今回はちょっと軽めに。本書は差別や偏見を社会心理学的な視点から扱うものであり、この分野を0から学ぶ人にとっては非常に優れた1冊となっています。
 まぁ裏を返せば犯罪についての話題はあまりないのですが、しかし1章割かれているのでちょっと内容を見ておきましょう。

 被疑者と裁判を起こす人への印象
 犯罪の章の内容としては、まず犯罪者への処遇や犯罪生起のイメージの偏りが挙げられています。実はそんなに凶悪な犯罪が発生していないとか、無期懲役になると10年で出れるというのは実態とかけ離れているとかそういう話で、知っている人からすれば今更というものではあるでしょう。

 そんな中で興味深かったのは、取り調べを受けた被疑者への印象、そして裁判を起こす人への印象を尋ねた研究です。
 前者について、本書で紹介されている研究では実験参加者に「取り調べを受けて無実だった人」「取り調べを受けて否認した人」「罪は否認したが有罪になった人」の3種類の人に対して悪人としての根深さを尋ねました。その結果、無実の人が一番良い評価だった一方、ほかの2人に対する評価には差がありませんでした。
 刑事裁判では推定無罪の原則があり、これに則れば取り調べを受けているが否認しており、まだ裁判で判決を受けていない人は無罪である人と同じように扱われなければなりません。しかし人が受ける印象においては、取り調べを受けたというだけで有罪であるのと同じように扱われてしまうのです。

 また実験参加者に、ある犯罪について様々な立場の人に対して隣人として相応しいかを評価させた研究では、犯人として報道されたが被疑者として取り調べを受けなかった人は、有罪となった犯人と同じ程度に隣人として相応しくないと評価されたという知見もあります。
 おそらく、取り調べを受けたり報じられたりという事実が簡便に(ヒューリスティック的に)認識され、その人への評価が悪くなったのでしょう。

 後者に関しては、同じ医療過誤によって損害を受けた人で裁判を起こした人と起こさなかった人に対して、それぞれどの程度攻撃的だと思うか尋ねた研究があり、この実験では裁判を起こした人のほうがそうしなかった人よりも攻撃的だと評価されていました。
 裁判を起こした人への評価はその民事裁判そのものをどう評価するにもよるでしょうが、実験で想定された状況はおおむねどのような人が見ても正当な損害賠償と考えられるだろうものでした。このことから、裁判を起こしたという事実だけでその人は攻撃的だとみなされる可能性があることが示唆されます。

 本書は犯罪について以外にも、人種、年齢、性別、セクシャルマイノリティ、障害、原発に関する話題に関してもフォローしています。差別問題を論じるうえでは必読の1冊になるでしょう。

 北村英哉・唐沢 穣 (2018). 偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析 ちとせプレス