2008年02月18日

郵便局の人に丁重に礼を言い、また嘉義駅へ。
駅前にナイスな旅社もある嘉義に一泊してもいいかな?とは
思ったんですが、やはり古都・台南でゆっくり過ごしたいと
いう思いがあり、先を急ぐことにしました。

台中よりずっと小さなまちなのに、駅前には白人や日本人などの
観光客がワラワラいました。
何でなのかと駅周辺を歩いてみると、阿里山鉄道の発車時刻が
あと20分ほどに迫っておりました。

正直私は高校時代に山岳部だったこともあり、山は好きです。
でも何だか「観光鉄道」になってしまったらあまり好きではありません。
去年訪れた集集線沿線も、沿線風景は良くても集集駅前は
俗化しすぎてお化け屋敷なんかもあり、観光化された悪例の一つに
なってしまいました(ただし鹿港ルーカンなんかはほど良い)。
阿里山に観光客ばかりが乗って向かうなんて、ちょっと耐えられるかどうか。

....でも、カップルとか家族連れで来れば耐えられそうです(^^;

阿里山鉄道

ま、観光列車の記念写真のみ撮って、自分は地元に根ざした列車で
ゆるゆると台南に南下します。北回帰線も過ぎ、暑くなってきました。

高雄行区間列車

(21:14)

2008年02月15日

郵便局(郵局)にて年賀状の返事を兼ねて何枚も絵はがきを書いていると
お昼休みになったようで(南国の台湾で、公共機関に昼休み・ヒルネ時間が
存在するのは当然と思います)、玄関のシャッターが閉まり始めましたが、
職員を見るとニコニコしているので、薄暗い局舎の中でそのまま書き続けて
いました。書き終えてため息をつくと、さっきニコニコしていた職員が
話しかけて来て

 「どこから来た?」<北海道>
 「嘉義は好きか?」<駅がすばらしい>
 「阿里山鉄道に乗りなされ」<あ、阿里山キレイみたいですね>
 「そうそう」<でも今回は独り旅だし、台南に行くのが目的なので> 
 「そうか。嘉義駅舎の切手あるからあげる」<ワーイ>

というわけで、切手をそのまんまくれるのかと思いきや、なんと
初日カバー(首日封)用の封筒に貼り、消印を押して下さいました。
私は高校生の時まで「日本郵趣協会」の会員だったので、こういう
記念品は嬉しい。ホント気が利くというか、有り難い幸せ....
台湾が一気に好きになったし、北海道にワンサカ訪れる台湾人観光客にも
親切にしようと思いました。 
嘉義駅前郵便局でのプレゼント

(19:52)

2008年02月01日

台湾鉄路・嘉義駅
員林客運の緩行バスはゆっくりと国道1号線を南下。途中、斗六トウリョウ、南斗ナントウと
いったまちを通過し、細かく乗り降りする人がいましたが西螺から終点まで
乗ったのは私一人。
戦前の高校野球で有名?な嘉義農林中学のあった、嘉義チャーイー駅前に着いたのは
正午前。台中に続き、日本時代に建てられた立派な駅です。

しばしば、こういった日本統治時期に残されたインフラストラクチュアをみて
「日本帝国は(台湾や韓国に)良いことをした」と言う人がいますが、
基本的に現地の農民や労働者からの収奪が原資になっているのでもあり、
また、台湾の人々が戦後も駅舎を日本みたく商業ビル化せず
メンテナンスしつつ使い続けてくれていることに感謝すべきと考えます。

ともあれ、こんな駅舎だからこそ旅情もかき立てられます。

嘉義からの列車に乗る前に、名物の鶏肉飯チーロウファンを食べて、絵はがきを出しに
駅前郵便局に行くことにします。


(21:31)

2008年01月31日

西螺は昔日の栄華は感じるのですが、小さなまちでした。
観光化してないのはいいのですが、わかりやすい所に市内地図を置くなり
案内所を設けるなり、もうちょっと整備してもいいかと思います。

22日、きょうも晴れて20℃位あります。
-20℃の北海道士別から避寒旅行に来た甲斐があるってもんです。

昨日着いたあの「丸荘醤油」のバスターミナルから、またまた員林客運バスに。
北回帰線の都市、嘉義チャーイー に向かいます。バス賃112元。
員林客運バス(西螺 - 嘉義)

(21:22)
800元(約2,700円)の宿ならトイレやシャワーはもちろん、
冷蔵庫や冷房もついてます....が、台湾の安宿に多い、窓の無いタイプ。
朝だか夜だかわかりません。でもだだっ広い部屋。悠々と眠れました。
西螺・一生大旅社(室内)

(21:08)
西螺古街・和美洋服店
台湾中でいま、打ち捨てられていた古街・老街をおしゃれなカフェや小物屋、
土産物屋として再生する動きが盛んですが、西螺古街にはまだその波が
及んでいないようです。

写真は「和美洋服店」。日本が占領していた時代(1895-1945)の商号が
残っています。原住民を除き、台湾が世界史に登場したのはここ400年ほど
ですから、そのうち50年間を日本が支配していたわけで、韓国の36年間と
比べても日本帝国が落とした影はずっと大きいのです。

さて「地球の歩き方」では、西螺に宿泊施設があることはあるがお勧めしない、
日帰り観光すべし、と書かれています。
しかし西螺を歩いてみると3軒ほどの現役旅社があり、その他に廃業した旅社2軒が
確認できました。
新幹線(高速鉄路)開通で、台湾内日帰り可能圏となり確かに地方の旅社やホテルは
経営難だそうですが「歩き方」にお勧めしないと書かれると泊まりたくなる私です。
「ロンリープラネット」の言う事なら、素直に聞くのですが(笑)。

というわけで、一生大旅社を今夜の宿に。一泊800元。
西螺・一生大旅社


(20:20)

2008年01月29日

あんまり建築デザインに関心はありませんが、旅をしていて古い建物に
出会うとジーっと見てしまうものです。

これはお茶屋さん。バルコニーの「茶」はいいですね。
加藤茶さんとか、自宅をこんな風に改装したらいいかも。
西螺古街・お茶屋さん

(21:08)
別の建物ですが、二階バルコニーの柵が「LION HOAN」と彫り抜かれています。
なかなかおしゃれです。
西螺古街・LIONHOAN

(21:02)
バスターミナルに「丸荘醤油」の看板がありましたが、他にも色々な
醤油醸造会社があり、西螺の名物は醤油で決まり。
醤油が名産なんて、千葉県野田市を思い出せばわかる通り地味なまちに
決まってます。地味なまちの「古街・クーチエ(「老街・ラオチエ」とも言います)」。

途方に暮れて交差点のカフェでコーヒーを飲んでいたら、
通りの一本向こうにファミリーマート(全家便利商店)の看板が見えたので
行ってみると.....ありましたありました。古い建築を有効に使っています。

ファミマ西螺店

(20:51)
拝金に忙しい人たちはこんな緩行バスなんか乗ってないのが当たり前。
というわけで乗客は通院の老人とか、母親と小さな子どもが
ポツポツと。ま、日本の地方でも平日昼間はこんな風でしょうけど。
終点まで満員になることはありませんでした。

さて、西螺到着。
実は去年の同時期も避寒旅行で台湾に来ていたのですが、台中・集集線・
員林・鹿港・彰化しか来ておらず、濁水渓を渡ったのも初めてであります。

歴史あるまちだと「地球の歩き方」には書いてありますが、
郵便局のあたりで「請問一下、西螺古街在哪里啊?」とおじいさんおばあさんに
聞いても、要領を得ず。



西螺バスターミナル

(20:41)