2017年01月26日

「道外行政調査報告書」 

                   調査期間:2016年11月15日(火)〜18日(金)

士別市議会 総務産業常任委員 国忠 崇史

【 序:議会質問と調査の重要性について 】 

私は議員生活7年あまりのなかで、定例会での一般質問等、演壇に立つ機会があれば必ず質問しているが、正直に言って「これは失敗だった。取り上げなければよかった」と反省する質問テーマもこれまでにいくつかあった。良い答弁が引き出せない技術的な稚拙さもあるのだが、やはり根底にあるのは調査不足ないし勉強不足である。
それを補って根拠のしっかりした質問をするためには文献調査や座学も欠かせないが、近頃はインターネットで検索して諒とすることも多くなった。しかしそれでは底の浅い理解ではなかろうか。
実際自分の目でみて感じて、またその土地の空気を吸って初めて理解できたことは、地元士別に帰ってからの質問づくりに非常に役立つ。逆に言えば、調査しておいて質問等を怠ることは経費(税金)のムダと言われてもしょうがないのかもしれない。

以前、私自身が(副委員長の任にあり)旅程を作る立場のときは、ローカル鉄道や路線バスなど地元密着した交通機関を利用しての移動が可能であれば多くしてきた。できるだけ「地元の人がどう暮らしているか?」にも目を配りながら、各自治体の施策説明を聞くことで理解も増すのである。
今回、井上委員長・大西副委員長の体制であったが、JR日光線・水戸線に初めて乗車する機会を作っていただき感謝したい。


1. 【 栃木県日光市:11月16日 】 

 日光とセットで語られることの多い「鬼怒川温泉」には、20年ほど前まで東京でサラリーマン生活をしていた頃に業界の宴会などで何度も赴いたことがあるが日光はまさに初めてであった。早朝の自由時間を使って観光エリア散策もしてみたが、風光明媚な山の景色があり、澄んだ空気のため写真をキレイに撮れるということで写真マニアの聖地になっているとのことだった。また市内各地に日光の伏流水の飲み場があって、水に不自由しないところでもある。以上2点は、上川管内東川町とよく似ている側面だ。

(1) 空き家バンクについて
東川町も最近は移住者が増えてカフェなどが多くなり『東川スタイル』などという本も出ているくらいだが、日光市に移住を希望する人も多いのだろうと考えていた。やはり徳川時代以降200年来のブランドが確立した避暑地であるし、首都圏から近いことを考慮すると当然ではある。
ところが「5市町村が合併したことで、日光ブランドはやや薄まったのではないか?」と、市の担当者の説明を聞いていて感じた。狭い意味の「リゾート日光」に移住したい人は多くても、例えば「旧:今市市」に移住したい人は果たして多いのか? と疑問があった。
日光市空き家バンクは「日光市空き家等の適正管理に関する条例」に基づく施策だけれど、実際の成約数がどうのこうのではなく、むしろ市側の体制に注目した。それは即ち、不動産業者との連携がよく取れていることである。かつてリゾートブームや別荘地開発などで実績のある業者もいるということで、空き家の紹介にも適している。不動産業者の少ない士別市と比べると羨ましい気もするし、商売には向いていない「お役所」が前面に立つよりはずいぶんマシな体制である。

(2) 公共施設マネジメント計画について
今回の調査で当委員会からの関心も高かったのは以下の件である。
・計画期間が「40年間」 (士別市は25年間)
・専門部署を設けて、町内会・自治会の寄り合いに出前説明している
・高校生、大学生にマンガ広報を描いてもらって重要性を訴えている

まず感じたのは「5市町村合併であるから相当強い意志で推進しないと『ウチのまちには体育館残せ』『俺ん所には音楽ホールだ』といった綱引きが延々と続く可能性がある」ということだ。しかし、公共施設に大ナタをふるう事で「やっぱり合併しなけりゃ良かった」との反応も出てくる懸念もあるだろう。
私見では、大規模な合併を経た自治体ほど;
・カリスマ的な首長や幹部職員を必要とする
・あるいは、かなり強烈な施策を進める
そのことで、住民の統合を促すわけだ。しかしよく考えてみれば、日本各地の公共施設にはバブル時代の無理なハコモノ行政の遺物もあるにはあるが、例えば国民体育大会(国体)をやるから政府補助で各市町村に「総合運動公園」を作るだとか、国家の意思で作られたハコモノも相当数ある。政府は、作るときはそんなふうに補助率を高めて自治体を引きつけておいて、人口減少・過疎化に転じた途端に、後始末はすべて自治体にやらせようという少し勝手な理屈も感じる次第だ。

2.【 茨城県笠間市 : 11月17日 】 
2つめの視察地、笠間市まではJR日光線、JR水戸線を乗り継いで行った。暖かな日差しのある秋の北関東、沿線では柿が実り、こんにゃく畑や、かんぴょうの原料になる「ゆうがお」などの畑を見ることができた。また夕刻とあって水戸線にはたくさんの高校生が乗ってきて、賑やかで微笑ましかった。

☆プチ田舎体験施設「笠間クラインガルテン」視察

2012年の「経済建設常任委員会」視察で千葉県鴨川市の「大山(おおやま)千枚田」を視察したときに、「東京から一番近い千枚田」とのキャッチフレーズで農業体験観光を売り込んでいた。今回の「笠間クラインガルテン」も、年間40万円も利用料金がかかるのに、それでも東京方面からの利用者で抽選になるほどの人気施設だ。一年じゅう泊まり込んでいる人もいるとのことだ。いかに「農業体験」が人気を呼ぶか、また、ふだんパソコン等を相手に仕事している都市住民にとって、太陽の下での野良仕事がいかに新鮮かを改めて痛感した。

やはり百聞は一見に如(し)かずと言う。ガルテン内を徒歩で周遊したが、まずラウベ(宿泊棟)一軒一軒を囲む「生け垣」からして手入れが行き届き、椿の花が咲いている場所もあり、ひたすら溜め息が出た。北海道ではこういう「塀、門」といった部位への関心が一般に低く、積雪の問題もあって手入れもあまりしない。しかし施設の格調というものは、こうした「生け垣の手入れ」等に現れるものである。植わっている作物も葉物やイモ類など、多品種でうらやましい。「クラインガルテン」自体は北海道でも岩見沢市栗沢町ほか3か所にあるが、ここまで多くの品種を栽培はできないと聞いている。説明員によれば笠間市は「ミカンの北限、リンゴの南限」とのことだ。すばらしい位置にある。黒字経営で市の財政への負担もかけてなく、本当に優良施設だった。

笠間市議会事務局の勧めもあり、帰路に「笠間稲荷神社」に赴いた。日本三大稲荷に入るとのことだが、ちょうど「菊まつり」期間中で、ものすごい壮観な菊に迎えられた。私は花に疎(うと)いし、士別で菊といえば11月初旬の市民文化祭で少し見かける程度だが、笠間稲荷の菊はまさに「爛漫」であって人を圧倒するものだ。しかもただの展示ではなくNHK大河ドラマ「真田丸」の主要場面を菊人形で表現したりと、まさに菊づくし。

北海道民には旅行先として北関東はなじみが薄いし、ましてや笠間市は地味な印象もある(士別市もだけど)。しかしこんなに見所があり、市内周遊観光バスも走っているくらいだから、ぜひプライベートで再訪したいと感じた。
 余談だが、早朝ウォーキングで宿泊先の「友部シティホテル」から友部駅周辺にかけて散策したときも、すれ違う子どもからも大人からもほぼ9割方「おはようございます!」とあいさつしていただけることにも大変好感を持った次第だ。

3 【 神奈川県寒川町 : 11月18日 】 

最後の視察地、寒川町へはJR常磐線友部駅から「特急ときわ(全席指定)」で品川まで乗車、品川から東海道線に乗り換えて藤沢まで乗ったのだが、平日の夕刻でラッシュに巻き込まれ、私も横浜を過ぎたあたりから気分が悪くなった。他委員も大荷物を抱えながらガマンの道中であったろうと拝察する。
さて寒川町では「議会・行政説明員へのICT(情報通信技術)導入」をめぐっての調査である。議会議場へのタブレット端末導入をかなり強力に推進していることは、黒沢善行議長が冒頭のあいさつだけで退場せずに残られ、みずからタブレットを手に説明し、私達一人一人の席まで来て指導して下さったことでよくわかった。
コスト面でも、紙の資料を逐一印刷、製本、郵送(さらには訂正・差し替え)する手間や、私のような散らかし魔が資料整理できずに毎回「資料発掘」する時間のバカバカしさを考えると、全然安いものである。だから確かに一部委員が強力に賛同するように、ICT導入は一般論では早いほうがイイとも言える。

しかしそれでも私は「そう急ぐこともない」とあえて言いたい。なぜならば、じっくり導入すればするほどコストは安くなるからである。例えば個人でも、普通の携帯電話(ガラケー)からスマートフォンへと早々と乗り換えれば結構な負担があったが、スマホが普及し尽くしてからはいくぶん安くなったし、「格安スマホ」なんてのも現れたのと同じ理屈である。

ただ逆に、議会としての導入が遅くなると今度は「俺の(私物の)タブレットを使わせてほしい」という議員が現れて、議案配信などの規格が統一できなくなるデメリットはあるようだ(そのことを雑談で、某寒川町議がおっしゃった)。したがって、私としては議会・議場のICT化については流れができるに任せたいと思う。無責任なようだが。

4 【 考 察 】 
 これで私自身4回目の「道外行政調査」となり、視察の流れや眼目など私なりに習熟してきたと思う。議員の視察も時代の流れとともに、方式が少し変わったりしてきた。また、経費の使いかたも曲がり角に来ているようだ。
 例えば、牧野士別市長がよく言うのだが以前は移動に「ジャンボタクシー」を使用した分は公費支出が認められず、やむなく私費負担したそうだ。確かに重い荷物を持ってバスや鉄道の細かい乗り換えは大変だから、ジャンボタクシー使用での公費による支出を認めるようになったのは、進歩である(繰り返しになるが、私自身は地元の人が日々利用するような交通機関を利用するのが視察の副目的でもあると考えるが)。
 しかし一方で、鉄道の「グリーン車」利用は未だに認められない(=私費負担)とのことである。例えば、上述したが品川-藤沢間の東海道線での移動にあたって、満員電車でとても苦労した。いまJR東日本では在来線グリーン車に力を入れており、1回1,000円以内で利用できる。新幹線のグリーン車こそまだ高嶺の花だが、在来線では身近な存在になってきた。だからこの点は今後公費支出の緩和に向けて検討の余地があるのではないか。
 逆に厳格化したほうがいいのは「昼間の飲酒」であろう。午前中で視察日程を終えた場合に一種の解放感があり、昼食にビールなど酒類を摂取したくなる気持ちはわかる。しかし、議会事務局員すなわち一般行政職員に随行・領導してもらっている席であり、彼らは一般に午後5時15分までは厳格な職務専念義務が発生しているのである。つまり市役所でデスクワークしているのと原理的に同じである。そうした行政職員を巻き込んで、仮に昼から飲酒したとなれば、懲戒などに道を開く場合があるから、議員諸氏も職員の立場を尊重し、夕食までは飲酒を慎むべきだ。さらに、職員や(私などの)飲酒していない議員も含めてワリカンで結果的に「昼酒」を公費支出してしまっている点も、市民から批判を浴びる可能性は排除できない。視察自体は熱心に行い、その場での質問も多数しているだけに、とても残念なことだ。
こうした例は常任委員会による視察以外のときも見かけることがある。早急に意識改革しなければならない。

5 【 謝 辞 】 
3カ所の視察市町どこでも歓待をいただき感謝に堪えない。が、特に寒川長の黒沢善行議長と、手取り足取りタブレット端末操作指導をいただいた杉崎隆之議員には深く感謝したい。先進地視察の名目で同工異曲の議員団を迎える機会は多く、同じような質問に何度もお答えいただいているだろうに丁寧にお答えいただき、心より敬服いたす次第だ。

最後に、井上久嗣委員長以下の当常任委員諸氏と、士別市議会事務局の前畑美香随行員にこの場を借りて、お疲れさまとねぎらいを申し上げる次第である。


(21:06)

2013年11月28日

虎☆侍 様


 大変お待たせしました。橋下徹・大阪市長が「ポピュリズムの反面教師」であるという私の定義について、説明いたしたいと思いますが、このさいまとまっていろいろ考えてみましたので、この機会につづってみました。長文になりますが、よろしくお読み下さい。

 まず、半面は評価できる点があるから「教師」でもある。この点はしっかりと申し上げておきます。しかしこれには留保がつきます。まず、橋下氏の施策のうち50%が評価できて残り50%は評価できない、という意味ではありません。たとえば、橋下氏のかつて掲げていた「脱原発」スローガンや、府立桜宮高校の「体罰問題」に見せた姿勢、あるいは沖縄への米軍基地集中に心を痛めて大阪府内への移設を口にしてみたりなどを、部分的に高く評価する人は私の周囲にも存在します。しかし私はそういった観点から評価しているわけではないのです。

 政治には、いや政治に携わる者には「野蛮な情熱」と「アイディアの泉」とが必要だと思うのですが、確かに橋下氏には前者の「野蛮な情熱」が豊富にあるのでしょう(ちなみにこの「野蛮な情熱」という言葉は、宮本顕治『敗北の文学』から来ていますので検索してみて下さい)

まぁ「ファイティングスピリット」なり「非情さ」なりと言い換えても構わないのですが、やはりどんな政治家でも八方美人ではありえません。私のような田舎市議でさえ、非情さをもって切り捨てなければならない市民要求(例えば、市の除雪方法やゴミ収集への要望の中にはエゴイズムとしか思えず、困惑する意見も多くあります)はあるわけで、切り捨てる決断やタイミングという一点において、橋下氏の蛮勇が突出しているということです。大げさにいえば、多少の犠牲は厭わない「革命家」に近いところがあります。そこをさして「半面は評価する」とあえて申し上げます。

 やはりその蛮勇さが威力を発揮するさまを見て、なるほどと思い知った左翼・左派の人もけっこういたのでしょう。日本共産党なんか長い間「資本主義の枠の中での改革」「ルールある資本主義を」なんて穏やかなことを言ってましたが、昨年あたりから「我が党は革命政党」なんて言い出したのは明らかに橋下氏の影響でしょう。つまり彼らすら一種の「反面教師」としているのです。橋下氏が巻き起こした現象から学んでいるわけです。

 その点では、志は橋下氏も国忠も同じでしょう?と問いかけてくれたあなたには深く感謝したいと思います。

私はその謝意を抱えながら、11月8日に士別市議会・決算委員会での議論をしてまいりました。当市では、路線バス運行に毎年数千万円の補助金を支出しながらも小中学生の通学・部活練習等にそれを利用させる努力が不足しており、市職員も通勤等に利用せず赤字放置状態です。黒字化する気概のないまま「運行ダイヤが不便だからしょうがない...」と嘆くだけの市側を、私なりに一喝した次第です(ゆるふわですが)。

shibetsu-kido


そして、先日ツイートで少しだけふれましたが、察するに大阪市の状況はもっと閉塞感があったのでしょう。

遠くからの耳学問ではありますが、バブル遺産の府市ハコモノの維持、「福祉」の一部を含め同和利権で複雑に絡まった関係の清算、「厚遇」の名残を引きずった市幹部職員、伝統的に富裕層や大企業本社が脱出してしまう大阪市の固有性、取り残された低所得住民の子弟が多く通う公立学校の荒廃...といった負の諸問題は、市長や知事が一喝したところで解決しないのはよく理解できます。

その局面で現れた橋下徹氏に大きな喝采が送られた経緯は、書くまでもないですね。上記の利権構造に関係する人々とのダラダラとした合意形成などでなく、彼らを敵として名指しし、喝采に依拠して施策を進める、そういう手法をさして、私ならずとも「ポピュリズム」とも表現するわけです。

政治家のこうした蛮勇もしくは苛烈さというのは、市町村や都道府県や国の状況がひどくなればなるほど、比例して必要になる性格のものでしょう。逆に、地域の状況が右肩上がりで、放っておいても経済成長する時代であれば、政治家は成長の成果の配分だけを考えていればよかったわけですからね。今の状況では革命まで行かなくてもやはり、何かに「大ナタをふるう」ことをせざるを得ない。ナタを手にして振り下ろす、という所作に関しては、橋下氏に一日の長があるのは確かなことでしょう。

しかしここまで述べてきた評価を全て「ちゃぶ台返し」してしまうようであっても、私は指摘せざるを得ないです。橋下氏の主要施策について、その方向性が私には受け入れられないし、一言でいって「スベっている」と感じているのです。

(以降、草稿はありますが、ここまでのあなたのご意見をいただいた上で展開したく思います。)

時節柄ご自愛下さいませ。 草々

(12:42)

2013年03月13日

2013年第1回定例会にあたり、一般質問を行います。
第1のテーマとして
【現代における権利と義務の関係について】
取り上げます。
 
さて、「子どもの権利条例」が今議会初日に制定されました。制定にいたる経過の中で、民生福祉常任委員会やさまざまな会議において、権利概念の妥当性について論議があったと伺っております。また、「広報しべつ」では16回にわたり、コラムでありますが、もろもろの疑問に答える形式で「子どもの権利Q&A」が連載されています。

それら疑問を見ていると、私にも同意できる点もあります。確かに「権利権利」とさかしらに言われると、「それはあくまで理想であり、建前だ。」「義務も果たさないで権利はない」とか、冷めた反応が返ってくるのが昨今の世情でもあります。しかしながら、この論議自体が非常に重要であることは間違いありません。昨年の第3定例会でも似たようなことを質問しましたが、今回は人権の概念について歴史的考察をより深めて、再確認の意味で質問する次第です。

1 人権について、いささか豆知識的なことは「広報しべつ」のくだんのコラムで出尽くしていますが、いちど人権一般の歴史、または人権思想の歴史を大づかみで捉え直す必要があると思うのです。
17世紀・18世紀イギリス、フランスの思想家であるジョン・ロック、モンテスキュー、ジャン=ジャック・ルソーなどの名を挙げるまでもなく、「生まれながらの人権、すなわち天賦人権」説は、それまで王様や貴族や宗教をつかさどる聖職者たちが独占してきた権力と富というものを、私たち一般庶民、平民もが分かち合うことができる「平等思想」に最大の根拠を与えました。
思うに、平等思想のポイントとは、誰もが「財産権」を持ち、資本主義といわれるこの市場経済に、いちプレイヤーとして参加できるということなのです。たとえば人権一般には鈍感な人でも、土地建物の権利書といえば眼の色を変えるものですが、この社会では財産を自由に蓄え、その使い道を自己決定できる「財産権」が最も基礎となっているのです。日本国憲法でも第29条で財産権をしっかりと規定しております。資本主義の社会においては、自己の生命・身体を含む財産への侵害に対しては、表現や団結などさまざまな自由を行使して対抗していくのが「人権」であるとすら言えると思います。この点の認識について、まずコメントをお聞かせ下さい。
2 2つ目です。財産権が人権の基礎だという命題の逆を行く社会を考えてみます。
世界には、財産権を含む人権一般に最も否定的だった国々がありました。すなわち、私有財産を制限もしくは廃絶してしまう、いわゆる「社会主義」の国でありました。なかでも、独裁者スターリンの最盛期に制定され、「スターリン憲法」の名が冠せられた1936年制定のソビエト連邦の憲法、その第12条はこうなっていました。:

第12条 ソビエト連邦においては、労働は、『働かざる者は食うべからず』の原則によって、労働能力あるすべての市民の義務であり、名誉である。

と定められておったのです。働かざる者には財産権も、生存権すらも、保障しない。つまり、働かない、もしくは働けない人を、極北の強制収容所で極限まで働かせたことや、知的障害者や精神障害者などは「働かざる者」として真っ先に粛清された事実が明らかになっています。

その血塗られた歴史を考慮すれば、現在生活保護叩きなどの言説の中で「働かざる者喰うべからず」などと、生存権と勤労の義務とをいたずらに対比するかのごとき言い方は、スターリン的な社会の姿を再現するものであり、慎まなければならないと思うのです。だれであれ最低限度の健康で文化的生活を保障することは、同情とか情緒の問題ではありません。市場経済への参加者を増やす、すなわち資本主義を発展させるために必要な発想なのであります。この点いかがお考えでしょうか。

3 3つめは、自由民主党が公表している憲法草案の問題です。草案においては、第9条の国防軍規定などが注目を浴びており、昨日の本議会でも論議されましたが、その陰で、現憲法の第97条が全面的に削除されていることにも、注意が必要です。第97条はこんな条文です。

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

この条文の全面削除を決めた意図について、自民党の片山さつき参議院議員はツイッターでこのように述べています。

「国民が『権利は天から付与される、義務は果たさなくていい』と思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です。国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか、を皆が考えるような前文にしました!」

とのことです。極めて暴論としか言いようがありません。日本はスターリンや金正日の国ではないし、憲法とは国家の権力を一定程度制限する規定集であることが、先進国の常識なのに、国民の生活心得のようなものを憲法に入れるような発想が問題なのであります。さらに、こういう発想で進むと、当然、国民の財産権も国によって強制的に召し上げられたりする世の中へと、一直線です。
残念ながら、これでは安心して資本主義の市場経済システムが回っていかないと考えます。アメリカ財界はいまでこそ、日本の軽自動車の制度や規格にケチをつけたり、非関税障壁をなくせとうるさく突きつけていますが、こんな草案がそのまま憲法になった暁には、チベットやイラクにしたように、人権の保障を口実に日本に介入してくるのかもしれません。
ともあれアメリカ独立宣言以来250年の歴史がある、いわゆる天賦人権説について、またそれを基礎とした現憲法をどう生かすかについて、コメントをいただきたく思う次第です。

4 最後に、国際条約との関連における権利擁護についてお聞きします。国際連合では「女子差別撤廃条約」や「子どもの権利条約」が採択され、日本もこれらを批准しています。士別市としても、それぞれの条約に対応した「男女共同参画条例」「子どもの権利条例」は制定できたわけです。
しかし、他方で「障害者権利条約」については、日本はいまだに批准していません。批准していないことで、次のようなエピソードも生まれています。それは、広報紙「ほっかいどう」最新の3月号に載っていた話です。
すなわち、一昨年、上川管内の電動車いす利用者が路線バスに乗ろうと電話予約をしたところ、バス会社に単独乗車を断られ、「上川地域づくり委員会」に申立てがありました。関係機関に調査した結果、バス会社の規定が見直され、単独乗車が可能になりました。さらにその後、複数のバス会社が関係機関等と連携して地域の方々の車いす乗車体験に取り組むなどなど、とのことです。最後は美談で終わっていますが、バス会社にしたところで障害者の交通権の擁護に対して無関心・無頓着だったことは否めません。ほかにも、障がいのある人たちが不便を感じたまま暮らしているケースはたくさんあるとおもうのですが、障害者の権利擁護の視点が社会にやや乏しいため、条約批准に向けた積極的な動きが必要と考えます。しかしそれでも士別市独自の施策として、障害者の権利保障として行えるものもあるはずと思います。さしあたってどんな方策を考えているかお聞きいたします。
                                                                 
2013-02-11obihiro 010


次は【JR士別・多寄両駅前エリア再整備の考え方について】
とりあげます。
4月からの新年度で、国鉄士別駅時代から半世紀近くもの間、駅前の象徴となってきた「駅前ビル」が解体されるとのことであります。士別でも駅前開発もしくは再整備の時代を迎えることとなりましたが、50年前とは地域全体の人口も交通機関の状況も大きく違っておりますから、必然的に駅前整備のあり方も変わってくるものと思います。そのことを前提にいくつかお聞きいたします。

1 まず、1950年代・60年代(いわゆる昭和30年代)の鉄道最盛期との比較であります。士別駅乗降客数などの推移について、お手持ちのデータを紹介いただきたく思います。また、減少した分は果たしてそのまま高速道路利用などに流れているのか否か、考察もいただければお願いいたします。
2 士別駅前再整備の手順や年次計画はどのようなものでしょうか? お示し下さい。
3 士別駅の重要度が下がったのは事実でしょうから、駅前に何かの施設や空間を改めて配置するにあたっても、50年前とは違い、コンパクトなものや、集約された機能を持つ何かが望ましいと思われますが、その点は具体的にどうお考えでしょうか?お聞きする次第です。
4 4つめは、駅前のシンボル的な存在についてです。姉妹都市のオーストラリア・ゴールバーンマルワリー市には、4階建てビルに匹敵する羊の石像「ビッグ・メリノー」があるそうです。それにならい、観光客向け等を意識して、以前遠山昭一議員が提唱されていた羊の置物とか、または本物のめん羊を数頭飼養するだとか、あるいは「さほっち&メイ」の大きな看板などを設置することも一案であると思うのです。この点どんなもんでしょうか?可能性をお答え願います。
5 5つめ。士別駅前の再整備にあたっては、地元自治会や住民からのアイデア募集や意見聴取が必要なことは言うまでもありません。しかし私の持論としては、ヨソの町から通学・通勤・通院している方々の意見も特に機会を設けて聞くべきなのではと強く感じるのです。
そのことの必要性は、逆の立場になってみて、名寄と旭川両駅前再整備について考えてみたらわかることであります。すなわち、私たち士別市民が、上川北部の基幹病院である名寄市立病院に通うときに、本当は直通バスが出ていれば便利であります。じっさい、幌加内からのJR北海道バスと、下川および興部からの名士バス各路線は、必ず名寄市立病院前を含むコースで運行しているのです。
また、私たち士別市民がたとえば通院やお見舞いで、旭川駅まで鉄道で行き、駅前から旭川医大、厚生病院、赤十字など各病院にバスで向かうとしましょう。ところが乗り場も路線も駅前から2条通りの間にバラバラに分散しており、非常にわかりにくいわけです。このことからも、名寄駅前や旭川駅前の交通の配置については、士別や富良野、上川など近隣市町村民の意見をじゅうぶん聞いてほしいものだとわかるわけです。
士別駅を利用し通って来ている方々の意見をどう反映させるか、方針をお聞きします。
6 <話は多寄地区に移ります>
まず、国道40号線をクルマで走っているとします。だいたいの鉄道駅について、普通は「○○駅入口」などと標識があるものと思いますが、多寄の場合は一切表記がありません。これは果たして正常なことなのでしょうか?まずお聞きします。
7 さて多寄地区はいま、士別駅前地区に先立って、近年再整備が着々と進んでいます。多寄小学校、多寄医院、日向温泉リニューアル、そして新年度は「菜園つき市営住宅」と。
私は、多寄については、交通アクセスの集約と整備とが、一連の整備の仕上げになるのではと考えていますが、残念ながら現状ではJR多寄駅と、士別軌道バス停、道北バス停留所とがバラバラに配置されています。バス停についてはさらに、上り下りでも相互に離れており、何だかとりとめのなさも感じます。こういう状況に至ったのは多寄地域固有の歴史的背景があるとも聞いていますが、一連の経緯について、知らせていただきたいものです。
8 仮に、多寄の地元住民の方々が分散した駅とバス停で納得しているならばいいとしましょう。しかし、旅人など、外からの訪問者からすればずいぶん分かりにくいのではないでしょうか?旅人は必要ないとか弱気なことを言わず、売り込む方法を考えましょう。多寄駅で降りてまずおそばを食べて、士別軌道バスで日向温泉に向かう、などとモデルコースを考えてみましょう。
とにかく、北隣の風連駅前再整備の状況も参考にしつつ、標示やアクセスについて再検討してはどうだろうか。思えば、札幌行き高速バス・なよろ号は、1990年の運行当初は名寄、士別だけの停車であったけれども、まず和寒でコンビニ併設のバスターミナルが整備されると和寒に停車し、風連駅前の再整備にメドがついた2004年からは風連に停車を始めました。そして6年前に剣淵道の駅ができると、そこにも止まるようになったわけです。多寄だって、交通の結節点をハッキリさせていけば、将来的には高速バスが止まり、歴史上初めて、札幌に乗りかえなしで行けることも可能になる、なんてことも少しは考えられるのではないでしょうか?
9 最後になります。市が集約したデータによると、日向温泉利用者の2割程度しか、中多寄線の路線バスを利用していないとされています。そうすると、どこか都会からフラリと来て、JR多寄駅で降りて、バスに乗りかえて日向温泉に向かう人は更に少なく、数えるほどしかいないのでしょう。しかしだからといって放置して良い問題ではありません。リニューアル後の日向温泉は、かの「はまなす財団」に指摘される前から、いわゆるドンブリ勘定を完全に脱出すべきであり、渡辺英次議員が以前指摘されたように、最初から厳しい数値目標をもって経営にあたるべきです。すなわち、自家用車での来館何万人、送迎バスで何千人、JR+路線バス何百人と、具体的な目標を決めて、各地の鉄道駅前や高速道路インターチェンジ、そして道の駅などで効率的なPRをする必要性があると思います。この点の見解のいかんをお聞きしてこのテーマの質問といたします。

                                           
最後に、第三のテーマに入ります。それは、
【天塩岳自然公園の活用について】であります。

1 先月、スノーモービルでの遭難死亡事故が起きたことで、乗り入れを巡って論議が起きています。先週、6日の北海道議会では、北口ゆうこう道議の質問に対して、高橋はるみ知事の答弁で、初めて乗り入れ規制に言及されました。地元自治体とも協議したうえで、規制の具体案を決めるそうです。
この点、ナキウサギなどの生態系保護や、規制区域がどこからどこまでになるのか等々、最寄り自治体としての士別市として何か助言なり要望なり、いちはやく北海道に対して挙げていくべきと思うのですが、今のところどう対応しているのか、この際まずお聞きする次第です。
2 2つめに、そもそも天塩岳山域に年間でどれくらいの入山者がいるのでしょうか?ここ数年の推移を含め、夏山、冬山と時季別に分けて、知らせていただきたく願います。
3 私自身も3回登ったことがありますが、天塩岳は初心者から健脚までコースにバリエーションがあり、また、静かな自然環境をじっくりと楽しめる山だとは思います。
大雪山系の近年の混雑を考えると、静かな山に行きたいとの希望は少なからずあるはずです。夏山シーズンには、数値目標というかある程度の想定をもって、朝日地区や天塩岳に一定数の登山客を誘致できるようにPRしていくべきではないかと思います。宣伝など、何か方策を考えているのでしょうか。
4 私はちょうど3年前の予算審査特別委員会で、朝日の「和が舎」の一角を天塩岳のビジターセンターにしてはどうかと提案したことがありますが、二つの理由から、今も似たようなことを提唱したく思います。
‖莪譴陵由としては、登山前に警察署に行くのはどうも…という理由です。まあ万一遭難した場合は、原則的に警察隊が救助するので「警察署に入山届出」は確かに正論ですが、レジャー的要素がある登山でいちいち警察署に行くのは敷居が高いという市民感情はあるのです。
第二としては、例えば羊蹄山や利尻富士のように単独峰であるならば麓から一望できますが、天塩岳はなにせ奥行きの深い山であるため、麓から山頂部分の気象が目視できないという問題があるためです。山頂にほど近い、避難小屋あたりにライブカメラでも設置できて、朝日総合支所などでカメラの画像を視聴できればベストなのですが;以上二つの理由から、とにかく朝日地区に、もしも登山基地機能をもった施設もしくは一角があれば、非常に有意義だと考えますし、それが実現すると、今は愛別や下川方面から直接入山している登山客も、朝日で情報を仕入れてから、と、経路が変わる可能性があるのではないでしょうか。ビジターセンターにかかわる、この提案についてもコメントをよろしくお願いいたします。


(20:45)

2013年01月24日

☆1月25日(金)士別市議会臨時会に 「市営住宅入居希望者が暴力団関係者であると疑われる場合に警察に照会する」という内容を含む条例が提案予定。以下は反対意見の草稿。

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士別市営住宅にかんする条例の一部を改正する条例案に、私は反対いたします。理由はこの間若干述べてまいりましたが、ほかでもない、暴力団排除に関連する改正部分に反対だからであります。

 この部分の根拠法となっている「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」、いわゆる暴対法は昨年夏、国会にてより厳しく改正されましたが、その際、8項目にわたる附帯決議が付けられました。その中にはこのような項目があります。すなわち「本法の規定に基づく職権を運用するに当たっては、恣意的にならないよう十分留意すること。」

 つまり、この法律を筆頭に、さまざまな暴力団排除関係の法や条例は、司法警察員による恣意的な運用の懸念が大きいということなのであります。
 恣意的な運用によって何が失われるのかを言わせていただくならば、それは地域の共同体であり市民の共同性に他ならないと私は考えます。つまり、いま広範な住民が求めている安全で安心できる住環境、あるいは便利で快適な地域生活といったものを住民の自治によっていわば下から築き上げていくのでなく、それらを警察権力に任せ、不審人物を予め地域から追い出してもらえば安心なのだ、という流れに本市も乗っかってしまうのか否かという問題なのであります。

 確かに私も、暴力団などは映画館のスクリーンの中だけに存在していればいいとしか思わず、現実にはまっぴらごめんです。しかしそれ以上に、警察も具体的な不法行為の摘発に邁進するのが本務なのであり、民事不介入の原則をかなぐり捨て市民生活の各局面にあれこれと口を出し、誰それが暴力団員だ、何党の支持者だ、こういう宗教の信者だからつき合うななどと、エスカレートしていく事態だけは、もっと受け入れることができません。

 そもそも、一連の暴力団対策法や条例は、「罪刑法定主義」などの近代的な法の概念に反しており、また、どんな団体に所属するかをもって罪とすることに道を開くものであります。やがては、ときの政府に反対する政治団体や、特定の宗教や思想などの排除に行き着くものでないかと懸念する次第です。

 さて本条例改正案にあっては、私がかくの如く述べてきた懸念に対し何らの担保も付帯条項も盛り込まれなきまま提案されています。市営住宅入居を希望する人物が暴力団関係者がどうか警察に照会しても、認定が恣意的なものになる可能性はじゅうぶんあります。なぜならば、暴力団員、暴力団準構成員、元暴力団員といった定義や、認定の基準、審査方法、不服申立てなどを内容とする法律すら存在していないからです。

 士別市としては、入居希望者から暴力団員でない、暴力団に関わらないことなどを宣誓してもらうなどの方法が最も望ましいと私は考えます。安全安心便利快適な市民生活は、市民と行政とが協働と信頼に基づく努力によって日々作り上げるものでこそあれ、いやしくも権力に認定を丸投げし、そのお墨付きで誰かを排除したことで得られるものでは決してないことをもう一度強調し、本条例改正への反対意見といたします。

Sahocchi-marubo




(21:13)

2012年12月11日

第4回定例会にあたり一般質問を行います。

第一に、いままさにこの市役所の外に垂れ幕がかかっている

【非核平和宣言都市としての活動について】

いくつか質問いたします。

1 この「非核平和都市宣言」を改めて紹介しますと、全文次のようなものです。

  核兵器を廃絶し、恒久平和を実現することは、国民共通の悲願であり、士別市民の心からののぞみです。核兵器が世界の平和と人類の生存に脅威を与えつつある今日、私たちは核兵器の廃絶を強く訴えるものです。美しい郷土を守り豊かな暮らしを子孫に伝えるために、非核三原則の堅持と恒久の平和を願い、ここに「非核平和都市」を宣言します。


この宣言に基づいて、どんな取り組みをしてきたのか。朝日町との合併前から通算してお答え願いたいと思います。

2 2つめです。実は私自身長崎で開かれた恒例の「原水爆禁止世界大会」に行ったことがあります。確かに重要な大会でありまして、核廃絶に向けた真剣な国際的シンポジウムなども行われていました。しかし、数十年にわたり行ってきたことで、どこか年中行事とか風物詩に近くなっていた部分もあるのではと、いささか疑問も持ったのが事実です。確かに核廃絶がどこかタテマエに終始していた部分があったからこそ、いま日本の有力政治家の中に、妙なホンネ主義というべきものがはびこり、「核兵器保有した場合のシミュレーションを」だの「核保有しないと日本が大国扱いされない」「核保有による抑止力は戦争をしないためのものだ」との妄言が多くなっています。核抑止力に依拠することは軍拡競争につながってきたのはアメリカ・ソビエト冷戦時代からの歴史的事実であるし、とにかく被爆した国だという事実を忘れた性懲りもない発言だと私はとらえています。市としては、かくのごとき政治家の発言にとらわれずに、宣言通りの「非核三原則の堅持」を改めて求めてほしいものだが、いかがでしょうか。

3 次の話題です。月に4日ほどしか市長の公務をしていないと言われる大阪市長は先月、広島での遊説後に「核廃絶は無理」という旨の発言をし、一方で自分が「平和市長会議」のメンバーであることは「知らない」とのことで、いつものことですが私はじめ多くの人が呆れた次第です。そこで3つ目として、特に市長にお聞きします。
牧野市長におかれては、道内でも本市はじめ27市が加入しているこの世界的な組織「平和市長会議」の活動に積極的なようにお見受けしています。具体的にはどんな活動に参加しているのか、またそこで平和のためにどんな発言をしているのか、この際教えていただきたい次第です。

4 最後に、5日後に迫ってきた総選挙の隠れた争点となっている憲法改定、即ち改憲の動きについてお聞きします。1980年代に世界中をリュックかついで歩き回っていた私自身は、どこの外国でも日本についてこんな評判を聞いたものです。すなわち、連続ドラマの「おしん」が日本人の勤勉努力を表しているとか、「ウォークマン」は素晴らしいとか。とにかく総じて日本の印象は良かったのです。これはひとえに、戦後日本が平和主義を掲げて経済成長のみに専念していたからであり、だから私も危ない目に遭わずに旅ができたと、とりあえず平和憲法に感謝したものです。

 さてこの日本国憲法、制定される時に当然国会で議論されたわけですが、1946年6月29日付けの「第90回大日本帝国議会衆議院議事録」には新憲法第9条についてこんな風に残っています。

 【日本共産党:野坂参三議員の質問】:
  戦争には侵略戦争と防衛的な戦争があるので、この憲法草案に戦争一般の放棄という形でなしに、我々はこ れを「侵略戦争の放棄」そうするのがもっと的確ではないか。
 【吉田茂・内閣総理大臣の答弁】
  私はかくの如きことを認めることが有害であると思うのであります(拍手)近年の戦争は多く国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実であります。ゆえに正当防衛権を認むることが、たまたま戦争を誘発するゆえんであると思うのであります。

つまり、共産党議員が「自衛戦争は放棄するな」と問うたのに対し、今日の自民党の先祖筋にあたる吉田茂は「自衛権も放棄した」と言っているのです。なぜなら「あらゆる戦争は自衛の名の下に起こるから」と、これは全くもって正論なわけです。
そして日本国憲法は、全会一致で決まったわけでなく、賛成は421名の圧倒的多数ですが、反対も8名あったのです。そしてその反対8人中6人が共産党議員であり、その他無所属が2人。すなわち今日の自民党に連なる人々は全員、自衛戦争の放棄に賛成してしまったわけです。

ところがどうでしょう。先ほどの帝国議会でのやりとりから66年を経た今回の総選挙では、自衛隊を「国防軍」にすると公約している党があったり、交戦規定を整備するだの、徴兵制も否定すべきではないだの、とにかく9条改憲を掲げている政党も複数あるわけです。
私は、そうなってはいたずらに近隣諸国を刺激するだけで、全く無謀な試みと言わざるを得ないと思います。また、少子高齢化が世界一進んでいる我が国の、ただでさえ少なすぎる若者を兵隊に取り、命を散らせてどうするのかと現実的に懸念する次第です。さらに、決算審査特別委員会でも申し上げた通り、日本はまだまだ震災や原発事故から癒えておらず、10万人以上が避難生活中なのに、軍事力ゲームをしている場合ではありません。
近隣諸国に対し、言うべき事は言うとしても、70年近く続いてきた日本の平和主義をここで転換する企てについては、市長の見解を伺っておきたいと存じます。

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第二のテーマはやわらかく、
【両生類の保護について】 扱います。
本議会では、例えばエゾシカによる農産物の食害だとか、ヒグマ出没について、はたまた士別市の象徴であるめん羊など、ほ乳類についての話題は多く出ます。また、多寄に飛来する白鳥など、鳥類の話題もあり、さらには岩尾内湖に放流しているヤマベなど魚類の話も出るのですが、両生類について取り上げるのは滅多にないことかと思います。
両生類は大きく分けてカエル、サンショウウオ、イモリの三種類しかいませんが、なかでもカエルは日本人の生活に昔から密着しております。12世紀の平安時代に描かれた国宝・鳥獣戯画でカエルが相撲をとる姿などが多く見られるほか、ことわざにも「井の中のかわづ」「カエルの子はカエル」など言いますし、誠に身近な動物であります。

ところが、この;
1 カエルやサンショウウオといった両生類は世界的に減少していることが指摘されています。両生類は読んで字の如く、陸上と水中の両方が生息場所でありますので、両方の環境悪化の影響を受けやすいのですが、個体数減少の大きな要因は湿原や干潟の乾燥化、池塘やあいまいな水たまりが少なくなったこと、そして河川のコンクリートによる護岸が進んだことなどであります。本市には水田が存在するからまだまだ大丈夫、たくさんいるよという声も聞くのですが、圃場整備が進み、従来型の常時湛水した水田とは変わってきていますから、やはりカエルの類は減少しているものと思われます。また、私が小学生だった40年ほど前までは、東丘団地の裏山あたりでもエゾサンショウオの卵が普通に見られたものです、今は残念ながら相当山奥に行かないと見られなくなっています。そこでまず一点、お伺いします。
本市ではこれまで、両生類などの生息数調査・生態調査などが行われたことがあるのか、お答え願います。

2 第2には、保全についてです。例えば北海道電力は、送電線工事で山林に入る際、エゾサンショウウオの卵嚢などを見つけ次第、安全な所に移しているとのことです。さらに、工事区域内に設置される集水桝やU字溝などには、落下したエゾサンショウウオが自力で脱出できるように「ハイアガール」という名前の、金網状のスロープを設置しているそうです。実は、エゾアカガエルやエゾサンショウウオの手足には吸盤がないかもしくは吸着力が弱く、コンクリートの垂直な壁は登れないからだそうです。ちなみに、北海道開発局旭川開発建設部では下川町のサンルダム周辺工事の際、全く同様の保全措置をとっています。
実際にエゾサンショウウオの生態を見に林道に分け入ってみると、落ち葉や枝がたまってよどんでいる側溝によく産卵しています。林道を管理する上では、側溝の水流をよどみなく確保しないと、降雨のあと、道に雨裂といわれる裂け目ができ、荒れてしまいますので、溝を定期的に浚渫しているようです。しかしそれは、ともすればエゾサンショウウオの生息地を奪ってしまうことにもなるので悩ましいところですが、とにかく言えることは;士別市でも、林道整備などの際に北電や開発局と同様の保全手法をとっていくべきではないかと考えますし、あるいは業者などにそう要請すべきではないかということです。
仮にも「士別は行政も市民も生態系保護にウルサクないから適当にやれる」という認識ができてはいけないと思います。ぜひ、市としての保全策を検討してほしい次第ですが、いかがでしょうか。

3 最後に、両生類生息地を学習に役立てる提案をいたします。私の知る限り、本市での両生類の理想的な生息地としては、谷口隆徳議員が9月の定例会で整備を提案した朝日地区の「エリカ公園」の奥が一つ。もう一つ、温根別北線と多寄日向地区を結ぶ林道の「日向沢連絡線」沿いが挙げられます。特にエリカ公園はその性質上、生態系保護のモデルケースとして適していると思われます。モデルになりそうな例をあげれば、オホーツク海側の枝幸町は「目梨泊」というエゾサンショウウオ生息地をそのまま町指定文化財としています。また今定例会初日に私たちは、その名も「川内村復興応援かえる基金」の創設を議決したわけですが、福島県川内村は天然記念物「モリアオガエル生息地」を持ちし、村の公式マスコットもカエルの「モーリー」であり、村民あげてカエルをとても大切にしています。川内村と引き続き交流していく上でも、本市のエゾアカガエルやエゾサンショウウオも紹介し、津軽海峡をはさんで動植物の生態系が大きく違う「ブラキストン線」が存在することを子ども達に学んでもらうなど、今後の交流に役立てていきたいものです。この提案についてコメントをいただき、両生類保護についての質問とします。


2012-05-20 019


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本日最後のテーマは、
【学校廃校後の史料保全とモニュメント建設について】
であります。

1 私もつくづく探検探索が好きなものですが、ある晴れた秋の日に、何の気なしに上士別のかなり奥にある「旧:大英小学校」の校舎を訪れました。実は屋根も外壁も半分崩落した形でありますが、原型はなんとかとどめて残っています。失敬して中をのぞいてみたところその校舎跡には、校歌の書かれた大きな額はもちろんのこと、大英小学校が開かれていた頃の数年分の「学校日誌」がそのまま残されていました。記入されていたの内容にいわゆる個人情報はなく、その日の気温や気象、職員の誰それが着任したとか教育委員会から誰それが来校したとか、その程度でしたから、そのまま放置しても問題はなかったのかもしれません。しかし考えてみると、少なくともこういった文書記録類や、校歌の額、さらにはできれば児童生徒の思いがこもっている卒業制作品などは、のちのちの回顧のためにも、また同窓生のためにも、できるだけ保全しておくべきではないかとも考えた次第です。旧朝日町立を含め、士別市立の学校は20校位はこれまでに閉校・廃校になっていると思いますが、閉校した際の文書類や製作物の保存などに関して、どういう体制で行ってきているのかを、まずお聞きします。

2 その場合、閉校後に土地の所有権等が移転してしまった場合などあるのか、併せてお聞きします。

3 このテーマの最後に、提案をいたします。最近、和寒町がかつて町立学校のあった地点に立看板を設置し、学校が開かれていた期間や校歌を紹介しています。なかでも塩狩小学校や東陵小学校など、かなりへんぴな場所ではありますが、しっかりと看板を設置しておりなかなかやるなと感じました。
学校跡に立看板や目印の杭一本でもあれば、同窓生などゆかりの人物にとっても見つけやすいし、開拓の歴史を検証する場合などに何かと便利だと思います。逆を言いますと、多寄の東陽小学校や温根別の北静川小学校などの跡地はやや曖昧になっていると聞いております。正確な学校跡地がわからなくなることほど悲しいことはないでありましょう。ただ本市の場合は朝日の「似峡小学校・中学校」や温根別の「伊文小中学校」のようにダム湖に沈んでしまった学校跡もありますので、そこは湖の沿道に概念図でも設置するしかないものと思われます。

さて、今年度末で閉校する3小学校を加えれば、たいへん多くの学校跡地が存在することになります。ともかくも、関係者の記憶が健在なうちにいちはやく何らかのモニュメントを設置しておくことで、士別市開拓の生きた歴史が保全されるのではないでしょうか。かくなる提案を行い、質問を終わります。



(23:41)

2012年05月12日

11日(金)、市議会の正副議長改選があった。副議長についてはギリギリまでモメていたため、ゴタゴタが収まらないならいっそ私もネタで立候補すべく準備していた。結局とりやめたが、ボツになった演説原稿がもったいないのでここにアップしておきます。

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副議長選挙に立候補するにあたり、私の信ずるところを表明いたします。

日本で最も権威ある政治学者の故・丸山真男は、大衆への迎合や既成事実への屈服をするだけであるなら政治家という存在そのものが必要ないと言い切っています。

しかり。たしかにいまや政治家は要らないのかも知れません。

なぜならば、世論調査やアンケート、住民投票といった手段でその時その時の世論を把握することはできるわけですし、情報技術が進展した現代では国民や市民の瞬間的な意向すら、知ることも不可能ではなくなりました。直接民主主義的な手段は、これからますます取り入れられていくことでしょう。

では、改めて考えるに議会議員、なかんずく私達のような地方議員の役割はどんなことなのでしょうか。

私の信ずる議員の姿とは二つの側面を持っています。

第一には、討論の文化を市民のなかに根付かせる役割であります。

議員とは、この議場における主要な発言者でありますが、議会基本条例施行以後にあってはもう一つ役割をいただきました。

つまり市民の中に討論の文化を創っていく、いわば「討論の組織者」をも兼ねる必要があるのです。
つい一昨日も行われたような市民との意見交換会や議会報告会などを超積極的に活用することは言うまでもありません。

むしろいままで2年余り、そういった広聴活動を市長にお任せし、議論を組織してもらっていた点は恥とせねばならないほどであり、この遅れを取り戻すために議会を挙げ、開かれた場における市民からの意見聴取に努めます。

そうして、一般の市民と議員とが同じ高さで話し合えるよう力を尽くします。

では、私の信ずる議員の姿の二つめの側面とは何でしょうか。

少し挑発的ですが、市民のそのときそのときの世論に媚びないことです。
世論とは、マスメディアや噂、風評や時代背景によって作られるものでもありますから、
議員ないし政治家というものは、むしろ自分の理念・信念をねばり強く訴え、根気強い説得をもって世論を作るのだという覚悟が必要であります。

たとえば私が居住し勤務している地域には、以前から屎尿処理の会社があり、バキュームカーが停まっていたり、タンクを掃除していたりする風景は日常的なものです。ごくたまに、ニオイも漂うことがあります。しかし、住宅の価値が低くなる等の現象は起きず、むしろ逆に、自分達が生活の中で排出した物を意識して暮らす上では、この会社が存在することによる教育的な意義は、とても大きいと感じている次第です。

私のこうした信念は、決して市民の中で多数派ではないし、これからもそうなることはないでしょう。
しかし、廃棄物とある程度近いところで暮らすことが結局はおおやけの利益、公益を実現することになると信じていますから、私はこの信念を手放さず、市民に口説き続けることでしょう。

冒頭申し上げた通り、そのときそのときの世論に迎合することはむしろ議員の役割を自己否定し議会不要論につながるのではないでしょうか。事実、そのような議員が多くなったと見えて、近年、名古屋市では議会にリコールが突きつけられ、さらに、橋下徹大阪市長のような独断専行にはむしろ多くの住民の支持が集まるという、自由社会にとっては危険な兆候もまさに進行中です。

いま議会がしっかりと存在意義を再確認しなければ、例えばこの士別市でも「議員が多すぎる」とか「何も決められないからじれったい」という市民世論を醸し出すことになってしまいます。

今こそ討論の文化を根付かせ、なおかつ議員がときどきの市民世論に媚びず信念をつらぬき丁々発止の議論をリードするのであれば、たとえいかなる議決結果が出ようとも、それは次元の高いものになると信じるものです。

議会基本条例づくりに最前線で傾注してきた神田寿明議長とともに、最高の布陣でこの先2年間、市民のもとに
届けましょう!議会の底力を。どうぞよろしくお願いいたします。

2012-04 133




(09:56)

2012年05月09日

 誰かに宛てて夜中に書いた手紙を、翌朝に読み直すとエラくこっぱずかしい事が書いてあって赤面した経験は、たいていの人は持っていますよね。しかし今、メールだけが交信手段の若者たちはどうなんでしょうか。

 と言うか、そもそも私たち大人も、改まって誰かに手紙なり郵便なりを書き、相手への依頼や気持ちなど思いのたけを届ける機会は、ほとんどなくなったようです。

 手紙や日記の形式を取る物語や小説は昔からたくさん存在するし、誰か読む人を想定して物を書くほうが、書きやすい時もあります。このおたよりも漠然と書いてるのでなく「保育園の保護者の皆さん」が主な対象であり、顔の見える範囲を想定しているので楽な時もあります。しかし、ここで通り一遍(いっぺん)なことを書いて済ませるのでなく、ホントは一人一人面談してじっくりと子育て等に関する持論をお伝えしたり、お聞きしたりすべきなのではないかと、ハタと考え込む時があります。なぜなら業界誌等で他の保育園・幼稚園の様子を見ると、やはり園の側からの「ウチのやり方」を前面に出すものが圧倒的で、保護者一人一人の考え方をまず聞き出し、それを考慮した方針を掲げる園はごく少数派だからです。
 言い換えると「お子さんを預けている以上は当園の方針に従ってもらいます!」で果たしていいのだろうかと、しばし考えるわけです。
 
 教育でも保育の世界でも、妙に自信たっぷりと「Aという育て方をすればBという結果が出る!」と豪語するような人はいますし、なかなか自信が持てない親がカリスマに頼りたくなる気持ちも分かります。また私は政治の世界にも関わっているので、教育分野でやたら大きなことを言う政治家が増えているのを肌で感じています。しかし、地道なコミュニケーションや自分の中での問い直しを経ずに断言(だんげん)口調(くちょう)で言われるような「教育論」など、しょせん「夜中に書いた手紙」であり、目が覚めたらこっぱずかしいだけです。
 戦いに負けたらいきなり教育方針が180度変わったことのある国に住んでいる私たちは、特に気をつけたいものですね。      園長敬白


*これは「こぶたの家保育園」園長として、私が毎月書いているものです。太字部分は、もちろん「大阪維新の会議員団」が用意したアホな条例案を当てこすっています。


PDF版はこちら 

(21:29)

2011年09月09日

2011-08travel 023



★ 8/31(水)

【蒲田のネットカフェ宿泊】 ¥3,000 だったと思う(食費込)

★ 9/1(木)

JR蒲田駅東口 0540 ---- 京急シャトルバス・蒲95系統 ¥270  ---- 0610 羽田空港第1ターミナル
羽田空港    0655 ---- スカイマーク703便  ----- 0830 新千歳空港
  ¥12,400 ( 「前割3」運賃 )
新千歳空港 0849 ----   3855M 快速エアポート85号  ---- 0925 札幌
札幌  0930 ----  特急スーパーカムイ9号  ---- 1050 旭川
  「Sきっぷフォー・バラ利用」 ¥2,420
旭川 1418 ---- 327D ----- 1537 士別 


  【運賃・料金】   北海道&東日本パス ¥10,000
             青函フェリー ¥ 1,740
グリーン料金 ¥ 950
りんかい線 (8/31、新木場 -- 大井町 ) ¥ 380
京急バス ¥ 270
Skymark ¥12,400 (「前割3」運賃)
Sきっぷフォー・バラ ¥ 2,420
==========================================
     小   計     ¥28,160

  【宿    泊】         3泊      ¥11,980
  【合    計】                  ¥40,140 

(10:06)

2011年09月01日

★8/28(日)JR士別駅にて「北海道&東日本パス」購入   ¥10,000

  士別   0921 --快速なよろ4号-- 1021 旭川
  旭川  1024 ----  924D ----  1124 滝川
  滝川  1140 ---- 2174M ----  1222 岩見沢
  岩見沢  1252 ---- 1468D ---- 1415 苫小牧
苫小牧 1442 ---- 440M ---- 1544 東室蘭
東室蘭 1612 ---- 480D ---- 1759 長万部

【まんべくん激励】

長万部 1805 ---- 822D ---- 2050 五稜郭

JR五稜郭駅から徒歩25分 青函フェリーターミナルへ
  フェリー2等運賃¥1,500+燃油サーチャージ16%(¥240)=¥1,740

  函館ターミナル 2330 ----- 青函フェリー16便 ---- ベッドで熟睡

★8/29(月) 0320 青森ターミナル着

 青森ターミナルから徒歩30分 JR・青い森鉄道青森駅へ

  青森 0611 ---- 1524D ---- 0820 八戸
八戸 0847 ----  4524M ---- 1057 盛岡
盛岡 1106 ---- 1536M ----  1235 一ノ関
一ノ関 1246 ----  534M ----  1333 小牛田
小牛田 1337 ----  2564M ----  1423 仙台
仙台 1502 ---- 586M ---- 1623 福島

【福島シルクホテル・冷蔵庫なしシングル宿泊】¥4,000

★ 8/30(火)
福島 0653 ---- 2128M  ---- 0856 黒磯
黒磯  0915 ---- 1536M ----- 1007 宇都宮
宇都宮  1059 ---- 1210Y -----  1125 小山
 小山 1130 --両毛線3448M---  1308 新前橋
新前橋  1317 ---928M グリーン車・Suicaで買う料金 ¥950 ---------1519 上野
上野---(山手線)---東京---(京葉線)---海浜幕張

【東横イン千葉幕張・シングル宿泊】¥4,980

当座の結論:「北海道&東日本パス使える!」

2011-08travel 018

(20:48)

2011年06月10日

そういえば5月14日(土)に、かつて私が住んでいたことのある千葉県浦安を歩いてみたのですが、いわゆる液状化現象の被害も見ました。やはり海に近い京葉線・新浦安方面がひどくて、一方、私の勝手知ったる猫実(ねこざね)・北栄(きたさかえ)地区といった旧市街は相変わらずな感じだったので、少しだけホっとしました。

ちょっと驚いたのは千葉県議選(浦安市区)です。この件、浦安市役所(浦安市選管)が「被災で選挙どころでない」とゴネたおして、後日に単独で行われたので全国的にも注目されたはずだったのですが.....

2011-06 013

地下鉄駅前で演説していても、立ち止まって聞く人はまずいない。
候補者の矢崎けんたろうさん(結局2位当選)は、この世界ではかなり誠実な感じの方で、演説も上手とは言えないがとつとつと訴えるものはあります。ビールケースの上にも乗らず、地ベタから物を言っているわけで、もっと市民は聞いてあげろよ....と思った。

でも考えてみれば浦安市は日本でも随一の「若い街」。市民の平均年齢が低いのです。
まあ若い人は政治家の演説なんてあんまり聞かないものだし、都会の選挙がこういうものだということを、私が忘れてしまったのかも。高齢化率30%以上の田舎町で選挙を3回経験している自分からすれば、田舎は演説を聞いてはくれるけど人通り自体が皆無とか、高齢者固有の政策を盛り込まなくちゃ話にならない、という点が特徴だけど、都会の候補者も苦労が多いんだなぁと感じた次第。

浦安や市川市行徳の旧市街は独特の雰囲気があり落ち着くんだけど、他方で、新住民が市政・県政に関心持たないから未だに旧地主(=旧網元)が地方政治を握っています。浦安なら熊○さんとか、宇○川さんとか、やたら目立つわけです。

新住民の中から矢崎県議みたいな人物も出てきているのは希望ですが、全国から注目されたわりに、選挙自体が盛り上がっていなくて何だか残念に思いました。



(21:56)