2012年02月10日
風雲児たち 幕末編

この30年・・・ず〜〜っと読み続けているシリーズだ。
この19巻目で、ようやく吉田松陰が処刑されるのだが、ここまでに30年かかっている・・・なにしろ幕末を描くために、関ヶ原の戦いから始まっているシリーズで、本編である「風雲児たち」が30巻、その後、龍馬を主人公にした「雲龍奔馬」と続いたが、新たに「幕末編」が出て、これが現在19巻目。
新刊が手にはいると、「・・・どうぞ読み終わるまで何事も起きるなよ・・・(読み終わってからなら何があってもいい)」と願い、電話にも出ない。
何よりも読者をバカにしていない姿勢がいい。これは俺も見習っている姿勢だ。
ピュアな松陰が、ピュアなままで死ぬことが出来たのは、「俗」を知っている桂小五郎(彼は弟子ではなく部外者ではあるが・・・というと、桂小五郎が怒るかも知れないが)や高杉晋作がいたからだ。
二人は、金を工面して牢番や役人に賄賂を渡し、獄舎の中でも松陰を自由にさせた。
松陰にはそれを悟られないようにしていたため、松陰は「・・・誠意は必ず通じる」と信じたままで死んで行くことができたのだ、もし、松陰が賄賂のことを知ったら激怒したに違いない。
「私たちは先生(松陰)のように、人を信じることの出来ない」・・・自分たち(つまり俗)を知っていたのだ。
賄賂を受け取れば役人の態度が変わるような、しょうもない世の中を知ってはいたが、彼らが賄賂を受け取る側にはならなかった、ここだ大事なのは!
世の中の間違った大きなフレームを受け入れたとしても、決して肯定してはならぬ・・・肯定したとき、しょうもない世の中の、奴隷になってしまっているのだ。
そんな人間に、しょうもない世の中を語ったり、ましてや変える資格はないことを二人は知っていたのだろう。
教育とはそういうことだ。
知識を教えるのではなく、姿勢を伝えることだ。
内容はチンプンカンプンだけど、この人がおもしろがってるらしい(あるいは怒ってる)事だけは伝わった。
こんな真摯に生きている人が真剣に話しているのだから聞いてみよう。
自分はこの人のようには出来ないけれど、そういう考えの人がいることは他人に話せる・・・どうすれば伝わるだろう?
小出先生が「皆さんの出来ることで(原発が危険なこと)伝えてください・・・」とはそういうことだろう。
もしも小出先生が、電力会社から研究費を受け取っているような人(世の中のフレームを受け入れて)なら、誰も話を聞かないはずだ。
他人の共感や説得力を得るというのは、まず自分の生き方、姿勢を正すところから始めなければならない。
桂小五郎が、小塚っ原の刑場で松陰の遺骸をもらい下げた帰り・・・若い医者達に囚人の腑分けを指導している医者を見かけ、「・・・長州にはまだこの人がいたっ!」と確信する。
この人こそ村田蔵六・・・のちに幕府軍の天才軍資となる大村益次郎の姿だった!!
あ〜〜20巻目が楽しみだ〜〜〜〜っ!!
2012年02月08日
震災と原発事故の影で・・・
「納沙布岬のラッコはどうなっているかな?」と気になった。
そう、今ラッコのことをいろいろと調べており、場合によっては納沙布岬まで取材に行こうと思ったからだ。
確か・・・6頭まで増えたと言ってたから、もっと増えているのではないだろうか?とも思えたし、そもそも「ラッコ、うん見に行こう!(国内で)」と言える環境になったということが、奇跡みてぇな話ではないか!?
ここが「うん、見に行こう!」と思うと、韓国まで行かねばならないカワウソと違うところだ。
日本人は、つくづく罪なことをした・・・・そして、同じ祖にして、それぞれ川と海に放散したわけだが、海に生息地を求めたラッコは、進化生態学的にも正しかったということだ。
ネットでは、昨年の3月14日を最後に情報がない・・・・震災と原発事故もあったしな・・・と思いながらも、そう言えば!3月4日に、歯舞漁協が移植したウニ3トンが全滅したという話を思い出していや〜な気持ちになった。
根室市観光課へ電話。
「・・・・最近は目撃もありません・・・」
「漁業被害とタイミングが合ってますね?」
「・・・観光課ではわかりかねます・・・」
「漁協が何か対策をしたって事ですか?」
「・・・むにゃむにゃ・・・ラッコは回遊しますので・・・」
とのこと。
案の定、ラッコはいなくなっていた・・・「ラッコなんて、水族館で見られりゃいいだろう?」ということなのだろうな。
せっかく戻ってきてくれたのにね。
泥水の水たまりに100円玉を落としたと思いねぇ・・・泥が沈み、水が澄むまで待たなくちゃいけない。
やっと泥が沈んで、100円玉がキラッと光った!あわてて拾ってはならない、また泥が舞い上がって見失ってしまうからだ。
野生動物との信頼とはこうしたものだ。
何でウニ・アワビ・毛ガニ・ホタテ・・・なんてものを食うのか?カロリー低いんだぜ?
アワビは1個あたり13キロカロリーしかない、だからいっぱい食うわけだが。
(ちなみにウナギは500キロカロリーもある)
これはね、進化の過程に関係する、はい!本を描くからね、読みなさい。
そう、今ラッコのことをいろいろと調べており、場合によっては納沙布岬まで取材に行こうと思ったからだ。
確か・・・6頭まで増えたと言ってたから、もっと増えているのではないだろうか?とも思えたし、そもそも「ラッコ、うん見に行こう!(国内で)」と言える環境になったということが、奇跡みてぇな話ではないか!?
ここが「うん、見に行こう!」と思うと、韓国まで行かねばならないカワウソと違うところだ。
日本人は、つくづく罪なことをした・・・・そして、同じ祖にして、それぞれ川と海に放散したわけだが、海に生息地を求めたラッコは、進化生態学的にも正しかったということだ。
ネットでは、昨年の3月14日を最後に情報がない・・・・震災と原発事故もあったしな・・・と思いながらも、そう言えば!3月4日に、歯舞漁協が移植したウニ3トンが全滅したという話を思い出していや〜な気持ちになった。
根室市観光課へ電話。
「・・・・最近は目撃もありません・・・」
「漁業被害とタイミングが合ってますね?」
「・・・観光課ではわかりかねます・・・」
「漁協が何か対策をしたって事ですか?」
「・・・むにゃむにゃ・・・ラッコは回遊しますので・・・」
とのこと。
案の定、ラッコはいなくなっていた・・・「ラッコなんて、水族館で見られりゃいいだろう?」ということなのだろうな。
せっかく戻ってきてくれたのにね。
泥水の水たまりに100円玉を落としたと思いねぇ・・・泥が沈み、水が澄むまで待たなくちゃいけない。
やっと泥が沈んで、100円玉がキラッと光った!あわてて拾ってはならない、また泥が舞い上がって見失ってしまうからだ。
野生動物との信頼とはこうしたものだ。
何でウニ・アワビ・毛ガニ・ホタテ・・・なんてものを食うのか?カロリー低いんだぜ?
アワビは1個あたり13キロカロリーしかない、だからいっぱい食うわけだが。
(ちなみにウナギは500キロカロリーもある)
これはね、進化の過程に関係する、はい!本を描くからね、読みなさい。
「けなげ」なミミズ
俺が、カワウソを始めとする哺乳類をやっているのは、話をしていても「フラッグシップ種」として説得力があるからだ。
地球温暖化の話題でも、ふわふわのアザラシの子どもが涙を流している写真や、氷が溶けてずぶずぶになっているホッキョクグマの姿は胸を打つ。
「・・・カワウソが逃げ出すような川、カワウソが棲めなくなるような川・・・その水を毎日飲んでいる俺たちって???」と言えば、誰もが実感できて納得してくれる。
「・・・ミミズがめっきり減ってしまった・・・大変だろう?」と言われたって、どこか他人事だ?かわいくもネェしさ。
要するに共感してもらえネェのだ。
無論、本当は生態濃縮のこともきちんと話して、食物連鎖の頂点にいる俺たちが・・・・と言えばいいのだろうけれど、食物連鎖のヘビの辺りで、みんなど〜でもいいと思ってしまうだろう。
さて、福島県川内村の土壌から採取されたミミズ1キロ当たりから、2万ベクレルの放射能が検出された。
今までのような「・・・だってミミズの話でしょ?」では済まされない・・・・土壌を栄養のある土に戻してくれているありがたい連中は、目に見えない小さな奴からミミズ→モグラ、ヒミズ→ヘビ→アナグマ、キツネまでいるわけで。
ミミズは落ち葉を食ってウンコをして、それで土の入れ替えをしてくれている。
そいつがたっぷりと生態濃縮しちゃって2万ベクレルというのだから、これは驚かなくちゃならねぇ。
おそらく福島県のダンゴムシの放射能だって高レベルだろう。
土壌生物は、地表から5センチ〜10センチの深さに一番数が多い。
それを地表をはがして除染するという。
標高に置き換えてみればわかる、野生動物が豊かなのは標高300〜800メートルだ。
そこを、戦後の木材需要に応えるべく国家事業で大皆伐して植林にしてしまった結果が攪乱を誘発し、猛禽類の激減、土砂崩れ、大洪水、そして「野生動物の反乱」が起きたわけだ。
表土を剥がしたら、土壌生物のいない土・・・まさしく「沈黙の土」になってしまうのではないだろうか・・・・。
その除染とて、「戻りたい・・・」という声に応えてあげてますよ〜という、政府の「アリバイ工作」であり、やっとありついた公共事業にたかるシロアリどもの「しのぎ」でしかない。
ど〜だい?今まではミミズなんて知ったこっちゃネェ・・・って聞き流していたろうけれど、これからはどうしたって意識しなくちゃならなくなった。
今日もミミズは何も知らずに、セシウムを取り込んだ落ち葉をセッセッと土に変えている・・・・本日、全面オープンする「スパリゾート・ハワイアン」のフラガールたちもけなげだが、放射能は、こんな何気ない当たり前のことまでも台無しにしてしまうのだ。
・・・ひどい奴だ原発は・・・事故が起きたことでミミズを再認識するなんて、皮肉なもんだね。
※生態濃縮
プランクトンが小魚に食われ、小魚が中くらいの魚に食われ、中くらいの魚が大きな魚に食われ、その大きな魚をマグロが食うとする・・・そのマグロを人間が食う、これを「食物連鎖」というのだが、その都度、毒が体の中に蓄積されて濃くなっていくのだよ、それを「生態濃縮」という。
地球温暖化の話題でも、ふわふわのアザラシの子どもが涙を流している写真や、氷が溶けてずぶずぶになっているホッキョクグマの姿は胸を打つ。
「・・・カワウソが逃げ出すような川、カワウソが棲めなくなるような川・・・その水を毎日飲んでいる俺たちって???」と言えば、誰もが実感できて納得してくれる。
「・・・ミミズがめっきり減ってしまった・・・大変だろう?」と言われたって、どこか他人事だ?かわいくもネェしさ。
要するに共感してもらえネェのだ。
無論、本当は生態濃縮のこともきちんと話して、食物連鎖の頂点にいる俺たちが・・・・と言えばいいのだろうけれど、食物連鎖のヘビの辺りで、みんなど〜でもいいと思ってしまうだろう。
さて、福島県川内村の土壌から採取されたミミズ1キロ当たりから、2万ベクレルの放射能が検出された。
今までのような「・・・だってミミズの話でしょ?」では済まされない・・・・土壌を栄養のある土に戻してくれているありがたい連中は、目に見えない小さな奴からミミズ→モグラ、ヒミズ→ヘビ→アナグマ、キツネまでいるわけで。
ミミズは落ち葉を食ってウンコをして、それで土の入れ替えをしてくれている。
そいつがたっぷりと生態濃縮しちゃって2万ベクレルというのだから、これは驚かなくちゃならねぇ。
おそらく福島県のダンゴムシの放射能だって高レベルだろう。
土壌生物は、地表から5センチ〜10センチの深さに一番数が多い。
それを地表をはがして除染するという。
標高に置き換えてみればわかる、野生動物が豊かなのは標高300〜800メートルだ。
そこを、戦後の木材需要に応えるべく国家事業で大皆伐して植林にしてしまった結果が攪乱を誘発し、猛禽類の激減、土砂崩れ、大洪水、そして「野生動物の反乱」が起きたわけだ。
表土を剥がしたら、土壌生物のいない土・・・まさしく「沈黙の土」になってしまうのではないだろうか・・・・。
その除染とて、「戻りたい・・・」という声に応えてあげてますよ〜という、政府の「アリバイ工作」であり、やっとありついた公共事業にたかるシロアリどもの「しのぎ」でしかない。
ど〜だい?今まではミミズなんて知ったこっちゃネェ・・・って聞き流していたろうけれど、これからはどうしたって意識しなくちゃならなくなった。
今日もミミズは何も知らずに、セシウムを取り込んだ落ち葉をセッセッと土に変えている・・・・本日、全面オープンする「スパリゾート・ハワイアン」のフラガールたちもけなげだが、放射能は、こんな何気ない当たり前のことまでも台無しにしてしまうのだ。
・・・ひどい奴だ原発は・・・事故が起きたことでミミズを再認識するなんて、皮肉なもんだね。
※生態濃縮
プランクトンが小魚に食われ、小魚が中くらいの魚に食われ、中くらいの魚が大きな魚に食われ、その大きな魚をマグロが食うとする・・・そのマグロを人間が食う、これを「食物連鎖」というのだが、その都度、毒が体の中に蓄積されて濃くなっていくのだよ、それを「生態濃縮」という。
2012年02月07日
今年の「ヤマネコ祭り」は?

今年は、井の頭自然文化園の「ヤマネコ祭り」はないのだろうか?
一応、量産して準備していたのだけれど・・・・。
昨年は、小雪の舞い散る中でも大勢の人が来てくれたっけ。
ツシマヤマネコの保護活動が安定しているとは思えないので、これは活動や運動の「停滞」と考えるべきか。
脱原発運動もそうだが、みんな「のど元過ぎちゃう」んだなぁ。
しかし、ネコってのは、デザインそのものが「かわいいな」。
2012年02月06日
かっこいい♪

裏打ちした翼を仮止めしてみた。
アップストローク(翼は吸い上げられている)の予定だったが、翼の表情(シワ)がいいので、ややダウンストロークにしてみた。
翼の内側に起きる空気渦によるシワが、打ち下ろしだとウソになってしまうけれど、こいつは宇宙怪獣だからね。
2012年02月04日
アナグマの「冬ごもり」
Lちゃんから、(近々)山を案内してくれとのメール。昨日は初午だし、新しいアクセストレンチの撮影もしたいと思っていたので、急かな?とも思ったが「今日ならいいよ!」と言うと、即OKの返事!
フィールドワーカーは、フットワークの軽さってのが一番大事なのだ。
いいお天気だったから、中嶋さんご夫妻が縁側でおせんべいを食べながらお茶のみをしていた。
お稲荷さんはきれいに掃除され、厚揚げ・目刺し・おこわが葉の上に供えられ、眷属が書した「正一位稲荷大明神」の幟が揺れている。
2日前に歩いているから、さして目新しいものはなかったが(テンのフンがあった)・・・早春の里山歩きは気持ちがいい。
目的である、アナグマのアクセストレンチを一眼レフで撮ってみたが・・・トレンチの長さ、奥行き、出した土砂の量といった、目で見た驚きは出せないなぁ・・・やっぱりカメラのせいではない、いいや、俺は絵で描こう。
崖の途中だからこれ以上後ろに下がれないので、立木に片手でつかまって撮ったのだ。
落ち葉をどかしたり、落ち葉の上に土砂が積もっていたり、ところどころ落ち葉をかき分けて何かを探した跡も見つかる・・・このトレンチは、穴の中から土砂と一緒に落ち葉を出しているから、落ち葉で塞がっていた古い穴だったのだろうな。
やはり時々目覚めているのだろう。
アナグマは、冬眠ではなく、心拍数と体温を抑えるだけの「クマ型冬眠(冬ごもり)」なのだ。
2012年02月03日
こんな感じ

上方も抜いてみたが、やはり薄い部分があったので裏打ちして再度型取りをすることにした。
うん、翼だけでもかっこいいな!(右がオリジナルで左が複製ね)
試し抜きした翼は・・・諸葛孔明ごっこでもしようかね?
2012年02月02日
出ました!見本本!!
見本本(「みほんぼん」と読もうね)が出来た!見本本を手にした時が、人生で一番楽しい時間だ。
なぜなら、今まで出会った人全てに感謝することが出来るからだ。
「少年写真新聞社刊 野生動物スーパースターシリーズ第一期3冊」
価格は・・・知らねぇ。
念願だった安藤先生と仕事が出来た!
思った通り、的確で具体的な監修だから、「クソ〜〜ッ」がネェのだ。
「・・・はい、仰せの通り(自分が怠けてました)」なのだ。
これは1巻目で、通算169冊目。
1週間後にセット箱と2巻・3巻が来るから、後2回も楽しめる。
2巻目は「樹上でくらすリス・ムササビ」
3巻目は「里山でくらすキツネ・タヌキ」
以下・・・「水中でくらすカワウソ・ラッコ」
「離島でくらすヤマネコ」・・・・いくらでも企画は続く。
(「空中でくらすコウモリ」は・・・諦めた・・・)
冷蔵庫にビールがない!?・・・買ってこよっと!・・・・
買ってきた!祝杯だ!
真っ先に、俺が中学の時に死んだ爺ちゃんに感謝する。
この儀式は、出版社に最後の原稿を渡すときも必ずやることで、
できあがった絵を、おでこのちょっと上の方に押し当てて
爺ちゃんの顔を思い浮かべる、ニコッと笑った顔ならOK。
(いつも笑っているが・・・)
爺ちゃんは、俺が3つか4つの頃、近所を連れ回しては俺に絵を描かせて自慢していたそうだ。
何しろ爺ちゃんは、フトコロに紙とクレヨンをしのばせていたのだ。
次に感謝するのは、小学校に入る前に死んだひい婆ちゃんだ。
俺を膝の間に挟んでキンダーブックを読んでくれた。
顔は忘れかけているけれど、あの膝のぬくもりだけは忘れない。
ひい婆ちゃんのお気に入りは「竹井武雄」の絵だった。
その次に感謝するのは、会う度に「・・・家族中で一番絵の下手だったお前がなぁ(世の中甘いな)・・・」と言ってるオヤジとおふくろかな。
(昭和15年、仙台市の小学生絵画コンクールの一位がオヤジで、二位がおふくろだったのだ・・・オヤジがラクダを描き、おふくろはトラだったそうだ)
2012年02月01日
ありゃ?薄すぎた・・・。

というわけで、ワクワクどきどきしながら翼の下部分を試しに抜いてみたのだったが・・・薄すぎたねぇ。
既存のギドラのガレージキットやソフビは、翼が厚いのが不満だったものだから出来る限り薄くしてみたのだったが、素人の抜きでは、やはり薄いのは無理・・・。
プロの抜き屋は、フィギアのマントだとかスカートのヒラヒラとか良く抜けるよなぁと改めて感心した。
裏打ちしてからもう一度型を取るか。
で、ダメダったら、翼だけでもプロに出そうかな。
2012年01月30日
冬のタメフン

今日はいい天気!小学校の掲示板に貼ってある壁新聞を出している出版社の取材で、フィールドを歩いてきた。
まだ所々に雪も残っており、足跡の特定は出来なかった(輪郭が溶けて甘くなっていたから)ものの、野生動物の息づかいは伝わったと思う。
タヌキのタメフンが冬はデカイ!フン虫の活動が活発ではないために、夏の4倍はある。
アナグマの巣穴に、また新しいアクセストレンチが出来ていた・・・写真を撮ったがデジカメではいまいち・・・ってぇか、写真ってのは現場の「すごさ!」や感動は伝わらない・・・明日、一眼レフカメラを持って取りに来よう。
(もっとも、俺の写真の腕が悪いんであってカメラのせいでは無いのだろうけれど)
中嶋さんちには、「正一位稲荷大明神」の書き初めが準備されていた。
俺も書きたいとアピールしていたのだが、家族・親族だけらしい・・・お稲荷様は眷属(血筋の繋がっている者)をお奉りしているからかな?
・・・里山はそろそろ「初午」だ。
今日は、風が冷たかったけれど、「早春」を思わせる・・・やがて小川にはオタマジャクシが泳ぎ、土手には土筆やスミレが咲くだろう・・・・原発事故のことなんか忘れてしまいそうになる。
「こだわり」の真相
「同じ目的なのだからみんな仲良くすれば?」とは、今までさんざん聞かされてきたことだが、どうしたって「一緒にするな!」というこだわりができてしまうことがある。
「大同小異」の精神はよっくわかっている、以前に「共感の持てる話し方」にも書いた、孫子の兵法もその通りだと思う。
「反戦高協」と「反戦高連」・・・・中核系と革マル系だから全然違う!と言ったところで、一般の人にはわかるまい。
三里塚空港反対同盟だって、後年、「熱田派」「北原派」「小川派」に分派した。
当事者達には大まじめにすごいこだわりがあって「一緒にされたくない」のだ。
しかし、こうして反体制派がヘゲモニーを取り合い、分派をくり返し、時には内ゲバまで起こして弱体化してきたのも事実だ。
そこが権力側の思うつぼなのだ、だからこそ権力側はほっとく。
「私は県、野鳥の会ですので・・・」って言われたって「日本野鳥の会・埼玉県支部」と「日本野鳥の会・埼玉」の違いなんかわかりゃしない。
どっちにしても、「あぁ、紅白歌合戦でカウンター持って数を数えている人たちでしょ?」ってな認識しかない。
もちろん権力側はほっとくだけではなく、積極的に分派活動を煽り切り崩しを謀ることもする。
青森県六ヶ所村の村長選挙の際、核燃料サイクル基地反対派の候補は圧倒的に村民の支持を受けていた。
そこで賛成派は「負け」を見越して中立派の候補を立てる。
結果、票が割れて中立派(賛成派)が当選する・・・どうしてこんな見え見えに引っかかるんだろうか?と不思議なのだがね、こんなことは各地で起きている。
こだわったあまりに分派したとしても、 別れた相手や権力側に対していつのまにかほっとけない目障りな状態になるように努力することだ。
そして、やっと無視されない状態になったとき本当の勝負の時が来る。
そのときに、きちんと発言したり行動できる準備がいかに出来ているか?ということだ。
都構想がいいか悪いかは別にして、大阪維新の会は、選挙で大勝して「ほっとけない状態、無視できない状態、目障り」になったのだ。
努力したり実績を示した結果、ようやく相手側がこちらを無視できないことがわかった時こそ、自分を見せるチャンスだ。
・・・それなのに黙殺を決め込むなんてのは、何の準備も出来ていなかったこと、何の信念もなかったことを露呈するだけだろう。
これは、人混みの中から石を投げていて、やっと相手が振り向いたというのに他人の背中に隠れるのと同じ事だし、その立場になるために協力してきた同志への裏切りにもなる。
気がついたら周囲に誰もいなかった・・・足下をすくわれた・・・ハシゴを外された・・・こんなことは良くあることで、これは自分の人徳の無さ、人を見る目が無かったと反省するしかない。
ただひたすら、「そういう奴とは、一緒に革命をやろうとは思わない」という直感に磨きをかけなければならない。
これが最近やっとわかった「こだわり」の真相だ。
「大同小異」の精神はよっくわかっている、以前に「共感の持てる話し方」にも書いた、孫子の兵法もその通りだと思う。
「反戦高協」と「反戦高連」・・・・中核系と革マル系だから全然違う!と言ったところで、一般の人にはわかるまい。
三里塚空港反対同盟だって、後年、「熱田派」「北原派」「小川派」に分派した。
当事者達には大まじめにすごいこだわりがあって「一緒にされたくない」のだ。
しかし、こうして反体制派がヘゲモニーを取り合い、分派をくり返し、時には内ゲバまで起こして弱体化してきたのも事実だ。
そこが権力側の思うつぼなのだ、だからこそ権力側はほっとく。
「私は県、野鳥の会ですので・・・」って言われたって「日本野鳥の会・埼玉県支部」と「日本野鳥の会・埼玉」の違いなんかわかりゃしない。
どっちにしても、「あぁ、紅白歌合戦でカウンター持って数を数えている人たちでしょ?」ってな認識しかない。
もちろん権力側はほっとくだけではなく、積極的に分派活動を煽り切り崩しを謀ることもする。
青森県六ヶ所村の村長選挙の際、核燃料サイクル基地反対派の候補は圧倒的に村民の支持を受けていた。
そこで賛成派は「負け」を見越して中立派の候補を立てる。
結果、票が割れて中立派(賛成派)が当選する・・・どうしてこんな見え見えに引っかかるんだろうか?と不思議なのだがね、こんなことは各地で起きている。
こだわったあまりに分派したとしても、 別れた相手や権力側に対していつのまにかほっとけない目障りな状態になるように努力することだ。
そして、やっと無視されない状態になったとき本当の勝負の時が来る。
そのときに、きちんと発言したり行動できる準備がいかに出来ているか?ということだ。
都構想がいいか悪いかは別にして、大阪維新の会は、選挙で大勝して「ほっとけない状態、無視できない状態、目障り」になったのだ。
努力したり実績を示した結果、ようやく相手側がこちらを無視できないことがわかった時こそ、自分を見せるチャンスだ。
・・・それなのに黙殺を決め込むなんてのは、何の準備も出来ていなかったこと、何の信念もなかったことを露呈するだけだろう。
これは、人混みの中から石を投げていて、やっと相手が振り向いたというのに他人の背中に隠れるのと同じ事だし、その立場になるために協力してきた同志への裏切りにもなる。
気がついたら周囲に誰もいなかった・・・足下をすくわれた・・・ハシゴを外された・・・こんなことは良くあることで、これは自分の人徳の無さ、人を見る目が無かったと反省するしかない。
ただひたすら、「そういう奴とは、一緒に革命をやろうとは思わない」という直感に磨きをかけなければならない。
これが最近やっとわかった「こだわり」の真相だ。
2012年01月28日
経産省前のテントひろば
枝野大臣が撤去を命じた。
4ヶ月も前から占拠していたのに、今になってなぜ?と思う。
直接の原因は、ガソリン発電機による「ぼや騒ぎ」らしい。
さて、運動ってのは、こ〜ゆ〜よ〜に権力につけ込まれる(大義名分を与えてしまう)隙を与えてはならんのだっ!!
(と、同時に「反原発派」が分派しつつあることも知られてはならんのだが・・・)
ニュース映像を見ると結構年齢の高い人もいるってのに、「全共闘時代」に学ばなかったのだろうか?
テントひろばの人たちは、「占拠といっても通行人の邪魔にはなっていないし・・・ぼや騒ぎといっても1ヶ月も前の話だ、そんなことよりも危険な原発を再稼働させようとしている政府が・・・」と言う。
空き巣に入ったら、児童虐待されている子どもを見つけたとしよう・・・それで警察に通報して、親や社会を責めてたらどうなる?
おいおい・・・空き巣はどうなってるの?って言ったら「・・・空き巣って言っても、まだ何も盗っていないんだし・・・」っていうのと同じなんじゃネェのかな?
この姿勢が共感を呼ばないのだ。
(こう書くと、「空き巣」に反応してしまうんだろね・・・)
全共闘運動は、「行動こそ共感を呼ぶ」との信念からバリケード封鎖し、一般学生に呼びかけようとしたが、反感を買っただけで広がりには繋がらなかった。
「浅間山荘」に立てこもった(追い詰められた)彼らだって、全国一斉蜂起を願っていたのだ。
かつて新宿西口広場は「解放区」だった・・・解放区と書いて「ひろば」と呼んだが、「広場」ではなく「ひろば」にはそのような意味がある。
しかし、今では「新宿西口通路」と呼ぶ。
テントひろばは、経産省の敷地内の通路であり、広場でも解放区でもない。
寒い中、4ヶ月もテントひろばに寝泊まりするのは大変だろうと思うし、反原発の気持ちは俺も同じで、3月の小出先生の講演会を早々予約した。
でも、「テントひろば」に駈け参じようとは思わない。
そもそも政府が、反原発派の4ヶ月にも及ぶ不法占拠を見て見ぬふりしていたのは「ガス抜き」であり、いきなり撤去したら、逆に政府が国民全体の反感を買ってしまうと計算したからだ・・・とは考えねぇのかね?
そう、バリケードの校舎の窓ガラスを割ろうが、机を窓から放り出そうが、歴代学長の写真に落書きしようが、黙認(無視?)されていたのと同じだ。
その見て見ぬふりをいいことに(甘えて)ぼや騒ぎを起こしたら「・・・ほらほら・・・いい子だからもうお帰り・・・」ってことになるだろうよ?いいオトナがわかんねぇかね?
こうした行動に、国民が共感せず呼応しないのは、原発に無関心なのではない。
せっかく盛り上がっている「反原発運動」を、一部の人間の思想に特化させてしまってはいないだろうか?
知床伐採の時、伐採される木に鎖で体を縛りつけて歌を歌う姿は、英雄でも正義でもなんでもなかった・・・「あ、どっかのバカが・・・」としか思えなかった。
無論、林野庁のやり方に反対ではあったけれど、その気持ちがむしろどっかに吹き飛んでしまうほど「一緒にしねぇでくれ」としか思えなかった。
今後「不法占拠」ということで、権力による強制撤去が始まり、放水やら小競り合いが始まったら、ますます国民は「反原発運動」から離れてしまうだろう。
4ヶ月も前から占拠していたのに、今になってなぜ?と思う。
直接の原因は、ガソリン発電機による「ぼや騒ぎ」らしい。
さて、運動ってのは、こ〜ゆ〜よ〜に権力につけ込まれる(大義名分を与えてしまう)隙を与えてはならんのだっ!!
(と、同時に「反原発派」が分派しつつあることも知られてはならんのだが・・・)
ニュース映像を見ると結構年齢の高い人もいるってのに、「全共闘時代」に学ばなかったのだろうか?
テントひろばの人たちは、「占拠といっても通行人の邪魔にはなっていないし・・・ぼや騒ぎといっても1ヶ月も前の話だ、そんなことよりも危険な原発を再稼働させようとしている政府が・・・」と言う。
空き巣に入ったら、児童虐待されている子どもを見つけたとしよう・・・それで警察に通報して、親や社会を責めてたらどうなる?
おいおい・・・空き巣はどうなってるの?って言ったら「・・・空き巣って言っても、まだ何も盗っていないんだし・・・」っていうのと同じなんじゃネェのかな?
この姿勢が共感を呼ばないのだ。
(こう書くと、「空き巣」に反応してしまうんだろね・・・)
全共闘運動は、「行動こそ共感を呼ぶ」との信念からバリケード封鎖し、一般学生に呼びかけようとしたが、反感を買っただけで広がりには繋がらなかった。
「浅間山荘」に立てこもった(追い詰められた)彼らだって、全国一斉蜂起を願っていたのだ。
かつて新宿西口広場は「解放区」だった・・・解放区と書いて「ひろば」と呼んだが、「広場」ではなく「ひろば」にはそのような意味がある。
しかし、今では「新宿西口通路」と呼ぶ。
テントひろばは、経産省の敷地内の通路であり、広場でも解放区でもない。
寒い中、4ヶ月もテントひろばに寝泊まりするのは大変だろうと思うし、反原発の気持ちは俺も同じで、3月の小出先生の講演会を早々予約した。
でも、「テントひろば」に駈け参じようとは思わない。
そもそも政府が、反原発派の4ヶ月にも及ぶ不法占拠を見て見ぬふりしていたのは「ガス抜き」であり、いきなり撤去したら、逆に政府が国民全体の反感を買ってしまうと計算したからだ・・・とは考えねぇのかね?
そう、バリケードの校舎の窓ガラスを割ろうが、机を窓から放り出そうが、歴代学長の写真に落書きしようが、黙認(無視?)されていたのと同じだ。
その見て見ぬふりをいいことに(甘えて)ぼや騒ぎを起こしたら「・・・ほらほら・・・いい子だからもうお帰り・・・」ってことになるだろうよ?いいオトナがわかんねぇかね?
こうした行動に、国民が共感せず呼応しないのは、原発に無関心なのではない。
せっかく盛り上がっている「反原発運動」を、一部の人間の思想に特化させてしまってはいないだろうか?
知床伐採の時、伐採される木に鎖で体を縛りつけて歌を歌う姿は、英雄でも正義でもなんでもなかった・・・「あ、どっかのバカが・・・」としか思えなかった。
無論、林野庁のやり方に反対ではあったけれど、その気持ちがむしろどっかに吹き飛んでしまうほど「一緒にしねぇでくれ」としか思えなかった。
今後「不法占拠」ということで、権力による強制撤去が始まり、放水やら小競り合いが始まったら、ますます国民は「反原発運動」から離れてしまうだろう。
2012年01月26日
里山人のマインド

その公園の滑り台に、こんなプレートがあった。
この公園の土地は、いつもお世話になっている中嶋さんが青梅市に提供した土地だ。
ハツさんというのは中嶋さんのお母様で、30年前、俺が観察を始めた頃はご存命でいらして、茶の間で団欒しながら野生動物を一緒に見ていた。
まだ小学生だったタッチャンも年寄りを決して邪魔にはせず、馬鹿話に興じて二人で漫才をしている。
その様子が、俺には新鮮に思えた。
なぜ新鮮だったかというと、その頃の日本は既に核家族化が進んでおり、「・・・年寄りはさっさと寝ろ!」という空気の中にあったからだ。
(オトナになったタッチャンは、現在、老人ホームで介護の仕事をしている)
ハツさんは、自分の土地が公園になって近所の子供達が遊ぶ事を知り(市から幾ばくかのお金が入っただろう、そのお金で)子供達のために滑り台を寄付したわけだ。
こういう人間が住んでいる場所だからこそ、今も野生動物が顔を出しているのだ・・・とつくづく思う。
(それにしても青梅市、「中嶋」の「嶋」の字を間違えているぞ!こ〜ゆ〜のを「お役所仕事」というのだ)
これからも野生動物を通して、この二つのこと(里山人のマインドと行政のいい加減さ)を伝えていこうと思う。
確認してきた

あの「はしゃぐテン」はなんなのだろか?と思い、今朝早く(まだ雪が消えぬうちに)確認をしてきた。
始めにこの足跡を見つけ「・・・あぁテンだ」と思ったわけだ。
歩行パターン(チーター型からシャクトリ虫型への移行)といい、大きさといい、テンで間違いないと思う。
今朝は、この足跡のそばにある公園に行ってみた・・・ナント!「リードの跡が残った」小型犬の歩行があった。
やはり、ミステリーサークルの正体は、「胴の長い(そのために後ろ足を横に逃がす走り方をする)小型犬が(雪が深いために指跡が残らない)飼い主を中心に(一昨日は、午後から雪が降ったため、接地面が大きいため浅く着いた人間の足跡を隠してしまっていた・・・思いこみから目に入らなかった)走り回った小型犬でいいのだろう。
なまじ、始めにテンの足跡を見つけたモノだから、その流れで見てしまったのだ・・・不覚!
「そうあってほしい」という思いこみ・・・これは国内でカワウソ調査をやっているときにいつも感じていた。
4本指が5本指に見える・・・重なっている部分が水かきに見える・・・ややサイズが小さくても「メスかな?」と思いこんでしまう。
だからこそサイエンスの目が必要なのだ、そのために足跡目を養ってきたというのに・・・・。
タヌキ・キツネならともかく、テンの場合は歩行・走行パターンが多い。
今、3冊のセット本を終えて、「俺の役目はサイエンスを追わない」ということに革めて気がついたのだ。
つまり「サイエンスがあること」を理解し、積極的に知ろうとさえしていればいればいい。
歴史学者がそぎ落としてつまらなくしてしまった史実の、そぎ落とした部分を集めた歴史小説がおもしろければ、それはそれで歴史リテラシーになる、ってのと同じで、無理して(決して無理はしていないけれど)今更サイエンスのまねごとをする必要は無いと。
サイエンスを知りたければ俺の書いた本をキッカケにして、何千円もする専門書を読めばよい。
俺がやっていることは「サイエンスリテラシー」なのだ。
きっと、何かうれしいことのあったテンは、はしゃいだりすることだって(学者にとっては困ることであっても)あるだろうから。
2012年01月25日
はしゃぐテン

ほらね、手足の付き方がテンだ。
周囲を探してみても、テンの足跡しかない・・・・雪の上のテンの足跡はデカイし思いっきり指を開いているのと、足裏まで毛が生えているので、肉球の跡はつかない。
前足を前後にして着き、体を横に逃がしながら後ろ足を揃えてやや斜めに着く・・・そのために、前足の跡と後ろ足の跡の進行方向がずれている。
だからテンで間違いないと思うのだが・・・後ろ足を引き寄せるときに雪をズっているので、このような筋跡がつくわけだ・・・・???
右回りに回っているということは、左目に障害のある、いつものあいつでいいだろう。
「何かいいことでもあって、はしゃいでいたのだろうか?」
・・・1時間近くも雪の中で考えて出した結論がこれ!
ミステリーサークル
雪だ!足跡を見に行こう!
何だ?!誰だ?!このミステリーサークルは!???
パターンと指の数、形、大きさから読むと・・・・テンだ!
テンが、どんな目的があってこんな走り方をしたのだろうか?
2012年01月24日
「脚」試し抜き

試し抜きなので隙間が空いているが、まぁなんとか使えそうだ。
爪の先まできれいにキャストが流し込まれている。
このように、一度取った型に何度かキャストを流し込んで、湯口を広げてみたり、空気抜きの穴を増やしたりして注型する。
ギドラは「真空二度引き」をしないとウロコの先に気泡が入る。
なぜ急にギドラの型取りをはじめてしまったのかと考えた・・・そうか!今年は辰年だ。
ギドラは、名前から察するにヒュドラ(ギリシャ神話でヘラクレスに退治された首がたくさんあるドラゴン)がモデルなのだが、やはりなんといっても「八岐大蛇」だ。
極めて日本的な怪獣美をしている。
首3本、シッポ2本、頭3つ・・・両脚、翼1枚・・・まで抜いたら、そろそろ飽きてしまったな。
夏のWFに間に合えばいい、なんせ「抜き」が素人だから、合わせなどはガレージキットを作り慣れた(おもしろがれる)人でなければ難しいだろう。
一体3万円くらいになるだろうか?
2012年01月21日
ツノを抜いた!

ギドラの「ツノ」は、細いし細かいので別パーツで付けようかな?と思ったのだが、中途半端にシリコンが余ったので型を起こして試してみた。
抜けたね♪
今回は歯まで抜けるように努力している。(どうしても数本には気泡が入るけど)
2012年01月19日
いつか来た道
経済産業省を取り巻くように警察官が居並ぶ・・・その中でストレステストの意見聴取会が行われた。
あたかも「脱原発こそ反逆者だ」と言わんばかりの構図だ。
ニュースの扱いも「・・・残念ですね(脱原発派が聴取会に乱入して妨害をしたために話し合いが出来なくて・・・」というコメントだ。
違うからね!
そもそもこの聴取会は「始めに再稼働ありき」の経産省・保安院のいわば儀式であり、「・・・一応専門家からの意見は聞いたからね」というアリバイ工作でしかない。
その専門家の中には、原発企業から寄付金をもらったと報道されている御用学者の、岡本孝司・阿部豊・山口彰の3人がいる。
23日からのIAEAの調査に向けて、「国内的には安全を確認しました」と言いたいだけなのだ。
IAEAは国際的な原発推進機関であるから、当然再稼働を容認するだろう。
結果、国は「意見聴取会で専門家の意見を入れて議論し、国際的なお墨付きももらったからね」ということにしたいわけなのだ。
だから反原発派は、その3人を外す事と、密室ではなく開かれた場(過去も傍聴人のために講堂で開催している)での会議を要求したのだ。
今回、傍聴人は別室のモニターでしか見ることができなく、アリバイ工作の儀式を歯がゆい思いで見るしかなかったのだ。
原発再稼働論議は、今までのダム建設や住宅開発といった、国民をつんぼ桟敷に置いた密室での話し合いではなく、「国民投票レベル」の話だろうと思う。
仮に地元が許可したとしても、日本国全体の問題ではないか。
今後もこのような(反原発派が会場に乱入し、「冷静な議論を」妨害している風に編集された)ニュース報道が続くだろう・・・こうした一方的な政府寄りの報道が続けば、世論には「反・脱原発派は反逆者」と映るようになる・・・・かつて正当な意見を主張していても「ゲバ学生」とか「暴力学生」、「あの連中・・・」→「過激派」→「テロリスト」とされたように。
やがて脱原発派は二分され、亀裂が入り・・・・大飯3・4号基の再稼働が始まれば、なし崩し的に他の原発も再稼働し、世論は「・・・のど元過ぎれば・・・」となり、せっかく高まっていた脱原発論議は終息させられてしまうのだろう。
あたかも「脱原発こそ反逆者だ」と言わんばかりの構図だ。
ニュースの扱いも「・・・残念ですね(脱原発派が聴取会に乱入して妨害をしたために話し合いが出来なくて・・・」というコメントだ。
違うからね!
そもそもこの聴取会は「始めに再稼働ありき」の経産省・保安院のいわば儀式であり、「・・・一応専門家からの意見は聞いたからね」というアリバイ工作でしかない。
その専門家の中には、原発企業から寄付金をもらったと報道されている御用学者の、岡本孝司・阿部豊・山口彰の3人がいる。
23日からのIAEAの調査に向けて、「国内的には安全を確認しました」と言いたいだけなのだ。
IAEAは国際的な原発推進機関であるから、当然再稼働を容認するだろう。
結果、国は「意見聴取会で専門家の意見を入れて議論し、国際的なお墨付きももらったからね」ということにしたいわけなのだ。
だから反原発派は、その3人を外す事と、密室ではなく開かれた場(過去も傍聴人のために講堂で開催している)での会議を要求したのだ。
今回、傍聴人は別室のモニターでしか見ることができなく、アリバイ工作の儀式を歯がゆい思いで見るしかなかったのだ。
原発再稼働論議は、今までのダム建設や住宅開発といった、国民をつんぼ桟敷に置いた密室での話し合いではなく、「国民投票レベル」の話だろうと思う。
仮に地元が許可したとしても、日本国全体の問題ではないか。
今後もこのような(反原発派が会場に乱入し、「冷静な議論を」妨害している風に編集された)ニュース報道が続くだろう・・・こうした一方的な政府寄りの報道が続けば、世論には「反・脱原発派は反逆者」と映るようになる・・・・かつて正当な意見を主張していても「ゲバ学生」とか「暴力学生」、「あの連中・・・」→「過激派」→「テロリスト」とされたように。
やがて脱原発派は二分され、亀裂が入り・・・・大飯3・4号基の再稼働が始まれば、なし崩し的に他の原発も再稼働し、世論は「・・・のど元過ぎれば・・・」となり、せっかく高まっていた脱原発論議は終息させられてしまうのだろう。



