くまちゃんと一緒〜ナポリ人夫とのおバカ生活日記〜

説教警官くまとの結婚生活。イタリアの警官たちの実態も暴露(←やっぱオンナ好きやった。あ、知ってた?)

カリアリ物語

サルデーニャの言葉「サルド」

みなさん、こんにちは。ぷーです。


ここんところ、日本、イタリアを始め、世界情勢のニュースを全く見ていません。
各地にお住まいのみなさん、お元気?



先日、サルデーニャの「ヌラーゲ」についてのブログを
やっとこさ書きましたけど、
「ヌラーゲ」って、変な名前だと思いませんでした?
他にも、例えばサルデーニャでは地名なども
イタリア語とはちょっと違う響きのものが多いのね。

少しサルデーニャの言葉「サルド」を説明してみると…

サルデーニャには「サルド」と呼ばれる彼ら独特の言語があり、それはラテン語からの派生が明らかである。ロマンス語系の他言語が歴史とともに練られていったのに対し、サルドは、サルデーニャという島の砦に守られていたため、その言語機能がもとから持つ特殊性を、彼らの源泉である
令名高い ギリシャ語、ラテン語ともに保つことが出来た。
1700年には、サルデーニャの統治権がスペインからピエモンテ(サヴォイア家)に移ったため、スペイン語とサルドの2つの言語が島に同居することになる。その後、公式言語としてイタリア語の使用が定められ、同時にラテン語使用の領分が狭められる。1800年頃の言語情勢はサルドとイタリア語ともに五分五分であったのが、1861年のイタリア統一を期に、イタリア語の普及が更に広まった。 

なんだとさ〜。



だけど、「サルド」と一口に言っても、
島全体で同じ「サルド」を使っているわけではなく、


ヌオレーゼ Nuorese
島の中央部、ゴチェーアノ Goceano 、そしてヌオロNuoro州の中央で話される言葉

ガッルレーゼ Gallurese
島の北東部で話される言葉

サッサレーゼ Sassarese
サッサリ Sassari の街とその近隣で話される言葉

ログドレーゼ Logudorese
島の中北部で話される言葉

カンピダネーゼ Campidanese
島の南部で話される言葉


 
と、大きく分けて5つの種類のサルドがあるそうです。
ネットから拾った言語分布地図を下に載せるわね。

mappa_lingua


そして、これをよく見てもらうとわかるんだけど、
上記の5つの種類の言葉以外に、
アルゲーロ Alghero でのカタラン語Catalano 、
カルロフォルテ Carloforte 、カラセッタCalasettaでの、
イタリア半島のリグーリア地方の言葉
が話されています。


ヌオレーゼとログドレーゼがイタリア半島からの言語影響が比較的少ないのに対し、カンピダネーゼはサルドの特殊性を保持しつつも、イタリア半島中南部の方言により近いものがあるそう。サッサレーゼにガッルレーゼは何とトスカーナ方言の特徴を見ることが出来るようです。


私が行ったのはカリアリとその周辺の海の街なので、
使われている言葉は当然カンピダネーゼの名残のもの。
(お年寄りはその言葉を喋り、若者は既にイタリア語。カンピダネーゼを理解するけど)
 
次いでですので、そのカンピダネーゼの言葉を少し紹介。

例えば月曜日(イタリア語でlunedì ルネディー)は、
lùnizi ルーニズィ

火曜日(martedì マルテディー)は、
màrtizi マールティズィ

1月(gennaio ジェンナイオ)は、
gennàrgu 

2月(febbraio フェッブライオ)は、
friàrgu フリアールグ

今月11月(novembre ノヴェンブレ)は、
ònassàntu オンニャッサントゥ

なんだとさ。

他にもイタリア語の男性冠詞 il イルが suになるとか、女性冠詞 la が sa になるとか、いろいろとまあ、全然イタリア語と違っていて、興味がそそられます。

そそられるけど、頭がゴチャゴチャになるから、私の興味もこの辺りまでに押さえておくことにするわ。まだまだイタリア語をキッチリしとかんとね。
それに、ナポリ語の方だってもっと勉強せにゃいかんし。
脳みその皺は余り無い方なので、サルドにまでテぇ出しとれんわい。


ま、(イタリア語から見ると)ヘンな響きの言葉が多くて面白く、印象に残ったので、今日のようなブログを書いてみました。


では今日はこの辺で。

またねん  

 
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

 
人気ブログランキングへ

サルデーニャのヌラーゲ(やっとよっ)

みなさん、こんにちは。ぷーです。



なんだか知らん間に秋が深まってきています。
日が落ちるのも早くなってきました。

今年の夏は、その暑さを生まれて初めて気持ちよく感じることの出来た夏だったので、いつもは大好きな秋も、夏に未練があるためか、少し寂しく感じます。


夏に未練…。


サルデーニャで過ごした日々が本当に良かったからねえ…。 



ちゅうわけでっ。

やっとこさヌラーゲについて書きます。


「ヌラーゲって何なの?」

という方のためにまずはこちらの写真をどうぞ。
BlogPaint


あら。
なんだかショボイ写りで、全然迫力が伝わらないわね…。

ヌラーゲ nuraghe とは、サルデーニャ内陸に点在する、円錐形を基本とする先史時代の石器建造物紀元前17世紀から紀元前7世紀までの約1000年の間に存在したもの。

私が見学してきたヌラーゲは、その中でも大規模なもので、ユネスコ世界遺産に指定されている、バルーミニのヌラーゲ Nuraghe di Barumini
ここはローマ時代まで、約2000年もの間機能していたそうです。
石組みの仕方から、「ここからはローマ人が組んだもの」とわかるそうよ。
(その説明も聞いたけど、メモしなかったので忘れました。すまん)

IMG_4464

その内部はこんな感じ。

IMG_4465

研究の始まった当初は、ヌラーゲとは軍事的防衛目的に造られたものとの考えが強かったんだけど、近年の更なる研究により、宗教的儀礼も行われていただろうと言われています。


とは、どっかのサイトに載っていた、通り一遍の説明で、
ガイドさんの説明に寄ると、人ももちろん住んでいて、内部を写した写真の1枚目に見られるように何層かに階が分かれ、いくつも部屋があったよう。
上に上がるには梯子をつたって…とか言ってました。



BlogPaint
 これは外の天辺から撮った写真。

nuraghe_barumini
こちらはネットからの拝借。

ここからわかるように、4つの塔に囲まれ、集落が点在してます。
内部で撮った写真は、中央の大きい部分の中で。
そこには井戸もありました(サダコが出てきそうで怖かった…)。

BlogPaint

BlogPaint

これら外の集落には、お湯を沸かす室もあり、隣の室で火を焚いてお湯を保温したりし、集落の機能の充実ぶりには結構びっくりしました。
先史時代なんて全然知らないんだけど、大昔の人の知識って割と侮れないわよねえ。


ちなみにサルデーニャってのは、

mappa_sardegna_10

こんな感じ。
下の真ん中の方にカリアリ市が見えますね(Cagliari)。
バルーミニのヌラーゲの位置は、カリアリ州のここ。

cartina-1

州の北限ですね。

地図で見ると、州都カリアリからは遠そうですが、
車で約1時間。
(あ、羊の群れに邪魔されなければの話ですが)


バルーミニの他には、
ヌラーゲ・ローサ(nuraghe losa, Oristano オリスターノ州) 
ヌラーゲ・ディ・サントゥ・アンティーネ・ディ・トッラルバ(nuraghe di santu antine di torralba,Sassari サッサリ州)
ヌラーゲ・ディ・アッルビーウ・ディ・オッローリ(nuraghe arrubiu di orroli, Nuoro ヌオロ州)

が有名且つ見学可能なようですよ。



ヌラーゲの時代は、青銅器の時代でもあり、兵士、動物、船、ヌラーゲそのものを象った青銅像が残っています。
そこから、羊飼いが主である農業社会に、兵士たちが特権階級として存在していたこともわかります。


最後に「ヌラーゲ」の語源についてですが、
ヌラーゲ nuraghe は、語幹 nur から来るそうで、サルデーニャの地名学でもこの説が普及しているのだとか。
「たくさんの洞」
という意味に訳せるそうです。


ガイドさんは、イタリア語はもちろん、英語、フランス語が話せるようでした。
そんなに難しい英語は使っていなかったわよ。


では、今日はこれまでだ〜。





あ、ところでね。関係ないねんけどね。
今日は今日で


「やっぱりイタリアやのう…」


とじっとり実感する出来事があったので、
明日にでもそれを書くとしますわね。
(体験しながら、「こら絶対ブログに書かなアカンやろっ」と思たんやわ〜)


ほんならまたね。



にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

 
人気ブログランキングへ

サルデーニャの自然公園

みなさん、こんにちは。ぷーです。



いきなり秋が深まりゆく気配のする、ミラノ近郊からお届けします。
日本のお天気はどうですか?



さて、今日はサルデーニャの自然公園をチラリと紹介するわね。


私と夫くまが叔父夫婦に連れてもらった、サルデーニャの内陸の小さな町ジェストゥリGesturi(「ジェ」にアクセント)に、有名な台地公園 パルコ・デッラ・ジャーラ Parco della Giara があるの。
その広さは、約42平方キロメートル、
海抜550メートルの高さに位置。

ジャーラGiara とは瓶とか鍋とかそんな意味。
サルデーニャでは、この公園のように玄武岩で出来た海抜300メートル以上の高原地や、平地にある溶岩に覆われた丘などを、「ジャーラ」(サルデーニャ語ではJara)と呼ぶそうよ。

台地が形成され始めたのは2000万〜2500万年前で、まだ海水の下にあった頃だとか。
(あまりにも大昔過ぎて、ようわからん数字やね)

時は過ぎ
270万年ほど前、形成された層の上部に亀裂が出来、そこから玄武質の溶岩が溢れ、台地の全てを覆ったの。

台地の縁の部分は結構もろくて、いくつかのへこみ、くぼみが出来、これらの辺りは台地の自然に近づくことの出来る入り口となっています。

何万年もの時を経て、玄武層の上に柔らかな土層が出来(一番深いところで50センチ以上)、この上に顕著な地中海性植物が育つことになったのだそうです。




てなことで、お写真をお楽しみあれ。

BlogPaint
公園から下界を一望



 BlogPaint
公園を一歩入ると、コルクの林。
コルクはイタリア語ではsughero スーゲロ。

BlogPaint
そしてよくわからん多肉植物。
BlogPaint


ちょっと引いて撮ってみると、これらの自然はこんな感じ。

BlogPaint

BlogPaint


なんだか乾いた感じで、私が住まうあたり(ロンバルディア)の自然とは全く違います。



そしてこの自然公園には、何と。

BlogPaint
BlogPaint

ヨーロッパに残る数少ない、野生馬が生息しています。
(下のピンぼけ写真は叔父さんによるもの)

乗馬も競馬もしませんので、お馬さんの美しさの基準はよくわかりませんけど、なんだか無駄のない、美しい太ももに見えました(あら、馬の足の付け根は太ももとは言わんわね)。

そのほか、 
 BlogPaint

放し飼いの豚。野豚ちゃんたちです。

中に本当に小さい子豚が何匹かいたんだけど、叔母さん、それを見るなり


「あらあ。
マイアリーノ(サルデーニャの名物子豚料理)に理想的な大きさだわ。ちゅっ(投げキッスしてた)」


と言い放ちましてね。ちょっとビビらされました。



この他、ここにはキノコもふんだんにあり、結構キノコ狩りに来る人もいるようです(実際に会った)。

時間が無かったので、心行くまでは廻れなかったんだけど、初めて見る自然に、ワクワクドキドキしてしまいましたよ(見ながらでもワクワク出来るんやね)。



では今日はこのへんで。

 
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

 
人気ブログランキングへ

海水で頭皮が生まれ変わった?

みなさん、こんにちは。ぷーです。


ヌラーゲ(ご存じない方には何のこっちゃいって感じの変な言葉ですね)のことを今日は書こうと思ってたんですけど、時間が無いのでまた今度。

昨日書いたことをアッサリと反古にしてしまった…。


うーん、昨日からだんだん集中力に欠けてきて、時間見つけちゃネットちょこちょこ見たりしちゃって、まあ、効率悪いったら。ま、お仕事の目処は立ってきたので宜しいんですけど、それが気を緩めたような。もう一度気を引き締め直さんとっ(゚皿゚メ) (といいつつ、息抜きにブログを書いたりなんかしたり…)



ちょっと、今日はまた海の話に戻って、みなさんに問いかけたいことがあるのよ。

海水で、いろいろ治ったことがある人ってどれくらいいるのかしら?



私、何年か前、酷い手荒れで、もう手のひらがビリビリに皮剥けてしまったことがあるんですけど、その年、海に行ったら

スベスベのツルツル。
手荒れ完治。


今年は別にどこも悪くなかったんだけど、海に初めて入ったその日の夜、段々頭が痒くなってきて、もう寝てる最中も頭痒くてたまらなかったの。
翌朝起きたら、フケというよりも、頭皮そのものといった、大きな固まりの頭皮の欠片がボロボロ頭から出てきましてね。
ちゃんと頭洗ってるつもりだったけど、そんなに頭皮の汚れ酷かったのかしらね。
とにかく
頭脱皮したんちゃう?
てくらい、皮膚の古いのが落ちてきて、びびったわ。
その後は何も無かったんだけど。


そんな、
「私は海水で○●が良くなりました」

って方、いらっしゃいますか?
よろしけりゃコメント残してくださいませ。
別に何もあげませんけど。

「へ〜」

って反応するだけですけど、興味あります。




はー。今日はもう寝ます。もう12時や。

ほんじゃまたね〜。

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

 
人気ブログランキングへ

カリアリ叔母の実家

みなさん、こんにちは。ぷーです。


BlogPaint


おいおい、なんだよこの家は(((( ;゚д゚)))。

てな感じですが、これ、カリアリ叔母の実家。
外からは見えません。
デカイ門と壁に遮られてわからない。

青空に水色の建物って、イマイチ映えない感じですが、
昔からこの色だそうで。


この家のあるところは、カリアリから内陸に車で約1時間少しのちっこい町。
4、5年前から修復を続けているらしいんだけど、
こんな家だから、どうやらお金も時間も掛かるよう。
まだまだやることがあるそうです。


ちゅうわけで〜。

今日はこの家の中身を、叔母の許可を頂いてお見せしちゃうぞよ。


BlogPaint

デカイ入り口門を入ったら、すぐにこのようにパティオ(正確には違いますけど)が。
アーチになっている部分の内側は、地階のテラスと言った感じで、簾で日を遮って、そこにソファをおいて寛いだり、ご飯を食べたり、植木を置いたり、いろいろ出来る場所。

BlogPaint

これは入り口門を入ってすぐ右手にある物置(2階建て)のテラス。
壁とベンチにはめ込んだタイルは、昔この家の床に使われていた、痛んでいないタイルを活用したんだって。もそっと寄ってみましょう。


BlogPaint

BlogPaint


にゃー。
目がチカチカしそうな床だったのねw


お次はベッド。

BlogPaint

BlogPaint

背もたれにはこんな飾り細工。
叔母さんによると、なななんと、ラピスラズリだとか。

寝るだけなのに、ラピスラズリかよ〜〜っ


と心の中で叫んだ私でござるよ。

他のベッドも見てみましょう。

BlogPaint

BlogPaint

こちらはラピスラズリの他、絵までありますね。

BlogPaint

この背もたれは、背もたれと知れず、長い間物置の壁に絵の側を向けて立てかけられていたため、湿気を含み、痛んでしまったそうです。

こんな前世期的なものもあるかと思えば、

BlogPaint

ベッドのサイドライト。

BlogPaint

こんな感じで、シャッターの横開きバージョンで、ライトの明るさを調節出来るのだ。

って、これはいつくらいの家具かね?
5、60年代くらい?
中々便利そうに思いました。

その他、
BlogPaint
BlogPaint

赤ちゃんのゆりかごの骨組みっ。
一体いつくらいのものなのかねえ。

BlogPaint

ちなみにこのゆりかごでは夫くまのカリアリ従弟1が揺られて大きくなったそうよ。

BlogPaint

これは「コリエレ・デッラ・セーラ」という大手新聞の子供新聞「コリエレ・デイ・ピッコリ」。
確か1960年代のもののはず。
古い新聞がずら〜っとコレクションされていました。


あんまりいろいろ写さなかったけど、古いものを大切に使うって、いいことだわね〜。

骨組みの揺りかごの写真の床を見ればおわかりのように、ここはまだまだ手直しするところがたくさんありまっせ〜。

でも叔父叔母夫婦は、6室ほどの主寝室があり、今後の修復で更に寝る場所は増えるであろうこの家を、息子たち、その従兄弟たち、自分たちの兄弟たちと一緒にワイワイ過ごせる一つの場所として、きちんと残したいそうです。



明日はサルデーニャ内陸部に散在する「ヌラーゲ」と、自然公園について。えーと、書けたら書くわ。


ほんではまたね。




にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

内陸もええとこですね、サルデーニャッ 
人気ブログランキングへ
記事検索
プロフィール

ぷー

QRコード
QRコード
livedoor × FLO:Q
  • ライブドアブログ