LSD(アシッド/エル)
メスカリン、シロシビン、MDMA(エクスタシー)などなど、いわゆる幻覚剤(サイケデリックス)にも様々な種類があるけれど、知名度、使用量とも群を抜いているのが、サイケデリック・ムーブメントの起爆剤ともなったLSD,通称アシッドである。
ほかのドラッグと違って、我々末端のドラッグユーザーはLSDそのもの、純度100%の粉末なり錠剤なりを目にすることはない。
なぜなら、LSDは20~250マイクログラム(百万分の20~250g)と極めて微量で作用を及ぼす類稀なる向精神物質であり、肉眼ではほとんど確認不可能だからだ(ちなみに、空中を舞うチリの重さが20~30マイクログラム)。
したがって、ブラック・マーケットで出回っているLSDは全て、数百倍に希釈した溶液を市販の錠剤やカプセル剤、あるいは角砂糖、ゼラチン、紙片などに染み込ませたものである。
かようなバラエティに富んだ品揃えの中、一番ポピュラーなのが1辺3~5mmの正方形の紙片、ペーパー・アシッドだ。
LSD自体の効力には関係ないものの、赤い点ひとつ(赤玉ブロッター)、ペンタグラム(五芒星)、真っ赤なイチゴ、2色刷りのディズニー・キャラクターと、紙片にプリントされた絵柄は実にバラエティ豊かで、ドラッグ・マニアならずとも収集欲にかられること間違いなし。
現に、服用することなく、ただただコレクションに血道を上げる奇特なサイケ・マニアもいる。
切手やコインのように持っていれば値打ちが上がるわけでもなし、日にちがたつにつれLSDは分解、かえって価値は下がってしまうのがオチ。
友達から馬鹿にされながら、それでもめげずに収集を続けるペーパー・アシッド・コレクターは、ドラッグの世界ではいたって異端なオタクなのである。
万華鏡のごときLSDの幻覚世界
LSDは体内における吸収率がとても高く、注射器を使って血液に流し込む必要は全くない。
経口で用いれば、胃や小腸などの消化器官からほぼ100%吸収される。
だから、紙片を飲み込んでも一向に差し支えないのだが、なぜかほとんどのアシッド・ユーザーは服用しようとはしない。
では、どうするか。
舌下に挟み、そのまま何時間も唾液を飲み続けるのである(舌下から吸収すると、肝臓に代謝されないという利点はあるが)。
飲み込んだ場合でも、舌下に挟んだ場合でも、その作用が感じられるまでには1時間から2時間待たなくてはならない。
LSDのもたらす主な幻覚症状は、視覚の変容である。
目にするものがそれまでとは違った色彩を帯び、キラキラと周囲に光を発し、ときには生き物のように脈打ったり、曲がったり、動いたりもする。
また、テーブルの上の小物が巨大化したり、本棚やテレビが小さくなったりすると、スケール感覚の狂いもしばしば体験される。
ただ、見える色や形は全く異なり、それに対する心のリアクションも人それぞれ。
ある者は女体さながらエロティックにうごめきつつオレンジ色の光を放つ枕を抱きしめ、官能の悦びに浸る。
また、ある者は虹色に輝くレコードを頭上に掲げ、腕が痺れて上がらなくなるまで何時間も眺め続ける。
そうした視覚の変容を喜びと感じるか、恐怖と感じるかは、セット(精神状態)やセッティング(環境)、そして個人の気質によってまちまちなので、一概にこうとは言えない。
音に対して極度に敏感になる者もいる。
視覚変容とともに、決まってLSD服用者が体験するのが、時間と空間の引き延ばし減少である。
ほんの数分が何時間にも感じられ、隣の部屋に移動するだけで、何kmも歩いたような錯覚に襲われる。
さらに、離人感覚と言って、LSDの幻覚症状に酔っている自分と、それを冷静に観察している自分とが別々に感じられることもある。
LSDの作用がすっかり抜けた後も、幻覚体験をしっかり覚えているのはこのためだと言われている。
また、このような離人感覚によって、極度の痛みを意識せずにやり過ごすことができるとの報告もある。
それから、音が波のように見えたり、味が色彩を伴ったりと、専門用語で言うところの共感覚が生じることもよくある。
こうした視覚の変容を中心とする幻覚は、一般に8時間から12時間続く。
摂取量が多かったり、薬物に敏感な体質の人だと、丸2日間ぶっ通しで幻覚を見ることもある。
たった、紙片1枚で、最新テクノロジーを導入した遊園地をはるかに凌ぐ”不思議空間”を創造してしまうLSD。
コークスクリューに乗っただけで失神してしまうヤワな輩は論外として、今のところ、これに優るレクリエーショナル・スタッフは他にはない。
気持ちが高ぶってなかなか寝られないとか、翌日に疲労感が残るとか、難点もあるのだけれど、まあ、早起きして電車に揺られ、ディズニーランドに行く苦労を思えば、何てことないだろう。