くまぐす音楽館2

 

今年のお盆休み郷里の町(和歌山市)小学校時代の同窓会が有りました。

人によっては、実に40年振りの再会です。懐かしい話に花が咲く中で、「そういえば、お前、いつも棒振ってたなあ」とみんなが口を揃えて言うのです。そうです。小学校6年生の頃、毎日のようにレコードを聴きながら指揮者の真似ごとをしていました。自宅では勿論学校の教室でもやってたんですね。

 

 指揮者の真似は、多分、高校に入るまでやってたと思います。門前の小僧じゃないですが、おかげで一般的なアマオケで演奏される曲の殆どを「振れる」ようになってました。もちろん、子供の遊びですから、振れると言ってもレコードに合わせて棒を振り回すだけの事です。ですが、たとえ遊びでも曲を覚えないと振れません。テンポが変わる箇所、急に静かになる個所、きれいなメロディーが奏でられる箇所、ちょっと変わったティンパニの打ち込み箇所、そうしたいわゆる指揮者の「見せどころ」は子供の私でもしっかりと覚えこみました。

 

 そして、大学入学と同時に学生オケでチェロを弾き始めた私にとって、そうした子供時代の「指揮者ごっこ」の蓄積は意外にもかなり役立つことになったのです。指揮者ごっこの中で、ここが指揮の見せどころと思っていた箇所はオーケストラで実際に弾くようになっても、やっぱり、その曲のポイントであることが多かったり、(本当の)指揮者の指示も自分が常々考えてきた事と一緒だったりするとあの頃、自分の感じた事がそんなに間違ったことではなかったと思い、一人でにんまりとする事がありました。

 

 勿論、本当の音楽の世界は、もっと繊細で厳しい世界です。子供が感じた事だけですべてがうまくいくわけはありません。ただ、そのエッセンスの部分だけは得られたのかなと思ってます。少年時代を棒に振った、いえ、少年時代に棒を振った経験は意外と無駄ではありませんでした。

こういうこともあるんですね。

先日、お彼岸のお参りのために和歌山市内を車で走行中、NHK-FMで実に面白いクラシック音楽番組を放送してました。世界のオーケストラめぐりみたいな番組で、途中からの参加。音楽評論家の満津岡さんと指揮者の高関健先生が面白い話を繰り広げてるんです。高関先生は、指揮者の中でも、たぶん、オタク系リスナーの要素を多分に持った方で、だからこそ、楽譜の版にもこだわっておられるのかもしれません。で、その会話の中で、ロシアのオーケストラの話になったときに、満津岡さんが、「和歌山。。。」とか言われたんです。一瞬、耳を疑いました。たまたま和歌山の実家に帰ってるときに、たまたま聴いた番組を、お二人とお話をさせていただいたことのある私がそれを聴くなんて。もう嬉しくなってしまいましたよ。

あ、レスギンカ、モスクワ放送交響楽団ならカヒッゼが指揮したVictorの国内盤がありますけど、あれじゃあ、駄目なのかしら。。

先週、ちょうど、その演奏を聴いたばかりだったのもまた一つの偶然の重なり?

 ローマにも日本同様、いやそれ以上に沢山の松が有ります。ただ、日本に生えている松とは随分とその姿に違いがあります。下の写真をご覧頂くとおわかりの通り、ローマの松は、幹が随分上まですっと伸びていて、枝がまるで傘のようになっています。そして、本日演奏するレスピーギの作品のタイトル通り、こうした松は、ローマのいたるところに植えられているのです。

 「ローマの松」の第1曲「ボルゲーゼ荘の松」は、17世紀の初頭、当時の貴族ボルゲーゼ家の夏の別荘が作られ、現在は、ボルゲーゼ公園となっている場所に植えられている松をモチーフにしています。ボルゲーゼ家は、時のローマ教皇パウルス五世を輩出した名門であり、多くの芸術家に資金援助をしたパトロンでもありました。この場所は、ローマ市内のほぼ中心、バチカン市国にほど近いところにあり、高い枝が覆いかぶさって柔らかな木陰を作りだしていました。レスピーギ自身の解説の通り、ここは、松の木陰で子供たちが、思い思いに遊んでいる平和な場所だったのでしょう。

 アッピア街道は、紀元前312年に当時の財務官であったアッピウスによって作られたことから、この名前がつきました。現在でもほぼそのままの状態で保存されており、部分的には自動車も通れるようになっているそうです。下の写真は、アッピア街道に沿って立っている松並木です。この写真からでは、レスピーギの曲のような幻想的な雰囲気や歴史の重みを感じるのは難しいかもしれません。今では牧歌的でのどかな風景が広がるばかりです。

 一方で、日本の松と言えば、「白砂青松」と呼ばれるように白い砂浜に松林が続いている美しい眺めが、日本人が心の中に持っている松の原風景です。有名な、日本の三大松原(三保の松原(静岡市), 気比の松原(福井県敦賀市), 虹の松原(佐賀県唐津市))は、全て、上記のような白砂青松の典型です。また、日本画の中でも松は、重要なモチーフとして数限りなく描かれてきました。他にも「松竹梅」や「松の内」という言葉の通り、縁起の良いもの、高級なイメージの代表として我々日本人の意識の底のレベルにまで刻まれている樹木と言えます。

ローマの松は歴史に寄り添い、日本の松は風景に寄り添います。

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