九段新報

犯罪学オタク、新橋九段によるブログです。 日常の出来事から世間を騒がすニュースまで犯罪学のフィルターを通してみていきます。

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詳しくは以下の記事をご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/kudan9/archives/55214570.html

【書評】グローバル化する厳罰化とポピュリズム

 今回は2009年出版の、日本犯罪社会学会によって編集された1冊です。これは元々英語で出版された論文集を日本語に訳したものですね。

 犯罪学の分野では最近、ポピュリズム厳罰主義(Penal Populism)というものが注目されています。簡単に言えばポピュリズムの中で推し進められる厳罰化ということですね。『Netflix『13th―憲法修正第13条』を見た』や『なんで、「あんな奴ら」の弁護ができるのか?』で紹介したアメリカの事例はまさにこれであり、客観的な犯罪発生件数は低下しているにもかかわらず、まったく効果のない厳しい罰が制定され人々を拘禁しています。

 このポピュリズム厳罰主義ですが、国によってアメリカのように思いっきり影響を受けるところと、カナダのように踏みとどまっている国があるなど地域によって影響が大きく違います。その違いが、犯罪学者を引き付けてやまないんですね。

 日本とポピュリズム
 さて、では日本の場合はどうでしょうか。本書の編集責任者でもある浜井浩一は、日本の現状は海外のポピュリズムと異なると指摘します。

 そもそも、ポピュリズムとは市民が圧力団体となって要求を唱え、その要求に乗る形で支持を得たい政治家が政策を主導、その流れの中で専門家の意見を無視するという特徴があります。現在アメリカや東京大阪がコロナ対策で専門家の意見をガン無視してわけのわからないことをしているのがよい例と思います。

 そう考えると、日本の厳罰化の様相は少し異なります。というのも、確かに日本の場合も、被害者団体であるあすの会と司法族議員が強力に厳罰化を推し進めた背景があるものの、厳罰化の多くは司法官に準じる検察官の主導によってなされているからです。そして、厳罰化の多くも検察官の権限を強化する方向に進められました。これは裁判所が裁判員裁判や未成年の刑法犯の原則逆送などで権限を縮小されたのとは対照的です。

 このような背景を踏まえ、浜井は日本では専門家である検察官が厳罰化の主導権を握っていることからポピュリズムに強い抵抗があり、また刑事政策の主導権を世論に渡していないと評価しています。

 検察官は本当に専門家なのか?
 しかしながら、本書が出版された2009年であればともかく、2020年の現在からみるとこの指摘には疑問点もあります。

 その中心を占めるのが、そもそも検察官が司法の専門家としての役割を全うできているのかという点です。

 日本の厳罰化の現状を見る限り、検察官が主導権を握っているとしつつもしっかり厳罰化は起こってしまっています。そして更なる厳罰化も計画されています。専門家である犯罪学者が、効果がないと指摘しているにも関わらずです。

 いくら刑事政策を検察官が主導していたところで、このように専門知を軽視する政策が定期的に制定されるのであれば、彼らの振る舞いは専門家としてのそれではないのではないかという疑いが出てきます。

 また最近では、黒川前検事長の不祥事や菅原前経産相の不起訴といった不可解な振る舞いも相次いでいます。常識的に考えればありえない行為を平然とする組織の構成員を、専門家としての役割を果たしていると評価するのは妥当なのでしょうか。

 そもそも、浜井は犯罪学を学んだ専門家がポピュリズムに強い抵抗を持つと指摘していますが、現場の検察官や法務省の官僚が犯罪学をどれほど履修しているのかは怪しいものだったりします。日本の大学には犯罪学を専門に扱える学部学科がごくわずかしかなく、ほかの大学では扱えてもおまけ程度ではないでしょうか。宮澤節生が指摘するように、そのような初歩的で申し訳程度の履修では、ポピュリズムへの抵抗は生まれはないはずです。

 まとめれば、専門家として評価されている検察官にせよその他の司法官にせよ、実際のところは専門家としての役割を果たしておらず、どちらかといえばポピュリズム的市民と同じような立場に立ってしまっているのではないかというのが私の推測です。

 それでもなお、ポピュリズムに巻き取られた国に比べればだいぶ緩やかな悪影響であると言えますが、悪い方向に進んでいる現状が2020年のいまでもあまり変わっていないのも事実です。著者の一人は、厳罰化が進みまくって限界が来ないとこの傾向は治らないと指摘しますが、どうなることやら……。

「バイトテロ動画」はなぜおさまらないのか

 ファミリーマートは11日、店舗内で店員らが不適切な動画を撮影し会員制交流サイト(SNS)に投稿していた問題で、この店舗を運営するフランチャイズ加盟店のオーナーが、関与したアルバイトの男性店員を同日付で解雇処分にしたと明らかにした。
 ファミマ、男性店員を解雇処分 不適切動画を投稿-共同通信
 今回はいわゆる「バイトテロ」、従業員による不適切動画の撮影と拡散の問題です。
 現在、発覚しているだけでもすき家、ビックエコー、くら寿司、ファミリーマート、ローソンなど多岐にわたります。

 なぜこのような動画の拡散が起こってしまうのか。ネットやテレビのニュースではおおむね「若者のモラルが」「ネットリテラシーが」という話になっていて、企業が従業員へ損害賠償を請求するという話になっています。しかしこの問題は、若者の内的な原因だけを考えていては理解できないでしょう。

 集団力学が原因に
 そもそも今回の事件の一因には、集団の力学が働いていると私は考えています。
 動画を見ると、もちろん動画によりますが、映像に映っている人と撮影者の最低二人、場合によっては周りで笑っているその他の複数名で動画が構成されていることがわかります。またSNS上のフォロワーの集団という、狭く閉じた社会も存在しています。

 人間には、集団になるとリスクを軽視し、社会の秩序よりもその集団の秩序を重んじるという性質があります。
 なぜそのようなことが起こってしまうのかというと、人は多かれ少なかれその集団の輪を乱したくない、空気を読めないKYになりたくないという欲求があるためです。同調行動ですね。集団の多数が「俺たちもああいう動画撮ろうぜ!」と言っているとき、そしてSNS上のフォロワー集団が「ああいう動画面白い!」という風潮があるとき、それに対抗するのは結構難しいことです。特にインスタグラムやTikTokのような、利用者が実名で繋がりやすいSNSの場合、その社会はそのまま学校などのより密接な社会とリンクしているため、よりこれに対抗しにくくなってきます。

 つまり今回のバイトテロ動画騒動は、若者のモラルだとかネットリテラシー以前に、社会心理学が伝統的に指摘してきた現象で説明ができるのです。

 このような背景は、実は集団強姦の加害者からも証言として聞かれる類のものだったりします。やっていることはかけ離れていますが、背景には共通するものがあるというわけですね。

 防ぐには社員の存在
 ではこれを防ぐにはどうすればよいのでしょうか。集団の力学でルールが破られるのであれば、その集団の力学が打ち破ることのできる人を配置すればいいのです。

 要するに社員がいれば防げる案件だったわけです。
 というのも、社員というのはバイトと比べて年齢も異なり、職場以外で共通する集団にも属していないので悪ふざけする集団とのコミットメントが低く、輪を乱したくないという動機は低いです。
 また社員はバイトに比べて「権威」ということになりますが、人は権威に弱くあっさりなびく傾向もありますので、権威が絡むとあっさりやむこともあるでしょう。

 動画はそれなりの長さがあり、ちょっと社員の目を盗んでというレベルではないことは明らかです。私もバイトの経験はいろいろありますが、職場によっては閉店直前の時間はバイトしかいないというような状況も多いので、バイトがやろうと思えば好き勝手出来ます。社員がきちんと常駐していれば、ここまで大掛かりな動画撮影は防ぐことができたでしょう。

 企業は損害賠償を請求できるか
 くら寿司をはじめとして、企業は従業員を訴えるなどと被害者意識を前面に出していますが、そもそもバイトが動画をとる程度にはほったらかしにしていることそれ自体に問題があるはずです。そもそも企業にはこうした悪行をするような人間を雇わない責任、こうした行為をしないように教育する責任があるはずで、それを怠り安価な労働力を安易に用いながら、いざ問題が発生したらその責任がなかったかのようにふるまうのは問題です。

 そもそも企業は従業員に対し、従業員の業務上の失態に対する損害賠償を、重度の過失や故意でない限り完全に請求できないというルールがあります(報償責任の原則)。バイトテロ動画は故意ではありますが、しかしこの報償責任の原則が存在する理由を考えれば、企業の損害賠償請求は、認められたとしてもかなり差っ引かれてのことになるだろうと思われます。

 そもそも人件費を抑える利益を上げるために安い時給のバイトを多用し従業員教育を怠りながら、そのバイトによる失態の損害はすべて従業員へ請求し補填しようという企業のありようは認めるわけにはいきません。本当に責任のある仕事だと思うのであれば、しっかりと人件費を支払ってリスクの低減に努めるのが筋だといえるでしょう。

 今回の事例は、企業が先延ばしにしていた人件費のツケを最悪の形で支払ったとも表現できます。

【書評】入門 犯罪心理学

 今回はkindle版の1冊を。たまにはこういう全般的な入門書を読んで知見をアップデートしておかないと……と思って読んだら、期待とは違う方向で濃密だったので戸惑いました。
 なお例によって、本書は上掲リンクから飛ぶことのできるカンパでいただいたギフトカードで購入……したと思います。ちょっと購入から時間がたってるので記憶があいまいですが、たぶんそうです。

 犯罪者をアセスメントせよ!
 本書は著者の専門性が色濃く表れ、犯罪原因論に特に重きを置いて書かれています。なので入門という看板は少々不適当であろうとも思えます。

 そんな本書の記述の中でとりわけ注目だったのは、犯罪者のアセスメントツールについての最新の知見でした。
 通俗的には、一度罪を犯した犯罪者の再犯リスクを評価し、適切に処遇するのは難しいといわれていました。特に、仮釈放になった前科者が再犯した際には「再犯のリスクがないことは評価できない(=だから仮釈放するな)」という主張が繰り返されてきました。しかしそんなものも、過去の話になるかもしれません。

 そもそも、犯罪心理学研究のメルクマールとなる研究として、どのような要因が犯罪へのリスクとなるかをメタアナリシスの手法で分析した研究があります。その研究によると、かつての「犯罪歴」、「反社会的交友関係」、あいまいな刺激を敵意的に解釈するといった「反社会的認知」、共感性の欠如といった「反社会的パーソナリティ」、虐待などの「家庭内の問題」、学校に行っていなかったり無色だったりという「教育・職業上の問題」、アルコールや薬物などの「物質使用」、建設的な趣味を持っていないなどの「余暇活動」の8つの要因、通称「セントラルエイト」が重大なリスクになることが明らかになっています。
 ちなみに、伝統的に言われていた貧困やIQはそんなに影響ないようです。疑似相関の類だったのでしょうか。

 ともあれ、それを踏まえれば、つまり受刑者がそのセントラルエイトを持っているかをアセスメントすれば、受刑者の再犯リスクを正確に評価できるというわけです。その代表的なツールがLSIと呼ばれるものであり、実際にこれを使ってアセスメントされた場合、低リスクとされた人々の再犯率が5.8%だった一方、高リスクとされた人々の再犯率は58.1%でした。

 これほど正確にアセスメントできるのであれば、より客観的な基準で仮釈放を行えますし、より積極的に仮釈放を運用できるようになれば社会と断絶してしまう受刑者を減らせ、再犯のさらなる低減も期待されます。

 このように、犯罪心理学の発展には目覚ましいものがあります。たまには基本的な本に手を伸ばすのも勉強になりますね。

 原田隆之 (2015). 入門 犯罪心理学 筑摩書房

【新潟・岡山女児殺害】メーガン法は「誰の人権を守る」か以前の問題だ

 岡山県津山市で平成16年9月に市立北小3年の筒塩侑子さん=当時(9)=が殺害された事件で、殺人容疑で逮捕された無職、勝田州彦容疑者(39)が、凶器の刃物について「海に捨てた」と供述していることが4日、捜査関係者への取材で分かった。
 【岡山女児殺害】「刃物は海に捨てた」勝田容疑者が供述-産経新聞
 新潟市西区の市立小針小2年、大桃珠生(たまき)さん(7)が殺害され、遺体がJR越後線の線路で見つかった事件で、新潟西署捜査本部は4日、死体遺棄などの疑いで逮捕した小林遼(はるか)容疑者(23)を殺人の疑いで再逮捕した。動機や詳しい経緯を調べる。
 再逮捕容疑は5月7日、新潟市内で大桃さんの首を絞めて窒息死させたとしている。大桃さんは同日午後10時半ごろ、自宅から約170メートル離れたJR越後線で列車にひかれ、死亡しているのが見つかった。
 捜査本部は司法解剖の結果などから、死因は窒息で、小林容疑者が下校途中の大桃さんを連れ去り、直後に殺害したとみている。
 【新潟女児殺害】小林遼容疑者を殺人容疑で再逮捕 容疑を否認-産経新聞
 岡山でかつて発生した女児殺害事件と新潟で発生した女児児童殺害事件で、産経新聞が共通した主張をしています。 それはメーガン法の日本への導入です。
 この種の犯行は、繰り返される傾向がある。そして、その結果はあまりにも重大である。
 13歳未満の被害者に対する性犯罪で服役した出所者については法務省が警察庁に情報を提供し、警察署などが定期的に所在を確認する出所者情報提供制度がある。だが、必ずしも十分ではない。
 米国では全州で、性犯罪者は顔写真と個人情報がネットで公開されている。韓国や英国、ドイツ、米国の多くの州などでは、特定の前科前歴者に対して衛星利用測位システム(GPS)の装着を義務づけ、成果を挙げている。
 国内でも宮城県や大阪府が性犯罪前歴者などを対象とするGPSの携帯を義務づける条例を検討したことがあるが、人権侵害や監視社会につながるなどの反対もあり、制定には至っていない。
 だが悲惨な事件はもうたくさんだ。少しでも効果が望めるなら導入を躊躇(ちゅうちょ)すべきでない。
 【主張】岡山女児殺害 惨劇繰り返さない措置を-産経新聞
 殺人容疑で再逮捕された小林遼容疑者は4月、車で女子中学生を連れ回した県条例違反容疑で書類送検されていた。岡山県津山市で平成16年に小3女児が殺害された事件で今年5月に逮捕された男も、過去に女子中学生に対する殺人未遂事件を起こしていた。再犯率が高い性犯罪の対策を進めてきた欧米では、性犯罪前歴者の情報開示などが定着している。一方、日本では人権上の観点からの反発も強く、被害防止の取り組みが立ち遅れているのが現状だ。守られるべきは誰の「人権」なのか。(大竹直樹)

 氏名や顔写真を公表
 「性犯罪には反復性があるが、日本では前歴者の情報登録を『人権侵害だ』と頭から否定してきた」。性犯罪前歴者の社会復帰の研究を続けてきた常磐大学の諸沢英道元学長(刑事法)は、こう嘆く。
 性犯罪前歴者の人権と地域の安全のどちらを選択するか。地域の安全を選んだのが米国だ。前歴者の情報が警察だけでなく、学校や地域住民らにも積極的に開示されている。
 1994年にニュージャージー州で7歳女児が前歴者に乱暴、殺害された事件を機に制定された「メーガン法」で、前歴者の個人情報の登録が義務づけられているためだ。情報の開示方法は州によって異なるが、カリフォルニア州では、氏名や顔写真、さらに住所や身体の特徴などもインターネットで公開される。
 このため、性犯罪に関する法制審議会部会委員を務めた宮田桂子弁護士は「氏名や居場所が公表されれば、再犯の恐れがない多くの人の社会復帰の道を閉ざしてしまう」と懸念する。
 だが、諸沢元学長は「前歴者情報を付近の学校などに限定して公開したり、民間人を活用して性犯罪者の社会復帰を手助けする制度を導入したりすれば、情報開示の弊害は最小限に抑えられる」との見解を示す。

 小児わいせつ型84%
 法務省の法務総合研究所の調査では、同一類型の性犯罪前科が複数回ある人の割合は、低年齢の子供を狙った小児わいせつ型で84・6%に上っている。痴漢を除く強制わいせつ型(44・0%)や単独強(ごう)姦(かん)型(63・2%)など他の類型と比べても高い。
 【新潟女児殺害】守られるべきは誰の「人権」か 性犯罪対策、タブーなき議論を-産経新聞
 しかしながら、おそらくメーガン法には子供への性犯罪を防止する効力はありません。

 Re:メーガン法の問題点
 メーガン法には問題点が、それこそ山のように存在します。『日本にメーガン法は必要か』でかつて指摘しましたが、主要な論点を2つ、もう一度確認してみましょう。
 1つは性犯罪者の情報を公開したところで被害が防げるとは到底思えないという点です。メーガン法が必要だという発想の背景には、存在を知っていれば防げるという考えがあるのでしょうが、そもそも隣人の名前を逐一データベースに入力して照らし合わせるようなことをする人がどれだけいるでしょうか。ましてや子供がその情報を理解して気を付けるという想定はあまりにも現実離れしています。一方で情報が公開されるために面白半分あるいは大義名分をもって叩ける対象を探すためにデータベースを覗いたりする人は相当数いるでしょう。つまり情報公開は、利益が限りなく少ない一方で不利益が莫大である可能性があります。
 産経記事では、情報公開の範囲を制限することでこの弊害を防ぐことができると主張しています。確かにその主張は正しいでしょう。ですが利益が少ないという問題が解決するわけではありません。

 もう1つの問題は、メーガン法の支持が立脚している「性犯罪者の再犯が多い」という事実自体が怪しいというものです。『日本にメーガン法は必要か』でも指摘しましたが、性犯罪者の再犯者率は強盗や詐欺に比べれば低く、再犯者率の高さを理由とするのであればこれらの犯罪でも情報公開を行わなければ不公平ということになります。
 ところで、産経新聞は記事の中で「法務省の法務総合研究所の調査では、同一類型の性犯罪前科が複数回ある人の割合は、低年齢の子供を狙った小児わいせつ型で84・6%に上っている」と指摘しています。80%越えの再犯者率というのはあまりにも高い、と思ったので調べてみると奇妙なことがわかりました。
 再犯は,一般に,一度罪を犯した者が再び罪を犯すことをいうが,犯罪統計においては,再犯に関連する指標が,その目的に応じて異なる意味・内容で用いられている。ここでは,誤解を招きやすい「再犯率」と「再犯者率」の違いについて説明した上で,「再犯率」の意味を正確に理解する上で重要なポイントについても考えてみたい。
 まず,「再犯率」は,犯罪により検挙等された者が,その後の一定期間内に再び犯罪を行うことがどの程度あるのかを見る指標である。これに対し,「再犯者率」は,検挙等された者の中に,過去にも検挙等された者がどの程度いるのかを見る指標である。「再犯率」が,いわば将来に向かってのものであるのに対し,「再犯者率」は,過去に遡るものであると考えると分かりやすい。
 平成28年版 犯罪白書 第5編/第1章/第1節/コラム
 ※ところで、再犯率と再犯者率の違いはかなりややこしく私もわからなくなるときがちょくちょくあるので気を付けてください。この記事で問題となるのはたいてい再犯者率のほうであると思われます。

 産経新聞が言及している「法務省の法務総合研究所の調査」はおそらく法務省の研究報告55「性犯罪に関する総合的研究」であろうと思われます。その中にある「第4章 特別調査 第4節 性犯罪者の再犯の実態と再犯要因」にはそれぞれの性犯罪者の再犯者率が掲載されています。記事中の小児わいせつ型といった言葉も登場するので間違いないように思えます。
スクリーンショット (33)

 しかし、上掲の図表を見てもらえばわかるように、小児わいせつ型の再犯者率は合計しても40%程度であり、84.6%という数字とは著しい乖離があります。
 あれ、おかしいぞと思い「84.6」という数字をPDF内で検索してみるとそのからくりがわかりました。
スクリーンショット (34)

 このグラフは「性犯罪の前科が2回以上あるもののうち、同型の前科がある者の割合」を示しています。それぞれの型の下に小さく書かれた数字は該当する人数でしょう。つまりこれは、性犯罪を繰り返しているものが同様のケースを繰り返すことが多いことを示すだけのものであり、「同一類型の性犯罪前科が複数回ある人の割合」という説明とずれがあることがわかります。
 第一、このグラフに含まれる人数を見れば性犯罪者全体の傾向を知るにはあまりにも数が少ないことがわかるはずです。全体の傾向を知ることができるほど性犯罪者を繰り返しているものが多ければそれはまずい話なので当然ですけど。裏を返せば、1年間に捕まる性犯罪者の中で前科を持つものがいかに少ないかを示すものであるともいえます。80%といえば大きい気がしますが、元が少ないのであまり意味がありません。

 タブーなき議論とかいう前にすることがある
 産経新聞がどうしてメーガン法の導入に躍起になるのかはわかりませんが、すでに否定された粗雑な議論を掘り返して悦に入る前にやるべきことがたくさんあります。まずは治安対策がどのような性質をもつものかをはっきりと勉強すべきでしょう。
 治安対策はたいていの場合人権とトレードオフです。安全を追い求めれば追い求めるほどに我々の自由は狭まっていきます。犯罪者が対象だからもっともらしく聞こえる議論も、許せば犯罪者という部分にほかの属性が代入される恐れは非現実的なものではありません。
 またぱっと見効果的に見える対策に効果があるとは限りません。的外れな対策は予算の無駄というだけでなく、それに甘んじ本当に効果がある対策を怠り、防げた被害を繰り返すということにも繋がります。
 一番大事なのは犯罪被害を減らすことであるはずならば、効果があるかどうかが重要なのであって外形的な印象はどうでもいいはずです。目先の処罰感情を慰撫することに邁進するのは無益です。

【書評】ヤバい経済学

 今回は経済学の本の書評です。理由は当然、この中に犯罪にかかわるサムシングがあるからです。

 ニューヨークと割れ窓理論
 それはニューヨークで行われたゼロ・トレランス政策に関するものです。割れ窓理論をもとにしたと称する治安対策というとわかりやすいでしょう。当時の市長であったジュリアーニはこの政策でニューヨークの治安を回復させたと喧伝しましたが、実際には経済状態の回復などの要因が原因であったことが指摘されています。

 ニューヨークの治安回復は中絶のおかげ?
 本書はその治安回復の要因として新たなものを取り上げます。それは妊娠中絶の合法化です。
 ニューヨークでは1973年に行われたロー対ウェイド裁判での判決によって中絶の合法化が起こりました。そしてその後の1年間で中絶件数は全米で75万人(当時生まれた子供の4人に1件の割合)にのぼり、80年には160万件に達していました。
 そして90年代初頭、つまり73年以降に生まれた子供が10代後半になるころに犯罪発生率の低下が起こり始めます。これは率なので人口の減少とはかかわりないのでしょう(翻訳本の常としてこのあたりの正確な定義があいまいなのですが)。
 たいていにおいて、中絶は子供を育てられない事情を抱えた家庭で行われます。貧困、DV、病気……その事情が何かはさておき、そうした事情はおおむね子供の育成環境にも悪影響を及ぼすのです。ゆえに中絶が起こりやすい家庭というのは子供を犯罪者氏にしてしまいやすい家庭ともいえるのです。
 著者がこの論文を発表したとき、当然多くの反響が巻き起こりました。中絶を行うクリニックへのテロすら起こる国ですからとうぜんかもしれません。

 本当に中絶のおかげなのか?
 しかしここで1つの疑問が浮かびます。それは著者の言っているように、本当にニューヨークの治安回復は中絶のおかげなのかというポイントです。
 確かに著者の研究では、中絶の効果は統計的に有意、つまり偶然以上といえるの確率で治安へ影響を及ぼしていました。しかしそれは、治安回復に効果があったと結論するには足りません。
 どういうことでしょうか?統計には効果量という考え方があります。とりあえずここではその要因が別の要因へ影響する力強さだという程度にとらえておいてください。よく統計で問題にされている有意かどうかというのは、その影響が偶然で片付けられるかどうかを見ているだけでその影響の強さを見ているものではありません。
 単純な例を出します。例えばクラスAとBがあり、Aに新しい指導法を試して成績を比べてみます。統計的仮説検定の結果は有意だったとして、ではその指導法を取り入れるべきでしょうか。
 有意なら取り入れようとなるかもしれません。しかしテストの成績が100点満点でAが50点、Bが49点だったとしたらどうでしょうか。つまり有意だけど影響力があまりなさそうという状況です。学校のクラス程度の人数だとこういうことはまずありませんが、人数を増やし1万人といった規模になると少しの影響力でも有意になるという性質が統計的仮説検定にはあります。
 今回の場合もそれなのではないかという疑問があります。つまり中絶は確かに犯罪発生率を減らしたが、その影響力自体はさほどでもないという可能性です。
 本書のおまけのパートには分析の具体的な統計量が載っています。例によって一般向けの翻訳本だと説明がおおざっぱで、ここにある係数が標準化ベータなのやらなんなのやらよくわかりませんが、パッと見た限りその係数は極めて小さいように思えます。つまり、中絶は影響するけどさほどでもないのかもしれません。
 ただ注意すべきなのは、効果量の評価基準というのは分野によってまちまちだということです。心理学の視点から見たこの効果量は確かに小さいものですが、経済学の分野から言えば十分なものかもしれません。だから著者の評価ではこの効果量で本書に書かれた結論を導くのに不足はないとみなしているという可能性はあります。

 スティーブン・D・レヴィット&スティーブン・J・ダブナー (2007). ヤバい経済学 東洋経済新報社

【書評】災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか

 もうずいぶん昔のことですが、東日本大震災のとき、避難所で整然と暮らし混乱を起こさない被災者の姿を見て自分のことでは全くないのに「これが誇り高き日本人の姿」などと悦に入っていたお歴々が大量に現れました。しかしこのような見方、つまり震災時にパニックを起こさないことを日本人の国民性へ帰す考え方は2つの意味で誤っています。
 1つは日本人でも起こすときは酷いパニックを起こすという点です。これは関東大震災における朝鮮人虐殺が該当します。
 もう1つは何かというと、これは別段外国の人だって震災時にはパニックを起こさないという点です。むしろアメリカやメキシコにおいても同様に、災害後自分たちの力で秩序だった社会、いわゆる災害ユートピアを作り上げる人々がいました。
 本書はそんなユートピアを取り上げると同時に、そのユートピアへ真っ向から「対抗」したエリートのパニックを描き出したノンフィクションとなっています。

 サンフランシスコ・メキシコ・911
 本書では多くの場合、アメリカとその周辺における事例を取り上げています。始まりは1906年のサンフランシスコ大地震。当局の不手際もあり焼け野原となったアメリカの大地で人々は何をしたのでしょうか。
 本書で登場する事例の1つが、地元住民であるホルスハウザーが自主的に開いたスープキッチンです。食料調達から調理まですべて無償のボランティアという極めてざっくりとした運営の組織が被災者に温かい食事を配り、彼らの社会のハブとなっていきました。
 粗悪で手を抜かれた建築物によって多くの人々が圧死の運命を辿った1985年のメキシコの大地震では、市民たちの奮闘がその運命からいくばくかの命を救う結果ともなりました。政府に命じられ瓦礫を撤去しようと動くブルドーザーの前へ人々が寝そべり、その瓦礫の山から8人の生存者を救助する助けとなりました。
 そのような助け合いと自主的な統制は911でも見られました。飛行機に衝突されたビルの中ですらパニックは起こらず、怪我人を優先して降ろし多くの人々が倒壊するビルから逃げおおせました。大量の粉塵の嵐に直撃された道路上の人々も手をつなぎ、助け合いながら嵐を乗り切りました。
 マスメディアに伝えられる海外の被災状況というのは、典型的には救助物資を奪い合う人々、火事場泥棒にいそしむ人々という姿かもしれません。しかし現実にはそのような混乱はごく少数であり、人間というのはパニックでも起こして一目散にでも逃げ出したほうが合理的な場合でもなかなかそうしない生き物なのです。この点は『【書評】人はなぜ危険に近づくのか』『サマーランドと「パニックになるかもしれないパニック」』でも詳しく述べました。

 エリートのパニック
 しかしパニックを起こしにくい人々の中でも、このような状況であっさりパニックを起こすタイプの人々も存在します。それが役所や政府を動かすエリートであると著者は指摘しています。
 上掲の例であっても、サンフランシスコでは暴動が起きていると知らされた軍隊が派遣され白人でなく動くものはすべて撃ち殺さんかの勢いで市街を警戒し、メキシコでは建物の倒壊現場を封鎖するだけで生き埋めとなった人々の救助は一切行わず、911でも災害に対応すべき組織の混乱が消防隊員たちを無意味に危険なビルの中へ飛び込ませる結果となりました。
 しかし最近で最も衝撃的なエリートパニックは、ハリケーンカトリーナが襲ったニューオーリンズでの事例でしょう。ニューオーリンズでは貧困層を多く住む地区が被災し、隣接する富裕層の地区がパニックを起こしました。貧困層の人々が被災によって自分たちの住む地域へ流入し混乱を生じさせると恐れたのです。しかし混乱への恐れはむしろ彼ら富裕層によって現実のものとなりました。彼らは時に自警団を結成し、時に用心棒を雇い自分たちの地区へ近寄る黒人を撃ち殺したのです。そして今でも彼ら殺人者は法的な責任を問われないままとなっています。
 このようなパニックはおおむね2つの理由から引き起こされます。1つは「被災者がパニックを起こすはずだ」という思い込みです。このような思い込みは誤りですが、未だに広く信じられています。その結果としてサンフランシスコでは軍隊が出動しましたし、ニューオーリンズにも警察が黒人を撃ち殺す気で出動し、実際に攻撃もしています。日本ではパニックを恐れた政府が原発に関する情報を隠ぺいしたりもしていました。
 マスコミもこのような思い込みへ拍車をかけています。カトリーナの際には避難所でレイプが多発しているなどという未確認の情報を垂れ流しました。国が違うとはいえ関東大震災の時と何ら変わりがありません。またフィクションのエンタメへ目を向けても、愚かな民衆によるパニックを背景に男らしい主人公が力をふるい困難を突破するというステロタイプじみた物語が多く受容されています。
 2つ目の理由は、エリートが災害に乗じ自身の権力の拡大を図ったために、被害の回復が二の次とされることです。最大の例は911とそれに伴う市民の連帯を自身の支持率アップへ捻じ曲げたブッシュやジュリアーニでしょう。前者はテロを事前に察知していたのではと疑われ、後者も緊急対策センターの不備を覆い隠しかえって自分の男らしい権力者ぶりをアピールすることに使いました。この辺りの事情は戦術の映画での主人公の描かれた方も関係するのでしょう。

 市民の力をどう生かすべきか
 しかし同時に、ある程度はエリートと呼ばれている人々の立ち位置もわからんではないという印象もあります。通常社会においては、杓子定規ともとれる規定やマニュアルを活用することで業務を円滑に進めています。その利益は計り知れません。その規則を改善し、十全に活用することが役人に求められる能力であり、通常時においては欠くことのできない優れた技能です。
 しかしこの技能は災害というアクシデントにはひどく不向きです。それゆえ、市民の緩やかで大雑把な、善意を基にした連帯の前に戸惑い、足手まといとなる側面があります。そのうえ役人は立場上、規律と規範によってその場をコントロールすることを求められます。ざっくりした雰囲気でうまくいっていても、そのままで放置することをよしとされないのです。そのため役人は市民の社会を通常社会へ近づけようとし、パニックとなるのです。
 この問題を解決する方法はあるのでしょうか。水と油のようなシステムを調和させることは不可能にも見えます。しいて考えられるとすれば、役人がその持てる経験とリソースを提供し市民のコモンズをバックアップする方法、あるいはコモンズとは全く異なるフィールドに通常社会を形作り被災者を徐々に移動させることで衝突を避ける方法などが考えられます。
 いずれにせよいえることは、災害対策は市民のパニックを抑えようともがく段階から、立ち現れるであろう市民の連帯をどう生かすかという段階にあるということです。このような現状を認識するだけでも無用のパニック(むろんエリートの)を防ぎ、無用の被害を避けることはできるでしょう。

 レベッカ・ソルニット (2010). 災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか 亜紀書房

「テロ等準備罪」そのやばい点を改めて

 先日参院を通過したことでテロ等準備罪が成立しました。それを受けてのこのツイートに
 この反応でした。
この発言はさすがに馬鹿過ぎませんかね?
そもそも著作権違反は現状親告罪ですし、二次創作を推奨してる作品もあります。
あなたが動画にしてる東方とかですね。
またコミケはオリジナル作品なども少なくないですし、表現そのものに対する障害にどういうケースが当てはまるのか例を出せますか?
どういう方法でどういった内容の合同誌のどんな形式の打ち合わせをしょっぴくのか、想定がまったく成立してないので陰謀論に怯えてる人みたいですよ。 
 「強姦被害者が処女かどうかは捜査に必要な情報」という主張へのコメント
 なので今回は、この法案の危険性をのほほんとしている人たちへ伝えるべくまとめてみました。

 共謀は親告罪なのか
 まずこのコメントの誤謬の1つは、「罪そのものが親告罪である」ことと「共謀が親告罪として扱われる」ことの区別がついていないことです。著作権法違反とその共謀ではそもそも罪が違うので、一方が親告罪でももう一方が非親告罪であるということはあり得ます。
 では今回成立した共謀罪では、実際どうなっているのでしょうか。条文全文を見てみましたが、少なくとも私は共謀が親告罪になるという部分は見つけられませんでした。まぁ、条文が長ったらしいので見落としている可能性はあると思いますが、共謀が親告罪であると主張したいならば探してみればいいんじゃないでしょうか。
テロ等準備罪法案における言葉の定義及び著作権法等の扱いに関する質問主意書
提出者  丸山穂高
(中略)
 二 法案の別表第三及び第四に掲げる罪において引用元の罪が親告罪の場合は本法案においても親告罪となるのか。例えば、著作権法第百十九条第一項及び第二項の罪が含まれているが、この法案においても親告罪なのか。

衆議院議員丸山穂高君提出テロ等準備罪法案における言葉の定義及び著作権法等の扱いに関する質問に対する答弁書
(中略)
二について
 お尋ねの意味するところが必ずしも明らかではないが、今国会に提出している組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案による改正後の組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(平成十一年法律第百三十六号。以下「改正後組織的犯罪処罰法」という。)第六条の二の罪における実行準備行為を伴う計画行為の対象である犯罪が親告罪である場合、すなわち、仮にそのままその計画に基づき、その犯罪が実行され、実際の法益侵害に至ったとしても告訴がなければ公訴を提起することができないとされている場合には、当該法益侵害を未然に防止するためにその前段階の行為を処罰の対象とする同条の罪についても、同様に親告罪となるものと考える。
 ちなみに、答弁では親告罪の共謀も親告罪になるといっていますが、条文になければ「法解釈上可能」で終わる話なのであまり信頼しきるのも考え物でしょう。

 親告罪とはそもそも何か
 親告罪というのは、簡単に言えば「告訴がなければ起訴できない犯罪」です。ここでいう告訴は、被害届とは違うことに注意してください。
 この定義からもわかるように、あくまで起訴ができないのであり逮捕や捜査は可能です。もっともこの辺は学説にもよるようですし、共謀で捕まえるより適当な軽犯罪をでっちあげる方が簡単な気もしますが、少なくとも危険性が増すというありがたくない状況があるのは確実でしょう。
 というか、現行犯逮捕が可能であるはずなので、「こいつら共謀してるぞ!捕まえた!」みたいなシャレにならない状況も十分考えられるわけですが。
 弾圧には起訴できなくても逮捕できれば十分であるということを、説明する必要はないでしょう。

 準備行為の定義は
 上掲のコメントでは、どのような打ち合わせが逮捕されるのか想定していないといういちゃもんが付いていますが、しかしこれは意味のない指摘でしょう。そもそも何が犯罪を構成する準備行為に当たるのかがあいまいであるので、いったい何をすると逮捕されるかは全く想像がつかないのです。
 本来法律は、セーフの行為とアウトの行為を明確に分けます。そうしなければ、人は自分の行為が犯罪になるかどうか自信をもって判断することができず、行動が委縮されるからです。このような観点からも、共謀罪は危険であるといえます。

 以上の観点から考えれば、同人活動には大分ありがたくない法律であることは明々白々であるはずですが、しかしなぜか同人活動を盛んにしている人の中には相当数、この法案に賛成している人がいるのが事実です。私には理解できない理屈でもあるんでしょうか。

前科ある不法移民300万人強制送還がやばい訳

 さっそくトランプの話題ですが。
 トランプ次期米大統領は、200万~300万人の不法移民を公約通りに米国外へ強制送還する方針を強調した。CBSテレビが13日、トランプ氏のインタビューを伝えた。大規模な強制送還は内外に波紋を広げそうだ。
(中略)
 国内の不法移民はヒスパニック(中南米系)を中心に1100万人を超える。トランプ氏は、強制送還されるのは「犯罪者や犯罪歴がある者、ギャングのメンバー、麻薬密売人だ」と説明。ほかの不法移民に対しては、新政権が国境管理を強化した後に「決定」を行うと述べた。決定の具体的内容は明らかではない。(共同)
 強制送還の対象は「犯罪歴のある不法移民」、300万人規模-産経新聞
 通常の推論能力をもってすれば、この300万人強制送還がいかに無糖滑稽な計画かわかるはずですが、それとは別に、前科を理由に不法移民を強制送還するのはいろいろとヤバイ理由があります。

 300万人強制送還は無理
 まず、300万人強制送還が不可能であるという話から試算してみましょう。
 仮にこの300万人をトランプの任期8年以内に強制送還するとします。すると、この8年間1日たりとも休みなく働いたとしても1日に1027人は処理しないといけないことになります。飛行機には詳しくないんですが、日本で運行している旅客機の中でも最大クラスのエアバスでも座席数は200を超えないようです。つまり1日にエアバスを5機以上飛ばさなくてはいけません。雨天等で運行できない日があればより大変なことになります。
 また、例えば東京管区の府中刑務所の定員は3000名以下。アメリカでも1つの刑務所の定員は大差ないようですから、不法移民を送還までの間どこかに集めようと思ったら3日で1つの刑務所が潰れる計算になります。
 また、送還までにかかる手間も莫大です。その人が本当に送還の対象になるのか確かめ、当人をとっ捕まえてきてとなると、かなりの数の公務員を増やしてもやはり不可能でしょう。少なくとも現場の大混乱は避けられません。
 こうして考えてみると、300万人強制送還が如何に無糖滑稽な計画であるかがよくわかると思います。ちなみに、日本にも似たようなことを言って結局できず、大失敗した政治家がいます。消えた年金記録5000万件を1年以内に照合すると言い切った当時の安倍首相その人です。

 遡及適用にあたる
 仮にアメリカ人のスーパーパワー的なサムシングによってこれが可能になったとしましょう。しかし、やはり大きな問題が次から次へ出てくることになります。人道上の問題が一番大きいのですが、トランプを支持してしまう人間には効果がないと思うので、割愛させていただきます。
 この強制送還の大きな問題の1つは、罪刑法定主義を木端微塵に粉砕しかねないということです。どういうことかというと、既に前科を持っている、つまり過去に罪と量刑の決定した人々に更なる罰則である強制送還を後付けで課すことはまずいということです。後付けでいくらでも刑罰を追加で課すことができるのであれば、法律によって罪と罰を規定するという仕組みが無意味になります。
 これが、法律制定後に有罪となった移民を強制送還するという形なら、まだこの問題は起こりません。

 弾圧がヤバイ
 犯罪者を強制送還というと真っ当に聞こえますが、どの犯罪者を強制送還するかによっては一気にいろいろな弾圧の手段ともなりかねないというやばさも存在します。
 例えば日本では、デモの参加者などが警察に公務執行妨害で逮捕されることは日常茶飯事です。所謂当たり公防とか転び公防とか言われるものです。デモで逮捕者何人みたいな報道を聞く限り、その辺の事情は外国でも大差ないのだろうと推測できます。
 仮に強制送還の対象が、ありとあらゆる犯罪の前科を持つ移民であるならば、このような公務執行妨害でも強制送還に追い込むことが可能になります。なので、移民たちは転び公防されそうなデモなどには怖くて近寄ることもできず、彼らの表現の自由は著しく阻害されることとなります。
 もっと極端な事例を考えるならば、とにかく移民の跡をつけまわして、何らかの逮捕可能な行為を見つけ出してきて捕まえて強制送還ということも可能になりうるということです。こうなると移民は外を安心して歩くこともできなくなるでしょう。
 また移民の少年による犯罪も強制送還の対象となるならば、少年だけでなく家族も結局は帰国を余儀なくされることとなります。あるいは、帰国のための費用を賄えない場合、年端もいなく子供だけ強制送還というアムネスティがブチギレそうな事態にもなりかねません。さすがにそこまでたがが外れることはないとは思いますが、なにせあのトランプですから、油断が出来ません。

 逆に犯罪被害が増える?
 しかし、前科のある不法移民を強制送還すれば犯罪は減るのでしょうか。私の推測では、それはないだろうと思います。
 確かに前科のある不法移民を強制送還すれば、彼らによる再犯の可能性は0になるでしょう。しかし根本的な解決にはならないでしょう。彼らが犯罪を犯すことになった原因は何1つ、本当に掛け値なしに何1つ解決されていないからです。この原因が解決されない限り、原因は犯罪者という結果を生み続けます。どんな犯罪者でも初犯者である時があるのです。
 むしろ、強制送還という罰則は治安に悪影響を与える可能性もあります。犯罪学では野蛮化という現象が知られています。これは、厳しい罰則を逃れるために結局もっと重い罪を犯すようになるという現象で、例えば飲酒運転の発覚を恐れて事故の被害者を放置して逃げるといったことがこれに当たります。
 捕まったら強制送還という後のない罰則は、犯罪者に絶対に見つかりたくないという思いを起こさせます。そうすると、犯罪者は証人を殺そうと画策することになります。また、どんな犯罪でも捕まれば強制送還という上限目いっぱいの罰則は、裏を返せばここからどんな重い罪を犯しても罰の重さが変わらないと解釈され、さらなる罪を誘発しかねません。
 逆に、真に犯罪の原因である要因に働きかければ、より効果的に犯罪を減らすことが出来ます。犯罪の原因は突き詰めれば移民でもアメリカ人でも同じです。つまり、原因にきちんと働きかければ犯罪者の国籍を問わず犯罪を減らすことができる可能性があるのです。

 結局のところ、300万人強制送還は犯罪対策としてはスケープゴートにしかならず、現状を悪化させることはあっても好転させることはないでしょう。まあ、いろんな意味でトランプとその支持者らしい考え方だとは思いますが。
 AP通信は14日、トランプ次期米大統領の新政権で外交を担当する国務長官候補にニューヨーク市のジュリアーニ元市長が浮上したと報じた。エネルギー長官には米国の「石油王」と称されるハロルド・ハム氏らの起用を検討している。
 ジュリアーニ元市長、国務長官候補に浮上 AP通信報道
 ちなみに、ニューヨークでゼロトレランス政策を主導したジュリアーニの名前があります。ゼロトレランスは、割れ窓理論に基づくと称する、実際には無関係な非寛容政策であり、効果があったと一部ではみなされていますが実際には政策ではない要因で犯罪が減少したという見方が支配的な、要は禄でもない治安対策でした。外交担当なので治安対策に噛んでくる心配はないと思いますが、注意しておこうと思います。
犯罪心理学者(途上)、アマ小説家。カクヨム『アラフォー刑事と犯罪学者』『生徒会の相談役』『車椅子探偵とデスゲームな高校』犯罪学ブログ『九段新報』など。質問はhttps://t.co/jBpEHGhrd9へ
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