2013年03月

2013年03月13日

2013年第1回定例会にあたり、一般質問を行います。
第1のテーマとして
【現代における権利と義務の関係について】
取り上げます。
 
さて、「子どもの権利条例」が今議会初日に制定されました。制定にいたる経過の中で、民生福祉常任委員会やさまざまな会議において、権利概念の妥当性について論議があったと伺っております。また、「広報しべつ」では16回にわたり、コラムでありますが、もろもろの疑問に答える形式で「子どもの権利Q&A」が連載されています。

それら疑問を見ていると、私にも同意できる点もあります。確かに「権利権利」とさかしらに言われると、「それはあくまで理想であり、建前だ。」「義務も果たさないで権利はない」とか、冷めた反応が返ってくるのが昨今の世情でもあります。しかしながら、この論議自体が非常に重要であることは間違いありません。昨年の第3定例会でも似たようなことを質問しましたが、今回は人権の概念について歴史的考察をより深めて、再確認の意味で質問する次第です。

1 人権について、いささか豆知識的なことは「広報しべつ」のくだんのコラムで出尽くしていますが、いちど人権一般の歴史、または人権思想の歴史を大づかみで捉え直す必要があると思うのです。
17世紀・18世紀イギリス、フランスの思想家であるジョン・ロック、モンテスキュー、ジャン=ジャック・ルソーなどの名を挙げるまでもなく、「生まれながらの人権、すなわち天賦人権」説は、それまで王様や貴族や宗教をつかさどる聖職者たちが独占してきた権力と富というものを、私たち一般庶民、平民もが分かち合うことができる「平等思想」に最大の根拠を与えました。
思うに、平等思想のポイントとは、誰もが「財産権」を持ち、資本主義といわれるこの市場経済に、いちプレイヤーとして参加できるということなのです。たとえば人権一般には鈍感な人でも、土地建物の権利書といえば眼の色を変えるものですが、この社会では財産を自由に蓄え、その使い道を自己決定できる「財産権」が最も基礎となっているのです。日本国憲法でも第29条で財産権をしっかりと規定しております。資本主義の社会においては、自己の生命・身体を含む財産への侵害に対しては、表現や団結などさまざまな自由を行使して対抗していくのが「人権」であるとすら言えると思います。この点の認識について、まずコメントをお聞かせ下さい。
2 2つ目です。財産権が人権の基礎だという命題の逆を行く社会を考えてみます。
世界には、財産権を含む人権一般に最も否定的だった国々がありました。すなわち、私有財産を制限もしくは廃絶してしまう、いわゆる「社会主義」の国でありました。なかでも、独裁者スターリンの最盛期に制定され、「スターリン憲法」の名が冠せられた1936年制定のソビエト連邦の憲法、その第12条はこうなっていました。:

第12条 ソビエト連邦においては、労働は、『働かざる者は食うべからず』の原則によって、労働能力あるすべての市民の義務であり、名誉である。

と定められておったのです。働かざる者には財産権も、生存権すらも、保障しない。つまり、働かない、もしくは働けない人を、極北の強制収容所で極限まで働かせたことや、知的障害者や精神障害者などは「働かざる者」として真っ先に粛清された事実が明らかになっています。

その血塗られた歴史を考慮すれば、現在生活保護叩きなどの言説の中で「働かざる者喰うべからず」などと、生存権と勤労の義務とをいたずらに対比するかのごとき言い方は、スターリン的な社会の姿を再現するものであり、慎まなければならないと思うのです。だれであれ最低限度の健康で文化的生活を保障することは、同情とか情緒の問題ではありません。市場経済への参加者を増やす、すなわち資本主義を発展させるために必要な発想なのであります。この点いかがお考えでしょうか。

3 3つめは、自由民主党が公表している憲法草案の問題です。草案においては、第9条の国防軍規定などが注目を浴びており、昨日の本議会でも論議されましたが、その陰で、現憲法の第97条が全面的に削除されていることにも、注意が必要です。第97条はこんな条文です。

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

この条文の全面削除を決めた意図について、自民党の片山さつき参議院議員はツイッターでこのように述べています。

「国民が『権利は天から付与される、義務は果たさなくていい』と思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です。国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか、を皆が考えるような前文にしました!」

とのことです。極めて暴論としか言いようがありません。日本はスターリンや金正日の国ではないし、憲法とは国家の権力を一定程度制限する規定集であることが、先進国の常識なのに、国民の生活心得のようなものを憲法に入れるような発想が問題なのであります。さらに、こういう発想で進むと、当然、国民の財産権も国によって強制的に召し上げられたりする世の中へと、一直線です。
残念ながら、これでは安心して資本主義の市場経済システムが回っていかないと考えます。アメリカ財界はいまでこそ、日本の軽自動車の制度や規格にケチをつけたり、非関税障壁をなくせとうるさく突きつけていますが、こんな草案がそのまま憲法になった暁には、チベットやイラクにしたように、人権の保障を口実に日本に介入してくるのかもしれません。
ともあれアメリカ独立宣言以来250年の歴史がある、いわゆる天賦人権説について、またそれを基礎とした現憲法をどう生かすかについて、コメントをいただきたく思う次第です。

4 最後に、国際条約との関連における権利擁護についてお聞きします。国際連合では「女子差別撤廃条約」や「子どもの権利条約」が採択され、日本もこれらを批准しています。士別市としても、それぞれの条約に対応した「男女共同参画条例」「子どもの権利条例」は制定できたわけです。
しかし、他方で「障害者権利条約」については、日本はいまだに批准していません。批准していないことで、次のようなエピソードも生まれています。それは、広報紙「ほっかいどう」最新の3月号に載っていた話です。
すなわち、一昨年、上川管内の電動車いす利用者が路線バスに乗ろうと電話予約をしたところ、バス会社に単独乗車を断られ、「上川地域づくり委員会」に申立てがありました。関係機関に調査した結果、バス会社の規定が見直され、単独乗車が可能になりました。さらにその後、複数のバス会社が関係機関等と連携して地域の方々の車いす乗車体験に取り組むなどなど、とのことです。最後は美談で終わっていますが、バス会社にしたところで障害者の交通権の擁護に対して無関心・無頓着だったことは否めません。ほかにも、障がいのある人たちが不便を感じたまま暮らしているケースはたくさんあるとおもうのですが、障害者の権利擁護の視点が社会にやや乏しいため、条約批准に向けた積極的な動きが必要と考えます。しかしそれでも士別市独自の施策として、障害者の権利保障として行えるものもあるはずと思います。さしあたってどんな方策を考えているかお聞きいたします。
                                                                 
2013-02-11obihiro 010


次は【JR士別・多寄両駅前エリア再整備の考え方について】
とりあげます。
4月からの新年度で、国鉄士別駅時代から半世紀近くもの間、駅前の象徴となってきた「駅前ビル」が解体されるとのことであります。士別でも駅前開発もしくは再整備の時代を迎えることとなりましたが、50年前とは地域全体の人口も交通機関の状況も大きく違っておりますから、必然的に駅前整備のあり方も変わってくるものと思います。そのことを前提にいくつかお聞きいたします。

1 まず、1950年代・60年代(いわゆる昭和30年代)の鉄道最盛期との比較であります。士別駅乗降客数などの推移について、お手持ちのデータを紹介いただきたく思います。また、減少した分は果たしてそのまま高速道路利用などに流れているのか否か、考察もいただければお願いいたします。
2 士別駅前再整備の手順や年次計画はどのようなものでしょうか? お示し下さい。
3 士別駅の重要度が下がったのは事実でしょうから、駅前に何かの施設や空間を改めて配置するにあたっても、50年前とは違い、コンパクトなものや、集約された機能を持つ何かが望ましいと思われますが、その点は具体的にどうお考えでしょうか?お聞きする次第です。
4 4つめは、駅前のシンボル的な存在についてです。姉妹都市のオーストラリア・ゴールバーンマルワリー市には、4階建てビルに匹敵する羊の石像「ビッグ・メリノー」があるそうです。それにならい、観光客向け等を意識して、以前遠山昭一議員が提唱されていた羊の置物とか、または本物のめん羊を数頭飼養するだとか、あるいは「さほっち&メイ」の大きな看板などを設置することも一案であると思うのです。この点どんなもんでしょうか?可能性をお答え願います。
5 5つめ。士別駅前の再整備にあたっては、地元自治会や住民からのアイデア募集や意見聴取が必要なことは言うまでもありません。しかし私の持論としては、ヨソの町から通学・通勤・通院している方々の意見も特に機会を設けて聞くべきなのではと強く感じるのです。
そのことの必要性は、逆の立場になってみて、名寄と旭川両駅前再整備について考えてみたらわかることであります。すなわち、私たち士別市民が、上川北部の基幹病院である名寄市立病院に通うときに、本当は直通バスが出ていれば便利であります。じっさい、幌加内からのJR北海道バスと、下川および興部からの名士バス各路線は、必ず名寄市立病院前を含むコースで運行しているのです。
また、私たち士別市民がたとえば通院やお見舞いで、旭川駅まで鉄道で行き、駅前から旭川医大、厚生病院、赤十字など各病院にバスで向かうとしましょう。ところが乗り場も路線も駅前から2条通りの間にバラバラに分散しており、非常にわかりにくいわけです。このことからも、名寄駅前や旭川駅前の交通の配置については、士別や富良野、上川など近隣市町村民の意見をじゅうぶん聞いてほしいものだとわかるわけです。
士別駅を利用し通って来ている方々の意見をどう反映させるか、方針をお聞きします。
6 <話は多寄地区に移ります>
まず、国道40号線をクルマで走っているとします。だいたいの鉄道駅について、普通は「○○駅入口」などと標識があるものと思いますが、多寄の場合は一切表記がありません。これは果たして正常なことなのでしょうか?まずお聞きします。
7 さて多寄地区はいま、士別駅前地区に先立って、近年再整備が着々と進んでいます。多寄小学校、多寄医院、日向温泉リニューアル、そして新年度は「菜園つき市営住宅」と。
私は、多寄については、交通アクセスの集約と整備とが、一連の整備の仕上げになるのではと考えていますが、残念ながら現状ではJR多寄駅と、士別軌道バス停、道北バス停留所とがバラバラに配置されています。バス停についてはさらに、上り下りでも相互に離れており、何だかとりとめのなさも感じます。こういう状況に至ったのは多寄地域固有の歴史的背景があるとも聞いていますが、一連の経緯について、知らせていただきたいものです。
8 仮に、多寄の地元住民の方々が分散した駅とバス停で納得しているならばいいとしましょう。しかし、旅人など、外からの訪問者からすればずいぶん分かりにくいのではないでしょうか?旅人は必要ないとか弱気なことを言わず、売り込む方法を考えましょう。多寄駅で降りてまずおそばを食べて、士別軌道バスで日向温泉に向かう、などとモデルコースを考えてみましょう。
とにかく、北隣の風連駅前再整備の状況も参考にしつつ、標示やアクセスについて再検討してはどうだろうか。思えば、札幌行き高速バス・なよろ号は、1990年の運行当初は名寄、士別だけの停車であったけれども、まず和寒でコンビニ併設のバスターミナルが整備されると和寒に停車し、風連駅前の再整備にメドがついた2004年からは風連に停車を始めました。そして6年前に剣淵道の駅ができると、そこにも止まるようになったわけです。多寄だって、交通の結節点をハッキリさせていけば、将来的には高速バスが止まり、歴史上初めて、札幌に乗りかえなしで行けることも可能になる、なんてことも少しは考えられるのではないでしょうか?
9 最後になります。市が集約したデータによると、日向温泉利用者の2割程度しか、中多寄線の路線バスを利用していないとされています。そうすると、どこか都会からフラリと来て、JR多寄駅で降りて、バスに乗りかえて日向温泉に向かう人は更に少なく、数えるほどしかいないのでしょう。しかしだからといって放置して良い問題ではありません。リニューアル後の日向温泉は、かの「はまなす財団」に指摘される前から、いわゆるドンブリ勘定を完全に脱出すべきであり、渡辺英次議員が以前指摘されたように、最初から厳しい数値目標をもって経営にあたるべきです。すなわち、自家用車での来館何万人、送迎バスで何千人、JR+路線バス何百人と、具体的な目標を決めて、各地の鉄道駅前や高速道路インターチェンジ、そして道の駅などで効率的なPRをする必要性があると思います。この点の見解のいかんをお聞きしてこのテーマの質問といたします。

                                           
最後に、第三のテーマに入ります。それは、
【天塩岳自然公園の活用について】であります。

1 先月、スノーモービルでの遭難死亡事故が起きたことで、乗り入れを巡って論議が起きています。先週、6日の北海道議会では、北口ゆうこう道議の質問に対して、高橋はるみ知事の答弁で、初めて乗り入れ規制に言及されました。地元自治体とも協議したうえで、規制の具体案を決めるそうです。
この点、ナキウサギなどの生態系保護や、規制区域がどこからどこまでになるのか等々、最寄り自治体としての士別市として何か助言なり要望なり、いちはやく北海道に対して挙げていくべきと思うのですが、今のところどう対応しているのか、この際まずお聞きする次第です。
2 2つめに、そもそも天塩岳山域に年間でどれくらいの入山者がいるのでしょうか?ここ数年の推移を含め、夏山、冬山と時季別に分けて、知らせていただきたく願います。
3 私自身も3回登ったことがありますが、天塩岳は初心者から健脚までコースにバリエーションがあり、また、静かな自然環境をじっくりと楽しめる山だとは思います。
大雪山系の近年の混雑を考えると、静かな山に行きたいとの希望は少なからずあるはずです。夏山シーズンには、数値目標というかある程度の想定をもって、朝日地区や天塩岳に一定数の登山客を誘致できるようにPRしていくべきではないかと思います。宣伝など、何か方策を考えているのでしょうか。
4 私はちょうど3年前の予算審査特別委員会で、朝日の「和が舎」の一角を天塩岳のビジターセンターにしてはどうかと提案したことがありますが、二つの理由から、今も似たようなことを提唱したく思います。
‖莪譴陵由としては、登山前に警察署に行くのはどうも…という理由です。まあ万一遭難した場合は、原則的に警察隊が救助するので「警察署に入山届出」は確かに正論ですが、レジャー的要素がある登山でいちいち警察署に行くのは敷居が高いという市民感情はあるのです。
第二としては、例えば羊蹄山や利尻富士のように単独峰であるならば麓から一望できますが、天塩岳はなにせ奥行きの深い山であるため、麓から山頂部分の気象が目視できないという問題があるためです。山頂にほど近い、避難小屋あたりにライブカメラでも設置できて、朝日総合支所などでカメラの画像を視聴できればベストなのですが;以上二つの理由から、とにかく朝日地区に、もしも登山基地機能をもった施設もしくは一角があれば、非常に有意義だと考えますし、それが実現すると、今は愛別や下川方面から直接入山している登山客も、朝日で情報を仕入れてから、と、経路が変わる可能性があるのではないでしょうか。ビジターセンターにかかわる、この提案についてもコメントをよろしくお願いいたします。


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