九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。

大量殺人

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大口病院事件 「延命されている人に楽しいことなんてない」は相模原事件の犯人と何が違う

 久保木容疑者の逮捕容疑は16年9月18日に西川惣蔵さん(当時88)の体内に消毒液「ヂアミトール」を混入させ、それに含まれる界面活性剤による中毒で殺害したものだ。西川さんの死亡の2日後には、同室に入院していた八巻信雄さん(当時88)も死亡。血液と点滴から同じ界面活性剤の成分が検出されており、点滴に消毒液を混入したとみられる。被害者は2人に留まりそうにない。
「事件の2カ月前の16年7月中旬ごろから、20人くらいの患者に(点滴への消毒液の混入を)やった」
 捜査関係者によれば、久保木容疑者はそんな供述をしているという。犯行動機に関しては「自分が勤務のときに亡くなると、家族への説明が面倒だった」とし、「自分の勤務中に亡くなるかもしれない容体の悪そうな患者を選んで、消毒液を混入した」などと話している。
 「20人くらいにやった…」大口病院連続死 事件後も規則的に暮らしていた元看護師の狂気-AERAdot.
 少し前ですが、大口病院で看護士が不審死事件の容疑者として逮捕されました。この看護士が「20名くらいにやった」 と供述していることで話題になっています。
 今回はこの事件そのものよりも、その事件に対する反応に焦点を当てます。

 「高齢者延命の実情」とやら
 それはこのモーメントにまとめられた「高齢者延命の実情」というものです。
 そこには確かに、過酷な延命治療の現実が描かれているように見えます。
 しかし、それはあくまでこの看護士という人の目から見たものでしかないことに注意を払う必要があります。

 延命されている患者は不幸なのか
 ここでは、延命されている患者が不幸であることが自明の前提であるかのように描かれています。しかしそれは必ずしも正しくはありません。
 確かに延命治療は苦しいものでしょう。本人の意思に反して治療されているとか、制度上の問題があれば解消すべきです。しかし患者が不幸であるというのは、治療する側から見た一面的な見方にすぎません。治療が苦しいことが常に不幸を結びつくわけではありません。中には、毎日が苦しいながらも生きていることに喜びを見出している人もいるでしょう。あるいは、死ぬのが怖いという一心で苦しみと戦って生きている人もいるでしょう。ここでは年金のために延命される人を批判的に見ていますが、極端な話自分が生きていて家族に年金が入るならそれでいいと思っている人だっているかもしれません。

 そのような個々人の主義や事情を無視して、単に見た目が苦しそうだからとか、自分なら死にたいと思うからという理由で不幸であると断言するのは傲慢といっても過言ではないでしょう。看護をする立場であれば、見た目からはわからない各々の多様な主義があることくらいは想像してしかるべきです。
 誤解を恐れずに言えば、自分がそう考えるから彼らは不幸だ、生きている価値がないと考えることは相模原で障碍者を大勢殺害した犯人の思想と地続きにあるといえます。

 このような議論を目にすると、思い出されるのは『障害者殺しの思想』という一冊の本です。著者は脳性まひ者の団体である青い芝の会神奈川県連の代表です。ここでは母親が脳性まひの子供を殺害し、世間がそれに同情し減刑嘆願をしたという事件が否定的に描かれています。自分も持っている脳性まひという特徴を理由に、その殺害を肯定されてしまえばたまったものではないからです。

 他者の立場に立って考えることは、想像以上に難しいことです。ともすれば自分がこうだからという理由で価値観を押し付け、最悪の場合殺人にまで至る可能性もあります。しかし大切なのは、自分の中にある自明のように思える思想が実は自明ではないことを悟る謙虚さでしょう。もちろんそれだって難しいことですが、幸い『障害者殺しの思想』のような本に学ぶことでその困難を克服することは可能です。

なぜ無差別殺人犯は「誰でもよかった」と言いつつ弱い者しか狙わないのか

 9日午後9時50分ごろ、神奈川県内を走行中の東京発新大阪行きの東海道新幹線「のぞみ265号」(16両編成)内の男性乗客から「包丁を持った男がいる。1人がけがをしている」との110番があった。新幹線は緊急に小田原駅で停車し、駆けつけた県警小田原署の署員が、切りつけたとみられる男を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。3人が刺されて小田原市内の病院に運ばれ、男性1人が首の右側を切られて死亡し、20代とみられる女性2人が頭や肩に重傷を負った。
 男は自称・愛知県岡崎市蓑川町、無職、小島一朗容疑者(22)で、小田原署の調べに「むしゃくしゃしていた。誰でもよかった」と容疑を認めているという。
 刺され男性死亡 22歳男を逮捕「誰でも」-毎日新聞
 この件です。
 このような事件での「誰でもよかった」という言葉は、もはやテンプレと化しているところもありますが、こういう反応を聞いた人々が以下のように反応するのもまたテンプレとなりつつあります。

 犯罪者からすれば当然の選択だ
 しかし、誰でも良かったといいつつ弱い者を狙うのは、犯罪者の立場に立って考えればむしろ当然の選択と言えるでしょう。

 今回のような無差別殺人事件の多くは、その事件で裁かれたり、あるいは射殺されたりすることを目的とする「拡大自殺」であると同時に、社会に対する復讐という意味合いも込められています。例えばアメリカで起こる学校での銃乱射事件がなぜ学校で起こるかというと、加害者が学校で起きたいじめなどをきっかけに学校に対して復讐心を抱いていたからです。
 復讐というのであれば自分を傷つけた個人だけを狙いそうなものですが、実際にはそうはなっていません。これは殺人犯の中で恨みつらみが膨れ上がるうちに、復讐対象が広がり「傷つけてきたやつ」から「そいつの通う学校」にまで達するからです。大阪池田小を襲った犯人は、自分の人生がうまくいかないことを社会のエリートという漠然とした対象に求め、復讐対象を自身がかつて入学できなかった、エリートを育てる学校である池田小へ求めました。

 無差別殺人が復讐である以上、それは実質的には無差別ではありません。おおざっぱでも殺したい人間がいるのと同時に、とにもかくにも殺すという目的は達成したいという願望がそこにはあります。ゆえに、誰でも良かったといいつつ襲いやすい弱者をまず狙うということが起こるのです。犯罪者の立場に立ってみれば、失敗続きの人生の幕を引く復讐劇が、やはり失敗に終わったとすれば悲劇的にもほどがあるというものでしょう。無差別殺人を実行する立場であれば、少なくともそのような事態は避けようと思うはずです。

 無差別殺人は防げるか
 この事件をきっかけに、新幹線におけるセキュリティが議論されることになるかもしれません。しかし新幹線の乗客すべてに荷物検査を義務付けることは非現実的でしょう。
 そのような、一時期活発に報じられた「ソフト・ターゲット」に対するセキュリティの難しさを抜きにしてもこのような無差別殺人を防ぐことは困難を極めます。第1に、復讐の対象としてそのターゲットが殺人犯の中で明確にされてしまっている場合、どのような障壁を設けようとも乗り越えてくる可能性があるからです。そのターゲットに攻撃することが復讐の最大のポイントである場合、現実的に実行される防犯対策はどのみちすべて、大した障害にならないのです。
 第2に、復讐のターゲットがあまり明確でなくぼんやりとしているのであれば、相対的に実行が簡単な場所で起こすだけだろうという予想ができます。殺人犯の第一の目標は復讐を成功させることのなのであり、特にこだわりがないなら難易度の高い場所で実行する必要性はどこにもありません。新幹線がだめなら在来線を、それがだめなら路上で……というようにどんどん場所を変えるだけです。そしてあらゆる場所のセキュリティを万全にしても、結局相対的に監視の緩いところを見つけて実行するだけです。
 今回のような無差別殺人を防ぐには、セーフティネットの拡充などといったもっと間接的で分かりにくい政策が必要でしょう。もっとも、それでもこの手の事件は0にはならないと思いますが。

 本当に「誰でも良かった」のか?
 一方で、警察の調べで出てきたという「誰でも良かった」という言葉が本当に容疑者の本心であるかは慎重に検討される必要があるでしょう。
 普通、人は殺人にまで至った自分の心を描写し言語化するための語彙や技術をもちません。ほとんどの人が経験しないことだからです。そのような状況でも警察からは動機を聞かれます。そのとき、人は昔自分が見聞きした言葉を援用し、自分の心にあてはめます。それが例えば「誰でも良かった」なのです。
 この手の言葉は枚挙に暇がありません。「遊ぶ金が欲しかった」「むしゃくしゃしてやった」「性欲が抑えきれなかった」「反省はしているが後悔はしていない」などなど……。

 同時に、取り調べが容疑者と警官の相互作用で展開していくものであり、捜査を進めるために事件のストーリーをはっきりさせたい警察が容疑者の内心を誘導することもあるということを押さえておかなければいけません。牧野雅子氏の『刑事司法とジェンダー』ではこの辺がはっきりと書かれているので一読をお勧めします。
 裁判をする際に「被告人はこういう理由で事件を起こしたのです!酷い奴だ!」と言いたい検察や警察は、容疑者に動機を求めるわけですが、容疑者の全員がそれを適切に表現できるわけではありません。しかしその表現をちんたら待っていては事件を一生処理できません。そこで「むしゃくしゃしてたんだろ?」「誰でも良かったんだろ?」と促し、容疑者がうなずいたらそれを発表するというやり方で聴取が進められるという側面があるのです。

 容疑者の本心なんてものは、一記者が容易に知ることのできるものではないでしょうが、それでも警察発表を鵜呑みにして容疑者像を作り上げていく行為、そしてその報道を無批判に受け取る迂闊さからは距離をとるべきでしょう。

九段新報過去記事で振り返る安倍政権の5年間

 衆議院総選挙が今度の日曜日に近づいています。今回は九段新報の今までの記事を振り返りながら、安倍政権が主に犯罪分野でどのような姿勢をとってきたかを明らかにしていきます。
 というのも、期せずして九段新報が始まったのは第2次安倍政権スタートの半年後である2013年9月。以降の歩みはほとんど安倍政権を批判したりひっぱたいたりという中にありました。まぁこれは安倍政権というよりもそれを支持する立場に立つ産経新聞を批判していたら自然とそうなったという感じが強く、直に政権批判をすることはあまりなかったと思いますが。
 というわけで、話題をわかりやすくするために分野別に過去記事をまとめつつ振り返りましょう。
 なお同様のコンセプトの記事には『自民党を支持するべきではない犯罪学的な理由』があります。

 大臣のあれこれ
 松島みどり新法務大臣の発言を見る
 続・松島みどり新法務大臣の発言を見る
 山谷えり子国家公安委員長とは何者か
 このブログが直にとりあげた大臣は2名。1人は法務大臣の松島みどり氏、もう1人は国家公安委員長の山谷えり子氏です。ちなみにこの記事を書いているときに調べたら、過去記事のタイトルが「山谷」ではなく「山村」になっていました……。おいおい。
 松島氏に関しては、刑務所における受刑者への宗教的配慮、つまり宗教上の理由で食べられないものに配慮することを「逆差別でずるい」などと表現していたことがきっかけで取り上げました。議事録を調べるとほかにも、犯罪者の人権が二の次三の次だとか、韓国人は危ないだとかとてもではありませんが法務大臣とは思えない発言がぼろぼろ出てきます。最終的にはうちわというある意味ではどうでもいい理由で法務大臣を辞任しています。
 とはいえ、後述の山谷氏が強烈すぎるせいなのか私自身はそこまで松島氏を強く批判はしていません。確か逆差別云々に関しては撤回してますし、出所した元受刑者の就労が重要であることを理解しているのは評価できます。
 問題はどちらかといえば山谷氏のほうです。記事にも書きましたが、氏は排外主義団体である在特会と近しく、思想もそちらの方向へ偏っています。また謎理論による中絶反対、性教育反対という極右の見本のようなイデオロギーの持ち主といえます。特に性教育に関しては「過激な性教育・ジェンダー教育実態調査プロジェクト・チーム」事務局長として活動、異常な性教育が行われていると虚偽の報告をするといった行為を行いました。
 大臣という要職につく人間は、いわばその政権の主義主張をある程度は反映していると考えるべきです。この2人を要職につける政権の姿勢は、人権の基礎を理解できていないという疑念を抱かせるに十分なものです。

 性教育
 なでしこアクションよ、それじゃあ性暴力の予防は無理だ
 清く美しい家庭はどうか知らないが性犯罪者は待ってくれないよ?
 前述の山谷氏の話に関連して、性教育の話も上げておきましょう。日本の性教育は遅れていると指摘される渦中にあって、政府は何を思ったか女性手帳を配って計画的な妊娠出産を促そうというあらぬ方向へ突っ走っていきました。選択的夫婦別姓すら認めず、子供を産み育てやすい環境を整える気が一切ないが故の小手先です。
 安倍晋三と性教育というと、これは安倍政権下の話ではないものの真っ先に思い起こされるのが七生養護学校事件です。これは独自の手法を用い知的障害のある子供たちへ性教育を行っていた七生養護学校へ自民党会派の都議が押し入り妨害を働いたり、教材を押収するなどした事件です。これを契機として誕生したのが前述の「過激な性教育・ジェンダー教育実態調査プロジェクト・チーム」であり、この座長を務めたのが安倍晋三でした。政治家であれば政治の教育への不当な介入を批判すべきところ、むしろ嬉々として自身のイデオロギーを押し通すきっかけとしたのでした。
 このような姿勢は、女性手帳を巡る騒動などを見る限り現在の安倍政権にも引き継がれているとみていいでしょう。

 相模原大量殺人事件
 相模原の大量殺人について
 「措置入院でなぜ防げなかったのか」が無意味なわけ
 相模原の犯人が○○であることは事件と関係ないよ?
 相模原の事件では、犯人が首相と衆議院議長あての手紙をかつて持参し、その中で罪を許してもらうように依頼していたことが明らかになっています。これだけであれば犯罪者の妄言と退けることもできますが、実際に事件後首相は特段何も声明を発していません。いつもは「国民を守る」と血気盛んであるにもかかわらず、実際に国民が傷つけられた大事件であったのにかかわらずです。
 その後の政府の対応は、措置入院を見直すという明後日の方向へ向かいました。記事中でも指摘していますが、相模原の事件は措置入院をいくら厳しくしても防げなかった公算が高いものです。入院したあとに正常の範疇へ回復した犯人を入院しておく理由はなく、これを防ごうと思えば正常な人間でも怪しければ病院のベッドへ括り付けろという話になります。
 これも結局は、政権が5年間で振りまいてきた差別の行き着いた先なのでしょうか。

 沖縄と米軍基地
 沖縄と米兵のレイプ
 沖縄・元米兵の殺人事件で同じ詭弁を繰り返す人々
 やっぱり地位協定は破棄すべき
 宮古島市・石嶺かおり市議への辞職勧告は異様 反発に見る「性犯罪不安へのバッシング」
 沖縄・米兵の性犯罪もセカンドレイプの対象になる国
 沖縄ヘイトクライムと政府の姿勢
 政府の姿勢を犯罪と絡めて最も批判したのは、もしかすると沖縄での様々な事件での記事だったかもしれません。沖縄が理不尽な犯罪に苦しむとき、その陰には常に政府の影があったとみていいかもしれません。あまりにも事例が増えたために「米軍の犯罪」というタグを追加したくらいです。
 沖縄の事件が深刻化する背景には、やはり日米地位協定があります。地位協定自体は他国へ軍隊が赴く際に結ばれるごく一般的な協定であったとしても、沖縄においては過度に乱用されている印象があります。沖縄にある米軍基地が国防上重要であると考えるのであれば、政府は沖縄の負担を軽減し持続可能を高めるべきでしょうが実際には放置を決め込んでいます。政府が適切に対応すれば防げたダメージも多くあったことは想像に難くありません。
 その姿勢が支持者に伝わったのでしょう、沖縄を取り巻くデマとヘイトには目を疑うものも多くあります。その代表的な扇動者が百田尚樹と橋下徹というわけです。
 自分たちで下地を作っておきながら、いざ事件が起こるとさも沖縄に原因があるように扇動する。国土を明け渡し同胞を貶めることで成立する保守政治とはいったい何なのでしょうか。

 外国人実習生
 「人」を取り締まっても意味がないことの好例
 政府は外国人に技能を学んでもらうという名目で低賃金労働者を受け入れる「技能実習制度」を導入しています。その労働環境たるやブラック企業が白く見える惨状であり、当然の帰結として失踪者が大量に出てくることとなります。
 そのため安倍政権は制度の適正化名目でいろいろと小手先の変更をしているようですが、元々の制度に無理があるので焼け石に水という状態です。まぁ、日本人がきちんとした労働環境で働けていない社会で外国人がどうなるかなんて言うまでもないことですが。
 なお記事ではいかにも治安に悪影響があるかもしれないという風に描かれていますが、皮肉というかなんというか、その可能性はないに等しいのも事実です。外国人だから危険だろうというのは安直に過ぎます。

 朝鮮学校と韓国人関連
 「ウヨマゲドン」はジェノサイドの予兆である 大げさでも何でもなく
 (特定の)外国人排斥を煽る産経の靖国神社報道の異常さ
 【靖国爆発シリーズ続報】警視庁「韓国人関与ない」VS産経「犯人は韓国人」
 新・外国人の犯罪は多いのか検証してみた
 差別主義者は無限の証明を要求する
 ヘイトスピーチ規制の理念法すらまともに作れないのか
 第二次安倍政権で最も後退したものは人権と平等思想ですが、その悪影響をもろに受けたのが在日コリアンや韓国にルーツを持つ(とされた)人々です。その悪化ぶりは、民主党政権時代の東日本大震災で流れたデマが「外国人犯罪の横行」だったのに対し安倍政権の熊本地震では「朝鮮人が井戸に毒」にまで変化したことに表れてます。
 その差別主義の極点がウヨマゲドン、去年7月に在日コリアンが在留資格を失うとするデマが流れ入管に通報が殺到した事件であり、別の側面が一応は全国紙である産経新聞が靖国放火事件の犯人を特定前から外国人であるかのように報じた事例です。また政府による差別の最たる例が朝鮮学校の補助金排除でしょう。
 世間に差別が蔓延するとき、これを押しとどめるのも政府の仕事ですが、政府が実際に行ったのは防ぐどころかこれを煽るということでした。野党に法案を提出され、これが可決するのが癪に障ったのか急造でヘイト防止法案を作り上げますが、国連などの使用する一般的な定義ではなく「日本以外の国または地域の出身者で適法に居住するものを、排除することを扇動する不当な差別的言動」という珍妙な定義を示す始末です。

 こうしてみると、安倍政権の問題点の多くは人権の軽視と差別主義に貫かれていることがわかります。これは絶望的なことですが、一方では希望かもしれません(小池新党のことではなくて)。ヘイトスピーチ研究の多くが、ヘイトスピーチはネット上のごくわずかの勢力によってなされていることを明らかにしています。これらの差別的な政策も同様だとすれば、そのごくわずかの勢力が結集しているのであろう安倍政権を追い落としさえすれば状況は好転する可能性があるということでもあります。

長谷川豊が千葉一区&比例代表で出馬するようなので過去の暴言を蒸し返しておく

 第48回衆院選が10日に公示された。街には候補者のポスターが貼られ、選挙カーが走り回っている。東京都知事・小池百合子氏が代表を務める希望の党の結成、民進党の希望の党合流、立憲民主党の立党……政局は日々めまぐるしく変化している。
 そうした中、日本維新の党からの公認を受け、千葉1区から出馬した元フジビテレビアナウンサーの長谷川豊氏がウェブの一部で話題となっている。おそらく多くの読者は周知のことだろうと思うが、国会議員を決める需要な選挙を前に、改めて振り返っておきたい。
 長谷川豊の「自業自得の透析患者を殺せ」という主張に変化なし。「8割の女はハエ」「60歳以上は選挙権剥奪」発言も-Wezzy
 これの件です。
 政治家として備えるべき資質、備えるべきではない特徴というのは立場によっていろいろあると思いますが、民主主義国家の国会議員になるうえで備えるべきでない資質としてまず挙げるべきは「差別主義にまみれていないこと」でしょう。これは立場上どうこうというよりも、前提です。民主主義国家を成立させるうえで、基本的人権を尊重することはイデオロギーを超えた前提であり、これを備えない人物はほかの要素がどうであれ議員として立つ資格は全くありません。
 長谷川豊という人物は、そういう意味では議員としての資質を欠く人物の筆頭候補というべき人物です。そのような人物を公認し、かつ比例代表の名簿にも組み込む維新の会の政治に関する姿勢も十分に問われるべきでしょう。
 というわけで今回は、本ブログで今まで取り上げた記事を振り返りながら、長谷川豊の発言をまとめこの人物がいかに政治家としての資質を欠くかという話をしていきます。そのような論点では上掲記事や政治家レイシズムデータベースなども取り上げていますが、ここは犯罪学ブログなのでそのような論点を中心に話を進めていこうと思います。

 暴言その1 超ありきたりなレイプ神話
 しかし、この女性、かなりキレイ…ではなく、山口氏もFacebookで疑問を呈していたのだが、そもそも…
 なんでこのタイミング?
 なのだろうね。
 「性的被害にあった」と主張する女性には、私は基本的に「その話を信じる前提」で話を聞くようにしてきた。私自身、何度も性的被害を受けた女性本人にインタビューをしている。
 性的な事件は絶対に許すことは出来ないし、私は個人的に彼女が主張しているホテルの防犯カメラの映像などは、可能であれば公開すべきではないかと考えている。彼女が薬物を使って昏睡状態にさせられ、レイプされたのであれば、それは許してはいけない犯罪だ。 が、同時に山口氏の投げかけた
「なぜこんなタイミングで?」
 という疑問にも、この女性には答えてほしい気はする。
 基本的にどっちでもいいのだが、この「自称」被害女性は「なんでこのタイミング」だったのだろう…-本気論本音論
 『「なんでこのタイミングで?」と思った人はレイプ神話と親和性が高いよ』から。フリージャーナリストの女性が強姦されたという事件に関してです。この事件に関しては『山口敬之の強姦事件、不起訴相当はなぜ?』『「強姦被害者が処女かどうかは捜査に必要な情報」という主張』などもご参照ください。
 どっちでもいいと言いながらこんな記事を書いちゃうあたり、全然どっちでもよくないことがまるわかりな恥ずかしい文章ですが、単に恥ずかしいのはそれだけではありません。
 性犯罪被害の告発に何らかの意図、要するに加害者とされた男性を貶めるためだとか金銭が欲しいからだといった背景を妄想してしまうのはレイプ神話の極めて典型的な事例です。実際には性犯罪の告発にはそれ相応の決意と被害のダメージからの一定の回復を待たなければならず、被害の直後の告発に至らないケースも多く存在します。ゆえに、告発が被害からかなり遅れたとしても別段そこには意図なんてないことが大半です。
 まぁ仮に絶妙なタイミングで被害をカミングアウトし、加害者に最大限のダメージを与えてやろうと被害者が画策していたとしてもそれ自体責められることでもない気がしますが。
 また今回の事例では被害者は検察審査会に申し立てのできる期間内に申し立てをしているというだけの話であり、そこにケチをつけられるいわれもありません。
 ルールに則ってなされた申し立てにすらいちゃもんをつける人間に政治家が務まるでしょうかね。

 暴言その2 人権なんてくそくらえ
 私、もっと苦しめて全然いいんじゃないのって考え方の人間なんですが、私がおかしいんですかね? もしですよ? もし、私の嫁さんや娘が同じことをされたとしましょう。
 私、絶対にこの程度じゃ済まさないぜ?
 そのレイプ犯、その殺人鬼、裁判所なぞに任せませんぜ? 絶対に自分の手でヤるわ。そんなゴミクズ。
 【長谷川豊】「死刑反対」の人権派は「死刑」の根本的な意味を分かっていないんじゃないか?
 『長谷川豊なんかの発言をまともに聞いちゃだめだよ? 前編(死刑の話)』からです。
 死刑囚に対する発言です。この発言をした段階では彼はまだ単なる一私人でしたが、国政への進出を考える人間のものだとするとかなりうすら寒いものがあります。
 政治や法律の基本的な考え方ですが、警察機構の執行する逮捕や家宅捜索、あるいは司法による断罪と刑罰というのは多かれ少なかれ人権侵害行為です。故にその行使には極めて厳重な制約が課せられています。そしていかに残忍な犯罪者であるといえども人権はあるのです。そう簡単には殺せないのです。
 国会議員となり権力をふるう人間が、犯罪者は残忍に殺せということはどのようなことを意味するでしょうか。それは、ある理由があれば最低限の人権制限以上のことをしてしまえと主張しているということです。つまり彼は、それが正当化できると自分が考える理由さえあれば、人権なんか無視してこちらを殺しに来るということです。そしてこの「理由」というのは、いくらでも延長可能なものなのです。この辺の思想は彼のいう「透析患者は殺せ」によく表れています。
 なお彼はこの記事で「人権派弁護士」のような人々を指し「手ぇ、抜いてんじゃないよ」などと偉そうに語っていますが、どんな残虐な者、それこそ長谷川豊のような人でなしにすら人権があるという根源的矛盾に真正面から立ち向かわずに安易な回答に飛びつく彼こそ手を抜いていると非難されるべきでしょう。

 暴言その3 「人殺しは大嫌いだ、死ね!」
 「これから取り調べが進み、動機の解明が待たれます!」
 というリポート。
 う~ん。まぁ、そのリポート自体を否定するつもりはないのですが、私個人の感想では……この事件って……
 圧倒的な障がい者であるバカが普通の障がい者の方を殺害した事件
 と認識しています。本音ベースで言えば、皆さんもそうなのではないでしょうか?
(中略)
 私は「動機の解明」なんて待たないでいいと思っています。税金の無駄使いは辞めて、とっとと殺すべき。飯食わす金がもったいないです。
 【長谷川豊】相模原の一件は「動機」を考察する必要があるのだろうか?-教えてgoo!
 『長谷川豊なんかの発言をまともに聞いちゃだめだよ? 後編(相模原のやつ)』より。
 こんな短い記事で論理矛盾を起こすという偉業を成し遂げる長谷川豊の姿です。相模原の事件というのは、要するに恣意的な基準で生きるべきではないと判断した人物を殺して回ったというものなのですが、その事件に関する考察の結論が「こんな異常者殺してしまえ」では自分もその犯人と同類だと言っているようなものでしょう。
 まあ実際、上掲の死刑の話とか透析患者への発言を鑑みるに、マジで同類なのでしょう。方向が障碍者に向くか犯罪者や重病患者に向くかの違いでしかありません。
 なおこの記事は、これに続く彼の支離滅裂な弁明も見ものです。政治家になったら麻生ばりの失言王になるだろうことは想像に難くありません。

 暴言その4 道徳と法律の区別もできない
視点2 ~なんでこの被告の奥さんは罪に問われないんだ?~
 昨日明らかになったわけですが、この奥さん、そもそもかなりノリノリで不倫しています。記事にもあるように、コスプレプレイなども興じていたとのこと。それが、どの辺りだったのか……心境が変わったのか「私はセクハラされた」「肉体関係を持った」と告白しています。これは女性自身が自分から告白していることが明らかになりました。
(中略)
 この犯罪行為、局部を切り取られた被害者男性弁護士を同情する気はないですし、あまりにも過剰な凶行に及んだ被告男性を擁護する気もないですが……この被告男性の妻……彼女が全くお咎めなしって……
 どう考えても納得できない気がするんですが!
 【長谷川豊】局部切断事件~どうしてこの女は罪に問われないんだ?~-教えて!goo
 元ボクサーの男性が妻の不倫相手である男性の局部を切り落とすという事件がありました。それへの反応です。
 不倫した妻が罪に問われないのは、言うまでもなく別段不倫が犯罪ではないからです。明確な教唆でもなければ罪に問われないでしょう。こんな基本もわからない人間が政治家になれるんでしょうかね?
 刑法というのは「最低限の道徳」とも言われます。制限しないとまずい部分だけを制限し、いたずらに人々の自由を侵害しないように制定されるのが基本です。不倫は道徳的にはいけないことなのかもしれませんが、刑法で禁止するほどのことでもありません。
 あるいは、姦通罪の復活を目指しているのかもしれませんけど。

 こんな感じで、長谷川豊というのは政治家としての資質を欠く男です。というか彼を政治家にするならオウムでも座らせておいたほうがましでしょう。少なくともマイナスになる行動はしないので。差別主義者、人権軽視、法律の知識も皆無……彼を政治家にできる理由が全く見当たりません。

【書評】排斥と受容の行動科学 社会と心が作り出す孤立

 犯罪と関係がないと思っていた本の中に、犯罪と関係のあることが書いてあったということは結構あって、今回もそんな感じの1冊です。
 本書はサイエンス社から出ている、セレクション社会心理学の中の1冊です。このシリーズは社会心理学のトピックごとにその分野の専門家がわかりやすく知見を紹介しているので、社会心理学の学習にはお勧めです。 本書は主にソーシャルキャピタル、人と人との繋がりという資本が人々のもたらす影響について論じています。

 銃乱射事件と排斥
 犯罪心理学の教科書では、銃乱射事件のような大量殺人は対象となった集団への復讐として行われると説明されています。本書でも、それを裏付ける事例研究が紹介されています。しかし、このような説明は「なぜ排斥した当事者だけでなく同じ集団に属する他人まで巻き込むのか」といった疑問への説明にはなりません。
 その疑問に答える研究が、ガードナーらによってなされています。彼らは実験参加者と複数のサクラを用意し、サクラの1人に実験参加者を排斥させました。すると、サクラが全員同じバレーボールチームのユニフォームを着ている、集団の実体性が高い条件では、実験参加者はその後の手続きで排斥したサクラだけでなく他のサクラにも攻撃的な行動をとりました。
 つまり集団に対する復讐は、学校という集団の実体性が高い時には、排斥をされた当事者だけでなく同じ集団に属する他者にも飛び火することがわかったのです。しかし、日本とは違い制服が存在しないことの多いアメリカの学校で、このようなプロセスが起こるとは考えにくいものまた事実です。
 銃乱射のメカニズムを説明するもう1つの知見に、「社会的間食」というものがあります。これは、あるカテゴリーの自分に都合がいい特定の面だけを利用し、あたかも自分が満足できる対人関係に属しているかのような錯覚に浸ることです。そしてこの社会的間食が起こるとき、人は自分の属する集団とそれ以外という二項対立の構図で物事を見るようになると言われています。
 銃乱射事件の犯人たちに、事件直前までに奇妙な行動がみられることは珍しくありません。コロンバン高校での事件では犯人はトレンチコートマフィアを名乗っていたと言われますし、他の事例では悪魔崇拝の実践などの行為がみられることもあるようです。このことからも、そのようなカテゴリを利用した社会的間食が起こっていたと考えられます。

 排斥が高める攻撃性
 排斥は、排斥された人の攻撃性を高めることが知られています。これにはいくつかの原因が挙げられます。
 1つは、排斥からくる不快感が攻撃に繋がるというものです。元々、人は不快感を発散するために攻撃をすると言われています。また、高自尊心者は排斥によって自身の自尊心が脅かされると、攻撃的になると言われています。
 攻撃の戦略性に着目した説明では、攻撃は自身の力の確認や回復のために利用されるとされています。特に、力による自力救済を許容する「名誉の文化」がある地域の人は、同じ国のそうではない地域の人に比べて攻撃的な反応を示すという研究もあります。排斥に攻撃で反応することは自分が排斥されるような人物ではないことをアピールすることになるのです。
 また、孤立が自己制御を弱めるという説明もなされています。孤立や排斥を感じると、人は不味い食べ物を避けおいしいものを過剰に食べてしまうことを示した研究がいくつか紹介されています。

 稀薄な対人関係が犯罪を呼ぶ
 著者らの研究では、地域のボランティア活動が活発だと犯罪の認知件数が少ないことが明らかになっています。地域の人々の繋がりは、犯罪者となりうる外部の人々の侵入を拒みます。
 では、やはり昔ながらに地域の交流をした方がいいのでしょうか。著者はそうは主張していません。地域の交流があるということは、裏を返せば地域の人々が相互監視を行っているといえるからです。現代の我々は、プライバシー確保のために望んで交流を止めていったという経緯もあります。
 また、単なる地域内の交流では犯罪は防止できません。地域間で起こる犯罪の転移減少までは防げないからです。これは犯罪の多い地域が他に移るだけであり、根本的な解決にはなりません。そこで著者は、地域内ではなく地域間の交流を主張しています。現に、著者らの研究ではボランティア活動の他に地縁的活動の影響も調べているのですが、こちらはあまり影響がありませんでした。この研究の認知件数は都道府県単位のものであり、地域内の交流で防がれなかった犯罪の転移は県内で起こっているが故でしょう。
 もっとも、交流があったところで家族間殺人のような、コミュニティ内で起こる事件までは防げないと思いますが。

 サポートがDVを呼ぶ
 サポートがないことの悪影響をとうとうと述べましたが、サポートがあることが悪影響を導くこともあります。例えば、著者らの研究では異性との親密な関係があるとそれ以外の他者からのサポートを受けることを躊躇うようになることが明らかになっています。これは、DV被害者が他者になかなか助けを求めることのできないメカニズムをよく説明しています。
 また同様の研究では、外部からの支援が期待できないとき、人は親密な人に対して非協調的な行動をとりにくくなることも明らかになっています。つまり親密な関係によって他者からのサポートを得にくくなった人は、その親密な相手からの理不尽に毅然と反対することが難しくなり、結果としてDVの解決を遅らせることにつながるのです。

 犯罪心理学が厳罰に反対し、更生に意味がないと語る背景には、このような社会関係資本の影響があります。長期の懲役によってソーシャルキャピタルが失われれば、その人の攻撃性を遮るものがなくなり、排斥によってむしろ加速する可能性もあります。 

 浦 光博(2009).排斥と受容の行動科学 社会と心が作り出す孤立 サイエンス社 

長谷川豊なんかの発言をまともに聞いちゃだめだよ? 後編(相模原のやつ)

 相模原の事件に関して、きっといいたがりなオジサンたちがわかりもしないのにそれっぽいことを言って、しかも喝采を浴びるという地獄が顕現するだろうと予想していたので、それが現実になってニッコリしています。ニッコリっていうか(暗黒微笑)って感じですが。
 そうです。長谷川豊です。前回からの続きです。

 とんでもない差別意識
 一連のテレビ報道を見ていて……大体は素晴らしい中継やリポートをしているのですが、一点だけ気になった点がありました。
 それは、昨日の夜のニュースの中で出てきた
 「これから取り調べが進み、動機の解明が待たれます!」
 というリポート。
 う~ん。まぁ、そのリポート自体を否定するつもりはないのですが、私個人の感想では……この事件って……
 圧倒的な障がい者であるバカが普通の障がい者の方を殺害した事件
 と認識しています。本音ベースで言えば、皆さんもそうなのではないでしょうか?
 そうです。今回の事件、誰が何と言おうと、一番頭がおかしいのは……この容疑者です。このバカが一番狂っているのです。
(中略)
 社会的には「障がい者」とくくられる人たちはいます。
 でも、直接取材などをすると、彼らは「そういう特徴を持った人間」でしかなくて、もちろん、社会的に不利益などが出ないように守られるべきですが、差別対象になる人間ではないのです。我々と同じ、「様々な特徴を持った人間」なのです。
 しかし、今回のバカのように四の五のと屁理屈を述べて、結局頭の完全におかしな連中ってのは、私は「社会の害悪」だと思っています。こういう連中って……別に理解なんてしようとしなくていいと思うのです。だって狂ってんだから。バカなんだから。ほっときゃいいのです。とっとと死刑にするなり、人体実験の対象にするなりすればいいだけだ、というのが私の意見です。
 護送の時の映像を先ほど見ました。笑ってるのね。
 私は「動機の解明」なんて待たないでいいと思っています。税金の無駄使いは辞めて、とっとと殺すべき。飯食わす金がもったいないです。
 【長谷川豊】相模原の一件は「動機」を考察する必要があるのだろうか?
 恐らくというか、恐ろしいことをよくもまあ書けたものだなという感じです。これでは相模原の犯人と同じではないですか。しかも当人はそのことに一切気がついていないというのが余計に恐ろしいですね。
 今回の事件の動機を端的に述べれば、「生きるべきでない人間を殺そうとした」ということに尽きます。つまり、犯人の中には生きるべき人間とそうでない人間を切り分ける発想と、それをするための基準があったというわけです。
 一方、犯人を批判しているように見える長谷川氏も、実際は同じような考え方をしていることが文章からよくわかります。犯人を「圧倒的な障がい者」、被害者を「普通の障がい者」に分け、前者はさっさと殺せと言っています。人を健常者と障碍者に分け後者を殺害した犯人と何が違うのでしょうか。
 今は、氏の基準が犯罪者かそうではないかで分けられているから、まともに見えるのかもしれませんが、実際にはまともではありませんし、そもそも「死ぬべき人間がいる」という発想があるのですから、あとは基準がちょっと動けばテロリストの出来上がりでしょう。私は、氏が前科を持つ者を殺害してまわっていたとしても全く驚きませんし、今までの口ぶりからはそうなってほしいと思っている節はあると断言しても構わないと思います。
 前回の記事で引用した部分では。「ゴミはごみ箱に捨てるべきだ。」 などと言っていたくらいですから。人をゴミ扱いする発想はやはりまともではありません。

 弁明でさらに差別意識を晒す
 私は前回のコラムで相模原の事件を
 「こんなバカ、相手にする必要もないし、動機の解明なんて必要ない!」
 「健常な精神や健常な知能、肉体能力を持たない人間を『障がい者』と表現するのであれば、この容疑者のほうこそが『障がい者』である」と強い口調で非難させていただきました。
 私のコラムは、別のコラムでも同じことを何度も繰り返し書いているのですが……『長谷川豊』という極論を言うバカを題材にして、皆さんで考えてほしかったり皆さんで意見を出し合ってほしいと願っています。
 極論は書きますが、そうでなければ読む楽しさもなければ、腹も立たないし、その題材について考える気がなくなるためです。
(中略)
 しかし、今回の容疑者は、彼らを『障がい者は生きている価値がない』などと差別視していました。私は逆だと思うのです。そんな「人間として最低レベルの優しさや価値観も持っていない、この容疑者こそ『本当の意味での障がい者』=『人間として最低レベルのものも保持していない出来そこない』だ」と、そう思っています。
 コメント欄に、『長谷川は障がい者に対する差別をしている!』と書き込んでいる人がいるようですが、前後の文章を全く読み解けていないのではないでしょうか。私の文章は、かる~く読めるように書いていますが、実は色々と計算したうえで書いています。2回、3回と読んでも、また違った意味合いなどが読み解けるようになるはずです。
 なので、上記したようなコメントに対して「いや、長谷川さんは普通のことしか言ってないだろ」と反論して下さる方もいますね。ありがたい話です。
 【長谷川豊】異論・反論、何でもどうぞ。それこそが「大事」なのです-教えて!goo
 というわけなんですが、ここまで書いて自分の言っていることのやばさに気がつけないなら、終わってます。
 氏は、犯人を「人間として最低レベルの優しさや価値観も持っていない」ことをもって、「人間として最低レベルのものも保持していない出来そこない」だと断じていますが、犯人が何らかの障碍をもって障碍者を「人間として最低レベルのものも保持していない出来そこない」と断じていたことを考えれば、氏と犯人の発想が近しいことがよくわかると思います。
 『長谷川は障がい者に対する差別をしている!』というコメントは、実に的を得ていると言えるでしょう。氏は「かる~く読めるように書いていますが、実は色々と計算したうえで書いています。2回、3回と読んでも、また違った意味合いなどが読み解けるようになるはずです」などと謎の自画自賛をしていますが、普通の文章は違った意味合いで読み解けては不味いのです。日本語のプロであるアナウンサーのくせに文章をまともに書けないことが露呈してしまっていますね。
 ちなみに、これもまた過激な発言を好む炎上芸人にありがちな言い訳なのですが、問題提起することや議論を喚起することは発現の責任を免じるものではありません。
 最低限の倫理観に欠ける発言をしておいて「異論・反論、何でもどうぞ」じゃねぇよと言いたいところですが、そもそも反論というのは書いて字のごとく論にするものですので、氏の論になり切れていない可哀そうな何かに対して行うものは「お説教」とでも表現したほうが実態に沿うと思います。

 gooは当該記事を削除すべき
 サイト側は、確かに「運営」はしていますが、あくまでそれはサーバーを「貸しているに過ぎない」ことは過去のあらゆる判例を照らし合わせても「常識」です。どうか2チャンネル論争や、ヤフーオークションの裁判事例を、ご自身で多少は勉強してください。私のコラムは「私の個人の知見」の提供にすぎません。全ての責任は私が持ちますし、gooの見解でもなんでもありません。
(中略)
 私はこれからも、大人しい文章なんて書く気は全くないですからね?
 テレビでは使われない言葉、使われなくなった表現をあえて「使うべきところで使っていく」文章を記していきます。それらの意味合いであったり、私の考えの背景なども、またいずれ書く日が来るでしょう。
 どうです?
 腹立つでしょ?
 ワタクシ、こうやって堂々と嫌われ者になれる、そんな自分が大好きです♪今後もよろしく。
 【長谷川豊】教えてgooウォッチの編集部に「長谷川の意見を支持してるのか?」だって?-教えて!goo
 この記事からわかることは、氏はあくまでブログを書く感覚gooと関係し、記事を書いているにすぎないことです。gooが長谷川氏に依頼して、一定のスペースを提供したうえで記事を配信しているのか、本当にブログのうちPVの多いものをトップページにあげているだけなのかは不明ですが、どの道記事に対する全責任から免れるわけではありません。これは、氏が大好きなネットの常識ですが。
 はっきり言って、gooは当該記事を速やかに削除すべきです。
 氏の今までばらまいてきた誤った情報に不誠実な記事の数々は、百歩譲って多様な意見の1つとして容認するとしても、今回ばかりは看過すべきではありません。上述のように、氏は犯人と同根の発想である「死ぬべき人間がいる」という意見を流布しています。そしてその表現は、障碍者へのヘイトスピーチと呼べる域に達しています。このような下地こそが、事件の一因であることは論を待ちません。
 あるいは、このような表現は恐らく賛同を得られないかもしれませんが、犯罪者に対するヘイトスピーチと表現してもいいかもしれません。障碍にせよなんにせよ、ある属性を持つ人々に死ねということが看過されないにもかかわらず、犯罪者に対してはそれが許されるというのは論理的に考えておかしな話です。

 とにもかくにも、当該記事を削除することを、それが難しいならばせめてトップページから外すことを、goo編集部は考えるべきです。 

「措置入院でなぜ防げなかったのか」が無意味なわけ

 相模原の事件に関して、27日の各紙朝刊は「なぜ防げなかったのか」「なぜ教訓は生かされなかったのか」の大合唱の様相を呈しています。
 戦後最悪の大量殺人である。相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で未明、元職員の男が次々と入所者をナイフなどで襲い、40人以上を殺傷した。
(中略)
 同じ2月には、同趣旨で犯行を予告する手紙を衆院議長公邸に持参した。今回の凶行の手口は手紙の内容に沿っていた。この後、男は「他害の恐れがある」として精神保健福祉法に基づく措置入院となり、3月に退院していた。
 措置入院の解除、退院は指定医が判定し、自治体の判断を仰ぐ。大量殺人を予告し、警察の聴取を受けた男が、措置入院を経て強い犯意を持続させ、実行に及んだのだ。措置入院の期間や解除の判断は妥当だったか。警察や「やまゆり園」は解除や退院後の男の動向について情報を得ていたのか。
 措置入院の経緯とあり方を徹底的に検証しなければ、再発防止の教訓とすることはできない。
 平成13年、大阪教育大学付属池田小学校に男が押し入り、次々と包丁で切りつけ、児童8人を殺害した。男は犯行の2年前にも傷害容疑で逮捕されたが、「精神安定剤依存症」の診断で処分保留となり、措置入院となっていた。この事件でも措置入院は、凶悪な犯行を防ぐことができなかった。
 【主張】相模原大量殺人 措置入院の徹底的検証を-産経新聞
 ここで引き合いに出しているのは産経新聞ですが、確認した限り毎日、朝日も同様の印象でした。逆に読売はそのような論調は少なかったように見えます。
 これらの記事に共通しているのは、措置入院、ひいては防犯そのものに対する過度な期待と表現すべき誤解です。

 措置入院は犯行を防いでいるか
 まず、措置入院がはたして本当に犯罪を防いでいるかという検証を立証的に行うべきでしょう。しかし、立証を行うべき理由は、立証が行えない理由ともなっています。
 というのも、そもそも犯罪は発生して初めて犯罪として認識されるからです。仮に犯行の恐れのある誰かを措置入院させて、その間じゅう犯行が行われず、また退院後も犯行を行わなかったとして、彼の犯行を措置入院が防いだとどのように証明できるのでしょうか。犯行の危険性のない人物を措置入院させた可能性を排除することは、ある場合を除けば絶対にあり得ません。
 その場合というのが、今回のように退院したものが犯行を起こした場合です。つまり措置入院というシステムは、そもそも失敗のみが観測できるシステムであり、効果のほどを検証することが不可能なシステムなのです。
 このようなシステムを取り上げて、なぜ防げなかったのかと問いをたてる場合、あり得る回答は「これからも防げない犯行はあるかもしれないが、ある程度は防げていると信じて続行する」か「効果を検証できない対策は止める」しかありません。しかし、今の日本の議論では「効果がないと決めつけ、その理由は基準が緩いからだと決めつけさらに強固な対策にする」という、論理的にありえない第3の選択肢が登場し、それが実行される蓋然性が最も高いのです。
 私は、措置入院を全面的に否定するつもりはありません。誰の目にも自傷他害の恐れが明らかな場合には、緊急的な措置として必要な場合があるでしょう。しかし、精神障害者のあらゆる犯罪を防ぐことに期待して措置入院を行使することには反対です。

 有意味な措置入院にするために
 措置入院にどうしても手を加えたいのであれば、今回の事件で問題視されている退院後のフォローアップを充実させるべきでしょう。措置入院中に、クライアントの状態をよく把握し、より軽めの通院治療やカウンセリングに切り替えていける制度設計を進めていく必要があります。このような対策は、単に退院後の動向を追うだけでなく、入院が長期化しないためにも必要だと思います。
 ただし、このような措置にはクライアント本人の同意が必須です。また退院後の治療に承諾することを退院の要件としないような配慮も必要です。措置入院は厄介者をしまい込んでおく、便利な道具になってはならないのです。

 防げない犯罪に向き合う
 今回の事件で痛感したのは、この社会は防ぎようのない犯罪に向き合うことを怠ってきたのだということです。警備が甘かったとか、措置入院があったのにとか言われていますが、批判されている全ての事項が理想的に機能していたとしても、やはり防ぐのは難しかったでしょう。
 そもそも、健全な社会には一定数の犯罪が発生するものです。となれば、一定の間隔で耳目を集める凄惨で異様な事件が発生するのも道理というものです。そのような事件すべてを防ごうとすれば、人々の行動を全て監視し少しでも怪しい動きがあれば予め捕まえるしかありません。しかし、そこまでしたとしてもやはり全ての犯罪を防ぐことは不可能でしょう。
 社会はこれを機に、犯罪を防ぐことへの執着から脱し、より効果的な対策を模索するように変化する必要があります。加害者の更生、被害者への補償など、出来ていないことはいくらでもあるはずです。 

相模原の大量殺人について

 今朝ニュースを知った時には流石に衝撃を受けました。戦後最大規模の被害者を出した、相模の障害者施設での事件です。
 26日午前2時40分ごろ、相模原市緑区千木良(ちぎら)の障害者施設、社会福祉法人かながわ共同会「津久井やまゆり園」から、「大変なことが起こった」と110番通報があった。神奈川県警によると、複数の刃物を持った男1人が施設に侵入して暴れたといい、市消防局によると、午前7時半現在で19人が心肺停止状態となっているほか、負傷者26人が確認されている。負傷者のうち20人は重傷という。
 障害者施設で19人心肺停止、出頭の男逮捕 相模原-朝日新聞
 この件に関して、ちまちまと関連するだろう話題に関していろいろと書いていくことになると思うのですが、取り急ぎ、抑えておかなければならないポイントをまとめておくことにします。

 「この事件は防げたか?」
 このツイートは随分と批判を浴びました。指摘の中には、障害者施設には十分な警備をするだけの人員がいないというものもありました。しかし、よしんば十分な人員が割かれていても、この手の事件を防ぐのは不可能でしょう。
 そもそも、防犯対策というのは、犯人が警察に捕まりたくないと考えているということを前提にしています。裏を返せば、逮捕などクソくらえというタイプの犯行を防ぐことは非常に難しいのです。さらに言えば、命すら惜しまない犯行はもう防ぐことは到底不可能と言っていいでしょう。
 この辺の事情は、『池田小事件の与えた衝撃(神戸朝鮮高級学校事件で思い出したこと)』でも指摘したように、阪大附属池田小での事件とも共通しています。あの事件はどのように対策しても防ぐことは難しかったと思うのですが、その後、「なぜ防げなかったのか」の大合唱のもとに防犯対策は的外れな方向へ加速したと言っても過言ではありません。
 今回の事例も、障害者者施設への防犯という名の締め付けが加速する可能性がありますが、そのような対策には意味がないばかりか、防犯の名のもとに施設と社会とを断絶させる可能性もあります。
 なお石平氏は、その後謝罪しましたが、「誤解を招いて」云々という非常におざなりなものでしたし、「疑問を呈することも許されないのか」と被害者ぶる始末でした。後述するように、氏を始めとする極右論壇が障害者への差別的な言動を繰り返し、市民の感覚を麻痺させてきたことを考えれば余計に許しがたいものがあります。

 犯人は障害者か
 報道で、犯人に措置入院の経験があったことから障害者が障害者を殺害したとも言われていますが、そのような判断を軽々にすべきではないでしょう。過去に精神に変調をきたしていたとして、犯行時もそうであったということにはなりません。また、後述するような障害者へのスティグマは、異様な犯行を異常な人間の行いだと根拠なく考えてきた人々によって形作られてきました。
 報道に関しても、出頭したとはいえ容疑段階の人物のそのような過去を軽々しく報道すべきではありません。このような重大事件は裁判員裁判にかけられる可能性も高いため、裁判員への影響も考慮しなければなりません。
 また、この件をきっかけに予防拘禁と言われていた心神喪失者等医療観察法が強化されないかも不安です。犯罪は実行されて初めてその世界に犯罪として存在し得ることを考えれば、犯行を起こす前に捕まえるというコンセプトの対策自体がやはり無意味と言わざるを得ないのですが、全ての犯罪を防がないといけないといけないと考える人々にはなかなか理解されません。

 社会と障害者差別
 社会は、未だに障害者を差別し続けています。それは、犯人の思想に同調する反応が少なくないことからもわかります。日本は昔からそうだったので、この事件をもって「昨今の風潮の反映である」と論じることは不可能でしょうが、これを機に世に溢れる障害者差別への対策を本格的に実行していくのもいいでしょう。
 この事件の犯人の動機は、恐らく典型的な大量殺人犯と同様です。本人の中にある鬱屈とした感情が、何らかの影響で障害者に原因を帰属され、攻撃に繋がったと思われます。その道筋をつけた原因の少なくない部分をこの社会は負っていると言っても過言ではないでしょう。
 日本が本当に障害者を差別しているのか?に関しては、あの石原慎太郎が4期も都知事を務めたことを引き合いに出せば十分でしょう。というかあらゆる差別に関しては彼がその証拠のようなものですから。
 対策としては、ヘイトスピーチ規制法の対象を広げるのが一番簡単かつ確実でしょうか。もっとも、自民党政権下では絶対に実現しない方法ですが。

オークランド銃乱射事件はISと関係あるか

 先日、アメリカオークランドのバーで銃乱射事件があり、過去最大の犠牲者を出しました。
 【オーランド=上塚真由、ワシントン=加納宏幸】米南部フロリダ州オーランドのナイトクラブで12日未明(日本時間12日午後)、銃乱射事件が発生し、地元当局によると、50人が死亡し、53人が負傷した。容疑者の男は警察と銃撃戦の末、店内で死亡した。オバマ米大統領は同日、「米国史上最悪の銃撃事件」だと述べ、「テロ行為であり、憎悪に基づく行為だ」と実行犯を強く非難した。オーランド市は非常事態を宣言した。
 米メディアは、男が犯行前、警察にかけた緊急通報の中で、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う発言をしていたと伝えた。IS系のサイトも「ISの戦士が実行した」と事実上の犯行声明を出したが、実際に関与があったかは不明だ。
 死者50人 オバマ大統領「米史上最悪の銃撃」「憎悪に基づくテロだ」 容疑者はISに忠誠か-産経新聞
 アメリカで起こった事件であり、容疑者とISに関係があったという事情もあって日本の報道ではほとんどが今回の事件をIS関連のテロだと見立てて報じています。
 しかし、今回の事件をイスラム過激派の仕業だとする見方は、早計であるように感じます。

 イスラムというよりはアメリカの問題
 今回の事件がISに関連していると言われる最大の理由が、容疑者がISと通じていたという報道です。しかし、FBIは事前に何度も容疑者を捜査していましたが、結局有力な証拠を見つけることが出来ず、今回の事件を防ぐことはできませんでした。
 また、IS系の報道サイトが犯行声明を出してはいますが、単に無関係な事件に便乗しただけの可能性もあり、断定が出来ません。
 何より重要なのが、容疑者はイスラム系の養親の元で育ち、イスラム教徒であったとはいえ、元はアメリカ生まれアメリカ育ちの白人であるということです。容疑者は同性愛者などに嫌悪感情を抱いていたと言いますが、それは何もイスラム過激派に限った話ではなく、キリスト教保守にも共通してみられる思想です。
 さらに、そもそも銃乱射事件はイスラム過激派とは無関係に、アメリカでは毎年一定数発生し、戦死者よりも大量の死者を出してきました。犯人がイスラム過激派かもしれないという時に限ってイスラム教徒への憎悪を膨らませ、キリスト教徒であれば知らんぷりという反応がアメリカ国内にあるとしたら、あまりにも滑稽です。
 一方、共和党指名が確定した実業家トランプ氏は「米国がイスラム過激派のテロリストに攻撃された」と主張。オバマ氏が12日の声明で「イスラム過激派」の言葉を使わなかったとして弱腰だと批判し「大統領をやめるべきだ」と訴えた。
 クリントン氏、オバマ大統領参加の集会を延期 トランプ氏「米国がイスラム過激派に攻撃された」-産経新聞
 ですが、実際にはトランプに代表されるように、自国の問題を外集団に押し付け解決を図る空しい努力はありふれています。

 そもそも、銃の所持は権利なのか
 アメリカの権利問題に口を挟むのは、よそ様の家の問題に出しゃばるようで気が引けるのですが、銃の所持が権利だとする見方には面白い反論もあります。
 そもそも、銃を所持する権利は入植者である白人が希望したものであり、先住民族や奴隷として連れられてきた黒人たちには認められていなかったという見方があるようです。入植者は先住民族を虐げ奴隷を管理するために銃を欲していたが、それ以外の人々はそうでもないから銃を所持する権利はいらないというのです。
 多発する警官の黒人銃撃事件に業を煮やした黒人たちが銃を持ち自警団を結成したら逮捕されたなどという笑うに笑えないジョークも聞いたことがあります。真偽は定かではありませんが、この問題にはアメリカの社会問題の根底が潜んでいるようです。

 共有する価値観って?
 一方、日本も対岸の火事と思っている場合ではありません。現に、日本の報道では事件が同性愛者へのヘイトクライムであるという視点がすっぽり抜け落ち、IS絡みのテロという単純な文脈に回収されてしまっています。これは、国内のイスラム嫌悪を煽るという点でも、正確な情報が入ってこないという点でも問題があります。
 また、安倍首相が「米国と共有する価値観への挑戦」云々と言っていましたが、具体的に何のことかはさっぱりでした。素直に捉えれば多様な性的指向への理解と考えるべきでしょうが、ストレートに表現できない理由でもあったのでしょうか。
 東京・銀座の元ホステスの女が交際相手を殺害したとされる事件。性同一性障害で男性から女性になった元ホステスに対し、収容先の東京拘置所が女性ホルモンの投与を拒んだ。弁護人や医師らは体調悪化を懸念するが、なぜ投与が認められないのか?
 性同一性障害の被告にホルモン投与、なぜ認められない?-朝日新聞
 東京拘置所では現在進行形で人権侵害の真っ最中ですが、それを抜きにしても明言すれば各地で発生しているヘイトクライムへの対応へも言及しなければならないという事情があるのでしょうか。

【書評】無差別殺人の精神分析

 久々の書評は所謂大量殺人に関する本です。本書には日本で起きた3つの事件とアメリカで起きた2つの事件について分析がなされています。

 大量殺人、その共通点
 大量殺人の分析として興味深いのはその共通点でしょう。
 まず1つには、大量殺人犯は何らかの社会の不満を持っています。一番わかりやすいのが池田小事件の宅間です。彼は「エリート」に強い憎悪を持っていました。エリートを目指したが挫折してしまった、その憎悪がかつて自分が進学を希望した池田小学校へ向いたのです。
 しかし社会には何らかの不満を持ってくすぶっている人はごまんといます。問題を社会に還元するのは簡単です。しかしなぜ彼らは殺人に到らないのでしょう。ここを分ける共通点を探ることが大量殺人を理解するポイントとなります。

 大量殺人犯に共通するもう1つの共通点、それは「他責的な傾向」です。彼らは自分の失敗を他人のせいにしてしまいがちだったのです。人間全てを自分のせいにしてしまえばそれこそ精神が崩壊してしまいます。しかしあまりにも他人のせいにするというのも問題があります。

 その他著者はレヴィンとフォックスの著書『大量殺人の心理・社会的分析』から「破滅的な喪失」などの要素を引用し論じています。

 ケーススタディーとしてはかなり有用と思われる本書ですが、社会分析としては不足していると言わざるを得ない部分も見受けられます。例えば著者は大量殺人原因の1つに「成熟拒否社会」というのをあげています。曰く、自己愛が際限なく肥大した若者が増えていて、受験や就職といった節目に現実を直視せざるを得なくなると直ぐに傷ついて参ってしまうそうです。しかしもはや恒例といってもいいのですが、本当にそういった社会状況になっているのかという論拠は示されません。まあ本書のテーマから外れるので割愛しただけかもしれませんが。
  成熟拒否社会という言葉を使うといささか胡散臭いのですが、そういった社会状況になっている可能性自体は否定できません。昔の社会と対比して考えると子供の数が減り、親が子供につきっきりになりやすいが故に「甘やかし」や「手とり足とり」の指導が増え、自分の「出来ない」に直面する機会が減った可能性はあります。また、習い事などで遊ぶ時間が減ったことやゲームの普及で他者と遊ぶ機会が減り、社会性の発達がなされなかった子供の数も昔よりは増えているのでしょう。なにより、社会性が未発達なままで生きていける社会になったというのも影響しているように思います。

 ……というように既存の概念で説明できることも多いのですが、この手の所謂論客はいたずらに新しい概念を生み出しては混乱を呼ぶ気もします。

 片田珠美(2009). 無差別殺人の精神分析 新潮社
犯罪心理学者(途上)、アマ小説家、動画投稿者。カクヨム『アラフォー刑事と犯罪学者』ニコニコ動画『えーき様の3分犯罪解説』犯罪学ブログ『九段新報』など。TRPGシナリオなどにも手を出す。
E-mailアドレス
kudan9newbridge@gmail.com
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