リン・ヒル著書「クライミング・フリー」の中で、ロストアロースパイアー、及びジョン・サラテに関する記載がある。
そのくだりをそのまま引用したいが、さすがに著作権法上さしつかえがあるので、意訳してまとめてみます。

本もぜひ読んでみてください。長くなります以下、



ヨセミテの巨大な岩壁に数々とある伝説の中でも、私(リン)がもっとも気に入っているのは
ロストアロースパイアーに関しての話し。

初登者は、「ジョン・サラテ」1899年生まれ、スイス人で生まれ、アメリカへ移民となったブラックスミス(鍛冶職人)、菜食主義者。

彼は1947年に、ロストアロースパイアーに登る。

そのために、新しいピトン(ハーケン)をつくった。

それまでのヨーロッパ山岳地帯で使われていた軟鉄製のピトンでは、硬い花崗岩のヨセミテでの使用に耐えきれなかったのだ。

新たに、鋼鉄製のピトンを作る必要があった。
(まだ、フレンズ、もキャメロットも、もちろんパッシブプロテクションの類もなにもない時代。
いや、そもそも、クライミングギアを作るメーカーもなければ、クライミング技術自体も確立していない時代)

そして彼は作った、フォードA型車両の高炭素鉄鋼材の廃材をもちいて、ロストアローを登るための、新しい鋼鉄ピトンを。

この新しいクロームモリブデンハーケンはその形状がまたもって、ロストアロー(折れた矢)に似ていたことから、Lost arrows ロストアローと呼ばれることとなる。

こうしてグラウンドアップにて丸5日を要し、4夜のビヴァークを経てロストアロースパイアーにjohn salateは登る。

現在でもなおブラックダイヤモンド社が製造販売しているハーケンのラインナップにロストアローがある。
その後、サラテの偉業を冠して、Elcap壁に、かの名高い「サラテルート」が引かれる。
そして、1997年、平山ユージが、オンサイトワンプッシュオールフリーを成し遂げたのが、その「サラテルート」


 さて、著書のなかでリン先生は、この下りを最後このように締めくくっている。

 現代のクライミングは進歩している、様々なプロテクションの開発、軽量、便利な装備、ダンスのような洗練されたムーブを身に着けたクライマー達。

 一方で、装備も何もかも、必要なものは自ら作り出すしかない時代。戦後まもない時代、そこに未踏のルートがあり、ただ登りたい対象だけが存在しているその時代、ヴィジョンを持ち、自らプランを描き、自らハンマーを振るい鍛え上げたハーケンを携え、その頂へとたった古人とをくらべたとき、どちらがより、物事を成し遂げる力をもっているのか?と。

 アメリカ史に欠かすことのできない、いわいる、「パイオニアスピリット」というものが根底に横たわっている。

 リン先生の文章からはサラテへの憧れと、敬意が伝わってきます。


ArrowheadAreteandSpire

アローヘッド スパイアー


 シューズの話からはずれてしまいましたが、クライミングが好きな方ぜひ読んでみてください。
つっこみどころも満載です。「クライミング・フリー」
 ・子供心のリン先生、水泳教室の大人の男に恋をして、そこからパワーをもってきます。しかも自覚します。凄い!
 ・男性クライマーを虜にするリン先生、はっきり言って、どこにいってもすべての男を持っていきます、凄い!
 ・ルート終了点から、転落事故をおこします、自らの過ちにより。反省と考察、なにより生き延びたことが凄すぎる。
 ・リン先生が最後、ノーズに何度となく挑む姿勢からは、学ぶものが多くあります。