の各判決文を入手しましたので、PDFで公開します。
 安倍総理のメルマガ訴訟、菅元総理に「完全勝利」?〜荻上チキが判決文を読む【音声配信&判決文の全文をPDF掲載】
 というのも、かつて安倍晋三首相も野党時代にメールマガジンで、当時の首相だった菅直人氏が東日本大震災の対応において東電に原発への海水注入を止める命令を下したというデマを流布した件で名誉毀損だと訴えられた裁判において、判決では「相当性」を認められただけで事実認定に関しては否定されたにもかかわらず「完全に勝利」などと主張しているからです(詳しくはリンク先の音声配信解説を参照)。
 大ボスの振る舞いがこのザマなので、桜井氏の振る舞いもある意味ではやむを得ないでしょう。

 言論人は言論で戦うべきか
 さて、桜井氏はこの『勝訴報告』記事の中で「もう法廷での戦いはやめて、言論人なら言論で」という趣旨のことを述べています。
 確かに、原則的にはそうでしょう。しかし本件に関しては2つの点であてはまりません。
 この週刊文春の記事で、日本の大学教授として若者たちを教育したいという私の夢は実現を目前にして、打ち砕かれました。そして、激しい「植村捏造バッシング」が巻きおこったのです。「慰安婦捏造の元朝日記者」「反日捏造工作員」「売国奴」「日本の敵 植村家 死ね」など、ネットに無数の誹謗中傷、脅し文句を書き込まれました。自宅の電話や携帯電話にかかってくる嫌がらせの電話に怯え、週刊誌記者たちによるプライバシー侵害にもさらされました。私自身への殺害予告だけでなく、「娘を殺す」という脅迫状まで送られてきました。殺害予告をした犯人は捕まっておらず、恐怖は続いています。いまでも札幌の自宅に戻ると、郵便配達のピンポンの音にもビクビクしてしまいます。週刊文春の記事によって、私たち家族が自由に平穏に暮らす権利を奪われたのです。そして、家族はバラバラの生活を余儀なくされました。私は日本の大学での職を失い、一年契約の客員教授として韓国で働いています。
 神戸松蔭との契約が解消になった後、週刊文春は、私が札幌の北星学園大学の非常勤講師をしていることについても、書き立てました。このため、北星にも、植村をやめさせないなら爆破するとか学生を殺すなどという脅迫状が来たり、抗議の電話やメールが殺到したりしました。このため、北星は2年間で約5千万円の警備関連費用を使うことを強いられました。学生たちや教職員も深い精神的な苦痛を受けました。北星も「植村捏造バッシング」の被害者になったのです。
 「植村捏造バッシング」は様々な被害をもたらした巨大な言論弾圧、人権侵害事件だ-植村裁判を支える市民の会
 1つは、言論とは全く関係のない側面で原告の植村氏やその関係者に被害が生じているということです。この被害の主因となったのは明らかに、桜井氏をはじめとする右派論壇による事実に基づかないバッシングであり、この被害を賠償することを求めるには言論ではなく法廷へ持ち込む必要があります。

 もう1つは、言論で戦えるのはあくまで言論を理解できる相手に限られるということです。きっちりと議論のできる相手を無視して法廷論争へ持ち込めば批判も当然でしょうが、桜井氏はそういう相手ではありません。本件の判決の曲解もさることながら、すでに法廷で否定された「事実」を繰り返し流布する相手には言論で対抗する術はありません。
 平たく言えば、すでにゲームのルールが違うのです。

 法律として名誉毀損であり弁償が必要かどうかという判断と、事実そのものの判断がどうかという話は別物であるということをまずは把握しなければなりません。現状の法律に関してそれすらできていない右派論壇が、戦時中のことに関して正確に論じられるかどうか、その答えは明らかです。

【書評】名誉毀損 表現の自由をめぐる攻防

 今回はちょっといままでに取り上げたことのなかった話題、名誉毀損について書かれた一冊です。

 名誉毀損の免責三要件
 さて、名誉毀損には民事と刑事の2つが存在しますが、刑事で争われることはほどんどないのでこの違いはあまり重要ではありません。重要なのは、名誉毀損がどういうときに成立するかです。
 名誉毀損はその表現が事実であろうとなかろうと同様に成立することが知られています。でもこれでは表現の自由が危ない!ということで「こういうときには免責します」という要件があります。それが
①事実の公共性
②目的の公益性
③事実の真実性 または真実と信じるに足る相当性
 の三要件です。公益性と公共性は実際のところ、あまり議論にならない印象です。③の真実性も、白黒はっきりつきやすいものです。なので問題は、「信じるに足る相当性」とは何かという問題になります。
 もちろん、理屈はわかります。後々の調査や捜査でそのとき真実であると考えられていた事柄が覆ったときにまで名誉毀損を認めていては何も表現ができなくなります。本当に正しい真実が不可知であり、種々の証拠からそれを類するほかない以上真実には一定の不確実性が付きまとい、それに対して全て責任を取ることはできません。そのため、当時真実であると考えるに足りる相当の根拠があれば名誉毀損を免責することは表現の自由を守ることに繋がります。
 しかし判例上、この相当性はかなり厳しく考えられて来ました。例えば本書で取り上げられている判例では、警察の公式ではない発表や、逮捕の現場を取材して記事を書いたものの後の捜査で無罪が明らかになった事件について名誉毀損を認めています。著者によればどうも、公式発表があった場合でそれを参照しなかったときは名誉毀損が認められやすい傾向があるようです。しかしこのような運用は、名誉毀損を避けるためにマスメディアが公式発表を横流しするような報道をするようになった一因ではないかと著者は指摘しています。

 現実的悪意の法理
 現状に利用されている、相当性の基準は不明確で厳しく、表現の自由を守るための防壁になりえていません。そこで著者が提案するのが、現実的悪意の法理の導入です。
 これは平たく言えば、「その報道が対象の名誉を毀損するという意図のもと行われたか、毀損したって構うものかという認識のもと行われた」とみなせれば名誉毀損に当たるとするものです。法学的に言えば「故意または重過失」の基準ということです。この基準は民法で広く使われているので、基準はより明確になると著者は論じています。
 確かに、名誉を毀損してやるという意志があればNGという基準は法律の素人にもわかりやすいものです。ちゃんと取材して書いたはずなのに相当性を認められなくて名誉毀損と断じられてしまったという不公平感も解消されそうです。

 本書はとにかく取り上げられる判例が膨大で、法学に慣れていない人間には読み解くのが大変な印象ですが、表現の自由を考えるときにはぜひ押さえておきたい論点であろうと思います。

 山田隆司 (2009). 名誉毀損 表現の自由をめぐる攻防 岩波書店
犯罪心理学者(途上)、アマ小説家、動画投稿者。カクヨム『アラフォー刑事と犯罪学者』ニコニコ動画『えーき様の3分犯罪解説』犯罪学ブログ『九段新報』など。TRPGシナリオなどにも手を出す。
E-mailアドレス
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