2008年06月29日

モンブラン2桁シリーズ・グレー軸にぴったりのインク:色彩雫「霧雨」

 日本語がある程度身についてきた外国人学習者にとって、「雨」という字は厄介な文字らしい。姿かたちから「雨」いう文字は覚えやすいそうだが、「雨」の字がついた言葉の読み方はすこぶる難しいというのだ。

 

ふつう<あめ>と読むが<あま>と読む時もある。<さめ>と読む時もあれば<う>と読む時もある。そこに確たる法則があるのか訊いても明快に答えてくれる日本人国語教師はほとんどいないらしく、「雨音」は<あまおと>、「大雨」は<おおあめ>、「小雨」は<こさめ>、「豪雨」は<ごうう>、「五月雨」は<さみだれ>、「時雨」は<しぐれ>、「梅雨」は<つゆ>と、それぞれ丸暗記をするしかないというのだ。

 

稲作文化と密接な関係のある日本人にとって、雨は、一年中、気にかかる事象だった。やまとことばに漢語が加わり、「雨」を表現する言葉がふくらんでいったのだろう。四季の移ろいの中で「雨」の違いを微妙に使い分け、しかも、それぞれの雨に色の違いも見ていたのだ。なんと繊細な感性だろうか。古来、歌人や詩人が、自らの思いを雨に託し、ふさわしい雨の色を思い思いに表現してきたのだった。

 

北原白秋の『城ケ島の雨』いう詩の冒頭部分を紹介しよう。

 

雨はふるふる 城ケ島の磯に

利久鼠の 雨がふる

雨は真珠か 夜明けの霧か

それとも私の 忍び泣き

 

 白秋は「利休鼠の雨」と表現している。「利休鼠」とはどんな色なのだろう。

 

黒と白の中間の色、英語でいうグレーには、「鼠色」と「灰色」という呼び方があって、青味がかった色合いには「鼠色」を、赤味や黄味がかった色合いには「灰色」という言い方を日本人はしてきたようだ。

 

 江戸時代の流行色は「鼠色」で、「薄墨色」から「墨色」にいたるまで約は百種類もの「鼠色」の種類があったという。吉岡幸雄さんの『日本の色辞典』(紫紅社)には詳しい解説が載っている。

「三年に一度は家が焼けるといわれていた江戸では、『灰』の字は忌み嫌われて、『鼠』が採用されたのだろう」(『日本の色辞典』「鼠色」の項より)

 

 利休とは、千利休のことである。上述の吉岡幸雄さんに再度解説していただこう。

「そもそも色名に『利休』が冠される場合は、茶道からの連想で葉茶か抹茶の緑色に思いがおよび『緑がかった』という形容になる」(『日本の色辞典』「利休鼠色」の項より)

 

 グレーにほんのり緑がかった色が「利休鼠」という色なのだ。以前、京都の西陣で、吉岡幸雄さんが草木染めで染めた「利休鼠」の色見本をみせていただいたことがあるが、その時に見た色味は、思っていた以上に緑色が強く、ドクター・ヤンセンの「チャールズ・ディケンズ」に近かった。

 

 

色雫1 パイロット万年筆から、万年筆用インク「色彩雫」の第2シリーズが発売されたというので、南青山の書斎館に行ってきた。

 

 今回発売されたのは、「孔雀(くじゃく)」、「松露(しょうろ)」、「深緑(しんりょく)」、「冬将軍(ふゆしょうぐん)」、「霧雨(きりさめ)」の5色である。

 

色雫見本 前作の「紺碧」を濃くした感じのターコイズブルーが「孔雀」。「松露」は青系が勝っている青緑でペリカンの緑縞の万年筆に合うような気がした。「深緑」は文字通り深い緑色。緑好きにはたまらないインクだろう。「冬将軍」は青系の強いグレーで、セーラーのジェントルインクのグレーに近い感じがした。もう少し青味を強くしていくと、ドクター・ヤンセンの「アンデルセン」に近くなるような気がした

 

霧雨1 最後の「霧雨」。

 色合いをみて、

「やっと出逢えた!」

 と感激した。

 ずっとモンブラン2桁シリーズのグレー軸にふさわしいインクを探していたのだ。オマスの「グレー」やプライベートリザーブの「グレイ・フラネル」、ドクター・ヤンセンの「シラー」や「グーテンベルグ」、セーラー・ジェントルインク「グレー」などを試してきたのだけれど、色合いが微妙に異なっていたり、インクフローが良好で良好でなかったり、紙に滲んだり裏写りしてしまったりしたので、宙ぶらりんの状態が続いていたのだ。

 

霧雨色合い 「霧雨」。いい。すごくいい。

モンブラン2桁シリーズのグレーのために作られたような色合いだ。

これ以上薄かったり淡かったりすると筆記用インクとして常用できないが、この濃さは実に使いやすい。読書をしていて文章の右脇に線を引いたりするのにも重宝するだろう。

 

 

色合い 手元にグレー軸のモンブラン2桁シリーズが2本。74番と23番。どちらの万年筆にもパイロット色彩雫「霧雨」を入れた。

 音もせずに、舞うように、降りしきる「霧雨」のイメージの線が、心をおだやかにしてくれる。

 

 

 

買い増ししては減らし、買い増ししては減らし……。これまで実に多くのインクを試してきた。一時期に比べると万年筆の本数は激減し、使うインクも限られてきている。イメージ通りの色合いが揃い、お気に入りの万年筆に吸い込ませ、出番に備えている。自分の意思で、使うインクを選ぶ。そのインクの色になにがしかの意味合いを込めて文字を綴る。「霧雨」が加わって、さらに書くことが愉しくなった。

 

 あとは、黄金色に輝くセピア色のインクを待つだけだ。



kugel_149 at 02:36│Comments(1) インク 

この記事へのコメント

1. Posted by watarow   2008年07月07日 23:36
ちょっと、訪ねなかった間にも、書きつづっておられたんですね。
まる、です。

「グレイ・フランネル」私も気になっていた色。オマスのグレーも使っていました。でも、それはボトルごとに違っていたグレーでした。

ご紹介の「霧雨」、雨男といわれる私としては、是非相性のお手合わせをしてみたいと思います。


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