くまちゃんと一緒〜ナポリ人夫とのおバカ生活日記〜

説教警官くまとの結婚生活。イタリアの警官たちの実態も暴露(←やっぱオンナ好きやった。あ、知ってた?)

イタリア映画

トゥローマウィズラブ〜〜〜〜???(怒)

みなさん、こんにちは。ぷーです。






先日、こんな映画を観てきました。


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<題名> To Rome With Love (原題)
<監督>Woody Allen ウッディ・アレン
<脚本>Woody Allen 
<キャスト> Woody Allen, Roberto Benigni, Penelope Cruz, Jesse Eisenberg, Ellen Page, Alec Baldwin, Ornella Muti, Judy Davis, Riccardo Scamarcio, Antonio Albanese


<あらすじ>

1.ローマに暮らすアメリカ人学生のカップル、ジャックとサリーは、サリーの親友モニカ〜女優の卵で出会う男性を次々と虜にする魔性の女〜を家に招待することになっている。世界的に有名な建築家ジョンは、30年前に暮らしていたこの永遠の街に立ち寄った際、ジャックに遭遇。ジャックの中に30年前の若い自分を見たジョンは、モニカに対して警戒するよう若者に忠告する。
2.ヘイリーもまた若いアメリカ女性。葬儀屋の父をもつミケランジェロと恋仲の彼女は、今や年金暮らしに入った元オペラ演出家の父と心理学者の母を、義父母に会わせる為にローマに呼び寄せる。
3.ポルデノーネ(フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の都市)からは、新婚カップルが親戚に会う為にこの街にやってくるが、さまざまな取り違いの渦に巻き込まれる。
4.ただの一市民レオポルド・ピサネッロは、ある日突然脚光を浴び、パパラッチから追いかけられるはめになる。
という4つのエピソードが同時に進行する物語。
「ローマ」という永遠の都を舞台に、沸き起こる情熱、新しい才能、未知の自分との遭遇、束の間の名声を、Woody Allenのいつものエスプリの効いた会話で満たして描いた、小粋でお洒落なストーリー。

のはずですが…






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CESARE DEVE MORIRE 2

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『CESARE DEVE MORIRE』の一シーン。ネットから。





みなさん、こんにちは。ぷーです。

昨日続きを書こうと思っていたら、
夜の10時過ぎに意識失っていました。
そして今朝は日の出前の起床…。

朝7時前からビリーやってしまいました
(日本でブームは去っても私にはまだまだブーム)。

テンション高い女です。


ほんで一昨日の続きです。


タヴィアーニ兄弟が、役者となる受刑者達にそれぞれの方言を使うことを推奨した理由は、それが驚くほどの説得力と観る者の胸を打つ強いものがあったからだそうです。
タヴィアーニ兄弟は、彼ら各々の普段使うアクセントを用いることにより、それが彼らと役の間の壁を取り除き、全く自然に劇中の人物に入り込むことを可能にしたといい、それだからこそ、役の言葉に真実味が増したといいます。

鑑賞者としては、これは多いに成功した手法だと思ったわ。

方言に置き換えられたシェイクスピアの台詞が
単なる芝居上のものではなく、
受刑者達の人生をそのまま語ることになり、
犯罪者の来た道の一端をこちらに想像させ、
想像していたよりも感じさせられるものがありましたよ。


方言を使うということは、
「真面目」な感動を受けさせるだけでなく、
思わぬコメディも生み出し、
これが、テーマがテーマだけにやや重くなりがちな話に
軽妙さを与えていて、
個人的にはものすごく気に入りました。

例えば、刑務所内でオーディションをする場面があるんだけど、
そこで2、3人のナポリ人が登場。
ナポリの日常って、それ自体がやたら劇場仕立てで笑えるんだけど、
この場面を見ると、本当にナポリッ子てのは、
芝居がウマいというか、芸達者というか…
一人でもナポリの知り合いがいる人には、
腹を抱えて笑うこと請け合いです。



劇中の「ジュリアス・シーザー」が終演を迎えると、
役者達は、また上演稽古前の一受刑者に戻り、
監房に消えていきます。

重要人物の3人のうち一人は、減刑により出所した後、
本当に俳優となり、TVのフィクションにも数多く出演、
映画ではマッテーオ・ガッローネの「ゴモッラGOMORRA」
に出演を果たしています。

しかし後の2人は終身刑。
刑務所内で演劇をするうちに、
芸術への情熱が湧いてきたようで、
本を書いたりしています。
けれど、終身刑。
このうちの1人が映画の最後で言った台詞が胸を抉ります。

「芸術を知った今こそ、この場所は刑務所になってしまった」



学ぶことの素晴らしさを知った者にとって、
死ぬまで地獄の日々でしょう。
だからこそ、ただの刑務所内で上演される劇一つに、
こんなにも情熱を傾けられる。
だからこそ観る者の胸を打つ。

タヴィアーニ兄弟も胸打たれた人々。

彼らはまた、無邪気に演劇に取り組む受刑者達に、大いなる親近感を覚えました。


しかし、そんな兄弟に刑務所官吏は言ったそうです。


「あまり友好を深めないように。
ここで働くうちに、
僕らも彼らに家族のように接するようになるし、
好意を抱くようになる。
しかしそんな自分に、かなりの辛苦をもって
『NO』と言うんだ。
僕らは、受刑者達の苦しみよりも、
彼らにもたらされた惨苦、彼らの犠牲者、
その家族の苦しみを覚えていたいし、
また覚えていなければならないんだ」



芸術を知り、犠牲者とその家族の血を吐くような思いに想像を馳せることが出来るようになるのでしょうか?

この映画を撮り終え、役者の一人である受刑者は、

「パオロ、ヴィットーリオは、
俺にとっては、明日から何者でもない!
この芝居を始める前のように!」

と、振り向きもせずに監房に走り去ったそうです。
向けられる親愛の情を断ち切るかのように。
そんな権利は自分には無いと言うかのように。











この映画は、いろんな捉え方が出来ると思います。

単純に、犠牲者の権利、犯罪者の義務など。

私には、
芸術を知ったからこそ、
再び持ち得ない自由への渇望、
知ったからこそ、
恐らくは犠牲者とその家族へ生まれる気持ち、
芸術を知ったからこそ、生まれた
人としての苦悩
が描かれているように思えました。



てなこと書きましたけど、
別段重苦しく描かれているわけではありません。

場面やテーマが軽くない分、
上映時間も長くなく、
軽いタッチも含みつつ、淡々と劇中劇が進んでいきます。

興味のある方は、どじょ。
(イタリア語が分かる人には、ナポリ弁がちょっときついかもしれませんけど)




はー。
眠たいのでヘンな日本語になったと思うけど、
勘弁してちょ。

では寝る。

またねー。







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CESARE DEVE MORIRE 1

みなさん、こんにちは。ぷーです。



昨日のブログですが、
書き置きの言葉はどれも日本語で、
ローマ字で書いたものです。

どうでもいいかも知れんけど、
一応付け加えておきます。


 



先日、友達を待つ間にこんな映画を観ました。

locandina

CESARE DEVE MORIRE
チェーザレは死なねばならぬ

監督: Paolo Taviani, Vittorio Taviani
(パオロ・タヴィアーニ、ヴィットーリオ・タヴィアーニ兄弟) 
出演 : Giovanni Arcuri ジョヴァンニ・アルクーリ(チェーザレ)
Salvatore Striano サルヴァトーレ・ストリアーノ(ブルート)
Cosimo Rega コジモ・レーガ(カッシオ)




この映画は、シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」を元に、ローマ郊外レビッビアの刑務所で、受刑者を俳優として撮ったもの。

タヴィアーニ兄弟にこのようなきっかけを与えたのは、彼らのある女友達の言葉。
「お芝居観てこんな感動は長い間持つことが無かった。あなたたちもこの劇場に行ってみなさい」

その劇場では、ダンテの神曲の「地獄篇」から、幾つかの歌が詠われていた。

劇場はレビッビア刑務所の内部、俳優達は受刑者達。



刑務所の監房で生活を続ける中で、どうやって彼らの観たようなレベルの高い芝居が生まれるのかを知る必要を感じたタヴィアーニ兄弟は、受刑者の演出を担当する Fabio Cavalli ファビオ・カヴァッリに、「ジュリアス・シーザー」を所内で受刑者を俳優に使い撮影することを提案し、このたびの作品が生まれることとなったわけ。


日本の刑務所の事情は全く知りませんけど、
このレビッビア刑務所では、
受刑者達による催し物の一環として、
ずっとお芝居を続けているんですって。



タヴィアーニ兄弟が観た「地獄篇」では、
何十年、もしくは終身刑などの重い刑を受けた者から
朗誦される歌が、大変な重みをもって耳に目に響いたそうです。
また、それらを表現させることに成功した、
ファビオ・カヴァッリの仕事ぶりに非常な興味を感じたとか。




何故、「ジュリアス・シーザー」だったか?

刑務所に生きる男達がそれぞれの中に持つものが、
「シーザー」に描かれるものと殆ど同じだったから。

過ち、罪、失われた人間の権威、壊された人間関係等々…
これらと対比させるのに、同等の威力を持った作品を必要と考え
思いついたのが「シーザー」。
なるほど「シーザー」も友情、裏切り、権威、自由、疑惑が描かれている。そして何より、「罪」として、「殺しー暗殺」がある。
受刑者達とシーザー暗殺を実行する者達が、タヴィアーニ兄弟にとっては表裏一体であった。
(「名誉ある男達」は受刑者側にも属するし、アントニウスが暗殺を糾弾するシーンで話す「男達」にも属するということ。)


そういうわけで、「シーザー」を撮っていきますが、
その過程がモノクロで撮られています。
また台詞は受刑者それぞれの方言を使うことを許可…
というより殆ど推奨しています。


てな感じで、いろいろまだまだ書くことあるんだけど、
ごめん、眠たい。
もうあかんわ、今日は。



ちゅうわけで、続きは明日にいたしまする。


ほんじゃねー。








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La finestra di fronte

みなさん、こんにちは。ぷーです ヾ(´ω`=´ω`)ノ




今朝は……
ワタクシが青春時代から憧れて止まないお方、福山雅治の彼女っちゅう設定の夢から目覚め、超幸せでございました。

↑アホか


ふぅぅぅっ。
イタリアにはあのような薄味の殿方がおりませんな〜。

とは思いますけど、一人ワタクシのドツボにハマるお方が。IMG_0251


イエス。
ラウール・ボーヴァ。

はああああっ。
白髪増えてきた最近は渋みも加わり、さらに好みになってきましたが、この映画の頃の、シワの少ない若い、つるりんとしてた時ももちろんもちろん!カッコようございましてございます。


そう、今日は彼の昔の映画をご紹介。
つってもイタリア好きな人は御覧になったでしょうけど。

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原題「la finestra di fronte」(日本語「向かいの窓」)
2003年公開
監督: Ferzan Ozpetek フェルザン・オズペテク
出演: Giovanna Mezzogiorno(ジョヴァンナ・メッゾジョルノ)、Raoul Bova(ラウール・ボーヴァ)他


あらすじ

今ひとつ責任感に欠ける夫フィリッポとの間に2人の子を持つジョヴァンナは、鶏肉精製所で働く毎日で生活に少しくたびれている。ある日、家の前で「シモーネ」という記憶以外は何も覚えていない老人を介抱、家に招き上げる。最初はしょうがなく…といった感で老人を世話していたジョヴァンナだが、少しずつ彼に親愛の情を抱き、そして彼の素性を知ろうと骨を折り始める。
自分たちの生活が少しでも楽になることを切望しているのだが、中々チャンスも無いジョヴァンナにとって、唯一の(?)楽しみが、向かいに住む銀行マン、ロレンツォをダイニングの窓から覗き見ること。
ひょんなことから、そのロレンツォが老人の身元を掴もうとする彼女の手助けをすることになる。
老人の覚えている唯一の事項が「シモーネ」という人名だったことから、最初はみな彼自身が「シモーネ」という名だと思い込んでいたのであったが、その名は、老人が昔恋した男性「シモーネ」であった。老人本人の名はダヴィデ。かつて、ダヴィデは第2次世界大戦下の強制収容所への連行から逃げ切り、シモーネはファシストの掃討から逃れることが出来なかったのであった。
ダヴィデは生き延びた後、ヨーロッパでも名の通った大きなパスティッチェリーアを構え、自身が偉大な菓子職人として成功したのだが、愛した男性を助けられなかったことを心に大きな痼りとして抱えてたのだ。
このことはジョヴァンナの、心に持つ、そして実現不可能と考えていた望みを叶えたい気持ちに突き動かせる。
生活のために断念した菓子職人への道。
ロレンツォへの淡い恋心を昇華したい思い。
ロレンツォへの気持ちが溢れ出たある日、ジョヴァンナは自ら彼に熱い口づけをする。そうして、職場仲間で上の階(だったか下の階だったか)に住むエミネーの後押し「ヤッチャイな」の一言に背中を押され、いつも覗き見ていたロレンツォのアパートへ向かう。そこでロレンツォと結ばれようとするジョヴァンナだったが……。




すんませんね。
長いあらすじを書いちゃった。まとめ上手でなくってごめんちゃい。


話自体の設定が少し変わっていたし、封切り当時に観た時は、コメディ要素を含むドラマという印象があったんですけど、それから8年経った今、TVでもう一度観ましたら(最近やっててん)、何ちゅうかねえ。8年前には感じなかった、悲哀と切なさを感じましたよ。
生活苦で夫も頼りない。
でも子供も養わないといけないし。はー、しんど。
そんなところに向かいにカッチョいい独身男性が引っ越してきたら…?
そうねえ。
見ちゃうわよねえ。
もしかしたら、
妄想もしちゃうかもねえ。

幸いうちはバカ夫婦なりに問題無く仲良くアッパラパーに毎日を送ってますし、向かいにはカッチョいい独身男性どころか、ワタクシを覗き見するおババサマがおるだけですので、こういうことは大変非日常的でございますけど、そうね。

もしも毎日単調な生活を送っている主婦なら、

ラウール・ボーヴァは見てまうやろ


あ、ちごた。






特に今回胸に響いたのは、老人ダヴィデの台詞。

Devi pretendere alla tua vita(もっと人生に躍起になれ…とかいえばいいのかね?訳難しいわ)」



わたしゃ、自分のしたいことを実現するために、助力を惜しまない両親に恵まれたし、たくさんの恩師、友達に本当に心身ともに助けられ、したいことをして、「あー、こうすりゃよかった」という後悔は今の時点では無い、ある意味好き勝手出来た人生を送ってきましたが、それでも、やはり、自分の頑張りの足りないことは多々あるし、この台詞は胸にグリグリきました。
もっともっとガンバらにゃ!
ここ何年か怠け気味です。
反省じゃー!

とにかく、8年前にはなかった感動がありましたわ。




翻って、8年前と変わらない感想が…。


最後の方にですね。
ジョヴァンナとロレンツォが結ばれそうになる場面があるんですけどね。

まずロレンツォ。


ロウソク灯し過ぎ!

ヤル気満々で怖いです…。
髪の毛とかに点火したらどうすんねん。

そして…。
ロレンツォよ。
ここっちゅうときにアンタは…


喋り過ぎじゃっ


せっかくジョヴァンナが意を決して訪れたっちゅうのに、静かに、集中しなはれ!(あらやだ、ごめんなさいよ)

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こんなロマンチックな場面なのに…

結局喋り過ぎて、
「ボクは君をあの窓からずっと見ていたんだ」
みたいなこと言って、ジョヴァンナの目を覚ましちゃうんだからねえ。



まあ、これをお昼のメロドラマ風に見ちゃう人もいるかもしれませんけど、おいしいお菓子の溢れる場面もあるし、昔のシモーネを知る老婦人とかちょっと怖くて面白いし、コマゴマしたところを見るのにも中々楽しくはありました。
ちょっとジョヴァンナ・メッゾジョルノと夫役のフィリッポ・ネーグリの喋りが早すぎて聞き取りにくいとこもありますけど、悪くない映画だと思いますぜ。
日本でもDVDで出てるみたいなので、お暇な方は見てみては?

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あ〜、綺麗…(*´ェ`*)


ちゅうわけで、久々にイタリア映画の紹介でした。


んじゃ、またね〜

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人気ブログランキングへある友達(♂伊)は、「オレはジョヴァンナ・メッゾジョルノとなら浮気出来る!」と言っていました。向こうが相手にせえへんちゅうの。

HABEMUS PAPAM

みなさん、こんにちは。ぷーですv( ̄∇ ̄)v


昨夜はこんな映画を観てきました。

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『HABEMUS PAPAM 』
Nanni Moretti ナンニ・モレッティ監督
Michel Piccoli ミシェル・ピッコリー主演


モレッティの映画、大好きなんだな〜。
なので、これは映画キチの夫くまに引きずられるまでもなく、ノリノリで観にいってきましたよ。
(あ、くまはモレッティの大ファンで、昔ナポリで偶然会って←すげえ偶然 握手してもらったことが自慢だそうです…)


てなわけで、以下、あらすじと感想ですが、ネタバレありなんで、お気をつけ下さいませ。




☆あらすじ☆

先の法王の崩御により、新たに、その畏れ多い、聖なる任務に就く者を選ぶべく、ヴァティカンはシスティーナ礼拝堂にて、法王選挙枢機卿会議が行われる。予想を裏切り、新法王にはメルヴィッレ枢機卿が選出される。躊躇いつつも、それを受け入れるメルビッレはしかし、サン・ピエトロ広場に向かうバルコニーにて、枢機卿が「Habemus Papam アベームス パーパム (新しい法王が決まったことを伝えるときの、バティカンの第一声)」と世界に向けて発したとき、その任務の恐るべき重大さに耐えられなくなったか、大声を上げ、新法王としての登場を待っていた控えの場から逃げ出す。
新法王を待つ世界中が、あり得ない場面に驚き、新法王には一体どの枢機卿が選出されたのかを推量している中、バティカンは、教理があるが故に生じるあらゆる困惑を伴いつつも、精神分析学者を召還する。自分たち枢機卿達の、言わば、押し付けた任務への拒絶を翻させ、セラピーにより受諾させる方向に持っていくためである。しかしセラピーといいつつ、メルビッレへの質問事項に制約は多く(拒絶を更に強固にさせたくないため)、十分なセラピーが出来ない(周りを枢機卿達が取り囲んでもいるので)。結局、この精神分析学者の次に仕事が出来るという(彼によると)、彼の別居中の妻(精神治療医)のもとへお忍びで向かうことになったメラビッレ。だが彼は診療の後、お付きの者達の隙をつき、姿をくらます。そして事態はさらなる混迷に向かうのだった。





一部のキリスト教原理主義な人々からは、「ヴァティカンを侮辱するような映画を見にいくな」と言う声も上がっていますが、これはむしろ、高級聖職者の如何にも人間臭い部分をあぶり出していて、主人公の描写などは、感動的ですらありました。

それにしても、予想していた通り、皮肉山盛りてんこ盛りっ( ´_ゝ`)ノ


コンクラーベ(法王選出枢機卿会議)での枢機卿達の描写では、パッと見は、枢機卿という高級聖職者の、およそ聖職者らしかぬ俗っぽさを描き出しているのですが、よくよく考えると、彼らの態度や考えは、ある程度の特権階級のいやらしさを見事に表現しています。

「神よ、どうか私を選ばないで」

と、殆ど全員が祈りだすところなどは、例えば、そこそこの権力を手に入れ、人から崇められる立場にあるが、面倒くさいことはごめん。責任は負いたくない、そういう心理がありありと描かれています。
そこに、例えばイタリアなら、現在の首相の反対勢力である左翼政党の議員達の、「文句はいうけど、具体策何も無し。でも給料貰えるからラッキー」というような態度に重ねられるし、日本なら、さしずめ民主党議員達の「議席は手に入れたから、後は国会でヤジ飛ばして終わり(責任は請け負わない)」てな態度にも見られるわけです。

また、このコンクラーベでは、「力のありすぎるヤツを選んで、そいつの言うなりになるのもイヤ。だから、大したことしそうも言いそうもないヤツに決めよう」という態度も描かれていて、全くどこぞの政党の党首選びに似たような感じ。



話の中には、幾人かのジャーナリストが登場しますが、そのうちの一人は、特にBruno Vespa ブルーノ・ヴェスパという、元国営第一放送のメインキャスター、現在ただの権力者のコバンザメといった、どうしようもない男が、ソフトに重ねられています(この役がTG1のジャーナリストではなく、TG2のそれとして描かれていたところに、モレッティの密かな配慮が伺えました。TG1にしたら、露骨過ぎるものね)。
これが中々笑えました。やはり、世界中の「ジャーナリスト」という仮面を被った、下品な詮索屋達を皮肉に皮肉に描いていましたよ。

この他印象深かった皮肉は、たくさんあるのですが、中でも、劇中のTVニュースの描写。これはえがった。
新法王が私たちの目の前に姿を現さないことに対してコメントする、ヴァティカン付きのジャーナリスト(じゃなかったかも。肩書きはわすれました〜)が、番組最中、言葉を無くします。
適当に言葉を重ね、そのうちの1つをメインキャスターに拾われ、質問されるのですが、答えられないのです。

生放送でも、専門家だから何でも言及出来る。

私たちTV見るときに、そんな先入観を少なからず持ってると思います。
そして、だから疑うコト無く、ハナから信じることが多いと思います。
そこに大きく警鈴を鳴らしている、そんなふうにこの場面を読み取りました。
プロパガンダに毒されている現実に、目を覚ませといわれているように思っちゃいましたよ。



さて、3日の逃避行を続けたメルヴィッレは、最後はヴァティカンに連れ戻されます。

逃亡の間、新法王メルヴィッレは、重大な任務に就くために自らの心を鼓舞せず、ひたすらに自分と向き合います。その結果、信仰によって自らをある方向に導くのとは別に、もっと、一人間として根幹的な何かから導かれるということが、全ての人に必要であるということに気づきます。
それが、先生であったり、社長であったり、一国の元首であったり、また、一宗教の代表者であったりするわけです。
メルヴィッレは、自分も導かれる者であり、人々を導く立場には就けないと悟ります。
そうして、新法王として最初の演説で、自分にその徳はないと、民衆を前に告白し、法王のバルコニーを後にするのでした。

この最後の場面は、感動的でした。

メルヴィッレを、「重要な任務に就くことの出来ない臆病者」と見る人もいるでしょう。
私は、彼の、自分の「法王の任に就く勇気の無い男」としての弱さを、民衆に告白する強さを賞讃するのではなく、人はみな、迷える子羊で、みな、差し伸べられる手が、前へと導いてくれる手が必要であることに気づいた、そのときの心中晴れ晴れとした様子に、心がギュッとなったのです。
あることへの悟りを開いた人の、清々しい姿は、本当に美しい。
そんなふうに思いました。









なーんてね。

まあなんですか。
小難しく、モレッティの裏の意図まで探らんでも、面白おかしく観ることの出来る映画だったと思います。
こういうテンポがキライな人には、少し辛いかもしれないけど。

他にもいろいろコメントしてみたい場面があったんだけど、別に映画評論が目的でもないし、長くなりすぎるし、まとめられんし、てことで、「こんな感じでこの映画観てきたで」と軽く取ってくだせえ。

もちろん、私の一個人の感想ですんで、そこんとこヨロシク。



ほな寝るわ。

またね〜 (☆゚∀゚)



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人気ブログランキングへMichel Piccoli が素晴らしかったです(先のPapaが病気になりだした頃に似てるように思えました。くまはGiovanni23°に似てるっつってたけど、そこまではわからんわい)。
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