2012年12月11日

第4回定例会にあたり一般質問を行います。

第一に、いままさにこの市役所の外に垂れ幕がかかっている

【非核平和宣言都市としての活動について】

いくつか質問いたします。

1 この「非核平和都市宣言」を改めて紹介しますと、全文次のようなものです。

  核兵器を廃絶し、恒久平和を実現することは、国民共通の悲願であり、士別市民の心からののぞみです。核兵器が世界の平和と人類の生存に脅威を与えつつある今日、私たちは核兵器の廃絶を強く訴えるものです。美しい郷土を守り豊かな暮らしを子孫に伝えるために、非核三原則の堅持と恒久の平和を願い、ここに「非核平和都市」を宣言します。


この宣言に基づいて、どんな取り組みをしてきたのか。朝日町との合併前から通算してお答え願いたいと思います。

2 2つめです。実は私自身長崎で開かれた恒例の「原水爆禁止世界大会」に行ったことがあります。確かに重要な大会でありまして、核廃絶に向けた真剣な国際的シンポジウムなども行われていました。しかし、数十年にわたり行ってきたことで、どこか年中行事とか風物詩に近くなっていた部分もあるのではと、いささか疑問も持ったのが事実です。確かに核廃絶がどこかタテマエに終始していた部分があったからこそ、いま日本の有力政治家の中に、妙なホンネ主義というべきものがはびこり、「核兵器保有した場合のシミュレーションを」だの「核保有しないと日本が大国扱いされない」「核保有による抑止力は戦争をしないためのものだ」との妄言が多くなっています。核抑止力に依拠することは軍拡競争につながってきたのはアメリカ・ソビエト冷戦時代からの歴史的事実であるし、とにかく被爆した国だという事実を忘れた性懲りもない発言だと私はとらえています。市としては、かくのごとき政治家の発言にとらわれずに、宣言通りの「非核三原則の堅持」を改めて求めてほしいものだが、いかがでしょうか。

3 次の話題です。月に4日ほどしか市長の公務をしていないと言われる大阪市長は先月、広島での遊説後に「核廃絶は無理」という旨の発言をし、一方で自分が「平和市長会議」のメンバーであることは「知らない」とのことで、いつものことですが私はじめ多くの人が呆れた次第です。そこで3つ目として、特に市長にお聞きします。
牧野市長におかれては、道内でも本市はじめ27市が加入しているこの世界的な組織「平和市長会議」の活動に積極的なようにお見受けしています。具体的にはどんな活動に参加しているのか、またそこで平和のためにどんな発言をしているのか、この際教えていただきたい次第です。

4 最後に、5日後に迫ってきた総選挙の隠れた争点となっている憲法改定、即ち改憲の動きについてお聞きします。1980年代に世界中をリュックかついで歩き回っていた私自身は、どこの外国でも日本についてこんな評判を聞いたものです。すなわち、連続ドラマの「おしん」が日本人の勤勉努力を表しているとか、「ウォークマン」は素晴らしいとか。とにかく総じて日本の印象は良かったのです。これはひとえに、戦後日本が平和主義を掲げて経済成長のみに専念していたからであり、だから私も危ない目に遭わずに旅ができたと、とりあえず平和憲法に感謝したものです。

 さてこの日本国憲法、制定される時に当然国会で議論されたわけですが、1946年6月29日付けの「第90回大日本帝国議会衆議院議事録」には新憲法第9条についてこんな風に残っています。

 【日本共産党:野坂参三議員の質問】:
  戦争には侵略戦争と防衛的な戦争があるので、この憲法草案に戦争一般の放棄という形でなしに、我々はこ れを「侵略戦争の放棄」そうするのがもっと的確ではないか。
 【吉田茂・内閣総理大臣の答弁】
  私はかくの如きことを認めることが有害であると思うのであります(拍手)近年の戦争は多く国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実であります。ゆえに正当防衛権を認むることが、たまたま戦争を誘発するゆえんであると思うのであります。

つまり、共産党議員が「自衛戦争は放棄するな」と問うたのに対し、今日の自民党の先祖筋にあたる吉田茂は「自衛権も放棄した」と言っているのです。なぜなら「あらゆる戦争は自衛の名の下に起こるから」と、これは全くもって正論なわけです。
そして日本国憲法は、全会一致で決まったわけでなく、賛成は421名の圧倒的多数ですが、反対も8名あったのです。そしてその反対8人中6人が共産党議員であり、その他無所属が2人。すなわち今日の自民党に連なる人々は全員、自衛戦争の放棄に賛成してしまったわけです。

ところがどうでしょう。先ほどの帝国議会でのやりとりから66年を経た今回の総選挙では、自衛隊を「国防軍」にすると公約している党があったり、交戦規定を整備するだの、徴兵制も否定すべきではないだの、とにかく9条改憲を掲げている政党も複数あるわけです。
私は、そうなってはいたずらに近隣諸国を刺激するだけで、全く無謀な試みと言わざるを得ないと思います。また、少子高齢化が世界一進んでいる我が国の、ただでさえ少なすぎる若者を兵隊に取り、命を散らせてどうするのかと現実的に懸念する次第です。さらに、決算審査特別委員会でも申し上げた通り、日本はまだまだ震災や原発事故から癒えておらず、10万人以上が避難生活中なのに、軍事力ゲームをしている場合ではありません。
近隣諸国に対し、言うべき事は言うとしても、70年近く続いてきた日本の平和主義をここで転換する企てについては、市長の見解を伺っておきたいと存じます。

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第二のテーマはやわらかく、
【両生類の保護について】 扱います。
本議会では、例えばエゾシカによる農産物の食害だとか、ヒグマ出没について、はたまた士別市の象徴であるめん羊など、ほ乳類についての話題は多く出ます。また、多寄に飛来する白鳥など、鳥類の話題もあり、さらには岩尾内湖に放流しているヤマベなど魚類の話も出るのですが、両生類について取り上げるのは滅多にないことかと思います。
両生類は大きく分けてカエル、サンショウウオ、イモリの三種類しかいませんが、なかでもカエルは日本人の生活に昔から密着しております。12世紀の平安時代に描かれた国宝・鳥獣戯画でカエルが相撲をとる姿などが多く見られるほか、ことわざにも「井の中のかわづ」「カエルの子はカエル」など言いますし、誠に身近な動物であります。

ところが、この;
1 カエルやサンショウウオといった両生類は世界的に減少していることが指摘されています。両生類は読んで字の如く、陸上と水中の両方が生息場所でありますので、両方の環境悪化の影響を受けやすいのですが、個体数減少の大きな要因は湿原や干潟の乾燥化、池塘やあいまいな水たまりが少なくなったこと、そして河川のコンクリートによる護岸が進んだことなどであります。本市には水田が存在するからまだまだ大丈夫、たくさんいるよという声も聞くのですが、圃場整備が進み、従来型の常時湛水した水田とは変わってきていますから、やはりカエルの類は減少しているものと思われます。また、私が小学生だった40年ほど前までは、東丘団地の裏山あたりでもエゾサンショウオの卵が普通に見られたものです、今は残念ながら相当山奥に行かないと見られなくなっています。そこでまず一点、お伺いします。
本市ではこれまで、両生類などの生息数調査・生態調査などが行われたことがあるのか、お答え願います。

2 第2には、保全についてです。例えば北海道電力は、送電線工事で山林に入る際、エゾサンショウウオの卵嚢などを見つけ次第、安全な所に移しているとのことです。さらに、工事区域内に設置される集水桝やU字溝などには、落下したエゾサンショウウオが自力で脱出できるように「ハイアガール」という名前の、金網状のスロープを設置しているそうです。実は、エゾアカガエルやエゾサンショウウオの手足には吸盤がないかもしくは吸着力が弱く、コンクリートの垂直な壁は登れないからだそうです。ちなみに、北海道開発局旭川開発建設部では下川町のサンルダム周辺工事の際、全く同様の保全措置をとっています。
実際にエゾサンショウウオの生態を見に林道に分け入ってみると、落ち葉や枝がたまってよどんでいる側溝によく産卵しています。林道を管理する上では、側溝の水流をよどみなく確保しないと、降雨のあと、道に雨裂といわれる裂け目ができ、荒れてしまいますので、溝を定期的に浚渫しているようです。しかしそれは、ともすればエゾサンショウウオの生息地を奪ってしまうことにもなるので悩ましいところですが、とにかく言えることは;士別市でも、林道整備などの際に北電や開発局と同様の保全手法をとっていくべきではないかと考えますし、あるいは業者などにそう要請すべきではないかということです。
仮にも「士別は行政も市民も生態系保護にウルサクないから適当にやれる」という認識ができてはいけないと思います。ぜひ、市としての保全策を検討してほしい次第ですが、いかがでしょうか。

3 最後に、両生類生息地を学習に役立てる提案をいたします。私の知る限り、本市での両生類の理想的な生息地としては、谷口隆徳議員が9月の定例会で整備を提案した朝日地区の「エリカ公園」の奥が一つ。もう一つ、温根別北線と多寄日向地区を結ぶ林道の「日向沢連絡線」沿いが挙げられます。特にエリカ公園はその性質上、生態系保護のモデルケースとして適していると思われます。モデルになりそうな例をあげれば、オホーツク海側の枝幸町は「目梨泊」というエゾサンショウウオ生息地をそのまま町指定文化財としています。また今定例会初日に私たちは、その名も「川内村復興応援かえる基金」の創設を議決したわけですが、福島県川内村は天然記念物「モリアオガエル生息地」を持ちし、村の公式マスコットもカエルの「モーリー」であり、村民あげてカエルをとても大切にしています。川内村と引き続き交流していく上でも、本市のエゾアカガエルやエゾサンショウウオも紹介し、津軽海峡をはさんで動植物の生態系が大きく違う「ブラキストン線」が存在することを子ども達に学んでもらうなど、今後の交流に役立てていきたいものです。この提案についてコメントをいただき、両生類保護についての質問とします。


2012-05-20 019


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本日最後のテーマは、
【学校廃校後の史料保全とモニュメント建設について】
であります。

1 私もつくづく探検探索が好きなものですが、ある晴れた秋の日に、何の気なしに上士別のかなり奥にある「旧:大英小学校」の校舎を訪れました。実は屋根も外壁も半分崩落した形でありますが、原型はなんとかとどめて残っています。失敬して中をのぞいてみたところその校舎跡には、校歌の書かれた大きな額はもちろんのこと、大英小学校が開かれていた頃の数年分の「学校日誌」がそのまま残されていました。記入されていたの内容にいわゆる個人情報はなく、その日の気温や気象、職員の誰それが着任したとか教育委員会から誰それが来校したとか、その程度でしたから、そのまま放置しても問題はなかったのかもしれません。しかし考えてみると、少なくともこういった文書記録類や、校歌の額、さらにはできれば児童生徒の思いがこもっている卒業制作品などは、のちのちの回顧のためにも、また同窓生のためにも、できるだけ保全しておくべきではないかとも考えた次第です。旧朝日町立を含め、士別市立の学校は20校位はこれまでに閉校・廃校になっていると思いますが、閉校した際の文書類や製作物の保存などに関して、どういう体制で行ってきているのかを、まずお聞きします。

2 その場合、閉校後に土地の所有権等が移転してしまった場合などあるのか、併せてお聞きします。

3 このテーマの最後に、提案をいたします。最近、和寒町がかつて町立学校のあった地点に立看板を設置し、学校が開かれていた期間や校歌を紹介しています。なかでも塩狩小学校や東陵小学校など、かなりへんぴな場所ではありますが、しっかりと看板を設置しておりなかなかやるなと感じました。
学校跡に立看板や目印の杭一本でもあれば、同窓生などゆかりの人物にとっても見つけやすいし、開拓の歴史を検証する場合などに何かと便利だと思います。逆を言いますと、多寄の東陽小学校や温根別の北静川小学校などの跡地はやや曖昧になっていると聞いております。正確な学校跡地がわからなくなることほど悲しいことはないでありましょう。ただ本市の場合は朝日の「似峡小学校・中学校」や温根別の「伊文小中学校」のようにダム湖に沈んでしまった学校跡もありますので、そこは湖の沿道に概念図でも設置するしかないものと思われます。

さて、今年度末で閉校する3小学校を加えれば、たいへん多くの学校跡地が存在することになります。ともかくも、関係者の記憶が健在なうちにいちはやく何らかのモニュメントを設置しておくことで、士別市開拓の生きた歴史が保全されるのではないでしょうか。かくなる提案を行い、質問を終わります。



(23:41)

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この記事へのコメント

1. Posted by 久保あつこ   2013年01月22日 17:38
国忠さんへ

緑の党 北海道のメーリングリストでご案内したリフレットですが、配布用とかに必要ありませんか?23日には発注をかけたいと思いますので、必要枚数をお知らせください。

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