晴れ、曇り、時々、デンマーク

デンマーク留学中の、上がったり下がったりな日記。

お引っ越し

ブログを引っ越しすることにしました。

引っ越し先は

http://kuffert.blog122.fc2.com/

です。

まだまだこれから記事を書いてく段階ですが。こちらの記事も追々古い日付のまま移動させれたらな〜なんて思っていますが、時間が追いつくかどうか。

秋休み前と中の2週間、しっかり遊び倒したので、デンマーク語試験に向けて再び勉強しなければです!

昨日は久しぶりにデンマーク人と散歩しながら、2時間半デンマーク語のみぶっ続けで喋り(しかも早口コペン弁)、夕食後さらに2時間ほどメッセンジャー。この調子で(?)試験まで1ヶ月切ったので、ラストスパートかけます。

あ、とりあえず引っ越しの連絡でした。

ビザ、下りたけれど

オペアとしてのビザが12月22日まで下りました。2006年6月23日にオペアとしての最初のビザをもらっているので、きっちり1年半のビザということになります。

現時点でデンマークオペアの期間に関しては、「オペアは基本的に合計1年半。家族に特別な事情がある場合のみ、合計2年可」となっていますが、この『特別な事情』というのは、移民局曰く「家族にハンディキャップも持つ子供がいて、どうしても助けがいるというようなケース」だそうです。

しかし、私としては大学に復学する来年4月ギリギリまでデンマークに居たい。家族としては、できることなら2年、大学があるのであれば、大学開始まで居てほしいとのこと。加えて、12月22日までに帰国しろというのはあり得ない!というママペニーラ。というのも、デンマークではクリスマスは家族一大イベント。皆が皆、クリスマスをウキウキしながら待っているなか、帰国なんて!です。パパラースは「メグミのこのデン語レベルを考慮してなんとかならないのか。異議を移民局の上に申し立てようか」と。以前何かの仕事の問題に関して、法律を勉強していたというパパラースの相方ニルスが、移民局の対応に満足いかず、上に(大臣に)申し立てを行なったことがあるそうで、ラースとしても「本当に移民局は!」のようです。

そこで、ママペニーラが移民局に電話で、「オペアのメグミのことなんだけれど、1年の延長申請をしたけれど、半年の12月22日でビザが切れてしまうの。彼女がいなければ、家族が上手く機能しないし、クリスマスの前に帰国なんて酷すぎると思うの。何か方法はないのかしら?既に合計1年半のビザが下りてしまった後に、異議申し立てをした場合、デンマーク国内に滞在できないと手紙には書いているし・・・。彼女が滞在できるのは大学に復学する数ヶ月間だけなの。」と問い合わせてくれました。

移民局からの返事は、

「ビザの延長申請というものは、ビザが失効する早くて2ヶ月前、遅くて1ヶ月前にしなければいけませんが、もう一度、『特別な事情』を理由に延長申請をすることが可能です。申請を2ヶ月前に行うのではなく、ギリギリ1ヶ月前に申請すれば、クリスマスまでに判断が下されることはないし、延長申請の返事待ちであれば、デンマークに滞在することも可能です。」

というもの。今回延長申請をしてから、ビザを手にするまで約半年(しかも最初4ヶ月はおそらく担当は決まっていただろうけど、審査段階になかった)、という彼らの仕事っぷりを計算した上での、滞在先延ばし作戦を当の移民局側から提案されるとは思ってもみなかったので、ママペニーラと「妙な提案するもんね〜移民局」と話していました。

そして、昨晩キッチンでパパラースから告げられた衝撃の事実。

「クリスマス、イタリア(の別荘)で過ごそうって言ってるんだけど、メグミのチケットも買ってるからね。12月20日発、1月1日帰国だから。」

今まで「一緒に行く?」と休暇に関しては事前確認があったのですが、今回は購入後報告。

ということで、年始までは少なくともヨーロッパにいそうです。まだ移民局に足を運ばねばならんと思うと、凹みますけれど。前回の記事でかなり家族に切れていた私ですが、ビザの件や休暇の件、別に聞いた今後の構想に私も一緒に加わってもいいと言ってくれる彼ら、頻繁に「こんにゃろー」と心の中で思っていたりもしますが、やっぱり大好きな家族だなと思うのでした。

疲れマックス

ここ最近1ヶ月の間に、オペア家両親外泊が3回目だった木金曜日。土曜の夜に両親が帰ってきましたが、私の機嫌はこの上ないくらい悪く、疲れもピーク。

水曜日三男ハニーが幼稚園に行かず家におり、とりあえず構って欲しいハニーにぐったり。

木曜日夕方ハニーを迎えに行き、寝る直前までは、来デン中の妹も交え、一緒にヒュッゲリに過ごしていたものの、寝かしつけるため2階にあがる途中から前ぶれなく泣きはじめ、1度パパラースに電話し声を聞かせて落ち着かせ、ラースからの突然のプレゼントの存在を教えてもらい、見つけるもそれが気に食わなかったらしく、再び機嫌が悪くなり、泣き叫ぶ。無視を決め込むと、叫びだし、周囲のモノに当たり散らす。泣いた状態で「パパにもう1回電話して!」と要求してきます。1回目の電話の前に、「話し終わったらパジャマに着替え、歯磨きをし、寝ること」と約束をしていたのに、それをしない、歯磨きは適当。極めつけは、「メグミは何も決める権利なんてないんだ!僕のことを決めないでよ!言うこと聞いてくれればいいんだよ!」。元来短気な性格も、それもこちらで生活しているうちにマシになっていたのですが、今回ばかりは私もプチーンと切れ、「私はあんたの使用人じゃないよ!」と思わず言ってしまい・・・。興奮しきったハニーは、私の手には負えず、ラースに再び電話。「ハニーが泣きわめいて、更に興奮していて、私にはもうどうにもできない。ハニーはラースと話がしたいと言うだけで・・・」と言ってからハニーに話をさせ、落ち着いた所でラースとペニーラの寝室で2人で一緒に寝たのですが、寝返りをうつハニーが気になって熟睡できず。

金曜日朝、無事にハニーを幼稚園に送り出し、とりあえずほっとできると思いきや、ユラの友達たちが家に来て、ドンドンガンガン、片付けたはずのキッチンが5分後には、グチャグチャです。この晩は別の人がハニーを預かってくれるとのことで、コペンハーゲンへ。

土曜日昼前、ハニーが帰宅。常にテンションが高い。私がハニーの行動で常に許せないのが「食事の仕方」「食事に対する意識の低さ」。犬のように食べてみたり、平気で食べ物で遊んだり。「それは作った人を馬鹿にしてるよ。尊敬する気持ちがない」と言ってみるも、「尊敬」という単語自体が分からないという彼に、私ではそれ以上説明もできず・・・。言うことを聞いてくれるメグミ、と私のことを思っているハニーは「〜さえすればいいの!」という言い方を頻繁にしてくるのですが、今日はそれにも限界が・・・。

様々な限界まで達したここ数日、家族全員に対して機嫌が悪くなり、機嫌の悪さは両親が帰宅したときピーク。私がいるから、もちろん旅行に行ってもらっても構いませんが(むしろそのためにいる)、回数を考えるなり、時期を考えるなり、旅行中でも一瞬子供のことを考えて寝る直前ぐらいに電話入れるなりして欲しい。兄弟や親戚が末っ子の世話をするのと、全くの他人である私が世話をするのでは、かなり負担が違う。旅行のことを前もって家族全員に言っておくぐらいして欲しい。旅行数日前にラースと私の会話を長男マウが聞いてなければ、マウは旅行のことを知らなかったし、次男ユラに至っては木曜日の晩、両親が既にイタリアに行った後にその事実を私から知った。私からしてみれば、子供に言わずに行くなんて、そんな馬鹿なである。そして、散らかすだけ散らかす次男ユラと友達。食べるだけ食べる。一回自分で家中掃除やら、買い出しやらしてみろ!と怒りが沸々と。

私は、週1回家の掃除と家事や子供の世話手伝いのために住み込んでいる訳ですが、先回りして黙々とこなす私も私ですが、依存度が上がってきていることに疲れマックス。家族として相手に文句も言えないし。

しばらくは、ハニーの私を呼ぶ声を聞きたくないぐらいです・・・。運良く(?)来週月曜日から1週間秋休みなので、その間にリフレッシュします。

ケチャッパー

『マヨラー』なる言葉がありましたが(今もあるのか?)、長男マウはマヨラーならぬ『ケチャッパー』でございます。とりあえず、ほぼ何にでもケチャップ。アメリカ留学の名残りなのかなんなのか…。

昨日、冷蔵庫の中を見て、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、牛ミンチで作れるものを考え、ミンチで肉じゃがをしてみました。テーブルについたマウ、おもむろに冷蔵庫へ行き持ってきました、大好きなケチャップ。何に使うのかと思えば、肉じゃが。私はもう苦笑いしかできません…。パパラースが「マウ、メグミが何で笑ってるか分かる?」と訊くと、「ん、ああ、ケチャップだろ?」。わかってるんやん!

にんにく、鷹の爪ベースのパスタにケチャップも当たり前な彼。ちなみにクリームパスタもケチャップです。流石にもう慣れたからいいものの、ケチャップ自体味が強いから、嫌いな味を隠してしまうために使っているのか?と最初は思ったものです。おそらく薄味よりも、ガッツリ濃いものを食べたい年頃なんだろうとは思いますが、肉じゃがにケチャップは失礼極まりないだろう!マウよ。

アンタ、彼女が食を大切にする文化圏出身だった場合、それしたら絶対殴られるよ、と思うのでありました。私なら殴って、食事作らせます。


アルファベット、書けたよ!

自分のミドルネーム限定でしかアルファベットをきちんと認識して書けない、三男ハニー。時々Mとか書いてるんですが、どうも「M」と思わずに書いているようでして、「これはMだね〜」なんて言うと、「違うよ!Pだよ!」などと全く別のアルファベットを言ってくれます。

昨日昼過ぎから知り合いが遊びにくるとのことで、知り合いの娘ナナちゃんにプレゼントを作ったら?と暇をもてあそんでいたハニーに提案。A4のコピー用紙を大きなハートに切り抜いてあげ、そこにハニーは、何故かコアラの顔を描きました。

絵を描いて大満足のハニーにさらに提案。

私「ナナへって書かなくていいの?」
ハ「書く!でもどうやって書いたらいいの?」
私「じゃあ、別の紙に私が書くね」
ハ「うん!」

と一生懸命見よう見まねで、アルファベットを書き写していました。彼のミドルネーム以外の単語(意味をなしているもの)を初めて見た私は、写真をパチッと撮りました。今まで「これマウの誕生日プレゼントでしょ?マウへって書かなくていいの?」やら、「ユラはこうして書くんだよ〜」と2人で遊びながら、ことあるごとに家族の名前の綴りを見せていたんですが、全く興味のなかったハニー。しかし、移り気な彼のこと、私の名前の綴りを帰国するまでに覚えてはくれない気がします…。そして、きっとずっと綴りを間違えられたまま…なんだろうなぁ。

20070923
「僕は撮っちゃだめだよ〜。ハートだけ!」
『…Nが一つ間違ってけど、まあええか』

夢の中へ 行ってみたいと

午後18時。長男マウは今晩パーティー(要は飲み会)へ出掛けると聞いていたのですが、夜ご飯がいるのかどうか分からなかったので、訊きに行きました。が、部屋のドアをノックするも返事無し。私からしてみると、デンマーク人耳が遠い印象があるので、また聞こえていないのかと思い、ドアを開けて頭を突っ込むと…寝てました、マウ。

しかし、ここは聞いておかねばなりません。中途半端に多く作ってあまらすのも嫌なので。

私「マウ」
マ「(寝息)」
私「…マウ…」
マ「…−ん…」
私「夜ご飯、家で食べるの?」
マ「何て?」
私「夜ご飯、家で食べるの?」
マ「何て?
私「…家でご飯食べるの、今晩?
マ「何て?
私「今晩、飲み会なんだよね?」
マ「…うん」
私「で、夜ご飯家で食べるの?」
マ「俺にもわかんない」
私「OK…」

なぜ、「夜ご飯家で食べるの」とそれだけの文章が通じなかったのか。普段聞き取ってくれるのは、やっぱりデンマーク語脳内変換をかなりさせていて、寝起き無防備状態じゃ聞き取れないような、デンマーク語を私が喋っているってことかな、と自信喪失していました。起きてきたマウに「さっきは起こしてごめんね」と言ったら、

マ「え?起こしたの?いつ?」
私「18時ごろだけど」
マ「全然知らないや、ははは」
私「そう…」

私のデンマーク語の問題ではなく、彼が夢の中だったために、私と会話をしているようでしてなかったということみたいです…。デンマーク人はデンマーク語で、日本人は日本語で喋る私の夢の中で、デンマーク人なのに、片言の日本語すら知らないのに、日本語をペラペラ話し始めて驚かしてくれたマウ。次、今回のような、夢の中で会話してるようなことがあれば、日本語で質問してやる!と思ったのでした。意外に質問に答えてくれるかもしれない(そんな馬鹿な)。

学校修了テスト

語学学校KISSの修了テスト、最後の口述試験が本日終了し、試験後、先日実施された「読解」「作文」の成績と今日の「口述」の成績があわせて告げられました。

今までの評価方法(1から13段階、6以上が合格)で、3つ全て「9」という評価でした。今年11月12月から実施される新評価方法(-3、00、2、4、7、10、12の7段階で2以上が合格)に置き換えると、「7」となるそうです。

正直、口述試験で旧評価「9」をもらえるとは思ってもいなかったので、「え?あれ?いいの?」と私自身驚いています。これも、今朝ペニーラからもらった言葉のおかげであり、土曜日に口述試験の原稿訂正をしてくれた長男マウのおかげであり、私のデンマーク語を聞いてくれる、相手にしてくれる人たちのおかげであり、語学学校の愚痴を聞いてくれる友人のおかげであり、頑張れと日本から結構薄情な(!)私に言ってくれる人たちのおかげです。

オフィシャルのデンマーク語試験PD3の過去問を使って、PD3と同じように行われたこの試験。口述試験の教室には、中心試験官である先生クラウスと、もう一人の採点試験官である先生フランク。本当のPD3ではKISSの先生と、別の語学学校の先生が試験官になります。さて、緊張した面持ちでパートナーのアマル(ヨルダン人)と教室に入ると、クラウスはサッカーチームBrøndby IF(通称Brøndby)のユニフォームを着ています。一方フランクはコペンハーゲンに本拠地をおくサッカーチームF. C. København(通称FCK)のユニフォーム。教室に入った瞬間、私が言ったことは「ここで殴り合いしちゃだめだよ?」。この2チーム「ライバル」なのです。「ははは。しないしない。テストが終わったらFCKかBrøndbyどっちが好きか聞くけどね(笑)」と、和やかな雰囲気で始まった試験。

最後に出された問題は、5つのスポーツ運動に関する絵を見て、絵について短く説明し、どのスポーツが健康に一番いいと思うかをパートナーとディスカッションするというものでした。ディスカッションが終わった後、試験官からディスカッションで言った自分の意見に対して、更に掘り下げた質問がされるのですが、私に対しての最後の質問が、「2、30年前に比べて、多くの人が登山など、より危険が伴うスポーツをするようになったけれど、何が原因だと思う?」。『ひぇぇぇ!またそんな答えにくい質問を!』と内心質問したクラウスを呪いながら、今朝ペニーラが「試験前なんかに頑張って(held og lykke)って言う、その言葉がマイナスに作用することがあるのよね」と言っていたのをふと思い出し、それに当てはめて答えてみました。「はっきりと言うことはできないけれど、デンマークの生活水準上昇が原因だと思います。生活水準が上昇して、色々な危険はなくなったけれども、その反動でスリルのあることを人は望んでいるんだと思うんです。」と。朝ペニーラと喋っていなかったら、きっと何も具体的に説明できず、シドロモドロだったに違いありません。

ちなみに先生クラウス、本当に試験最後に聞いてきました。「BrøndbyとFCKどっちが好き?」と(笑)私の返答は、「ごめんだけど、FCKだわ〜あはは〜」です。

冷蔵庫の中は要確認

買い物に行く前に、必ず冷蔵庫の中を確認するのは、オペア家で私だけ。思いつきで、その日の夜ご飯メニューなどを仕事帰りに買い物をしたペニーラやラースが「冷蔵庫に入ってるのに!」というものまで買ってきて、冷蔵庫の中で出番を待つ野菜たち…でも気付いてもらえず、くたびれていく…ことが多々あります。そうかと思えば、金曜日と土曜日家で夜ご飯を食べない予定で、買い物を誰もせず、特別なスーパー以外閉店している日曜日に、冷蔵庫の中すっからかん!ということもあり…。例えば、一時期、冷蔵庫に3キロ近いニンジンがあり、「流石にこの古いニンジンどないかせねば!」と朝からニンジンケーキにしたこともあれば、連夜の野菜スティック攻撃、胡麻味噌ディップと梅ディップで消費したことも…。

どうも、この家族、「家に何があるか」ではなく、「何を食べたいか」を優先して買い物をするため、家にあるものは覚えてない、というか、覚える必要性がない。更に、ラースが仕事の関係で週1回ほど、果物やら野菜やら持って帰ってくるのですが、これまた予想できないので、梨、りんご、どんどん傷んでいく!もったいない!今日はバナナがかなり熟してしまっていたので、急遽バナナパウンドケーキにし、冷蔵庫で眠っていたギリギリセーフの白ぶどうを洗って、キッチンに出しておきました。…そうすると、皆つまむ。

私は「食べ物を傷ませる、無駄にする」というのが、大嫌い。「いただきます」「ごちそうさま」という言葉は、生産者に、料理を作った人に、天候に、土壌に、つまるところ、食べられることに感謝を込めて言うものだと思っているので、「食べれるはずのものが、食べられない状態に不注意でなってしまう」ことは、この上なく耐え難いのです。

「ごちそうさま」を作った人に対して言うデンマークで、私的解釈「いただきます」「ごちそうさま」を強制するわけにもいかないので、一人冷蔵庫を開けるたびに、チェックしています。

先日、ご飯があまった時に、めんつゆと白胡麻を混ぜて「いつでも焼きおにぎりができるように!」と10個ほどにぎって冷蔵庫に置いていました。夜ご飯が超あり合わせのものになった日に「おにぎり冷蔵庫に入ってるから、足りなかったら焼きおにぎりにしたらいいね〜」なんて、ペニーラたちと食卓で話していたら、キッチンで話をしながら、自分達のご飯の準備をしていたユラとバンド仲間から、「おにぎり、美味しかったよ」との声が。その時点では、おやつにつまんで、まだ数個は残っているだろうと思っていたのですが、後ほど冷蔵庫を見ると、やけに庫内がスッキリ。一瞬何がなくなったのか、理解できず、テーブルの上にあったおにぎりがあったはずの皿を見て、「少年達が全部食べたのか!」と気付きました。気付いてペニーラに、「おにぎり、まだ残っているわって思ってたら、全く残ってなかったよ!」と報告すると、「あー…さっきの美味しかったよは、全部食べてからの発言だったのねぇ」。

四六時中腹をすかせた少年達の出入りが多い家なので、作り置きのものは突然なくなったりします。冷蔵庫には傷みそうなものがないか、さっきまであったものがなくなっていないか、両面から要チェック。私はオペア家の冷蔵庫マスターへの道まっしぐら(笑)

パルメザングリッシーニ

イタリア、ピエモンテ州トリノ出身の細長い、クラッカーのような食感をしたパン、グリッシーニ。ピエモンテと言えば、うちのワインセラー管理人パパラース曰く、ワインが美味しい地域。トリノといえば、背景に山肌の見えた、雪のなかったオリンピック(苦笑)

そんなトリノ出身のグリッシーニ。これが意外にも簡単、且つ美味しい。ワインにも合いますが、少し塩辛いとビールも進む!今回はユラ15歳のバースデーパーティー、ウェルカムドリンクのお供として作った、少し手間がかかるバージョンのグリッシーニレシピを。



材料(25センチ長さ、約25本)
無塩バター  50g
牛乳     200cc
生イースト  10g
強力粉    375g
パルメザンチーズ
(すりおろしたもの) 大さじ3
塩      10g(これだと少し塩辛い)

下準備
●オーブンを230度に温める。

作り方
1.鍋にバターを入れ溶かし、そこに牛乳を加え、人肌になるまで温める。

2.1の鍋にイーストを加え、よく混ぜ合わせる。

3.ボールに強力粉、すりおろしたパルメザンチーズ、塩を入れ、2の牛乳などを少しずつ加えながら、その都度手でよくこねる。この作業を生地がまとまるまで続ける。

4.清潔な作業台の上に生地を出し、生地を指で押すようにこね、生地の端を内側へ内側へと折りたたみながら、指で押す。(この時、オイルや打ち粉は不必要)

5.湿らせた布巾を生地の上にかけ、30分休ませる。

6.30分後、もう一度4と5の作業を繰り返す。

7.2度目の30分休憩が終わったら、打ち粉をした作業台で、生地を麺棒で長方形に伸ばす。

8.7の生地を1センチ幅にナイフで切り分けていく。

9.8を1つずつ指先で転がし伸ばす。生地の両端は耳たぶみたいになるように、最後に軽く押さえる。

10.クッキングペーパーをしいた天板の上に、伸ばした生地を並べ、更に10分休ませる。

11.230度で温めていたオーブンの温度を160度に下げ、焼き色が付くまで10分ほど焼く。

12.焼きあがったら、網の上で冷ます。

※ディップや生ハムと一緒に食べても。塩が少し多めでビールがよく進みます。

5年目にして発覚

さっき、唯一家に居た長男マウに、水曜日の口述試験の一部、monolog『デンマーク王室の今と昔』の原稿を直してもらいました。辞書を駆使して、日本語→英語→デンマーク語と翻訳してもなかなか「これ!」という表現を見つけられず、とりあえず納得しないながらも書き上げた文章は、案の定「こんな言い方はしないよ」と数回言われました…。何だか負けた気分やけど、直してもらってなんぼ。言語を学ぶ時は間違いに対するプライド捨てななぁと、つくづく思います。

「デンマーク王室は10世紀のゴーム老王から始まりました」と述べた一文。私は日本語の「〜から」を英語のfromにあたる「fra」を使っていました。それを見た長男マウが、「ここはfraじゃなくて、med(with、〜とともに)だよ」と訂正。そ、そうなの!?今まで5年デンマーク語に触れてきましたが、私、ずっと「fra」って言っていたかもしれない…。5年間の思い込み間違い、こんな小さなものだけでなく、もっとこうネタになるぐらい大きなものがありそうです…。発覚して欲しいけど、して欲しくないような。どんな恥ずかしい思い込みが出てくることやら。乞うご期待!?
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